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兼六園に向かう道すがら、こんなレトロな木橋があった。河津桜にマッチした
味わいのあるロケーションである。

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兼六園に入る。10年ぐらい前にオートバイでNagaさんたちとここを訪れた
時は入り口で画像を撮っただけだったので、今回はきちんと回ろう。

兼六園は17世紀半ばに金沢城外部に造営された藩庭である。ご承知の
通り日本三名園です。

庭園内の紅梅が綺麗だった。

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こちらの噴水は、高低差だけで吹き上げているそうな。江戸時代からずいぶん
高度な技術があったものだ。

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木の根元にある岩が角度によって虎に見える・・・そうだ。そうかも?

しかし、庭園内は本当に広大だった。痛めている足が悲鳴をあげ始めて
きた。

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園内を流れてきた辰巳用水がここから逆サイフォンの原理で金沢城二の丸へ
導かれた水道の遺構だそうです。そう書いてありました。

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ようやく兼六園を抜けると金沢城に辿りつく。

金沢城はもともと浄土真宗のお寺であり、一向一揆の要塞だった。その後、
織田信長から柴田勝家の甥・佐久間盛政がこの地を与えられ、金沢城を
築く。盛政は、あの賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れ、処刑された。でも本当
は盛政は花も実もある勇将で、秀吉は命を助け家来にしたかった。それを
潔しとせず、自ら死を望んだといわれている。

戦後、前田利家が加賀を治めることになり、金沢城を大規模改修したのが
上記画像である。五層の天守閣も当時はあったそうだ。

長くなってまいりましたので、今宵はこのあたりでオヒラキといたしませう。