昨夜、全英オープンゴルフを見た。ゴルフ発祥の地、セント アンドリュースオールドコースでやっていた。トーナメント自体が135年ぐらいの歴史があり手作りコース、側に立っているホテルを見ていたらなんともいえぬ風格があり、これぞイギリスというイメージである。日本人がまだ刀を差していた時代にゴルフのトーナメントを始めていた。

このような歴史と、伝統、ビッグベンに代表される荘厳さなどを見ていると、イギリス人は大変堅いイメージが浮かんでくる。

現役時代に、花と緑の博覧会の企業パピリオン展開作業をした時の思い出。義経号と言う明治に走った機関車を走らせて、発足仕立てのJRの新しい企業イメージをいかに演出 するかの課題。花博というコンセプトにいかに義経号を乗せるか苦労した。

 あるスタッフが義経号を主人公にして童話を展開し、内容を自然を守るテーマにする事を考えた。梅田の紀伊国屋書店で童話の本を片っ端からチェックしいい作家が見つかった。イギリス人の童話作家だった。有名かどうかより内容からふさわしい人を選んだ。
 
 スタッフが本の発行所から教えてもらい本人の自宅に電話した。義経号の話と、花博のテーマで童話が書けるかを聞いたら、即座に面白そうだから話に乗れると言う返事。企画の骨子が見えたので、企画書を作り、クライアントの許可を取るべく、正式な依頼は一ヵ月後に御願いした。
 
一週間後、突然、本人から電話があり、明日イギリスを発ち日本に義経を観に行くと言ってきた。契約も交わしていないし、クライアントの手続きも済んでいない、どうしたものかと考えて、口頭で企画の趣旨、経緯を説明、クライアントの担当の課長に相談した。課長はキャリアだったが、旧国鉄官僚とわ思えない大胆でソフトがわかる人、その企画に即座に乗ってくれ、課長が、社内はそれで通す、童話作家ありきで我社に呼んで仮契約しましょう。B4の2枚ぐらいで企画の骨子、展開イメージを書いてください。役員会にかけることなく決定してくれた。
 
 スタッフが成田に出向き、東京の鉄道博物館にある義経号を見せ、大阪に連れてきた。義経号を見た作家は益々乗り気でやりたい、やらせて欲しいと言い出した。会って話をする様子を見ていたら、そこにはビジネスのかけらも感じられず、契約金などはどこかに行っていた。
 
 きちんとスーツを着た人懐こい紳士だった。気難しさ、尊大さ、外人特有の高飛車な感じは全くなく、えもいわれぬ、素朴な素晴らしい雰囲気を持った人だった。我々が勝手にイギリスに抱いていたイメージとはおよそ違った。
 
 一ヵ月後に契約書、企画書を持ってロンドンで逢った。私は始めてのタレント以外の外人との契約だったので、ナーバスになっていたら、ロンドンで雇った日本人の通訳が、一般的なイギリス人は全く警戒することなく話が出来る、心配はいらいなと言ってくれた。我社の国際弁護士が作成した30ページの契約書を持って指定されたリッツホテルのラウンジに行った。当方、クライアントの部長以下2名、、我社営業部長の私とプロヂューサーのF君(社員)。
 
 会って見たら彼らも二人、一人はてっきり弁護士か所属事務所の責任者かなと思ったら、彼の紹介によると、ただ友人で企画のアドバイザーと言っていた。
 
 契約金はF君が電話で詰めていたので、印税とか発行部数とか、また、こちらの企画にどのような形で参画してもらうかが主題だった。
 
 契約書に沿って説明しだしたら、彼が、契約金の確認と、支払い時期、を確認し、印税は当方が30000万部買い取る申し出をしたら、通常の印税の半分にしてくれた。言い分は童話は普通一万部出ればヒットらしい。
契約書のその他のページは見もしないで、5分で終わり、企画の内容の説明を聞きたい、自分のアイディアも是非聞いて欲しいと言い出した。 
 
 彼は、二つ駅のイメージをオールドイングランドといって、いわば、昔の田舎の駅を作って欲しい、出来たら自分と友人でデザインしたい、ギャラは要らなくて、デザイン画の制作費の実費だけでいいからと。
企画の話はどんどんふくらみお互いの夢が広がって本当に気持ちのいい話し合いだった。人が良くて、親切で仕事を一生懸命やる、「仲間」がいた。
 
スタッフが出来上がった童話の受け取りと、駅のデザインを貰いに行ったら、またまた夢が広がり、彼の友人に童話をアニメで表現した映画を作らすことになった。その日の夜ご馳走になっていたら、彼が、皆さん(二人)はゴルフが好きですか、好きなら、是非イギリスのゴルフを経験して帰って欲しい、自分が明日出来るように手配すると言い出した。
 好意もあり、賛同したら、翌日、ホテルに迎えにいくと時間を決めた、二人はクラブと靴は借りる事にして、翌朝、ホテルで待っていたら、背広を着た彼と友人がやって来た。友人はゴルフ場のメンバーと紹介された。イギリス人はゴルフに行く時も背広着用かと思ったら、作家はゴルフが出来ない、メンバーの友人に頼んだら仕事があるが手配と案内だけしてくれる事になった。
 
 ゴルフ場に着いたら、友人が支配人に説明してくれ、クラブ、靴、他一式手配してくれ、スタートホールまで案内し、ゴルフ場の説明をして、客のスタートを見届けて作家と帰って行った。そこにはビジネスのお付き合いとは全く別のものがあり、夕方迎えに来て作家の家に案内され家族で食事をした。よきイギリスの、よきイギリス人の余裕が感じられ素晴らしい経験だった。
 
作家は花博オープンに来てくれ、昼からいくつかのパピリオンを案内しようとしたら、一つ見ただけで、他は断った。彼の言い分は、日本人は花博のテーマを忘れて、音と映像、乗り物を駆使してきらびやかなパピリオンを作り展開している、いくら金があるか知らないが無駄使いとしか思えない。多分他も一緒だろうから、自然破壊を防ぐ大事さを見事に表現した、我々のパピリオンに返り一日中、お客様が喜ぶ姿を見たい。
 
 彼の名は「ジョン バーニンガム」1936年生まれでまだ健在らしい。その後、朝日新聞が彼の絵本を大きく紹介していて、履歴をみると絵本の世界では数々の受賞歴がある、世界的著名な作家だとわかり再びびっくりしたが、彼からはおごり高ぶりは微塵も感じられなかった。
 
 当時、大胆にこの話に乗り社内をまわしてくれた課長が今は社長になられている。事故で苦労されているが愛読書はイギリスのミステリー作家ディック フランシスの競馬シリーズ。