ノリックが交通事故死、トラックと衝突

 言葉が思いつかない。
 死んだらあかんやろ、ノリック……。

<この部分のみ追記at2:40>
 そうですか、ノリックの事故は無視ですか、そうですか、そんなもんですか>マスコミの皆様。ていうかスポーツナビよ。
 まあ、そんなもんかもしれませんね。そうですね、そうですよね、たかがバイク乗りが死んだだけですもんね、バリューなんかないですよね…。
 阿部選手については、知ってる人は知ってるし、知らん人は知らん、でいいでしょう。なんちゅうか、ロッシが阿部に憧れていて、ノリフミを真似してrossifumiと名乗っているという人です。
 ニコニコ動画のアカウント持ってるひとは、こちらをどうぞ。心拍数が上がります。
 1994 WGP Rd3日本GP ノリックGPデビュー


 私は、コアなモータースポーツファンというわけではないのですが、90年代のWGPは好きでよく観ていました。
 坂田選手を筆頭に、ごくごく普通に日本の若手が活躍して(なんちゅうか右京とかは普通の若者とは思えなかったんですよね)、堂々と下手くそな英語でインタビュー受けて、何の迷いもなくと「あいつはムカツク」とか言い放って、がっはっはと笑う日本人選手たちの姿が新鮮だったんですよね。原田、伊藤、青木三兄弟、ノビー…、思えばいろいろな個性が輝いてたなぁ。ドキドキできたなぁ…。
 もちろん彼らは普通の若者ではなくて、特別な才能をもった若者たちだったわけですが、阿部選手はその中でも、とびきり特別な才能をもった選手だったわけです。普段のインタビューは、いつもちょっと恥ずかしそうにしてて、でもレースでは極めてエキサイティングで。500で勝てる日本人選手としてセンセーショナルな登場でしたよね。正直、期待が大きかったぶん、当時は少し結果に不満足だったような気がしたんですが、YAMAHAだったしな…。でも、500で3勝もしてるんですよね。それに、記録以上に印象に残るレーサーでしたよね。なんというか、万国共通にみんなが盛り上がるライダーでしたよね。

 まだ32歳だったのか…。まだまだやるべきことが残っていたはずなのに…。
 なんというか、自分の楽しかった時期に活躍していた同世代が亡くなるのは凄く寂しいことですね。

 合掌