下山事件

2008年08月12日

下山事件 インデックス

過去の下山事件関連エントリーのインデックスを作成しました。

なお、自殺説/他殺説への言及は殆どありません。

この事件は非常に政治的なものであり、事件の本質は
自他殺の区別とは別なところにあると当方は考えているためです。


◎下山事件前後 (メイン・エントリー)

1)多大な欠損を抱えたままスタートした国鉄、その目的は? 

2)省線が公共企業体(国鉄)となったプロセス 

3)下山事件直前の国鉄経営状況 

4) “定員法” の成立は国鉄発足のほんの数日前 

5) 1ドル=360円の為替レートが下山事件直前に決定 

6)見返り資金の制定と国鉄の発足は同時期であるということ 

7)石炭利権と国鉄

8)マッカーサーの朝鮮戦争への準備 

9)国鉄を外資に払い下げようとしていた吉田茂

10)吉田茂にとって外資導入とは何だったのか 

11)国労・鈴木市蔵氏による定員法の解釈

12)当時の国鉄内部の治安状況について ※総裁失踪当日のもの 

13)下山総裁が轢死体で発見された当日(失踪翌日)の国会議事録

14)下山総裁・失踪翌々日(遺体発見翌日)の国会議事録

15)上記(失踪翌々日)議事録の続き 

16)下山総裁と国労の関係 

17)海外にも報道された下山事件 

18)電力再編と鉄道電化の関連 

19)古畑鑑定と法務委員会での法医学論争 

20)下山事件と同時期に起こった “海烈号事件”  その1 

21)海烈号事件 その2 

22)警視庁捜査2課・吉武係長と上司・松本課長の確執 

23)事件翌年の国鉄経営状況 

24)同時期、国鉄のカネで選挙に当選した人がいること 

25)国鉄副総裁・加賀山氏と鉄道弘済会・堀木氏の怪しい関係
 
26)国鉄資材の横流しで色々な疑惑のあった人がいました 

27)当時の国鉄にはどのような利権があったか 

28)朝鮮戦争の兵站ルートとして活用された国鉄 

29)下山事件から1年後の吉田茂の施政方針演説 

30)国鉄幹部と交通公社がやりたい放題

31)鈴木市藏氏(当時共産党)が述べた、見返り資金と国鉄の関連
 
32)時効直前(昭和39年)の国会議事録より 

33)時効直前の共産党・志賀義雄の発言より
 
34)昭和51年国会にて、事件はCIA絡みでは?との野党追求
 
35)東芝には、“東芝車両” という電車工場があったこと 

36)事件直前の福島県下における、東芝と国鉄の労働運動の様子 

37)行政整理に関する閣議決定 昭和23年1月

38)“電力再編/電源開発”と“東北/福島方面”と田中清玄
 
39)なぜか集中排除法から除外される東芝と同社の車両製造部門 

40)東芝と国鉄、そして電力再編と鉄道電化のかかわり
 
41)集中排除法を推進する “持株会社整理委員会” とは

42) “国鉄監査委員会” はどのようなメンバー構成か

43)国家地方警察の上部構造は吉田茂系ではなさそう

44)事件当時の国労内部の分派状況

45)三鷹事件と国労右派

46)総裁失踪日の天候

47)下山油ことヌカ油について

48)CTS(民間輸送局)とMRS(鉄道輸送司令部)の関係

49)昭和24年7月4日(失踪前日)の総裁の行動について 

49)鉄道用の発電所の運営主体はどこか ※番号ダブり

50)国鉄公社化の直前、入札方法の適正化が図られたこと

51)CTS(民間輸送局)発足の経緯

52)2・1スト前夜の状況

53)下山定則氏が昭和23年、運輸次官となった経緯

54)国鉄の入札制度変更 その経緯

55)国鉄資材の横流し構造と鉄道弘済会

56)国鉄が只見川電源開発を行なう可能性もあったこと

57)国鉄公社化と初代総裁選任の経緯

58)シャグノンも命を狙われていた可能性があること

59)事件の数日前の下山総裁の様子

60)加賀山之雄のマッカーサー直訴

61)シャグノンによる国鉄の機構改革

62)シャグノンの失脚と帰国

63)文藝春秋 2010年10月号の柴田哲孝氏の文章を読む

64)総裁が西銀座の関西料理屋 『出井』 で会っていたのは誰か

(63)と(64)の概観

65)下山総裁の政治的な後ろ盾を考察する

66)下山総裁は何を/誰を監視する役目を負っていたのか

67)総裁の昭和24年7月2日の動静を「謀殺下山事件」で再確認する

68) 同 その2

69)昭和21年ごろの国鉄の状況−1

70) 同  −2

71)ロマンス社事件と交通公社

72)見返資金/電力再編と下山事件の関係を改めて考察

73)下山総裁の戦時中の所属と動向−1

74)  同 −2

75)事件当時の共産党の対応をみる

76)増田甲子七が「総裁は自殺ではない」と語る根拠

77)下山油の正体が発表される直前、油糧公団の廃止がGHQより指令されたこと

78)鈴木市蔵(国労副委員長)による事件直後の状況描写−1

79)  同 −2

80)  同 −3

81)国鉄の会計方式には腑に落ちない点が多数あること

82)国鉄/運輸省と大蔵省の対立構造とその推移

83)「やる夫達は戦後の裏舞台を戦い抜くようです」のご紹介

84)同事件はある類似事件の筋書きを参考にしたのでは、という話

85)金銀運営会の沿革と矢板玄蕃の関連人物について

▼関連エントリ
1949年の吉田茂 
吉田茂は昭和24年に日本をどのような国家にしようとしていたか。

白洲次郎とは何者だったのか
国鉄発足と密接な関連のある電力再編事業を主導し、
福島県などに影響力を及ぼした、“白洲次郎” とは何者なのか

“金銀運営会” という団体について 

終戦連絡事務局と金銀運営会は特別な関係があったかもしれない

あの頃、福島県で何があったか

ライカビルの所有者は野田醤油(キッコーマン)だったこと 

ライカビル(亜細亜産業)の立地について

矢板家四代 矢板玄とその先代について

CICとは何か
なぜこの事件にCICの名前が挙がるのか。

轢断現場周辺の地図と航空写真

専売公社は国鉄同様に定員法の適用を受け、公社化されたこと

専売公社の発足 その2

国家地方警察長官(齋藤昇) の罷免を図る白洲次郎

54)の補記 当時の国鉄における資材横流しの実例

64)の補記-1 貸席 『登原』 という店の経営者は何者か

64)の補記-2 「登原/千代田クラブ」とは何か(1)

64)の補記-3 「登原/千代田クラブ」とは何か(2)

昭和20年代の警察機構 その1 

昭和20年代の警察機構 その2 

昭和20年代の警察機構 その3 

昭和20年代の警察機構 その4 

地方の鉄道設備はボロボロだった一方で、豪華なビルも建設される

鉄道会館はM資金で建てられた、という噂

下山(25)の補記

鉄道会議の廃止と鉄道建設審議会の発足

◎関連リンク

『余多歩き』より、“総裁は なぜ死んだのか”

下山事件資料館 基本中の基本サイト

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事件史探求

矢板記念館を訪ねて

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