琵琶湖の北部に位置する周辺2kmの竹生島に西国観音霊場第三十番宝巌寺があります。今津港から25分、長浜港から30分の距離び生活から切り離された信仰の場所です

 

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宝巌寺は聖武天皇が夢枕に立った天照大神より「竹生島は弁財天の聖地であるから寺院を建立せよ」とのお告げを受け、行基が勅使として開祖したのが始まりです。天照大神と弁財天の関係からも神仏混合の霊場を感じます。更に、行基は観音堂建立を発案し、その後に浅井大領が千手千眼観世音菩薩像を安置しています。ヤット西国観音霊場と結びつきました。

 

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琵琶湖の日の出は茜の色の墨絵のようでした。初発便がAM900なのでホテルに戻り朝食を食べて港に戻りました。出航後は船内で島の案内を聞きながら竹生島岸壁に着岸です。案内書を見ても拝観の順番がよく分かりませんでした。

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先ずは納経所がある本堂へ石段を登りました。ところが此の本堂は、昭和17年に建造され弁財天が本尊です。明治の神仏分離令に起因する廃仏希釈で、本堂を都久夫須磨神社とし、本尊を仮堂で祀っていたのだと記載されています。これを知ったのはブログ投稿でのお寺のHPです。

 

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都久夫須磨神社と観音堂を結ぶ船廊下、唐門は1602年の太閤の遺命によって移築したものです。残念なことに2020年まで修築工事で唐門と観音堂は細部を見ることができません。この移築には秀頼と寧々が貢献したようです。昨日に訪れた長浜城と浅井長政の小谷城を思い出すと、年代によって加護す者もで姿を変えてきたのも宝巌寺です。

 

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明治時代まで女人禁制で、女性は竹生島にはあがれなかったようです。想像するに女性達は島の前まで来て、弁財天と観音様に祈願をして帰ったのでしょう。そう考えると、建物の配置も沖から見る全貌が一番に美しいと思えます。

 

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今津港からの便から白衣姿の巡礼の皆さんは、観音堂で納経をして本堂に向かわれます。帰りの便は私の同じAM1045分出航ですから、50分しかないので少々慌ただしい拝観でしょう。船着き場でお聞きすると、バスツアーの巡礼で午後から第31番と第32番を終えて、明日が谷汲山で満願だそうです。

 

【小谷城は小高い丘だから竹生島は見えるのかな?色んな物語が残るロマノ溢れる島でした。】