2019年08月22日

国際バカロレア(6件):@nifty

国際バカロレア(6件):@nifty


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記事一覧(6件)

・国際バカロレアと社会科教育の可能性:探究型概念学習をめざす 2016.6.17
 2018-05-17 06:21:29
・国際バカロレアカリキュラム導入までの〈軌跡〉と〈未来〉:2015.7.4
 2018-03-11 17:11:28
・国際バカロレアについて知るために:基礎・基本からあなたの授業の「単元デザイン」に生かす
 2017-10-11 03:33:52
・グローバル時代の国際バカロレアとホリスティックな学びの可能性
 2017-06-09 06:30:53
・国際バカロレアMYPユニット・プランナー(例)
 2017-06-01 07:15:28
・e-カリ曼荼羅「新学習指導要領と国際バカロレア(MYP)とのつながり」
 2017-05-26 13:37:32

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2019年08月21日

My Blog 検索「いじめ」

My Blog 検索「いじめ」

https://tokinomahoroba.blogspot.com/search?q=いじめ (16件)

https://ethnographymetahistory.blogspot.com/search?q=いじめ (9件)

http://holisticeducation2011.blogspot.com/search?q=いじめ (12件)

http://esd2005-2015.blogspot.com/search?q=いじめ(12件)

http://pedagogytocrosstheborder.blogspot.com/search?q=いじめ (20件)

http://shakaikakyouikukennkyuu.blogspot.com/search?q=いじめ (9件)

http://specialcurricularactivities2014.blogspot.com/search?q=いじめ (2件)

https://blog.goo.ne.jp/jzs03765/s/いじめ (26件)

「いじめ」問題をめぐる学校組織マネジメント
教職員研修会資料(内部資料)
「いじめ」問題をめぐる学校組織マネジメント ―教師と管理職のための理論と方法―
http://laotao.way-nifty.com/islikewater/files/ijime2014.pdf

http://blog.livedoor.jp/jzs03765/ (5件)
・ホリスティック教育ライブラリー及び叢書 2017-01-21 09:17:28
・中学生のための人間=人間交際学」講座〜「いじめ」を考える授業〜 2006-11-12 15:21:59
・「社会科教育の研究」講義レポート8 2005-12-11 13:19:13
・「社会科教育の研究」講義レポート6 2005-09-10 17:10:30
・年頭のことば2005 2005-01-02 09:41:02ー



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2017年03月06日

○○が多い県の県民の医療費が2倍!?

◯◯が多い県の県民は医療費が2倍!? 〜京都大学経済学部・特別講義〜
20170304

http://www.mnhrl-blog.com/entry/2017/03/04/182101

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2017年02月24日

Perspective

Perspective: critical and insightful points of view.

The profit of education is the ability it gives to make distinctions that penetrate below the surface. . . . One knows that there is a difference between sound and sense, between what is emphatic and what is distinctive, between what is conspicuous and what is important.

—John Dewey, in A. H. Johnson, The Wit and Wisdom of John Dewey, 1949, p. 104


An important symptom of an emerging understanding is the capacity to represent a problem in a number of different ways and to approach its solution from varied vantage points; a single, rigid representation is unlikely to suffice.

—Howard Gardner, The Unschooled Mind, 1991, p. 13


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2017年01月21日

ホリスティック教育ライブラリー及び叢書 執筆一覧

2017.1.21

ホリスティック教育ライブラリー 全10巻(別冊1)及びホリスティック教育叢書1における執筆一覧

╂田喜一郎(2013:2-5)「はじめに」
Ю田喜一郎(2013:25-48)「『いじめ』につながりかかわる中学生との対話:その実際と背景を読み解く」
成田喜一郎(2013:106-134)「教師のライフヒストリーの中の『いじめ』:ホリスティックなアプローチへの道」
 ホリスティック教育叢書1『「いじめ」を超える実践を求めて:ホリスティックなアプローチの可能性』日本ホリスティック教育協会 成田喜一郎・西田千寿子編 せせらぎ出版, 2013年 所収

ダ田喜一郎(2011:100-102)「歌う」
だ田喜一郎(2011:132-134)「書く」
 ホリスティック教育ライブラリー10『ホリスティックに生きる:目に見えるものと見えないもの』日本ホリスティック教育協会 今井重孝・金田卓也・金香百合編 せせらぎ出版, 2011年 所収

成田喜一郎(2004: 216-219)「『平和』ということばのない民族に学ぶ:ウィルタ・ゲンダーヌとの出会い」
 ホリスティック教育ライブラリー4『ピースフルな子どもたち』日本ホリスティック教育協会 金田卓也・金香百合・平野慶次編 せせらぎ出版, 2004年 所収

∪田喜一郎(2003:73-75)「ホリスティック・カリキュラム論序説」
 ホリスティック教育ライブラリー3『ホリスティック教育ガイドブック』日本ホリスティック教育協会 中川吉晴・金田卓也編 せせらぎ出版, 2003年 所収

\田喜一郎(2002:76-80)「ひかりとかげとその狭間より」
 ホリスティック教育ライブラリー2『ホリスティックな気づきと学び:45人のつむぐ物語』日本ホリスティック教育協会 吉田敦彦・平野慶次編 せせらぎ出版, 2002年 所収




2017年01月10日

マイ・ブログ一覧 2000-現在:2017.1.10

Site1:中学校社会科授業等記録(附属大泉中学校/世田谷中学校2000-2006)
http://newtokinomahoroba.life.coocan.jp
Site2:社会科教育法(中央大学​2005-現在)
http://shakaikakyouikukennkyuu.blogspot.jp/?view=flipcard
http://blog.livedoor.jp/jzs03765/
Site3:カリキュラムデザイン基礎(教職大学院20​08-現在)
http://pedagogytocrosstheborder.blogspot.jp/?view=flipcard
Site4:教職大学院キーワード・カタカナ語小事典(大学院生編2013)
http://keywordkatakanagojiten2013.blogspot.jp/?view=flipcard
Site5:ESDの理論と実践(早稲田大学集中講義2015-現在)
http://esd2005-2015.blogspot.jp/?view=flipcard
Site6:ホリスティック教育の理論と実践(自由学園講義2016-現在)
http://holisticeducation2011.blogspot.jp/?view=flipcard
http://blog.goo.ne.jp/jzs03765
Site7:特別活動論(東京農工大学集中講義​2007-​2014)
http://specialcurricularactivities2014.blogspot.jp/?view=flipcard
Site8:その他
http://laotao.way-nifty.com/islikewater/
http://blogs.yahoo.co.jp/jzs03765
http://kaiteijin.blog38.fc2.com

2017年01月09日

ホリスティック教育ライブラリー・叢書11冊

ホリスティック教育ライブラリー 2 巻〜10 巻+別冊1(10 冊)
ホリスティック教育叢書1(1 冊)
計 11 冊
http://blog.livedoor.jp/jzs03765/HOL.L.S2001-2013.pdf

2017.1.9 Blog再開

ホリスティック教育学研究室
http://blog.livedoor.jp/jzs03765/

2017.1.9 Blog再開

節目の年に再開します。
これまでの記録を整理していく予定です。



2007年04月21日

「社会科教育の研究」2007が始まりました!

2007年4月19日、「社会科教育の研究2007」が始まりました。
今年で3年目ですが、いくつか変わった点がありますので、ご紹介しましょう。

【ここが変わった1】

「地人史」「人間(じんかん)史」という概念を全面に出したことです。
講義補助プリントのタイトルにも登場させました。

「地人史」とは、暫定的に「地球・地域と人類・人々とその歴史的・現在史的なつながりかかわり」と定義し、また、「人間史」とは、暫定的に「人と人、人と人との 間の歴史的・現在史的なつながりかかわり」と定義しておきました。

中学校社会科には「地理」「歴史」「公民」という3つの分野がありますが、それを学ぶ生徒たちの内面で、一つにつながりかかわり合い、興味・関心や意欲を持ち、知識や理解を深め、思考力や判断力を持ち、スキルや表現力を身に付けてほしいとの願いから、地球・地域と人類・人々とその歴史的・現在史的なつながりかかわり、人と人、人と人との 間の歴史的・現在史的なつながりかかわりに注目しながら、社会科の授業を再構成していきたいと考えたからです。

公民的分野については、「経世済民」、すなわち、政治・経済・社会を包括的に捉える歴史的概念をも使いたいのですが、今年度は、歴史(特に近現代史)に焦点を当てて、公民も現代史・現在史の一コマとして捉え、地人史・人間史に包括させて行くことにしました。

【ここが変わった2】

第1回目(4/19)は、「プロローグ−つながりかかわりを求めて−」でしたが、次回4/26(木)から「ホリスティック・アプローチとは何か」というテーマで数回授業を行う予定にしたことです。

これは、昨年度の受講生T.N君からの要望・意見を受けてのことです。

2005年度、2006年度とも社会科授業への招待として、地理・歴史・公民という3分野の実践事例について講義することから始まり、後期もしくは年度末になってホリスティック教育について触れたのですが、T.N君曰く、「ホリスティック教育については年度の初めに聞きたかった」と。

確かに、教育という大きく包括的な営みの全体像をつかみ、その中で社会科教育が担う全体像、固有の領域を見てゆくことはとても大切なことです。

この4月から本務校の教職大学院設置準備室の大学教員となり、また、市民性教育・シティズンリテラシー教育の研究を行っていて、改めてホリスティックHolisticという概念の意義・有意味性を強く実感し始めています。

本日の講義の副題に「つながりかかわりを求めて」とあるように、まさに、全人・全連関的な意味でのホリスティック教育Holistic Educationは、この1年間、「社会科教育の研究」の講義に通底してゆく概念になるのではないかと思います。

【ここが変わった3】

評価の方法として、大学の講義としては初めて「現在史年表」づくりを課したことです。

「現在史年表」づくりというのは、週1回、自分が社会科に関するもっとも興味・関心を持った記事を探し、切り抜き、サイドラインを引きながら読み、A4サイズのノート(通称、大学院ノート)に貼り、その記事などに関するコメントを書くというものです。
これは、自分の興味・関心を軸を中心に時事問題とそれへのコメントが編み込まれ、今作られつつある歴史=「現在史」と「自分史」とがリンクしていきいます。通常、中学生には3年間計画で行ってきました。

昨年度までの講義の中で、新聞を読むことの意義、新聞の切り抜き・新聞投稿の意義について話をしたり、実物を見せたりしたのですが、今年度は、受講生にも中学生に課したように1年間、学び続ける中学生体験をしてもらいたいと考えました。

昨年度は、前期、講義の前に本日の「新聞の切り抜き」を紹介しながら、新聞への興味や意義について触れて来たのですが、学生生活のリズムの中ではなかなか新聞を読む習慣は定着していなかったようでした。

評価に入れるぞ!という強制力の行使かもしれませんが、面倒い!、かっったるい!、TVやネットがあるじゃん!などという嫌々ながらの気持ちで始めたとしても、まさに「継続は力なり」、「継続は意味を紡ぎ出す」ものです。


【ここが変わった4】

これは、わたくしの講義内容や方法・課題の変更そのものではないのですが、ビックリしていることたくさんがあります。

昨年度の受講生の有志諸君が、3限終了後に「サブゼミ」を立ち上げ、今年度の受講生に呼びかけてくれたことです。

それから、初日から質問や相談などが多数寄せられたからに他なりません。
・新聞をとっていないため「現在史年表づくり」に困った学生
・大学院への進学や企業への就職・教職の道に迷う学生
・教職に就くかになるか学校支援者になるか迷う学生
・その場で応答では時間が足りず、その後、メールでのやり取りを始めた学生
・はやくも社会科教育の研究メーリングへの加入を申し込まれた学生

さあ、受講生のみなさん、この1年間、社会科教師をめざし、欠席・遅刻・早退をせずに続けていってください。
道は険しいのは分かっていますが、High Hope!希望は高く持っていきましょう。

社会科教育という素敵な窓辺から教職の魅力を紡ぎ、その不安の糸を解きほぐして行けたらいいですね。


2006年11月12日

中学生のための人間=人間交際学」講座〜「いじめ」を考える授業〜

1 中学生のころ―二回目の誕生を迎えるころ―

わたしたちは、いわば、二回生まれる。一回は存在するために、二回目は生きるために。(ジャン=ジャック=ルソー『エミール』より)

人は二度生まれると言われます。一度目は母から生を受ける誕生です。
二度目は子どもから大人なるための、自らが自らを生む誕生です。
そして、いずれも陣痛(じんつう)を伴います。
一度目は女性である母の身体の痛みであり、二度目は男女問わず自らの「こころ」の痛みです。
母は陣痛の痛さを憎まない、むしろ、痛ければ痛いほど生んだ赤ちゃんへの愛とつながりは深くなるとも言います。
中学生の君に、もうすぐ「陣痛」がやってきます。

2 「人間交際」に立ち返る―もしかすると、「社会科」は「人間交際科」だったのかのしれない?!―

“Society”の訳としての「社会」

幕末から明治初期にかけて様々な訳がありました。
交ル 集ル 会 結社 仲間 懇 一致 社中 組 組合 人間など

福沢諭吉「学問のすゝめ」の中で変わった「社会」
第 9編(1874年・明治7年)では「人間交際」という言葉を使っていた。
第17編(1976年・明治9年)では「社会」を使うようになった。
(参考文献:斎藤毅『明治のことば』講談社)

君たちが何気なく使っている「社会」という言葉にも歴史があります。
かつて、中国で使われていた「社(やしろ)」で「会(あう)」は、すなわち宗教的な地域的な人間関係や組織を意味していました。
今、その意味はまったくと言っていいほどありません。
それは、明治時代に入って欧米の人や文化との接触を通じて手に入れた「思想」を、如何にして日本人が日本語・漢字文化に翻訳して使うのかという努力の賜物(たまもの)だからなのです。
しかし、翻訳の過程における試行錯誤を見ると、訳語が定まる前のもとの「思想」がよく見えてきます。
「社会」より「人間交際」の方が具体的なのかもしれません。
そして、中学校社会科で学ぶことは、中学生のための「社会=人間交際学」であってもいいはずです。

3 中学生のための「社会=人間交際学 」〜たとえば「いじめ」を考える〜

「『いじめ』をしたことのある人、手を挙げなさい!」と言われて手を挙げることができる人は何人いるでしょうか。ほとんど、いないのではないでしょうか。
「それでは、『いじめ』をしたことのある人、心の中で手を挙げなさい!」と言われて手を挙げる人は何人いるでしょう。その数はあまり増えないのではないでしょうか。
やったことのある人の中に、明確に意識している人の数は多くありません。
そのほとんどが、たとえやっていたとしても、いじめていることすら自覚していないことが多いのではないでしょうか。

「いじめ」の定義

「いじめること。特に学校で、弱い立場の生徒を肉体的または精神的に痛めつけること。」とあります。
「いじめる」とは、「弱いものを苦しめる。」
  『広辞苑(第四版)』岩波書店より
「いじめる」とは、
  娘紊の場にある者に〕わざと苦痛を与えて、快感を味わう。
 限度を越えて、乱暴に物を扱う。
  『新明解 国語辞典(第三版)』三省堂より
今(1997年当時)話題の『新明解』の方が的を射ているように思います。
「わざと」「快感」「限度を越えて」「物」というキーワードで説明しているところがすごいですね。
『広辞苑』のいいところは、「肉体的または精神的に」というところでしょうか。

さて、いじめの対象は、「弱い立場の生徒」「弱い立場にある者」だとあります。
それはだれが判断するのでしょうか。
「強い」「弱い」は、主観的な判断でどうにでもなります。
いや、判断などしていないかもしれません。
やっている本人は無意識のうちに、いじめたくなっていじめていることもあります。
「わざと」とありますが、本人は故意にやっていると思っていないこともあります。
「快感」もそれ自体、意識された目的ではなく、無意識のもとでの目的となっていることもあるのではないでしょうか。

だから、いじめについてどんなに論理や理屈の通った話をいくら聞いても、頭で理解したとしても、無意識の行動はとめられないのかもしれません。
自分は「いじめなんかしていない」と思っている人も、もしかしたらやっているのかもしれないのだ、ということだけでも理性のどこかにインプットしておいてほしいと思います。
過去の出来事を思い出し、もしかしたら、あれがそうだったのかもしれないなど気がつければ、一歩前進かもしれませんね。

今度は逆に、「いじめられたことのある人、手を挙げなさい!」と言われると、「いじめた人」の場合の質問に比べて手は挙るのではないでしょうか。
でも、いじめられた苦痛を味わった経験をもっていても、手を挙げない人も多いものです。
心の中では挙手できる人は、たくさんいるはずなのに……。
それは、なぜでしょうか。
それは、人としての「プライド」があるからかもしれません。
「いじめられた」=「弱い立場、みじめな思いをした人」というレッテル、もちろん他人から張られたくないし、決して自分では認めたくないのです。
「いじめ」がしばしば、深刻になるまで親や教師、友だちにさえ「SOS」を発信できないのは、相手から「告げ口をするな、すればもっと痛い目にあうぞ」と言われていたり、そう思わされていたりすること以外にも、これも1つの理由だと思います。いじめられている子の、ぎりぎりのところにあるプライドです。

そして、「いじめを目撃したことのある人、手をあげなさい!」と言われれば、多くの人が挙手をするにちがいありません。
でも、「そのとき、あなたはどんな行動をとったの?」と尋ねられて、明快な答えを言える人はいないのではないでしょうか。
とめに入った人は?! 先生や大人に相談にいった人は?! この人たちは勇気ある行動が取れた人だね。
友だちと「どうしたらいい」と相談した人、友だちとそのうわさ話をするくらいで何もしなかった人、結構たくさんいるんじゃないの。
いや、むしろ、自己防衛のためにする側にすり寄ってゆき、いじめに加わっていった人も少なくないはずです。
かつていじめにあって、今いじめをする側に入っている人もいるのでは……?

いじめの構造の問題点は、ここにあります。
している側にしばしば自覚症状がないこと。
あってもされている側が「SOS」を発信できない状態に追い込んでしまっていること。
される側の人としての「プライド」ゆえに、あえて「SOS」もせず必死で耐えていること。
周囲の人間が、いじめを助長することや許容することはあっても、有効な対策を考えられず、誰か相談もできないでいること。

では、いじめられているあの子は、どうなるのでしょう。

「いじめ」をめぐるシミュレーション

あの子は自殺する(間接的な他殺かもしれない):最悪・犯罪
あの子は病気になる(ストレスが将来、悪い病気を誘発する)
あの子は不登校になるのかもしれない
あの子は「自分(個性)」を殺す=「みんな」と「仲よし」になる:個性の抹殺
あの子は「みんな」に合せるようになる
あの子のいじめは「解決」した?!:「幻」の解決
あの子は「みんな」と新たに別な子をいじめるようになる:いじめの再生産
「みんな」で授業中の発言や討論を抑えるムードをつくる
「みんな」で学力の向上をさせない、受身の学級・学年・学校をつくる
「みんな」で異なる考えや立場を認めない学級・学年・学校…日本…をつくる:いじめの構造

世間では、しばしば、こういう声が聞かれるます
「いじめる子どもが悪い、厳しく制裁を!」
「学校や教師が悪いから、いじめが起こる!」
「家庭の躾(しつけ)がなっていないから、起こる!」
「社会や時代が悪いからだ!」などと言われる。
悲しいことに、本人は心もからだも痛めつけられているのに、追い討ちをかけるように「いじめられる子にも問題がある!」「やられて当然よ」などという人もいる。
果たして、それでいいのでしょうか。
なんかだれかを「悪者」に仕立て上げようとしているだけみたいですね。
それで、いじめは解決できるのでしょうか。

答えは、「NO!」です。

では、どう考え、どうすればいいのでしょう?
いじめている子もいじめられている子もまわりにいる子も、決して悪くありません。善悪でいじめを捉えたら解決の糸口を見逃してしまいます。
(もちろん、いじめが犯罪になり、裁きを受けなくてはならない場合もあります!!)
いじめは、人と人とのつながり方そのものなのです。
みんな、人と人とのつながり方を間違えているか、別のつながり方があるのに気づいていないのです。

いじめられている子へのメッセージ

まず、「二度目の誕生に伴う君の『陣痛』、その痛みが痛ければ痛いほど、その痛みをまるごと受け止めることができるならば、美しい人間になれる」と言いたいです。
そして、「夢を持て、希望を持て!」と言いたいです。
かつて、アメリカのキング牧師は「私には夢がある」と演説し、黒人差別のない時代や社会を夢みました。
その希望は単なる夢にとどまらりませんでした。
夢は実現しつつあります。
さらに、「勇気を持て!」と言いたいです。
相手は君が嫌な思いをしているということに気づいていないことがあります。
「NO!」「やめて!」「いやだ!」と毅然(きぜん)とした態度をとること。
自分の心の中のプライドにしがみつくのではなく、相手に自分のプライドを伝えること、気づかせてやることが大事です。
君は、いじめられて悲しい思いをしているが、いじめている子はいじめることでしか、君とつながれない悲しい人なのです。
「NO!」と言えることは、君自身を救う方法であると同時に、その悲しさから相手も救うことになります。
できるだけはやく、相手に君が嫌な思いをしているということを気づかせることです。

それでも夢も希望も持てず、勇気も持てず、何も言えないときはどうするのか。でも、あきらめることはありません。
そんなとき、ゆっくりだが、きわめて単純で変化・変容が期待できる毎日の過ごし方もあります。(参照:4※)

いじめている子やまわりの子たちへのメッセージ

まず、自分が無意識のうちにいじめているのかもしれない、ということに気づく「勇気」を持つことです。
いじめている人、特に自覚症状のある人は、最悪のとき、罪を犯すことになることにもつながる行為に関わっているのだ、という認識が大切です。
でも、罪を犯すとまずいから、やめとておくと考えるのではなく、自分の中の怒りや憎しみの種にこころを奪われることなく、心底、「心から喜び、分かち合える楽しみ」を探し出すようにこころがけることです。

「喜びはいじめを超える」ことに気づいてほしい。

長年の習慣は恐ろしく、頭でそのことを理解しようにも、からだが「怒りや憎しみ」に反応する、感応するようになってしまっている場合が多いのだ。そんなとき、どんなに有難い心構えを教えられてもだめです。
分かっているけどやめられない、などということもあります。
では、どうすればいいのか。もう、あきらめるしかないのでしょうか。

答えは、「NO!」です。

そんな「怒りや憎しみ」に感応する凝り固まったからだをほぐす方法があります。(参照:4※)

いじめの側にすり寄ったり、傍観したりしている大勢の人にも「勇気を持て!」と言いたいです。
いじめをしている張本人ほど「弱いもの」はないと思ったほうがいいです。
自らを制することのできない、悲しくかわいそうな人間なのです。
そうした悲しい人たちに加担したり、何もできずにいたりすることは、その悲しい人を救うことができないばかりか、自分もその悲しい人たちの仲間入りをすることになるのです。
そして、やはり最悪の場合、共犯者になってしまうかもしれません。
小さな「勇気」もたくさん集まれば、大きな「勇気」になるし、いじめに対して毅然と「NO!」と言える仲間を探してほしいです。
そこここにたくさんいるはずです。

でも、それができずに引きずられてしまう人もいるでしょう。
そんな人は、小さな「勇気」も持てないのは、凝り固まった自分のからだがそうさせているのだ、と思った方がいいです。
だから、君もそんなからだをほぐす方法を毎日やってみるといい。徐々にではあるが、ゆっくりとほぐれてきます。
そうすれば、あの人からのプレッシャーや脅威をはねのけるからだができ、気持ちもすわってくるはずです。(参照:4※)

4 凝り固まった君の「からだ」をほぐす作法

凝り固まったきみの「からだ」をほぐす作法は、いたって簡単!
はじめのうちは奇妙に思えたり、奇妙に思われたりするかもしれませんが、毎日続けてください。
厳しい修行でもなければ、難しい苦行でもないのですから。

凝り固まったきみの「からだ」をほぐす作法

「笑う門には福来る法」〜朝起きて朝飯前の高笑い〜
 処方箋:毎日、朝起き抜けの、朝飯前に数回笑う。
「陽気高める呼吸法」〜吸っては吐いて吐き切って〜
処方箋:食後以外は時を選ばず、数回ずつ。
 ふつうに吸って、ゆっくりと吐き切ること数回ずつ。

丹田(たんでん):おへその下に、笑ったときに堅くなる部分がある。
そこがキーポイント。ここに、陽気をためるようにイメージしよう。
呼吸法では、怒り・不安・憎しみなどの気持ちを「吐き切る」ようにしよう。

付録「逆中の順 〜発想の転換のすすめ〜」

「人の一生は順境有り、逆境有り。消長の数(すう)、怪しむべき者無し。余(よ)又自ら検するに、順中の逆あり、逆中の順有り。宜(よろ)しく其(そ)の逆に処して、敢(あ)えて易心(ししん)を生ぜず、その順に居て、敢えて惰心(だしん)を作(おこ)さざるべし。唯(た)だ一(いつ)の敬の字、以(もっ)て逆順を貫かば可なり。」(江戸時代の思想家・佐藤一斎、1772〜1859)

注                 
 易心(ふてくされおろそかにする心)
 惰心(安心してなまける心)
 敬(つつしむという意味)


【本資料の解題2006】

この資料は、1997年3学期ごろ、中学1年生を対象に行った授業の自作資料プリントの再録です。かつて、予防的措置的な意味合いで行った授業です。

北海道・福岡での自殺、学校・教育委員会の対応報道、そして、この度の文部科学大臣宛のいじめによる自殺予告の手紙事件を背景に、他人事ではない「いじめ」について、過去の実践を整理し、今、学校・教員としてどうすべきなのか、ともに考えていく一つの資料として掲載したものです。

2006年の現在、「いじめ」を考える授業としては、「きれいごと!」であったり、「無力!」であったりするかもしれません。

とくに、自殺まで考えている中学生には、まったく「無意味」なのかもしれません。
学級担任による指導ではどうにもならない段階に来ています。

学級担任・学年担任・生活指導主任・養護教諭・管理職の連携はもとより、心の健康問題の専門家であるスクールカウンセラーや精神科医、子どもの人権・法的助言して下さる弁護士等との連携が不可欠です。

ぜひ、みなさんで考えていきたいと思います。

現在、わたくしが思うに「いじめ」をめぐる現実的な論点=課題は、以下のとおりです。

◆いじめをしている側、される側の両方に「セルフ・エスティーム(自己自尊感情)」が育っていないこと。他者のもさしで自分を図る傾向がつよいこと。:香山リカ「<よい子>の心をのぞいてみれば」『教育展望』2006年11月号。
→どうすれば、「セルフ・エスティーム(自己自尊感情)」を高められるか。これは、頭だけを使った授業や研修では身に付きません。身も心も感応することのできるワークショップ型の授業や研修が不可欠でしょう。

◆子どもと親、子ども同士、子どもと教師との双方に思いこみや関係性のずれがあること。:同上ほか。
→双方の思いこみや関係性のずれを修復できるのでしょうか。ソーシャル・スキルのを学ぶ授業や研修が必要でしょう。前項と深い関わりがあります。

◆いじめをしている側、される側の両方に「セロトニン」が欠乏していること。:有田秀穂(2003)『セロトニン欠乏脳―キレる脳・鬱の脳をきたえ直す』生活人新書(日本放送協会)、セロトニン欠乏脳と昨今の社会的現象
セロトニン神経を活性化するために!
→教育指導や研修では「セロトニン」の不足を補うことは出来ません。有田秀穂先生のご提案は氏の著書をはじめ、「セロトニン神経を活性化するために!」(要約)の中にあります。

◆家庭・学校・社会のすべてにおいて、子どもを頂点(川上)に据える組織構造や意識構造への改革が必要であること。学校においては、校長は川下ですべてを支える「サーバント・リーダーシップ」(資生堂社長・池田守男氏)が必要であること。:
第35回教育展望セミナー・パネルディスカッション「新しい教育課程に期待する」における寺崎千秋(練馬区立光和小学校校長)の発言、『教育展望』2006年11月号所収。寺澤満春「川下に入る者」参照。
→学校が、「上から指示が降ってくる」とか「下に下ろし周知徹底する」とかいう指示命令系統を持つ組織構造・意識構造のもとでは、「いじめ」を減らし、軽減することはできないのではないでしょうか。おとなが「サーバント・リーダーシップ」や「川下にいる者」という意識を持って、理論組織改革、意識改革をする必要があります。

◆教員・学校(教育委員会・大学・文部科学省を含む)の法的責任・義務を明らかにすること。:日弁連の示した6つの法的義務

資料1 「いじめ」に関する法的義務
(日本弁護士連合会による6つ法的責任規定)

1「いじめ」に関する一般的注意義務
○児童・生徒の安全保持の義務
○児童・生徒を「いじめ」から守る注意義務

2「いじめ」の本質を理解する義務
○教師が日頃から注意義務を適切に行うために、日頃から「いじめ」の本質や特徴について学習、理解し教育実践に生かす義務

3「いじめ」をめぐる児童・生徒の動静把握義務
○「いじめ」は教師に隠れて行われているのがほとんどである。
○教師は児童・生徒の生活実態を注意深く観察し、常にその動静を把握し、「いじめ」の発見に努めうる義務

4「いじめ」の実態調査義務・全容解明努力義務
○「いじめ」行為があると認められる場合、学校は迅速にして慎重に、当事者はもとより、周囲の児童・生徒など広い範囲を対象にして事情聴取をするなど、周到な調査をして事態の全容を正確に把握する義務

5「いじめ」防止措置義務
○調査の結果、「いじめ」の実態が明らかになった場合、学校・教師は「いじめ」をやめさせるための具体的な義務
○具体的な対応は事例ごとに異なるが、いじめられている児童・生徒の被害の実情や予測される危害の重大性と緊急性に応じて、全校児童・生徒に対する一般的な指導、いじめっ子に対する説諭などの個別指導、出席停止や校内謹慎の措置、学校指定の変更の具申、警察などへの援助の要請、児童相談所や家庭裁判所への通知など、様々な措置を同時的、段階的にとる義務

6「いじめ」に関わる保護者に対する報告義務、保護者との協議義務
○「いじめ」の実態に関する報告およびその解決に向けての協議義務と、上記の防止措置を講じる場合に、保護者に対して報告し、その理解と協力を求める義務
参考文献:日本弁護士連合会(1995)『いじめ問題ハンドブック』こうち書房

資料2 いじめに関する資料

■ 文部省初中局長通知 ■

いじめの問題について当面緊急に対応すべき点について(通知)
(1994年12月16日 文部省初中局長から関係各機関宛)

いじめの問題の解決のために当面取るべき方策等について(通知)
(1995年3月13日 文部省初中局長から関係各機関宛)

いじめの問題への取組の徹底等について(通知)
(1995年12月15日 文部省初中局長から関係各機関宛)

いじめの問題に関する総合的な取組について(通知)
(1996年7月26日 文部省初中局長他から関係各機関宛)

いじめの問題への取組の徹底について(通知)
(2006年10月19日 文部省初中局長他から関係各機関宛)

いじめを原因とする自殺予告の手紙の公表及びお願いについて
(2006年 文部科学省)

※リンクを張っていない文書については、タイトルを直接入力し検索してください。

■ 参考文献 ■

‘本弁護士連合会(1995)『いじめ問題ハンドブック 学校に子どもの人権を』こうち書房

∪田喜一郎(1997)「『いじめ』をする中学二年生・友巳君とのホリスティックな『教育相談=対話』を中心に」『癒しの教育相談 臨床教育実践事例集4 学級経営に活かす教育相談』明治図書 p.132-157所収

G潴鄒疑(1998)『教師は何からはじめるべきか―自らを問いなおす「いじめ」自殺の授業』教育史料出版会

す盒蕎様(1999)『青少年のための自殺予防マニュアル』金剛出版

ッ羸醋席(2000)『イジメと子どもの人権』信山社

η潴鄒疑(2002)『いじめ判決文で創る新しい人権学習 21世紀型授業づくり』明治図書出版

梅野正信 ・采女 博文(2001)『実践いじめ授業―主要事件「判決文」を徹底活用』エイデル研究所

┣E魃犹(2002)『教育臨床心理学 愛・いやし・人権 そして恢復』東京大学出版会


2005年12月19日

V・E・フランクル『それでも人生にイエスと言う』春秋社

「社会科教育の研究」の講義の中でふれた文献の一つに
V・E・フランクル(著)/山田邦男・松田美佳(訳)『それでも人生にイエスと言う』(春秋社)があります。

夜と霧』の著者で有名なフランクルは、実存分析=ロゴセラピーの創始者です。

もし、社会科教師のための読書案内を書くとすれば、必ず『夜と霧』は入れたいと思いますが、社会科教師に限らず、教師をめざす人たちに『それも人生にイエスと言う』を挙げたいと思っています。

章構成は、以下のとおりです。

機\犬る意味と価値
供”造鯆兇┐
掘/誉犬縫ぅ┘垢噺世
解説 フランクルの実存思想

ちなみにMr.NARICKは、兇痢嵒造鯆兇┐董廚涼罎痢屬△訝棒の場合」を使って道徳の授業をしたことがあります。
その道徳の授業資料の一部は、「社会科教育の研究」講義ノート11に掲載してあります。

まだ、お読みになっていない方はぜひどうぞ。
一度、お読みになった方、もう一度お読みになってください。



2005年12月18日

「社会科教育の研究」講義ノート21

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.21            

エピローグ、それは新たなプロローグ
―社会科教師をめざせ、学級担任をめざせ―

1 試験に関する要項について
‘時・場所(予定)
2006年1月7日(土)
1限09:20〜10:50 3551教室(いつもと異なるので注意!)
2限11:00〜12:30 3354教室(いつも通り) ※必ず正式な掲示を確認すること。
⊇仟蠧睛
(ア)社会科教育研究「ときのまほろば」NO.1〜21(通年)※
(イ)講義内容(口頭・板書事項を含む)
(ウ)社会科・教育等に関する時事問題
(エ)テキスト・参考書 等
出題形式
(ア)ルカーワ型テスト(あの「50問中任意の問題を20問解答せよ」形式)
(イ)記述・論述テスト等
そ衢彁間 90分(テスト+キーワード&コメントの記述などを含む)
ト考 ★テキスト・参考書等の持ち込みは不可です。
    ★携帯電話は電源を切って鞄の中に入れておくこと。
   ※社会科教育研究「ときのまほろば」のバックナンバーについて
  ブログにNO.1〜21までUPしたので、利用してください。
ホリスティック教育学研究室―知と心と身体のアフォーダンス―」
     

2 レポート―学習指導案づくり―の提出について
―仞覆講義日の1/3(7回)以上ある人は、1学期の課題レポートとは別に提出しましょう。
∈2鵑離譽檗璽箸蓮学習指導案づくりとします。しかも、出しっきりのレポートは採点対象になりません。
今回のレポートは、まず、12月30日(金)までに提出すること。1月7日(土)までに助言・指導を受けて再提出すること。
つ鷭个蓮E-mail又は郵送。

3 1年間を振り返って、探Q・愛Qしよう!
〔榲
・いま、ここで沸き立つQを発見する(現在)
・社会科教育の研究2005を総括する(過去)★
・これから社会科教師等へめざす(未来)
∧法
・対話(6つの条件「愛」「謙虚さ」「信頼」「信用」「希望」「批判的思考」)
・記録(主な問答については、「ホリスティック教育学研究室」にUP)
F睛
・学生からのQ
・わたくしからのQ

4 Present for you!―寺澤満春ミニライブ−−

 嵬もなく涙は」1967 *詞:アルフレッド・テニスン
◆屮僖ぅ鵐▲奪廛襪旅瓩蠅鬚里擦董1968
「銀河の愛の花物語」1968
ぁ崗年は死んだ」1969 詞・いいだせつこ
ァ嵋佑凌瓦里海僚を」1970 *詞:ハインリッヒ・ハイネ
Α屮撻海肇燹璽潺鵑硫痢1976
А嵬詛箸糧垈痢1979
─嶐牌咾い硫未討法廝隠坑牽
「風と湖水と人々と」1981
「夕方になると」1986 *詞:パブロ・ネルーダ
「ときのまほろばを求めて」2002
「水よ、すべてのひとたちに」1968-2004
「天空に響くヒマラヤの笛」2005
「やま小屋の中に生まれたきみは」2005
      ***
「小さな愛」*詞・曲 松井孝夫

【資料1】中学校社会科3年間の学習を終えて―「社会」と「個人」について考える―

1「社会」は1877(明治10)年前後に普及!

わが国で「社会」は1877(明治10)年前後に普及し始める!それは「西南戦争」が起こった年だった。
(1)西欧的思想・概念の訳語としての「社会」
「人間というものは、専制的な絶対者への隷属に甘んずるべきものではなく、万人が自由平等であり、そのような自由平等な人民が互いに契約して制定したものが法律なのであるから、法律にはすべての人民−君主も含めて−無条件に服従すべきである、というレパブリックの思想」「同質平等な個人とそれら個人のつながりとしての社会」(齋藤毅『明治のことば 東から西への架け橋』講談社、1977年、176頁。)
(2)「Society,Gezelschap」の訳としての「社会」誕生への道
「交ル」「集ル」:稲村箭『波留麻和解』1796(寛政8)年
「社會(会)」:青地林宗訳『輿地誌略』1826(文政9)年(文字としての「社会」の初見)
 *ただし、この「社會(会)」は、修道院・教団・会派の意味で使われていた。
「仲間」「懇」「交り」:村上英俊『仏語明要』1864(元治元)年
「会社」:古賀増『度日閑言』1855(安政2)年〜1866(慶応2)年
「交際」:加藤弘之『真政大意』1870(明治3)年
「相生養」:神田孝平『性法略』1871(明治4)年
「人倫交際」「仲間会社」:中村正直訳『自由之理』1871(明治4)年
「人間交際」:福沢諭吉『学問のすゝめ(第九編)』1874(明治7)年
「社会」:森有礼編『日本教育策』1874(明治7)年〜1875(明治8)年
「社会」:福地源一郎執筆『東京日日新聞』社説1975(明治8)年
「世間」:藤田茂吉『政令法律ノ目的ヲ論ズ』1975(明治8)年
「社会」:福沢諭吉『学問のすゝめ(第十七編)』1876(明治9)年
「社会」:福沢諭吉『分権論』1877(明治10)年
「社会」:近藤真琴『新未来記』1878(明治11)年
 *これは、オランダの未来小説からの翻訳であるが、1868(明治元)年に訳稿が完成し『全世界未来記』と題したとも言われている。従って、西欧思想・概念の訳語としての「社会」の成立は、さらに十年くらいさかのぼるかもしれない。
「社会」:植木枝盛『民権自由論』1879(明治12)年
 *現在、社会主義国家である中国。その中国(当時、清)へ逆輸入されるのは、日清戦争後のことである。かつて、漢字発祥の国・中国で「社」も「會(会)」も生まれた。しかし、古代中国で使われていた「社」は、春秋・戦国時代では「土地神」(『礼記』郊特牲篇)を意味していた。原始集落はその「土地神」=「社」を中心に作られ、のちに、行政区画としての「社」が登場する。中国で「社会」という語が登場するのは、あの「日宋貿易」(平清盛の時代)のころである。それは、「社(やしろ)」に「会」するという意味での『社会』であった。

2「個人」は1884(明治17)年に生まれた!

わが国で「個人」は1884(明治17)年に生まれた!それは、「秩父事件」が起こった年だった。
(1)西欧的思想・概念の訳語としての「個人」
「国家や社会と対立し、それらを組成する要素、他人や国家権力から侵されることのない不□独立(ふきどくりつ)の存在、自由平等な権利の主体、等々を意味する『個人』」(齋藤毅『明治のことば 東から西への架け橋』講談社、1977年、229頁。)
(2)「Individual」の訳語としての「個人」誕生への道
平等な権利や義務を持ち社会を構成する単位であるとされる、いわゆる「個人」という概念は、明治になるまでの日本において自覚された形ではまったく存在していなかった。それゆえ、その思想・概念を翻訳することはきわめて困難であった。
「各殊之人身」:古賀増『度日閑言』1855(安政2)年〜1866(慶応2)年
「一箇ノ人民」「各箇(めいめい)」:中村正直訳『自由之理』1871(明治4)年
「一人」「一体」「一物(いちぶつ)」「孤独ノ」「孤立ノ」「難分ザル(わかれざる)」:柴田昌吉等『付音挿図 英和字彙(い)』1873(明治6)年
「個々人々」:西周(にしあまね)『人生三宝説』1875(明治8)年
「各個」「人民各個」:西村茂樹『西語十二解』1875(明治8)年
「一個ノ人」:服部徳『民約論』1877(明治10)年
「独立人民」「各個人々」:高橋達郎『米国法律原論』1877(明治10)年
「一個人」:青木匡訳『政体論』1878(明治11)年
「個人」:文部省訳『独逸国学士佛郎都氏 国家生理学(第二編)』1884(明治17)年
 *甲午農民戦争(1894)年後、「個人」は中国へ渡る。現在、「小己」などを使用。

3 「個人」としてのアイデンティティを!

私たち日本人は、19世紀後半、明治以来、西欧(欧米)の文明・文化(物質・思想)を積極的に取り入れてきた。「社会」や「個人」のように、従来から使われていた漢字を組み合わせて、新しい思想・概念を翻訳・造語・表現してきた歴史的な事実は、まさに、その証拠である。

20世紀後半、1945(昭和20)年以降になると、とりわけ、1980年代後半ごろから、直接カタカナで表現する形での文明・文化の輸入が盛んになってきた。これは、翻訳・造語・表現を怠ったり、むしろカタカナでの表現を好んだりするという傾向が生じてきたというだけではなく、簡潔な漢字熟語として翻訳不可能な物質や思想・概念が大量に流入してきたという結果でもある。
いずれにしても、近・現代史における日本人は、西欧(欧米)の文明・文化に「追いつき追い越せ」と言わんばかりに、遮二無二突き進んできたことは間違いない。
 しかし、近年、西欧(欧米)近代のもたらした科学・技術や近代思想・概念は、行き詰まりを見せている。欧米諸国を中心に地球規模で、これまでの「パラダイムParadigm」(一時代の支配的な見方。特に、科学上の問題を扱う前提となるべき、時代に共通の体系的な想定のこと。)の転換が求められ始めている。
例えば、医学の分野では、西洋医学オンリーではなく東洋医学が注目されてきたり、その両者を包括する「ホリスティックHolistic」(あらゆるものとつながり・つりあい・つつみこむ)医学が静かなるブームになり始めているのである。
新しい「ミレニアム」2000年が騒がれ、片や20世紀が終わる「世紀末」の今、こうした「パラダイム」転換がもとめられている今、そして、間もなく「義務=権利教育」を終え、後期中等教育(高等学校)に進学しようとしている今、「個人」としてのきみたちは、どのような生き方(見方・考え方・感じ方)をすればよいのだろうか。
結論は、単純明快である。
きみの「生き方」は、他者が決めることではなく、自ら決めることでもなく、自ずから決まることなのである。ただ、自ずから決まることであるにしても、決まるまでの人生をどう生きたのか、どんな経験をしたのか、何を見、何を考え、何を感じてきたのか等で決まるのである。
したがって、きみたちが、中学校最後の社会科授業でわたくしの話すこと書いたことに向かい合い考えることも、きみの近未来の生き方に「+」か「−」か(「+−=0」か)に作用するはずだ。一教師からの「一資料」「一アドバイス」だと思って、読み進めてほしい。

4 高校生になったら

高校生になったら(今、ここからでも)、今以上に右脳・左脳をバランスよく使え!

わたくしたちの脳は、爬虫類脳とも言われ生命維持の機能をもつ「脳幹」、本能と情動を司る「大脳辺縁系」、知・情・意を司る「大脳新皮質」という三つの層からなっている。これらは、この順に古いものから新しいものとなっており、これらの脳の構造や機能はそれぞれ異なっている。
そして、脳は右脳と左脳に分けられ、身体の左半身は右脳が、右半身は左脳が司っていることが知られている。
また、右脳は「ものごと」の形象のなどイメージを思い浮かべる働きをし、左脳は「本を読む」「文章を書く」「話をする」などの言語活動を司っている。
さらに、主に左脳は「大脳新皮質」(知・情・意)と、主に右脳は「大脳辺縁系」(本能と情動)と深い関係にあると言われている。
しかし、右脳・左脳、三層の悩は、互いに連携・連動しながら全体として機能しているものである。
 左脳の特徴      右脳の特徴

作動原理  タイト          ルーズ
      決定された、言語的 自由な、非言語的
論理的 知覚的

認知の 言語的 空間的
基本能力 分析的 全体的
逐次的 同時的

認知タイプ 思考の仕方:抽象的 思考の仕方:具体的
受け止め方:印象的 受け止め方:実際的
接近の仕方:安定指向 接近の仕方:変更指向

*WebSite「大脳生理学の手法による性格分析

最近、テレビや新聞で若年性の痴呆症が出現し始めているという報道を見聞きする。それは、機械的な「ルーチンワーク」ばっかりやっているため、左脳だけが過剰に働き右脳の働きが弱まり、そのバランスを崩し脳全体の機能を低下させてしまうことによって引き起こされるかららしい。
絵を見る・描く、音楽を聴く・奏でる、愛する愛されるなど、感動的な共感体験をしたり、創造的な想像力を働かせたり、また、身体をのびのび動かしたりすることを忘れないようにしたい。もちろん、右脳ばっかりの人は、左脳もしっかり働かせるようにすること!

5 無知蒙昧(むちもうまい)のままではいるな

無知蒙昧のままではいるな、はたまた、中途半端で大量な情報におどらされるな!

確かに不況だ何だかんだ、悲惨で不可解な事件・事故の報道が続いている。そうした報道を見るに付け、きみたちはどんな気持ちになるのか。「いやだなあ」「暗くなるなあ」「不安だなあ」と思うことが多々あると思う。でも、ここで忘れてはならないのは、マスコミの持つ「宿命」である。
「犬が人を噛んでも、ニュースにはならないが、人が犬を噛んだら、読まれるニュースになるのだ」ということ。絶えず、新聞社・新聞記者は、こうした原理で動いているものだ。世間一般によくある話は記事にならない。したがって、世間の常識・普通に反する奇異・奇怪・異常・異変に飛びつくものだ。
一番、いい例は、「少年犯罪」。「少年犯罪報道」が増えたのは事実だが、「少年犯罪」は増えてはいない。なのに、わたくしたちは「少年犯罪」が増えたかのように思わされてしまっている。そのブームに乗ったのか、流されたのか、人々は「少年犯罪」問題の虜(とりこ)になってしまう。(わたくしが数年前に「犯罪学ゼミ」をはじめた動機の一つがそうだった。わたくしもしてやられた。しかし、先輩たちと一緒に研究や活動を進めていくうち、だんだんほんとうのことが見えてきた。今では、それを逆手にとって、事件・事故・事象の「ルーツ(根っこ)」の部分を探り続けている。)
今、わたくしは、思う。
中途半端な情報を大量に手にするという危うさ。へたをすれば、それに踊らされ、振り回され、やがては、社会全体が「沈鬱」や「不安」で支配され、ほんとうに悲惨な事件・事故が拡大再生産されてしまうことになるからである。(インターネットの活用の仕方に注意!禁断の果実?!)
確かに、新聞も読まず、テレビも見ない、時事問題に関心を持たなければ、踊らされたり、振り回されたりすることはない。しかし、その無知蒙昧もこわいし、危うい。ひとたび、意図的にか偶然にか、ある情報を吹き込まれたり、すり込まれたりしたとき、中途半端な人間よりもっと過激に反応してしまうことが多々あるからだ。免疫力のない身体は病に冒されやすいことはご存知のとおり。
やはり、無知蒙昧のままでいるのも避けたい。
では、どうすればよいのか。地に足の着いた、確かな「知」をよりどころに判断を下すには、どうすればよいのか。
そのひとつが、自分にとって一番身近で気になる事件・事故・事象の一つの「ルーツ」を徹底的に探り、総合的に思索と検証を重ねてゆくことではないかと思う。探るべき「ルーツ」は、深さだけではなく、その広がりにも目を見張ることが大切だ。
また、変な言い回しかもしれないが、その「ルーツ」の《高さ》にも目配りをしてほしい。地下にあるその根っこが地表部分で如何なる茎・幹・枝・葉を持っているのか。そうした上へ下へ、右へ左への空間的な認識に加えて、その気になる事件・事故・事象の「木」の《年輪》をも調べてほしい。すなわち、その「歴史」を調べ、時間的な認識を持つことだ。
さらに、その「木」にかかわり、集まり、群がる人々について調べてほしい。その「木」につながる「人間(じんかん)」を探ることだ。こうした「時間」「空間」「人間」という総合的な見方・考え方、そして感じ方を大切にしていってほしい。人々への批判と共感のバランスを!
たった一本の「木」でも、気になる「木」の、時空間・人間に伸びる「ルーツ」をたどることで、様々なつながりやかかわりに気づいたとき、今、ここでどうすればよいのか何をしてはいけないのか、が少しずつ見えてくるはずだ。

6 この日本に「生」を受けたわたくしたち

何の縁あってか、この日本に「生」を受けたわたくしたち、今、この国とこの国に住み、つながる人間の「ルーツ」の歴史と文化をもっと知って、未来を切り拓く「ツール」を持て!
「個人」「社会」ということばを翻訳・造語した明治時代の人々に敬意を払いたい。そして、その人々の根底にあった西欧(欧米)への渇望、これこそが正負両面、二重性を持つわが国の「近代化」の原動力であったことにも気づきたい。その「近代化」の過程で捨て去ったり、忘れてしまったりしたもの《かつての自然や文化、「人間交際」》は、今、「そのままの《きみ》で」というわけにはいかない。それを無理矢理にノスタルジックに、復古的に再現することはすべきではない。
しかし、不思議なことに、否、かの「パラダイム」転換の時代=「今」、われわれ日本人の多くが捨ててしまった、忘れてしまったもの《東洋的、アジア的ものの見方・考え方・感じ方(右脳的?)》に対して、かつての日本人が渇望し続けた西欧(欧米)が熱い視線を寄せているのだ。なのに、現在日本人の多くは、この国とこの国に住み、つながる人間の「ルーツ」を知らず、「国際化」というかけ声のもとに、ともすると実質あの「西欧(欧米)」化への道のみを歩み続けようとしている。
「国際化」を言うのなら、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ(A.A.LA.)、オセアニア・東欧へもっと目を向けよ。特に、A.A.LAには、日本人が捨てた、忘れたものが残されている。それを共有・共感しようと努力することで、わたくしたちの、この国とこの国に住み、つながる人間の「ルーツ」、すなわち、歴史と文化をきわめて自然な形で再発見することになるはずだ。
異文化接触をすると、自文化が何たるか、自分とは誰であるか、自覚を迫られるものだ。つまり、自己の「アイデンティティIdentity」(その人間の一貫性が成り立ち、それが時間的・空間的に他者や共同体にも認められていること。自己同一性とか主体性とか訳される)に自ずと気づくことになるだろう。
そして、この国の、書かれた歴史が、自虐的であるかそうでないかなどというマスコミにあらわれた「論争」に踊らされ振り回されることなく、前項で取り上げた方法で「この国とこの国に住み、つながる人間の『ルーツ』」を探っていってほしい。
特に、「この国に住み、つながる人間」とした点に注意しながら。日本人にだけ絞るのではなく(民族主義・国家主義・国民主義・国粋主義などと訳される、偏狭な「ナショナリズムNationalism」に陥る恐れがあるから)、ゆえあってこの国に住む人間、この国につながるすべての人間たちの、歴史と文化を探っていってほしい。
されば、さまざまな環境や他者と自己とのつながりかかわりの中に、きみは、「個人」としてのアイデンティティを発見することになるだろうし、そのきみのアイデンティティの中に自分と自分たちの未来を切り拓く、わくわくするような、素敵な「ツールTool」(道具)があるはずだ。

参考文献・WebSite
*齋藤毅(1977)『明治のことば 東から西への 架け橋』講談社
*「大脳生理学の手法による性格分析」http://www.infonia.ne.jp/~aaaa/yutaka/introduce4.htm
出典
*社会科通信「あみあみ」第40号(2/17/2000)


【資料2】教師のためのファイル管理マニュアル

最近、学校教育の現場でPCの深刻なセキュリティ問題が起こっております。
学校ぐるみで教職員個人が注意し合いましょう。

【本日のケース 曄
A校の別棟にある教科準備室にあった教員のPCから高度の安全確保・安全管理を要するファイルが盗まれようとしたとのことです。それもスパイウェアではなく人為的な事由によってです。
その教員のPC管理には、以下のようなセキュリティ上の問題がありました。

PCにパスワードがかかっていなかったこと。
⊇斗彭戮旅發ぅ侫.ぅ襪PCのHDに保存していたこと。
6飢塀猗室の施錠に問題があったこと。

本来、個人情報はもちろん、テスト問題・成績など高度の安全確保・安全管理を要するファイルの保管については、幾重にもセキュリティ対策をしておかねばならないところ、上記の3つの局面で犯罪(問題行動)機会を除去する「抵抗性」が低かったからにほかなりません。
学校の扱う情報は、個人情報・テスト・成績など高度の安全確保・安全管理を要するものが多々あります。
あなたの学校、あなた自身のPCを早急にチェックしてください。

A)教員のPCにはパスワードはかかっていますか?(パスワードはときどき変えていますか? 桁数は多く設定してありますか?)
B)厳秘文書ファイル又はホルダーは暗号化してありますか?
C)部屋の戸締まりは完璧ですか。

先日、群馬県のB中学校の管理職から電話あり、相談を受けました。
ある教員が学校から自宅に持ち帰ったPCを泥棒に盗まれたとのこと。しかも、そのPCの中には個人情報・テスト・成績など高度の安全確保・安全管理を要するファイルが入ったそうです。
そのPCにはA)もB)も「NO!」だったそうです。

A)やB)がまだの先生方は、至急手をうってください。
各校の情報担当の協力を得て、全校レベルで対処しましょう。
B)=暗号化については、以下の暗号化ソフトの使用を推奨いたします。(12/11現在)
アタッシェケース2」(アタッシュではありません)
アタッシェケース Version.2.49 (2005/10/10)
【設定の仕方】
上記のURLをクリックし、自己解凍インストーラ付き「atcs249.exe」の方をクリックします!ダウンロードしたら、アタッシェケースをクリックし、さらに「動作環境」をクリックします。
「削除」のぺージを開き、□暗号化した後〜、□複合化した後〜の□にチェック「レ」を入れてください。
そして、削除設定のところでは、「完全削除を行う」をチェック◎しましょう。こうしておけば、二度とファイルを復活することが出来なくなりますので、パソコン廃棄時やHDの交換時などには安心できます。
暗号化されたホルダーやファイルであれば、PCを盗まれた場合も見られることはありません。もちろんパスワードさえ盗まれていなければの話ですが…..。
フリーソフトなので、自己責任で使ってください。
【参考情報】SaftyJapan2005「情報漏洩防止に効くPC暗号化ツール一覧

【本日のケース◆
C学校で日常に使っているPCの調子が悪くなったので、トレンドマイクロのオンラインスキャンをかけたところ、WORM_MSBLAST.Aというトロイの木馬系のワームが入り込んでいました。このワームは、危険度(高)です。
やはり、その学校にもセキュリティ上の問題がありました。

ヽ杏瑤砲△襯機璽弌爾里箸海蹇碧楾擦埜世┐弌崑膤悗如廖砲妊Εルス・チェックをかけているので、自分のPCにウィルス駆除ソフトを入れていなかった。
Windows Updateをほとんど更新しておらず、セキュリティ修正プログラムが20個も更新待ちの状態でした。
ウィルスに感染したPCを自宅から持ち込んでネットワークにつないだり、感染したFD・MOなどを学校のPCに入れて情報処理をした。

万が一、PCにウィルス除去ソフトが入っていても更新されていなければ「ない」も同然です。
,筬△冒蠹する方は、できるだけはやく実行してください。については、学校を挙げてルールや手続きを作る必要があるでしょう。
ウィルス・ワーム・スパイウェアの入っているPCをそのまま使っていると、ネットワークで情報交換している方のすべてに送信している可能性もあり、相手の方のPCの「抵抗性」が弱い場合はネズミ算式に増殖します。

ウィルス駆除ソフトが入っていないPCをお持ちの方は、とりあえず、トレンドマイクロなどのオンラインスキャン(無料)を至急ダウンロードし、スキャンをかけてください。もし、PCにウィルスが混在していたら、まず、そのPCをネットワークからはずし、メールの送信はストップ!

情報担当の先生に相談して、駆除ソフトインストールしてください。
メールのやりとりは、ウィルスを駆除してからにしてください。
教職員が自宅から持ってくるPCやデータ、Webメールなどからウィルス・ワーム・スパイウェアが入ってくるようです。
 PCに悪さすることなく、いつのまにかPCからパスワードやデータを持ち去る「スパイウエア」対策については、市販のウィルス除去ソフトにも装備しているものもありますが、それらを通過して侵入してくるケースが報告されています。

NikkeiBP「スパイウェアを捕まえろ!」

企業のセキュリティ担当複数の方々が推奨するスパイェア検索・除去ソフトがあります。
Spybot Search & Destroy 有償版と無償版とがあります。有償版は、キヤノンシステムソリューションズで販売。無償版は自己責任で使用してください。
まず、無償版「Spybot Search & Destroy 1.4」http://www.safer-networking.org/ を使用してみましょう。ダウンロードの仕方は、「スパイウェアを捕まえろ!」の8頁にあります。                  


2005年12月11日

【社会科教育の研究」講義ノート20

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.20            

社会科授業体験と分析 掘充業記録の方法―

1 授業記録の方法
。孱圍辧文朕余霾鵑諒欷遏Ъ業者の許可・本人=保護者の同意)
・授業後の視聴(ストップ・モーション)
・プロトコルおこし
∀拭_察文朕余霾鵑諒欷遏Ъ業者の許可・本人=保護者の同意)
・授業後の聴取(ストップ・モーション)
・プロトコルおこし
写 真(個人情報の保護:授業者の許可・本人=保護者の同意)
・授業の「トリミング」
・教師の動き、生徒の動き・表情
・板書の記録
ざ技奸生徒の発言記録(プロトコルprotocol)の筆記
・T(教師):発問・指示・説明(板書・巡回・仕草)等
・P(生徒):発言・質問・範読・説明・話し合い(ノート・作業・姿勢)等

2 試験に関する要項
‘時・場所
2006年1月7日(土)
 1限09:20〜10:50 3551教室(いつもと異なるので注意!)
 2限11:00〜12:30 3354教室(いつも通り)
  ※必ず正式な掲示を確認すること。
⊇仟蠧睛
 (ア)社会科教育研究「ときのまほろば」NO.1〜21(通年)
 (イ)講義内容(口頭・板書事項を含む)
 (ウ)社会科・教育等に関する時事問題
 (エ)テキスト・参考書 等
出題形式
 (ア)ルカーワ型テスト(例えば「50問中任意の問題を20問解答せよ」)
 (イ)記述・論述テスト等
そ衢彁間 90分(テスト+キーワード&コメントの記述を含む)
ト考 テキスト・参考書等の持ち込みは不可



補論 学校における「問題行動機会論」の構築

〆膿靴糧蛤畆匆餝悗乏悗屐嵌蛤畍彊論から犯罪機会論へ」

・欧米の犯罪の減少・日本の犯罪の増加の現実への着目、犯罪者の人格や境遇に原因を求めた犯罪防止策の限界→犯罪者に犯罪を実行する機会を与えないための犯罪予防策の有効性
・犯罪機会の具体例(入りやすく見えにくい場所=他人に見られず逃げやすい場所、門や戸が開いている場所、窓ガラスが割れたままの場所*・落書きがそのままになっている場所・ゴミが散乱している場所など=管理が行き届かない場所として犯罪が起こしやすい)*「割れ窓理論」
・犯罪機会を除去する3つの方法(抵抗性:施錠・記名・名札・防犯ブザー・整理整頓・管理意識の向上等、領域性:物理的心理的に入りやすく見えにくい場所・機会をなくすこと、監視性:防犯カメラの設置・地域住民の目など)
・犯罪機会の減少化後乃至は並行して、教育・指導の課題として「自尊心」「積極性」「社会性」「ルールの遵守=規範の内面化」「集団的活動」「地域の安全・安心支援」などが求められる。また、困難・分岐点の連続(犯罪や危険との遭遇、立ち直りのチャンス等)としての人生観の育成、メンター(mentorあこがれの先輩・助言者)によるメンタリング(助言・指導)活動、人と結びつくための「社会性」=アナログマインド(対人関係性・協調性・道徳性・共感性・責任感・連帯感)の育成、想像力を豊かにする「対話的コミュニケーション」が重要である。
【参考文献】小宮信夫(2005)『犯罪は「この場所」で起こる』光文社新書

学校における「問題行動機会論」の構築

・「犯罪機会論」の援用による「問題行動機会論」に立った管理運営、教育・指導の重要性・必要性を認識したい。問題行動の原因究明の前に、問題行動の機会を減少させる管理運営、教育・指導を優先したい。(「本校の生徒に限ってあり得ない」「今まではそんなことはなかった」「生徒が信頼できなくなった」などという驚嘆や感想を超えてゆく必要性)
・全校生徒への教育・指導の課題として、とりわけ困難・分岐点の連続としての学校生活(困難に耐え得る耐性の育成)、「ルールの遵守=規範の内面化」、「社会性」(ソーシャル・スキル)=アナログマインド(対人関係性・協調性・道徳性・共感性・責任感・連帯感)の育成を位置づけたい。

実践なき理論は無力であり、理論なき実践は暴力である
(小宮信夫『犯罪は「この場所」で起こる』光文社新書、p.247)


【社会科教育の研究」講義ノート18,19

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.18            

社会科授業体験と分析 機縮狼室業又はシミュレーション―

1 模擬授業を参観(視聴)する!

〔槁
導入(序)
E験(破)
そ結(急)
ト捗
Χ戯燹Χ偽馘

2 この導入のあとは.....?

‘各「イギリスの小さな町での母と子の会話」

子:ストーブに火をつけて!
母:ストーブに火をつけることができないだよ。
子:なぜ?
母:A
子:なぜ?
母:B
子:なぜ?
母:C
子:なぜ?
母:D
子:なぜ?
母:(                                  )

  ア お父さんは仕事がないんだよ
  イ 家には石炭がないんだよ
  ウ 働いていた炭鉱が倒産したんだよ
  エ 家にはお金がないんだよ

⇒汁曚気譴訶験・終結

主題と目標

ど要な教材・資料等




社会科教育研究「ときのまほろば」NO.19            

社会科授業体験と分析 供充業研究・分析の視点と方法―

1 模擬授業の聴き方―生徒としての演技と授業分析者としての演技との並行―

|羈慇犬砲覆辰燭弔發蠅把阿。(積極的な中学生、消極的な中学生、過去の自分の中学生、過去の友だちの中学生などを役割演技=ロールプレイングする)
⊂錣砲錣るところとわからないところ、自分の授業に取り入れたいところと改善するとよいところとを明確にしながら聴く。
授業を深めるために必要だと思われる質問はじゃんじゃんする。

2 授業分析の視点

内容をできる限り具体化し、ねらいにつながる根拠・資料は明らかになっているか。
聴く立場になって、発表内容の構成を工夫できているか。
学習指導案を見ながらではなく、アイコンタクトを取りながら展開できるか。
場面展開や教室の大きさにあった声の出し方をしているか。
対象生徒たちが理解できる考えられる内容になっているか。
生徒たちが楽しめる内容、ユーモアは含まれているか。
しゃべる言葉や板書の語句は、やさしい言葉、短めのセンテンスになっているか。
キャッチフレーズのような短いパンチの効いた言葉はあるか。
全体的に仕草・姿勢・態度、表情など生徒たちから好感が持たれるか。

3 授業分析の方法

(1) 一般的な授業研究会の方法(60〜90分程度)
ー業者からの反省
∋牡兌圓らの質疑・授業者からの応答
参観者からの意見・授業者からの意見(反論など)
せ愼魁助言者からの総括的講評(本授業の位置づけ・討論の整理)

(2) 本日の授業研究の方法(ミニ・ディベート形式、20〜30分程度)
々猟蠡ξ論:本授業における成果(自分の授業に取り入れたいところを挙げる)
否定側立論:本授業における課題・問題点(改善するとよいところを挙げる)
N場を超えて:本授業における立場に成果と課題・問題点
ぜ業者の省察的意見:成果と課題、反論
Knaritaの補足・講評

4 試験に関する要項

‘時・場所
2006年1月7日(土)
 1限09:20〜10:50 3551教室(いつもと異なるので注意!)
 2限11:00〜12:30 3354教室(いつも通り) ※必ず正式な掲示を確認すること。
⊇仟蠧睛
・社会科教育研究「ときのまほろば」NO.1〜21(通年)
・講義内容(口頭・板書事項を含む)
・社会科・教育等に関する時事問題
・テキスト・参考書 等
出題形式
・ルカーワ型テスト(例えば「50問中任意の問題を20問解答せよ」)
・記述・論述テスト等
そ衢彁間 90分(テスト+キーワード&コメントの記述を含む)
ト考 テキスト・参考書等の持ち込みは不可


【社会科教育の研究】講義ノート17

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.17            

社会科授業づくりの方法 供蹴惱指導案作成法―

1 まず、学習指導案の構成を考えてみよう!
 
(1) 序論・本論・結論の3段構成法

序論Introduction
序論Introductionは、「この主題や目的は何か」、「どんな問題意識から出発するのか(動機)」「仮説は何か」などを簡潔にふれる。特に、「結論=ねらい」をはっきり述べる。そして、その後の本論Bodyで具体的な根拠や理由を述べていく。序論Introductionは、全体の1〜2割の分量で簡潔にまとめるとよい。

∨槝Body
本論Bodyは、主張したいこと、考えさせたいこと(ねらい)に沿った証拠(具体的な根拠や資料)を示す。その際、資料や調査、参考文献、自分の実体験などにきちんと基づいて行う。ただし、結論を導く証拠は、だらだらと列挙するのではなくもっとも有力な根拠や具体的な理由を2、3のポイントに絞って展開する。本論Bodyは、全体の8〜7割の分量でしっかり展開する。

結論Conclusion
結論Conclusionは、本論Bodyで述べた証拠(有力な根拠や具体的な理由)もとに、再び序論Introductionで述べた結論をはっきりと繰り返します。結論Conclusionは、全体の1割の分量で簡潔・明瞭にまとめる。明確な証拠に支えられた結論を示す。
論ずることと物語ること

(1)の方法は、「ものごとを論ずる」ときに欠かせない方法である。どちらかというと欧米人の発想や議論の方法に合致していますので、根底のところで国際理解・異文化理解に役立つ。それに対して次の構成法は、論ずるというより「何かを物語る」ときに欠かせない方法である。文学作品やドラマなどに多く採用される方法である。

(2) 起・承・転・結などシナリオの構成法

起・承・転・結(4段構成法)○
「起・承・転・結は、もともと漢詩の構成法から生まれたものだと言われている。
今では、様々な物語、演劇やテレビ・ドラマの世界はもちろん、新聞などに見られる四コマ漫画がこの構成法で作られることが多い。
「起」は、物語の発端、時や場所、主要人物の相互関係、状況などを語る。
「承」は、物語の展開やプロセスを語る。
「転」は、物語を一転させ、ヤマ場・クライマックスなどを語る。
「結」は、物語の結末、結論としてのテーマを語る。

序・破・急(3段ないしは5段構成法)◎
序・破・急は、もともとは雅楽(ががく)の用語で、わが国が世界に誇れる古典芸能のひとつである能・狂言の構成法に採用されている。
「序」は、,痢峙」と「承」をひとつにして物語の世界を語る。
「破」は、「序」で語られた物語の世界の状況に事件が生じ、それまでの秩序が破られたことを語る。(ここはさらに細かく3段になることあり)
「急」は、,痢崚勝廚慮緘召函峽襦廚鬚劼箸弔砲靴道件が収束する様子を語る。

発端・葛藤・危機・クライマックス・結末(5段構成法)△
これは、シナリオを書くときの構成法であえる。
「刑事ドラマ」の場合は、こんな構成になっている。
「発端」事件が発生する
「葛藤」捜査をする
「危機」行き詰まる
「クライマックス」打開策が見つかる
「結末」事件が解決する(逮捕)
「サクセスストーリー」の場合は、こんな構成になっている。
「発端」挑戦する
「葛藤」努力する
「危機」挫折する
「クライマックス」打開策を見つけ克服する
「結末」目的を達成・解決する。

以上、発端=序、葛藤・危機・クライマックス=破、結末=急とくくることができる。

(3) 効果的な授業展開のためのチェックポイント
内容をできる限り具体化し、ねらいにつながる根拠・資料は明らかになっているか。
聴く立場になって、発表内容の構成を工夫できているか。
学習指導案を見ながらではなく、アイコンタクトを取りながら展開できるか。
場面展開や教室の大きさにあった声の出し方をしているか。
対象生徒たちが理解できる考えられる内容になっているか。
生徒たちが楽しめる内容、ユーモアは含まれているか。
しゃべる言葉や板書の語句は、やさしい言葉、短めのセンテンスになっているか。
キャッチフレーズのような短いパンチの効いた言葉はあるか。
全体的に仕草・姿勢・態度、表情など生徒たちから好感が持たれるか。

(4) 学習指導案の主な形式的構成要素(順不同)
単元名(本時の主題名)
単元の目標(指導計画/本時の目標、評価規準・評価方法等)
目標設定の理由(生徒観・教材観・指導観等)
展開(導入序・展開破・終結急/学習内容・活動、指導・援助、評価等)
板書計画
教材・教具・機器の準備

岡山県教育センター 学習指導案フォーマット例

2 さあ、君も学習指導略案を書いてみよう!

(1)「目標」を書くために
 岾惱指導要領」(文部科学省)の中にある目標
評価規準の作成,評価方法の工夫改善のための参考資料(中学校)」(国立教育政策研究所)の中にある目標、「評価規準の作成,評価方法の工夫改善のための参考資料(高等学校)」国立教育政策研究所)の中にある目標

「教師用指導書」(教科書会社)、歴史地理教育者協議会・地理教育研究会・全国民主主義教育研究会など民間教育実践研究団体などの実践事例集の中にある目標
教師の指導の履歴(実践研究史)、教師の教材研究の中から導かれる目標
生徒の学びの履歴から導かれる目標

(2)「目標設定の理由」を書くために
生徒観(学びの履歴調査、事前意識調査、キーワード&コメント、予察等)
教材観(研究史・学説の整理、教材研究の成果)
指導観(学習指導の方法の選択・決定)

(3)「展開」を書くために
まず、終結急を明らかにする。
次に、,忙蠅襯廛蹈札糠砲鬟ぅ瓠璽犬垢襦
,傍着し、△離廛蹈札垢坊腓せない資料を用意する。
を扱うための「発問」「説明」を用意する。
発問がいのちであることを強く意識する。主発問(1つか2つ)を何にするか。
講義トランスミッション、対話※・生徒主体の活動支援トランスアクション・トランスフォーメーションのいずれがねらい・内容にふさわしいか選択・決定する。
↓きキΔ砲弔覆る導入序を考える。
最後に、導入序には、以下のようなパターンがある。
・本日のねらいをストレートに示す
・物(資料)の提示で注目を引く。
・ことば・絵・音楽・香りなど五感を使いイメージ・連想を引き出す。
・コンセプトマップを書かせる。(ウェビング)
・教科書や資料集・プリント資料などの探Q・愛Q活動から入る。
※「対話」の六条件:「愛」「謙虚さ」「信頼」「信用」「希望」「批判的思考」(パウロ・フレイレ)

(4)「板書計画」
‘睛討慮形(小学校1面に残すこと。中学校・高等学校1面〜1.5面)
∧源の大きさ・色わけ(教室の最後部の席から目視確認)
0銘屐紛擬爾虜悩険ι瑤寮覆ら目視確認)

3 試験について、心しておこう!

‘時・場所
 2006年1月7日(土)
 1限09:20〜10:50 3551教室(いつもと異なるので注意!)
 2限11:00〜12:30 3354教室(いつも通り) ※必ず正式な掲示を確認すること。

⊇仟蠧睛
・社会科教育研究「ときのまほろば」NO.1〜21(通年)
・講義内容(口頭・板書事項を含む)
・社会科・教育等に関する時事問題 等

出題形式
・ルカーワ型テスト(例えば、50問中任意の問題を20問解答せよ)
・記述・論述テスト等

そ衢彁間 90分(テスト+キーワード&コメントの記述を含む)

ト考 テキスト・参考書等の持ち込みは不可




「社会科教育の研究」講義ノート16

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.16            

社会科授業づくりの方法 機酋飢塀(教科用図書)―

1 問題としての社会科教科書のあゆみ(抄)1965〜現在

家永三郎教科書訴訟(高等学校日本史教科書『新日本史』三省堂)
家永三郎の声明1965.6.12「私はここ10年余りの間、社会科日本史教科書の著者として、教科書検定がいかに不法なものであるか、いくたびも身をもって味わってまいりましたが、昭和38,9両年度の検定にいたっては、もはやがまんできないほどの極端な段階に達したと考えざるをえなくなりましたので、法律に訴えて正義の回復をはかるためにあえてこの訴訟を起こすことを決意いたしました。憲法・教育基本法をふみにじり、国民の意識から平和主義・民主主義の精神を摘みとろうとする現在の検定の実態に対し、あの悲惨な体験を経てきた日本人の一人としてもだまってこれをみのがすわけにはいきません。裁判所の公正なる判断によって、現行検定が教育行政の正当なわくを超えた違法の権力行使であることの明らかにされること、この訴訟において原告としての私の求めるところは、ただこの一点に尽きます。」

・第1次訴訟1966(検定不合格・条件付き合格→国家賠償請求→上告審1986で全面敗訴)
・第2次訴訟1967(不合格処分取り消しの行政訴訟→差し戻し審1989で1審廃棄・棄却)
・第3次訴訟1984(国家賠償請求→上告審1997で国側に40万円の賠償命令)

高嶋伸欣教科書訴訟1993(高等学校現代社会教科書『新高校現代社会』一橋出版)
公式サイト「高嶋教科書訴訟」

・1審1998(検定制度は違憲ではないが、検定には行き過ぎがあったとの判決)
・2審・控訴審判決2002(検定官の発言を適法とする判決→最高裁へ上告)

新しい歴史教科書をつくる会 1997設立
「私たちは、21世紀に生きる日本の子どもたちのために、新しい歴史教科書をつくり、歴史教育を根本的に立て直すことを決意しました。世界のどの国民も、それぞれ固有の歴史を持っているように、日本にもみずからの固有の歴史があります。日本の国土は古くから文明をはぐくみ、独自の伝統を育てました。日本はどの時代においても世界の先進文明に歩調を合わせ、着実に歴史を歩んできました。欧米諸国の力が東アジアをのみこもうとした、あの帝国主義の時代、日本は自国の伝統を生かして西欧文明との調和の道を探り出し、近代国家の建設とその独立の維持に努力しました。しかし、それは諸外国との緊張と摩擦をともなう厳しい歴史でもありました。私たちの父母、そして祖先の、こうしたたゆまぬ努力の上に、世界で最も安全で豊かな今日の日本があるのです。ところが戦後の歴史教育は、日本人が受けつぐべき文化と伝統を忘れ、日本人の誇りを失わせるものでした。特に近現代史において、日本人は子々孫々まで謝罪し続けることを運命づけられた罪人の如くにあつかわれています。冷戦終結後は、この自虐的傾向がさらに強まり、現行の歴史教科書は旧敵国のプロパガンダをそのまま事実として記述するまでになっています。世界にこのような歴史教育を行っている国はありません。私たちのつくる教科書は、世界史的視野の中で、日本国と日本人の自画像を、品格とバランスをもって活写します。私たちの祖先の活躍に心踊らせ、失敗の歴史にも目を向け、その苦楽を追体験できる、日本人の物語です。教室で使われるだけでなく、親子で読んで歴史を語りあえる教科書です。子どもたちが、日本人としての自信と責任を持ち、世界の平和と繁栄に献身できるようになる教科書です。私たちはこのような教科書をつくり、普及するために必要な一切の活動を力強く推進します。私たちの事業に、皆様のご理解とご参加を心からお願い申し上げます。」平成9年(1997年)1月30日「新しい歴史教科書をつくる会」設立総会

・2001(平成13)年、扶桑社が編集・作成した中学校歴史・公民教科書が文部科学省の検定に合格
・扶桑社刊『中学社会[改訂版]新しい歴史教科書』(平成18〜21年度 使用版)
http://www.tsukurukai.com/05_rekisi_text/rekisi_kaitei.html

市民の教科書研究所(教科書問題を考える実行委員会、2001.4.5 開設)
「いま、日本の教育に異変が起きています。とりわけ、「新しい歴史教科書をつくる会」による扶桑社の歴史教科書の登場は、かつての日本にようアジア諸国への侵略と植民地支配を隠蔽、あるいは正当化しているという点において、アジアにおける平和・共生をめざす次世代を育てる教科書として全く不適当な内容となっているだけでなく、他社の歴史教科書においても、「軍慰安婦」をはじめとした日本の加害の記述を大幅に後退させる悪影響を与えつつあります。さらにこうした動きは、教育基本法の改悪そして憲法改悪をめざす動きとも連動しつつ、日本を再び戦争国家へと押し流していく危険さえあるといえます。最近の首相による靖国神社参拝はその具体的な表れといえます。当センターは、こうした流れを阻止し、アジアとの共生・平和を担う次世代を育てる歴史教育、平和人権教育を実現していくための一助として、教科書問題・教育基本法改悪・靖国神社問題に関する情報を収集・整理し、このホームページを通じて広く市民の皆様へ提供します。」

2 教材・学習材・著作物としての社会科教科書

ゞ戯爐箸靴討龍飢塀
・教科書を知る:学習指導要領、教科書会社、編集・執筆の制約・制限、教科書検定・採択、義務教育教科書無償配布1963、表紙、目次、本文、用語・ゴシック、図版、注、索引等。
日本の教科書検定制度http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kentei.html
・教科書を教える:表紙、目次、本文、用語・ゴシック、図版、注、索引等を「読む」「見る」「覚える」「考える」「問いを愛する」
・教科書で教える:表紙、目次、本文、用語・ゴシック、図版、注、索引等+副教材+自作プリント+その他の史・資料等併用し、「読む」「見る」「考える」「問いを愛する」「覚える」
・教科書を問う:別紙資料参照→愛Q・探Q学習の実践(「読む」「見る」「問いを探す」「解き明かす」「説き明かす」「問いを愛する」「覚える」)
・教科書を比べる:中学校社会科(帝国書院 清水書院 教育出版 東京書籍 日本文教出版 日本書籍新社 大阪書籍 扶桑社)、高校地歴科・公民科教科書
・教科書を使わないで教える:学習指導要領、副教材、自作プリント、その他の史・資料等、教師の学習・指導の履歴の蓄積(教材研究・実践史の到達点)
・教科書の教えないことへの視点:地理・歴史・公民につながる時事問題等

学習材としての教科書
・無償配布される児童・生徒にとって、主たる学習材であること
・生徒の学びの履歴Learning Historiesの中から見えてきた「教科書」:「事前に資料や教科書を読むべき」「だいたいの内容があるので読むべき」「教科書を読んだり人物になったつもりで当時のことを考えたりすること」「飛び飛びではなく一通り読むべき」「教科書をたくさん読むこと気になるテーマをとことん調べるべき」「教科書より本を読むべき」(中学3年生が、小学校以来の社会科の学習を振り返った結果)

J埆検執筆者にとっての教科書
・教科書を使う生徒とのかかわり
・公立学校の現場・教員とのかかわり
・大学教員・研究者とのかかわり
・出版社編集方針とのかかわり
・文部科学省・学習指導要領とのかかわり
・保護者・社会一般とのかかわり
・政治・マスコミとのかかわり
・その他(わが子とその世代等)

3 愛Q・探Q学習資料としての社会科教科書―「教科書だけで授業をしてみよう!」―
^Qのすすめ
ブレーメン近郊ヴォルブスヴェーデにて、1930年7月16日、若き詩人カプス君宛のリルケの手紙より

あなたの心の中の未解決のものすべてに対して忍耐を持たれることを。
そうして問い自身を、例えば閉ざされた部屋のように、
あるいは非常に未知な言語で書かれた書物のように、愛されることを。
今すぐ答えを捜さないで下さい。
あなたはまだそれを自ら生きておいでにならないのだから、
今与えられることはないのです。
すべてを生きるということこそ、しかし大切なのです。
今はあなたは問いを生きてください。
そうすればおそらくあなたは次第に、それと気づくことなく、
ある遙かな日に、答えの中へ生きて行かれることになりましょう。

出典:リルケ(高安国世訳)『若き詩人への手紙 若き女性への手紙』(新潮文庫)29頁
(あなたの中で解き明されぬすべての「問い」に忍耐強くあれ/そして「問い」そのものを愛せよ/与えられぬ答えを追い求めてはならない/なぜなら/あなたはそれを生きることはできず/大切なのはすべてを生きることだから/今は「問い」を生きよ/いつの日かその道のりの果て/気づかぬうちに/あなたはその答えを生きているだろう)吉田敦彦氏より教示された訳

探Q学習の方法
・まず、教科書を読み、探Qする。
・歴史用語事典や資料集などですぐに分かりそうなQに○印をつけ、調べてみよう。
・本日のテーマ(主題)について理解するにために欠かすことのできないと思われるKeyQを3つ選び、◎印をつけ、調べてみよう。
・今、しばらくQのままにしておいてもいいかなと思われるQには△印を付けておこう。
・◎・○・△印をつけ、調べても分からない、分かりそうもないQがあったら、先生に出題してみよう。

4 模擬授業への誘い
|姥機λ椹の主題は、地理・歴史・公民の3分野の任意の主題でよい。
希望者が4名以上いた場合、成田が選考し、実践者を3名に絞り込む
A考方法は、事前に学習指導案・プリント資料を提出し審査を受ける。
ぜ業に使うプリント資料は、原則としてB4判1枚以内とする。
2002年東京学芸大学附属世田谷中学校第1学年における実践

【参考資料】巨大な古墳―大王と豪族―を探Qする!
文部省検定済教科書『中学社会 歴史 未来見つめて』教育出版p.28-29

【C組の探Q】
01 支配者とは誰?
02 なぜはにわを納めたのか?
03 どうやって人工の墳丘をつくったのか?
04 なぜ、近畿・瀬戸内に多いのか?
05 なぜ、大和に有力な豪族が出てきたのか?
06 なぜ、3C後半から4Cにかけてなのか?
07 古墳を作った人々の数、どんな人々か?年数は?
08 なぜ、副葬品(いろいろなもの)を入れたのか?
09 古墳づくりのきっかけは?
10 古墳の堀は何のため?
11 貢物はどんなもの?
12 朝廷の仕事とは?
13 大王とは誰?
14 なぜ、豪族は従ったのか?
15 大和朝廷を作ろうとしたのは誰?
16 なぜ、氏という集団を作ったのか?
17 朝廷の決まった仕事とは?
18 なぜ、北は従わなかったのか?
19 大王はどのように継がれたのか?
20 朝廷の中の位は?
21 大和という名はどこから?
22 なぜ、大山古墳が大和政権の盛んなことを示しているのか?
23 大王は今でいうと?
24 このころの政治は何か?
25 なぜ、朝鮮と関係を持とうとしたのか?
26 日本人はどのように仏教を受け入れたか?
27 なぜ、大陸が進んでいるのかが分かったのか?
28 その後、渡来人はどうした?
29 なぜ、高句麗に対抗したのか?
30 大陸の進んだ技術とは何か?
31 渡来人の数は?
32 なぜ、中国から権威をもらったのか?
33 高句麗、百済とはどこにあったのか?
34 渡来人の船は?
35 交流のきっかけは?
36 なぜ、鉄などを求めたのか?
37 漢字以前は何を使っていたか?
38 渡来人はなぜ文化を日本に伝える気になったのか?
39 機織以外に何を伝えたか?
40 日本から何か伝えたのか?
41 そのころ、中国の皇帝は誰?
42 渡来人はなぜ漢字を使って記録したのか?

【D組の探Q】

01 なぜ、遺体とともに副葬品を納めたのか?
02 はにわにどんな形があるのか?
03 なぜ、堀をめぐらせたのか?
04 大王はどんな政治をやっていたのか?
05 貢物はどんなものか?
06 古墳の形をどうやって決めたのか?
07 代々朝廷の決まった仕事とは?
08 古墳の建設方法は?
09 なぜ氏という集団を作ったか?
10 なぜ大和政権ができたか?
11 そもそも氏とは? どんな種類があるのか?
12 九州から関東の豪族とあるが、どんな豪族がいたのか?
13 大和政権になぜ豪族は従った?
14 なぜ、氏・豪族が出てきた?
15 そのころ東北地方は?
16 朝鮮南部と九州保久保との往来、その理由は?
17 なぜ、大和政権は大陸の進んだ技術を求めたのか?
18 中国の皇帝の権威を借りねばならなかったのか?
19 渡来人とは何か?いなかったら今の日本は?
20 仏教・儒教の前の日本の思想は?
21 ロシア・北海道の方から文化が伝わらなかったのか?
22 漢字で何を記録したのか?
23 朝鮮からなぜ移り住んできたのか?
24 甲骨文字からいつ漢字になったのか?
25 なぜ、漢字だったのか?
26 渡来人の文化で日本はどう変わったのか?
27 わざわざ渡来人は来たのか?
28 中国・朝鮮からもらった見返りは?
29 経典はいくつくらいあったのか?
30 焼き物(須恵器)の特徴は?
 ※2クラス80名/4クラス160名


『社会科教育の研究」講義ノート15

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.15

社会科授業の実践理論 后酋技嬾澄

1 君は、なぜ、教師をめざすのか?


2 メディアの中の「教師像」

 崟捗佞箸浪燭澄廖焚凸斃朮霾韻垢訐萓検法◆屬海譴青春だ」(竜雷太扮する先生)、「でっかい青春」(竜雷太扮する先生)、「進め!青春」(浜畑賢吉扮する先生)、「飛び出せ!青春」(村野武範扮する先生)、「われら!青春」(中村雅俊扮する先生)1965年〜1974年(高校が舞台)

◆孱廓B組、金八先生」(武田鉄矢扮する坂本金八先生)1979年〜現在(中学校が舞台)

「GTO」(鬼塚英吉先生)1990年代(高校が舞台)

ぁ嵬覯鵑蠕萓検廖兵尊澆垢訖綯修先生)現在

3 教師とは何か―聖職か労働者かの議論の時代ではない?!―

(略)

【セミ専門職】
「セミ専門職」とは、教師、看護婦、図書館職員等の一群の職業を具体的に想定したカテゴリーであり、専門職化を目指しつつも、現状からすると自律性や資格の要件などが既存の専門職に及ばないとされるものをいう。今日の難しい状況のもとで、教師たちがその教育力の向上を、自らの専門的な力量の向上を目指すことで実現していこうとする意欲を示すものといえる。調査の回答者が、自負心の強い、熱心な教師であることを示す結果だとみることもできよう。
http://www.crn.or.jp/LIBRARY/CYUU/VOL680/GIF/S5680070.PDF「モノグラフ・中学生の世界」

「中学教師は訴える」〜中学教師の全国調査から〜
永井 聖ニ「第5章 転換期の教師の意識−教師論の立場から−」
NO.68ベネッセ教育研究所p.74
http://www.crn.or.jp/LIBRARY/SEARCH/sassi2.html
Child Reseach Netより

4 「指導力不足の教員」の教員像

横浜市教育委員会「指導力不足教員の具体的事例」
指導力不足教員とは、児童生徒への教育に対する責任感や意欲などに欠け、日ごろの校内における指導や研修にもかかわらず、日常的に学習指導、児童・生徒指導、学級経営を適切に行うことができない教員をいう。状況や程度など、その態様はさまざまであるが、具体的事例については、次のものが挙げられる。
(1)学習指導を適切に行えない教員
 ア 各教科等の指導に関する専門的知識や技能が足りない教員
 イ 授業が成立しない教員
 ウ 児童生徒の評価・評定を適切に行えない教員
(2)児童・生徒指導を適切に行えない教員
 ア 児童生徒の問題行動等に適切に対応できない教員
 イ 児童生徒に望ましい生活習慣や規範意識の形成が図れない教員
 ウ 人権等に配慮した言動が取れない教員
(3)学級経営を適切に行えない教員
 ア 児童生徒や保護者、地域の方、教職員と信頼関係が構築できない教員
 イ 児童生徒を大切にする学級経営が行えない教員
 ウ 児童生徒の意欲や自主性を引き出す学級経営が行えない教員
http://www.city.yokohama.jp/me/kyoiku/jinjika/jinji/shishin.html横浜市教育委員会 「指導力不足教員の取扱いに関する要綱」の運用指針

奈良教育懇談会「指導力不足教員等」の定義
学習指導・生徒指導・学級経営等において、適切な指導ができないため、児童生徒や保護者の信頼を得ることができず、校内で継続的な指導を行っても改善が見られない教員

\賁臉や社会性が不足していたり、教員としての意欲や熱意に欠けていたりするため、指導力が発揮できない教員(指導力不足教員)
服務面や日ごろの言動に著しい課題があり、再三の指導にもかかわらず、改善が見られない教員(不適格教員)
精神性疾患等により、職務の遂行に支障があると思われる教員
http://www.pref.nara.jp/kyoikuk/kondankai/sidouryokubusokukyouin11.pdf

4 教師のための「水の思想」「川の組織論」

 嵜紊了彖曄

最上の善とは、水のようなもの。
水はあらゆるものに利益を与え、争わない。
水は人の嫌う地味な場所でもいつも満足している。
このように、水は「道(タオ)」に近いものである。
水は住むために、地味な場所を好む。
水はものごとを考えるとき、奥深さを好む。
友との交わりには、心のやさしさを好む。
言葉には、誠実さをこめることを好む。
政(まつりごと)には、良き秩序を好む。
仕事においては、その人の能力を生かすことを好む。
行動においては、正しい時機を好む。
このように、水は争わないから、まちがうことはない。

出典:老子第8章より
(張鍾元著・上野浩道訳『老子の思想』をもとに寺澤満春が意訳)

∪遒料反ハ

・・・・常に、日常のcareを怠らず、そして、責任chargeを持ち、
必要に応じて、指導direction、監督supervisionを行う。
いつも、すべての川上*を支える運営administration、経営managementを考える。
嵐が吹き荒れるとき、川の氾濫を避けるため、
心ならずも統制controlせねばならない。
川下*にいる者よ、仕事の後先、順序をまちがうな。
常に、日常のcareから始まることを。
そして、来るか来ぬか非常時以外は、
川上を支える運営administration、経営managementにあることを。・・・・
 出典:寺澤満春「川下にいる者」より
 http://narickworld.hp.infoseek.co.jp/kawasimonouta.htm


註*「川上」「川下」
学校を想定すると、以下のとおりになる。
「川上」 園児・児童・生徒
 ↓   保護者    ↑
 ↓   一般教職員  ↑
 ↓   主任教職員  ↑ 
 ↓   副校長    ↑
「川下」 校  長

5 未来の教師に贈ることば

SK2コンバート法「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」

     悪い状態           良い状態
姿勢  背筋まがりの猫背      → 背筋しゃっきり
視線  ふせぎみ、およぐ      → まっすぐ、固定
呼吸  浅い、速い         → 深い、ゆっくり
言葉  語彙が少ない、ネガティブ  → 豊富な語彙、ポジティブ

『家庭教育新聞』2005年10月5日【記者ブログ】
http://kknews.livedoor.biz/archives/50194893.html

▲襯ぁΕ▲薀乾1897-1982の詩より

「教えるとは希望を語ること 学ぶとは誠実を胸にきざむこと」

ルイ・アラゴン、大島博光訳「ストラスブール大学の歌


『社会科教育の研究」講義ノート14

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.14             

社会科授業の実践理論 検宿床創澄

1 コンセプトマップ「評価」づくり―過去の体験・イメージをもとに―

.ぅ瓠璽献錙璽鼻Εーワードの抽出
▲灰鵐札廛肇泪奪廖奮鞠庵録沺織ΕД咼鵐亜砲虜鄒


2 「測定」「査定」、そして「評価」

 崑定measurement」:子どもの知識(学習の結果)の量を測る。
◆嶌債assessment」:生徒の知っていること、できることなどの情報を収集する過程である。テスト情報はあくまでも査定の一つである。
「評価evaluation」:査定された情報について、解釈したり、判断したりする過程である。子どもの学習の過程及び成果に関する多種多様な査定情報をもとに、なぜそうなったのか、今後どうすればよいのか、という教育的な解釈・判断を行うこと。
論文集編集委員会(2005)『学力の総合的研究』黎明書房、p.140-141より要約

3 評価の目的と3つの機能

ゞ技佞里燭瓩良床繊Ф軌藜汰の改善のために行う。(指導と評価との一体化)
∋童・生徒のための評価:学習の成果と課題発見のために行う。(自己学習力=自己評価力の向上)
J欷郤圈γ楼茵国民のための評価:教師の教育実践と生徒の学習活動の到達点や課題について、説明責任のために行う。(説明責任accountabilityの一つとしての評価)

※論文集編集委員会(2005)『学力の総合的研究』黎明書房、p.141より要約

4 評価の技法

〇愼海班床舛離汽ぅルを回す
See (Check→ Action) →Plan→Do→See (Check→ Action) →Plan→Do......
評価(点検→改善)→目標・計画→指導・実践→査定・評価(点検→改善)→計画→実践......

評価規準・評価基準の明確化をめざす
(ア)評価規準criteria/criterion:達成目標(教師が期待する具体的な学習活動)
(イ)評価基準standard:達成目標の実現状況を判断する指標(A・B・C)

常に4つの観点別評価を意識する
(ア)社会的事象への関心・意欲・態度
(イ)社会的な思考・判断
(ウ)資料活用の技能と表現
(エ)社会的事象についての知識・理解

ち蠡佗床舛ら絶対評価・個人内評価重視へシフトする
(ア)相対評価:一定の集団内における個人の学力の相対的地位を表す評価の方法。集団に準拠した評価。
(イ)絶対評価:教育目標の達成度を評価する方法。カリキュラムの目標などを規準として個々の児童・生徒の達成度を明らかにする。目標に準拠した評価。
(ウ)個人内評価:児童・生徒の内的な特質の傾向と変容を評価する方法。児童・生徒にとっては、自分自身についての発達的、構造的な認識が可能になるという意義がある。個人内評価情報を得ることが、児童・生徒にとって自らを振り返り、次の学習や成長に生かしていく契機になり得る。個人の内的特質や変容に準拠した評価。

ヂ人佑壁床岨駑舛鮗集する
(ア)ポートフォリオportfolioシステム:生徒の作品そのもの、作品に対する生徒自身の評価、教師の指導助言を時系列的にファイルに保存する。自己の学習過程や成果に関する資料・情報の集積物。「キーワード&コメント」の集積など。
(イ)ジャーナル・アプローチ:生徒の学習経験を日記やエッセイ風に文章記述させる。これは、カウンセリング的機能を持つ評価。「キーワード&コメント」など。
(ウ)パフォーマンス・アプローチ:多様な表現活動(ディベート、パネルディスカッション、ロール・プレイ、スキット・寸劇の制作、模擬裁判など)をとおして行う評価。
(エ)ペーパー・テスト:相対評価・絶対評価資料としての一般的なテスト、個人内評価資料としての「ルカーワ型テスト」。
(オ)その他:ワークシート・小論文・レポート・現在史年表・キャッチフレーズ・社会科叙事詩・自己評価・相互評価シート、教師による観察記録 等.

5 補論「学校及び教員の評価」

ヽ惺刺床繊紛軌・生徒・保護者・地域住民アンケート、学校経営「診断」)
教員総合的業績(「自己申告・業績評価」:「学習指導」、「生活指導・進路指導」、「学校運営」、「特別活動・その他」、「教科等に関する研究・研修」。S・A・B・C・D)
I床舛里燭瓩良床舛悗隆轅(わが国の近未来の教育破綻を心配する教育学者もいる)


資料1 歴史的分野「明治維新」における評価規準と評価基準(略)

出典:国立教育政策研究所「評価規準の作成,評価方法の工夫改善のための参考資料
(中学校)-評価規準,評価方法等の研究開発(報告)-」より
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/houkoku/stsyakai.pdf

資料2 ポートフォリオ評価の定義とねらい・メリット

「ポートフォリオとは、一人ひとりの子どもの学習の過程及び結果に関する情報・資料が、長期にわたり、目的的・計画的に蓄積された集積物である。」
高浦勝義(1998)『総合学習の理論・実践・評価』黎明書房、p.221

ポートフォリオ評価のねらい・メリット

1 一定の期間にわたる特定の学習課題に関して子どもが何を学習したか、その成長を診断することができる。

2 やり遂げた仕事は綿密な熟考の過程の産物であるといった過程(process)の感覚を育てることができる。

3 子どもに自己評価の方法を身に付けさせることができる。

4 教師と子どもが、次に必要とする個別的なねらいや指導を決定したり設けたりすることができる。

5 知識は自分が参加した過程で獲得したし、それを次に活用できるといった認識や力を子どもに与えることができる。

6 蓄積された成果を反省し、それを基にある観念を仮に設けたり、分析したり、思いつくなど、真正の学習の機会を与えることができる。

7 標準化テストでは、社会的に主流な文化を反映しているので、非主流文化をもつ子どもには不利になる等の欠陥があるが、ポートフォリオは、そのような制約なしに、子どもの成長を観察することができる。(外国籍児童・生徒、マイノリティへの指導)

8 言語理解や言語使用のための実践的なクラス編成の工夫に役立つような、年齢や文化を超えた子どもの言語発達を観察することができる。
(以上、児童・生徒との「対話」を通して行われる)

9 教師が子どもの特定の必要に応じるカリキュラムを開発したり改善したりするなど、カリキュラムを評価し開発することができる。

10 特定のクラスや子どもに最適な指導の工夫が明らかになるなど、授業実践の効果を決定することができる。

11 どのプログラムと指導の工夫がどの子どもたちにもっともよくはたらくかの洞察を与えるとともに、プログラムの目標と方法についての教員間の話し合いを促進することができる。

12 子どもの学習に及ぼした教師の指導の影響を確認するなど、教師に力を与えるとともに、必要な改善を工夫する根拠を提供することができる。


「社会科教育の研究」講義ノート13

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.13            

社会科授業の実践理論 掘淑法論―

1 理論

図1・図2・図3・図4(略)

※成田喜一郎(2002)「実践・ホリスティック教育論―宮沢賢治と井上陽水、そして子どもたちとのつながりを中心に―」『東京学芸大学附属大泉中学校研究集録』第42号、p.13-15

.肇薀鵐好潺奪轡腑鷏燭粒惱〈伝達注入〉
子どもたちは教師から様々な知識・技能を伝達・注入される学習スタイルである。これは教師が効率よく体系的・系統的な知識・技能を伝達する伝統的な一斉授業にあるスタイルである。

▲肇薀鵐好▲ション型の学習〈相互交流〉
教師に支援されて子どもたち自身が相互に交流や啓発を行う学習スタイルである。これは、問題解決的なグループ学習やディベート・ロールプレイングなど、子どもたちが主体的に学び合う学習活動を意味している。

トランスフォーメーション型の学習〈主体変容〉
トランスアクション型の学習スタイルを発展させ、トランスミッション型の学習スタイルをも排除せず、子どもたちはもちろんと教師の〈主体変容〉にも迫るねがいやねらい、内容と方法を持った学習のことである。すなわち、自立共生・共生共存をめざし、ホリスティックなつながりやかかわりのある学習内容、人間の存在全体を組み込んだ有意味な学習内容を取り上げ、子どもたちと教師の〈主体変容〉をも引き起こす学習である。

ホリスティック・カリキュラムは、トランスミッション型の学習〈伝達注入〉とトランスアクション型の学習〈相互交流〉のスタイルをもつつみこみながら、〈伝える〉〈分かち合う〉〈変わりゆく〉第三の包括的な学習=トランスフォーメーション型の学習〈主体変容〉を中心に据えて実践する。

2 実際

々峙
対話
生徒(非常勤講師)による授業
ぅ譽檗璽函ο席減鄒
ニ椶鼎り・製本
Ε丱坤札奪轡腑
Д灰鵐札廛肇泪奪廚鼎り(キーワードマップ)
┝匆餡兵業ディベート*
パネルディスカッション
ロールプレイング
キャッチフレーズづくり
社会科叙事詩づくり
ポスターセッション
プレゼンテーションツール(パワーポイント)
教科書探Q学習
虻醋筺作解・作解説学習法
吋襯ーワ型テスト活用法
欧修梁

新聞への投書

社会知る機会(中学生 竹野ひとみ 14)

社会科の夏休みの課題で「新聞に投書しなさい」と先生に言われた。「素晴らしいじゃないの」と、母は他人事。そんなこと言われても、私 には書く内容が浮ばない。他人に伝えたいこと、知ってもらいたいことが何もない。投書は、自分の思っていることや、これだけは聞いてほしいと強い意志を持った人がやるもの。先生に言われて生徒が書くものではないと思っていた。ところが、投書しようともがくことで、今の日本、政治、環境を知るきっかけができる。ニュースは毎日変化しており、変化の中で何を見つけ、感じることができるかが大事だということに気がついた。小学校の何年生からでもよい。大人にだって、こんな「課題」がでたら、日本は少しだけ何かが変わるかもしれないと思う。(『読売新聞』1993年8月23日付)

「討論」の場をもっと学校で(東京都 幸脇啓子 中学生 14歳)

先日の本欄に、本物のディベート(討論)ができる学校を望むという投稿が載っていましたが、私の学校でも、積極的にディベートを行っています。私も、入学してから「部活は必要ない」など、さまざまなテーマで何回も体験しました。ディベートを始めたころは、何を主張すれば相手の意見に勝てるのか、わかりませんでしたが、最近では、資料の使い方や話し方が少しですが、わかってきたように思います。それと同時にディベートをおもしろく感じるようになりました。よく、日本人は自分の意見をはっきり言えないとか、自分の意見がないなどと言われていますが、私はディベートによってそうした考え方はおかしいと思いました。自分の意見を持つ、ということは、訓練や日常生活で培われるのではないかと思うのです。国際化が叫ばれ、多くの日本人が海外で活躍するようになってきた現在、「自分の意見を主張すること」「相手の意見に耳をかたむけること」は、とても大切なことではないでしょうか。その練習にディベートは役立つと思います。ぜひ学校での活動として、取り上げてみてほしいと思います。(『朝日新聞』1993年8月25日付)

ディベートで広がる見方(東京都 山崎喜達 中学生 15歳)

僕の学校でも社会科でディベート(討論)を行っています。テーマは 歴史の問題であったり、自分たちの学校での身近な問題であったりします。最初は面倒で面白くないと思っていましたが、2、3回とやるうちに、多くの利点があることに気がつきました。まず、相手を打ちくずすために下調べして、その論題についての知識が深まります。討論の時には自分の意見をまとめ、相手の意見を聞き、良い点、悪い点を探し出す。これにより論理的な考え方ができるようになるし、意見の聞き方も変わってくるのではないかと思います。
一番得るところが多いのは、自分が一つの意見にとらわれずに、物事をあらゆる面から見られるようになり、自分の意見をより確かなものにすることができる点ではないでしょうか。(『朝日新聞』1993年9月11日付)


『社会科教育の研究』講義ノート12

社会科教育研究「ときのまほろば」NO.12            

社会科授業の実践理論 供酋戯猩澄

1「教材」とは何か

ゞ控舛痢峩戯燹廖Ф技佞生徒に何かを教えるための材料(史・資料)。
広義の「教材」:,世韻任呂覆、生徒(教師)が何か発見し、学び、考えるための学習材(史・資料)。
種類としての「教材」:文字・文章(散文・韻文)、数値・データ、物体(グッズ&バッズ)、音楽、写真・絵画、食べ物、香り・味覚、建造物、景観、場・空間、イメージ・雰囲気、生徒・教師...。
ぐ嫐・意義を与えられる「教材」:あらかじめ意図された「教材」だけではなく、何の変哲もないモノが、教師の発問・示唆・説明や生徒自身による気づきや発見によって、新たな有意味性を引き出されることがある。あるモノが「教材」に変わるとき。
※普段、何気なく聴いている音楽、たまたま浜辺で拾ったゴミが「教材」に変身するなど。

2 DVD「インドネシア・アチェ調査報告」2005.2(インターバンド)を視聴する

|が何のために作ったのか。(制作者の意図を予想すること)
↓,鯆兇┐董教師や生徒が気づき・発見したことは何か。
・見過ごす・見逃す、聞き逃す、やり過ごすことがあるのが当たり前である。
・注目する、気になる、ハッとさせられる、心騒ぐところはどこか...。
キーワードやキーシーンはどこか。自分は?生徒たちは?先生は?


3 わが珠玉(こだわり)の「教材」(抄)―1978-2005―

 峙731部隊のある隊員・越貞夫氏の証言」1982(自作音響構成/聞き取り調査)
→戦争における加害・被害と平時における交通安全運転表彰について考える

◆屮蹈奪・日本国憲法」1984(Music/北川てつ「日本国憲法の歌」中学生バンドによる演奏録画)→日本国憲法前文を考える

「石川啄木とその時代」1986(啄木の短歌・詩とその時代)
→啄木の生涯(人間史)を通して足尾鉱毒事件〜韓国併合を考える

ぁ崗赦陀葉集」1987(短歌/島田修二編『昭和万葉集1戦争と人間』講談社新書)
→戦時下の国民の暮らしを探る

ァ屬蠅紊Δ蠅Г鵑譴鵑諒語」1987(詩/『茨木のり子詩集』思潮社)
→中国人強制連行と逃亡・潜伏の日々について考える

Α崔太呼を祝う手紙」1989(文章/ネルー『父が子に送る世界歴史1』みすず書房)→中学2年生(14歳)歴史学習オリエンテーション、歴史づくりに参加することの意味を考える

А峺業ジプシー・下請け労働者の生活」1989(文章/堀江邦夫『原発ジプシー』講談社文庫)→原発推進と原発反対との狭間にある現実を考える

─嶌篷槊暁呂箸修了代」1990(龍馬の年譜とその時代)
→龍馬の生涯(人間史)を通して幕末・維新期を考える

「青い目茶色い目」1991(VTR/NHKテレビ)→差別・被差別の心理を考える

「孝行糖」1994(音響テープ/三遊亭金馬の落語)
→江戸時代の町人のくらしと障害者を考える

「ワカンナイ」1996(Music/CD・井上陽水『LION&PELICAN』)
→宮澤賢治「雨ニモマケズ」との比較を通じて、時代の変遷(1930年代と1980年代)と南北問題等を読み解く

「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」1996(文章/ロバート・フルガム『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』河出文庫)
→人として学ぶ規範・価値について考える 

「ボランティアのFさんの見たもの」1997(文章/西田みどり「エチオピアで見た神」『サイババ体験記』徳間書店) → アフリカの飢餓と「幸せの公式」を考える

「聴くという行為」2001(文章/鷲田清一『「聴く」ことの力 臨床哲学試論』TBSブリタニカ)→他者のことばを受け止めるという行為の持つ意味を考える

「秩父」1978(戸井昌造『秩父事件を歩く』新人物往来社)
「野麦峠」1979(山本茂実『あゝ野麦峠』角川文庫)
「人を喰うバナナ」1986
「岩手県田野畑村」1987(武内宏『各県別路地裏の経済学』中央公論)
「バーコード」1987・「牛乳パック」1989・「コンビニエンス・ストア」1989(日常生活と消費者教育研究とのリンク)
「岩手県沢内村」1990(及川和男『村長ありき』新潮文庫)実地踏査)
「石油」1991(Daniel Yergin著/日高義樹他訳『石油の世紀 支配者たちの興亡』NHK出版)
「岩手県田野畑村」1993(実地踏査、聞き取り調査「太田祖電村長」)
「新潟県佐渡島」1998(磯部欣三『世阿弥配流』恒文社、実施踏査)等
 →地域やGoods&Badsから世界を読み解く(「水」への注目2004〜)

DVD「インドネシア・アチェ調査報告」2005.2(インターバンド)


参考資料

ふたつの短歌
A「小早川加藤小西が世にあらば今宵の月をいかに見るらむ」寺内正毅
B「 地図の上朝鮮国にくろぐろと墨をぬりつつ秋風を聴く 」石川啄木

真珠湾攻撃(1941年)高村光太郎の作品「十二月八日」
アングロ サクソンの主権、   世界の富を壟断するもの、
この日東亜の陸と海とに否定さる。 強豪米英一族の力、
否定するものは彼等のジャパン  われらの国に於て否定さる。
眇たる東海の国にして、     われらの否定は義による。
また神の国たる日本なり。    東亜を東亜にかへせといふのみ。
そを治しめしたまふ明津御神なり。 彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり。

John Hall“Power" (略)
→原発を考えさせる曲

の供屬修譴枠畛瓦奮┐世辰拭毫峅Δ諒茵檗廖弊古椋酩福
それは悲惨な絵だった/王さま一人のために/たくさんの人が死んでいた/生き物も死んでいた/王さまのために
首を階段のそばにさらされて/今にもうめき声が聞こえてきそうだった/動物もたくさん死んでいた/犬、猫、鳥の鳴き声が聞こえてきそうだった/みんな王さまのためだった/奥さんや子どものいる人もいるだろう/しかし、死なねばならぬのだ/王さまのために
こんな世の中をだれが作った!/そう言う人がいるかもしれない/その答えに/王さまがすべてわるい/と言う人がいるだろう/しかし/そう言っている人も/こんな世の中を作っているのかもしれない
時をこえて今/お金という王さまのために命をすてる人もいる/今も昔も同じだ/いつになったら王さまのために命をすてる人が/いなくなるのだろう/そういう日は永久にこないのかもしれない

ゾ住辧屬△觜人少年の詩」(生徒作品)
ぼくの手は黒い/ぼくは学校に行った/そこはひどかった/ボイラー室のとなり/電気は薄暗くほとんど何も見えやしない/そしてこう言われたのさ/「ニガー」と。
なぜだろう、何がいけないの?/そう思っていたときだ/もうすぐどこでも好きな学校に行けると言われた/それから二年たったある日/ぼくはバスにのった/「白人に席をゆずれ」/ぼくはイヤだった/そして当然のように外にほうり出された。
ぼくは大人になった/働くようになった/アイスクリーム工場で/みんないっしょに外に出た/でもいっしょのカフェテリアには入れない/「黒い人はダメ」……
ぼくはバスにのった/今、席をゆずれなんて言われない/バスは遠くミシシッピに向かう/その名は「フリーダム・バス」/たった一つの希望をのせて

出典( 銑ァ法Ю田喜一郎(1997)「社会科『叙事詩』論序説〜事実認識と想像力とをつなぐ試み〜」『東京学芸大学教育学部附属大泉中学校研究集録』第38号