歴史と日本人―明日へのとびら―

日本という国は、悠久の歴史を持つ国である。 この国に生まれた喜びと誇りを胸に、本当の歴史、及び日本のあり方について考察してみたい。 そうすることで、「明日へのとびら」が開かれることだろう。

良書紹介 11

 イギリスのEU離脱によって、グローバリズムが終焉を迎えるのではないかと言う甘い期待を述べたが、グローバリズムは意外に複雑だ。というのもグローバリズムは国際企業を中心とした市場秩序が国境や文化の壁を破壊していくというボーダレス・エコノミーの部分と、超大国(アメリカ)の国益に過ぎないものを「これがグローバルスタンダードです」とすべての国に押し付けていくという帝国主義の部分がないまぜになっているからだ。そのどちらもわが国にとって有害でしかないが、その事象を分析するときは両面を見なくてはならないだろう。今回のイギリスのEU離脱については、シティの金融市場の崩壊を見る一方、アメリカの国益の押し付けについては何も毀損されていない。少し自分も浮かれ過ぎていたかもしれないと思ったので記しておきたい。

 さて、久しぶりに良書紹介を行いたい。
井尻千男『歴史にとって美とは何か 宿命に殉じた者たち』
小川栄太郎『小林秀雄の後の二十一章』
中島岳志『下中弥三郎』

 井尻千男『歴史にとって美とは何か 宿命に殉じた者たち』は井尻の遺稿集である。特に「醍醐天皇とその時代」が素晴らしい。天皇親政―遣唐使廃止―古今和歌集編纂の三つの自称が織りなす当時の精神状況を鮮やかに描き出しており読む者に深い感動を与える。

 小川栄太郎『小林秀雄の後の二十一章』は力の入った書物であり読む者を引き込む力がある。著者が安倍総理礼賛であるため、なかなかその本を開くのが遅くなってしまったが、その著書は非常に素晴らしいものであった。

 中島岳志『下中弥三郎』は数々の思想遍歴のある下中の思想を、本人の発言、行動を丹念におさえることで描き出している。下中の人生を貫くユートピアへの思いを描いたことは大いに興味深いものとなっている。

 良書に触れることは脳のごちそうであり、食事が欠かせないのと同様に脳には読書が欠かせない。その中でも素晴らしい本に出合うことで自らの思想がより研鑽されれば良いと考えている。

グローバリズムの終焉―英国のEU離脱について―

 英国が国民投票によってEUから離脱することとなった。それによって今国際社会に大きな衝撃が走っている。短期的な目で見れば世界経済が混乱し、日本にとって不利益が起こる事態となるだろう。
 しかし長期的な目で見た場合、事態はまったく異なる。そもそも今回の国民投票では、事前の予測では残留派が多数を占めるだろうと言われていた。しかし地方部で離脱派が多く、その声に押し切られる形で離脱が決まることとなった。残留派であったキャメロン首相は辞任を強いられることとなった。

 EUは国境を無化させるグローバリズムの象徴でもあった。しかし、グローバリズムにより移民が押し寄せ賃金は上がらず、地方は荒廃し、格差が一段と開くこととなった。そして移民が多くなることに因って自らの国のよって立つ基盤が見えなくなってしまった。

 移民は二重の意味で社会を崩壊させる。一つは外国人が多く入り込むことでアイデンティティが揺らぐこと。もう一つは低賃金労働者が多く入り込むことで賃下げ圧力となり、格差が拡大することだ。多くの英国人が移民による失業や社会福祉のタダ乗りに反感を持っていた。英国民のこの決断は国際政治、国際経済を大きく動かすに違いない。端的に言ってグローバリズムの時代は終焉し、ナショナリズムの時代が幕を開けるということである。

 ところでアメリカのトランプがこの問題について、イギリスのEU離脱を好意的に見ていることは興味深い。トランプは記者団に「グレートなことだと思う。ファンタスティックなことだと思う」と述べ、さらに、英国民投票と米大統領選での自らの選挙戦について「実に類似している」と語り、「人々は自分の国を取り戻したいのだ。独立が欲しいのだ」と述べたという。もちろんこれはトランプの機を見るに敏な政治家の本能かも知れないが、しかしトランプが国際資本から縁遠い存在であるのかもしれないということも思わせるのである。内向きになる国際政治国際経済では、だましだまされる外交関係が求められる。卑近なたとえで言えば、本能寺の変の後、上杉、北条、徳川、豊臣の勢力争いを利用してうまく泳ぎ回った真田昌幸の態度が求められるのである。アメリカについていくだけの我が国の国際政治的態度や、自動車などの輸出産業に頼った経済政策も見直しも迫られるに違いない。

 もちろんイギリスはヨーロッパ大陸からドーバー海峡を隔てていることで、EUの中では「異端児」であった。今回の事態も大きな問題にならず収束してしまう可能性も考えられる。冷静に状況を見つめるべき必要があることは疑いない。しかし、一つだけ言えることはグローバリズムは早晩そっぽを向かれる日が来るということだ。思想もまた人間社会の原初に立ち返ることが求められている。

 今回の件はわが国にとって朗報であり悲報である。グローバリズムによる国際資本の跳梁、移民導入の機運、外国崇拝が終わりを告げるかもしれないという意味では朗報であるが、その後に訪れるナショナリズムの時代を、いまだに冷戦時代の外交、軍事構造から改められていないアメリカべったりのわが国が生き残っていけるだろうかと言う意味で悲報である。われわれは激変しつつある国際政治経済のうねりの中で自らの生存を達成しなければならないのだ。

 私はかつて以下のように書いたことがあった。手前味噌ではあるが再掲して本稿を終わりたい。
グローバル資本主義の問題点

 資本主義の進展により人がカネに動かされ、利益にならないものが軽んじられる傾向は、経済のグローバル化により一層拍車がかかった。世界経済はグローバル化と称してあてのない拡大を続け、それは輸出入の「自由化」から、人材の行き来、カネの出回りにいたるまであらゆる範囲に及んだ。だがそれらはほぼ惨憺たる失敗に終わっている。金融関係はリーマン・ショックで破綻し、人材の行き来はあらたな底辺層の登場と、中間層の消失、格差の拡大につながっている。通貨の統合は周辺弱小国の破綻となって跳ね返ってきた。それがなくとも統合により零細農家が続々と廃業しており、失業率は高止まりし、いずれはガタがくる仕組みであった。
 通信、交通技術の進歩により、市場は国境をはるかに超えて拡大している。だが、そうした中に生まれた「グローバル」な市場には歴史的積み上げがない。シルクロードの交易などと現在のグローバル経済は全く異質なものである。
 グローバル化は国境の観念を消失させようとする。それは制度面でも、意識面においてもそうである。自然発生した事物と人間とのかかわりなどは、むしろ人為的に制御することが必要になる。現在の資本主義市場はマネーゲームやあるいは赤の他人が集う職場で仕事をする形態から見ても、人為的な事物である。人為物の暴走は人為で止めるよりあるまい。ましてやグローバル化など、市場の拡大のために自然発生的に培われた国境の概念をも超えようとしているのだから、全く人為的な産物と言うべきだろう。
 いくら言い訳をつけても、自由競争の結果は経済の無政府状態にならざるを得ない。無政府状態という言葉がわかりにくければ、無秩序状態と言い換えてもよい。企業家は雇用や国際競争力を人質にして賃下げの容認を迫る。そのつけは政府が支払わざるを得ない。そうならないように政府は「自由貿易協定」という名の密室の交渉で、自国に有利になるように他国と条約を結ぼうとする。しかし、それが成功したとしても、やはりそのうまみは1%にしか入らず、99%は貧困化するのである。そうして経済の無秩序化は深刻になっていく。
 元来、資本主義は、「すべての価値を市場が決める」という前提で成り立っている。その市場がなぜ公正な判断を下せるのか、という疑問に対しては「神の見えざる手が働くから」というオカルト信仰でごまかしてきた。だが、市場は個人が生活できるほどの所得を本当に与えるかどうかはわからない。「グローバル化」によりますますそれは不確かなものになった。物価は先進国基準であっても、賃金は新興国と「競争」させられるのだとしたら、それは人が生きられない仕組みである。しかし、資本はその帰結に責任を負わない。それは、資本主義が国家や社会を軽んじる思想だからだ。
 そのような非道な仕組みは改めるべきだが、グローバル化を肯定する論者は、市場社会の中で「努力」して「自分の価値を上げること」、つまり「競争」で優位を築け、と言うのである。だがこれは実際の給与生活者、即ち国民の多くを占める会社員の生活に何ら立脚していない。
 生まれ持った風土や文化を離れて企業が存在できると言う考えそのものが「グローバル化」の空論とも言える。人々が「自然」に育んだ文化や歴史を無視した、のっぺりとした「各国画一的な市場」というものは存在しない。仮に資本が海を越えるようなことがあったとしても、それはその先で必ず現地の文化の研究に迫られることだろう。ローカル市場は思うほどやわではない。ただし、グローバル市場とは違った論理で動いているので、グローバル市場の論理を杓子定規に当てはめてしまうと、おかしなことになるのである。「自国でダメだったから他国で儲ける」式の理屈は通用しない。いくら「グローバル化」だの「民間にできることは民間に」と叫んでみたところで、有事になればむき出しの国家の論理に支配されるのが現実の社会である。
 言うまでもなく国に存在する「規制」の多くは、慣習からなっており、社会の安定や秩序を守り、弱者を救う「持ちつ持たれつ」の関係が明文化されていったものだ。それを破壊して経済成長がなしえるなど、狂気の沙汰である。「規制緩和により既得権が解消されることで、誰にでもチャンスが訪れる」などというのは笑えない錯覚である。概して規制を「不便」と感じるのは強者であり、要するに規制緩和とは強者が弱者からより多くむしり取るために足かせを外せと言っているに過ぎない。政治力学上から言っても、多額のカネを献金してくれそうな有力な企業が規制緩和を要望するから政治家も動くのであって、その逆はあり得ない。したがって、「規制緩和」は概して既存の秩序を破壊して、弱者を苦しませる結論になってしまうのである。社会秩序を破壊した果てに「成長」がある、という幻想。その幻想はたとえ成長がなかったとしても、「まだ破壊が足りない」ということで正当化される。それはまるで「革命」の結果が惨憺たるものであったとしても、「まだ革命が足りないからだ」と言う理屈で正当化しようとした思想を見るようだ。新自由主義と共産主義は、真逆にありながら同じ発想をする双子の兄弟である。
 グローバル企業は、平時にしか成り立たない幻想の世界で商売を行っているようなものだ。そもそも市場の形成に際しては、同じ通貨(もしくは交換比が明確な通貨)を使い、会話が通じ、安全であることが不可欠だ。これらすべて市場だけではなしえることではなく、あくまで政府の前提があってこそ成り立つものだ。要するにこの通貨、言語、安全の前提が成り立たなくなった時点で、「グローバル」と言う幻想の世界はいつの間にか消滅して、世界は相変わらず主権国家の論理で動きだすのである。政府は今やグローバル企業の稼ぐ外貨なしでは運営もままならず、それゆえ政策的にあれこれ「支援」して見せるのだが、それはもはや「幻想の世界」なくしては立ち行かない、哀しき政府の姿でもある。賃上げしたり、企業に社会負担を担わせようとすれば「国外に出ていく」と脅しをかけられ、負担から逃れようとされる。また、そうした企業がはびこれば、優遇措置をとることで企業を誘致しようとする政府も出てくる。それを実現するための負担は一般国民から取られていく。我が国の企業は内部留保を多く抱えており、供給力に比べて需要が弱いとされる。ならば需要側(=消費者、=一般労働者)に優遇措置をとり、供給側(=企業、≒富裕層)に負担を願うのが当然の措置というものだ。だが企業が圧力をかけるため、その措置は取れない。企業の側も株主等に配当責任を負っており、おいそれと認めるわけにはいかない。しかし認めなければ結局需要は尻すぼみに小さくなり、経済は回らなくなるのである。ここに「社会的ジレンマ(=わずかの不利益を甘受すればかえって良い結果が出るにもかかわらず、誰もが自分だけはこのわずかな不利益をも逃れようとするために、結果より悪い状況に陥ること)」が発生している。
ところで今、安倍内閣のもとで賃上げ要請が行われているが、それによる賃上げは物価高に比してごく小さいものにとどまっている。したがってその影響はほとんどないと言ってよい。
 原理的に考えてみれば、新自由主義は規制緩和を好み官僚主導を嫌い、グローバル化や市場による競争を好意的に見つめることなど、国家意識が希薄な思想である。だからこそ新自由主義者は政府の役割を「夜警国家」などとたとえて見せるのである。三島由紀夫が嫌った「無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国」(「果たし得ていない約束―私の中の二十五年」)とは資本主義を骨の髄まで沁み渡らせた国家のことである。それは新自由主義の跳梁によってますます進んでいくだろう。

柳宗悦のアジア主義

 柳宗悦は民芸復興運動や朝鮮美術の再評価などで知られているが、一般社会におけるその思想に対する理解は表面的なものにとどまっており、深いものになっていない。もちろんわたしも未熟な理解ではあるが、整理する観点から柳の政治思想を書きとめておきたいと思う。

 柳は明治二十二年に海軍少将柳楢悦の三男として生まれた。旧制学習院高等科を経て東京帝國大学卒業。専攻はウィリアム・ブレイクやウォルト・ホイットマン等の英語圏の宗教哲学であった。柳は西洋宗教思想に対する論文が多かったが、ある時東洋思想に開眼し、東洋文化に対する論考を発表し始めた。
 旧制学習院高等科から東京帝國大学在学中に、同人雑誌グループ白樺派に参加。生活に即した民芸品に注目して「用の美」を唱え、民藝運動を起こした。

 東洋文化について論じはじめたのとほぼ同時期に、柳は朝鮮文化への関心を示すようになった。朝鮮民画など朝鮮半島の美術文化にも深い理解を寄せ、京城において道路拡張のため李氏朝鮮時代の旧王宮である景福宮光化門が取り壊されそうになると、これに反対抗議した。
 その主張は文化に関する所にとどまらず、大正8年に朝鮮半島で勃発した三・一独立運動に対する朝鮮総督府の弾圧に対し、「反抗する彼ら(朝鮮人)よりも一層愚かなのは、圧迫する我々(日本人)である」と批判した。

 あまり知られていないことではあるが、柳が関心を示したのは朝鮮文化だけではなかった。柳は世界中のありとあらゆる伝統的民芸品、工芸品に関心を持ち、その保存を訴えた。柳は、民芸や工芸の中に伝統が生活に息づいていた様を見たのである。「工藝の美は、傳統の美である。傳統に守られずして民衆に工藝の方向があり得たらうか。そこに見られる凡ての美は堆積せられた傳統の、驚くべき業だと云はねばならぬ。試みに一つの蟲を想へよ、その背後に、打ち續く傳統がなかつたら、あの驚嘆すべき本能があり得たらうか。其存在を支へるものは一つに傳統である。人には自由があると云ひ張るであらうか。だが私達には傳統を破壊する自由が與へられてゐるのではなく、傳統を活かす自由のみが許されてゐるのである。自由を反抗と解するのは淺な經驗に過ぎない。それが拘束に終らなかつた場合があらうか。個性よりも傳統が更に自由な奇蹟を示すのである。私達は自己より更に偉大なもののある事を信じていい。そうしてかかるものへの歸依に、始めて(ママ)眞の自己を見出す事を悟らねばならぬ。工藝の美はまざまざと此事を教へてくれる」(柳宗悦『民藝大鑑 第一巻』13頁。原文踊り字使用)。
 柳は民芸品や工芸品、そして晩年に唱えた仏教的信仰を通して近代が失ったゲマインシャフト的共同性や、神聖なるものへの敬虔な感情を取り戻そうと論じていた。

 柳宗悦の思想には、アジア的な多元的価値観を維持しようとする願いが込められている。多元的なものは多元的なままで一元的であるという発想が非常に強い。各自は各自の文化、歴史、伝統を維持していくことで世界は発展するという価値観を強く抱いていた。それは明治国粋主義と通ずるものである。それを理解しなければ柳の朝鮮への共感は理解できない。

 ゲマインシャフト的社会と信仰とは密接不可分なものである。柳は「信仰の世界を只夢見る様な想像の世界だと思ふであらうか、否、信仰の世界よりも、より具像な世界を吾々は持つ事が出来ぬ」(柳宗悦「存在の宗教的意味」『柳宗悦全集』三巻9頁)という。信仰は、死者との対話である。死者が甦り、再び現世に影響を与えることを信じない者は、伝統を信じることができない。死者は、その残した事績や言葉に触れることで、何度でも甦るのである。祖国の運命を悠久のものにする力が、伝統や信仰にはある。美とは、この伝統や信仰の結晶と言ってよい。そこには、武力や金力に負けぬ力がある。

 「伝統は一人立ちができないものを助けてくれる。それは大きな安全な船にも等しい。そのお蔭で小さな人間も大きな海原を乗り切ることが出来る。伝統は個人の脆さを救ってくれる。実にこの世の多くの美しいものが、美しくなる力なくして成ったことを想い起こさねばならない」(「美の法門」『柳宗悦全集』十八巻19頁)。ここまでくると伝統は「他力」に似てくる。自力救済を重んじる現代社会とは異質な発想であるが、そこに美を認めるのである。
 個人の力などごく儚いものである。卑小な個が人生の荒波を超える際に、伝統は大きな助けとなる。伝統は古き良き生命の継承であって、現状維持でも過去の繰り返しでもない。古き良き生命が、自らの人生を支えてくれていることへの自覚である。柳は、「一切の偉大なる芸術は人生を離れて存在しない」と述べたが(「宗教家としてのロダン」『柳宗悦全集』一巻481頁)、それは芸術に限ったことではない。偉大なる事業は人生を離れて存在しない。即ち、伝統や信仰を離れて存在しないということである。人生は絶えず人間性の表現を追い求めている。敬虔な信仰を抜きにして、精神の深みを悟ることはできない。

 柳は信仰や美に、乱れた世を清め美しくする力があると信じた。争いからは何も生まれない。人間が本来持っている情愛によって世を美しくできる。情愛は誰にも奪えないと考えた。
 伝統は自らの意志で選ぶことのできない、不可避の選択である。不可避の選択とは先人からの声にいやおうなく拘束されるということだ。伝統は人間の感性に染みついている。卑小な欲望でなく、感性に委ねたとき、それは先人の声に身をゆだねることである。

 柳の信仰や伝統文化への敬虔な態度をわれわれは今一度顧みる必要があるのではないか。

日本人の「魂の飢え」

 明治日本はそれまでの封建的主従関係を打ち捨てて近代化に走ったことから、深刻な道徳の混乱に陥っていた。その道徳の混乱を収めるために、様々な教えが活発に唱えられた。仏教、儒教、神道、武士道…。明治時代は宗教の時代でもあるということだ。急速な近代化への反発が様々な信仰への傾斜となって表れた。その中でも特異な位置を占めのが耶蘇教である。明治時代は安土桃山時代と並んで広く日本に耶蘇教信仰がひろまった時代である。

 明治日本の耶蘇教は、必ずしも欧米崇拝の中から生まれたものではなかった。耶蘇は儒学に代わり日本人の道徳を作る指針として受け入れられたのであった。したがって明治時代の耶蘇教とは儒学に大いに影響を受けている者が多いし、その耶蘇教理論は耶蘇を語っているようで儒学や武士道を語っているかのような響きさえ感じることがある。経済合理性を超えた「価値」が見失われた時代に見出されたのが耶蘇であった。これは江戸時代において仏教も儒教も体制と結びつき官学化していたためであり、あるいは神道は人々に道徳を強いる強制力を見つけにくかったからであろう。

 わたしの出身大学である青山学院大学は日本で有数の耶蘇教色の強い大学である。毎日礼拝が行われ、耶蘇教の授業は全学生必ず取らなければならなかった。耶蘇教徒でもなく、たまたま合格してしまったから入学してしまったわたしのような学生にとって、その時間は不可思議な時間でしかなかったが、不思議とキャンパス内の世俗的時間よりは、礼拝堂の敬虔な空気の方が居心地が良かった。わたしの耶蘇嫌いでありながら耶蘇に関心を持ち続ける複雑な感情はここから始まっている。
 今も忘れ得ぬ光景がある。耶蘇教の授業で家の近くの教会の礼拝に参加し、レポートにまとめて提出せよという課題が与えられた時だ。地元の教会に行くと、そこは不思議な空間だった。牧師が説教をしているのを大人たちがききながら子供たちはわぁわぁ遊んでいる。礼拝が終わると自然とお昼の時間となり、各自弁当を持ち寄って近所の人と交換し合ったりしながらワイワイ楽しんでいたのだ。もう日本の都市部からは喪われたと思っていた小共同体がそこにはあった。「教会」とは、もともとは教義、教団とは関係なく「人々が集うあう集会所」が語源だと言うが、まさに訪れた教会はそういう場所であった。そういう場所が現代日本には決定的に欠けている。仏教は葬式仏教となり、日常を拘束する存在となっていない。外来宗教にしか、日本人の霊性を満たす存在はないのか。
 おそらく寺子屋もまた、わたしが訪れた教会のような場所の機能を果たしていたのではないだろうか。寺子屋は単なる学校ではなく集会所の機能を果たしていたと思われる。だが、明治時代の学生の発布において寺子屋が官製の学校に代わってしまったために、その機能は失われた。いまや学校はただの会社員養成装置でしかない。

 明治も時代が経ってくると、「皇道」が説かれるようになる。これも日本独自の信仰を見出そうとした悪戦苦闘の結果に他ならない。こうした皇道観念を戦後は「ファシズム」とか「全体主義」と言って葬ろうとした。だがそれは、人が元来持つ個人的あるいは経済的利益を超えた超越への思慕を軽視した議論ではないだろうか。明治以来続く、人々の「魂の飢え」から目を背けてはならないのである。

 

なじめぬ自己

 近代に入って、自由競争による市場の発達が生活を向上させ、衛生的な環境をもたらし、乳児死亡率を下げ、繁栄をもたらしてきたが、同時に人間を不幸にもした。人々は商品の奴隷、いや、人の人生そのものが労働と言う名のもとに商品となり、すべてのものが市場価値に置き換えられそれ以外の評価軸を許さない。学問も思想も政治も芸能もスポーツも、世の中のあらゆるものが市場に飲み込まれ、そこでしか生きられなくなっている。伝統も、民族の誇りもカネ次第と言う世の中になってしまいつつある。そんな現代に対して、生きづらさを抱えている。

 人生を削り、何のために生まれたのかもわからぬままいいように使役せられ、気づけばもう若くない年齢に差し掛かり、病巣を体内に抱え込むようになる。会社員の人生にはその程度の未来しか待ってはいない。そうなれば後はゆっくりと死に向かって歩むだけである。それが市場に翻弄されるほとんどの人生である。
 ではそうでないものは優雅な生活を送れているかと言えばそうではない。株価や不動産価格に一喜一憂し、責任をかぶされ、せっかく稼いだ金を使う時間もない。妬み嫉みにさいなまれ、何をしてもしなくても悪いように解釈され、憎まれ、馬鹿にされ、金づるとしか思われず、カネがなくなれば誰も残らない。誰一人をも幸せにせず、その不幸の負のエネルギーを食って市場はいつも通り動いていく。
 チャップリンが歯車に巻き込まれる様で市場に翻弄される人間を風刺したが、現代はまさに制度が先に立ち、その制度を維持していくために人間が犠牲になっている。そのような生活である。たかだか会社勤めをしているに過ぎない人間を「社会人」などと呼びならわす現代日本人は市場が大好きなのであろう。わたしは嫌いだ。市場に塗れなければ一日とて生きられぬ自分の人生をも呪う。

 市場も好かなければ多数決の民主制にもなじめない。多数派になるようなものはたいてい碌なものではないことは経験上知っているし、それだけの人の意見を糾合できるようなものは何らかの嘘が含まれているに違いないのだ。だから多数決で勝つものはすべて間違っている。極端な話、わたしが考えた案であったとしても、それが多数派になってしまったらそれはもう偽物である。

 さりとて共産主義に共鳴することもできない。資本主義、民主主義、共産主義は同じ穴の狢であり、近代思想の三兄弟とも呼ぶべきものだが、そのどれもが近代思想に基づく偽りの考えである。

 わたしの居場所などどこにもない。別に居場所が欲しくて書いているわけではないが、少なくとも安易な答えを求めて脊髄反射のような態度しか取れないような人は軽蔑する。不敬だ、反日だ、売国奴だ、戦争法案だ、軍靴の足音が聞こえる…。人をアイコンで判定するようなまともでない人間の言葉に耳を傾ける暇はない。

 ほとんど連想ゲームのようにただ思うことをだらだらと書いて結論もなく起承転結もないひどい文章だが、とりあえず今思っていることとして残すこととしたい。

言葉は水物

 ものを書く仕事をいくら積み重ねても、決して楽にならないと書いたのは小林秀雄だが、本当に書くという行為は難しい。
 同様に、読むという行為も難しい。読んだつもりでいた本を再読した際に、今まで気づかなかった側面を見出すことなど日常茶飯事である。
 書くからには誰かに読まれ、受け入れられることを望んでしまうものである。だがそれを念頭に置きすぎると書けなくなっていく。文章には毒がなくてはならない。それはいわゆる毒舌と言うことではない、人を死に追い込むような、突きつける牙がなくてはならない。そんな牙を失った微温的議論に価値はない。

 今年三十一歳になり、少しづつ年を重ねてきたが、年齢とともに書けなくなってきている気がするし、読めなくなっている気がする。それは世事に翻弄される人間の世迷いごとでしかないが、読めもしない、書けもしない人生に意義などあるのだろうかと思ってしまう。しかし読み書きには暇な時間が絶対に必要なのである。忙しい人間からはわかりやすい文章は生まれるかもしれないが、良い文章は生まれない。

 書けない時はどう頑張っても書けない。言葉が自分の中から出てくるまで必死に待たなければならない。ある日種から芽吹くように飛び出してくる言葉を逃さないように書き留めておく必要がある。言葉は水物である。書き留めておかないと、せっかく生まれた言葉は誰にも読まれることも書き留められることもなく消えてしまう。

 もし、本を書ける機会がいただけるのならば、読む人が誰かに伝えたい思いが湧き上がってくるような本を書きたい。それがもしできたらものを書く人間の冥利に尽きるであろう。

一介の草莽として論ず

 儒書の中でも基本の部類に入る本に『孝経』がある。儒学は独裁を擁護する思想のように言われることもあるが、それが間違いであることは『孝経』を読めばよくわかる。『孝経』は親子関係だけではなく、君臣間の関係についても語った本である。
 『孝経』の「諫争章」では、子は父の言うことにそのまま従うのが孝だろうか。そうではない。諫めてくれる人がいるから道を違わないのである。君臣の関係も同じであり、不当、不善、不正があれば必ず子は親に諫言しなければならない、臣は君に諫言しなければならない、と言っている。ここで重要なことは上位者の絶対化を禁じていると共に、君臣間と家族間を同様にみなしているということである。この家族主義的国家観は東洋に独特のものであり、欧米流の社会契約的国家観とはまったく質を異にする。日本ではこのような有機的国家観のほうがなじむと思われるが、それは日本人の伝統にこの家族的国家間が根付いているからである。例えば穂積八束は国家と国民の関係を、個人が契約を結ぶような社会契約的国家観ではなく、家族のような国家となることを望んだ。

 皇室に対しての諫言を不敬だ不敬だと騒ぎ立てるよりも、皇室の問題点を進んで指摘するのが本当の忠である。余りにも不敬だと騒ぎ立てすぎれば、あえて危ない橋を渡り皇室に諫言をなすものはいなくなってしまう。そのとき皇室は裸の王様となってしまい、ゆっくりと衰微していくであろう。そのようなことがあって良いはずがない。

 天皇陛下が諫言を善しとしなければ、進んで罰を受ける覚悟は持つべきであろう。だが同時に周りがご叡慮も明らかになる前から勝手に忖度し、不敬だと騒ぎ立ててつぶそうとするのは如何なものか。それこそ陛下の御簾に隠れて人を撃つ類の人間であろう。敬不敬の前に一介の文人としてあなたはどう考えるのか。わたしが関心を持つのはそこである。

 皇室への言及を「言論の自由」などというつまらぬ概念で正当化すべきではない。何を言ってもよい言論の自由などこの世にいまだに一度も現れたことなどないではないか。皇室に限らず、ある種のタブーがあるのはむしろ当然のことである。しかし、たとえ一部敬を欠く表現があったとしても、その者が皇室の永続を願う限りその言葉は尊重されるべきである。言葉狩りから何かが生まれることはない。

 人の言葉を抜き出して、不敬だ反日だと騒ぐのは運動家の理屈である。わたしは運動家は信用しない。運動家に真摯な思索などあるはずがない。

 読者はどう思っているかわからないが、自己評価としては「歴史と日本人」は皇室の話題が少ないと思う。出てきても、それは皇祖皇宗から続く日本の伝統と文化、民族の信仰を体現する存在としての皇室、天皇であって、具体的な人格を持った天皇についての言及はほとんど行っていない。それをもって「お前は西尾幹二に影響を受けた天皇抜きのナショナリストだ」と言われたこともある。西尾幹二の影響は否定しないが、たぶんわたしも西尾氏も「天皇抜きのナショナリスト」ではない。まず一介の草莽としてどう考えるかを重んじているからである。
 頭山満は「一人でいても寂しくない男になれ」と言ったが、ある者の権威に寄りかかることは、一人になれない人間になるということだ。これに関してはわたしも自分ができているかは心もとないが、少なくともそうあるべきだという廉恥は備えているつもりである。

『月刊日本』平成27年10月号「読者より」欄再掲

昨年10月号の『月刊日本』の「読者より」欄にわたしが書いたものが掲載されている。同誌の発売から時間が経ったこともあり障りもないと思われるので、本ブログでもその文章全文を掲げておく。

―――

本号では特にロマノ・ヴルピッタ氏の『「日本のくらし」を守る決意はあるか』が印象に残りました。

戦後日本において目指すべきことが「国家の再建」ではなく「個人的な生活の豊かさ」になってしまったとのご指摘はもっともだと思います。

池田内閣では所得倍増が掲げられ、岸内閣にあった安全保障論議は棚上げされてしまいました。その前からすでに「もはや戦後ではない」などという標語が叫ばれるなど、敗戦以降の日本人は「個人的な生活の豊かさ」にばかり目線が向いていたと言われても仕方がないでしょう。その中で置き忘れられたのが国家などの公共性への思いであり、敬神の観念ではないでしょうか。そういったものは、古い上着よさようならとばかりに、時代遅れなカビの生えた遺物に過ぎないと捨てられていきました。

テレビ、洗濯機、冷蔵庫といった家電製品が普及し、人々の生活は豊かになりました。家事に割く時間の減少は地縁・血縁によるしがらみから人々を解放した一方、共同体と敬神に基づく「くらし」が退潮し、生活に市場が入り込むこととなりました。いつの間にか市場に依存し、市場に依存しなければ何も生活ができなくなってしまいました。それはこの時期に始まったことではありませんが、この時期に特にひどくなったと言えるでしょう。

このような、池田内閣が成立した昭和35年(1960年)の頃の日本を、桶谷秀昭は「六〇年代の日本は、ふりかへつて茫然と困惑に陥るやうなものがあつた」(『昭和精神史 戦後編』)と述べています。これは、政治の季節が終わり、政治で解決できなかった賃金格差などの問題が(のちの時代から見れば一時的にせよ)「経済成長」ですべて解決してしまったという困惑ではないでしょうか。

その困惑は戦後二十五年目の昭和45年に噴出することになります。よく引用される一文ではありますが、三島由紀夫は「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。」と記します(「果たし得ていない約束」)。この言葉は昭和45年7月7日のサンケイ新聞夕刊に記されたのでありました。同年の8月には、桶谷秀昭が「敗戦時の空白と寂しさがわたしに教えたものは、体制であれ反体制であれ、およそ支配イデオロギーはその中核に決定的な虚偽を隠蔽して、のさばるということである。そしてその虚偽を見抜くのは、すべての橋を焼き、己一個の生存の暗い根底に立ったときである。敗戦時の感慨は、国破れて山河あり、であった。戦後二十五年の今、国は復興して山河は滅びようとしている。公害だけではない。われわれの内なる日本の滅亡である。これがほんとうの滅亡ではないか。」と記しています(「八月十五日の記憶」)。同年11月には、三島が自決します。

私は当時生まれておりませんので分からない部分もあります。しかし、そこに何かもやもやした鬱屈した気持ちを共有できるような気がしてなりません。戦後、経済発展し、日本は確かに豊かになりました。でも、これで良いのだろうかという困惑。社会問題の解決を経済成長に全て委ねる無力感。わかりやすい悪辣な権力者が目の前に見えるわけではなくなったにもかかわらず、何かに支配され身動きできない、気が晴れない感じ。そんな思いは今も続いているように思えます。

「戦後の日本を現実に支配している思想は「平和」でもなければ「民主主義」でもない。それは「物質的幸福の追求」である」(「戦後と私」)と江藤淳が言うように、「物質的幸福」ばかりが追求されてきましたが、経済成長が一段落した今日、もはや再び格差を拡大させることなしに経済成長を成し遂げることは難しくなっています。しかしそこに未来はあるのでしょうか。

問題は思うより深刻で、格差を批判する側さえ、「生きさせろ」と富の分配を訴えることはできますが、分配の「質」を問えないのです。言い換えれば何が社会として「正しい」分配なのか、それを問えなくなってきているように思えます。経済競争に敗れた側の「物質的幸福」がおざなりにされていることへの異議申し立てはできますが、「社会全体がどうあるべきか」ということが問えなくなってきています。それをするのは「きれいごと」であり、押しつけがましく説教臭いことなのです。それはなぜかと言えば、戦後日本が社会性よりも個人の幸福追求を重んじてきたからでしょう。しかし、このままで国が維持できるでしょうか。「内なる日本の滅亡」を、受け入れることができるでしょうか。私はまさに、「それでもいいと思っている人たちと、口をきく気にもなれない」思いです。私は「個人」を軽んじるわけではありません。ただ、経済発展以上の「価値」は、この世に本当にないのかと疑問に思えてならないのです。

三島由紀夫がこのままいったらなくなってしまうのではないかと危惧した「日本」、桶谷秀昭が言う「内なる日本」、そしてロマノ・ヴルピッタ氏が「神州不滅」という言葉に託した「日本のくらし」。これらにはすべて通底するものがあります。それは物質的幸福を超えた大いなる価値です。そしてその価値を日本に求めました。その言葉を深く胸に刻む必要があるように思われてなりません。

ヘイトスピーチに対する考え

 「我々は政治において政治を見ず、時折その間から発せらるる生のうめきに鋭敏でなければならない。政治や経済を「現実」と見るのは誤りである。現実とはそれらの根元に流るる人間のぢかの生命に他ならない。」(『亀井勝一郎全集』第十三巻46頁)


 ヘイトスピーチに対するわたしの考えをこのブログで以前書いたことがあると思っていたが、断片的に触れていたものはあったものの、見つけることができなかったので今回取り上げたい。最初に掲げた亀井の言葉は当然この問題とは全く関係ない文脈で発せられたもので、たまたま見つけたものであるが、この問題に対するわたしの考えをよく示していると思うので掲げておく。

 結論から述べると、わたしはヘイトスピーチに対して「許されてはならない」という意見である。ヘイトスピーチは侮蔑的、低俗的発言であるのみならず、言行不一致の極みであり、顧慮するに値しない。
 ただし、移民政策によって外国人が押し寄せることで現地生まれの住民ともめ事が起きるというのは世界的に見ても珍しいことではない。個人対個人はともかく、集団対集団はそう簡単に分かり合えるものではない。ヘイトスピーチはそうした人間の偽らざる醜い本音という部分も否定できないのではないか。そして「ヘイトスピーチは良くない」と言いながら裏では低賃金労働者を得るために更なる移民の流入を求める大企業、富裕層がいて、それの走狗となる政治家、官僚がいる。住民どうしの摩擦がその原因を作ったこれらの連中に向かわず、お互いへの罵声にしか向かないとしたらそれはなんと悲しいことであるか。ヘイトスピーチ問題で最も非難されるべきは移民流入肯定論者である。移民流入肯定論者はまったく許せない存在である。奴隷商人として社会的に非難されるべきだ。歴史も伝統も文化も日本語も破壊し、市場だけ残そうという輩である。いま日本に残るもっとも反日的な分子ではないだろうか。「国民戦線」創設者のルペンはフランス人にはフランス人の、イスラム教徒にはイスラム教徒の伝統があるのだから、互いに尊重し合って、互いの場所に入り込んではいけないと言ったという。この部分に関してはまさにその通りであろう。

 日本は移民を「外国人労働者」と名を変えて誤魔化している。「研修」と称して当然守るべき最低賃金などの決め事を無視した労働がまかり通っている。ひいては、日本人労働者の賃金の低下圧力にもなっている。摩擦が起こるのは当然である。たびたび述べるように、その憤りの感情が根本原因を作った側に向かないことが問題なのだ。
 研修による移民は不法滞在の温床になっている。不法滞在をしているかもしれない外国人でも雇うのは、企業は外国人なら低賃金で働かせることができるからだ。その意味では外国人労働者の増加は、雇う側が招いているといえる。企業が生き残るために日本社会を破壊し、到底生活できない、今後の仕事にも結びつかない仕事をさせているという点で外国社会をも破壊していると言える。今の日本は3Kと呼ばれる仕事が、発展途上国の国民によって担われる事態となっているが、その社会は、先進国住民の生活を発展途上国民が底辺で支えるという構図である。そして途上国は人材の流出に悩まされるのである。日本の企業努力が移民の増加と国際的階級格差を促進し、アメリカの一人勝ち体制とともに国境概念は薄れ、人々は不安、社会秩序の乱れ、混乱の中で日々生活していくことになる。これを未然に防がねばならない。それには国境の壁を厚くするほかないだろう。民族・国家という安定した心理基盤を絶えず求め続けることこそが本当の国益である。

 故郷の喪失は世界大で見ても民族主義の喪失なのである。地球規模の画一化がアメリカの手によって異常なまでに進んでいる今日、民族主義は危機に瀕している。自分の企業の都合で外国人や日本人の貧困層の人生を振り回す連中は国賊と言ってよい。日本に限らず、各国の「極右」団体は移民の排斥を主張しているのもそのためである。特に欧州では、その排斥された移民が、原理主義と結びつきテロ行為に走るという哀しい現実もある。コスモポリタンもどきが多いこの日本国では、そういうことに鈍感で、安穏としているのである。
今、世界各地でホームグロウンによるテロ行為が発生しているが、グローバリズム、資本主義がホームグロウンによるテロをもたらした根本原因であることを認めることである。移民の子孫が自国社会に適応できず疎外され、低賃金労働につかざるを得なくなっている。移民一世では本国よりは生活状態が良くなることや、本国への仕送りの使命感から労働に甘んじることができるが、二世以降はそうではない。言葉もセミリンガル化し高度な事象を理解することは難しく、将来の展望もない彼らが過激思想に染まることも不思議とすべきではないのである。もちろん外国人が即犯罪者であるかのような偏見は慎むべきなのであろうが、それは問題の根本原因をおおい隠すことになってはならない。
 資本主義の発達はグローバリズムをもたらしたが、このグローバリズムは人々を故郷喪失の憂き目にあわせた。それは移民により故郷から引きはがされた人々を指すのはもちろん、資本主義的開発で故郷が様変わりし、すっかり民族の面影を破壊されてしまったことをも示す。祖国の共同体が機能しなくなってきたことが、資本主義即ちグローバリズムがもたらした負の側面である。ホームグロウンの問題はその極端な事例として注目されるべきであろう。
 移民も二世、三世と定着してしまえば、低賃金労働を生まれながらに押し付けられなければならない理由を持たない。その不満にテロ組織が忍び寄り、心の隙間を利用するのだ。大事なのはその「心の隙間」をもたらしている資本主義、グローバリズムに対する疑念を持つことである。

 ときおり新自由主義的な政治家などが「日本人の若者はハングリー精神を失った」「外国人の方が優秀だ」といい若者バッシングを繰り返した揚句「若者を甘やかすな」とか「移民の積極化」などを叫んだりする。しかしその背後には大企業の「注文」に合うように軍隊教育まがいの「指導」を受けさせられている外国人労働者の実情がある。そして本国に逃げ帰れないように労働者をだまして多額の借金を背負わせたりする不当な輩もいる。人身売買、奴隷貿易も同然なのだ。奴隷売買のようなことが現に行われていて、それらをダシに甘い汁を吸うものがいることは確かだ。奴隷貿易化した外国人労働者は本人の希望とは無関係に使い捨てられている。長期的には外国人に対して行われているような劣悪な待遇が日本の下層民に対しても当たり前のように行われる日がやってくるだろう。かといっていま日本政府がたくらんでいるような、「数年働かせて本国に返してしまおう」という働かせかたも、人の人生を馬鹿にしているとしか思えない。人間は経済成長のために翻弄されるだけの存在ではない。

 最後に少し抽象的な理論を述べておきたい。わたしが理想とするのは、各民族が自らの伝統、文化、民族の誇りを保持しつつ互いに共生し、切磋琢磨することである。そのためには世界を画一化させる思想に反発し、世界各国をそれぞれの土着文化に回帰させなければならない。移民政策はその土着文化をかき混ぜて破壊させる行為である。土着文化こそ人間の魂、生命である。土着文化は一身を超えて、歴史的にわれわれの過去・現在・未来をつなぐ一本の流れである。それへの敬意が必須なのである。

『国体文化』5月号に拙稿が掲載されました

 『国体文化』5月号に拙稿が掲載されました。「陸羯南の国家的社会主義」です。関係各位には謹んで御礼申し上げます。本稿はわたしの修士論文を短くしたものです。ご覧いただけましたら幸いです。
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陸羯南翁


中田耕斎

昭和六十年生まれ。明治期の国民主義者、陸羯南(くがかつなん・写真)の思想に共鳴する。戦前日本の国粋主義に興味を持つ。
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