毎日のように同じ時間にやってきて鯛の刺身を買っていく年配のご婦人に「鯛の刺身ばかりで飽きませんか?」と声をかけてみると、「父のところに持って行くんですよ。 体調を崩している父に少しでも長生きしてもらいたくて、父はタイの刺身が好きだし、鯛は体に良いって言うでしょ?」との返事、その後も鯛の刺身を買いに来る姿を見かける日々が続いていました。

そんな彼女がある日、「お刺身の注文して良いですか? タイの姿造りをお願いしたいのですが・・」と声をかけてきました。
私が「お父さん元気になったのですか?」と聞くと、「先日亡くなったんですよ。父は鯛の刺身が好きだったので、初七日の法要の時に豪華な鯛の姿造りをみんなで食べようかと思って」と言うのです。
普通なら良い話ですねと返しそうなところですが、私は「それなら鯛の姿造りはやめておいた方がいいですよ」と言いました。
タイ姿造り

訳が判らないという風で、驚いた顔をしている彼女に、「鯛の姿造りは鯛の尾頭(おかしら)付きになるので、特別おめでたい時に作るものなのですよ。初七日に集まるのがご兄弟だけなら構わないかも知れないけれど、お父さんが亡くなったばかりだし、親戚の叔父さんや叔母さん達も集まるのなら変な風に思う人がいるかも知れないからやめておいたほうが無難ですよ」
と私が言うと、彼女はせっかく良い事を思いついたのにまさか魚屋さんで否定されるとは思ってもみなかったという様子で、どうすればいいの?という顔を私に向けている。
そこで「鯛の刺身が好きだったお父さんのために、鯛を多めに入れて豪華な感じになるように刺身の盛り合わせを作るので、それでどうでしょう?」と提案して了解を得たのでした。

それから数年経った今でも彼女は毎日のようにやってきて魚を買い物かごに入れると、こちらにに軽く会釈をして帰っていくのです。