私の実家には無花果(いちじく)の木があって、秋になると沢山の実を付けます。
庭の無花果の身の色は全体的に赤茶けて日毎に皮が薄くなり自然にはち切れるのですが、そのはち切れ始めた(完熟した)無花果は市販されている綺麗な緑色っぽい無花果よりもはるかに美味しくて、子供の頃の私は少しはち切れた実を見つけてはその場でもいで食べていました。
イチジク

春先は猫たちの恋の季節です。
当時、我が家の庭先には魚を運んだ後のトロ箱(魚を入れる木箱)がたくさん積まれていて、乾いたトロ箱から発せられる微かな魚の匂いに釣られるのか夜になると庭のあちらこちらから赤ちゃんの泣き声にも似た猫たちの発情期の鳴き声が夜遅くまで聞こえてきました。
エアコンなど一般家庭には普及していなかった当時は窓を少しだけ開けたままで寝ていましたから野良猫たちの甘えたような鳴き声が一層うるさく枕元まで聞こえていたのでした。

私が高校生の頃、ある日の深夜の事です。
いつものように数匹の猫の鳴き声が、甘えたようであったり怒ったようであったり入り交じって聞こえていましたから数匹のオス猫とメス猫が集まり、オス猫たちが目当てのメス猫をめぐって威嚇しあっている様でした。
そのうちに普段の猫たちなら絶対に立てない激しい足音、聞いたことの無いほどとんでもない大声で叫ぶ猫の声と、バン!と庭にあるトタン張りの小屋に激しくぶつかる音がほぼ同時に聞こえて、その後何事もなかったような静寂が訪れました。
オス猫たちがメスをめぐって争うときに大きな声を出して威嚇したりレスリングのように激しく組み合って喧嘩をすることはよくある事ですから、この夜中の騒動にも布団の中で『今日はまた、特に激しかったなあ』などと思いながら私はそのまま眠りました。

翌朝、通学のための自転車を取りに小屋に行くと、小屋の入り口でオス猫が一匹死んでいました。
哀れなこの猫は、昨夜の恋の争いに負けて死んでしまったようです。
猫たちの発情期の争いは我が家の庭で毎年繰り返されていましたが、この戦いが命を落とすほどの激しいものであるという事をこの時初めて知ったのでした。
とにかくすぐに登校したかったのですが、庭で死んでいる可哀そうな猫をそのままにして行くことは出来なかったので、小屋にあった大きなスコップで庭の隅に穴を掘って猫を埋めてから急いで学校に行きました。

その年の秋になり、庭の無花果の木がいつものように沢山の実を付けました。
両親や姉たちが無花果の熟れた身をもいでおいしそうに食べていましたが、私はあることが気になってどうしてもその無花果を食べる気にはなれませんでした。
何も考えずに私が庭に穴を掘り、あの猫を埋めた場所が無花果の木の根元だったからです。

それ以来、私は庭の木になった無花果を食べなくなりました。
スーパーで売っている無花果は食べるのですが、庭の木になっていた、あの完熟してはちきれる寸前の無花果と比べると全然美味しく感じられないので、そのうちに無花果を買って食べるという事も全くしなくなりました。

先日、私の店のパートさんが無花果を買ってきて「みんなで食べてね」と置いて行ったので久しぶりに一つ食べてみました。 久しぶりに食べた無花果はおいしかったのですが、子供の頃に食べていたあの完熟した無花果のおいしさとは程遠いものでした。