カタカムナ

カタカムナ第七十三〜八十首(相似象学会誌第9号より)


 カタカムナ文献の宇野多美恵氏による解説は、残念なことに第一首から第七十二首までとなっております。参考資料として、第七十三首から八十首までの、楢崎氏による解読を付した渦巻図象を引用しておきます。

第七十三首

 
第七十四首

 
第七十五首

 
第七十六首

 
第七十七首

 
第七十八首

 
第七十九首

 
第八十首

人気ブログランキング

カタカムナ第七十二首(相似象学会誌第16号より)



 
第七十二首「ソレ マ アマ ウツシ アウ ホコ アメ オホ カム ナガラ アメノ ハシ マリ ココロ ワク ヤマ コブ ワケ ヒトミ トリ ムスヒメ ヒネ カム ナガラ ウツシ タマ イキ コト サキ ワレメ」の解説

「ソレ マのアマ ウツシのアウ(重合の)ホコ(正・反(ホ)、親和重合の繰り返し(コ)の)アメはオホ(六方環境(オ)から正・反(ホ)親和するカムのナガラ(何回も何兆回も(ナ)カムが繰り返しあらわれる(ラ)ことによって)アメノ(アメに変遷(ノ)した)ハシ マリ(正・反(ハ)に示された(シ)微粒子(マリ))ココロ(繰り返し(コ)粒子化(コロ)したものが)ワク(全体の「ワ」から自由に(ク)ワクをむすんで発生したもので、ヤマ(極限飽和安定(ヤ)まで「マ」になって)コブ(繰り返し(コ)ふえた(ブ)「コブ」に)ワケ(全体の「ワ」から正・反に変化性を以て(ケ)分けられて)、ヒトミ(「ヒ」に重合(ト)された「ミ」)として)トリ(重合(ト)して分離(リ)され)、ムスヒメ(六方粒子化(ム)が進行(ス)して「ヒ」の「メ」となったものを)、ヒネ(「ヒ」の「ネ」として)カム ナガラのウツシ(潜象界面(ウ)に粒子(ツ)として示されて(シ))タマのイキ(の生命粒子の発生の)コト(繰り返し(コ)の重合(ト)の)サキ(カムの「サ」によって発生(キ)した)ワレメ(「ワ」から「レ」して発生した「ワレメ」である)。」

 「アウ」の重合発生(フトマニ)によってカムから発現する新しい生命は、つねに、「アメ」の状態(ハジマリ)であるというカタカムナ人の直観であり、ここではそれを「ホコ アメ」といっている。
 即ち、カムがアマ現象界に変遷して(「アマウツシ」(アウノスベ)されて)、現象の生命粒子となるトキは、「ホコ」(カムの親和重合(ホ)が繰り返された(コ))「アメ」の状態である、という意味である。

 潜象(カム)が現象(アマ)に変遷(ウツシ)するトキは、「アマ ウツシ」によって現象の「カタチ」がつくられ(タカミ ムスビ)、同時に、「カム ウツシ」によって潜象系の「アマナ」がこめられる(カムミ ムスビ)。要するに、その「アマ ウツシ」「カム ウツシ」は、「オホ カム ナガラ」によって発生する(ハシマリ)わけである。

 「「ソレ マ」の「アマ ウツシ」の「アウ ホコ アメ」が「オホ カム ナガラ」によって、「アメノ ハシ マリ」(正(サヌキ)・反(アワ)性の潜象粒子(ミ))となり、「ココロ」が発生する(ワク)」という思念である。

 カムから発生して現象物(アキ)の中(タマ)に潜在(コメ)して生命のヌシ(ミナカノオホカミ)となっているのが「ココロ」であり、「ココロ」の実質は、「アナミ」であり、「アマ ネキ アメノ ワク トメ ミチ」であり、「アワ タマ ヒメ」であり、「イカ ツチ ヒビキ」であり、「ミツワ ワク ムス」の「ミソデ マク カラミ」の「ミカ ハヤビ」であるという、実に、スジの通った生命現象の「ココロ」の物理である。

 「ヤマ」とは、ここでは全身の内臓や脳や四肢や骨・肉・皮膚等の、あらゆる器官の発生を「ヤマ」といい、それぞれの器官がカタチつくられて分化・発達し、どんどんふえて(コブ)行くことを「コブ」といったと考えられる。

 ここで「ヒトミ」といえば、細胞核内の遺伝子をつくる分子集団(ミカハヤヒ)のことと考えられる。
「トリ」とは、「重合して分離すること」である。即ち、「ココロ」が、細胞の中心核(アマナ)の「ヒトミ」を獲得することである。
 つまり、受精卵が、二細胞.... とふえて行き、たくさんの(ヤ)「マ」となって、分化増殖(コブワケ)して行くのは、「ヒトミ」を「トリ」しているからと考えたのである。

 発生学では、単に単細胞が分裂して二分割・四分割....としているだけであるが、それは現象のカタチがそのように見えるだけのことである。
 カタカムナ人は全く発想が異なり、「二分割」と見えるのは、核をもつ精子と卵子の二つのタマの重合(ト)によって、その核(ヒ)の「ミ」を「トリ」した新しい細胞が発生(マニ)し、「二細胞」になったもの、と直観(カムカヘル)していたのである。

 細胞(ハシマリ)の核(アナ)に発生した(ワク)「ココロ」が、「ヒトミ」(遺伝子の染色体の「ミ」)を「トリ」、次々と粒子化(ム)して発生(ス)し、倍・倍・倍と細胞増殖する生命(ヒ)の発芽力(メ)の根(ヒネ)となって、「カム ナガラ」に「ウツシ」されて行くわけである。

 モノ(万物万象)が発生するのには、発生の条件が必要であり、それによって個体と、その環境条件が、「フト」することが発生の条件になるのである。つまり、個体の「ミ」と、その環境条件の「ミ」が重合(フト)するのである。
 個体の「ミ」とは、個体を構成する細胞の核内の「ミ」であり、環境条件の「ミ」とは、個体の環境の温度・湿度・圧力・栄養状態等の条件の「ミ」である。

「卵子と精子に「フト」の場が出来ると、(重合(ト)の条件がとと(トト)のうと)、そのトキ(瞬時に(アマハヤミ))新しい生命が、カムからアメの状態で発生(マニ)する。そして「フト」の場がつづくだけの「マニ」が繰り返されて、「アメ」は「ヒ」「フ」「ミ」のマリ(潜象粒子)となり、「ミツゴ」「イカツ」(電気粒子)「ハコ クニ」(原子・分子)「ワタ ツミ」(細胞)と、生命発生のコースを進行して、卵子と精子の重合(ト)した受精卵と同等のレベルの単細胞となって発生するまでに、数時間のトキが必要である。」

 個体の重合(フト)の場がつづくだけ、カムから新しい生命が発生し、「アメ」は多数の「ヒ」の正(サヌキ)・反(アワ)のマリとなり、更に個体の「フト」の場がつづくだけ、「ヒ」の正(サヌキ)・反(アワ)が重合して「フ」のマリから「ミ」のマリとなる。
 そして、その「ミ」のマリが集合して多様な「イ」のマリとなるのである。
 「ミ」は「ミツゴ」とよばれ潜象粒子(カムツミ)であり、「イ」は、現象の電気粒子である。
 この「ミ」と「イ」が結合して、「ウキフヌ」(核子に当たる)「カブシヌ」(電子のレベル)とよばれる多様な電気粒子を発生し、更にそれが様々に結合して、多様の「ハコクニ」(原子・分子に当たる)を発生する。そしてこれが、我々の生命体(カラダ)を構成する、全身六十兆の細胞(ワタツミ)となるのである。

 「カム ナガラ ウツシ タマ」とは、「アメノ ハシ マリ ココロ ワク」の「ココロ」が、「ヤマ コブ ワケ」「ヒトミ トリ」「ムスヒメ ヒネ」となり、「カム ナガラ」によって「ウツシ」された「タマ」となっているわけである。
 即ち、「オホ カム ナガラ」によって「アメノ ハシ マリ」の中心核に、潜象系(カムミムスヒ)の「ココロ」が発生(ワク)し、「ヤマ コブ ワケ」「ヒトミ トリ」「ムスヒメ ヒネ」して、「ウツシ タマ」となるわけである。

 「アメノ ハシ マリ」の細胞の核(アマナ)に発生(ワク)した「ココロ」が、全身の器官(ヤマコブ)を発生(ワケ)し、その発生したすべての細胞の核(アナ)の「ココロ」に「ヒトミ」を「トリ」、次々とその「粒子化(ムス)のチカラをヒメ」た「ヒネ」となって行くことである。

 要するに、「ソレ マ」の「アマ ウツシ」が「ホコ アメ」として重合(アウ)し、「オホ カム ナガラ」によって「アメの変遷物(ノ)」の「ハシ マリ」(正(サヌキ)・反(アワ)の微粒子(イキ)のマリ)となり、その中心核に「ココロ」が発生(ワク)する。つまり、潜象の「カム」から現象(アマ)に変遷(ウツシ)して発生した微粒子(ハシマリ)が「ウツシ タマ」となって、「イキ コト サキ ワレメ」となれるのは、その「ハシ マリ」の中心核(アマナ)に「カム ナガラ(カムミムスビ)」の「ココロ」が発生(ワク)するからであって、それによって単細胞(ハシマリ)の「受精卵」が、「アウ ホコ アメ」を繰り返して、全身のすべての器官をカタチつくり、極限まで分化増殖(「ヤマ コブ ワケ」)することが出来るからである。

 つまり、「ハシ マリ」の「ココロ」が、極限まで増殖した「ヤマコブ」のすべての細胞のアマナの「ココロ」となるわけである。
 「ヒトミ トリ」とは、親の代から受け継いだ「ヒトミ(生命の根源情報、染色体に当たる)」を、何億・何兆回も重合(フトマニ)(増殖)したすべての細胞のヒトツ・ヒトツの「ココロ」に、その「ヒトミ」をトリ(ト)こんで、もとの細胞から分離(リ)して、独立的な生命細胞(タマ)となることである。(これは科学が「二分割・四分割」として、「細胞の分裂増殖」と称している現象の真実の物理である)。
 そしてその「タマ」の「ココロ」が、次の代の生命体の細胞に受け継がれて、次の代の生命(ヒコ)が、次々とその「ヒトミ」を「発生(ムス)するチカラをヒメた」根(ヒネ)となる、ということである。
 「ムスヒメ」というのも、そのような新しい粒子を次々と発生するチカラ(発芽力(ムス))の「ヒメ」であり、その発生した(ムスヒメ)新しい粒子は、「イ」(電気粒子)として発生(キ)し、その「イ」の発生(キ)の持続(チ)することが「イノチ」なのである。

 「ウツシ」の「タマ」の「イ」(生命の電気粒子)の発生(キ)が、繰り返し(コ)重合(ト)して、「カム」の「サ」によって発生(キ)し、全体の「ワ」から離れて(レ)現れる(メ)、ということも、生命発生の物理を示すと同時に、「ウツシ タマ イキ コト サキ」したものが「ワレメ」である、というヒビキにも感じられる。 人気ブログランキング

カタカムナ第七十・七十一首(相似象学会誌第16号より)




第七十首「アナ ウツシ ワタ ツミ アナ ユツ チハ ウツシ ワタ ツミ チハ ヨミツ カム アマ ミチ ハヒ ウツシ ワタ カエシ ミチ チハ ハマ トヨ チハ ウツシ カエシ カム ナガラ チハ ヨミツ」の解説

「アナからウツシされたワタツミ(細胞レベルの微粒子は)、アナのユツ(四相を以て発生した個々粒子であり)、チハ(アナからの発生が持続された正・反の場に)ウツシされたワタツミは、チハ(新しく分化発生したチハの)ヨミツ(四相をもつ「ミ」の個々粒子である)。カムがアマに出たミのチ(持続が)ハヒ(正・反の「ヒ」として)ウツシされ、ワからタ(独立的に出て)、カエシされたミのチ(持続となり)、チハ(持続された正・反は)、ハマ(正・反の「マ」の)トヨ(重合四相の)チハ(持続された正・反の場として)ウツシされてカエシされ、カムナガラのチハ(持続された正・反の場の)ヨミツ(四相をもつ「ミ」の個々粒子となるのである)。」

 「ワタ ツミ」とは、「全体の「ワ」から独立的に出た(タ)個々粒子(ツ)の「ミ」」という思念で、具体的に言えば、精子と卵子の重合した受精卵は、一つの「ワ」であり、その「ワ」の核(アマナ)(アナ~ウ)から、独立的に(タ)出た個々粒子(ツ)の「ミ」と言えば、細胞レベルの粒子(ツ)の実質(ミ)のことである、と考えられるのである。

 現象界に発生した(宇宙に存在する)あらゆる(ヨロヅ)モノは、皆、正・反、四相性をもつ、というのが、カタカムナの「トヨ」(重合四相)の物理である。

 「アナ ウツシ」の「アナ ユツ」の「ワタ ツミ」と「チハ ウツシ」の「チハ ヨミツ」の「ワタ ツミ」は、いずれも「ワタ ツミ」とよばれる細胞レベルの粒子であるが、(具体的にいえば、「アナ ユツ」は桑実胚の細胞、「チハ ヨミツ」は胎児の全身の器官の細胞であるから)、「チハ ウツシ」の方が、その細胞の分化のレベルが上位の細胞集団であると考えられる。

 我々の生命の発生は、受精卵の単細胞の「アナウツシ」からはじまり(ハジマリ)、「アナ ユツ」となり、その場が持続(チ)されて「チハ ウツシ」の「チハ ヨミツ」となり、その「カム アマ」の「ミチ」が、「ハヒ ウツシ ワタ カエシ」と繰り返されて(ミチチハ)、「ハマ トヨ」「チハ ウツシ カエシ」となり、「カム ナガラ」の「チハ ヨミツ」になるという、実に、スジの通った、生命発生の相似象である。


 
第七十一首「ウチムシ イキ カエシ ワク ウツシ ホギ アナ フト アマ ヤマト カム ナガラ ウツシ ヨミ ワケ ヤホ ヤタ トメ フミ ナギ ワタ サキ アメ カム アマ オキ ツ サキ シマ ウシ」の解説

「ウチムシ(潜象界面に於いて持続的に立体化して示された「ウチムシ」は)、イキ(「イ」の電気粒子として発生し)カエシ(カムから枝分かれしてふえて発生が示されて)、ワク(「ワ」から自由にワクをむすんで)ウツシ(潜象界面から個々粒子として示されて)ホギ(正・反親和して発生したものである)。アナのフト(二つの重合発生の)アマがヤマト(極限飽和安定になるまで重合し)、カムがナガラ(何回も何兆回も潜象からあらわれることによって)ウツシ(潜象界面に於いて現象粒子として示されて)ヨミ(四相をもつ「ミ」として)ワケ(アマのワから変化性を以て正・反に発生し)、ヤホ(極限まで正・反親和重合して)ヤタ(極限まで独立的に出て)トメ(重合発生して定着したものであり)、フミ(二つの「ミ」)のナギ(何回も発生を繰り返した粒子が)ワタ(カムのワから独立的に出て)サキ(カムからサカレて発生した)アメのカム アマ(カムがアマになったものとして)オキ(六方環境から発生した)ツ(個々粒子となって)サキ(カムの「サ」によって発生した)ツマ(示された「マ」の)ウシ(潜象界面に示されたものである)。」

 「ウチムシ」は、動物(人間)が発生して、成熟した形態(カタチ)になる前段階の、発生の最も初期の状態で、昆虫でいえば「蛆」かもしれぬが、人間でいえば、三~五週胎児の五ミリメートル足らずの状態が、カタカムナ人の「ウチムシ」に当るのではないかと考えられる。

 電子・原子・分子・細胞等の現象粒子は、すべて、「カ」の変遷(ウツシ)の「ヒ フ ミ」のマリの重合発生(カエシ)された「イ」の集合したものであるという物理である。

 生命の発生は、カムのチカラの親和重合(ホ)(フトマニ)によって、ヒ フ ミの「イ」の粒子(マリ)としてウツシ、カエシされるという意味である。

 「フト」とは、「二つの(フ)ものが重合(ト)すること」であり、「「フト」すれば「アマ」(新しい生命(マ))が発生する(二)」というのが、カタカムナ人の発見した生命発生の根本原理(フトマニ)である。

 「イキ カエシ ワク ウツシ ホギ」の「アナ フト アマ ヤマト」の「ウチムシ」は、単細胞(受精卵)のハジマリから、「カム」の何回も何兆回ものカカワリ(ナガラ)によってカムから変遷(ウツシ)して、(将来の胎児となるべく)、四相性(ヨミ)をもつ細胞(ワタツミ)に分化(ワケ)して、(将来の生命体の臓器・器官のすべてをつくる六十兆の細胞となるべく)、極限(ヤ)まで「ホ」(カムの親和重合)され、極限(ヤ)まで「タ」(分化・発達して発生)して、現実の生命体として定着(トメ)する、という意味である。

 現象界の万物万象(アキカタ)は、「ヤハ マカシ」であり、その現象粒子(アキカタ)の「二つ(フ)のマリ」は、「個々(ツツ)粒子の(ウミ)「ミ」の(ノ)「アナ」の四相(トヨ)をもつ「フツ」の「フミ」の正・反(ハ)のマリ」である、ということは、その「二つ(フ)の「ミ」の正・反(ハ)のマリ」とは、精子と卵子の正・反(ハ)であり、「ツ ツ ウミ ノ アナ」の「トヨ フツ フミ ハマリ」とは、「遺伝子(ミカハヤヒ)」(核(アナ)の「ミ」)のことと考えられるのである。

 要するに、この第七十一首は、「「ウチムシ」の生命(イキ)が、一個の受精卵からはじまり、カムから「カエシ」されるごとに、次々と(ツギツギ)「ウツシ」され、カムの親和(ホ)によって続々と(ゾクゾク)発生(ギ)し、核(アナ)の重合発生(フトアマ)が「ヤマト」になるまでカムの何回も何兆回もの(ナガラ)カカワリによって、次々と変遷(ウツシ)し、さかんに分化(ヨミワケ)して、極限(ヤ)まで親和(ホ)され、極限(ヤ)まで独立的に(タ)発生し、現象の生命体として定着(トメ)される。そして二つの卵子・精子の「ハマリ」の二つの(フ)「ミ」の粒子(ナギ)が、アマからサカレたアメ(ワタサキ)の「カム アマ」(核(アナ)の中の遺伝子(ミカヒ)の「ミ」)として、生れ出る新生児(オキツ)の生命体(サキシマ)の「ウ」(潜象界面)に示される(シ)」という意味である。

 カタカムナ人は、「生命」というものを、我々現代人のように生物と無生物とに区別せず、生命の発生は、すべて二つの「ミ」の「フトマニ」によると、考へていたことが、ハッキリとわかってくる。

 カタカムナ人は、あらゆる「生命現象」も「精神現象」も「物質現象」も、すべて、生命の発生は「フトマニ」ならざるは無い、ということを大きく直観し、「ヤハ マカシ」以降のウタをつくってこのように説明していたのだ。 

 「二つ(フ)の「ミ」の重合(ト)」によって発生した「新しい生命(マニ)」のことを、カタカムナ人は、「アメ」とし、カムから「ソレツミ」が発生する状態を「アメノ セヲ キネ」といっているのだ。
 つまり、生命の発生の最初(ハシマリ)の粒子は「アメ」であった、そして「アメノ セヲ キネ」で「ヒ フ ミ」のマリとして発生する、それを「ソレツミ」といったのだ。
 「アメ」から、重合発生(フトマニ)を繰り返すたびごとに、次々と一段階・一段階上の粒子(細胞~ワタツミ)の発生となり、「アキ タマ コメ」「ヒトヨ ヤシ アナミ ワク」と進行して「アナミ コロ」つまり核(アマナ)の「ミ」の遺伝子(ミカハヤビ)の発生となり、更に「ユツ」「ヨミツ」「ハマ トヨ」と新しい生命の発生をつづけて「ウチムシ」の「ウツシ ホギ」に至ると読みつけることが出来てきた。


人気ブログランキング

カタカムナ第六十八・六十九首(相似象学会誌第16号より)



 
第六十八首「トヨホ イホ カム ナガラ オホ カム カエシ ワケ カエシ イキ トキ オホ ワ カエシ スベ ソラ カム ナガラ オキ ハヒ オキ ナギ サキ アヤ オキ ツ アカ ユラ ハユ タへ」の解説

 第六十七首に、カゼ ミツのトロ ヤマが、クミト ヤマのツツの「ミ」となり、イワト ヌマのツツの「ミ」となり、オトワ ヤマのツツの「ミ」となってトロ カエシされ、アオ アマのイワト ヤマ・ハラ ヤマのツの「ミ」となって、アメノ ヨハにイホとしてツワケされる、といったあとをうけて、ここでは、そのトヨホのイホの潜象物理を示しているのである。

「アメノ ヨハにツワケされたトヨホ(重合四相の親和の)イホは、カムのナガラ(何回も何兆回ものカカワリによって)オホ カム(六方環境のカムから親和重合されて)カエシ(カムから枝分かれして正・反にふえひろがって発生が示されてワケ(全体の「ワ」から正・反に変化性を以て分けられて)カエシされ、イキ(生命を構成する最小単位の「イ」の電気粒子として発生し)トキ(重合によって発生したトキ)、オホ(六方環境の親和重合の)ワからカエシされてスベ(その進行の方向性が)ソにラ(あらわれるのである)。それはカム ナガラ(の潜象粒子の状態で)オキ(六方環境から発生し)ハヒ(正・反性の「ヒ」となりオキ(六方環境から発生し)ナギ(粒子として発生し)サキ(カムからサカレたそのサの量によって発生し)、アヤ(現象の極限飽和安定の状態で)オキ(六方環境から粒子化して発生して)ツ(個々粒子として)アカ(現象の形の)ユラ(四相を以てあらわれて)ハユ(正・反に発現して)タへ(独立的に出て方向性をもつのである)。

 「イキ トキ」とは、「「トヨホの「イホ」が「カム ナガラ」の「オホ カム」のカエシによって「ワケ カエシ」されて、「イ」(現実の生命体を構成する最小単位の電気粒子)として発生(キ)し、「ト」(重合、則ちフトマニ)によって発生(キ)する」という思念である。
 
 カムの何回も何兆回ものカカワリ(ナガラ)によって、「アメ」の状態から「ヒ」「フ」「ミ」 のマリとなり、様々な「イ」の粒子を発生し、その「イ」の「ミ」の集合によって「ハコクニ」(原子・分子レベルの粒子)を発生し、更に「カムナガラ」の「カエシ」を繰り返して「オホ ワタ ツミ」(細胞レベルの粒子)を発生する、という潜象物理(サトリ)が考えられるのである。

 「ハヤビ」といえば、即ち、「ハヒ」の「ヒ」は、生命を構成する最小単位の電気粒子の「イ」の「ミ」となり、生命の根源(ヒ)ともいうべき「染色質」をつくるチカラ(ミカ ハヤビ)となるわけである。

 要するに「カム ナガラによって六方環境(オ)から、正・反(ハ)の「ヒ」を発生(キ)し、粒子(ナギ)として、カムからサカれた「サ」(量)によって発生(キ)し、現象(ア)の極限(ヤ)まで六方環境(オ)から粒子として(ツ)発生し(キ)、将来の胎児(アカ)のあらゆる器官を、四相(ユ)を以て発現(ラ)し、正・反(ハ)性に四相を以てあらわれて(ユ)独立的に(タ)発達し、生命の方向性(へ)を以て進行する」という思念である。

 生命活動の担い手は「細胞」レベルの粒子であり、その細胞を構成するものが、「イ」のレベルの粒子、即ち「ミ」の潜象粒子(マリ)である。
 この生命粒子の発生の過程を、カタカムナ人は、「カハ」が現象(アマ)に出た「アメ」の発生から(「ヤハ マカシ ソレ ツミ アメノ セヲ キネ」)、「イ」の発生(「イカ ツチ ヒビキ アマ タマ ノ ネ」)、そして生命の「ヒ」(ネ)ともいうべき細胞の核内(アマナ)の染色質の発生(「ミツワ ワク ムス ミカ ハヤビ」)として示している。

 我々の生命現象の発生(ハジマリ)は卵子と精子の「フトマニ」によって単細胞として出発した「受精卵」であるが、二細胞・四細胞・八細胞~桑実胚と進行して、百個あまりの細胞群となり、その細胞の核(アマナ)の中で生命の「ヒ」「染色質」が確実につくられている。
 その受精卵から胎芽・胎児・新生児へと進行する過程を、カタカムナ人は「カゼ ミツ」の「トロ ヤマ」の状態から「クミト ヤマ」「イワト ヌマ」「オトワ ヤマ」を経て、「トロ カエシ」され、「イワト ヤマ」「ハラ ヤマ」の「ツミ」となり、「イ」のカムの親和(ホ)をうけた個々の(ツ)「ミ」として発生し(「イホ ツワケ」)、更に何回も何兆回もの「カム ナガラ」と、何段階もの「カエシ」を経て、「アヤ オキツ」となり、「アカ ユラ」(将来の胎児の全身のあらゆる器官(アカ))として四相を以て発現(ユラ)し、「ハユ」(正・反(ハ)に発生(ユ)して)、「タへ」(独立的に(タ)発達して(へ)進行する)といっているのである。

 楢崎氏は、最後の「ハユ タへ」の読み方で、「
オキ ハヒ オキ ナギ サキ アヤ オキ ツ アカ ユラ」の段階まで発育した胎芽(アカユラ)がそのまま「正・反(ハ)に発現(ユ)」するものと、途中で絶えて(タ)カムの方へ(へ)還元して(流産)(ナガレ)しまうものがある、という「へ」の方向性の正・反の意味に解していた。
 即ち、楢崎氏は、「ハユ タへ」という上古代語を「発育(ハユ)と絶滅(タへ)(流産~ナガレ)」の意味にとったのであるが、これは当然というより鋭い直観力である。 


 
第六十九首「カム ナガラ カエシ ナギ トキ トコロ タカ ユラ イヤ アマ ウツシ オホ アマ ウツシ カム ナガラ カム ナホビ イキ アマツ トメ ハヤ ウツシ ワタ ツミ ハヤ ヨミツ カム アマ」の解説

 「
カム ナガラ(六方環境に存在するカムが何回も何兆回も(ナ)「カ」としてあらわれる(ラ)ことによって)カエシ(「カ」が枝分かれして(エ)ふえひろがって示され(シ))ナギ(何回も(ナ)発生を繰り返して多数の(ナ)粒子となった(ギ)、その)トキ(重合(ト)発生(キ)のトキは)、トコロ(重合(ト)が繰り返されて(コロ)粒子化した場(トコロ)であって、そのトキ・トコロは)、タカ(「カ」から独立的に(タ)出たものが)、ユラ(四相(ユ)を以て発現(ラ)し)、イヤ(「イ」の生命の電気粒子として極限(ヤ)まで)アマ ウツシ(「アマ」から「ウツ」として示された(シ)ものであり、それは)オホ アマ ウツシ(六方環境(オ)の親和重合(ホ)によるアマ ウツシ)なのである。カム ナガラによってカム ナホビ(カムが何回も(ナ)正・反親和(ホ)を繰り返す「ヒ」となって)イキ(「イ」の生命粒子を発生し)、アマツ(アマの個々粒子(ツ)として)トメ(重合(ト)発生(メ)を持続(トドメ)してアマ界にトメられ、ハヤ(正・反(ハ)に極限(ヤ)まで)ウツシ(潜象界面(ウ)に於いて個々粒子(ツ)として示された(シ)ワタツミ(全体の「ワ」から独立的に(タ)出た個々の(ツ)「ミ」であり)、ハヤ(それが正・反(ハ)に極限(ヤ)まで出たヨミツ(四相(ヨ)をもって「ミ」の個々粒子(ツ)の)カム アマ(カムがアマに出たものである)。」

 「トキ トコロ」という日本語(コトバ)は、本来、カタカムナ人の上古代人の、「森羅万象(アラユルモノ)が宇宙(アマ)に存在(アル)するという状態(スガタ)は、「重合(ト)の発生(キ)」による「重合(ト)の反復粒子(コ)の粒子(ロ)」である」という、生命発生の「重合発生(フトマニ)の根本原理(サトリ)」に基いて造られたコトバであったのである。

 宇宙の万物万象はすべて、「カム ナガラ」の「カエシ ナギ」の「トキ」の「トコロ」であり、様々な「ウツシ」があるが、すべて、「アマ ウツシ」「オホ アマ ウツシ」である、という、カタカムナ人の物理(サトリ)を説明するコトバであると考えられるのである。

 「アマツ トメ」といえば、つまり、「宇宙の万物万象(アマツ)が存在(トメ)するのは「カム ナガラ」の「ナホビ」によって「フトマニ」が起き、「イ」(生命粒子)の発生(キ)が、万物万象(アマツ)(の場(トコロ))に重合発生(トメ)して持続(トドメ)させる」という思念である。
 要するに、「重合(ト)によって発生する(メ)という生命現象(トコロ)が、(重合発生(フトマニ)によって)、現象物(アマツ)として定着する(トメ)」という意味である。

 「ワタ ツミ」とは、即ち、受精卵から発生した「カゼ ミツ トロ ヤマ」のツツミが、自由に(ク)増殖し組み合わされた「クミト ヤマ」のツツミとなり、「イ」の集って(ワ)重合(ト)した「イワト ヌマ」のツツミとなり、発生条件が満たされて「トロ カエシ」され、「イワト ヤマ ツミ」「ハラ ヤマ ツミ」となり、「アメノ ヨハ」の「イホ ツワケ」となって、「オホ カム カエシ ワケ カエシ」されて、「アヤ アキツ」「アカ ユラ」から「タカ ユラ」となり、「イヤ アマ ウツシ オホ アマ ウツシ」されて、「イキ アマツ トメ」(万物万象(アマツ)として発生(ト)が持続(メ)して定着し)、正・反 (ハ)の極限(ヤ)までウツシされて「ワタ ツミ」となったわけである。
 「ワタ ツミ」とは、具体的にいえば我々の生命体を構成する六十兆の細胞レベルの粒子のことと考えられる。 

 精子と卵子の重合(フト)(受精卵)から出発し、百個あまり(桑実胚)にふえて、栄養膜細胞(胎盤になる方)と胚葉(胎児の身体をつくる細胞群)に分れ、三胚葉から全身のすべての器官が発生し、「オホ カム カエシ ワケ カエシ イキ トキ オホ ワ カエシ」されて、「アカ ユラ」(胎芽の状態)となり、「タカ ユラ」(八週胎児の状態)と進行し、「イヤ アマ ウツシ オホ アマ ウツシ」されて、現象物(イキアマツトメ)の正・反(ハ)の極限(ヤ)まで「ウツシ」されて「ワタ ツミ」となったもの、それをカタカムナ人は「カム アマ」といっているのである。
 宇宙(アマ)に存在するあらゆるもの(アマツ)は、すべて、「カム」が「アマ」に変遷(ウツシ)したものである、という彼らの感覚から、「カムアマ」というコトバが自然に(スナホ)出たのであろうと考えられるのである。

 一般常識でいえば、原子・分子の集合は「物質」であり、細胞の集合は「生命質」であると考えられている。細胞を構成しているものは核酸と蛋白質であり、HOCN等の物質である。
 原子・分子レベルの「物質」が、どうして「生命質」になるのか?という物理は、我々現代人には、ナゾのままである。
 その現代科学で一番のナゾの部分、つまり、生命発生の根本原理が、カタカムナ人の「トロ ヤマ」「カエシ」「ウツシ」等のコトバに、タンタンと示されて居り、目に見える生命質(細胞レベルの粒子「ワタツミ」)の発生と、その前段階の(「ソレ ツミ」「アナミ」「ミツハ」等の)潜象粒子の発生の状態を直観し、コトバにうつして示していたのである。 
人気ブログランキング

カタカムナ第六十六・六十七首(相似象学会誌第16号より)



 
第六十六首「カム ナガラ ミツハ ワク ムス マカ タマ ノ アキ カタ フマリ ツ ツ ウミ ノ アナ トヨ フツ フミ ハマリ カム ナガラ ミツハ ワク ムス ミソデ マク カラミ ミカ ハヤビ」の解説

「カムからナガラ(何回も(ナ)「カ」があらわれてかかわる(ラ)ことによってミツハ(「ミ」の粒子(ツ)の正・反(ハ)が)ワク(「ワ」から自由に(ク))ムス(六方(ム)からの立体化(粒子化)が進行(ス)し)、マカ(「マ」に出た「カ」の)タマのノ(変遷の)、アキ(現象物(ア)として発生(キ)し)カタ(「カ」から独立的に(タ)出た)フマリ(二つのマリの)ツ(個々)ツ(個々の)ウミ(発生の「ミ」の)ノ(変遷の)アナ(現象化(ア)が何回も(ナ)繰り返される「アナ」になり)、トヨ(重合・四相の)フツ(二つの個々の)フミ(二つの「ミ」の)ハマリ(正・反(ハ)のマリとなる。それは)、カム ナガラによってミツハ(ミツゴの正(サヌキ)・反(アワ)のマリとして)ワク(「ワ」から自由に(ク))ムス(六方・立体化・粒子化(ム)の(ワク ムスビ)が進行(ス)し)、ミソデ(「ミ」が「ソ」に「テ」して)マク(「マ」の自由な(ク)カラミ(「カ」のあらわれ(ラ)の「ミ」の)ミカのハヤビ(正・反(ハ)の極限(ヤ)の「ヒ」となるのである)。」

 卵子と精子の重合(フト)によって発生した(マ)新しい生命(二)とは、「アメノ セヲ キネ」であり、科学の原子・電子・素粒子よりもはるかに微細な「正・反性(セ)と四相性(ヲ)」をもつ潜象粒子(カムツミ)であり、次々と「フトマニ」を起こして(キネ)新しい生命を発生し、倍・倍・倍とふえて行き、電子(カブシ)・核子(ウキフ)・原子分子(ハコクニ)・細胞(オホワタツミ)と進行して、精子・卵子とよばれるものに成熟するわけである。
 そのことを第六十四首から六十六首まで順序よく示しているのである。

 現代語に訳せない「ミツハ」「フミ」「フマリ」「ハマリ」等のコトバは、胎児期の卵子を精子の発生の潜象物理であり、「フミ」「フマリ」といえば、「イカツミ」「マクミ」の「ミ」のレベルであり、「ハマリ」といえば、「フミ」が正・反性(雌(アワ)・雄(サヌキ))の微粒子になったものを示し、我々の生命体のすべての細胞の発生の「ネ」は、この「ミツハ」の「イカツミ」と「マクミ」の「フミ」の「フマリ」の正(サヌキ)・反(アワ)、四相(トヨ)の「ハマリ」であるという直観を示していると考えられる。
 したがって、科学が「分裂発生」によって細胞が増殖するといっているのは、細胞分裂ではなく、「フトマニ」(対向発生)に違いないのである。

 要するに、カタカムナ人は、我々が生命の究極の遺伝子とよぶべきものの発生を、カムの「カハ」の変遷の「アメ」の発生から考へて、精子・卵子に至る過渡の状態を示していたということである。




第六十七首「カゼ ミツ トロ ヤマ ツツミ クミト ヤマ ツツミ カム ナガラ イワト ヌマ ツツミ オトワ ヤマ ツツミ トロ カエシ アオ アマ イワト ヤマ ツミ ハラ ヤマ ツミ アメノ ヨハ イホ ツワケ」の解説

「カがセ(オクから正・反に(セッセと)あらわれて)ミのツ(極微粒子として)トロ(の状態の)ヤマ(極限飽和安定の状態のヤマの)ツツミ(個々の「ミ」となり)、クミト ヤマ(自由に「ミ」が重合されたヤマの)ツツミ(個々の「ミ」となり)、カムのナガラ(何回も何兆回ものカカワリによって)イのワしてト(重合した)ヌマ(潜象の「マ」のツツミ(個々の「ミ」となり)、オトワ ヤマ(六方環境の重合によってワしたヤマの)ツツミ(個々の「ミ」となって)トロ カエシされ、アオのアマのイワトのヤマのツミ(個々粒子の「ミ」となり)、ハ(正・反に)ラ(あらわれて)ヤ(極限飽和安定まで)マになったハラヤマのツ(個々粒子の)ミとなり、アメノ(アメに変遷物したものの)ヨハ(四相性と正・反性をもつイホ(「イ」の親和重合の)ツワケ(個々粒子に変遷してワケられるのである)。」

 カタカムナの潜象物理(サトリ)によれば、単細胞であろうが多細胞であろうが、いやしくも生命の発生には「フトマニ」がなければならないものである。

 科学が二分割・四分割と思っているものは、実は、細胞の分裂では無く、新しい生命細胞の発生のスガタを示しているのである。
 則ち、最初の卵子の単細胞が、生命の「ヒ」(親から受け継いだ遺伝子(ヒ))をもって居り、その「ヒ」をもつ卵子が、精子(も、親から受け継いだ遺伝子(ヒ)をもっている)との重合(フト)(受精)によって、次の新しい生命の細胞(ヒコ)を発生(マニ)し、又、次の生命(ヒコ)を発生し、次々と発生がつづくということである。この実態が、現代科学が未知の潜象過渡の物理の「フトマニ」である。
 この重合(フト)と発生(マニ)の過程は、アマハヤミ(超高速の瞬時)に遂行されるので、いかなる高速度のカメラでもとらえることは出来ず、顕微鏡下では、受精卵の精子系の一対と卵子系の遺伝子が、二つに分かれて二個の細胞の核におさまっている状態が、みとめられるだけである。 

 「重合発生」(フトマニ)の際の環境条件の「環境」とは、科学のいう「宇宙空間真空」に当るものである。
 カタカムナ人は「宇宙」に当るものを「アマ」とよび、「宇宙空間真空」に当るものを「オホ」といい、その正体を「カム」とよんで、あらゆる極微粒子(原子(ハコクニ)・電子(イカツ)・素粒子(ウキフヌ)以下)を発生させる本源のチカラのヌシとしている。 

 妊娠の初期十七日までの異常率を出すと、着床前に50%、着床後に35%、全体で67.5%は、母体が妊娠と気づく前に、異常胎芽として流産してしまうわけである。これは驚くべき高い異常率であるが、なぜそうなのか?という理由はまだ全くわかっていない。

 受精後四日半、倍・倍・倍とふえた細胞数が100個を越えた頃、一個の細胞だった受精卵からみれば、随分発達した状態であるが、この時期のすべての細胞が、将来の胎児となり新生児となるわけでは無いのである。
 桑実胚期の100個あまりにふえた細胞のうち、90%は、胎芽とはならず、「栄養膜細胞」という将来の胎盤・臍帯等を作る細胞になってしまうのである。そしてあとの10%の細胞が、将来の胎児・新生児となるべき内細胞塊(胎芽)となり、その周囲を栄養細胞膜がしっかりと取り囲んで、直接、子宮内膜に接触することは無い。
 90%の栄養膜細胞は、子宮内膜に食い込みはじめ、子宮内膜を溶かし、母体側の血管が溶かされるので十三・四日目の頃の子宮内に少量の出血がみとめられる。0.2ミリの胎芽(胚盤胞期)に、これだけのハタラキがあり、十五・六日目には、栄養膜細胞と、溶かされた子宮内膜が働き合って、やがて「胎盤」が形成されるのである。
 このようにして、母親となるべき妊婦がまだ全く気づかないでいる内に、胎芽は「胚盤胞」となり、外胚葉・内胚葉の二層の細胞群となって、次の分化(器官分化)を始める状態にまで成長し、いよいよその変化と発育のスピードを早めて行くのである。 

 受精二週の胎芽が三胚葉に分化し、すべてに器官を作り出して行く為に必要な栄養や酸素(血液)を母体からもらって、母体と胎児が結合し、共生して発育して行く為の態勢、即ち、生命の「感受性(アワ)」の基礎(ネ)が作られて行くのである。

 とりわけ感動したのは、桑実胚から胚盤胞になる時期の、生命体の実質をつくる二つのハタラキの発育の過程である。
 「二つのハタラキ」とは、(即ち、桑実胚の時期に100個あまりにふえた細胞のうちの10%が、将来の胎児の本体(カラダ)をつくり、90%が胎盤臍帯などになって、胎児を守り支えるもの(サヌキ)となるのであるが)、その10%の細胞の中心核内の細胞質をふやすハタラキと、その後の将来の胎児のあらゆる器官に分化して発育する過程で、それぞれの分化に応じて染色質をふやして行くハタラキとの二つのことである。

 我々は、このハタラキを、両親から受け継いだDNA(染色体)のハタラキをしているが、カタカムナ人は、この「二つのハタラキ」が、それぞれの必要な染色質をつくる指令を出す「命令系統のヌシ」(潜象の存在)のチカラによるものであることを、直観していたことに気がついたのである。

 このように、生命発生の最初(ハジマリ)のスガタをつぶさに見てきて、最も感動的なことは、この二つのハタラキが、すべて、驚くべき正確サ、緻密サと速サで、同時進行的に(イキツチノワ)、刻々に、着々と、整然としていとなまれていることである。そしてそれが、将来の個体の生命の、健康な長寿をまっとうすることが出来る為に、黙々と、用意されていることである。

 要するに、生命の発生の疑念(オモヒ)をつきつめて考えて行くうちに、この「受精卵~胎芽~八週胎児~」の時期に、我々が生命の「感受性」とよぶ生命力の「ネ」が発生し、つくりあげられているということが、判明したのである。

 「クミト ヤマ」「イワト ヌマ」「オトワ ヤマ」とよばれる時期は、細胞の数は100個あまりにふえるのに、細胞の大きさが殆ど変わらないといのは、その時期が、将来の胎児の「生命核」(カムミ ムスビのアマナ)の「ミ」を発生する潜象状態であるからで、顕微鏡下には見えず、新しい生命(マニ)が発生して二つの細胞として二個の細胞として現象に出たトキに、顕微鏡下に見えて「二分割」...「桑実胚」等といわれるのである。そしてその過程の終了と同時に、様相が一変して、ものすごい勢いで、現実の生命体をつくる為の分化・発生が始まるのである。その状態の激変を「トロ カエシ」というコトバで示していたのである。

 「イワト ヤマ ツミ」とは、「イ」の「ワ」して重合(ト)した「ヤマ」といえば、原子・分子(ハコクニ)のつくる細胞(オホワタツミ)の「ツミ」のことであり、「ハラ ヤマ ツミ」とは「正・反(ハ)にあらわれる(ラ)細胞の「ヤマ」の個々の(ツ)「ミ」」といえば、細胞のつくる大小の正・反(ハラ)の器官(ヤマ)の「ミ」のことではないかと考えられるのである。 

 「イ」は、生命を構成する最小単位の電気粒子であり、「イ」の実質は「ミ」である。アメに変遷(ノ)した粒子が、四相性(ヨ)と正・反性(ハ)を以て「イホ」の個々粒子(ツ)にワケられる、ということは、我々の生命はみな「イホ」であるということである。そしてそれは、正・反性(ト)と四相性(ヨ)を以てカムから分けられた(ツワケ)ものであるという物理(サトリ)であり、我々はみな、その「イホ」の「ツワケ」であるわけである。

 その「アメノ ヨハ イホ ツワケ」のコトバが、次の第六十八首の「トヨホ イホ」へつながるわけである。 人気ブログランキング
プロフィール

exercise dependenc...

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ