八木会長が、12月15日に理事など宛に「声明」を出したところまで見てきました。
 
 それにしても、会長が理事宛に「声明」を出すということに引っかかります。会として外部に向かって声明を出すことはあるでしょう。しかし、会長が理事に声明を出すことは何か不自然です。会長と理事の一体感がない。会議で言うべきことを、声明という形にしたのは他人行儀である。こんな所にも八木秀次氏の言行の特徴が現れています。
 
 ……特に、「私の意志とは別にことが始まり」との表現は、作為に満ちたものであった。なぜなら、この表現は執行部のメンバーで事態の経過を知っているものにとっては、西尾名誉会長が八木会長の同意を得ないままに事務局長候補として特定の人物に声をかけてしまった事実を指すように読めるが、他方、事情を知らない執行部外の人間には、あたかも八木会長は事務局長人事問題全般について関与しておらず、従って何の責任もないかのような言い回しになっているからである。

 混乱の責任を他の執行部メンバーに転嫁する身勝手な論理といわれてもいたし方あるまい。自分だけを「よい子」にして、会長に協力してきた副会長らを悪者に仕立て上げるやり方に、執行部メンバーは驚き、呆れ、怒りを感じた。……
 
 「私の意志とは別に」を「西尾名誉会長が八木会長の同意を得ないままに事務局長候補として特定の人物に声をかけてしまった事実を指すと読める」とありますが、これは既に済んだことでこのことを指しているとは私には読めません。むしろ宮崎事務局長への懲罰的人事について言っている、ととります。

 また「会長として自ら収拾に乗り出す決意」と言っていますが、それまでは傍観的に見ていたと言うことでしょうか。この辺も理解に苦しむところです。会の問題は全て会長が責任をもって収拾することです。改めて決意をすることではありません。

 もちろん役員の協力を得ながら、分担をしながらということは当然ですが、それとて会長が指示、指導して会長の責任で行うことです。

 西尾氏も、その点では勇み足をしていますが、これはすでに解決済みのことで、声明の中で取り上げるほどの問題とも思えません。

 
 上の文章に対し、藤岡氏から当事者としての訂正がありました。

 
 < 「私(八木氏)の意志とは別に」を「西尾名誉会長が八木会長の同意を得ないままに事務局長候補として特定の人物に声をかけてしまった事実を指すと読める」とありますが、これは既に済んだことでこのことを指しているとは私(ブログ主=ご隠居)には読めません。むしろ宮崎事務局長への懲罰的人事について言っている、ととります。>
 
 「私の意志とは別に」を、「宮﨑事務局長への懲罰的人事」ととることは不可能です。なぜなら、その懲罰的人事を先頭を切って進めたのは、八木会長その人だからです。むしろ私(藤岡氏)は宮﨑氏の処分に過剰な点があるように思われ、会議で消極論を出しました。宮﨑氏の処分について、八木会長はリーダーシップを発揮していたので、われわれはそれについていくという形だったのです。おそらく、八木氏は口を拭って伊藤哲夫氏などには、「西尾・藤岡が宮﨑人事を進めた」と嘘をついていると思われますが、事実は上記の通りでした。ここはやはり、「西尾名誉会長が八木会長の同意を得ないままに事務局長候補として特定の人物に声をかけてしまった事実を指す」ととるのが当時の状況に合致しています。