こんにちは。
金沢文庫の学習塾「塾のナガシマ」副塾長の永島瑠美です。

「塾のナガシマ」は、全てを貫く理念として三本の柱を掲げています。

「塾のナガシマ」の三本柱
・地頭を鍛える塾
・学校生活を応援する塾
・外に開かれた塾

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この三本柱の実現によって、「塾がいらない世の中をつくる」ことが
「塾のナガシマ」の最大の目標です。

これからの記事で、三本柱のそれぞれについて詳しく書かせていただく予定です。

まず、今日の記事では、「地頭を鍛える塾」に込めた想いを書きたいと思います。
どうぞご覧ください。

「地頭」という言葉に込めた想い

今、私たちは塾の立ち上げ段階で、学習塾について多くの人の意見を頂戴しています。
その中で、「学習塾に求めるものは何ですか?」という質問に対し、
最も多い回答は、当然ながら「成績を上げてほしい」という意見です。

「成績が上がった」という成功体験はもちろん必要ですし、
「成績を上げる」ことにより、「志望校合格」が近づき、それが将来の夢への最短ルートになるかもしれません。

しかし、「成績を上げる」ことは、目的ではなく手段です。
また、「成績を上げる」ことの先にある「志望校に合格する」ことも、目的ではなく手段です。
「成績を上げたい」「志望校に合格したい」のは何のためか、じっくり考えなくてはいけません。
よくよく考えてみると、「成績が〇〇点上がった」「〇〇中学校に入れた」だけで
満足する人間はいない
はずです。
その先にもっと他の、本当に目指すべき未来があると思います。

そんな想いから、「塾のナガシマ」は、「成績を〇〇点上げます」「〇〇中学校に合格させます」ということを
塾の理念の中には入れていません。
また、種々の広告にもそういった文言は一切入れていません。

私たちは、「成績を上げる」「志望校に合格する」ことにとらわれることなく、
「学習塾に任される役割は何だろう」と考え続けた結果、
行きついた答えは、「学習指導によって、その人本来の頭のよさを育てる」ことでした。

「その人本来の頭のよさ」を意味するのが「地頭」という言葉です。
「地頭」のいい人は、一生涯どんな場面でも活躍しますし、スマートに得をします。

サラリーマンになっても、政治家になっても、芸術家になっても、
家で料理をしていても、道路で運転していても、店で買い物していても、
大学生になっても、社会人になっても、お父さん・お母さんになっても、おじいちゃん・おばあちゃんになっても、
「地頭」のいい人は活躍しますし、スマートに得をします。

「塾のナガシマ」に来てくれた塾生には、「地頭」のいい人になって、
一生涯どんな場面でも活躍し、スマートに得をする人になってほしいと考えています。

「なぜだろう?」と考える習慣を身につける

「地頭」のいい人になるためには、「なぜだろう?」と考える習慣が必要です。
「なぜだろう?」と考える習慣が意味しているのは2つです。

1つ目は、自分の五感に入った情報に対して「なんでこうなっているの?」「どういう仕組みになっているの?」
と疑問に思い、それをすぐに調べるという習慣
です。
この習慣を続けることにより、自分の頭で理解し、自分の言葉で説明できることが
世の中にどんどん増えていきます。
また、原因を深く掘り下げていくという論理的思考を繰り返すので、
頭の回転がどんどん早くなっていきます。

自分が理解している範囲・言葉で説明できる範囲を増やしたり、
論理的思考を身につけたりすることは、人間が本来持っている知的欲求を満たしてくれる大きな喜び
です。
この大きな喜びの存在に気付くことがとても大切です。
大きな喜びになるべく早い時期に気付き、「なぜだろう?」と考える習慣を身につけることが
「地頭」を鍛えることにつながります。

2つ目は、常にアンテナを高く張っておくという習慣です。
ノーベル賞を受賞した大村智博士は記者会見で、
「私は、微生物の力を借りて何かできないか、それを絶えず考えています。
 いろんなところに可能性を考えてやるわけです。
 今でも私はいつも財布の中にビニール袋を持ってます。

 神様は、プリペアードマインドを持っている人(心構えのできている人)に
 たくさんの贈り物をくれます。」
と話しました。

また、私の大好きな本である
野矢 茂樹(2001)はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内』 PHPエディターズグループ
において、
「問題をかかえこんでいる人にとっては、なんでもかんでもその問題に結びついてくる。
 お風呂にはいるのは、つまり体を洗って、お湯につかってあったまる、そういうことだけど、
 それが王様の冠なんかに結びついてくる。
 逆に言えば、なんにもほかのことと結び付けないで、お風呂をお風呂それだけのものとして
 楽しむというのが、なーんにも考えないでお風呂に入るってこと。
 ――(中略)――考える人は「お風呂をお風呂だけで、食事を食事だけで楽しめなくなる。
 見るもの触れるものが、その問題に関係した顔つきになってくる。
 自分のまわりのものごとが問題に彩られてしまう。」
と書かれています。

アンテナを高く張っている人、琴線に触れるための線をピンと張っている人のところには
たくさんの情報が集まってきて、たくさんの可能性が広がっています。

アンテナを高く張っておくという習慣を身につけることが、「地頭」を鍛えることにつながります。

目標管理とスケジュール管理で、自己を律し先を読む習慣を身につける

この記事を読んでくださっているみなさまの周りにいる、デキる人、すごい人は
どんな人でしょうか。少し考えてみてください。

私の周りにいるデキる人、すごい人は、
・とにかく1つ1つの動作が速くムラやミスがない
・その人に任された仕事はいつの間にか片付いている
・作業が速くて正確なので、それによって生まれた時間でクリエイティブなものを生み出している
という感じです。

デキる人、すごい人の動作・仕事・作業が速い理由は、段取り上手だからだと思います。
段取りとは、何かをはじめるときには、目標(何のためにやるのか、誰のためにやるのか)を設定して、
スケジュール(いつまでに成果を出すかを明確にして、そこから逆算する)を立てること
です。
これが上手にできる人は、サラリーマンになっても、政治家になっても、芸術家になっても、
家で料理をしていても、道路で運転していても、店で買い物していても、
大学生になっても、社会人になっても、お父さん・お母さんになっても、おじいちゃん・おばあちゃんになっても、
常にデキる人、すごい人であり続けることができます。

大切なのは、「作業が速くて正確なので、それによって生まれた時間で
クリエイティブなものを生み出している」
というところです。
デキる人、すごい人は、動作・仕事・作業が速いので、他の人に比べて、
クリエイティブなものを生み出すための時間と気持ちの余裕がたくさんある
ということです。

段取り上手になって、1つ1つの動作・仕事・作業を速くすることは、トレーニングで身につきます。
トレーニングを行い、常に目標を設定してスケジュールを立てる習慣を繰り返すと、
いつの間にか、いつも先を読んで行動するクセ
がつきます。
この先を読んで行動するクセをつけることが、「地頭」を鍛えることにつながります。

自発的に生涯学び続ける姿勢を育てる

これまで書いてきたように、「地頭」を鍛えるとは、
・「なぜだろう?」と考える習慣を身につける
・目標管理とスケジュール管理で、自己を律し先を読む習慣を身につける
ということを意味します。

この2つの習慣を身につけると、誰に何を言われなくても自然に勉強をするようになります。

それは、「なぜだろう?」と考える習慣によって、
学ぶことがもたらす大きな喜びと、アンテナを高く張っていることが自分の可能性を広げてくれることに
気付いているから
です。
楽しい上に、自分の可能性を広げてくれることだと知っていれば、自然に勉強に手をつけるようになります。

また、目標管理とスケジュール管理によって先を読む習慣が身についていると、
「今勉強しておいた方が将来的に絶対に得になる」
「今日サボると結果的に明日痛い目に合うから少しでもやっておこう」
という思考になり、自然に勉強に手をつける
ようになります。

大切なのは、誰に何を言われなくても自然に勉強をするということは、子供だけでなく、
大人になってからもずっとずっと必要な姿勢
だということです。

私の好きな言葉の一つに
「我以外皆我師也。」(自分以外のすべてが、自分にとっての先生である。)
というものがあります。
人間は、生まれてから死ぬまで、学び続けることによって、人生を豊かにできると考えます。
より多くの人が自発的に学び続ける姿勢を身につければ、人生は豊かになり、
この世の中から塾はいらなくなります。
「塾のナガシマ」の最大の目標である「塾がいらない世の中」に近づいていきます。

まとめ

今日の記事では、「塾のナガシマ」の三本柱の一つである
「地頭を鍛える塾」に込めた想いを書かせていただきました。

・「なぜだろう?」と考える習慣を身につける
・目標管理とスケジュール管理で、自己を律し先を読む習慣を身につける
ことによって、自発的に生涯学び続ける姿勢を育て、
その結果として「塾がいらない世の中をつくる」というのが「塾のナガシマ」の目標です。

ご不明点やご意見がありましたら、お気軽にご連絡ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。

今後とも「塾のナガシマ」をよろしくお願いいたします。