その後の情報によって分かったこともあるので、前項に続いて、つくる会総会について述べる。出席していないので詳細を知らずに言うので、誤りがあれば正していただきたい。
 
 ① 自由討論の時間が削除になっても会員から異議が出なかった。
  ※ 会の自浄能力が無くなってしまったのか?不思議でならない。お膝元の東京、東京三多摩からの出席は、地方に較べれば多いと思う。しかも、多士済々であることは承知している。その人達も口をつぐんでいたのか。余る程時間はあったのにである。
 ② 一社化についてはどうだったかについて知りたい。
  ※ 私の認識では、過去最大のつくる会存亡の危機だった。育鵬社が「合併OK」と言った瞬間につくる会はなくなったのである。八木のために立ち上げた育鵬社が八木を除外する筈はない。ガセネタにすがって総会にも図らず合併を謀ったことは、誰の主導か知らぬが、除名に値する。これについてどんな総括(反省)がなされたのか。
    なお、これは「総会マターではない」と、何かの講演会の席で藤岡先生が公言したそうだが、定款を読んでのことなのか。
 ③ 鈴木敏明著「保守知識人を断罪す」についてどうだったのか。 
    ※ 鈴木氏が発言したらば、それを遮って発言を封じたと聞くが、本当か? 仮に「断罪す」がトンデモ本であったとしても、それならば尚更堂々と反論すればいいことで、発言を封じたり、自由討論を避けたりするとはあり得ない。言論で国民の洗脳からの覚醒を図るつくる会は、いつから宗旨替えをして、言論封殺に回ったのか。
 
 つくる会の全ての会員は、かつての八木派を除いては、つくる会の存続を願い、教科書改善運動に、身銭をきって挺身している。減ってきているにもかかわらず踏みとどまっている現在の会員に対して、本部が温かい目を注がないでどうする。内部批判があることは会が健全であることを示している。シャンシャン総会こそは不健全であることに気がつかないのは、会が動脈硬化に陥っている証左である。

 あらゆる問題を甲論乙駁して討議する活発な総会こそ、出席者を増やし、会を活性化する年に1度のチャンスではないのか。“寂しい総会”を確り総括して、曖昧や先送り、責任逃れ、なあなあまあまあを排して、本来のあるべきつくる会に戻すことを提言する。