魚屋のたわごと、ざれごと、ひとりごと

たわごと(戯言)と、ざれごと(戯言)って同じ漢字ですね。

職場近くのラーメン屋で昼食を食べていると、そこの大将が話しかけてきた。

「魚屋さん、あんた、サラリーマンを辞めて魚屋を継いだんでしょ? 後悔していないの?」
突然、なんて事を言い出すんだ!?  と思っていると、「俺は今、後悔しているんだよね。」と、さらに畳み掛けてきた。
 そういえば、ここのラーメン屋は私が子供の頃にはすでに今の場所に在ったから、私より10歳ほど歳上に見えるこの大将もサラリーマンを辞めて家業を継いだのだろう、いつも店を手伝っていた大将の母親もめっきり弱ってしまったので介護にも疲れているのかもしれない。
私は「年をとって仕事が出来なくなって、子供たちの世話になってみないと、良かったのか悪かったのかは解らないですよ。」と答えて話しを終わりにしたのだが、実はこのオヤジの言っている事は他人事でない。

以前はこんな田舎の魚屋でも魚はよく売れていたので魚をもっと多く売るために人を何人も雇っていたのだが、現在は人を雇い続けるために(雇用を維持するために)魚を売っている状況で、たまに赤字を出すときには毎日早朝5時から夕方6時や7時まで12時間以上一か月間働き続けて給料はマイナス20万円なんて事がおきてしまうのが個人事業主なのだ。(会社の社長の場合は社長も従業員の一人なので会社が赤字になっても社長は給料を受け取れる、もちろんそんなことが続けば倒産するのだが。)

そうならないように毎日の売り上げや天候を見て魚が少ない日にはパートさんを休ませて人件費を抑え、無駄な在庫を持たないように仕入れを抑え、安い魚があるときには余分に仕入れて加工し天候の悪い日に売る分を確保してと、それなりの対応はしているのだが。
例えば給料の一番高い従業員を一人リストラすれば経営はぐっと楽になりそうなものだが、私の店の正社員は一人だけで他はパートタイマー、スーパーの中のテナントとして営業しているのでたった一人の正社員を辞めさせてしまうと私の交代要員がいなくなってしまうので毎日早朝から12時間以上の労働を強いられた挙句に一年間休みなし、病気をしても怪我をしても休めない状況になってしまう。
実際そのような状況で働いている個人経営の魚屋は何人も知っている、短期間なら苦にならないだろうが改善の当てもないのに場当たり的にそうなってしまい先行きが見通せないのなら自分で経営するのはやめてどこかに働きに出た方が良いと思う。
現在、我が家では親の介護と子育てが同時進行している状況なので何かあった時には自由に動ける現在の状況は悪くない、しかしよりよく出来ないか?
後何年後かに後悔しなくて済むように何かを変えていかねばならない時期なのかもしれない。

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ある日、市場の仲卸店が並ぶ通路にスッポンが放置されていました。
箱にも入れてないし、死んでるにしても店先に放置してるのは見たことがないので変だなと思いつつスマホのカメラを起動している間に動き始めました。
スッポンがうずくまっていた店の店主に「スッポンが逃げたよ」と声を掛けておいて撮影しながら追いかけます。
そもそも何処から来たスッポンなのか?持ち主が判らないので誰も率先して捕まえようとしませんし、先ほど私が声を掛けた店主も遠くから見守っているだけで追いかけてこないところを見るとこのスッポンの保護者では無いようです。
それにしてもスッポンは水棲なのに陸上でもここぞと言うときのスピードが早く障害物を乗り越える能力も予想以上なのでした。
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スーパーに買い物に行くと見かける割引シール。
これ、勘違いしてて、気付かすにほんの少しずつ損をしている商売人って結構いると思うのですよ。
いやいや、そんな間抜けな商売人は居ないだろって?
なら良いのですが・・。

商売をしていると、仕入れた品を二倍の価格で販売していて夕方売れ残りそうな商品を半額にして原価だけは確保、それまでに売れた分の利益を確保ってことはあります。
廃棄することになれば夕方までに売れた分の利益が減ってしまいますから原価で売却してしまえるうちに半額ででも売ってしまえば利益が残るわけです。
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ところが、仕入れ価格に3割の利益を上乗せして販売していて、夕方売れ残りそうな商品を3割引きして原価だけは確保、それまでに売れた分の利益を確保した気になってる人はいませんか?
ここまで読んで既に気付いている人は大丈夫ですが、最初の半額と同じだろって思ってる人はいつの間にか損をするタイプです。

意味が分からない、何言ってんの? と思った人は、仕入れ価格を仮に1,000円として、3割上乗せした販売価格と3割引き後の価格を計算してみるといいですよ。

ほんのわずかな差ですが、利益が残るのと減るのでは大違い、商売の規模にもよりますが一年間続けるとちょっとした額の利益が失われてしまうのです。
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先日の日食、ちょうど日曜日で家族全員家に居たので観賞会。
黒い下敷き(プラ板)を用意したかったのだけれど、折り紙が趣味の次男君がセロファン?みたいな銀紙みたいな百均で買ってきた折り紙持ってたので使ってみると、二つ折りした状態がちょうど良いみたい。
天気予報は曇り、当日の空模様は天気予報通り、生憎の曇り空だったのだけれど日食が最高潮に達する17時頃になると晴れ間が広がり雲の向こうから太陽が顔を覗かせてくれました。
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二つ折りにした銀紙風のセロファンは片手でかざすと風にひらひらとめくれ、なかなか止まってくれませんでしたが日食の写真、思ったよりも上手く撮れました。
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6月に入り梅雨が近づくと毎年、我が家では家族全員でホタル観賞に出かける。
この行事、結婚する以前からなので20年以上続けているのだが、長男君が大学生になると家族4人でのホタル観賞会も後何年続けられるか?などとつまらないことが頭をよぎる。
ホタル観賞を始めて最初の10年ほどは山奥の村を流れる小川を地図で探してはあちらこちらと遠出したものだが、時間が遅くなってしまうと蛍は少ししか出てこないし、気温が低い日も昆虫は活動しないのに市街地を山間部とでは気温が全く違うので、暖かい日に出かけても現地は肌寒く蛍はほとんど飛んでいなかったりする。
なので近年は暖かい日に自宅から20分ほどの時間で行ける神社横の小川が定番になっている。

ホタルは出勤時間がある程度決まっているので、8時半頃を目指して出かける。
鑑賞の狙い目は梅雨の直前、日中が蒸し蒸しと暑い日の夜。
今年は6月に入って特に蒸し暑い日が続いていたので絶好のホタル日和、いつもの神社へ出かけてみると、例年よりかなり多めに飛び交っていました。
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蛍は手持ちのスマホカメラではほとんど映らないので、写真はホタルスポット近くの老人施設の明かりです。
ちょっとホタルっぽい色の写真が撮れたので代用(笑)。

私のこれまでの人生で一番沢山のホタルが飛び交っている様子を見たのは大学生の頃。
九州産業大学近くの三日月山の裏側にある三日月山霊園の下の沢を下った集落にポツンとあった自販機付近で偶然見たのでした。

大宰府方面からバイクを走らせ近道をして福岡市東区へと帰るために細い道をひた走り、新幹線の高架をくぐり三日月山の山あいの集落の下を通り抜ける道へと急いでいた。
当時、新幹線の高架をくぐると山の麓に『ダム建設反対!』と書かれた大きな看板がいくつか立っていた。
その看板の横を抜け、小川沿いに細く曲がりくねった道を上って行くと集落から降りてくる脇道との合流地点にポツンと一つだけ自販機があることを知っていた。
普段なら、特に一人でバイクを走らせているときにはまず止まることはないのだが、その日に限ってなぜか飲み物をを買う気になってバイクを止めた。
辺りにはほとんど民家は無く、街灯もほとんどない。
自販機の明かりがなければ真っ暗な山が両側に迫り、頭上の夜空だけがやけに明るく見える暗がり、車などほとんど通らない知る人だけが知る抜け道といった場所だった。

自販機で買った飲み物を飲んでいるうちにだんだんと暗がりに目が慣れてきた。
バイクのライトを頼りに走っているときには全く気付かなかったがホタルが飛び交っていた。
自販機の明かりから少し離れてみると、なぜ今まで気付かなかったのだろうと不思議に思えるほどのホタルの乱舞、小川の付近は勿論、道路を隔てた右側の山の斜面一面が光っている。
そして小川の向こう側の山も見渡す限りホタルの緑色の明かりが明滅していた。
道路上にも行き交うホタルの光、頭上以外はホタルで埋め尽くされているといったほどに山全体が規則的な美しい明滅を繰り返していた。

大学を卒業した後も機会さえあれば梅雨入り前にあの場所に出かけてみたいと思っていたのだが、たぶんあの場所はダムの底に沈んでしまっている。
高架下の看板が思い出される。
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結婚する以前から妻は何故か麻雀をしたがっていて、私と妻(当時は妻ではなかったが)の他に全然麻雀をしたことの無い妻の女友人を二人呼んで1~2度だけ麻雀をしたのが二十年以上前の事。
しつこく麻雀をやりたがっていた妻もその時が初めての麻雀で、ルールや役は全て私一人に任せて麻雀の雰囲気を楽しんだ程度。
その頃妻は、「結婚して子供が出来たら家族4人で麻雀しよう」と一人で勝手なことを言ってはいたのだが・・。

その後二人の子供達に恵まれ、子供達もすくすくと育ち長男君が大学生になった先日、妻は麻雀の事をしつこく覚えていたようで突然「長男君も大学生になったしそろそろ家族で麻雀しよう!」と言い出した。
全員初心者の麻雀は面倒くさいので私は相手をしたくなかったのだが、大学生の長男君は乗り気、中学生の次男君は興味津々で妻は勿論やる気満々、押し入れの奥深くに仕舞われていた麻雀牌とマットを引っ張り出してきて準備を始めてしまった。
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妻はこの日絶対に麻雀をやる気だった様子で、私が仕事から帰る前に役の一覧をネットからプリントアウトしていて準備万端。
始めると同時に、一部しかプリントしていない一覧表をテーブルの真ん中に広げて全然ゲームが進まないし、一枚牌を引く毎に妻と子供達でプリントを奪い合い自分達の手牌に似た役の形を探すという、早速私の予想通りの面倒くさい展開。

それはさておき、普段麻雀をする人なら最初の二枚の写真に違和感を覚えたのではないだろうか?
二十年以上も全く麻雀をしていないとこんな事が起きるのですよ。

私が何かおかしいと気付いたのは二局目、妻がサイコロを振り六の目を出したときの事。
サイコロが止まると同時に私が「右六」と言うと、皆がどういう意味?と私を見るので「場には東南西北(トン、ナン、シャー、ペイ)と風(方位)があって、サイコロ振った親が東だからそこから方位の順に六数えると配牌は右からになるって決まっているから、右六とか左八とかと言って一々数えなくてもいいの」と言いながら、妻が東で一、東の左側が南だから次男君が二で、次が・・と数えて見せるとなんと六番目は左側に!?
これには私は動揺したね、ホントに驚いた。
あれ?北を向いた時に右側が東だから東の左は南であってるよな? スマホで麻雀の風をこっそり検索してみると、本当の方位とは逆!?え?全然知らなかったというか完全に忘れている。
方位が逆になってるなんて全く記憶にないのだが、右六だとか左十二とかは記憶にしみついてるので逆回転じゃないと辻褄が合わない。
これには驚いたけど仕方が無いのでこの日だけは逆回転でやっちゃいました。(笑)
それと聴牌料をすっかり忘れてた、ほとんど私一人が聴牌して親は流れていくので「はい、聴牌、百点ずつくれ」って具合に徴収してて全然気付かなかったのだが、あるとき二人聴牌してやっと異常だと気付いた。
あれ?二人聴牌だと150点ずつ?そんな点数無いじゃん?って具合に。(笑)
とにかく滅茶苦茶時間が掛かるので東場の一周だけで終了。

この時使用した麻雀牌は二十年程前に妻の友人達と遊ぶ為に購入したものだと思っていたのだが、肺と一緒にこんなメモが入っていた。
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このメモ用紙に印刷されているマークはワールドコーヒー。 ということは私の大学生時代の友人imd君の使っていたメモ用紙。
これは符計算を覚えるときにimd君が書いて当時みんなで利用していた符の早見表だと思い出した。
ああ、この麻雀牌はあの時の、同じが牌が八枚も入ってることに気付かずに何局かやって「それ、ロンして良いかな?五枚目のだけど・・」って名言が飛び出して爆笑した、その後販売店で交換してもらった学生時代の思い出の牌、何度も引っ越しては何度も荷物を処分したのにずっと持ってたんだと懐かしい気持ちにさせられたのでした。

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スーパーの中で商売をしていると、小さな子供を連れたお客様が毎日何組もやってきては鮮魚売り場の前を通り過ぎて行きます。
窓から見た売り場

【窓の奥が気になる】
スーパーで買い物中の母親や父親は商品を熱心に眺めていてバックヤードの窓の内側で作業をしている私達店員には用事がある時以外は目もくれませんし、ガラス窓の奥で作業している店員がいる事にさえ気付いてもいない様子ですが、親に抱っこされたり子供用のカートに乗っている子供達は別です。
私が作業の合間にふと顔を上げると、窓の外(スーパーの売り場側)からじっとこちらを覗き込んでいる小さな子供と目が合うのです。
親達が買い物に夢中になっている間、小学生以下の子供達はかなりの高確率で目を真ん丸に見開いて店内の窓の奥を覗き込んでいるのですが親たちは気付いていないようです。
目が合った時に私がニコっと笑って見せても真ん丸の瞳でじっとこちらを凝視し続ける子供達ですが、私が軽く手を振ると小さな手を振ってバイバイをしてくれます。

【転んで泣くのは?】
よちよち歩きの子供達は時にスーパーで買い物をしている親から離れて売り場を走り回ります。
いつも買い物にくる売り場なので親の方も油断して子供を放ったらかしで買い物をしていると、走り回っていた子供がゴツンと音を立てて転ぶ事があります。
そして大きな声で泣いている子供を母親や父親、時には他の買い物客が慌てて抱き起すのですが、同じように転んでも泣かない子がいます。
痛くなかったからではないようで、転んだ時に私が心配するほど大きな音でゴツンと膝や頭を床に打ち付けていても座り込んだまま今にも泣きだしそうな顔できょろきょろと周りを見渡して、見える範囲に誰もいない事を悟ると立ち上がり何事もなかったかのように走り去ってしまう事があるのです。
それに気付いて観察していると、子供達は転んですぐに泣きだすのではない事にも気づきます。
みんなではありませんが、転んだ子供は辺りを確認してから泣き出すようで、誰もいない場所で転んだ時には以外と平気だったりするのです。
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