ちけん和尚のブログ

ちけん和尚の出来事などを思うまま書き綴って行きます。また、時間に余裕があれば仏教的な観点から仏事や世相を書き綴りますので、是非ご覧ください。また、意見や感想など頂ければ嬉しく思います。  合掌 知憲

2008年10月

水子の四十九日法要

昨日は天気も曇天で少し肌寒かった。境内も落ち葉の掃除でこれから忙しくなりそうだ。そうした中、水子の予約が入っていた。それも四十九日の法要をしてほしいとのことであった。

水子供養はたくさんしているが、水子の四十九日は私自身初めてのことである。電話で予約を受けた時、お布施をいくらしたら良いか聞かれたが初めてのことなので「お気持ちで結構です。」と言っておいた。

日曜日で朝から法事、葬儀の役僧と立て続けに予定があって、午後二時半の予約の時間にぎりぎり間に合った。すでに来ておられ、水子霊園のところで拝んでおられるようであった。

すぐに声をかけて、本堂に上がってもらい申し込み用紙に命日や施主様のお名前を書いてもらった。そうしているうちに三週間ほど前に来られた方であることに気がついた。前の時は一人で来られていて、今回は男性と一緒だったもので気がつかなかった。

早速に塔婆を書いて四十九日の法要に入った。いつもしている法要と同じように約35分余りねんごろにお経をあげた。途中の一番のクライマックスである回向文を奉読していたら、後ろで嗚咽が漏れた。

その後、法要が終わるまでずっと泣いておられた。よほど水子を流したことのショックというか、思い入れが強かったのであろう。法要の後、お話をしていたらやっと平常に戻られた。

そして「ありがとうございました。」と言って白い封筒を渡され、二人で帰って行かれた。私はいつになく疲れが残り何とも表現しにくいが、倦怠感におそわれた。

寺で法要をする場合、塔婆を書きお霊具膳をお供えして供養する。単なる水子の供養とは全く違うことを彼女は理解できたであろうか。彼女の後姿を見送りながら、そんなことを思った。

四七日の普賢菩薩

昨晩、四七日の逮夜参りをさせて頂いた。

真言宗の仏前のおつとめから始め、般若心経、観音経の偈文、理趣経の百字の偈、諸真言を唱える。約十五分程度であるが、仏前のおつとめや般若心経、諸真言などは一緒に唱えてもらうようにしている。

お経が終わり、出して頂いたお茶を飲んでいると「お主っさん、三摩耶戒の真言と四七日のご本尊の普賢菩薩の真言が同じなのは何ででっか?」とするどい質問を受けた。

私も同じなのはよくわかっていたが、それほど深く考えたことはなかったので、即答ができなかった。

少し間を置いて「ほんまですね。はっきりしたことはわかりませんが、三摩耶という言葉には御仏の導きに応えて精進することを誓うという意味がありますので、それと何か関連があるのかも知れませんね・・・」とだけ言って話を切った。

帰ってきて調べると「サトバン」とは衆生を意味する〔さった〕という語と、大日如来の種子であるバンとを組み合わせてできた文字であり、衆生と仏とは本来少しも変わりないものであるという義を象徴している文字だそうだ。

それ故に普賢菩薩は六道に迷う心を救い、悟りの世界へ行く知恵を与えてくれる役目を果たしてくれているのである。



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