2018年08月16日
「インターナショナルスクール」理事長が“義務教育期間中は通わせるべきでない”と説く2つのワケ
育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏が、インターナショナルスクールという“秘境”を徹底解剖する。
話を伺ったのは、東京都港区にある「東京インターナショナルスクール」の創立者で理事長の坪谷ニュウエル郁子氏。理想の教育を実現するために前身となる私塾を開き、国際バカロレア機構日本大使、内閣官房教育再生実行アドバイザーなどの肩書を併せ持つ教育者だ。
算数や理科といった教科の概念がなく、授業ではひとつのタームについて多角的にアプローチ。それも教室のラグの上でのディスカッションから始まるという。「グローバル熱」が高まる近年、授業が英語で行われるインターナショナルスクールに通わせたいと思う親御さんもいるようだが、意外にも坪谷氏は、
「日本に軸足を置いて生きていくことを前提にするのなら、少なくとも義務教育期間中は、インターナショナルスクールに通わせるべきではありません」
と述べる。
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理由は2つ。
「1つは日本語を深く学ぶ機会を失ってしまうから。日常会話には困らないという意味でバイリンガルにはなれますが、学校での知的刺激がすべて英語になってしまうと、日本語で考える脳が育ちません」
日本での生活を前提にするのなら、あくまでも思考のベースは日本語であるべきだというのだ。
実際、インターナショナルスクールの子供たちは中学校相当レベルを卒業すると、海外の高校に進学するか、高校相当のクラスをもつ別のインターナショナルスクールに転入することが多い。高校相当レベル卒業時には、海外の大学に進むケースがほとんどだ。日本の学校に戻るケースは稀である。
「2つめは、日本の学校教育が素晴らしいから。日本の教育はダメだとよくいわれますが、PISA(OECDによる学習到達度調査)の成績を見る限り、人口1億人以上の大国で、これだけの教育水準を保てているのは日本くらいです。世界から羨望の眼差しで見られることも多い日本人の共生の精神も、日本の学校文化の中で育まれている部分が大きい。むしろ日本の教育の良い点をもっと世界に広めていかなければいけません」
日本人は自国の教育を卑下しすぎだというのだ。
「『お客様』として海外の教育を受けたひとたちが、『アメリカでは……』などと誇張しすぎです。私はアメリカの教育のひどさもよく知っています。あれをまねしようだなんて、無責任な意見です」
東京インターナショナルスクールの生徒たちは、親の都合でやむなく東京で教育を受けることになった子供たちであって、いわゆる普通の日本人が通うことを想定はしていない。
「日本の教育の唯一の問題点は、自己肯定感を下げてしまうことで、減点主義が原因の一つだと思います。そこさえ補えればいい」
それで、日本の学校に通いながらプラスαで英語での探究型学習を経験し、自己肯定感を高められるようにと、日本人向けのアフタースクール事業も立ち上げた。日本人の子供には、放課後にアフタースクールに来ることをすすめている。
「私は国際会議に出ても遠慮せず自分の意見を言うことができます。でもそれは、場数とテクニックの問題で、大人になってから身に付けられます。子供のころはそのような表面的なスキルを身に付けるよりも、時代にも場所にも限定されない普遍の真理を追究することのほうが大切です。それが本当の意味でのグローバル教育ではないでしょうか」
無理なく英語を習得させる目的でインターナショナルスクールに通わせる保護者もいるが、
「それこそナンセンス」
坪谷さんに限らず、きちんとした理念をもって運営している経営者は、「インターナショナルスクール=バイリンガル教育」とみられる昨今の傾向を不満に思うところがあるようだ。
「興味深いデータをアメリカ国務省が公表しています。世界各国に駐在員を派遣するために、事前にその国の言語を日常会話レベルまで習得させる速習プログラムがありますが、英語に近い構造でアメリカ人が習得しやすい言語で、約480時間が必要だそうです。最も難しい言語に日本語も含まれ、最大で約2760時間必要です。ということは日本人が英語を学ぶのにも同じだけの時間が必要でしょう。私の経験則では、日本人がネイティブレベルの英語を身に付けるには、さらにその倍の時間が必要だと思います。そこまでして『グローバル人材』を育てるのは投資効果が悪すぎます。今後は自動翻訳機があれば、コミュニケーションツールとしての外国語は不要になります。もっとほかの学びに時間を割くべきです」
国際的な教育団体からもお墨付きをもらっているグローバル教育の実践者・先駆者にこれを言われては、ぐうの音も出ない。
坪谷さんは両手で大小の輪をつくりながら言う。
「日本人はこれくらいのことを、これくらいに小さく言う癖があります。謙虚とも言えますが、自己評価が低いとも言えます。アメリカはその逆。この程度のことを、こんなに大きく誇張する癖があります。どちらもダメです。私が育てたいのは、これくらいのことを、そのままこれくらいと言える子供たちです」
日本の教育を卑下する前に、私たちはその優れた点を再認識する必要がありそうだ。そのうえで、「あれもやろう。これもやろう」ではなく、「これはやらない」と決めることも必要なのかもしれない。インターナショナルスクールを訪れて感じたことは、意外にもそういうことだったのである。
おおたとしまさ
育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中高卒、東京外国語大中退、上智大卒。リクルートから独立後、教育誌等のデスクや監修を歴任。中高教員免許を持ち、私立小での教員経験もある。『ルポ塾歴社会』など著書多数。
「週刊新潮」2018年7月19日号 掲載
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