カタカムナの本質を知るには「相似象学会誌」を読んで、直接カタカムナ ウタヒのヒビキを感得しなくてはいけません。

 相似象学会誌第11号より宇野多美恵氏の前書を引用しながら、カタカムナの第一首を紹介します。

<以下引用>

 要するに、カタカムナ文献(ウタヒ)は、人類として、最高度まで生命力(イノチ)を向上し(タカメ) 精神力(ココロ)を向上した(フカメ)人間(ヒト)が、そのイノチとココロのアリかた(マノスベ)と、その根拠(カミ)を示した物理(サトリ)である。

 カタカムナ文献の解読により、我々の遠い祖先のカタカムナ人が、民族の起源の上古代期に、このこと(人間のあるべきスガタのサトリ)を知り、それを、子孫に伝える為に、コトバを造り、そのサトリを示してくれていたことを知って、私共は、心の底から感動した。

 人間は、なまじ進化した脳がある為に、何をするにも、「アワが感受して脳に指令を出させる前に」、いち早く、脳から「サヌキ」を出すクセがつき、感受性のチカラ(アワ)を、いちじるしく劣化させてしまったのである。
 その為に、我々現代人は、進化した脳の「落し穴」に陥り、自然の生物が皆知っている「アワ」を、最もわからないものにしてしまったのである。

 カタカムナのサトリは、後代の聖人賢者のように、自分の体験した(ワカリ)真実(サトリ)を言葉(コトバ)にして教えただけのものでは無かった。
 カタカムナ人も、自分たちの発見した(ワカリ)根本原理(サトリ)を、コトバ化し(図象符や表象物にして)示しているが、それだけでは無く、更に、それを教え(ウツシ)られた者が、そのサトリ(ヒビキ)を、自分のもの(アシア)として、実現(マツル)することが出来なければならない。その為の方法(マノスベ)を、彼らは、八十首のカタカムナウタヒとして示した、と言っている。

 そもそも人間の脳が進化したということは、人間が「カシラ」の能力をもったということである。「カシラ」(カのシ(示し)のラ(あらわれ) )の能力(チカラ)とは、生命の発生する場とつくる能力(チカラ)である。

 「カ」(天然自然〜カミ) が万物万象の生命を発生(ツクル)する「順序(マノスベ)」の能力(サトリ)に対し、人間の脳(カシラ)が、生命発生の場をつくることを、「逆序」の能力(サトリ)という。

 あらゆる生物は(鉱物も植物も動物も)、生まれながらの固有振動をもっている。その振動数は、個体としては一生変わらぬものであるが、長い目でみれば、(元素にも同位元素があり、原子転換があるように、)あらゆるものは、変遷し、還元するものである。

 あらゆる生物は、固有振動を、一生変えることは無いのに、人類だけが、自分の生命の波動量の高調波をもつことが出来るようになったのである。

 要するに、我々の思想は、その、自分自身の波動量なりのものである。(たとえ、他人の思想や学問や智識をいかに多く取り込んでも、感受が無ければ波動量は高まらない。)
 人間の思考力(サヌキ)は、脳の生命力(潜在アワ量)から出る。

 「カタカムナ」を知りたいと思う気持ち(モトメ)を、楢崎氏は、人間の持つ「カミ感覚」といっていた。それは、生命が皆もっている、自分の生命の根源(カミ)に共振(ヒビキ)したい(感受したい)という生命本能(カン)である。

 生命のカミ(カタカムナ)に共振する方法、即ち生命本能のチカラ(アワ性)を鍛え高める方法(マノスベシ)を、四十八のコトバ(カタカムナ ウタヒ)として、示していたのであった。

 「カタカムナ」とは、我々の生命が、よりよく生きる為に、知らなければならぬ生命の根源(カミ)が何であるかということを、(自然の生物が、皆、本能として知っているモノを)我々の脳に教える、最も端的な生命の情報(コトバ)だったのである。

 我々が大マカに「生命力」としか言うしかなかった、生命のチカラの根源(本質)は、マサに、「カタカムナ」の「カミ」(カム アマ始元量)であり、我々の生命活動のチカラは、「カム」の「アワ」と、「アマ」の「サヌキ」であり、「アワ」が、生命力の根本であることを、カタカムナのサトリによって、はじめて知らされたのである。

 あらゆる生物は、カムアマの始元量の変遷物であるから、つねに、生命の根源(カミ)に共振(感受)して、生命力(イノチ)の補給(ウツシ)を受けなければ、生存を保つことは出来ない。

 「カタカムナ ヒヒキ マノスベシ」とは、要するに、「宇宙の万物万象の存在(生命)の根本原理は、カタカムナである」ということであり、宇宙のあらゆる万物万象は、すべてカタカムナの相似象である、という、いわば、現代科学がまだ解明できないでいる、宇宙のあらゆるチカラの時間・空間の統一場の表明である。

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 カタカムナ第一首「カタカムナ ヒビキ マノスベシ アシアトウアン ウツシマツル カタカムナ ウタヒ」でカタカムナ人の言いたい気持ちは、次のようなものであろう。

「「人間のあるべきスガタは、「 カタカムナ ヒヒキ マノスベシ」という天然宇宙の根本原理(サトリ)を知って、自分(アシアトウアン)の生命をマノスベに生き(ウツシ)、そしてそれを他に伝える(マツル)ことである。伝えられた者は、又自分がアシアトウアンになり、ウツシ マツル。このようにして、親から子へ、人から人へと、めいめいが、カタカムナのヒヒキとなり、マノスベの生命をウツシ マツル。これが、人間(ヒト)の生命の、本当の、あるべきスガタである。
 このサトリを知った(サトッタ)「アシアトウアン」が、マノスベの「カタカムナ ウタヒ」を示しますから、それに照らして、めいめいの生命力(ヒビキ)を養い、感受性(ウツシ)を鍛えて、よいおマツリをして下さい。」

 結局、カタカムナ ウタヒの解釈は、読者自身の感受性(アワ)を高めて、めいめいの波動量(アワ)によって、読んで(感受して)頂くしか無い。
 それ故、読者自身の 感受性を高めて頂く為に必要な勉強のしかたを、筆者の知り得た限りをつくして、披瀝している次第である。

<引用終了>  人気ブログランキング