2008年05月22日

白洲次郎とは何者だったのか インデックス

白洲次郎に言及したエントリも皆様のご愛読に支えられ、
多数を掲載するに至りました。

個別エントリへのインデックスは以下の通りです。

◎白洲次郎とは何者だったのか (メイン・エントリ)

1)『白洲次郎 占領を背負った男』という評伝の不可解さ、
そしてGHQと白洲次郎の関係


2)白洲次郎唯一の国会での答弁、
そして白洲次郎とは何者かという、そもそもの疑問


3)文芸春秋の白洲記事 (by徳本栄一郎氏) を考察 

4)四日市燃料廠の払い下げに奔走する白洲次郎

5)東北電力と只見川電源開発 その1

6)東北電力と只見川電源開発 その2 

7)東北電力と只見川電源開発 その3
 
8)東北電力と只見川電源開発 その4 

9)東北電力と只見川電源開発 その5

10)日本製鉄(現・新日鉄)広畑工場を外資へ投げ売りしようとする白洲次郎 

11)播磨造兵廠(現・神戸製鋼 高砂)の払い下げに絡む白洲次郎 

12)日本テレビと白洲次郎の関係は? 

13)“ばかやろう解散”の西村栄一が語る白洲次郎。

14)通産省の裏大臣としての白洲次郎 

15)白洲次郎の著作、『プリンシプルのない日本』を考察。 

16)東京銀行の銀行債発行に便宜を図る白洲次郎 

17)新憲法の制定過程と、それを記した白洲手記−その1
および GHQ民生局次長・ケーディスが語る白洲次郎の人物像。
 

18)新憲法の制定過程と、それを記した白洲手記−その2 

19)新憲法の制定過程と、それを記した白洲手記−その3 

20)戦前の白洲次郎の本当の仕事を推測する。 

21)古いGHQ内情暴露本に描かれた白洲次郎 

22)小説新潮 ‘08年2月号の白洲次郎ヨイショ記事の考察 

23)書籍 『風の男 白洲次郎』 と 『日本で一番カッコいい男』 の考察。
そしてアメリカから拒絶される白洲次郎
 

24)減税国債なるものを発行し、資金調達にいそしむ白洲次郎

25)岸信介に足を引っ張られる白洲次郎 

26)白洲次郎が晩年に関わった S.G.ウォーバーグ とは何の会社か 

27)横浜正金という為替銀行、さて白洲次郎との関係は? 

28)田中清玄と白洲次郎の関係を憶測。 

29)通産省はなぜ設立されたのか? その目的を探る。

30)永野重雄サイド側から見た日鉄広畑売却騒動、そして白洲次郎の弁明。

31)電源開発株式会社と白洲次郎−1

32)電源開発株式会社と白洲次郎−2 

33)電源開発株式会社と白洲次郎−3 

34)電源開発株式会社と白洲次郎−4 

35)電源開発株式会社と白洲次郎−5 

36)ジャーディン・マセソンと白洲次郎

37)白洲家とジャーディン・マセソン、次郎はなぜイギリスへ留学したのか

38)白洲次郎と民放ラジオ

39)白洲次郎と神戸人脈−1

40)白洲次郎と神戸人脈−2

41)白洲次郎と終戦連絡中央事務局の人脈

42)観光ホテル建設用地の獲得に動く白洲次郎

43)パン・アメリカンと組んで航空業界を押さえようとする白洲次郎

44)反白洲人脈 楢橋渡−1

45)楢橋渡−2 なぜケーディスは白洲本では悪役にされるのか

46)反白洲人脈 曾禰益

47)反白洲人脈 山田久就

48)反白洲人脈 寺崎太郎−1

49)反白洲人脈 寺崎太郎−2

50)反白洲人脈 寺崎太郎−3

51)反白洲人脈 徳永久次

52)反白洲人脈 近藤止文

53)徳本栄一郎氏による、文藝春秋H20年10月号掲載の
白洲次郎についての記事をご紹介


54)英国留学時代すでに白洲次郎とウォーバーグは関係があった?

55)白洲次郎の公式バイオグラフィに疑問な点あり

56)サンフランシスコ講和会議の埋もれたエピソード、
そして毎日新聞と白洲次郎には何か密接な関係が?


57)何故か公式バイオでは触れられない、
日本輸出入銀行設立への関わり


58)毎日新聞と白洲次郎の関係を推測

59)公式本 『風の男 白洲次郎』 の刊行に関わった人たちの経歴−1

60)『風の男』 刊行に関わった人たち その2

61)公安を動かす白洲次郎

62)終戦連絡中央事務局を、いつ、何故やめたのか

63)齋藤昇・国警長官の罷免を謀る白洲次郎

64)北康利 『レジェンド 伝説の男』 を読む−1

65)『レジェンド 伝説の男』 −その2

66)『レジェンド 伝説の男』 −その3

67)『レジェンド 伝説の男』 −その4

68)『レジェンド 伝説の男』 −その5

69)『レジェンド 伝説の男』 −その6

70)『レジェンド 伝説の男』 −その7

71)『レジェンド 伝説の男』 −その8

72)『レジェンド 伝説の男』 −その9

73)『レジェンド 伝説の男』 −その10

74)『レジェンド 伝説の男』 −その11

75)『レジェンド 伝説の男』 −その12

76)マッカーサーを“叱る”ことはありえない、その理由

77)通産省の新設は必然性があったのか

78)貿易庁とは何か−1

79)貿易庁−2 見返り資金との関係

80)貿易庁−3 見返り資金のトリック

81)白洲次郎の書いた文章を深読みする

82)白洲次郎と経済安定本部−1

83)白洲次郎と経済安定本部−2

84)白洲次郎と水野成夫、小林中の接点は

85)電力再編と昭電疑獄の接点

86)福島県と東北電力の密接な関係

87)当時の東北地方の電力事情

88)白洲次郎が絡んだ強制移民政策

89)サンフランシスコ講和会議の下準備について

90)斎藤昇・国警長官の罷免事件の真相

91)日本発送電総裁の更迭事件−1

92) 同事件−2

93) 同事件−3

94)曾禰益はなぜ白洲次郎にとって不都合な人物なのか

95)松本治一郎の公職追放と曾禰益

96)鳩山一郎の公職追放における白洲次郎

97)鳩山一郎の追放 その2

98)山田久就との対立の原因は何か

99)石橋湛山の公職追放と白洲次郎

100)新潮45の白洲次郎特集のご紹介

101)平野力三と白洲次郎

102)電力再編における三浦義一と白洲次郎 (1)

103)  同 (2)

104)  同 (3)

105)  同 (4)

106)  同 (5)

107)  同 (6)

108)  同 (7)

109)  同 (8)

110)  同 (9)

111)岡崎勝男、W.シーボルドとの軋轢 (1)

112)  同 (2)

113)講和演説原稿を書き直しさせたエピソードの真偽

114)増田甲子七が語る 「斎藤昇・罷免事件」 の内幕 その1

115) 同  その2

116) 同  その3

117) ESS局長マーカットと白洲次郎の関係と距離感

118)日本興業銀行と白洲次郎

119)白洲次郎と外資石油会社、昭和37年の石油業法

◎関連エントリ

1949 JAPAN 昭和24年に何があったか

その昭和24年に、吉田茂は何をしたか

昭和24年を象徴する 「下山事件」 とは何か

意外と怪し気な、終戦連絡中央事務局という組織

終戦連絡中央事務局と日銀ダイヤ

ライカビルと通産省に何か関係があったこと

ライカビルと通産省 補記

4)の補記 石炭業界との関わり

8)の補記 新木栄吉・駐米大使とは何者か

11)の補記 播磨造兵廠払い下げと国鉄

20)の補記 白洲次郎はいかに徴兵を回避したかを推察

42)の補記 観光ホテル開発に関わっていた人は里見(甫)機関の関係者

43)の補記−1 日本航空の初期の成り立ち

43)の補記−2 白洲次郎と高碕達之助が絡んだ電力再編の一例

43)の補記−3 外資委員会とは何か

45)の補記 楢橋渡の人脈−1

45)の補記 楢橋渡の人脈−2

45)の補記 楢橋渡の人脈−3

45)の補記 楢橋渡の人脈−4

45の補記 鳥尾鶴代(鳥尾多江)が描いた楢橋渡の人物像

46)の補記 曾禰益の経歴について

53)の補記 フレイン・ベイカーについて

58)の補記−1 毎日新聞は誰から憲法案スクープ情報を得たか

58)の補記−2 マッカーサーと面談し、何を話したのか

58)の補記−3 毎日新聞の憲法案スクープ その2

58)の補記−4 毎日新聞の憲法案スクープ その3

61)の補記−1 なぜ民生局(GS)を目の敵にしたか

61)の補記−2 占領下日本(半藤一利、竹内修司、保坂正康、松本健一)を読む

65)の補記 日本食料工業/日本水産について

70)の補記 只見川水利権問題−1

70)の補記 只見川水利権問題−2

82)の補記 経済安定本部と終戦処理費

90)の補記 『大野伴睦回想録』にみる斎藤昇罷免事件

91)の補記−1 他資料に見る日発総裁更迭事件

91)の補記−2 日発総裁辞任とスキャンダル報道

91)の補記−3 日発労組の当時の様相

造船疑獄では大洋漁業(マルハ)の背後に白洲次郎がいたこと

郵船ビル(日本郵船)の中に、G2配下の歴史課があり、
同時に造船疑獄関連企業の連絡組織があったこと


昭和20年代、福島県で何があったか

麻生太賀吉と白洲次郎はいつ出会ったのか

戦後、明治屋が得た利権

NKKドラマ『白洲次郎』第1回 感想

NKKドラマ『白洲次郎』第2回 感想

NKKドラマ『白洲次郎』第3回 感想

白洲次郎の戦前の勤務先 セール・フレイザー商会とは (1)

セール・フレーザー商会 (2)

セール・フレーザー商会 補記

◎外部リンク
白洲次郎の晩年の暮らしぶりがよく分かるサイト

◎白洲次郎の人脈

小林中と日本開発銀行(1) 

小林中と日本開発銀行(2) 

水野成夫と小林中(1) 

水野成夫と小林中(2) 

水野成夫と小林中(3)

ジョン・ケズウィック (ジャーディン・マセソン商会)

麻生太賀吉

加納久朗

吉田茂の実父・竹内綱と養父・吉田健三の関係

吉田茂の実父・竹内綱について

白洲次郎の実父、白洲文平について−1

白洲文平−2

白洲文平−3

白洲文平−4

小林中と吉田茂の資金−1

小林中と吉田茂の資金−2

小林中と吉田茂の資金−3

小林中と吉田茂の資金−4

◎小ネタ集

1)白洲次郎の戦前の職場である水産業界/捕鯨業の考察 

2)漫画版白洲次郎のご紹介 

3)小説に描かれた白洲次郎 

4)石原慎太郎が語る白洲次郎 

5)白洲次郎とバナナ利権 

6)白洲次郎の映像

浦沢直樹『 BILLY BAT 』 に登場した白洲次郎

『やる夫で学ぶ白洲次郎』 のご紹介


◎関連リンク
『余多歩き』より、白洲次郎関連エントリーの一覧

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この記事へのコメント

1. Posted by くれど   2008年05月24日 22:24
以前から 疑問におもっていた ジローさんのお父さんというか 叔父さんたちについて まとめてみました。

ある意味 田中清玄とたいしてかわらんなという結論です。
2. Posted by k_guncontrol   2008年05月25日 11:49
エントリ拝見しました。
白洲文平さんが商人としての表の顔、
その弟たちが実働部隊みたいな感じなのでしょうね。

ところでいま、松永安左エ門の伝記小説 『まかり通る』 を読んでいます。
このころの大阪神戸あたり、若き日の松永をはじめ、
みな山師/ブローカーだらけでステキです。
特に福澤桃介の虚業家っぷりには惚れ惚れしました。

メモ・pdf
http://www.biwako.shiga-u.ac.jp/eml/nenpo/Vol10_2003/ogawa_vol10.pdf

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsme/kinyu/pdf/03f/03f208-ogawa.pdf
3. Posted by Monduhr   2009年04月27日 23:04
私の巫山戯たサイトにコメント頂き、恐縮です。これから「ジロさん」について勉強させて頂きます。とりあえずお礼まで。
4. Posted by k_guncontrol   2009年04月28日 00:49
ご返信ありがとうございました。

当方では直接、白洲次郎の性格に言及するというよりは、
事実の断片の積み重ねから人物像を浮かび上がらせる様な記述をしております。

なお、「ジロさん」とは古い記事にみられる、麻生和子(太郎総理の母)に
よる白洲氏の呼び名です。

和子さんも太郎さんも、白洲次郎について言及したことが殆どないのですが、
やはりあまりおおっぴらにしたくない何かがあるような気がします。
5. Posted by 民主党は日教組と在日の政党   2009年07月26日 08:56
政治献金で建てた鳩山邸(鳩山会館)よりも白洲次郎が自費で購入した農家を自宅として使った白洲邸(武相荘)がすばらしい。
6. Posted by くれど   2009年07月26日 14:44
武相荘のたて替えや 正子サン所蔵の
骨董道楽に費やされた金は
どこから出たんでしょうか

7. Posted by くれど   2009年12月08日 07:09
http://allabout.co.jp/house/hgmansion/closeup/CU20080225A/

次は 薬研坂にビルたてれば 補償金で元取れますよと 江戸英雄センセイから 三浦義一先生経由で ミミうちされたのでしょう おそめで 上羽秀にマンション売ったり 義一先生が これからは 土地の値段があがるのも これを見越してでしょう
8. Posted by k_guncontrol   2009年12月08日 21:11
先に不動産を入手してから値を吊り上げるというのは既に退蔵さんがやってましたが、媒体をマンションという本来価値が大してないものに変更し、あたかも価値があるように見せかけるというのが新しいテクニックですね。
9. Posted by くれど   2009年12月29日 06:33
http://ameblo.jp/maidmarian/entry-10236671188.html

こんな本がでてました
天皇陛下となんだか 特別な関係があるようなことを発言していたり 山口組と東声会が杯を交わした関係なのに 児玉と対立していたと いっていたらしい 本物の国士さまも 仲間ですね
10. Posted by k_guncontrol   2009年12月29日 07:18
これはけっこうなものをご紹介いただき感謝です。
さっそくアマゾンに注文しました。
11. Posted by くれど   2009年12月30日 23:09
http://d.hatena.ne.jp/k-hisatune/20091223

まだ立ち読みはしていませんが こんな本が出ました 
12. Posted by k_guncontrol   2009年12月31日 01:42
おっと、けいおん2期決定の報に浮かれている隙にこんなものが出ていましたか。
この先生、来年はどこへ向かいますでしょうか。要注視です。
13. Posted by くれど   2009年12月31日 13:14
ソバと パンを作りつつ こんなことを書いていますが

五歳のプリキュア大好きの姪がいますが 
カードキャプター桜や ローゼンメイデンも好きです 元気な女の子指向かとおもったら お嬢様指向なんですが
 年の割には背も高く  将来はけいおんの唯の中の人みたいな 大巨人にもなりそうです
マンガを読ませたら しっかり朗読になっていて 実にうまいです
将来は お笑いの人になりたいそうですが
中の人というのは まだ知りませんが 教えたほうがいいでしょうか 
 
14. Posted by k_guncontrol   2009年12月31日 23:33
それは今のうちから中の人エリート教育をしておくの良いのではないでしょうか。 
明日の二次元業界を負って立つ人材に育ってほしいものですね。
15. Posted by くれど   2010年01月03日 20:53
それから北センセイですが 知の現場では
 アメリカ大使館へのジローさんの訪問記録はあるとおっしゃってますが ただ それだけです
 あとは 竜馬伝で稼ぐみたいです いま一回目をみていますが 演出は 白洲次郎 坂の上の雲と似てますね 特に画面の作り方が 
どこで出てくるか 
わかりませんが 近藤廉平も出てくるみたいですね 大河の一番 悪い点の大言壮語の連呼がなくなりそうな予感です
三菱の土佐藩の資産横領もやるかもしれません 
退蔵さんの行状をみても 明治維新が綺麗事だけじゃないとおもうのですが このドラマも ジローさんのドラマみたく 北センセイの期待を裏切りそうな予感です





16. Posted by k_guncontrol   2010年01月03日 22:41
今度は龍馬ですか。龍馬というのも何をした人なのかはっきりしませんが、
どうにでも描ける様な素材をいろいろ加工するという手法は変わらないわけですね。

最近TVの調子が悪いのですが地デジを買おうという気もさらさら無く
今年はあまりTVを見ないで過ごしそうです。
17. Posted by くれど   2010年01月30日 13:10
http://kingendaikeizu.net/seizi/hatatutomu.htm

大沢商会が 口入れ屋から 商社に脱皮したのって この系図をみたかぎりでは
鈴木清との関係からみたいで 白洲家と大沢家の関係は 意外に古いです
他にも いろんなことが 読めるはずです


18. Posted by k_guncontrol   2010年01月30日 23:53
四代目の嫁が堀江薫雄の娘というのも興味深いですねー。
19. Posted by くれど   2010年02月01日 20:39
http://www.nogami.gr.jp/rekisi/sanda_sizoku/4_sirasu/sirasu.html
 明治元年三月五拾石加増され大参事(家老職)となる。五月 太政官札が出たが国民は皆これを信用せず価値遂に金一分二朱 に低下する、退蔵に思惑があり藩米を皆売払う、代金は太政官 札に限って受け取った、これによって官札の信用は促進された。

これだけではわかりませんが

http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2006/04/post_7b4d.html
太政官札でも 買いたたけたそうですが 狙い目は岐阜県近辺の藩札だったそうで これで土地買い占めのネタ銭をつくったのでしょうか


20. Posted by くれど   2010年02月01日 20:53
上記はあくまでも仮説で さらにくわしくみたいんですが 三田藩の動きをみると 確かにうまく動いたとおもいますが 借金を棒引きさせて うまくコネをつけて 金を集め 先祖伝来の土地と住民をすてて 神戸で 鉄道の開通を見据えたかのように 地上げ 事業はうまくいかなかったみたいですが 学校だけは立てました
どこまで見習えますかね 村上ファンドは学校はつくりませんでしたが 、、、、、

21. Posted by k_guncontrol   2010年02月01日 21:09
なんか米相場の相場師の様にも見えますね。
この祖父のノウハウを新円切替に活用したのかも。
22. Posted by くれど   2010年02月02日 05:17
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A9%E6%9C%AD#.E4.B8.89.E7.94.B0.E8.97.A9

三田藩の項目に注意してください
確かに 米の相場には 詳しかったはずです
23. Posted by k_guncontrol   2010年02月04日 00:18
要するに代々、「カネを作れる人」だから重用されてるんですねー。
24. Posted by くれど   2010年02月18日 21:53

http://singetu.ddo.jp/uminaritamazu/hana_hikaku.htm
小曽根というのは兵庫の大地主・小曽根喜一郎の息子・貞松。
喜一郎は明治末期の長者番付では小寺謙吉、九鬼隆輝に次ぐ三位に位置している。この番付では三人が抜きん出ており、小曽根は四位の生島五郎兵衛と比べても納税額は約二倍。しかし、小寺、九鬼が土地所有をベースにしていたため産業資本の発展に伴い没落していったのに対して、小曽根は積極的に事業投資を行った。

25. Posted by くれど   2010年02月18日 22:54
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50786455.html
「内大臣だった木戸幸一の日記にも、朝霞(ゴルフ場)で
 白洲(次郎)と一緒に回った、と書かれている。」(p195)

http://www.yumeokoku.com/yomukusuri/?p=507
昭和5年12月、今日の日本で「アリソンバンカー」と呼ばれる深いバンカーで知られる英国のゴルフ場設計家C・H・アリソンを招聘した。念入りに予定地を見て廻ったアリソンは、現地の地形図を手に初代帝国ホテルの1室にこもり10日ほどで設計図を仕上げた。しかも、彼はわずか2カ月の滞在中に、川奈ホテル富士コース、廣野ゴルフ倶楽部の設計も手掛けた。
http://www.mitsubishi-fuso.com/jp/prfuso/2000/0009/legend/index.html
広野ゴルフクラブ(兵庫県)。九鬼子爵の松林を切り開いたアリソン設計の18ホールのコース。日本の名コース、ベスト10にはかならず顔を出す名門中の名門。昼食は2品のみ、という会員運営のプライバシーコースだ。戦前は川崎重工系、日商系が経営していたが、戦後は金融と倉庫業の乾新兵衛氏が引き継いだ。
26. Posted by k_guncontrol   2010年02月18日 23:28
乾新兵衛
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%BE%E6%96%B0%E5%85%B5%E8%A1%9B
明治37年(1904年)の日露戦争は日本の海運界に新しい活を生み出すものであったが、
ことに神戸海運界ではこの時期に、土着の社外船主の出現が画せられた。
新兵衛はこの情勢を見逃すことなく機敏に商機をとらえ醸造業から海運業へと転換し、
日本における海運ブローカーの鼻祖ともいわれる佐藤勇太郎のすすめで、船齢22年の
舶来中古船を購入し、兵庫県出身の最初の社外船主として名のりをあげた。

・・・金を生む機構も時代の変遷あり、という感じでしょうか。
醸造→海運→金融という流れが日本の近代化と見事にシンクロしているような。
27. Posted by くれど   2010年02月19日 21:41
土地を担保に資金調達ができるようになったのが 地租改正の副産物といっていいんでしょうか 
28. Posted by k_guncontrol   2010年02月19日 23:54
こんなのありました

地租改正のもたらしたもの
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=218441
E效呂了篥所有の開始
土地は、個人の財産として流通や担保の対象として扱われるようになった。

で逝室匆颪砲皺瀛招从僂浸透することになった
そして、農地を担保に金を借りる小地主が経営破たんすれば、農地は大地主に
集中していった。

ッ麓膤級の参政
地主を納税義務者とすることは、彼らに参政権を付与することを意味し、
地主階級に対して一定の政治的な力を与えることになった。

商業・流通革命
藩が租税として集めた米をまとめて江戸や大坂の蔵屋敷を経由して同地の米問屋に
売却するというそれまでの米の流通システムは、云わば、今日における地方自治体が
流通経済に参与していた、ということ。

それが崩壊して、個々の農民が米商人を相手にするようになれば、米の流通をめぐる
商業機会が増大することとなった。それは、出し惜しみをすれば容易に価格調整が
可能になった、ということでもある。
29. Posted by くれど   2010年02月20日 07:09
http://homepage2.nifty.com/makibuchi-2/kyodoshi/31kai.html

東京は こんな形ですね 神戸はどうだったのでしょうか
メシの種にできなかった 貿易事業と できた土地事業 地上げの方が 重要ですよね
白洲伝説は 最初から バイアスかかりっぱなしですよね




30. Posted by k_guncontrol   2010年02月20日 20:34
神戸はもっと怪しいんじゃないでしょうか。
元々港町とはいえ、国際港として開発するには立地的に横浜あたりの方が
都合がいいように思えますが、既得権をうまく利用した人が大勢いたのでは。
31. Posted by k_guncontrol   2010年02月20日 20:36
白洲次郎伝説の胡散臭さは、次郎さん本人が怪しいということと、
北せんせいという物書きが怪しいという2層構造なのが肝であるかと。
32. Posted by 天池治彦   2010年08月11日 16:35
白州次郎は父文平、母のキリスト教の影響やイギリスへ留学した騎士道精神を身につけプリンシプルを磨き上げ貫いた。戦後に白州次郎がいなければ日本はどうなったか?神の祈りの導きである。アーメン
33. Posted by k_guncontrol   2010年08月11日 19:00
> 戦後に白州次郎がいなければ日本はどうなったか?

次郎さんがいなかったら、戦後の怪しい事件であるとか、
必要のないダムなどがもう少し減っていたと思いますよ。
34. Posted by くれど   2010年09月08日 04:24
http://www.watanabeyukio.com/profile/tugounoiikoto2.html

ご参考までに
35. Posted by k_guncontrol   2010年09月08日 07:36
> ご参考までに

アラいいネタ。晩年の暮らしぶりが良く分かる資料ですね。
○ってなんでしょう。カネ?

最初にこの人に声をかけたのもたまたまではなく、
何人も通り過ぎる人たちを眺めて、その中から
同系統のにおいを感じたのでしょうね。
36. Posted by くれど   2010年09月09日 21:53
妻じゃないですかね

http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/048/0216/04803190216017a.html

これも 時期的にみて 面白いです


新潮四十五に シェル石油の日本法人の社長が金を出さなくなったので 外国人記者を抱き込んで 追い落とそうとしたところ 記者に断られた話がでていました
37. Posted by くれど   2010年09月09日 21:57
それから 商法改正前で 総会屋全盛の時代で 株屋のコンサルタントを フリーでやっているよう人間が その筋の人間とつき合いがないはずがないです
38. Posted by くれど   2010年09月19日 11:40
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1020?page=2

ゴルフ場の理事長って 別荘の販売仲介もするんでしょうか

虎屋には 義一先生も恐喝をかけてますが これって 小豆相場でのトラブルでしょうかね
39. Posted by k_guncontrol   2010年09月19日 12:43
Jさんの場合、自宅や別荘のとなりに素性の分からない人物が住んでると
何かと都合が悪そうですからね。あとテロとかの防犯上も。

虎屋事件って何でしょうか。ネットだと分からないですね。
老舗和菓子というのも料亭/貸席程度には怪しそうな。

雨降って地かたまる。
http://www.toraya-group.co.jp/gallery/dat02/dat02_066.html
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50969121.html
40. Posted by くれど   2010年10月03日 12:29
大沢商会倒産に絡んで何がおきるか わからないから

葬式無用

以前から 準備していたように 資産ロンダリングは 暫定方針どおりということで 付け加えることはなにもないので

遺言無用

41. Posted by k_guncontrol   2010年10月03日 14:14
> 葬式無用

本人も、あれだけ色々やっておいて天国へ行けると思うほど
虫のいいことは流石に考えなかったのでしょう。

戒名不要というのは坊主に儲けさせるのがイヤだったから?
仏教っぽい方面で深いかかわりのありそうな人ほとんどいませんよね次郎さん。
湛山とか弘禅とか敵対した人はいるけど。

42. Posted by k_guncontrol   2010年10月03日 17:23
大沢商会の倒産は「赤字の累積」ではなく「借入金の増大」によるもの。
(赤字方向ではあったが、企業規模から言ってそれほど大きな額ではない)

良い方に解釈すれば、新たな成長のために資金を投入したが
上手く利益を産むビジネスを確立できなかった。

うがった見方:
 実情は平和相銀/富士ビル開発のカネのひっぱり方と同じではないか

昭和59年(1984)3月12日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/101/0394/main.html

○沢田分科員 本論に入りますが、実は大沢商会の倒産というのは、私に
とってみると異常な現象だというふうに見えるのであります。(略)
やや見込み倒産という可能性もあるような気もするのであります。(略)

○志賀(学)政府委員 (略)私どもの承知しているところでは、
負債総額は602億円、うち金融負債が474億円、
一般負債が122億円というふうに承知をいたしております。(略)

○沢田分科員 常識的にこの程度の、例えば58年6月決算で3億円黒字
がある。連結決算をして13億円の赤字がある。
58年6月のときには690億くらいの短期の借財を持っておった。
(略)
この832億ぐらいの総資産を持っている中で、(略)58年6月段階に
おいて13億くらいの赤字であったものが、ここへ来て急になったと
いうのには、これは異常な現象だと私は思う。

それはあるいは倒産するために金を借りてしまって倒産したということを
言っては失礼ですが、そういうことも考えられなくはない。だから見込み
倒産だと私は言ったので、やろうと思えばここで努力すれば再起する可能
性はあったのじゃないか。

※1984年というのはバブル崩壊の数年前、つまりバブルの現場の絶頂期
 なお、金屏風は1985年。そういう時期ですよ。
 
43. Posted by くれど   2010年10月03日 20:18
小説では 手形が落ちなくてとありますが結局は 現金が足りないということですよね

本物の昭和の鞍馬天狗 中山素平 あたりが なぜ うごかなかったのか  今里広記にクダまいているということ自体 問題ですが

そもそも 非常勤取締役に 小売りのわかる 年寄りをおいていないのが しんじられません


44. Posted by k_guncontrol   2010年10月03日 21:07
調達した借入金も販売ルート構築と目先の支払いだけで
700億円近くも必要かどうか疑問です。

太郎さんの弟が次郎さんが入る少し前に大沢にいたようです。
http://disc.g2s.biz/content/S00067F9.html#E0043
昭和48年11月 株式会社大沢商会入社
昭和51年6月 株式会社大沢商会退社
45. Posted by くれど   2010年10月05日 22:56
次郎さん 会長になったのは 41年からだったような

仮の噺ですが 

商社が 架空取引をして 偽領収書を 切るか 切ってもらうということで 
裏金の捻出というのは 複雑な操作をすれば ばれないものなんでしょうか
 
46. Posted by k_guncontrol   2010年10月05日 23:32
> 架空取引をして 偽領収書を 切るか 切ってもらう
> ということで 裏金の捻出というのは 

これは可能ですが、国税なり検察なりがその架空名義の会社まで行って、
調べた結果該当する取引がなければバレます。

言い換えると、国税や検察を抑えられる人ならOKな手法といえます。
47. Posted by k_guncontrol   2010年10月23日 12:52
> 次郎さん 会長になったのは 41年からだったような

41年に赤坂へ引越し大沢入りする。その直前に何があったか。

 → S山事件の時効(昭和39年)
48. Posted by くれど   2010年10月24日 06:43
吉田茂の議員引退時に 日本テレビ

死亡時に 大沢商会です

49. Posted by k_guncontrol   2010年10月24日 09:22
あれでも色々事情があるようですね。

50. Posted by くれど   2010年12月31日 20:30
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B4%8E%E8%8B%B1%E9%80%A0

ジローさんの 人脈のある面で 核になる人のようです
51. Posted by イタリアーノ・ホッパー   2011年01月23日 23:43
5 はじめまして。記事は古いですがコメントを寄せておきます。
自身は昨今騒がれ始めたWikileaksの「アサンジ」と、この白洲次郎が妙に似ている点に着目を始めました。
昔見た特集番組では不可解さばかりが残り判然とせずにいました。
そしてアサンジを観た瞬間に「あ、白洲?」と思いました。

情報が多くてまとめるのが大変ですが、断片的にも参考になる記事が多く頼りになります。
私もブログを持っていますが、どうぞ宜しくです。
52. Posted by k_guncontrol   2011年01月24日 01:17
はじめまして、面白い情報をありがとうございます。
なるほど胡散臭い顔してますねえアサンジ氏

> 私もブログを持っていますが、どうぞ宜しくです。

当方、最近の世情に疎いので参考にさせていただきます。
53. Posted by k_guncontrol   2011年01月24日 23:37
ccplusさんに聞いてみたところ、以下のようなことだと。

「基本、アサンジはニューヨークタイムズを暴露情報発表に選んでいるわけで、
 当然のことながら、ニューヨークタイムズは『赤い楯』の報道機関ですから、
 彼らに都合悪い情報は表に出さず(当然、たれ込んだ人は特定)彼らに都合の
 良い情報をこまめに出して情報コントロールするんだと思いますよ。

 日本の公安流出情報出版した人の妻である辻本某は、薬害エイズ被害者の川田
 龍平(父共産党員なのになぜかみんなの党に変身)と共に、世界の偉い人達が
 選ぶニューリーダー100人に選ばれてますね。
 前原某がやってた時の国土交通副大臣ですし。。
 そういう事でしょう。」

なるほどNYタイムズが肝か。
54. Posted by くれど   2011年01月25日 12:23
http://hayasekumi.blog25.fc2.com/blog-entry-106.html

吉川クンのブログより
人間第一印象の方が正しいという見本
あまりなじみはありませんが 父方の祖父はすごい方です
55. Posted by k_guncontrol   2011年01月25日 15:20
お父さん(恭次郎)は情報とくに見当たりませんが、
これまた怪しそうな感じがしますねー。

「昔はワルだった人」というと、一の谷博士(江川宇礼雄)は若いころ
横浜あたりでブイブイいわせてた人だそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E5%B7%9D%E5%AE%87%E7%A4%BC%E9%9B%84
ドイツ人の薬問屋フリードリッヒ・ウィリアム・メラーの次男として生まれる。
(1915年ごろには)横浜界隈では有名な不良少年だった。

http://yokohamamerry.jugem.jp/?eid=116
里見 �狩(さとみ とん)の代表作の一つ『多情仏心』に登場する西山普烈は、
じつはトーマ(北林透馬)の「街の国際娘」に出てくる不良混血青年フレディーと
同一人物らしい。(日独混血の映画スター江川宇礼雄がモデルだという)

http://yokohamamerry.jugem.jp/?eid=79
戦前、横浜で活躍した小説家の一人に北林透馬がいた。
生家は馬車道の薬屋「平安堂薬局」である(現存)。
56. Posted by くれど   2011年01月25日 19:41
すいません 母方のほうですね

こういう気の強い生徒会長タイプだと なかの人は薔薇乙女の真紅の中のひとかなと

ふた昔前ぐらいの 青春ドラマって 今風にアレンジ だれかやらないもんかなとおもうんですが
57. Posted by くれど   2011年03月25日 08:38
http://www.hasankanzai-kaitori.com/newpage303.htm

前田建設にとっては 大恩人の縁つながり 大沢商会の存在って こういう意味もあったのでしょうか

58. Posted by k_guncontrol   2011年03月25日 13:41
会津小鉄という名称は、京都地盤というのが連想しにくいのですが、
この初代はなぜ会津藩関係に出入りするようになったんでしょうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%9D%82%E4%BB%99%E5%90%89
1851年(嘉永4年、18歳)頃 - 京都の会津藩中間部屋に入る。

で、会津藩の西隣の「南山御蔵入領」が幕府直轄地ながら会津藩の預りであること。
http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/j/yukari/rekishi/ryouchi.html
http://www.sayurinosato.co.jp/maps/map33.htm

http://www.s-eye-s.com/?p=492
「幕府は、南会津地方の広大な自然林の保護について、
 重大な関心を持っていた事がわかります」

この「南山御蔵入領」に奥只見が含まれる、というのも偶然ではないのだろうと。
59. Posted by くれど   2011年03月25日 19:51
次郎長や 国定の親分より 後世への影響力は強いんですが いかんせん 関西主体だから ちょっとマイナーですね 小鉄親分は

なぜ会津かというと たまたまだという説と
岩倉の指示のスパイという説があります
どっちなんでしょうか

それにしても 金があっても お武家さまの娘がやくざあがりの嫁になる ご維新とはすごいもんだと思います



60. Posted by 渦   2011年05月19日 12:26
小曾根財閥の子孫がジャズミュージシャンでバークリー出身の小曽根真お坊ちゃまですね。スポンサーがアサヒビールなんですが、昔からの繋がりなんでしょうかね。吉田茂に関しては吉田さんの身内からいろいろ聞いてますが・・・ でも何で死して拝観料とって家を見せるなんて品のないことしますかね?
自然に返せばいいのです。自然に勝るものなし。まさに歴史はどうにでも作られる。能の真髄に行けば、ヘビースモーカーにもならないですしね。品格ある土着の神様が上で相当起こってるような。もう地震起こさないで下さいよ。
61. Posted by k_guncontrol   2011年05月19日 20:39
これまで登場してない人で、この小曾根一族というのも重要そうな感があります。
ご教示感謝します。やはり実家が豊かでないとジャズで生活は成り立ちにくい
ですよねえ。

http://singetu.ddo.jp/uminaritamazu/hana_hikaku.htm
小曽根財閥の形成
兵庫の資産家・小曽根喜一郎が先代喜一郎の手堅い土地買占めを継いで、さら
に所有地の拡大を図ったのは、二代目として自立した明治18年以降である。
その年、先代が死去すると、貸金を回収し、貸家を売却して資産を整理、その
資力で着々と神戸の地所を買い取っていった。
(略)
しかも彼の投資は初めは他人名義で行われ、その事業に成功の目途がつくと
姿を現して小曽根の経営とした。その事業の発起者から見れば、開発の初期に
悪戦苦闘し、あぶら汗を流してようやく自立できるようにしたと思ったら、
トビに油揚げをさらわれるみたいに融資をタテに吸いとられたわけで、いかに
も高利貸しの本性をさらけだしたような方法といえよう」と記している。

・・・どう見ても退蔵さんのお仲間です。
上品そうな富裕層も初代は大体やくざ/相場師/金貸しなんですよねー、
小曽根一族に限らず。 
 
62. Posted by くれど   2011年05月19日 23:37
小曾根さんって ジャズの世界で有名な方なんでしょうか

そういえば らきすたのモデルの学校の吹奏楽のセンセイから 私の父に電話があり私が取り次いだんですが 私の父は 元県の吹奏楽連盟の理事なんで 相談事があったようなんですが かの学校から 奨学金付きで バークレーにいった人もいたようで リアル高良みゆきさんはいるようです

そういえば A列車で行こうというのは ジャズのスタンダードナンバーですが DS版が出ているので ゲームの方買おうかなと妄想中ですが 阪神電鉄で行こうというゲームだれか 作ってほしいですね

ヨイショだけの偉人伝より 金と欲望と謀略ありきの シムシテイとか 信長の野望みたいなゲームみたいな方法で 郷土史をだれかやりませんか

63. Posted by くれど   2011年05月19日 23:50
何かが残るということはいいことで
残らないというのは寂しいことだと思います

だから 自称 歴史を学んだ ジローさんが資料を焼いたというのは 哀しい話で それを躊躇なく語れる白洲信哉氏の 日本文化というのは 私は認めるわけにはいきません

ところで 大磯の吉田邸って 元は誰の土地なんでしょうか 戦後に建て増しをしたみたいですけど 金はどこからでたんでしょうか また国会議事録には 他にも土地もっていたとありますが また西武にどのように権利が渡ったんでしょうか

疑問はつきませんが 吉田邸が生きていれば追跡もある程度まででき 吉田時代を追うことができます

残っていればです



64. Posted by k_guncontrol   2011年05月20日 03:53
小曽根氏はバークリーのジャズ作・編曲科を首席で卒業という経歴ですね。
自分は70年代以降のジャズはあまり興味がないので、関心は薄いですが、
デビュー時は若き天才のような扱いでした。

> ジローさんが資料を焼いたというのは 哀しい話で 

焼かないとヤバいモノが多いのだからそれは無理からぬ話かと。
義一先生の日記、焼かずに現存してるといいですが。

吉田さんのところは大磯と渋谷(麻生)にお住まいがありますが、
財産分与で大磯は健一氏が継いだのでしょうが、ジローさんが
「あの家はもう売るものがない」みたいなことを言ってましたよね。
健一氏、カネ稼ぐの上手くなさそうですが、果たして維持費は
何処から誰が。

> 金と欲望と謀略ありきの シムシテイとか 信長の野望みたいなゲーム

下山事件のゲーム化ということになるかと。
疑いはアカに上手く転嫁して、ダムを作ったら勝ち、ということで。
65. Posted by k_guncontrol   2011年05月20日 04:15
面白い資料がありましたよ。

大磯町旧吉田茂邸再建基金に伴う町内説明会計画書(案)
http://www.town.oiso.kanagawa.jp/machizukuri/yoshidatei/saikenkentouiinnkai/iinkai_07/7kai-siryou2_.pdf

◆焼失前の増改築棟の玄関周りは吉田五十八が改修したと思われる。
※ 吉田五十八は、昭和の戦前に多くの建築家が西欧の近代建築を進める中で、
独自に日本の伝統的数奇屋建築の近代化に取り組み、近代数奇屋を確立した
建築家。
(主な作品)
玉堂美術館、 日本文化会館、外務省飯倉公館、在米日本国大使公邸(※設計
のみ)、日本芸術会館、五島美術館、大和文華館、 ローマ日本文化会館、
成田山新勝寺(大本堂)、中宮寺本堂、料亭つるや、料亭新喜楽、歌舞伎座、
明治座、料亭吉兆、大阪ロイヤルホテル、、梅原龍三郎邸、 日本万国博松下館、
小林古径邸、川合玉堂邸(画伯)、山口蓬春邸、岩波茂雄別邸、吉田五十八邸、
中村勘三郎邸、水谷八重子邸、吉田茂邸、古屋信子邸、猪股猛邸、岸信介邸

ざ發隆
吉田五十八の設計で、当時、アイゼンハワー米国大統領の来日での利用を
目的に増築された部屋だが、実際にアイゼンハワー米国大統領が利用する
ことはなかった。

・・・アイク来日絡みでカネ出してくれる人、となると大体察しが。
 
66. Posted by k_guncontrol   2011年05月20日 04:42
(同資料より−その2)
旧吉田邸は、吉田茂の養父・吉田健三が明治17年(1884)頃に大磯の地に
別邸を建てたのが始まりで、その後吉田茂がこの邸宅を自邸として使用する
ようになりました。

吉田は欧米旅行にあたり、ニューヨーク郊外のロックフェラー契い諒盟颪
ロンドン郊外のケズウィック氏の邸宅などに宿泊する機会があり、その歓待
ぶりに感激したことや、米・アイゼンハワー大統領や英・マクミラン首相の
訪日の予定があったことから、外国貴賓が宿泊できる迎賓館の新築を思い立ち、
東京歌舞伎座設計者でもある建築家・吉田五十八に設計を依頼し、京都の
宮大工を呼んで豪壮な総檜造りの数寄屋風和風建築を完成させました。
67. Posted by k_guncontrol   2011年05月20日 04:43
(同資料より−その3)
◆沿革
1884年(明治17年)ころ 
養父・吉田健三が現在地(神奈川県中郡大磯町西小磯)に別荘を建てる

1951年(昭和26年)〜1961年(昭和36年)
総理大臣として外国貴賓を招くため、元芸術院会員・吉田五十八氏の設計で
京都より宮大工を招き増築

1969年(昭和44年)
西武鉄道株式会社の所有となる

参考: http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20050507
堤清二の見た三島、吉田健一

その日、市ヶ谷のお宅まで送って行くと、吉田さんは上機嫌で、道の真中に
立ちはだかって交通整理の巡査の真似をするのでハラハラした。

左手を垂直にあげ、右手を水平に伸ばして号令をかけるポーズが、私が見た
吉田さんの最後の元気な姿になった。だから、老人にしか分らない楽しみが
どんなものかを、私はとうとう教わらなかった。

※注:吉田健一は1977年没。相続を見据えて大磯を売却し、市ヶ谷に
転居したと推測。堤清二が義明に口を利いてあげたものかと。
68. Posted by k_guncontrol   2011年05月20日 04:44
(同資料より−その4)
◆保存・再建に向けて
2005年(平成17年)所有者が公的機関での買い取りを要望
11月、神奈川県と大磯町連名で、国による整備活用の要望書を
安倍晋三・内閣官房長官に提出

2006年(平成18年)
町議会や区長連絡協議会等が町内外から5万人を超える署名を集め、
小泉純一郎総理にあて保存の要望書を提出

2008年(平成20年) 2月7日三好正則大磯町長が松沢成文・神奈川県
知事に「旧吉田茂邸建物建築利用に係る提案書」を提出

2009年(平成21年) 3月22日原因不明の出火により本邸焼失
69. Posted by 渦   2011年05月21日 12:05
消えるということが隠すための焼却や、原因不明の出火はいけませんね。自然(じねん)は綺麗に消える。今の世界の消し方はかなり荒っぽい。ここまできましたかと。外側チャーチルを真似ていた吉田さんですが、チャーチルが「過去を遠くまで振り返ることできれば、未来をより遠くまで見渡せる」という言葉を残したように、深い言葉を残してますかね?「馬鹿やろう」では国葬が泣きます。
 グーグルだけでこれだけ出るんですか?白州さんは神戸一中を中退ですか?ケンブリッジは聴講ですか?
 正子さんは悠久の美に遊び、夫は俗界に潜り・・極端な端と端で夫婦のバランス保ってたんでしょうね。能は非常に優れた文化なんですよ。それは文化を超えて一人一人が幸せに生きる鍵を持ってる。
 骨董は単なる見立て。物文化の行き着く果てです。残すべきは次郎さん正子さんの家、正子さんの言葉でなく古代からの優れた文化。日本人の宝、プライドはそこにあります。賢明になりましょう。
 
 戦前日本郵船の大株主は天皇家と三菱財閥だったそうですね。
日本郵船の船で多くの日本人が移民として 南北アメリカ大陸へ運ばれていった。
日本人は夢を見、真面目に渡航費を支払って、かの地で懸命に働いたのでしょう。
 
 正子さんは武相荘で骨董好き客人の「わからないけど好きなんだ」に「わかってどうするの?言葉で説明したってしょうがない。夢?」と言ってます。
「すべては夢幻」は全ての悪事も幻にします。過去の掘り下げ、これからも個人が判断するスタンスで続けて下さい。これは良いサイトです。
70. Posted by くれど   2011年05月21日 13:16
二年ぐらい 日本で浪人していたのを 文平さんが みかねて イギリスにおくったらしいと 海鳴にはありました

イギリスなんかは 東洋人差別がありそうな気がしますが ジローさんは 外人風な顔なんで そうみられなかったのか 上流階級は いい人が多いのか
71. Posted by k_guncontrol   2011年05月21日 16:10
> 白州さんは神戸一中を中退ですか?ケンブリッジは聴講ですか?

以前、別欄に書いたコメントを再掲しますと、
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
Wikiでは1919年、17歳で渡英したことになってますが、
武相荘公式では1921年、18歳で高校卒業したことになってます。
http://www.buaiso.com/nenpu.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%B4%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E

で、ケンブリッジ入りが
武相荘 1923年(大正12、21歳、1926卒)
Wiki  1924年(大正13年、22歳、翌1925年卒)

公式通りでも2年、Wiki記載通りなら大学入学まで5年の空白期間が
あることになります。この間なにやってたんでしょうねえ。
また、イギリスの大学は2年では卒業できないのでは、とも。

本人も、「当時コネでケンブリッジ大学にて聴講生として入った、世間は
大学を出たとか言っているが高校中退が大学卒業できるか」 とぶっちゃけて
いますが。
参考: http://www.watanabeyukio.com/profile/tugounoiikoto2.html
さて、帰国まで10年も何してたんでしょうねー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

> これからも個人が判断するスタンスで続けて下さい。これは良いサイトです。

ありがとうございます。

徳本栄一郎さんというライターがジローさんについては詳しく調べていますが、
この方は、あくまで「信頼のおける一次資料に裏付けられた事実」のみを著書で
取り上げており、それはプロの仕事として確実に正しい方法であり、非常に
敬意を感ずるところです。

が、一方この白洲次郎という人は意図的に痕跡を消した人生を送っています。
よって当方では、元資料を明示した上で、最小限の推測で実態を描きだす、と
いうスタンスで組み立てております。
 
72. Posted by k_guncontrol   2011年05月21日 16:16
> イギリスなんかは 東洋人差別がありそうな気がしますが 
> ジローさんは 外人風な顔なんで そうみられなかったのか

どこかのサイトで読んだのですが、英国エスタブリッシュメント達というのは
家柄・資産だけではなく、外見/容姿も重視するそうです。

ジローさんのあの容姿とハッタリと資金と、これらが同時に揃っていればこそ
あの中にも入っていけたのかと。
 

73. Posted by 渦   2011年05月23日 11:19
学歴はこの情報で充分です。サイト全て目通してます。
ありがとうございます。
 英国エスタブリッシュメントというのも確かに外見、容姿、持ち物重視する傾向にあります。ビジネスでも。白洲次郎さんの時代ははっきりしてたでしょうが、今はどうかしら。人にもよる。吉田さんもお背も小さく見栄えがしないので、パーティーでは羽織袴だったとか。
 上流とか下流とかの意識もなければ、資産をより多く持つことの羨望も批判もなし。
 ただ住んだ部屋をお身内がお金を取って見せ、飲食をだしたり、グッズを販売なんて、お能の良き理解者だった方の死後の形として哀しい。文化遺産の観光地ではないのですから。無形文化保持者が私に一番憂いていたのが能の「見世物化」せっかく「葬式無用」で退場されたのに、幸か不幸かお二方とも昨今華々しく再登場。
 
 その不可思議さが、キャリアだスキルアップだMBAだと女も男も動かされている時代「おひゃらひゃら」と浮世を離れ長く能に遊んでた人間をこのサイトへ。
 そして今、福島原発。お身内の作られたパンフの「世紀のカップル」という謳い文句の空しさは何なんでしょう。
74. Posted by 渦   2011年05月23日 11:27
「ジローさんの容姿とハッタリと資金」ハッタリと資金の作り方、誰に教わりましたかね。ご先祖とスケール違いますから。
 
外交畑で牛場さん。牛場一族。ここもたくさん情報集まってそうですね。
 
1945年近辺と、白洲さんが亡くなった1985年近辺は特に。牛場さんは1984年亡くなってる。

「戦後最大の政治家」(吉田茂)「戦後最高の駐米大使」(牛場信彦)なんか印籠ですね。20代はもう知らない人多いでしょうけど。
 
白州さんの亡くなる頃のエピソードとか何かありますか?ご病気ですか?
75. Posted by k_guncontrol   2011年05月23日 14:45
> ハッタリと資金の作り方、誰に教わりましたかね。

これは実父・文平さん譲りですね。次郎さんの場合はその資質とノウハウが
当時の政治・社会状況に上手く合致したので、より大きく見えるのだと思います。

> 白州さんの亡くなる頃のエピソードとか何かありますか?ご病気ですか?

一時期体重が100kg近くあったようです。旨いものの食ベ過ぎでしょうね。

76. Posted by 渦   2011年05月25日 18:01
先に載せた武相荘での正子さんの言葉は

「太陽」1991年3月号から
カラー数ページで武相荘の炉辺で鴨鍋囲んで
青柳氏、コピーライターと談笑。

まあ、見世物の武相荘行かずとも、この雑誌一冊にすべてある。「卒塔婆小町」のような正子さんの風貌がなかなか味わい深い。短い会話にご主人のことも。

お能の先生は400年以上続いたお家でしたけど、戦前は三井が生活面全般を負担してくれたそうです。焼星とかの学費も。ノブリス・オブリージュがあった。「戦後は番頭が偉くなって」なんていってましたから
ここでしょうね、番頭。変わってきたのは。

1975年の中央公論「昭和50年特別企画」で作家の黒岩重吾さんが昭和の話題の女性とりあげて、かなり興味深い読み物です。
二人実際に取材というか、直接聞いていて、ケーディスと愛人関係にあった鳥尾子爵の妻鳥尾多江さん、キャンティ川添梶子さん。昭和20年代の中央公論なんて電子になってないんでしょうか。意外な情報あったりして。





77. Posted by 渦   2011年05月25日 18:04
吉田茂さんは健一さんの他に妾腹のお子さんもいらして、もうそっくりでした。英国大使時代は本妻が英国で、2号(っていうんでしょうか)母子はフランスか何か別の国で生活していたって言ってました。貴族とか交流もあってナイフ・フォークの使い方も一般と違うので教わったと。戦中戦後も物資に困らず、戦後はすぐに文部省に職を得たようです。いろいろエピソードありますが。

このサイトのお陰で白洲情報みていたら
もう凄いですね。持ち上げられて。「日本一カッコいい男」「戦後を作った人」「日本人の恩人」なんて言葉まで。そしたらドカンと日本は未曾有の大災害。小さな国に沢山原発背負わされてた。
これが戦後の結果ですよね。

私には白洲さんは「プリンシプル」とか「ノブリスオブリージェ」とかより「任侠」とか
「義侠心」のほうが合う。

ケンブリッジ「大学院途中で日本へ」なんてのもありましたよ。聴講でもエッセー、プレゼンありますからね。かなりの縁故でしょうから、格調高い角帽もかぶれたでしょう。

それにしても憲法学者で英語わかる人いたでしょうに。別にクイーンズイングリッシュ話せなくても、それはまた別の場で活躍してもらえば言い訳で。戦前は優秀な学者いましたから。不・思・議。

それとも90ぐらいの方達が言う「優れた人間は皆戦争で死んだ」「責任もたないだめなのが残った」のでしょうか。

量子のCPができれば、このサイトも一気に核心にいくのでは。これからは「葬式無用」で安心してられませんね。

これでコメント欄から退散します。
長々すいませんでした。
78. Posted by k_guncontrol   2011年05月26日 02:18
> もう凄いですね。持ち上げられて。「日本一カッコいい男」「戦後を作った人」

この辺りの逸話はソースが極めて限られています。
世間を騙すのは意外と簡単だということのいい実例です。

しかも、白洲再評価的な動きは、戦後のある大事件の再調査が一部の人たちに
よって進むのと並行するように出てきてるんですねえ。
怪しいのにも程がありますよ。
79. Posted by 渦   2011年05月26日 11:49
戦後のGHQとの憲法草案に関しても内部の状況白洲一人勝ちのような形にしてますが、鳥尾さんの話は当時の状況が表面的から立体的になります。

そして津波のように押し流されていく華族と、浮かぶ華族(正子さん実家)。

吉田さんも外交官、官僚が作った戦後ですね。牛場友彦氏は近衛秘書官。そしてここにも白洲さん登場で、牛場信彦氏も戦後大きなシナリオに沿って動いています。

牛場氏座長でまるで「死に土産」のように出された雑誌があって、(これは一般書籍では売ってなかったと思います。
 富裕層向けで手渡しだったような。1984年発刊です。当時見てなかったんですが、何しろおひゃらひゃらで本読まない、21世紀に新刊なんて見ません。古書?今見ると面白い。)

ある方が新外交官像としてカラー数ページにわたって。そのお姿私から見るとちっとも「新」て感じじゃないんですが、私生活まで写真撮らせ、家での姿(古い官舎でフルート吹いてます)、外交官ですが法曹界で名を売ってるお姿。そしてその文章の内容。一見の価値。この方どこか白洲氏と同じ匂いがする。家柄、系統まったく違うのに。どこかしら。

その後娘さんが「親子二代の外交官」でマスコミに華々しくデビュー。家での姿撮らせる。もちろん官舎から新築の家。それがあまりにも同じスタイルなので!!です。

娘のその後は皆知っての通り。
父は世界の法曹界の上段で目を光らせ世界平和を願っている・・でしょうか?

法の番人になれば、津波のように戦後の闇は消えるでしょうかね。いや消しちゃうかな。時間との戦いの今。
80. Posted by 渦   2011年05月27日 10:31
牛場さん「置き土産」の雑誌タイトル入れ忘れました。
「コモンセンス」内容は政治、経済、社会と豊富な内容、カラーページ。雑誌社の番地が東村山で、なんとなく1985年は中曽根首相かななんて思って検索したらそうでした。編集顧問は欧米の一級エリート、ブルッキングスとかハーバード。主要5カ国。

白洲さん亡くなられたこの1985年は
田中角栄さんが脳梗塞で言語障害、竹下さんの反旗などもあった年で、私は某ホテルのお茶室でお茶習ってたんですが、エレベーターで一人の時、田中真紀子さんとご主人、初老の叔父様乗り込んできて、真紀子さんは喋り捲りで「もう政治家なんて一人も信用できないわ!」その後信用できない政治家におなりになりましたが。
 その2年後ぐらいか能の先生と雑談していた時、日本の首相はもう決まっているみたいだよ。ユダヤが決めてるんだと。竹下さんに。本当におなりになった

吉田さん、白洲さんの流れが牛場さん、その後は前コメントの方達でしょう。

ちなみに検索で白洲さんの最後は、胃潰瘍、心臓肥大、不整脈、肝臓疾患と満身創痍で入院2日後に死亡。

そうとうのストレスあったと思います。
死後も呼び出され、また誰かに使われてるのでしょうか。


81. Posted by k_guncontrol   2011年05月27日 21:59
> 牛場さん「置き土産」の雑誌タイトル入れ忘れました。
> 「コモンセンス」内容は政治、経済、社会と豊富な内容、カラーページ。
> 雑誌社の番地が東村山で

これ、ネット上に情報ないですね。そういうものは大概怪しいのですが、
住所が東村山ってのは何でしょうか。堤(西武)でも絡んでるんでしょうか。

牛場兄弟というのも実態が良く分かりませんが、どういう役を負っていた
人たちなのでしょうか。
82. Posted by 渦   2011年05月28日 12:45
相当質の良い雑誌でしたよ。お金かけてるし。そりゃそうですよね。編集顧問がブルッキングス研究所理事、ハーバード大国際問題研究所所長、英国王立国際問題研究所副所長、フランス国際関係研究所所長、ドイツ外交政策協会研究所所長等々ですから。今当時の発行人は「ニュートン」出してます。渋谷ですね。でも二つに分かれたようで、東村山で教育関係の受験対策のペーパーテスト会社と、創業40年の本体。「コモンセンス」出してた時期は短かったでしょう。本体は科学雑誌で今は原発テーマかしら。だから、過去の出された本電子化してくれるといいのに。労使紛争かなりきつそうな会社なので余裕ないかな。

 新刊読まないといいましたが、電子化急いで欲しい派なんです。ノマドの時代物持ちたくないんです。ここへきて徳本さん「英国機密・・」工藤さん「近衛・・・」読みました。参考になりました。本は最終的に書き手の主観です。だからguncontrolさんの手法でいいんじゃないですか?何れ量子コンピューターできるでしょう。

 
83. Posted by 渦   2011年05月28日 16:53
戦後の始まりを知るということは、やはり中心にいた個人を知ることなんです。人任せじゃなく個人個人が知るということが今急務。アメリカが悪い、ユダヤがなんていうんじゃなくね。
 吉田さん、白洲さん、それに牛場さん。これは胡散臭いとかじゃなくね。若い人はそれで今後を判断していく。

 牛場さんも一つのカテゴリーになるくらい
今の粗雑なPCでも情報出てくるんじゃないかしら。

 結構戦争通り抜けて戦後大企業のトップとか実業家とかになるって、少なからず怪しい部分あるんじゃないかしら。始まりが始まりだから。例の軽井沢のゴルフ場なんかで○団連とかお偉い人がそばで休憩でお茶してる横顔なんかみると、そう思った。これは日本がどういう男を作ってきたかなのよ。
 これからの子が本当に目標にすべき人間は誰か。初めてジーパンはいた、ブガッティー乗った、美味しいウイスキー飲んでた、もうそんな時代じゃないじゃない。人を感動させる男よね。作っちゃだめなのよ。
84. Posted by 渦   2011年06月23日 14:50
このサイトを入り口として戦後、いや明治からの日本の始まりを知ることできました。感謝。

次郎さん、正子さんという方も知る手立てとなりました。骨董は真贋や目利きの危うさがお金に取り込まれます。別段21世紀に引っ張りだすものでもない。

 下山事件のカテゴリーに足を踏み入れてから、波動が違ってきました。悪が違う。怪しい次郎さんではない。私の中でははっきりしてます。

 日本はピュアな時代に向かっていくべき。
能や古武術は今ある形ではありません。体が大事であり、科学的であり量子的PCにも行き着く。こんなごみになる機械でもなく、カードでもなく単なる指先。古武術も何年も稽古して体や心を縛るものでなく、単純に背骨。一瞬に脳を変えるんじゃないかしら。脳科学なんて難しく理屈こねるものでない。

 20世紀末、「皆日本を見てます」とアジアの友人達。「次は私たち」が現実になってる
 今現在、中国、台湾、インドなどの発展を日常的に直接目にし、肌で感じてます。

 日本は長男の役目といった方がいましが、アジアの方たちには反面教師でもあったでしょう。政治、経済、教育、医療、全てが自前でないだけでなく、驚くほど昔が生きてる。親が豊かさを維持してたからでしょう。今後没落貴族の子が進むべき未来は次郎さんではない。もう実験台はストップしなければ、日本は亡くなるぐらいの臨界点。

 外を見ることも忘れずに。
 
 
 
85. Posted by k_guncontrol   2011年06月24日 00:24
世耕関連で昭和22年3月まで、つまり憲法改正までの議事録をつらつら読むと、
憲法改正〜二次吉田内閣あたりを境に怪しさの種類が変化している様に思えます。

技術的にはより複雑に、より深い闇に好んで突き進んでいった人たちが
結局その後の覇権を得たような。

経済大国=いい国、住みやすい国ではないことが皆もう分かってしまった。
子供や若者の数が多い国が本来あるべき姿かもしれませんが、年寄りばかり
の国でもそれはそれでいいのでは。日本はそういう国の最初の例になれれば
いいのではないかと思います。
 
86. Posted by くれど   2011年07月23日 08:52
甘かったんでしょうね 戦後の状況判断が 負けたら近衛が戦犯になるという話はすでにありましたから

それがあるから GSが主導権をにぎっている状況なんて わからないと そのラインから外れた情報でもそれが正しいとみえてしまう

チョンボ情報であっても 近衛自身が戦犯にあたるという意識がないから なんとかなるとおもってしまう 

それが悲劇を生んだんだと思います
 
87. Posted by くれど   2011年07月25日 08:13
近衛が マッカーサーから切られた理由も
この本を読めば 五郎産の分析では 誰かさんのミスによるもののようです

最近の トンデモ論よりは納得できました
 
88. Posted by k_guncontrol   2011年07月25日 08:26
> 誰かさんのミスによるもののようです

だとすると、表立つのを好まなかったことも納得がいきますね。


「きよ田」での小林秀雄のお勘定は次郎さん持ちだそうです。
http://blog.goo.ne.jp/sikinosyosai/e/ffb20e6ac584a32400d44101c2f4ece5
 
89. Posted by 渦   2011年07月25日 10:01
「戦後最大の」とか「戦後最高の」とか形容された人たちが皆Sさん周辺というのが良いですね
 
近衛さんのお仲間
http://www2s.biglobe.ne.jp/~matu-emk/Konoe.html
90. Posted by k_guncontrol   2011年07月25日 10:24
「戦後最高の関西料理屋」のお代は誰もちだったんでしょうねー。

「戦後最大」程度では、これには及ぶまい。
http://jin115.com/archives/51796361.html
91. Posted by 渦   2011年07月25日 18:45
親鸞妻帯してましたしね〜 もっと色っぽいフィギュアお願いします。これじゃ単なる置物。当時「ぶっ飛んでる僧侶」ですから、どなたか若くパワーあるアニメチック親鸞のフィギュアお願いします。
 彼は我々と次元が違う人なんてことじゃなく、その思想は非僧非俗(生きてることが修行)、親はこの世で偶々出合った乗り船。児童虐待、ネグレクト、子殺し、親殺し、未婚増加と、法や決り事では解決つかない現代こそ必要としてるものですね。
 戒名無用で、寺の仏像を無理矢理借りてきて「白洲展」つまり白洲家の展覧会ってことでしょ?凄い骨董のコレクターでもないんですよ。恥ずかしい。この方が日本人の恩人?・・であるわけ無いじゃないですか。近衛家の美術品は凄い。
92. Posted by k_guncontrol   2011年07月25日 20:11
> もっと色っぽいフィギュアお願いします。これじゃ単なる置物。

ばっさりだー!

次のトレンドは一向一揆か
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/15674
93. Posted by くれど   2011年07月25日 20:32
この 自由党 お勧めです

県立図書館の書庫から取り出してもらって読みました

岡崎勝男とジローさんの対立で 駐米大使がだめになった話とか

なにが反軍だ 鳩山一郎とか

義一先生が電力再編でどう動いたかとか

鈴木商店残党と ジローさんがホテルを作ろうとした話とか

犬養健のバックには誰がいたかとか

たぶん読み方しだいで まだまだ発見があるかも


94. Posted by k_guncontrol   2011年07月26日 03:22
> この 自由党 お勧めです

アマゾンで古本オーダーしました。楽しみです。

http://www.kazokuseikatsu.jp/nabetaku/2010/08/post-10.html
追放中の三浦義一が自由党へ献金していたことが発覚しそうになった1949年6月

これもあって昭和24年7月に下山事件が起こったわけですな。
やっぱり毎日新聞を抱き込んでましたか。
自殺説(笑) 平正一(笑)
95. Posted by 渦   2011年07月26日 11:16
もう宗派ではないです。宗教支配なんてことになりますから。親鸞も利用されたんじゃないかしら。親鸞君という個人の話です
 キリストも「親とは何か、母とは何か」って悩んだ。血縁の限界から外へ。怖いのは家庭も社会も偏った洗脳。時として事件の首謀者になりますから。 
96. Posted by k_guncontrol   2011年07月27日 02:23
宗教もアテになりそうなのが出る気配がないですねえ。
もう仏教伝来以前の日本に戻ればいいんじゃないかと。

弥生か縄文かで言ったら縄文の方が小賢しくなくて好ましいなあとも。

埴輪より土偶ですよ時代が求めているのは。
97. Posted by くれど   2011年10月16日 01:57
http://www.google.co.jp/m/search?sa=2&q=%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%80%80%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%80%80%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96&site=universal
あらすじ検索サイト あたまにスッと入るあらすじ:夢顔さんによろしく ...
2011年1月18日?… ニューヨークに寄った白洲次郎にニューヨークのピーター・ルガーというマスコミ関係者の 集まるクラブにつれて?

ステーキハウスのようですが さて
98. Posted by k_guncontrol   2011年10月16日 17:18
http://www.epochtimes.jp/jp/2009/08/print/prt_d88329.html
ピータールーガー(peter luger steak house)
イタリアンマフィアの時代から今でもスタイルを変えることなくブルックリンで
経営しているステーキハウス。

http://www.epochtimes.jp/jp/2009/08/print/prt_d88329.html
お店の歴史は創業1887年と古く、ルガー家が代々経営をしています。(略)
このお店は昔はマフィアの経営するお店とか言われていて、ちょっと怖くて一人で行く
勇気がありませんでしたが、実際に行ってみると、店内はなかなかしゃれていました。

・・・ブルックリンというとちょっと前までブロンクスと並び治安の悪い街の
代名詞だったような。白洲次郎のパブリック・イメージとは少々異なる何かが
ありそうな気も。ここでいう「マスコミ」もどのようなものだか。
99. Posted by くれど   2011年11月23日 22:31
ネットで ジローさんが のべ 六十数社の取締役をやっていたと出ていたんですが
これを裏どりするには 紳士録以外に何かありますかね
上場企業なら 紳士録でリストアップしたあと 過去の決算報告書で 役員の履歴を見て いろいろ発見できそうですが
これって 東証にいけば みせてもらえるものでしょうか






100. Posted by k_guncontrol   2011年11月24日 02:28
> 六十数社の取締役をやっていたと出ていたんですが

こういうのを 「名義貸し」 とか 「用心棒」 といいます。

過去のものは東証で見られるようです。

東京証券取引所東証Arrowsインフォメーション・テラス
http://www.tse.or.jp/about/arrows/arrows_it.html

東証の周囲は何とも言えぬ怪しい空気が漂っているので
一度は行ってみると面白いかと思います。

胡散臭い空気を満喫したあとは、たいめいけんで食事、というのがお奨めです。
http://www.taimeiken.co.jp/
101. Posted by くれど   2011年11月24日 06:20
児玉センセイは 二十数社の取締役と 風雲の林房雄の 小論にあり
任侠と右翼団体の顧問も 加えれば
ジローさんと いい勝負かな

こういうアプローチもあるんでしょうが だれもやりませんな

102. Posted by くれど   2011年12月31日 02:55
http://books.google.co.jp/books?id=K1ys8J_wm6gC&pg=PA5&dq=%E7%99%BD%E6%B4%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E%E3%80%80%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E5%BD%B9&hl=ja&sa=X&ei=Fvr9TouOL-KImQX28Y2DBg&ved=0CEYQ6AEwBA#v=onepage&q=%E7%99%BD%E6%B4%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E%E3%80%80%E7%9B%A3%E6%9F%BB%E5%BD%B9&f=false

昭和石油監査役就任
103. Posted by くれど   2012年01月22日 05:22
https://sites.google.com/site/suitenkobo/home/peke/peke2

近代デジタルライブラリーから取り出した文章で でてきた方ですが 冷凍事業もやっていたようですが ちょっとひっかかった点があったので ぐぐってみたら この人が出てきました。ジローさんも 冷凍事業に入ってますが 阿片って うまく保管するには 冷凍しておくといいんでしょうかね 
104. Posted by くれど   2012年01月22日 06:04
デジタルライブラリーの文章は 怪文書みたいですが 火のないところに 阿片の煙は立たずと申しますが ニチロ系の会社にいた高畠某という人が海南島で 阿片がらみの仕事をしていたり 日水系の会社にいたジローさんが 里見機関にいた人間と怪しい動きをするのも 阿片の流通という流れに眼を向けると 見えてくる面があります
105. Posted by k_guncontrol   2012年01月22日 14:59
http://ww1.m78.com/sinojapanesewar/opium%20war.html
そして中国における(阿片の)吸飲法は反覆使用が特色である。すなわち
水キセル・アヘンチンキ・煙草と廃物や灰が再利用された。
これだと生産・輸入が限られても、吸飲人口は拡大する。
<引用>

水パイプで吸うということは有効成分が水に溶け込まないということであり、
つまりは水分を凍らせて安定させておく、あるいは水分を排除するという
技術が長期の品質保持に有効だったいうことでしょう。

なにしろお魚屋さんの持ってる冷蔵庫は大きいですからねー。

星一の冷凍技術で最も注目すべき点は、凍らせること自体ではなく、冷凍乾燥
(フリーズ・ドライ)で物質から水分を排除する技術を確立したことにあります。
1925年ごろには基礎技術は確立できていた様です。

http://homepage2.nifty.com/tanizoko/hosi_hajime.html
冷凍製造法の発明−製造界の一代発明 星一著 
阿片事件によって事業としては実現できなかった「冷凍製造法」のPR冊子。
(略)技術的には「凍結乾燥(フリーズドライ)」と「凍結濃縮」を他の分野に
も応用しようというもの。一見突飛に思えるが、どちらの技術も製薬(特に
星製薬の得意としたアルカロイド生成)には必須の、ある意味成熟した技術で
あり、後に星の攻撃の際に言われたようなインチキ発明ではない。
<引用>

星一が追われたのは、その冷凍乾燥技術が阿片製造に有効だったから、
その技術を奪うことも目的のひとつではないかと思われるのですが。
106. Posted by k_guncontrol   2012年01月22日 15:11
ペニシリンは初期、水溶液状では要冷蔵・冷凍だったそうで、
こんな本もあったようです。

「ペニシリンと冷凍」 
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002453374 
「真空冷凍乾燥器 - ペニシリン血漿,血清,ストレプトマイシン,BCG等の乾燥用」
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I10146314-00
いずれも1950年ごろの本のようです。

http://www.tepia.jp/archive/10th/exhibition/touketu.html
凍結乾燥装装置:我が国でも1938年(昭和13年)に初めて児玉、内藤、
渡辺氏らが菌種保存に成功し、1939年に内藤氏らが多岐管型凍結装置に
より乾燥血漿の生産を行った。

また第二次世界大戦中からBCGワクチンとペニシリンの凍結乾燥法が
確立され、1947年に東海真空工業が初めてペニシリンバイアル医薬製造用
凍結乾燥装置を完成させた。
<引用>

参考:バイアル密栓式真空凍結乾燥機
http://www.wako-chem.co.jp/me/support/vial_vacuum_freezedrier/


星一の技術は誰かに奪取され、その後ノウハウは敗戦まで門外不出とされたのでは。
他社が同様の技術を確立するには戦後まで待たねばならなかったのではないか、
ということが上記から想像されます。

現在でも液状のまま保存するにはそれなりの技術が要るようで、
http://www.nacalai.co.jp/products/new/11.html
ペニシリンの力価を長期間保つことができる安定化溶液タイプを発売いたしました。

映画「第三の男」では、オーソン・ウェルズ演ずるハリー・ライムが、水で
薄めた粗悪なペニシリンを密売している男として描かれていました。
おそらく同様の例は日本でもあったことでしょう。

ペニシリンと阿片の共通項は何か。
闇ルートで右から左へ動かすだけで莫大なカネになること。
107. Posted by k_guncontrol   2012年01月22日 15:17
関連:水タバコ/水パイプ/水キセル

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/9013/features.html
(水タバコは)普通のタバコとは違う何かがある、ということですよね。
それは一体なんなのでしょう?
(略)
1. いい匂いがする。
(略)
2. ゆったりとした時間を提供してくれる。
一度水タバコを吸い始めると、結構長持ちします。(略)
3. 適度な脱力感。
これがまた不思議な特徴です。普段紙巻タバコを吸っている人でも、「水タバコを
吸うとくらくらする(注:ここでいう”くらくら”はいわゆるタバコを吸うことに
よって起きる現象で、何か妖しい物質が入っている為に起こるものではありません)」と言います。

この”くらくら”が適度な脱力感を起こし、疲れが染み出る感じがします。但し、
あまり慣れてない人がたくさん吸ったりすると、気分が悪くなったりもするので
注意が必要です。またタバコを肺に入れないで吸うのが適切な吸い方だと言われて
います。
<引用>

水タバコ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E3%82%BF%E3%83%90%E3%82%B3
イギリス保健省などの調査によると、水タバコ一回分の吸引によって体内で発生する
一酸化炭素の量は、紙巻きタバコ1本分で発生する量の約4〜5倍にものぼり、これに
よる脳などへの重大な影響が懸念されるとして、通説では「紙巻きタバコよりも安全」
と見なされがちな水タバコ吸引の危険性について同省や関係機関では注意喚起を
行っている。
108. Posted by  Gong Edo   2012年01月23日 09:37

普通のタバコはただの呼吸で吸っているだけですが、水タバコは肺の力で若干の吸引圧力をかけているはずです。気にもならない程度ですが、吸い込む毒は何倍かになるのでしょう。水がフィルターの役目をしているはずですが、吸引加圧なので、吸い込む量が違うのでしょう。肺に吸い込まないように吸う?というのも変ですが、そのほうが確かに身体には良いはずです。紙巻とは比較にならないくらい濃いはず?だし。

 換気扇の力が弱いと、反対側の面にある窓を少し開けても変りませんが、強力な奴だとぐんぐん入れ替わります。肺の吸引も似たようなものです。パイプを吸うには力がかかっているのです。こんなことではないかと思いますが、違っていたらどなたか解説をお願いします。
109. Posted by くれど   2012年02月13日 00:21
http://onibi.cocolog-nifty.com/alain_leroy_/2012/01/post-42cb.html

徴兵の件です
110. Posted by k_guncontrol   2012年02月13日 00:59
> 徴兵の件です

この引用元、どこで手に入るんでしょうね。PR誌のようですが。
版元でバックナンバーの販売はしていないようですが。
http://www.hihyosya.co.jp/niche/

ここに登場する参謀将校は白洲/辰巳栄一たちとは別口の人で、たまたま
その日、同じ店にいた、ということと読み取れますが、そういう他人も
来るお店で余計なこと大声で言うとはまた無用心な。

  ♪調子にのっちゃだめ〜

こういう経験があればこそ銀座・出井の様な気の利くお店を愛用するように
なったのかも。失敗に学ぶことは重要ですね。関西料理も美味いことだし。
111. Posted by くれど   2012年02月15日 20:49
大沢商会の昭和45年から49年までの 四季報の写しを取りました。

単純にブランド物の輸入商社と思っていたんですが、ハイエンドの商品の輸入商社
112. Posted by くれど   2012年02月15日 21:03
から始まり 一般消費者向けにシフトしていったようで、いまでも工場で 日本語マニュアルなしの機械を使っていることがありますが そのレベルの商品を扱うのが最初の仕事だったんでしょうかね

時計 写真 宝石も扱っていましたが 自動車部品の比率が 当時は意外に高かったようです 車はあまりわからないのですが
独立系商社で 部品というのは珍しいような気もしますがどいうでしょうか?


主要銀行は 東京 埼玉 三和 神戸 第一なんですが イメージはできるんですが これでメインバンクがないというのはどういうことでしょうか?
113. Posted by くれど   2012年02月15日 21:25
鹿島 シェル 月桂冠から 取締役がでているんですが これはどういう形で考えればいいんでしょうか?

写真 カメラ系では この当時は売り上げは2割程度だったようですが、この範囲の投資なら 果たして 倒産のメインの理由になるもんでしょか?

これから 四季報も倒産時まで 写しを執りたいんですが 数字はどこを注意すればいいんでしょうか

114. Posted by k_guncontrol   2012年02月15日 22:26
> 独立系商社で 部品というのは珍しいような気もしますがどいうでしょうか?

これは戦前からやっていたようで
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052783/44

> 主要銀行は 東京 埼玉 三和 神戸 第一なんですが 

これらの名前を見る限り、財閥系銀行(三井/三菱/富士/住友)がありませんね。
中央財界における大沢の位置付けはそんなに高くないということかも。
(なにしろ出自が町の有志ですからねえ)

メインバンクがないというのは、目先の運転資金を貸してくれる銀行はあっても
大型融資に応対してくれる銀行がない、ということの別表現かもしれません。

以下の金額が四季報で分るか、ちょっと見て下さい。

1)総資産の額
2)資本金の額
3)有利子負債の額
4)株主資本の額と株主資本利益率 (※昔は記載がないかも)

四季報の数字はざっくり過ぎて、大沢のように飛ばし前提の場合あまり参考にはならないのですが、一応上記をピックアップして下記を計算してみて下さい。

A) 借入金依存度(%) = 有利子負債÷総資産
 目安:25%以下は優良、50%超は要注意。
 ※上場企業平均は40%ですが、上場企業は装置産業が多いので参考にはならない。

B) 自己資本比率(%) = 株主資本÷総資産
 ※株主資本が記載無い場合、(総資産−有利子負債)÷総資産 で計算。
 目安:50%以上は優良、25%以下は要注意。

これで優良な数字が出れば、むしろ怪しいと言えます。

また、次の点に注意してみて下さい。
 ・主要株主名と取引銀行名は重なるか。
 ・コメントではどのような状況と評価になっているか。
  (歯にものの挟まったような表現とか、何か手加減が感じられないか)
115. Posted by k_guncontrol   2012年02月15日 22:50
> 鹿島 シェル 月桂冠から 取締役が

いわゆる用心棒ではないでしょうか。大沢も月桂冠も京都関連です。

ヒント: 〇津〇鉄、〇和
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/lifework/1323518572/
これのレス2、こういう方面との窓口とでもいうか。
対応を誤るとグリコのような目に合います。

月桂冠は三代家光の頃創業の老舗です。こんな怪しげな会に入会が認められてます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%8E%E3%82%AD%E3%82%A2%E3%83%B3%E5%8D%94%E4%BC%9A
日本で加入できる会社は 「月桂冠、赤福、法師、岡谷鋼機、虎屋」 の5社のみだそうで。

鹿島・シェル出身者は有報で経歴を見ないと何とも云えませんね。

> 写真 カメラ系では この当時は売り上げは2割程度だったようですが、

既存メーカーのカメラを売るだけならいいですが、倒産原因は3代目が自らヨーロッパにカメラ工場を建て、それが上手くいかなかったという話のはず。

そのヨーロッパの子会社は大沢本体の決算書からは外してあるので四季報からは読み取れないです。(有報でも読み取れるかどうか)
 
116. Posted by k_guncontrol   2012年02月15日 23:18
近デジより

財界楽屋新人と旧人(大正13)
京都商議副會頭 大澤徳太郎 謹直な英國式紳士、親父善助とは正反對 
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/972082/85

名士奇聞録(明治41) 大澤善助の奇策債鬼を追拂ふ
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778790/67
借金返すために時計工場を始めたとありますが、さて。


回顧75年 大沢善助 (※大正13、自伝)
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/4

(同上)
江戸末期、公家華族が人足の引止めのために自邸内に賭場を設置し、
それを侠客・大沢清八(後の養父)が仕切っていたようです。
小鉄さんも子分だったとか。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/4

17歳で大沢清八の養子に
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/43

若い頃、養父の賭場の胴元を任されていた様です。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/3

大沢家から家出し、米商人から米相場師へ (その後、家に戻り普通の米屋に)
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/47

疎水事業、府議などを経て明治24年(37歳)、時計製造を開始。
疎水で得られる電力が時計製造に使えることに気付いたことがきっかけ。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/65

38歳で時計事業は息子(当時16歳)に任せ、貿易業と電燈会社を開始。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/73

55歳で完全に後を譲っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/4

117. Posted by くれど   2012年02月16日 07:26
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E6%A1%82%E5%86%A0_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)

ここにでてくる会長さんの、先代の大倉治一さんという方が 取締役にはいっています。
月桂冠の卸をしていたのが、明治時代から最近まで 明治屋ですね

あと 永山時雄と渥見健夫  川喜多長政 そして一期だけですが 宮沢喜一が取締役にはいっています

監査役に 倉石治七郎という人がはいっていますが この方は 日本生命か 第一生命出の方のようです ちなみにこの2社がメインの株主ですね、銀行は四季報の株主欄にはないですね
118. Posted by 渦   2012年02月16日 13:02
>こんな怪しげな会に入会が認められてます。
 本当に。でも酒屋さん現社長の経歴から見るとありですね。元第一勧銀。元為替ディーラー。京都経済同友会幹事。
 IT関連の大規模な会合は京都多いですが、前出した能の片山家の役員に京セラ稲盛氏と共に入ってますから、「京都は皇室共々経済もしっかり締めておりやす」です。
 能の演目に「三輪」と言うのがあって
なかなか格式あります。片山家が作ったんですが、ここで在京の囃し方参加。これは大倉流なんです。この大倉と関係あるんですかね。
 
 京都御所の近くには知り合いの伝統技術持った知り合い達が住んでるんですが
「正子さんも後年は随分能に入れ込んではりましたな〜」となるんですが、さてそれは単に文化保護だったのか。専門家差し置いて生誕100年祭で一人勝ち。夫も偉人として一人勝ちに。20世紀は本当に怪しい時代でしたね。
119. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:03
> 先代の大倉治一さん

http://bs.doshisha.ac.jp/download/files/business_case1/07-03-Kawaguchi_Fujimoto-FINAL-DBC.pdf
1902(明治 35)年 ハワイを皮切りに海外輸出開始。
1905(明治 38)年 勝利と栄光のシンボル「月桂冠」を酒銘に採用。
1909(明治 42)年 最初の醸造技師招聘、「大倉酒造研究所」を設置、
            醸造法に科学的技術を導入。ビン詰工場新設。
1915(大正 4)年 明治屋との販売契約締結
1927(昭和 2)年 「株式会社大倉恒吉商店」設立。大倉恒吉が社長に就任。
            冷房装置付鉄筋コンクリートの酒蔵「昭和蔵」竣工。
1944(昭和 19)年 「大倉酒造株式会社」に社名変更。翌年、第 12 代大倉治一(1899〜1990)が社長に就任。

「月桂冠」というのは古代ギリシャで勝利者を讃えるシンボル。それを社名に付けるというのは、老舗の酒蔵というイメージから大きく異なる。

「明治期の日本酒には防腐剤(サリチル酸)が広く使用されていたが、恒吉は人体にとって危険性があると指摘されはじめた防腐剤を使用することに抵抗感を抱いた。そして、防腐剤を使用することなく酒を腐敗から守るにはどうしたらいいのかと考えた恒吉は、醸造技師を招聘し、酒造りに先端技術を導入することを思いついた」

「その当時の酒造りは非常に辛い仕事であり、しかも、そうして汗水垂らして造った酒が夏には次々と腐っていく。そのとき、杜氏たちは故郷に帰ってしまうからいない」

※そもそも日本酒は腐敗するのか。
http://noixmiel2.exblog.jp/9345128/
そうです。ちゃんと作られた純米酒は微生物の働きにより劣化しないのです。
120. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:06
第11代・大倉恒吉の時代
「明治 40 年、大蔵省から鹿又親という技官が来た。そのころ 11 代目(大倉恒吉)は 30 代半ばになっていたが、大学を出たばかりの若い技官の話に熱心に耳を傾けていた。自分が酒造りを経験しているからこそ、技官の話がよくわかる。普通の蔵元と違って、科学的な酒造りの話も理解ができ、技術というものに対して、誰よりも早く目覚めたと思います。
(略)
月桂冠最初の醸造技師である濱崎秀が東京帝国大学より招聘された 1909(明治 42)年、月桂冠は大倉酒造研究所を設立した。そして、その 2 年後には防腐剤なし日本酒の商品化に踏み切った」

「その時期の月桂冠における技術蓄積は、戦後の当社における四季醸造技術開発の土台ともなった。また、大倉恒吉は先祖より受け継いだ伝統を大切にしながらも新しい挑戦を厭わなかった」
121. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:07
第 12 代・大倉治一の時代
「お父さん(大倉恒吉)とわし(大倉治一)は違う。お父さんはお父さん、わしはわしの考えでやってゆく」ときっぱりでしたね。12 代目(大倉治一)は東京商大(現在の一橋大学)を出て、「会社とは何か?」ということを深く考え研究していたからこそ、お父さんとはまた違う路線を歩もうとされたと思いますね」

「360 年前に創業したときの月桂冠は四季醸造でした。年季奉公の番頭と丁稚とで酒を造っていた。まだ杜氏や蔵人なんていません。幕府の命令で酒造りは冬だけになったから、酒屋はすべて杜氏や蔵人という一季奉公になった。年季奉公に戻したらいいのではないか。要するに、年間雇用の社員が酒を造ればいいのではないかと思った」

※大倉恒吉/治一は職人集団の頭というより、近代的な経営者ということ。
 大倉治一は世代的には次郎さんとほぼ同年代。

杜氏のような扱い難い職人集団を(悪く言えば)切り捨てていくことで大規模酒造は発展した。吟醸だの本醸造だのという言葉が一般的になったのは1990年代以降。すでに明治には日本酒は間違った道を歩み始めていた。

この資料によれば、戦後すぐは原料米が入手できず、ソースなどを作っていたが朝鮮戦争景気で復活したとある。野田醤油みたい会社かも。

122. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:08
Wikipediaで杜氏の項を見ると、月桂冠社史とは何か不整合感がある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%9C%E6%B0%8F
明治時代に政府が醸造業の近代化を図ると、杜氏集団もそれに見合うように組織を改編していった。酒蔵が多い地方には、杜氏集団の出先機関のようなものを設置し、杜氏の空きのポストが出ると、すぐに同じ流派から次の杜氏が入って、その蔵の酒造りが途絶えないように、そして、その蔵の味が変わらないように、斡旋や仲介をほどこした。また、それぞれの杜氏集団も、杜氏組合を設立し、雇用の安定や情報交換の場を持つようになった。

日本が近隣諸国に植民地を拡大した昭和初期には、いわゆる外地(本土以外の地域)で日本酒を製造できる人材の需要が非常に高く、多くの流派はそういう地へ杜氏や蔵人を派遣した。とくに杜氏は人的需要が間に合わず、出張というかたちで各地の酒蔵を転々とし、現地の人材を指導して回ったりしていた。朝鮮、満州、台湾が主な行き先であったが、遠くシンガポールやブラジルにも派遣された。

しかしこのような昭和初期の隆盛が、ひいてはのちの戦中戦後の災禍により、多くの人材が本土の内外で失われる悲しい結果を生んだともいえる。戦後に日本酒業界の復興がほかのアルコール飲料業界に比べて遅れた一因として、このときの人的損失が深く響いていた。
123. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:34
> 永山時雄と渥見健夫  川喜多長政 そして一期だけですが 宮沢喜一が取締役に

これは次郎さんルートの用心棒ってところでしょうね。
さて次郎さんは何故そこまでして大沢商会を守らねばならないのか、そこが不明。

> 日本生命か 第一生命出の方のようです ちなみにこの2社がメインの株主ですね、

一応、お目付け役として株主代表の監査役はいたが、銀行出身ほどは財務管理が出来なかった、ということでしょうか。

おそらく戦前〜昭和30年代まで、初代と二代目が築いた資産とビジネスモデルで経営のやりくりが問題なくでき、銀行と深くつきあう必要がなかったのでしょう。銀行の立場からすれば、カネを借りてくれない相手に人を出したり知恵を出したりしてやる必要は無い。

昭和40〜50年代あたりで一部の富裕層向けビジネスより一般層向けビジネスの方が大きな流れになったが、育ちのいい2代目と3代目では一般層向けビジネスが上手く構築できなかった。それまでの成功体験しか知らないので、まともな経営プランと判断が社長以下だれも出来なかった。これが売上げ不振につながり、その挽回のため3代目が新規事業として自社ブランドのカメラ事業を考えた。しかし結果は裏目に。

商社と商形態は装置産業と違い、商品の流動性が高いので、数年単位の融資に対する担保設定がしづらかった。それゆえ(旧財閥系)大手銀行は長期大型融資を見送ったということも考えられます。

高杉良 「会社蘇生」 ほかに、三代目が欧州カメラ会社の資金をどこから引っ張ったかは書いてありましたか。あまり記憶がないのですが。調達先は国内財閥系大手銀行ではないでしょう、海外の怪しい銀行からでも引っ張ったんじゃないでしょうか。

まだカネのあるうちであれば大手銀行も長期大型資金を貸してくれたかもしれないが、後の祭り。
124. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 13:48
http://www.ritsumei.ac.jp/~matumura/keieizaimu/2006/za11.pdf
大沢商会の資金運用表
基本的には売り上げ不振であり,売上債権(とりわけ子会社への売上債権)増は押し込み販売を暗示しているし,棚卸資産の増加は販売不振=在庫増であり,未収入金の増加は関係会社への商品以外の物件の「押し込み販売」であり,そのため資金繰りは苦しく買入債務を増やしたり短期借入金を増やして資金繰りをつけているわけです。

Q.赤字でも倒産しないのはその企業の経営者の手腕?
A.赤字にしてしまったのですから,経営者の手腕は疑わしいので,メインバンクなどから経営者が派遣されてくるかもしれません。
 ※引用注:永山/渥見/川喜多/宮沢などを招いても経営アドバイスが出来るとは思えません。

Q.関係会社売掛金が増えるのは,子会社から在庫を買い取ったということ?
A.逆でしょう。子会社に在庫を売ったということです。

Q.大沢商会ではメインバンクを持たなかったから融資を受けることができなかったために,関連会社に在庫や有価証券を売りつけて資金繰りをつけた?
A.その面もあったと思われます。メインバンクが資金繰りをつけてくれたら,何とか持ちこたえたかも知れません。ただし,本業の活性化を伴う必要がありますが。
<引用>

※引用注:
欧州カメラ会社向けの 「長期借入金」の詳細はこの資料でも不明。
すでに赤字体質に陥っていた大沢のような会社に、「ヨーロッパのカメラ会社を作る資金を貸してあげましょう」 などという金融機関は、あからさまに怪しいと云わざるを得ない。
125. Posted by くれど   2012年02月16日 22:23
http://kingendaikeizu.net/seizi/kisidahumio.htm

大沢商会でも マリン事業をやっていたんですが ジローさん 岩田幸雄 宮沢喜一とつなげると この人脈がうかびあがってきます
126. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 23:43
人脈などのコネクションという観点で見れば、当時の大沢商会ほどの規模と歴史がある企業が三井/三菱/富士/住友の4銀行、いずれとも関わりが無い、というのが何といっても一番奇妙です。常識では有り得ないと言ってもいいレベルの話です。

某次郎さんの様に親がやくざ者に限りなく近いような人が、これまたやくざルーツの大沢商会に近いことは納得がいきます。

しかし二代目以降、お上品なビジネスで大きくなっていった商社が旧財閥系銀行と関わりを持たない (憶測すると財閥系から「避けられている」) というのは、何か理由が過去にあるはずです。今まで表に出てきていないし、これからも表には出ない暗部が存在したと考えるのが妥当ではないか。

・月桂冠が欧州の得体の知れないギルドのメンバーであること。
・その月桂冠から取締役を迎えていること。
・両者とも京都地盤であること。
・大沢は欧州ブランド品を扱う商社であったこと。

善助回顧録 p.136
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1052704/98
明治37年 自宅および時計工場が火災に遭う。
明治38年 日露戦争の最中、徳太郎を欧米へ派遣していること。

・日本に対ロシア戦の戦費を貸してくれたのはどういう筋だったか。
・時計の本場スイスは、怪しい金融の本場でもあること。
127. Posted by k_guncontrol   2012年02月16日 23:57
メモ:
大澤善助 1854生まれ
白洲文平 1869 〃
 徳太郎 1876 〃
   次郎 1902 〃
   善夫 1902 〃

ちょっと勘違いしてましたが、会社潰したのは4代目ですね。
4代目の名前がググってもヒットしないのですが、名前は何でしたっけ。

文平さんが綿糸商人だったころ、大沢は綿布の輸出を行なっていました。
http://www.josawa.co.jp/company.html
・自社時計工場稼働と並行して輸入時計も扱いを始めている。
・大正10年には舶来時計のトップ商社

三代目善夫は検索ではJOスタジオの話ばかりヒットしますが、この時期商社業の方は誰が切盛りしていたんでしょうね。これも情報がない。(JOが東宝の源流であるから川喜多長政とのつながりに不思議は無い)

大沢倒産のとばっちりを受けた元取引先の方(香港資本で働いていた様子)
http://nna.jp/free/interview/gunzou/gunzou03.html
 
128. Posted by くれど   2012年02月17日 00:13
http://blog.livedoor.jp/a30a988/?p=21

清川虹子の元旦那がおもしろい
129. Posted by k_guncontrol   2012年02月17日 01:37
昔の芸人はオフィシャルとプライベートの境目がなくて素晴らしいですね。

ちょっと前の週刊文春で浅香光代がAKB48に苦言を呈する、という小記事があったのですが、
http://www.j-cast.com/2012/02/12121895.html

上記には引用されていませんが、

「あ、若いんだから肌や下着見せるのはいいのよ、どんどんおやんなさい。
 私だって若い頃は腰巻見せて人気者になったのよ」

という発言があり、さすが芸歴の長い人は良いことを言うなあ、と感心しました。

清川虹子の自宅であった話
http://randomkobe.cocolog-nifty.com/center/2010/03/post-ddec.html
価値観とか面子の基準が一般人と明らかに異なっていて素敵です。
130. Posted by 渦   2012年02月17日 09:47
>次郎さんは何故そこまでして大沢商会を守らねばならないのか、そこが不明。

 本当に「戦後を作った男」なんじゃないですか?それが誰の為かですよね。国民じゃない。トップですよね。トップの金庫。そして欧州の誰か。政治家にもなれず、表舞台でも活躍できなかった。ちょっとした肩書きは貰えましたけど(電力も大沢も「会長」っていうのが良いですね)どの写真も「嫌になっちゃうな」って顔。先祖からやくざがかった人、脛に傷持つ人、女性に好まれるタイプはピックアップされる。9:11の時の首相とか。ご高齢で働かされてる都知事も?
 
 今も日本の婦女子洗脳は簡単
http://naomiangel.exblog.jp/15731732/

 そして今何故か都心に欧米のチョコと時計が返り咲き。どういう方達が輸入販売でしょう。
 
 

131. Posted by 渦   2012年02月17日 10:01
杜氏は日本の食文化。番町で関東大震災、東京大空襲経ても残った白塀、石垣。石の選定から凄い建築技術。もう日本も人口少なくなる。量より質の時代。
 
 酒の月桂冠、建設の鹿島。戦前、戦後どうやって大きくなってきたか。
 前のコメントで鹿島の奥様達が習って京都の観世流というのは、勿論社員でなく上。
 
 http://ameblo.jp/antibizwog/entry-11089234073.html

「ほぼ4世代、1世紀にわたる136人は、1世代平均30人余りが利権の為に集まってきた物語である。やはりこれは異常で特殊な集団世界である」殿も利権に動く。
「マルコス一族より根が深い」

 一般人に白洲本を買わせ、「始まった、始まった」の妻は日本文化の源流を訪ねてと言いながら一体何をしていたのでしょう。風光明媚だった日本はいつの間にか原発と自衛隊駐屯地だらけなり。何者だったかおわかりでしょう
 
132. Posted by k_guncontrol   2012年02月17日 17:11
> そして今何故か都心に欧米のチョコと時計が返り咲き。

国内時計市場に関する調査結果 2011
http://www.yano.co.jp/press/pdf/869.pdf
2010年主要分野別では、国内ウォッチ市場の約7割を占めるインポートウォッチ市場が
緩やかに回復、国産ウォッチ市場も 2009 年の“2 桁割れ”から一転、プラス成長へ

・・・国産ウォッチはシェアの3割しか無いんですね。
時計はセイコーとシチズンがあれば必要充分な量が供給できそうですが。
銀座の空襲では和光だけしっかり焼け残ってましたが。

133. Posted by k_guncontrol   2012年02月17日 17:12
> 今も日本の婦女子洗脳は簡単

長い年月をかけて簡単に洗脳される層を作りました。

1969 人口問題審議会中間答申
    「人口の先細りをふせぐために出生力の回復が必要。
     政府はそのための社会開発を強力に推進せよ」

40年以上も前に高齢化と年金制度の破綻は予測できたわけです。
ここから何もしないで、

1986 男女雇用機会均等法
1988 出生率の動向と対応に関する件 −−この時点でも対策なし。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/112/1476/11204251476006c.html
1999 男女共同参画社会基本法

結果、こんなありさま
http://blog.livedoor.jp/ranisoku/archives/67309125.html
http://blog.livedoor.jp/misopan_news/archives/51805377.html
http://ajikorisokuhou.blog.fc2.com/blog-entry-218.html
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/8241188e889a740de97d7ed9d2b9be50

終戦直後の人口が7200万人。これでも当時の農業と産業で養いきれるかと云われた。
http://shouwashi.com/transition-overallpopulation.html

もう水道・道路・電気・ガス・治水といった社会インフラは充分あります。
住宅、特にマンションはどう見ても供給過剰。いつ値崩れを起こすか。
普通に3食たべるだけなら、それほどの金がかかるわけでもない。
8000万人くらまでは減っても問題ないのかも。
134. Posted by 渦   2012年02月18日 10:10
金、金の未婚女性には、「世紀のカップル」なんて現実にはいないって言えば?自然体で生きよですね。
 尊敬できる親であればあるほど、「私の親は世紀のカップルでした」なんてまともな神経で親の住んでた家をお金とって見せるなんてあなた出来る?」って聞いてみれば。この原発だ児童虐待だって言う時代に「私は隠れ里で骨董三昧です」なんて人間がいたらそれは狸。
 キリストの顔だって、言われてるよう細面でなく丸顔のひげの濃い男って出てきましたよね。
 今後ITが進んで、偉人と言われてた人の全容が一気に出るんじゃない?お上か
ら下々まで。
 ヒヤァ〜って価値観とか全てが引っくり返る。
 モノ作り大学とか少子化担当大臣とか男女共同参画委員とか維新の会とか。「その人を見よ」ですね。
135. Posted by k_guncontrol   2012年02月18日 15:29
> 「私は隠れ里で骨董三昧です」なんて人間がいたらそれは狸。

隠れ里というのがどのようなものか実情が不明ですが、そんな閉鎖コミュニティに
いいところの奥様が入っていける、ということに違和感を覚えます。

「隠れ里」という耳に心地よいコミュニティの実態は何なのか。

最近、「隠れ家的」なカフェ、ダイニングなんてのが人気あるようですが、
この手は案外と暴力団のフロント企業だったり、というのもあるそうです。

http://www.tackns.net/word/kakurega.html
「隠れ家的」「大人の隠れ家」「隠れ家風」等と、自ら「隠れ家」であると主張する飲食店が氾濫している。
(略)
ちなみに雰囲気の良い飲食店が多いことで知られる東京・青山の地名をキーに「Google」で「青山の隠れ家」を検索すると、実に43件も見つかる(2002.10現在)。なるほど青山は隠れ家のメッカというわけだ。
<引用>

あら、なんかつながりますねー。

例:
http://r.tabelog.com/tokyo/A1306/A130603/13102319/dtlrvwlst/2961657/
青山の隠れ家ライフスタイルサロン&カフェ。自然派ご飯に感動!

近所に住んでいるのでお散歩の時に発見しましたが、普通には
絶対にわからないような場所にあります。

そのため、とても素敵な場所なのに混んでないところが◎
あまり人に教えたくないカフェです(笑)

・・・客が少なくて経営が成り立つというのは何でしょうか。
136. Posted by 渦   2012年02月20日 11:32
カフェに限らず、富裕層っていうか2代目、3代目あたりがやってます。カッコつけた店はすぐ消えてはまた出来る。それが青山。
 随分昔から青山墓地移転って言う話ありましたが。 
一番多く土地持ってるのは誰か。

>「私は隠れ里で骨董三昧です」
 これの現在進行形は
>「ほぼ4世代、1世紀にわたる136人」
 に入っている元総理。妻はボランティア?
 赤十字、日本ユニセフ、盲導犬協会
  長きに渡る利権で蓄財はかなりでし ょうから、今度震災がきた時は、一般 人がこれらから寄付してもらいましょ う。

盲導犬協会
>http://www.moudouken.net/about/article.php?id=11
 初代理事長迫水久常氏が設立。
めったに公務に出ない皇太子妃も訪れ犬をお抱きに。それで犬の手でお手振りですね。
 女優、菊川怜も広告塔。なるほど。
137. Posted by くれど   2012年06月27日 00:53
今週は ジローさんのお墓詣り

にいってきます

兵庫県立図書館で資料あさり

児玉センセイもそのうちに
138. Posted by k_guncontrol   2012年06月27日 04:22
そういえば先週だか今週だかの週刊新潮に児玉先生の生前葬の写真が載ってました。

関連:
http://blog.livedoor.jp/santama55/archives/65976126.html
色々な人のお墓参りが一度にできます。
139. Posted by くれど   2012年06月29日 20:05
http://blog.livedoor.jp/junksai5/archives/10277417.html

CSSをいじくりましたが まだですね
AAが2頭身?キャラなんでなんとかみられるところでしょうか?

三田は山の中でした。ジローさんのお墓は質素なところでした 兄貴は昭和19年に死亡 妹は2人とも 長命だったようですが 白洲名ですね 嫁にいかなかったんですかね?

文中にも書きましたが 微妙な寺です
140. Posted by k_guncontrol   2012年06月29日 21:26
> CSSをいじくりましたが まだですね

ちょっと行間ピッチが長いようでAAが間延びしています。
あとHTMLタグがテキストに化けて表示されています。

> 兄貴は昭和19年に死亡 

これ、イギリスの貧民窟でどうこうの尚蔵さんのことですよね。
公式本では随分若くして亡くなったような印象を受けますが、昭和19年となると
尚蔵さんは47歳くらいの筈です。しかも政治/社会的には相当微妙な時期です。
このあたりも公式設定には何か操作がありそうな。

> 妹は 嫁にいかなかったんですかね?

これも未だ材料の出てきてない何かがありますね多分。
尚蔵さんの死と嫁に行かなかった妹二人、なんらかの関係があるのでしょう。
単純に想像すると兄の介護。たぶんそういう単純な話ではなさそうな。

謎のつきない御一家です。
日本のお墓は質素だけれど、案外イギリスの郊外あたりに立派なお墓があるとか。
141. Posted by くれど   2012年08月23日 21:40
この前 牢人 三浦義一を見つけて 読んだ 東京都立図書館の検索で 大沢商会の社史を 見つけました

ちょっと前に 復刻版の真相を読んでいたら 当時は 密輸の 時計 カメラが多かったとのこと そのへんとの関係や いかに

近日中のお休みに 行ってみたいと思うんですが 他に どのへんを注目するべきなんでしょか?
142. Posted by k_guncontrol   2012年08月24日 01:32
> 当時は 密輸の 時計 カメラが多かったとのこと

宝石/貴金属/時計/カメラというのは割りとワンセットな品で。

銀座〜新橋に出所不明のダイヤが多数出回っていた、という話がありました。

http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50411142.html
「ある場合においては百万円に近いところのダイヤが店頭に飾つてあつて、銀座から新橋へかけて相当貴金属商がありますが、大体当委員会の調べた結果におきましても、莫大なダイヤがあります。そのダイヤがどこから流れて来たかというそのルートについては、多大の疑惑を持たざるを得ない実情です」

金銀運営会の下部組織とおぼしき、(社)金銀製品商連盟は時計・貴金属商の団体と言う話でしたねー。

闇市に旧財閥からさまざまな商品が流れ込んだように、「密輸品」とされた時計・カメラも案外元を辿ると正規輸入品でした、という可能性は充分考えられますね。

なお、「社史」というのは都合の悪いことは書いてありませんので、ストレートなネタは出ていないでしょう。どんな子会社・関連会社が設置されたかが分ると結構面白いと思われます。
143. Posted by 渦   2012年08月24日 11:35
この間までマラッカ海峡を眺めてたんですけど、神戸を思い出して、昔の外国人居留地区ですが、トアロードの上。中華系マレーシア人は馬六甲(マラッカ)と漢字充てたみたいです。
 
> 兄貴は昭和19年に死亡
こんな調べればすぐわかることも脚色されてたんですね。日本でですかね。

 サイト継続は力なり。捏造ではない過去の掘り出しは大事です。皆何かメールも覗かれてますし、フェイスブックね〜。友人とは何か。基本を忘れると利用されます。世の中に絶対はない。
 http://shupla.w-jp.net/datas/flash/FB_ipyou01.html
 日本は名も無き人の力で大きくなった。名も無き人がアジアの信頼を築いた。中国人、台湾人の友人います。名も無き個人の信頼が大きな力になる。

随分「渦」はコメント出してたんですね。
>「隠れ家的」
 元祖はここらあたりからですね。
http://tate.32ch.jp/shosai/kenkai.htm
「このナンバープレートは・・?」から入ってください。今も昔も情報の要。


144. Posted by k_guncontrol   2012年08月24日 21:26
マラッカ海峡は未だに海賊が出るそうですが。

何故か日本財団が注意を呼びかける。
http://www.nippon-foundation.or.jp/org/news/2005605/2005605.html

145. Posted by くれど   2012年08月24日 21:36
樺山伯は 可愛い娘の結婚相手の身元調べを
行わなかったのか?昔は親族に?という人がいると
本人は良くても ダメになる話もあったと思うんですが 

これは とても不思議

146. Posted by k_guncontrol   2012年08月25日 00:21
調べなくても良ーく知ってる相手でしょう。
次郎さんのことも子供時代から知ってるんじゃないでしょうか。

正子ちゃんが生まれた前後の時期のエピソード
  ↓
樺山愛輔年増に怒らる
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/778790/224
147. Posted by くれど   2012年08月30日 17:26
http://www.kirari-tech.metro.tokyo.jp/success/example/
進駐軍に人気のキヤノンカメラ
終戦後のカメラ産業を販売面で支えたのがアメリカ兵を中心とする進駐軍であった。
カメラ好きのアメリカ兵たちにより、日本製の高級カメラの性能のよさが口コミで広
がり、キヤノンには頻繁に問い合わせの電話がかかってきた。
銀座にサービスステーションを設置したり(1946年10月)、CPO(Central Public Office:
進駐軍中央購買局)に直接納品する契約を取り付けたりなど、キヤノンは先見の明と
行動力を活かし、全国のアメリカ軍の基地内の売店(Post Exchange)でキヤノンカメラ
が売られるようになった。進駐軍のキヤノンへの支払いは円であったが、
進駐軍はドルで円を買うので、結局輸出と同じことが起き、戦後日本の外貨獲得に貢
献した。キヤノンのカメラの販売台数は、1948年には3,624台、49年には5,988台となった。
148. Posted by k_guncontrol   2012年08月30日 18:06
> http://www.kirari-tech.metro.tokyo.jp/success/example/

これ、他サイトでは随分ニュアンスが異なるようですが。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A4%E3%83%8E%E3%83%B3
※ここには御手洗の名前もX線カメラ云々も出てこない。

http://www.miray.tv/colamu/hitorigoto/leica3.html
ャノン戦前型は、いくつかのバージョンがありますが、陸海軍に正式採用されましたが、戦局の悪化により、割と早い時期に生産停止に追い込まれます。その後は、逆に日本光学の下請けとして終戦を迎えます。

http://ha1.seikyou.ne.jp/home/sarusuberi/nikon.htm
(ニコンは)第2次世界大戦直度、25,000人いた従業員の90%を解雇、戦時中、民間用のハンザキャノンに供給した事のある、 写真用レンズメーカーとして再出発する事になった。 この時、解雇された技術者の一部がキャノンに採用されている。

昭和25年、経営は安定せず、ストライキなどを経て再びリストラを断行、従業員は1,500名弱までに減る。

・・・さてニコンとキャノン、どこで差がついたか。
「CPOに直接納品する契約を取り付け」
この辺りが怪しそうです。

「翌1946年10月、一眼式連動距離計搭載の新型カメラ「S況拭廚鯣売した。価格はレンズ付きで20,940円」

・・・これ、今なら一台500万円てところです。
米兵相手の円ドルのレート差を前提にしないと成り立たない価格設定です。
149. Posted by k_guncontrol   2012年08月30日 18:07
http://nagoya-toujikikaikan.org/gyokai/gyokai_8.html
(戦後の名古屋の陶磁器産業の復興は)最初はGHQのCPO(PX用)の注文から始まりました。
(略)
アメリカではディナーセットは非常に貴重なもので、庶民にはなかなか持てない物でした。
それが日本に来ると戦後のことで、非常に安い。おまけにこれらの兵隊向けの土産品は
輸入税が掛からないので、93ピース換算で、30ドルか40ドル(1万円〜1万4〜5千円)で買えたのです。
月に100から200セットは売れていました。
(略)
CPOの管轄地域は極東米軍の守備範囲の各地で、ハワイからグアムなども含まれていたようです。
150. Posted by くれど   2012年08月30日 20:14
大沢商会の社史では 24年11月に 銀座の東京支店内で メイズ オブ トーキョーという ドル建てで 時計 カメラ 音響機器の進駐軍向けの小売りを開始 これが 最終的に 大沢商会外国部に吸収されるとあります

またカメラ全体の国内生産への物資の投入が 外貨獲得の為に 優先的に 振り分けられたとあります

質問
1 カメラや時計の生産には ダイヤ 金は必要ですか?

2 この当時 流通は 真面目に動いていたんでしょうか?

3 進駐軍向けの業者って 日本の会社が業務委託で対応していたんですね?




 

151. Posted by k_guncontrol   2012年08月31日 01:45
> 1 カメラや時計の生産には ダイヤ 金は必要ですか?

必要です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110734546
http://partyinmylibrary.cocolog-nifty.com/party_in_preparation/2010/03/post-3f63.html
http://www.nihondento.com/use/watch.html
http://blogs.yahoo.co.jp/gatapasya/65524555.html

カメラはプリズムに銀を蒸着をさせるそうです。
http://homepage2.nifty.com/vasolza/prizm.htm

2 この当時 流通は 真面目に動いていたんでしょうか?

国鉄がアレですので、万全とは言い難かったのでは。
 ・昭和24年12月:通運事業法(※通運=は鉄道輸送における両端末等に関る集荷、配送、荷役など)
 ・昭和26年6月:道路運送法(※バス・有料道路もこの法律で規定)

3 進駐軍向けの業者って 日本の会社が業務委託で対応していたんですね?

昭和24年11月19日
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/006/0512/00611190512013a.html
仄聞するところによりますれば、特別調達庁において、生産業者や御用商人との惡縁関係上、直接進駐軍が必要としない物件までも購入したり、あるいは必要数以上に多く購入して、その残余の物件は価格の変動をまつて処分せんとする思惑などがあつたとも伝えられ、まことに奇々怪々のうわさを生んでいるのであります。
152. Posted by k_guncontrol   2012年08月31日 01:47
http://yamawood.co.jp/roots11.html
(GHQ向けの)将校住宅はディペンデントハウス(以下D・Hの略称)と呼ばれ、注文は「GHQ」から日本政府に弁償の意味を含めた調達命令で要請された。 進駐軍の将校たちの住宅を短い工期で数十万戸(数量不詳)、建てるというのである。
(略)
家具を構成する資材には、堅木の乾燥材をはじめ、接着剤、布地、塗料等々、数限りなくあるが、驚いたことには、これらはすべて軍の権力と配慮で支給されたのである。勿論、木工機械も修復して使えるようになった。

交易営団という半民半官の役所も出来て、「D・H」家具の製造に大いに力を貸してくれた。

http://yamawood.co.jp/roots12.html
(D・H向け家具の)設計や仕様(スぺック)は、「GHQ」の指導で、工業技術院が受け、実務を産業工芸試験所が担当した。

「GHQ」の承認を受けてから「P・D」と呼ぶ発注伝票が「S・P・B」(特別調達庁) から業者に直接わたる。 だが、そのスペックは、繊細を極め、たとえば、モクネジ一つにしても長さからメッキの厚さまで規定されていた。

 不慣れな日本の職人は、この細かい仕様に手を焼いたが、それが合理的に作図されているので、かえって仕事はやりやすく、数量も多いので能率はあがる一方であった。

電力も豊富で、一般住宅は夕方になると、停電されたが、この「D・H」工場は夜間になってもそのようなことはなく、深夜まで灯火が煌々と灯り、近所の羨望の的であった。

話は前後するが、日本政府は「GHQ」からこの要請を受けるや急ぎ、特殊法人「S・P・B」を創設して「D・H」家具の調達に取り組んだわけだが、その組織は、元・三井物産の幹部が多く、主要な部署に就いて運営したため、業者との接渉が、スムーズに行われたのであった。
153. Posted by k_guncontrol   2012年08月31日 01:48
http://yamawood.co.jp/roots13.html
その頃、「D・H」生産に携わる業者は、過保護といわれるほどの恵まれた条件で作業を進める事が出来た。家具用材はいうに及ばず、電力、輸送、食料の面まで便利な計らいを受けた。

特に代金の支払いについて、業者に有利な条件で取引された。それは、受注の際、見積書を提出せず、数量と品名のみで「P・D」(注文伝票)を受け納入完了時に「物価庁」(当時、臨時に設けた役所)へ原価計算書を作成、提出して査定を受けて支払いを受けた。

壊滅状態であった家具産業も一夜にして甦った。独り「D・H」家具業者のみならず、市販品(既製品)を扱っていた一般家具の製造業者も一斉に活気を取り戻し、好景気の波は業界全体に漲った。

「D・H」の発注は、昭和22、3 、4 年と、だんだん先細りとなり、臨時に設けた「物価庁」「特別調達庁」も、残務整理に数人残すだけで閉鎖した。 専門に「D・H」のみを造っていた工場も民間の受注に転向していった。
154. Posted by k_guncontrol   2012年08月31日 02:00
「S・P・B」とは特別調達庁のこと。

ここに元三井物産幹部が多く入り込んでいた、というのは
これまで見てきた中にはなかった記述ではないかと。


http://www.kyowa-grp.co.jp/history.html
当社(共和物産)は、昭和23年7月連合軍命令に依る旧三井物産株式会社様の解散当時、同社に於いて戦災復興院・終戦連絡事務局・特別調達庁・厚生省・都庁・その他の諸官公庁の購買物資の取得、保管、包装、配給等の業務を担当していた、復興資材課長兼厚生物資課長萩原篤志を中心に有志職員参加の下、昭和23年12月に創立、梱包輸送を主要業務として発足致しました。

http://rubiconem.com/company/com_02.html
大正10年 3月 商号を共和商会と称し(略)海陸輸送梱包労務請負を為す
大正14年 7月 大阪商船株式会社(※現商船三井)準専属店として指定さる
昭和 4年 1月 (略)神戸支店設立、川崎造船所並に神戸製鋼所機械及諸資材運搬専属店に指定さる

昭和20年 9月 旧三井物産株式会社大阪支店運輸部の依頼に依り旧軍需物資の集積隠退蔵物資の集積ララ物資ユニセフ物資等全般に亙り輸送に従事す

昭和22年 5月 桜商事株式会社の依頼に依り木津川元海軍艦政本部倉庫保管掠奪物資の集積梱包船積返還作業に従事す並に進駐軍関係の物資梱包輸送と大阪府庁関係のララ物資学童給食援護物資等全般に亙り輸送に従事す

昭和23年 1月 特別調達庁大阪支局出入業者に指命され進駐軍納入物資の倉庫保管、輸送梱包並に賠償物資、輸送に従事す
155. Posted by くれど   2012年08月31日 14:13
1 時計やカメラの生産に 宝石や貴金属を  交易営団から引っ張り出して 余計に
  もらってちゃったのはありうえる話か?

2 精密機器だけでなく 化学メーカ(特に
  昭和電工?)でも 貴金属は必要か? 
156. Posted by k_guncontrol   2012年08月31日 14:31
1)見積書なしでP・Dが発行されるなら、いくらでも可能でしょう。

2)化学だと銀・プラチナが触媒として必須になります。
157. Posted by くれど   2012年08月31日 18:57
松本清張は スチュワーデスが 密輸して アメリカまで持って行って ダイヤをドルに換えたという話にしたいようなんですが

精密機械メーカ向けに持ち出されたダイヤの残りが 大陸との密貿易のために持ち出されたという方が 征服者とダイヤモンドの結論としては 正しいかもしれません


158. Posted by 渦   2012年09月04日 13:09
>何故か日本財団が注意を呼びかける。
ずっと戦後でしたね。本当に一握りの出演者たちが悪役、正義の善玉。一般人にはベールかけられても、このネット時代いかに単純なストーリーかがわかる。
海賊にもマッチポンプもあるでしょう。

元祖「隠れ家レストラン」
ハーディー・バラックスのブログ主はコレクター氏と面識あった方。長く麻布、赤坂住人の老人ブログは残すべき価値あり。
>このNSAの「赤い糸」が結ぶ、もうひとつの「恋人」が棲息する場所
 粋な書き方してますね。

表に出てたてつく有名人は、どうしてか特に2005年以降から亡くなってますね。

日本財団 今競馬と競輪は共存だそうで

奇しくも北海道のばんえい競馬の存続に力貸したまったく違う世界の二人が早く亡くなりましたね。
 中川昭一、尾崎紀世彦
公に反骨の言葉を発して日本を憂いていた人達のよう。
 早すぎる死に共に「酒の飲みすぎが死を早めた」と言われてるようですが。
 どうして酒に行ったか。戦後戦う気概を見事になくされた日本人の中で個で戦うことの大変さ。
 あまり人の目に触れられていない歌手
尾崎紀世彦氏の行動もネットでかなり調べられますよ。頂点に立った若い時既に世界に出せる抜群に歌の上手い歌手でした。頂点から亡くなる最後までが私生活の人物も含め個を超えた一つのストーリーです。

ACTAと言う津波が押し寄せてるようです。
 
159. Posted by k_guncontrol   2012年09月04日 19:29
> 尾崎紀世彦

この人はなぜメインストリームから消えたのか不思議だったのですが、
色々事情がありそうですね。自分も調べてみます。

こういう話があって
http://watch2ch.2chblog.jp/archives/4283272.html

自民の総裁選に岸の孫がまた出てきたのは何かあるのかな、と思う昨今です。
160. Posted by 渦   2012年09月04日 23:42
尾崎氏の若い頃を良く知らないのですが、今年亡くなって初めていろんなジャンルの歌を聴き、凄いと思ったことと、死亡年齢が69歳だったことが何か引っかかりました。2006年からフセイン、去年のカダフィ、金正日と皆69歳でなくなってるからか。6月9日とか何か暗号のように感じるわけです。

 ブログ主さんも前言われてたように、名のある人のことは、結構身内というのはわかってないものなのです。
 彼は多彩な趣味(馬、神輿、ヨット、クルーザー、バイク)を通じて世の中を動かしてるものが何かの情報を癌になるまでに得ていたのではないか。
 学者、芸能人の役目とは。自分の役目を知り、反発していたのでは?と。酒瓶を携えてTV曲の音楽番組に乗り込んだ武勇伝もある。(一説ではジャニーズ系に抗議とも言われてる)
 長きに渡って日本全国の神輿を担いでいたようですが、浅草の三社祭で高そうな染めの半纏の裏を見ると日本船舶振興会(日本財団)の文字が。
161. Posted by 渦   2012年09月05日 12:11
Sさんのカテゴリーに尾崎さんですが、まあ神戸つながりということで。イギリス人のお祖父様は神戸の外国人居留地区に住んでいたようです。成功した貿易商だったと思われます。そこで育ったお父様は戦前からクラシックのバレリーナ。

 彼は確実に日本の神や仏のことを考えていた人だったでしょう。日本全国神輿を担ぐ時も自分が担がれるのでなく、日本の神を担いでいたのでしょう。静岡の水の神様を奉っている所でも。
それが彼の目指していた粋だったでしょう。
子供の時からの乗馬ではかなりの遠方までいき(御殿場、千葉)赤旗の立つ自衛隊の実弾演習場だったり。
 新潟や岩手の地方局ではレベルの高い地方活性化の番組製作にも参加している。
 日本全国バイクに乗って、あの世に近い寺の住職と話し、古仏を探し、自分だけのメモリーを作っていたようです。
 子供好きでアニメソングも歌っていた最後は「科学忍者隊ガッチャピン」
そのインタビューで彼はこう言ってます。「僕は、♪地球を守ることだけが正義の使命なのさ♪という歌詞がとくに好きなんだよね。何故なら今は、世界どころか、政治家に日本の平和さえ任せておけない状態にきてるからね」
162. Posted by 渦   2012年09月06日 14:13
>ここには御手洗の名前もX線カメラ云々も出てこない

 話の流れを変えてしまったのでお詫びにキャノンに関し、元顧問ご長老に聞いてみました。
 技術力は今も変わらず素晴らしい。御手洗家は本家筋、途中変わったけど今も本家返り。九州が地元なので巨大工場を建てたけど、そんなに需要があるのかと思ってたら、このご時世縮小に。もう日本は大企業とか、大きなものは必要ない。それより細やかさとか情感の日本人的良さと強さを全面に。それは忘れっぽさから来てると。それを「潔い」という美学にしてはいけない。
 そこから日本人にしか出来ない物が出てくるが今まだ出てない。
 己の欠点も良く知るということですね。

>http://watch2ch.2chblog.jp/archives/4283272.html

カルト王の死ですね。でも翌日の
コカインの女王の死も大きいニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120905-00000030-jij-int
アメリカとコロンビアの密輸ルートを開拓したそうですが、これは個人の力、まして女性が出来るものでもない。大きいお役目だったんでしょう。
 年齢69歳。



163. Posted by k_guncontrol   2012年09月06日 16:19
大きな工場も優れた技術も、いずれも雇用を生み出さなくなりました。
雇用なき企業が利益を拡大していくとは何とも気味の悪いものです。

http://kuma-duck-n.at.webry.info/201202/article_7.html

> コカインの女王の死も大きいニュース

どういう人なんでしょうね。デヴィさんのもうちょっとワイルド版みたいな人でしょうか。
164. Posted by 渦   2012年09月07日 03:49
http://kuma-duck-n.at.webry.info/201202/article_7.html

ご長老はTPPはよくわからないと思うんですね。だから何故巨大工場なんかって思うわけですけど、アジア市場に人も需要もあふれているわけです。
 大学なんか出てなくても英語のできる兵士がね。
 日本は長きに渡って「英語が上手くならない教育」をしてきたとしか思えないですね。ご長老も言うところの狩猟民族による長期戦略。
 だからこの21世紀に古臭い英語話した白洲氏を御輿に担げる。日本のエリートのレベルも彼のお尻向けた写真の本やプリンシプルって言葉に洗脳されて「カッコ良い」

 尾崎氏の人生最後の締めに登場の元妻が日本社長の「世界的ホテル協会」Wikiで 
 日本経済の展望をお伺いはここ「PWC」をWikiで。
巨大なものが日本の個を覆ってる。世界を掴むとどうにでも動かせる。心より利益。
165. Posted by k_guncontrol   2012年09月07日 08:03
>  日本経済の展望をお伺いはここ「PWC」をWikiで。

"「最も魅力的な企業トップ50」において、世界第2位を獲得した" とありますね。
会計事務所/監査法人が 「魅力的な企業」 とは嫌な世の中になったものです。

ここ10年くらいの国内監査法人の不正露呈と再編成は何とも奇妙なものですが、
全ては英国からのコントロールという事でしょうか。
166. Posted by 渦   2012年09月07日 13:01
>何とも奇妙なものですが
 
色々なところで嫌な感じはありますね。

9月入ってマラッカ(馬六甲)の反対側のマレーの島で海を見ながらPC開いてたら、明日尾崎氏のお別れ会がホテルでと。魚も見えるぐらいの穏やかな海で、9月入ってもドイツ人フランス人の旅行者たち。南米でもドイツ人多く、景気の良さを感じました。
 スキューバやサーフィンが好きだったという尾崎氏の歌でもとyou tubeを開いたら右手の指が触れたんでしょう。動画に覆いかぶさるようにLHWの広告が。右横広告。会が終わると消えてた。

 LHWはAKBが厨房にロケにはいってブランド力を弱めた帝国ホテルもオークラも加盟。ブルドーザーに掠め取られていく。

 日本では長半纏のご長老もいなくなったんでしょう。神輿の四面に大きな故人の写真なんか飾っちゃいけない。まして・・・日本の文化、謙虚を美徳とした日本のプライド、強さ。
167. Posted by 渦   2012年09月07日 14:10
尾崎氏はどんなに感動のシーンでも泣きながら歌を歌うことはなかった。
戦後の大企業の経営者も内でも外でも涙を見せるようになった。弱くなった。

彼は晩年酒で身を持ち崩してはいない。
良い仕事をしている。中川氏と極めて似ている。酒好き、足腰鍛えていた。照れ屋、反骨精神。
http://ameblo.jp/dasha320/entry-10268052854.html
http://ameblo.jp/daiji-y/entry-10293470621.html

亡くなる前の偶然もたらされたというこの仕事が気になった
・宮城仙石線沿線の映像と歌(3:11半年前発売
 http://blogs.yahoo.co.jp/y_sirais/16493700.html
 津波で一番被害受けた仙石線3:11後
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110419/dms1104191200003- n1.htm

・「釣りばか日誌」
  基地の町佐世保が舞台(何故グリーンベレーの軍人に担がれる?)
http://www.hula-hawaii.net/articles/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/22715.html

最後2010年抗がん剤で痩せても意欲を見せた。和に向かっていた。
http://ameblo.jp/kyophil/image-10666154954-10780884914.html
彼が好きだった先祖の国英国の歌「ダニーボーイ」(何をしでかすかわからない少年)




168. Posted by 渦   2012年09月13日 08:14
>カメラや時計の生産には ダイヤ 金は必要ですか?
>カメラはプリズムに銀を蒸着をさせるそうです

それでも国民から徴収したり海外から持ってきた?金、銀、プラチナがカメラや電子機器に大量に要ったとは思わない。
 ほとんどはこちらでしょう。

http://www.financial-j.net/blog/2009/08/001009.html

前ブログ主さん兄の名前に注目してましたね(尚蔵)昭和19年47歳で死去なら、何やってたかですね。Sさんより頭が良かったならやはり金融ですかね。
169. Posted by k_guncontrol   2012年09月13日 18:11
> 金融ですかね。

金融か先物か。家業のいい時期〜終焉の時期がぴったり20代ですね。イギリス駐在員てところでしょうか。

1944 尚蔵死去(享年47)
1941 開戦、尚蔵44歳 

1937 次郎、日本食糧工業へ/近衛を知る。尚蔵40歳 
1935 文平死去、尚蔵38歳 

1929 ジャパン・アドバタイザー入社/結婚/吉田茂を知る。尚蔵32歳
1928 白洲商店倒産。尚蔵31歳
1927 十五銀行が休業、樺山家が大磯に転居。尚蔵30歳

1924 次郎ケンブリッジ入り、尚蔵27歳
1919 次郎イギリス渡英、尚蔵22歳

1902 次郎誕生
1897 尚蔵誕生
170. Posted by 渦   2012年09月19日 09:37
>全ては英国からのコントロールという事でしょうか。

 英国のDNAは深いですよね。樫の木。
http://www.youtube.com/watch?v=imAqHUI5wkU 英国系が築いた米 今も米を使っている英国 米に使われている・・・
 歌はほのぼのですが、怖いものあります。
 戦後工作の銀行マン、財閥系の銀行マンというのも歴史上に個人名はでない。
黒子ですね。
ヒーロー(弟)には後付けのストーリー
これは長い時間を必要なものあれば、ほんの1,2年情報を隠せばいいものも。

尾崎氏も先祖から辿るべき人。結婚で英米日。米と離婚。それが最後は失踪報道
「実は元妻が癌の夫の世話をし、最期看取った」
 米は美談の人となる。この米企業今後日本の介護・福祉サービスも飲み込んでいくのでは? 団塊世代の大量需要。


 
171. Posted by 渦   2012年09月20日 13:55
ネット社会から見ると、戦後の日テレ、フジを始めとしてTVを掴むことが如何に人間を洗脳するのに役立ったか。
情報局は情緒性に弱い日本人の人の良さを徹底的に調べたでしょう。
「涙を流させる」事によって戦争は始った

本当は日本人は洗脳されやすい国民じゃない。江戸、明治初めのオバサンは鋭かったと思いますよ。
 TVが一方方向に大量に情報を流している。

白洲氏についても下山事件も、リアルタイムで気づいていた人は絶対いた。

こんな何十年後、世紀が変わってからとか、100年後の公開を待つとかでなく
権威に楯突くものは一気に殺すか病気で弱らせ後は時間を待つか。

ACTAに反対しようとか、これはネットというものの当然の運命。
もう縄文の科学も現れてるでしょう。

これだけ情報集めたのですから、先を予測すると言うこと。事象が後からついてくるごとく。どこかの目やフジの目でなく、魚の目のようになると幸せになりますよ。
172. Posted by 渦   2012年09月20日 14:21
このブログに歌手尾崎氏を出したのは、1970年始まりの重要な時からTVで
「一つの曲」を歌うのがお役目で、それは日本人を何に向かわせるかに連動していたから。故人もわからなかったでしょう。
 作詞家「悪いお友達」氏は生涯富と名誉を与えられましたよね。
尾崎氏は自分のいた世界を「低能人」(芸能人)と言ってましたけど、彼は歌が上手いだけでなく、動物的勘が鋭かったでしょう。
 でも人間は体にメスを入れられると弱くなる。されるがままと言うこと。
 それでも最後の最後。小さなライブハウスで、やせ衰えた体でも目は生き生きとして歌い上げていたと、そこにいた方に直接聞きました。
 あれがTV業界や「美しい家族愛」から離れ、すべての「偽物」に対する彼の置き土産だったでしょう。プロが褒める彼の歌を特集した番組は出ない。

 日本はまだ「また会う日まで」に向かっています。
173. Posted by k_guncontrol   2012年09月20日 22:42
> でも人間は体にメスを入れられると弱くなる。

これ重要ですね。気をつけたいものです。
174. Posted by 渦   2012年09月24日 12:12
白洲氏や中川氏の場合、時代がたってたり、政治と言う複雑な世界でわかりにくい。でも尾崎氏今現在の話、狭い芸能界の歌手、親しかった人間から聞けたこと。わかりやすいので物の見方として参考になる。トリックや仕掛けの。
先日初めての特集番組が何とJ事務所の息かかった番組でやりました。余命幾ばくかになって元妻ら急接近しての「家族愛」謳う。歌はまた「また会う・・」だけ。それと抗がん剤拒否したと言うこと強調。医薬はこれで儲けてますから。抗がん剤で早くなくなったと言うブログ記事を否定しなければね。
 死後3ヶ月たっての元妻企業関係のホテルでの偲ぶ会。この長い間に戦略練ったか。彼の事良く知る友人達も出ない。
 この会の始る前から元妻の米企業のネット広告が盛んに。そして実際の尾崎氏は再婚してからが円熟してたときで、彼の人生は「家族愛」というより「音楽仲間愛」。元気な時如何に彼をサポートしたかが大事。サポートしてきたミュージシャンも頻繁に病院訪れていた。彼から元妻の話は出ない。「尾崎さんの死は色々考えさせられた」
 そのミュージシャンのブログから「偲ぶ会」の前あたり、死ぬ前まで続いた親密な交流の部分の記事や写真が消える。元妻主役にする為圧力があったか。
 元妻「私達の愛でハワイに一ヶ月もいれた」(写真提供)死ぬ時強い薬で骨はぼろぼろだった。生かせられた?そして番組最後の方で骸骨のように痩せ衰えた氏を囲む元気な元妻と子。スターのこんな写真長年連れ添った真ともな家族ならTVに出さない。尾崎氏と元妻の名で検索すると「SMAPのコンサートチケット申し込み」J事務所とお友達?
元妻の株上昇。参考に元妻は日米ハーフ。沖縄のアメリカ軍基地で育ち、基地内のハイスクール卒。8年の結婚で30年前の離婚。フロント業務から2006年尾崎氏二度目の離婚の年日本支社長。日本の「老い」も米の手に。本当にあったxx話?
175. Posted by 渦   2012年09月25日 09:03
次郎氏も日テレの役員か何かでしたか。芸者さんをTV局に連れてくと喜んだと。尾崎氏と同じく「低能人」といってましたか、愚民と言ってたか。
 Sマップメンバー司会の尾崎氏番組の涙涙。
まだ日本人は涙で洗脳できると見たか。

http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2012/09/post-d0f4.html
176. Posted by k_guncontrol   2012年09月25日 18:17
いまNHKで吉田茂のドラマがやっているようで、

『負けて、勝つ 〜戦後を作った男、吉田茂』
http://www.nhk.or.jp/dodra/dodrasp/

TVは殆ど見ませんので、どういうスタンスのドラマかは全く知らないのですが、
予告を見る限り、昭電疑獄のあとはサンフランシスコ講和会議のようです。
昭和24年のあれはスルーのようですが、まあそういうものだろうと。
177. Posted by k_guncontrol   2012年09月26日 01:52
[メモ:日経夕刊 こころの玉手箱 能楽師・梅若玄祥 2012.9.25]
(白洲正子は梅若家にとって) 大恩のある方で、梅若家が観世流から独立して苦境に陥った1921年(※大正10)から30年ほど(※昭和26頃)の間、様々な支援をしてくださった。祖父の評伝『梅若実聞書(※昭和26)』も白洲さんの手で世に出た。
<以上引用>

観梅問題(観世流からの独立)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E4%B8%96%E5%85%83%E6%BB%8B#.E8.A6.B3.E6.A2.85.E5.95.8F.E9.A1.8C
1917年(大正6年)、能楽会会頭になった徳川家達は問題の解決を目指し(略)1920年(大正9年)話し合いが持たれるものの結論は出ず、その間に有力者3人を抱える梅若派内の対立、脇方・囃子方・狂言方三役からの強硬な反対もあって議論は決裂する。
<引用>

家達と次郎さんは梅若家を介したつながりということか。
正子さんは1921年時点はまだ11歳ですので、樺山愛輔がやっていたパトロン役を継いだということになるのでしょうか。
178. Posted by 渦   2012年09月26日 05:57
パトロンは重要でしたからね。当時は本当の芸能界でしたでしょうし。樺山家など華族や、でも一番のパトロンは三井本家(戦後の番頭でない)だったのでは?そういう上に西本願寺が。ご近所大女優とも深いつながりあった大谷さん。戦中の国策としてこの女優が使われた。日中のね。今は何でも主流は東京に見えますが、元は関西ですよね。
>1921年(※大正10)から30年ほど(※昭和26頃)の間、様々な支援
正子氏の支援は、TV、出版を使った支援で、本人も能をバックにある種のスターになった。日本各地を歩いてっていう20世紀終わるごろまでの表を作った。
そして表(面)を取ってみれば、原発と自衛隊基地だらけの日本になってたと。
正子氏よく言ってた「正体見たり」って言葉ね。品のある人はいいませんね。(笑)俗の言葉。次郎氏共にそういう人生だったんだろうと。
能は本来霊力のあるもので、「見世物」になるともう別物。派閥だ、家元だなんていってると日本を救えないんです。
明治ですね。変わったのは。
179. Posted by くれど   2012年09月26日 21:12
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/09/26/kiji/K20120926004199380.html

理事長はジローさんの秘書
180. Posted by k_guncontrol   2012年09月26日 21:33
ただの秘書じゃなくて「特任秘書」だそうですが、なんでしょうね特任。

特命係長クラスだと、「夜は会長の特命を遂行するため、鍛え抜かれた鋼の肉体と、悪を許さない強靭な意志、そして文字通り無敵の下半身を武器に、今日も社会に巣食う悪を討つ」(http://www.tv-asahi.co.jp/tadanohitoshi/)といったところですので、その上位互換でしょうか。

こういうものの副代表になってますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/TPP%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E5%9B%BD%E6%B0%91%E4%BC%9A%E8%AD%B0

なにかあるかも。
http://www.asyura2.com/12/senkyo125/msg/774.html
181. Posted by 渦   2012年09月27日 07:52
>なにかあるかも。
TPPが関係してるでしょうね。大学教授の
研究費不正流用とか、何か裏にその人物を失脚させなければならない理由があるでしょ。
  
 ここに出してきたこと、シンガーのことも、関係ないことでなく大きく見ると連動してる。
 企業でも公でも、それほど能力があるとも思えない女性が上の地位にいる場合も、その女性の背景を利用するとか、その女性自体が動かされてる訳ですね。鋭くないから動かしやすい。神輿に担がれてるのは実は死者でなくこちらなんです
 
 ぞくぞくとニュースでてきましたね
理研が動き出しました
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120927-00000000-mai-soci
113番だそう。

尖閣「妥協はあり得ない」 首相、NYで記者会見

>『負けて、勝つ 〜戦後を作った男、吉田茂』
NHKは、戦後を作った男白洲次郎に続けて「オヤジさん」を出してきたんですね
この方を演じるにはまず何よりかなり背の小さい役者が必要なんです。頭や表情似せることより。イメージ操作してるのかな?
何か「また会う日まで」から着々と進んでるような。皆あの世から引っ張り出される





182. Posted by くれど   2012年11月09日 23:00
http://blog.livedoor.jp/junksai5/archives/19948430.html

自分で つくって 感激してしまいました
ご冥福をというより あちらでも やくざなみたいな旦那と ご一緒に お幸せに
そして 伯爵家のお嬢ちゃまに よろしく
183. Posted by k_guncontrol   2012年11月10日 01:45
このキャラが 「ほんもの」 とか言うわけですか。うわあ。
184. Posted by くれど   2012年11月10日 22:11
本物なんて 広告代理店が考えたもんですよ
戦争中でも 自分探し 年を考えずに 痛いカッコ まさに韋駄天お正はハルヒです

ところでジローさん 誰にしようかな?

185. Posted by くれど   2012年12月19日 23:52
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4758412030/ref=dp_top_cm_cr_acr_txt?ie=UTF8&showViewpoints=1

ジローさん登場とか
186. Posted by くれど   2012年12月22日 21:45
http://www.littera.waseda.ac.jp/wever/naimujinji/doSearch.do

早稲田のデータベースより 
斎藤昇が若い頃 内務省のどこにいたのかが
わかります 純粋に 警察部門ではないのですね 
この人を 潰すということは さて 治安関係だけでいいのでしょうか
187. Posted by k_guncontrol   2012年12月23日 00:31
戦中戦前には警察のキャリアは一切ないんですね。
増田甲子七は一貫して警保局なのと対照的です。

「社会局労働部」というのが気になります。これが1947年に労働省になっているようですが。そういえば 「随想十年」(S31) は書題通り昭和21年以降のことしか書いてありませんでした。
188. Posted by くれど   2013年01月13日 13:43
広川弘禅の経歴で 行政管理庁長官というのがありまして この人の 成功の原点というのが 内務省解体時に うまく利権を配分するのに 貢献があった人なんではないかとおもうのですが いかがでしょうか? 大野派や 石橋派には 旧内務官僚が意外に 多いのですが それで そのラインに そこの影響で嫌われたと
189. Posted by くれど   2013年01月13日 13:47
内務省が解体になった段階で 土建関係の権益が 運輸 農林 建設にバラ撒かれた?とおもっていたんですが

もう一つ 肝心なもので 旧内務官僚がもっていた 知事などの任命権ですが これが公選になった段階で これに近い影響力を持つようになったのが 政権党の幹事長だっということになると思います

仮説ですが
190. Posted by くれど   2013年01月13日 13:51
広川が 吉田のご機嫌とりで のしあがってきただけという評価がありますが これもほんとうはどうなんだろうかと思います

広川の評伝が意外にないのですが 広川をつかっていた 義一先生が支えていた 日本政治文化研究所の杉原が わりに 内務官僚に顔が聞いたらしいということをおもいだしてみたいのですが
191. Posted by くれど   2013年01月13日 13:56
内務省の権益を そのまま 内務省官僚にまわしては そのままの話なんで 借りにならない 感謝もされないと 私が吉田なら そう思います

一方 佐藤栄作に渡せば 借りに転嫁できます 増田は使い潰すだけ

一方 増田の立場 旧内務官僚としては それがわかっているから 吉田にたいして
なんだ このやろうととなるし 佐藤栄作に対して 恨みに思います
192. Posted by くれど   2013年01月13日 14:00
下山事件に対しては 私の 作業仮説ですが

他殺説では 捜査活動を継続させることができます これは一面では 組合対策のように見えますが もうひとつの面では 国鉄の汚職攻撃の援護射撃を行うことが これで可能になります

自殺説では これができなくなります
193. Posted by くれど   2013年01月13日 14:03
旧内務省官僚による 佐藤栄作攻撃という面が 少なからずあったんでしょうか

こういう時って だれか死ぬんですよね
194. Posted by k_guncontrol   2013年01月13日 19:24
広川も増田回想録でボロクソ言われてましたが、さもありなんという感じです。

> 国鉄の汚職攻撃の援護射撃を行うことが これで可能になります

この点、加賀山さん方面にはどうなんでしょうね。加賀山さんと対立する方面を黙らせるのには効いたということでいいんでしょうか。
195. Posted by くれど   2013年01月13日 20:22
http://books.google.co.jp/books?id=nksyAQAAIAAJ&q=%E4%BA%94%E5%B3%B6%E6%85%B6%E5%A4%AA%E3%80%80%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%8E%E3%83%B3%E6%A9%9F%E9%96%A2&dq=%E4%BA%94%E5%B3%B6%E6%85%B6%E5%A4%AA%E3%80%80%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%8E%E3%83%B3%E6%A9%9F%E9%96%A2&hl=ja&sa=X&ei=X5fyULzJCY7rkgX6jIGgAg&ved=0CD0Q6AEwAQ

五島慶太と キャノン機関 下山事件で キャノン 下山事件で キャノン機関の名前が出てきて 損をするのは誰か?
別に関与しても しなくてもそのとばっちりをうけるのは誰?
196. Posted by くれど   2013年01月13日 20:32
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BE%E7%A6%B0%E7%9B%8A

二股 かけていれば 公職追放は受けても
東急から 追い出されずにすむということ

このバックを攻撃したいのは だれか
197. Posted by くれど   2013年06月03日 06:36
http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-2818.html

やる夫で学ぶ 本田宗一郎

大沢商会がブランド物の輸入がメインになる前は 自動車部品の輸入の取り扱いが 多かった理由がなんとなくわかりました

機関車の部品や 工作機械もきっとそうだったのかも
198. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2013年06月03日 16:46
佐橋滋の例の特振法のころ、今里は産業構造調査会(通産の諮問機関)のクルマ関係の部門のトップで、一方、宗一郎のとっつぁんは業界再編成論にはまったく耳を貸さず、今里は宗一郎から睨まれることとなったとのこと。

とうとう日本精工は本田技研への出入りを禁止され、担当役員は真っ青。今里は 「なあに、モノが良くて、値段が安く、アフターサービスがよければ、こちらが勝つ。あわてることはないよ」 といったもののやはり内心は真っ青だったとか。

で、水野成夫(宗一郎と同じ静岡人)が仲介の労を取ってくれたそうです。
199. Posted by くれど   2013年06月03日 19:21
いろいろヤバそうな話があるから 今里の回顧録 回収?ってことで やはりいいみたいですね
200. Posted by 参考になるブログですねこれからもがんばってくらはい   2013年07月06日 19:41
5 http://kyoto-np.co.jp/top/article/20130604000062

実業家の故白洲次郎さんもひいきにしていた、祇園甲部のお茶屋「松八重」

http://www.yomiuri.co.jp/sports/npb/news/20130703-OYT1T00737.htm

これはエントリにありましたね
201. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2013年07月06日 22:39
これは良い情報をありがとうございます。
祇園というのもいくつかエリアがあるんですね。
202. Posted by くれど   2013年07月31日 12:36
http://www33.ocn.ne.jp/~bktamtam/office/NHKDrama.html

いろいろ 面白いページです
203. Posted by くれど   2013年07月31日 12:57
http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20071114/p1

原田さんと 国際文化振興会と ジローさんを重ねてみると
204. Posted by くれど   2013年12月15日 20:32
http://www.watanabeyukio.com/profile/tugounoiikoto2.html

この人が 鬼塚英昭著 白洲次郎の嘘では 
ぴゅあ☆ぴゅあ1949の作者になっているようです

たぶん しばらくの間 アクセスも増加するとおもいますが

さすが 太田龍ので子 電波度はかわりませんが 細部細部 事実関係の明かな間違いがあって 笑わせてくれます

これ 場合によっては マジ 告訴ものです
205. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2013年12月16日 00:51
まー様子見ときますかねー。
206. Posted by くれど   2013年12月27日 10:29
http://tio-y.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-064c.html

須永 イコール 白洲次郎
207. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2013年12月27日 16:17
ほほうこれは。
208. Posted by くれど   2013年12月30日 22:37
https://twitter.com/schwkatz/status/417480580373024769/photo/1

ランドローバーを運転する ジローさん
209. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2013年12月30日 23:58
あらいいご身分で。
210. Posted by くれど(junksai5)   2015年02月23日 21:29
https://twitter.com/Truppenamt/status/569169847830990848 文書の焼却もこう考えると 別の意味があるようですが テレビでの なんだこのやろうという 演技も皮肉な意味を持ちます
211. Posted by くれど(junksai5)   2015年02月23日 21:33
加賀山周辺の系図

http://kingendaikeizu.net/sogousinzi.htm
212. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2015年02月23日 22:05
その書類を持ち出した研究者が誰かが問題ですね。
そういえば義一先生も自由党事務所にあった領収証を失敬して無なかったことに、というのがありましたが。
213. Posted by k_guncontrol改め瓜井目々太   2015年02月23日 23:31
ところで『最後の証言』が出て今年で10周年。これまで出すに出せなかった新ネタを公開、など期待したいところです。

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