魚屋の朝は早い。
ある朝、いつものように歯磨きと洗顔を済ませて眼鏡を掛けようとした時に眼鏡が無い事に気付いた。

私は自分の忘れっぽさを自覚しているので、財布や眼鏡やカバン、家の鍵などといった普段の持ち物については置く場所を決めていて、帰宅時や寝る前には必ず所定の位置に置くので眼鏡を探すなどということはまずないのだが、この日は何故かベッドの周りや洗面台の付近や居間のテーブルの上などどこにも見当たらない。
それこそカバンの中も机の中も探したけれど見つからない。
眼鏡
前夜寝る前の行動を必死に思い出してみるのだが、眼鏡は寝る直前まで掛けていたはずだし、眼鏡は所定の位置であるベッド脇の小物スペースに確かにおいた・・はず。
早朝の魚市場のセリ開始時間が迫っているので一刻も早く家を出たいのだが、眼鏡が無くては魚の目利きができない、それ以前に車の運転もできないので出かけることが出来ずに焦る。

ガサガサと探し回っている物音に妻が目を覚まして探すのを手伝ってくれた。
視力の弱い私が眼鏡も掛けずに手探りで眼鏡を探していたところに眼鏡を掛けた妻が捜索に加わってくれた事で事件は一気に解決に向かうかと思われたのだが、眼鏡は一向に見つからなかった。

朝目覚めてからの行動を思い出そうとするのだが、毎朝繰り返される一連の動作は無意識で行われておりハッキリとは思い出すことが出来ない。 そうして思い出したいくつかの行動は、今朝の出来事だったのか昨日の出来事だったのか?はたまたもっと前だったのか、眼鏡を探しているうちに何だか混沌とした頼りない記憶になってしまっていた。

セリの開始時刻が迫っていたので眼鏡の捜索に見切りをつけて、これまた所定の位置に保管してあった古い眼鏡を引っ張り出してかけてみると、何故か今まで使用していた眼鏡よりもよく見える気がした。 近視の人が老眼になると、眼鏡の度数を弱めた方が遠近がバランス良く見えたりするのだという事は後日眼鏡店に行ったときに知った。
何はともあれ古い眼鏡を掛けて出勤し、何とか急場を凌ぐことはできた。

その日の夕刻、仕事を終えて帰路に就く頃に妻から電話が掛かってきた。
「もしもし! 眼鏡! たった今見つけた!」
「どこにあったと思う?」
何だか勝ち誇ったように大喜びでまくしたてる妻の声に私としては良い気はしないのだが、早朝あれだけ探して見つけることが出来なかったものだから素直に負けを認めるしかない。
「全然わからない、どこにあったの?」
すると妻が、さらに勝ち誇ったような声で大爆笑しながら 「冷蔵庫の中!」
「え?」
「れいぞうこのなか!?」

仕事から帰宅して、夕食の準備を始めた妻が冷蔵庫を物色していて私の眼鏡を発見したのだと言うのだけれど、全く狐につままれたような出来事だった。