我が子の受験への不安、費用を抑えた1位は?「インターナショナルスクール」理事長が“義務教育期間中は通わせるべきでない”と説く2つのワケ

2018年08月11日

天才とアホの両極端"慶應幼稚舎"の卒業生


卒業すれば全員が慶應義塾大学に進学できる小学校「慶應幼稚舎」。著名人がわが子を通わせる「セレブ小学校」としても知られているが、その実態はどんなものなのか。「親の職業によってKEIOの4クラスに振り分けられる」「4割が中学か高校、大学で留年してしまう」といったうわさの真偽を、ライターのオバタカズユキ氏が卒業生たちに聞いた――。

※本稿は、オバタカズユキ『早稲田と慶應の研究』(小学館新書)の第2章「受験戦線異状アリ」を再編集したものです。


■日本で最も古い私立小学校のひとつ

小学校お受験の世界には、慶應幼稚舎という抜群のブランドがある。

東京メトロ日比谷線広尾駅下車、徒歩7~8分の超一等地で緑に囲まれている校舎。敷地は向かいの都立広尾病院よりも広そうだ。かつて福沢諭吉の別邸があった地とのこと。

創立は1874(明治7)年、実は日本で最も古い私立小学校のひとつでもある。古くは何人もの侯爵、伯爵、子爵、男爵から、銀行の頭取や百貨店の社長など、戦後はたくさんの芸術家や芸能人も輩出している。最近、一番有名な出身者はアイドルグループ嵐の櫻井翔か。著名人が我が子を通わせる学校としてもよく話題になる。

慶應の幼稚舎は、1クラス36名(男子24名・女子12名)、各学年4クラスの少人数体制だ。6年間クラス替えがなく、担任も基本的に6年間担任持ち上がり制。私立ならではのかなりユニークな教育を行っている。けれども、そんな話より、やっぱりセレブ小学校のイメージが先行する。



■慶大生が語る幼稚舎出身者のセレブネタ

各キャンパスでの取材中も、現役慶大生からよく幼稚舎出身者のセレブネタを聞いた。詳しく話を聞いてみると、こんな内容になる。

「幼稚舎生は格が違う。教科書に載っている人の子孫がいる。ワックステカテカの髪型で、服装もぜんぜん違う。白金、六本木と、いいとこに住んでいるのは当然。車を何台も持ってる。パーティーとかして遊んでる」(商学部1年男子)

「自分は中等部から慶應に入ったのだが、中等部・普通部を幼稚舎生が仕切り、その後も、塾高を仕切り、大学を仕切るという流れがある」(経済学部2年男子)

「慶應のヒエラルキーは学部で決まらない。幼稚舎から入った人→中高で入った人+体育会系+大学から入った逸材(≒イケてる人)→大学から入った普通の人の順番でエライ。六本木のクラブで日常的に遊んでいるようなのは、ガッツリ幼稚舎か、大学から入ってきた逸材たち。テニスサークルなんかは普通にチャラいだけで、本当に遊んでいる人はサークルに入らず、幼稚舎出身みたいに内輪のグループを作ってる」(理工学部4年男子)

とにかく幼稚舎出身者は別格だし、慶應を仕切っているし、エライとのことだ。いわゆる「慶應ボーイ」のイメージに近い人物像が浮かぶ。

その一方でこんな評価もある。

「幼稚舎出身には、学部在学中に司法試験や国家総合職試験にひょいと受かるやつがいる。逆に、よく大学までたどり着けたなと思うくらいトロいやつもいる。天才とアホの両極端が多い。とっつきづらくて、個人的にあまりいい印象がない」(法学部3年男子)

「幼稚舎生は素直で何かに打ち込んでいる。世間ずれしていない。メンタルが強くて、人と関わるのがうまい。女子で団結していじめに立ち向かったという話を聞きました。女子の場合は、さすが幼稚舎と思うことがよくある」(文学部女子2年)

「僕のような地方出身者からすると、幼稚舎や慶應ニューヨーク校の人に触れるのは良い経験。小学校から十何年間の慶應経験で培った魅力がある。同じクラスタ(属性)の人で固まりがちだと言うけど、あの人たちが別クラスタの人の中で仕事をすることはないだろうから、必ずしも多様性を身につけなくていいと思う」(理工学部出身大学院生男子)

慶應の中でも特別な存在であるらしいことは伝わるのだが、人によって見え方がけっこう違う。実際はどうなのか。この目と耳で確かめてみたい。

でも、幼稚舎出身者は、1学年で100人ちょっとしかいない希少な存在だ。キャンパスで声をかけ続けても、当事者に出会うことはできなかった。


■母子で幼稚舎出身のケース

そこで伝手をたどり、ちゃんとアポをとって幼稚舎出身者から話を聞くことにした。

まず、1980年代後半に慶應大学を卒業したアラフィフ女性。彼女は父親と夫も慶應卒。そして、息子さんも幼稚舎出身だ。昔だけでなく、今の幼稚舎事情にも通じている。

「学生さんからいじめの話が出ましたか。6年間クラス替えがなくて、確かに私の頃もいじめはありました。でも、ずっと続くことはないんですよね。女子なら全員一度はいじめられた経験があると思いますが、最終的に『いじめる人って、かわいそうな人』と許せるようになります。ただ、6年間一緒は良し悪しですよね。合わなかったら悲惨だとも思う」

良し悪しか。では、どうして我が子を幼稚舎に入れたのだろう。

「自分が幼稚舎からずっと慶應で、大学受験のシステムも理解しておらず、わからないことをさせるのが不安だったからです。大学から慶應に入った主人は、『下から持ち上がりの男の子は純粋だが、優しすぎて、男らしさに欠ける。戦闘的ではない』と言っていましたけどね。確かに優しすぎる人が多いかもしれない。戦ってきていませんから」

「戦ってきていない」のは、ほかの大学付属小学校上がりも同じ。幼稚舎ならではの特徴は?

「昔も今も、先生たちは『習い事をしないでほしい』と口を揃えて言います。遊びや日常の経験の中で、自分の芽を発見するチャンスを作ってほしいからだと思います。幼稚舎では1000メートルの遠泳があります。息子のとき、私も練習につきあいましたが、一緒にキャッキャ言いながら泳いで、少しでもできるようになると、自然と『スバラシイ!』って言葉が口から出た。学校は『そういうことを親子で一緒にやれ』と言いたいんだと気づきました。実際は遠泳に備えて、みんなスイミングスクールにも通わせますけどね」

昔と最近とで、幼稚舎の変化を感じるところはあるだろうか。

「かつては『質素であれ』と教えられました。授業参観でも、親は紺のスーツに装飾品なしが当然。コサージュを付けただけでも、『何あれ?』となる。それが変わりましたね。最近の親御さんの多くは、『子供が幼稚舎に入ったから、自分もエライ!』と思っている。その考え方が子供にも影響するんです」

ほんわかした雰囲気の彼女なのだが、最後にピシャリとそう言い切った。

■「学歴コンプを持たずに済んだ」

次にご紹介するのは、アラサ―の幼稚舎出身男性だ。

母親も幼稚舎から慶應、父親は中等部から慶應、弟は塾高から慶應。ほかにも親戚に複数の慶應卒がいる、慶應一族の一人として育った。父親は公的な仕事に就いており、母親は補習塾を開いている。ご自身は起業経験者である。

「幼稚舎出身者は、今もみんな割と変なことやっている。画家になった人、結局大学には行かずに仕事を始めた人もいました。同級生で親が有名人っていう子はけっこういました。森進一さんの息子とは同じクラスだった。森内、今は立派ですよね(ロックバンド『ONE OK ROCK』のボーカルTaka。森内は森の本名)。英語の発音もカッコイイ。あいつとは中高もSFCで一緒でしたが、英語が3クラスある中で彼はベーシッククラスだった。幼稚舎生の『かわいそうなパターン』として、偉大なオヤジのプレッシャーに潰され、道を踏み外すパターンがあるんです。でも、森内はしっかりしていて、ちゃんと巣立っていてすごい」

ほかにも有名な固有名詞が何人分も飛び出して、ちょっと戸惑ったが、彼は幼稚舎時代、とても楽しかったそうだ。

「幼稚舎のいいところは、クラス替えがないこともあり、友だちと深く仲良くなれるところ。あとは、無駄な“学歴コンプ(コンプレックス)”を持たないで済むところ。大学から入ってきた友だちには東大志望だったけどダメで、自分の学歴に対する強いコンプを持っている子もいました。その点、幼稚舎生は肩の力が抜けています」

マイナス面は何かあったか。

「交友関係に多様性がなくなるところです。友人も恵まれた環境の人ばかりですから。私は前職で、地方の受験生向けのスマホを使った家庭教師サービスの運営に取り組んでいたんですけど、地方の人のことや、受験生のことがわからなかったんですよ。今も、NPOで経済的に困難な子の支援をしていますが、自分が公立の学校に通っていればいろいろなプロフィールの人と知り合えて、もっと広い視点が持てたんじゃないかとも思います」


■「自分の子供は幼稚舎に入れたくない」

そんなことをいつ頃から感じるようになったのか。

「大学に入ってから、内部生、幼稚舎出身であることを強く意識するようになりました。それも“学歴コンプ”の強い外部生を見たからですね。コンプを持っていない自分は幸せだけど、挫折経験がなく、どうなっちゃうんだろうと考えるようになった」

トータル、自身の過去をどう見ているのか。

「そうですね。自分の子供は幼稚舎に入れたくないです。根性がつかないから。今度、新しい事業を起ち上げる予定ですが、ひと山当てたら、子供はスイスやシンガポールのインターナショナルスクールに入れるかもしれません。僕は自分が甘やかされたことにコンプレックスがあるんです」

受け取り方によっては重い話なのだが、彼はサクサクとそう語った。じめっとならないのは、育ちの良さなんだろうなあと思った。

■留年は「よくあること」に過ぎない

最後に謎を解いておきたい。というのも、慶應の幼稚舎に関して、2つの都市伝説のようなものがあるからだ。

1つ目は、幼稚舎出身者で大学卒業までストレートに進むのは6割しかいない、というウワサ。これは本当か? これについては、息子さんも幼稚舎出身のアラフィフ女性が自信を持って答えてくれた。

「それは、本当です。私は留年しなかったけど、親しい友だちはどこかしらで落第してたな。息子も、高校と大学両方で留年を経験しています。息子が塾高に入るとき、説明会で『各学年、1クラス分落第します』と発表があって、体育館がザワつきました。でも、実際、本当によくあることだから、当人のショックは少ないんですよ」

アラサ―男性もこう言った。

「高校留年はわりといますね。特に塾高。私はSFC高校でしたけど、2年に上がれなくなって、学校を辞めてアメリカへ渡った先輩がいました。本人たちは『あ、留年しちゃったんだ』ぐらいの感じですよ。高校では10段階の成績で6.5を切ると進級が危ういんですが、『5.8だった。やべー、そろそろかな』と言ってる運動部の人たちは普通にいた」

高校留年という一大事でもそんな感じとは、別世界である。自己肯定感を醸成する独特の文化が形成されている。

■「親の職業別にクラス分け」は本当か

もうひとつのウワサ。幼稚舎のクラスは親の職業別で、〈K組は親も慶應出身者、EとI組はその他一般、O組は開業医〉と囁かれている。ネット上だけでなく、そう明記している書籍まである。現役慶大生や慶應OBで「そうです」という人もいる。本当か? まず、アラフィフ女性の返答。

「私のときは、K、E、O組の3クラスで、自分はO組でした。息子もO組。私の父も主人も医師ではありません。ママ友にも『あなたのお子さんは慶應にコネがあるのに、どうしてO組なの?』と聞かれた経験がある。そんな仕組みはありません」

父親が公的な仕事に就いているアラサ―男性も否定。

「幼稚舎ではO組でした。親の経歴でクラス分けされていることはないはずです。開業医の子はどのクラスにもいた覚えがあります」

全員たまたまO組だったが、どの親も職業は医師以外である。「O組の例外」だとしても、例外がこんなに重なることもないはずだ。クラス分けのウワサはデマである。


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オバタカズユキ
ライター・編集者
1964年、東京都生まれ。大学卒業後、一瞬の出版社勤務を経て、フリーライターになる。社会時評、取材レポート、聞き書きなど幅広く活躍。『大学図鑑!』(ダイヤモンド)監修者。

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(コラムニスト オバタ カズユキ 写真=iStock.com)





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