日本の神様

商工会議所で取り組んでいる事業に、海外からのインバウンド(旅行者)にどうやって来ていただくか、どうもてなすべきか、を検討する事がある。おそらくこれは日本中の行政や商工会議所が取り組んでいることでもあるはずだ。帯広ではJICAとの共同事業でマレーシアとの交流があり、必然的にムスリム(イスラム教徒)の方に対する対応が必要になりハラール(許されたもの)やハラーム(禁じられたもの)を勉強することになる。いや、それだけでは無くて世界の様々な文化や宗教、あるいはそれらに応じた食習慣などの情報にも浅いながら触れることが出来た。世界にはたくさんの神様がおり、その数だけたくさんの歴史と文化、様々な生活習慣があるものだ。それらのことを勉強しているうちにふと気づいたことがある。世界の神様は人間がいて人々がその神を信じているから神様があるのだと。神は人々の生きるとき、あるいは死後に救いを差し伸べる存在であり人のいないところ(場所ではなく)に神様はいないのだ。
だが日本人にとっての神様とは自然であり宇宙の営みである。これは人類が居ようが居まいが関係ない。自然とはただそこに存在しているものであり、我々はただそこに住まわせていただいている、生かさせていただいている事に感謝しながら生きている。神様は人を救ってくれる存在でもないし助けてもくれない。ひとたび大きな災害があれば何千人、何万人という人々の命が一瞬で失われてしまう。大きな地震や火山の噴火も、温暖化による台風の巨大化も、それは自然の調和という営みそのものでしか無い。それは住まわせてもらっている我々が自然を畏れ敬い、備えて行かなくてはならないことなのだろう。そして再び太陽が昇れば手を合わせ、作物や生き物が収穫できることに感謝し、そして今日までその命を頂いて我々はDNAを繫いでいる。遙か縄文の時代は生きるために必要なもの(命)を頂き、それに感謝し、自然の力を恐れ、神を(自然を)祭ってきた。その営みは1万数千年にわたって続いた人類最長の継続する文化であった。その自然に対する観念は時代が変わっても各地に住む人々に影響を与えてきた。北海道のアイヌ民族はもっとも縄文の意思を引き継いできた者たちであると思う。縄文の思想は日本の神話にも引き継がれており八百万の神々は自然の営みを擬人化して出来ているものであろう。そしてそれは日本の神様(日本神道)へとつながっている。日本の神様とは自然のことであり、宇宙の存在そのものであり、人間などいなくとも存在する。似ているのはおそらくオーストラリアのアボリジニやアメリカのインディアン、エスキモーもそうかな。アフリカの原住民にもあるかもしれない。いずれもその居場所を追われてきた者達だ。周囲を海に囲まれた日本は奇跡的に古代の思想が今に引き継がれている。それが日本の神様だと感じた。

商売道具

我々職人の世界では様々な道具を使います。大工さんであれば玄翁やスケール、ドリルやインパクトドリルなどの電動工具類。板前さんならば包丁、砥石、実に様々な職種で多くの道具が使われます。しかもそれは個人負担の場合がほとんどです。それでなくとも年間収入が製造業に負けていると言われるのにさらに道具代がたくさんかかります。しかし事業所の登記をしていれば経費として認められるが会社に勤めている職人さんは経費がまったく認められていません。同じ仕事に使うものを購入するのに個人では事実上収入に影響しています。若者が建設業に見向きもしなくなったのにはこういうこともあるのだと思います。なにせ必要経費なのにその分収入が少ないと同じだからね。これはなんとか経費として認められるよう商工会議所にも働きかけてもらわねばなるまいて。

農家が自分の周囲の事をわかっていない件

昨日、商工会議所の委員会で畜大で起業に向けて頑張っている子のプレゼンを聞いた。農家さんと消費者を近づける仕事をしたいとのこと。それ自体は珍しくはないが若い人が何かやろうとするのは見ていて楽しい。応援したくなるね。その時に思っていたことをつい話してしまったのだが・・・・・

とかちの農家さんはその環境にものすごく恵まれている人が多い。広大な畑とどこまでも広がる大地、彼方には大雪山系や日高山脈が広がる。どう見ても日本とは思えないほど素晴らしいところで仕事をしている。しかしそこで仕事をしている農家さんはそのことに気づいていない。せっかく大きくて立派なまるで外国のカントリーホームのような家を建てているのだがなぜか古い家を壊さない。まあ物置として使ったりしているのだがボロボロになって傾いていても壊さない。車は廃車になっても家の周りに積んどくし農機具の壊れたのかなんか知らないがほったらかし。農薬だか肥料だかわからないが容器が転がっているし作物の余ったものもそこら辺に捨ててある。かっこいい大きな家を新築して南向きの居間の大きな窓がある一番畑が美しく見える方角に平気で堆肥舎を作る。あまりにも身近にありすぎて自分がどういう環境にいるのかが見えないんだね。周りを片付けて芝でも貼ってアウトドアのテーブルセットでもおいて休日にはバーベキューを楽しみながら子供とワンちゃんと戯れる・・・なんて素晴らしいカントリーライフだろう。誰もがうらやましがる十勝のファーマーズスタイルなのに。
たまに農家さんと飲む機会があるとそんなことも話すのだが私の知っている農家さんは皆そのことを知っている人ばかりなので笑い話で終わるけれど。しかし女子大生というブランドのある君たち(畜大生)だったら誰に言ってもカドが立たないので言ってやって。いやむしろ農家さんの人もうらやむ十勝型ファーマーズライフのコンサルティングがその起業グループで出来ないかと。

人はとなりのかみさんがきれいに見える・・・いや違った、芝生が青く見えるものだ。自分の足元は意外と見えていない。自分がどれほど恵まれた暮らしをしているか。うちの会社も赤字だ儲からないとか大変だとか言ってみても親父やじいさんの世代の話を聞くと明日の米がない、食うものがない、誰かにお金を借りられればいいがなければご飯や味噌を借りたり、そんなギリギリの暮らしの中で生きてきたし周りがみんなそうだったからなんとも思わないで笑って暮らしていたそうだ。うちはいくら儲からない会社でも明日の米はある。おかずもちゃんとある。仕事にかこつけて飲みにも行く。なんて恵まれているんだろう。余計なことに使うほど儲からなくとも毎日心配なく暮らして行けることがどれほど幸せなことなのか。きちんと考えないとその幸福を見逃してしまう。

十勝に暮らせていること自体、幸せなことだ。その環境をうんと楽しんで十勝型のうらやましい農家スタイルをどうか極めてほしい。外国の人が遊びに来てもワンダフル、ビューテフォー、オーマイガッ、って言うほどにね。

建設費を安くするには?

釧路市立病院の建設が、資材高騰と労務費高騰で予算が納まらなくなり延期になったそうだ。少なくとも2~3年は遅れそうだとのこと。最新の工法と素材を使えば工期は短縮されるが当然材料コストは高くなる。ましてや工事量が多いと値段を下げてまで売る必要が無いからね。労務費はと言うと建設業界の賃金はまだ魅力があると言うレベルには遠いだろう。働き方改革などでより待遇改善が求められるので、労務費というか単価はさらに上昇しないとつじつまが合わない。と言うことはそもそも予定金額に無理があるのか設備を高望みしすぎているのではないだろうか。普通に考えれば地域の資材をより多く使用して地域の労働力をより多く使い、それで出来るレベルの工期設定をすればおそらく一番安くなるだろう。工法で言えば鉄筋コンクリート造だろう。工期は1年くらい延びても地域への経済波及効果は圧倒的に大きいし品質も良くなるだろう。2年で完成させるためにコストの高い特殊な工法を使い外部からの資材や労務ばかりにたよる計画を立て、予算が合わなくて2年も3年も延期するくらいならば鉄筋コンクリートにして工期を3年にすればより地元の資材も売れるし雇用も圧倒的に大きくなるので地域経済にとってはこの上ないメリットが生まれるのだがいかがだろう。


民間の建築でも不思議なことがある。なぜかしら工事費の高い時期に発注したくなるようだ。公共工事の流れは3月年度末なので、概ね地方では4月検討スタート、5月発注、6月議会審査、7月着工、職人が働けるのは下手をすると8月からだ。福祉関連や農業の補助金事業でも国の補助が決定するのが7月くらいなのでやおらそれからスタートする。工事が8月以後に集中するのはそのためだ。この時期には各ゼネコンからあらゆる工種の専門工事業者(下請)に図面や仕様書を送って見積依頼をかける。当然我々下請はフルに忙しいし無理をして労務不足を加速させたくない。効率の良い仕事を適正なだけ確保することが一番コスパが良い。なので無理はしたくないので注文が来なくても良いつもりで高めに見積もる。全ての業種が繁忙期は見積が高くなるのは当然のことといえば当然だ。なので工事費は高くなる。あるいは安くても良いようなレベルの低い業者に依頼して粗悪な品質のものが出来る。

北国の建設業界では、8月から12月までは以上のような環境で工事費がアップし、資材も高騰し労務も確保出来ず工事も遅れがちになる。年が明けて1~3月は自然環境が厳しすぎて工事をやっても品質が悪くなるばかりではなく、防寒養生や機械の暖機運転で膨大な燃料(全て輸入品)を消費し、同じく膨大な量のCO2を大気中にばらまく事になる。おまけに雪が降ったら除雪の費用もかかるし寒さと雪で仕事のペースも相当ダウンする。工事費にそんな予算が含まれているはずもなく、この1~3月の工事は施工するゼネコンも、工事に携わる我々職人の会社もまったく良いことがないのだ。この工事を気候の良い時期に施工すれば同じ予算で1.3倍くらいの工事が出来るのでは無いかと思う。そしてこの時期は工事がなくとも民間の除雪の需要もあるし前年の片付や新年度の準備などで雇用は繫ぐことが出来る。職人の通年雇用もよりしやすくなる。そして除雪のダンプが足りないとかいう事もなくなるしね。

そして4月から8月までは例年、陽も長く、寒からず暑からずの最高の気候の時期に仕事が極端に少なくなる。この4月から8月までの期間で施工できる建築物があるとしたら、その見積依頼が来たならば、これは是非やらせて欲しい。職人がいるのでなんとか働かせる仕事が欲しい。少々の無理は聞くし単価も思い切り頑張る。と言うわけで各業者とも見積は当たり前にするかもしれないが値引きに対する考えは繁忙期とはまったく違う。資材は在庫していても腐らないが職人は仕事が無くとも働いて家族を養って行かなくてはならない。会社も必死になる。

以上のことから考えると、7月か8月頃に完成するような工期設定を逆算して発注することが出来ればすなわち工事費が最も低く抑えられるのだ。もちろん1~3月は予算と品質を考え不施工期間にするのも重要な選択だ。そして4月から職人がフルに働ける環境を作る。例としては11月に発注して年内に基礎を施工し、1~3月は養生して不施工期間、4月から工事を再開すれば最大の雇用も確保出来るし冬用の割高なコンクリートを使わなくとも済む。もっともコストダウンが可能になる。7月までに完成すれば公共工事が多く発注されても機動力に余裕が生まれる。

これからの北国の建設業界は限られた地域の予算を地域内により効果のあるように循環させることを考え、発注時期から工期延長までもっと柔軟に対応できるようにしないと労働者は減る一方であるし雇用がなければ北海道の人口は減るばかりだろう。


総合体育館の建設が始まった。

パソコンをいじっていたら2015年に書いた書類があった。市民が知ったときはすでに決まった後だったのでどうにもならなかったがついに建設が始まる。工事に参加させてもらいたい身であるので偉そうなことは言えないが実にもったいなかった・・・。

「十勝でも人口減少により経済規模が縮小してゆく事が心配されます。当面の対策の一つとして観光、コンベンション、各種スポーツ大会などを通じた交流人口の拡大が重要になるでしょう。今年開催された国際農機展や各種スポーツ大会など準備段階から含めると宿泊・交通・飲食・お土産など食品業界に多大な恩恵をもたらしました。国際農機展ではかなり早い段階からスタッフが現地入り、準備を進めております。展示会当日だけで無く企画から撤収までの期間に相当大きな経済的収入をもたらしております。室内スケートリンクでは年間の電気料金が1億円になるとネガティブな話題になりますが、ひとたび何か大きな大会が開催されれば十勝管内に投下される経済効果はそれを凌ぎます。直接的な利益は期待できないので民間では経営できませんが十勝という地域に経済的、文化的な利益があれば行政で運営する価値があると思います。そしてそれらは場所や施設があってこそ開催出来るものであり、無ければ他の地域あるいは札幌圏に行ってしまうでしょう。先日、新総合体育館の話題が勝毎紙面に掲載されておりました。現在地に建て替え一般車両300台、大型バス10台の駐車スペースがあるという設定でした。大きなパチンコ屋さんでも1000台分はあるというこの車社会で。最近では大きな建物はそう簡単には建設できないので様々な用途を想定した多目的な施設にしている地域が多く見られます。規模追求ではありませんが、いざ何かという時には周辺施設を含め多目的な利用が可能になる創り方です。新総合体育館は十勝という経済圏を考えれば最大級の施設であり、帯広だけでなく十勝全体、北海道、全国を見渡したスポーツ大会やコンベンション開催の可能性があります。そのあり方によっては将来の十勝経済に多大な影響を及ぼします。その施設が普通車300台、大型バス
10台分の駐車場しかとれない場所で良いのでしょうか。新警察署を含めさらに交通が煩雑になる現在地で管内外からの受け入れや中心市街地への交通アクセスに問題はないのでしょうか。河川敷は近くにありますが悪天候では使えないというリスクがあります。体育館は教育施設ではありますが将来にわたって地域に大きな影響をもたらす公共施設でもあります。10年、20年後のために都市計画を含めてしっかり議論する必要があると思います。」


当時、河川敷が使えると市の担当者が言っていたが、台風シーズンは予報が出ると当然河川敷は閉鎖されるので予定が立たないため大きなイベントは組むことが出来ない。と言うことは十勝にもたらさたはずの経済波及効果が大きく減ってしまったことになる。残念でならないね。とはいえ工事には是非参加できるよう頑張って営業しよう。(^_^;)
こうなった以上、今後出来ることは周辺地を可能な限り買収して駐車場を増やすことだろうか。お金と時間はかかるがね。

人類はどうなりたいのだろうか

新聞に中国で無人のコンビニを猛烈な勢いで増やすという。かごに入れたものを自動で読み取りスマホで決済するそうだ。その前にほとんどの買い物をネットで済ませる消費者が爆発的に増加している。AI(人工知能)スピーカーも話題になっているが話しかけると情報を教えてくれたり雑談に付き合ってくれたりするそうだ。テレビのチャンネルを変えたり録画予約が出来たり、ネットで相手と会話したりも出来るそうだ。銀行やホテルでは窓口に人が必要なくなりタクシーにも運転手がいない。これは一体どんな世界になるのだろうか。電話で会話する相手さえもAIが学習して本人のような話をすれば相手が人なのかどうかさえわからない。管理する01%の人間はゲームと一緒で楽しいかもしれないが普通の人類はネットの中の消費コマンドに過ぎない。ネットの中以外に関係性が必要ない世界で生きて行けるのだろうか。というより生きる意味があるのだろうか。人類の、というかあらゆる生き物の進化の理由と歴史を根底から覆す、そんな恐ろしいSFみたいな世界があり得るのかも・・・そんな世界には住みたくないね。せめてもの抵抗の為にガラケーを使い続けよう。(^^;)

誰が道東一円の将来を描くのか?

承知のように行政とは行政区内の政(まつりごと)を行うのが仕事だ。ゆえに行政は自らの境界線から外へは1円たりとも使えないのが基本的な有り様だ。帯広市は帯広のことを、音更町は音更町のことを、上士幌町は上士幌町のことを考えて政を行う。十勝は一市16町村がそれぞれに地元のために存在する。では十勝という広域なエリアのことは誰が考えているのか。行政にはそれが出来ない。十勝総合振興局だろうか。確かに振興局は全体を見渡している組織ではあるがあくまでも道から配分された予算を最大限効果的に使用するのが役割だろう。振興局のトップは道から派遣された役人であり選挙で選ばれたわけではないので地域に責任は持たない。と言うより持てない。もっと広域な東北海道の未来は誰が考えているのかだろうか。おそらく誰も考えてはいまい。考える人がいたとしてもそれは私のように夢想の中でのことであり実現はしない。仕組み的に東北海道エリアを考える組織自体がないのだ。もちろん選挙で選ばれたトップも存在しない。北海道と言うか札幌圏にぶら下がる小さな地域の集合体でしかないのだ。このまま時間を重ねて衰退して行くだけでいいのか。東北海道として独立した経済圏を目指すべきではないのか。

東北海道という広大なエリアの未来を考えられる組織を生み出せるとしたらそれは商工会議所や商工会だろう。地方ではよく行政と商工会議所は地域経済を発展させる車の両輪に例えられる。しかし行政は行政区という線引きから一歩も出られない。エリア内でのことしか考えられない。もう片一方の車輪である商工会議所や商工会は経済界の組織であり、経済界には行政区などと言う線引きはどこにも存在しないしある意味自由に活動が出来る。行政とまったく一緒に走っていてはくるくる廻るばかりでどこにも行けはしないのだ。商工会議所を中心に地域間の経済界の連携を図り、東北海道の将来像を描く大きなテーブルを作るべきだろう。そこでは我が町の発展はなどという小さな事は言ってはいけない。我が港が、我が空港がとも言ってはいけない。道東経済圏のどこに拠点空港があればいいのか、物流拠点があればいいか。人や物流の経路はどこに必要か、各港の役割は何か。食とエネルギーの安全保障は確保出来るのか。道東経済圏がどう自立して行くのかを語るべきだろう。商工会議所や商工会は元々地域の経済界の重鎮がいるのでいざとなれば政治力は強いはずだ。それぞれの内部に政治組織も持っている。プランがあって理想に燃えれば東北海道のトップを選挙で決める行政区を実現することだって出来るはずだ。そうなって初めて東北海道経済圏が確立する。頑張れ会議所(/_・)/(ひとごと(笑))

釧路や根室だけの話じゃあない

14日の新聞にでていたが、釧路市と根室市が協力して根室本線と釧網線の存続に向けた期成会を設け、正式に存続を申し入れた。しかしこれは釧路と根室だけの問題なのだろうか。今のままでは少子高齢化と札幌一極集中で道東経済は縮小するばかりだ。その対策として最も有望なのが海外のインバウンドを主体とする観光産業の振興だろう。十勝、釧路、根室、網走、北見圏域が一体となった観光開発が必要だし道路網、鉄道網、空路は重要な動脈を形成している。これが廃線になったら当然道東全体に悪影響があるだろう。行政は自分の管轄内のことしか考えないが経済はもっと大きなエリアで動く。十勝の農畜産業を主体とする経済力、釧路圏は釧路港を中心に道東の物流拠点であり観光と漁業がある。根室網走は観光と漁業、北見は農畜産業でありそれぞれの都市は互いに役割分担が出来ている。各都市が補完して道東という経済圏が出来れば道央に負けずに戦って行くことが出来るだろう。最近、北海道を分県すべきだと提言する団体があるが、そんなことは札幌が認めるわけがない。それよりも道東が一体になれば約80万の人口がいるので道東一市の政令指定都市を目指すのが正しい。政令市であれば札幌の影響をあまり受けずに行政が出来る。道東市?(語呂が悪いが)の誕生が望まれる。道東が生き残るのはこれしかないだろう。(/_・)/
経済の中心都市はもちろん十勝だ。経済規模も大きく歴史的に政治が強い。札幌と東京の窓口として機能する。釧路は釧路港を中心に道東一円の物流拠点としてフェリーや港湾を整備し、製造業誘致にも力を入れる。もちろんそれには地元の電力が絶対に必要なので石炭火力発電を建設し炭鉱の再開を図る。北見、網走、根室は農業と漁業の強みを生かして観光に力を入れる。そうすれば自ずとどこに道があればいいのか、線路があればいいのかがわかる。道東の農畜産物をすべて苫小牧に持って行ってしまってはいけない。釧路港があるじゃあないか。トランプじゃあないが道東ファーストで考える必要がある。夢のような話だが十勝を拠点都市にしても良いという合意が出来れば不可能ではないと思うのは妄想か。




有給あるのが普通の会社

有給休日は6ヶ月以上勤めると10日間を与える・・・というか権利があるのを法律で決めている。最近新聞に6ヶ月に満たなくとも前渡しの状況で10日間の有給を使えるようにする話が出ていた。季節雇用だと6ヶ月たつと残りは数ヶ月と言うことが多く、その中で10日間も有給を使われてはかなわん、ということだろうか。当社ではすでに一昨年から実行している。季節雇用の人(当社では65歳以上)も10日をフルに使ってもらう。有給は最低5日間は本人が自由に使える休日でなくてはならないが、それ以外は会社と協議して決めることが出来る。たとえばGWの平日を3日、お盆の平日を2日、を有給にしておくと5日は決められる。残りは風邪をひいて休んだときでもいいし法事があるときでもいい。孫の運動会でもいいしね。とにかく残さないで使ってもらう。通年雇用のものはほとんどが6年半以上勤めているので有給は20日ある。これもGWに3日、お盆に2日、正月に5日を有給にする。残りは自由に使ってもらう。はじめは忙しい時期に休まれたら困るなあ・・などと心配していたが自分の会社が忙しい時期に休む者などいない。それに風邪や病気や法事があるとかはどのみち休む。とにかく1年で残さずに使ってもらう。これは働く者も喜んでくれる。会社は大変だが。20日と言えばほぼ1ヶ月分の給与に当たる金額だ。厳しいけどなんとか頑張るしかない。これが普通の会社ってもんだぜ。

退職金共済って・・・3

退職金共済って福利厚生にはあたらないらしい。それは各社が考えて用意するものだとか。そう言われればそうなのか。しかし長年働いてくれた従業員が退職する時に余裕がなければ何も出来ない会社というのもどうなんだろう。本来は建退共などに頼らず積み立てられればいいのだけれどやっと社会保険が整備できつつあるこの業界にはまだ無理だろう。であればせめて建退共は準備しなくては。組合としてもこの世界で働く職人達の将来を考えると絶対に必要なものだ。その時の経営状況によっては共済金がいくらかでもあれば会社でも付け足すことが出来るかもしれない。十勝支部でも全加入を目指して働きかけるとしよう。十勝では公共工事だけではなく民間でも建退共証紙を発行してもらえる会社も多い。もちろんもらえないところもあるがその不足分を自社で買って手帳に貼る。住宅などの民間工事ではまったく考えられていないが技能者確保の観点からも整備したところは堂々と語っていいだろう。

建設業界は受注産業なので決まれば有る。決まらなければ無い。季節的要因や景気の動向にも左右され公共投資増減の影響もある。仕事量に大きな波があるので一定の従業員を抱えるのはむずかしかった。いや、今もむずかしい。そのため多くの会社では作業員でグループを作り、請負制という形態で仕事を下請に出す。下請けするグループは仕事を完成して決まったお金を受け取る。元の会社は金額を決めるだけでそのグループが何時間働いてどれだけ賃金をもらって休日や福利厚生や退職金などがどうなっているのかは関係が無い。ちょっと言いすぎかな。関係が無いという会社が多いと思う。グループもその会社に仕事が無ければ他の会社を探す。という事で複雑に分社化し重層下請化して今日まできた。従業員は元会社に対する所属意識も薄いし元会社もある意味その方が使いやすかった。高度成長期ならばそれでも十分な収入があったし失業保険などの支援も手厚かった。いかし今はどうか。年収も低く年休や福利厚生もない。仕事が無ければ解雇されて失業保険もわずかな金額。これで建設業に就職しろという方に無理がある。

職人の業界がキチンと継続して行くためには埋めなければならない穴がまだいくつもある。公共工事の設計労務単価は日給いくらという問題で年間に何日働けるのかわからない状況ではあまり意味が無い。一年間通して働ける環境があってはじめて年収が確保できるのだ。技能を習得して、結婚して、子供が出来て、家を建てて、安定した生活があってこそ仕事にも集中できる。普通の会社ってそうなんだろうな。そんな会社に私はなりたい。(^_^;)

そのために必要な事はわかっている。
※通年雇用
※技能者としてふさわしい年収の確保
※社会保険、退職金、休日や年休の確保

通年雇用がキチンと出来れば他の項目も可能となる。通年雇用は企業の取り組みだけでは不可能であり、地域の財産である公共投資をうまく使って地域の雇用を繋げる事が不可欠だ。


身近な自然災害1

台風10号の雨はすごかった。被害もずいぶん広範囲だったし亡くなられた人もいる。ご冥福を祈るばかり。行方不明になった方も数名おられるようだが一刻も早く見つかるといいのだが。当社も札内川近くにあるので避難指示がでた。町内のお年寄りは早めに避難場所のプラザ六中に向かっていた。町内会で避難場所が旧三中だとか旧六中だとかで行政と交渉していたがまさかこんなに早く使う事になろうとは。

夜に外に出ると札内川が「ゴーッ」とものすごい音を立てて流れている。暗いので水面は見えないがとにかく音がすごい。100mくらい離れた当社の前でも響く。今にも決壊して水が押し寄せて来そうな感じだ。なぜこんなに音がするのだろう。夜が明けて川の様子を見に行ったが堤防の上から1.5mくらいまで水位が上がっている。真っ茶色の泥水だがしかし夜中のような音がしない。なぜだろう。想像だが水かさがドンドン増えて流れが激流になりいろんなものを巻き込んで流れて行く音だろうか。水かさが安定すると流れは速いが激流と言うほどではなくなる。

行政で作ったハザードマップでは当社は最大1.5mほど水没するようだ。1.5mというとこのくらいか・・・机の中の書類もコンピューターもコピーも測量機械関係もみんな水に浸かる可能性がある。椅子だって水没したら使えない。やばい。とりあえず机の上や棚の上に上げられるものはあげておく。会社の物置は地下にある。これは水没か。土嚢で入口を固めたいが土嚢なんかない。ドアを閉めてコーキングしてやろうか。しかし換気口もあるので無駄だ。その時はあきらめるか。

しかしこうしてその時が来ると実は何も準備していなかったことがわかる。現実として目の前に現れないとわからないものがある。なるほど危機管理ってこういう小さなところからの積み上げなんだろうな。気をつけたいものだ。

うちは平屋なので逃げ場所に困った。ワンワンうるさい犬がいるので避難所にも行けない。これも悩みのポイントだね。事務所の2階は親の家だがそこにも犬がいるし。車に乗せて地盤の高いところに行けばいいが雨降りなので犬のトイレにも困る。それに家から離れると状況がわからないしね。結果どうしたか、家内が犬を連れて近所の犬のお友達と車で避難。私は事務所に残ってテレビニュースと外の様子の情報収集。事務所は鉄筋コンクリートなのでとりあえず流れることはないだろう。しかし早く夜明けになってほしい。状況がわからない。

トウモロコシおいしい(o^^o)

茹でトウモロコシを買ってきた。国道38号のチロットにある農家が出しているお店。ここが一番美味しい。茹でトウモロコシはとにかく塩加減が大事だ。甘いだけではすぐ飽きる。道内を車でドライブしているとあちこちにゆでトウモロコシの看板がある。しかし塩加減も無く甘いだけのトウモロコシでガッカリする。時にはトウモロコシ自体がまずいところまである。道外や海外から来るお客さんは「北海道のトウモロコシ」という事で大変期待して食べるのだけれどこれがまずいとイメージダウンだ。大事なのは塩加減、塩味が効いているとトウモロコシの甘みがいっそう生きてくる。トウモロコシを販売する人は収穫から塩加減、ゆで時間など勉強して販売してくれるといいのに。トウモロコシマイスターなんて資格があるといいね。お客さんは一期一会かもしれないのでぜひ美味しいトウモロコシを食べてほしい。十勝のお店はどこで買って食べても美味しいという話題になるように。

退職金共済って・・2

建設業退職金共済はもともと公共工事で整備されたもので工事に係わったら一日1枚証紙を発行してくれる。昔は数十円だったが今は310円になっている。その積み上げた分を将来引退する時に本人がもらえる仕組み。民間工事などでもらえないところがあると自分の会社で銀行から証紙を買ってきて各人の手帳に貼らなくてはならない。が、これがけっこう大きい。いつ会社が倒れるのかわからない状況で経営していたので自社で買うことなど考えられなかった。元請企業からもらう事ばかり考えていた。しかしこれって福利厚生のひとつだという事に今気づいた。(/_・)/ 最近では工事費こそ厳しい状況になってきたが福利厚生費(主に社会保険だが)を別枠で支給してくれる企業も増えた。別枠にしてもらえない会社にも別枠支給をお願いしているところだ。で、あるならば建退共の不足分は自社で用意して当たり前という事だ。そうだった。民間工事が多くてもらえないから建退共に加入しないという会社があるが福利厚生費はもらっている。だったら加入しなければならない。建退共で無くても中退共(中小企業退職金共済)などの制度もある。そんなお金がないと言うならば福利厚生費を見直してもらうべきだ。建設業に働く者すべてが金額の多い少ないはあっても退職金がキチンともらえるようにしなければならない。法定福利費として別枠支給してもらってる企業はすべからくなにがしかの退職金制度を利用すべきだと思う。

ライフスタイルの変化がもたらす技能者不足の問題

やっとあちこちの現場が動き出したと思ったらもうすでに人手不足、技能者不足が話題になる。しかし今の今まで(7月中旬)大きな工事もなく人があまった、もしくは十分間に合う状況で推移してきたのが現実だ。一年間のスパンで見るとこれはもう人手不足ではなく発注時期の片寄りによる工事の集中と閑散期の工事不足が原因であろう。年間工事量を年間で消化しようと思えば今ある戦力でも十分可能な数字だ。ましてや少子高齢化や人口減少などで地方に投資する動機がますます少なくなると予想されることから、技能者の生活設計を考えると慎重に育成する必要がある。今直面する大きな問題は技能者の高齢化だろう。これは待ったなし、この業界では60才以上が半数を占め超高齢化が進んでいる。今後引退に向かう技能者が激増する予定なのでその減少分を補うべく若手を育成する必要がある。しかし全体の技能者数は不足してはいない。
若手の育成には環境整備が必要だ。その最重要課題が通年雇用である。冬に仕事が無くて失業者になる職種を誰が希望するだろうか。解雇されればその会社に対する所属意識もなくなるので気にいった会社や仕事があればいなくなる。日給がいくらだろうが年間に働ける日数もわからなければ生活設計など立たない。北国の場合、環境整備の肝は通年雇用であろう。

8月からの繁忙期にすぐ人手不足になるのにはライフスタイルの変化という側面も大きい。我々が現場で働いていた時期も工事の発注はやはり7月から12月までに集中していた。しかしその頃は一日平均3時間は残業していたし3ヶ月休み無し(^_^;)という事もたびたびあった。その頃、1ヶ月平均330時間/人くらいは働いていた。全体が若かったから可能だったのだろう。冬には3~4ヶ月も失業したがそれでも生活できるくらい繁忙期に稼いだし失業保険も手厚かった。しかし今は高齢者も多いし若者も残業は嫌う、仮に残業があっても1時間が限度であるしそれ以上になると確実に次の日の能力がダウンする。残業が多いと高齢者は見てもわかるくらいヨレヨレの感じ。しかも日曜日は完全休日だ。1ヶ月平均で200時間/人の作業時間しかない。昔は800人ほどいた技能者が繁忙期に残業をするので1.5倍ほどに施工能力がアップし、一時的に1200人分の仕事をして工事を完成させてきた。しかし今はどうだろうか。200人ほどの職人が一時的に戦力をアップする方法がわからない。時間も増やせず休日も減らせず、能力が1.5倍になれば良いのだがそんなことはあり得ない。じゃあ人数を増やせるのかといえば暇な時期を考えるとそれも出来ない。200人は200人分の仕事しか出来ない。いや頑張れば200人ちょっとかな。国では建設業のイメージアップのために週休2日も検討しているらしい。そうなると1ヶ月170時間/人くらいの労働時間だ。施工能力がかなり縮小する。これでキチンとした給料を払い続けるためには今の工事単価の1.5倍は必要だ。しかしそんなことは出来ないだろう。これは型枠業界だけでなく建設技能業界全体の問題でもある。全体の工事費がそんなに上がったら建設投資は激減するだろう。

この問題を解決する方法があるとすれば「公共工事」をうまく使う事しかないのではと思う。発注時期を調整して予算が最大限生かされる方法を検討する。特に北国では1~3月は環境が厳しく施工性や品質確保を考えると工事施工に向いていない。しかも大量に燃料を消費するのでお金が中東に出てしまうばかりでなくおびただしい量の排気ガスを排出する。この時期は除雪、排雪の需要もあるし高齢者は寒いからと休みたがるので(^_^;)片付けや次の準備をしながらなんとか繋いで行けるもの。問題は4月一日から多くの職人達が働ける環境を作る事だろう。(現在は7月頃)そのためには年度を跨いだ発注が必要と思われる。単年度ではいくら早く発注しても現場で多くの雇用が発生するのは7月になってしまう。面倒でも複数年度の発注が解決策になるのではないかと思う。

地域経済の規模はますます小さくなる可能性がある。今使える資源(予算)を最大限効果的に地域に循環させることを考えなければならない。

退職金共済って

一般の会社員と違って職人は一人ひとりが独立しており、仕事や賃金など待遇によって業界を渡り歩く者も多かった。当然、会社などに守られた制度もないので日雇い職人の救済のために考えられた保険制度が「建設国保」の始まりだったと聞いた。その功罪はここでは説明しないが・・・
同じく独特の退職金制度に「建設業退職金共済制度」というものがある。これは本人が手帳を持ち歩き、工事の元請企業から労働日数に応じて証紙をもらう。この証紙は年々金額が上がってきて現在は1枚310円だ。1年に280日働くとして86800円、10年で868000円、30年で260万円ほどが積み立てられるという仕組みだ。ただし、これが現在は公共工事にしか強制力が無い。例えば当社は建退共に加入しているので、民間工事など証紙がもらえない工事があると足りなくなる。そのぶんはそれぞれの会社が負担して銀行から証紙を買ってきて貼らなければならない。それが大変だからと加入をやめてしまう会社も多い。そうなれば長い年月を努めた業界を去る時に何も無い事になる。働けなくなる時の、収入が無くなる時の260万円がどれほど価値のあることか。幸い、十勝の元請企業では公共、民間の違いなく建退共証紙を支給してくれるところが多く大変助かっている。建設業界で働く者の生涯設計を考えるとこれは必須の制度だと思う。公共と民間の区別無く、しかも会社を変わっても変わらず引き継いで行ける制度があってこそ、建設業界に働く者のプライドが守られるのではないだろうか。

受給資格が10年に(*^O^*)

年金の受給資格が25年から10年以上に変更されそうだ。安倍総理が言っているので来年にはおそらく実現できるだろう。これは画期的なことだ。当然金額は少ないが少なくとも掛け捨てになってしまうことは大きく減少する。よかった。(o^^o)
残念ながら建設業界には受給資格のない人がたくさんいる。曖昧な制度だったこともあり、社会保険を掛けていない会社がほとんどであった。必然的に従業員は国民健康保険、国民年金に加入するが、あくまでもこれは自分で掛けるもの。稼ぎが多かった時代は良かったがバブル崩壊やリーマンショックで生活が厳しくなり真っ先に削ってしまう分野だ。当社にも25年だったら掛け捨てになってしまいそうなものが2名いる。今は社会保険に加入したので当然本人も会社も掛け金を納めるが掛け捨てになる事も考えられた。消費税が10%に上げられた時に連動して受給資格10年とする案は進められていたが消費税はいつになったら上がるのか上がらないのかわからないし何とかこれを切り離して進めてくれないものかと願っていたところだ。よかった。
多い少ないはあっても全員年金がもらえる、やっと少しだけどキチンとした会社になってきた。(^_^;)
こんどは退職金だな・・・

RC造住宅の耐用年数(償却率(定額法))の見直しについて

様々な面で優れている鉄筋コンクリート住宅を普及したいと思うが、お客様に言われるのはまずは「RC造は固定資産税が高い(長い?)からねえ・・・」が第一の壁になる。どうして?RC造には木造住宅にはない良いところもたくさんあるし地域に対するメリットも大きい。現在の法律が決められたのも相当前であるし時代の要請にも合っていない。そろそろ見直す時期に来ているのではないだろうか。
〈耐用年数について〉

一般住宅に比較し、RC住宅は耐用年数が2倍ほどとされ、固定資産税の生涯納付金額で不利な状況になっている。(法定耐用年数木造モルタル住宅20年(償却率(定額法)0.05)、鉄筋コンクリート住宅47年(償却率(定額法)0.022))

かつての木造住宅は構造的に弱いうえ耐用年数も短かったようだが、最近では木造住宅の構造強度や材料性能もかなり進化し、強度ばかりではなく建築工事費でもRC造と遜色ないものが多くある。また、RC造においても47年もたてば相当古いうえにデザインや使用環境なども時代とともに変化し、なおかつ時代に合わせた構造基準にも適合しなくなり、塩害やクラック(ひび)で補修が必要になるなど当初の耐久性を維持していないものも多い。ですから現在では資産価値としては構造に変わりなくほぼ同等であると思われる。現在の償却率(定額法)ではRC造に不利になっているため、同等に見直すべきと考える。

 

〈地産地消の観点〉

少子高齢化が進む地方ではさらに経済が縮小してゆくと予想され、地域内の資源がいかに地域内で循環されるかが焦点の一つになる。そのため一般的に輸入資材による建築が多い木造住宅に比較し、RC住宅はほぼ地域内、あるいは国内の原材料で建築ができ、型枠資材においてもカラマツ等の国産材を使えるため、地域資源の有効活用につながる。
〈災害への備え〉

地震や暴風雨など地球温暖化に伴い激甚化する自然災害により、かつては考えられなかった被害が発生する。これからの建築はそうした災害も考慮した強い家づくりを検討してゆくべきと思われる。RC造は構造的に災害に強い形態であることから、今後の高い災害リスクを考えると、むしろ積極的に建設を促進すべきではないかと考える。

エネルギーの地産地消

ここ数年、電気料金が上がり、燃料代も高かったので省エネが進みました。しかしここに来て原油価格が下落し、各家庭の負担もかなり少なくなりました。北国にとって灯油代が安くなるのは助かりますね。しかし心配なのはそのことによって省エネに対する取り組みが一段と遅くなってしまうのではないかと言うことです。経済でもなんでもそうですが、高い時があれば安くなる時もあり、物事は常に波のように動いています。今は安い燃料も必ず反動で高騰する時期が来ます。今まで中東など産油国では石油があるために他の産業は必要を感じず、資源に頼ったセレブな生活をしていました。国民も至れり尽くせりで燃料も安く税金も取られないので文句も言いません。しかし中国経済の不振などでここに来て消費減、原油が生産過剰、おまけに米国のシェールガス生産が軌道に乗り始めたため価格の大暴落と言える状況になりました。セレブだった産油国はドンドンお金が無くなります。穴埋めにはさらに多くを売るしかありません。地元ではタダみたいだった燃料費も価格を上げるでしょう。税金も当然高くなってきます。そうすると国民の間に政府に対する不満や批判が出てきます。持っている者と持たざる者の格差が広がり不穏な感情に民族問題や宗教の問題が関係してもめごとが大きくなってきます。そして紛争が広がりやがて戦争になります。人間は愚かで同じ事を繰り返しますからね。その時、石油は高騰しすべてのエネルギーは高いものになります。その時に慌ててもどうしようもありません。普段から省エネにキチンと取り組んでおけばいざという時に慌てないで済みます。「そなえよつねに」の気持ちが大事です。そう考えるとエネルギーの地産地消って大事ですね。これからは売電だけではなく自分で作ったエネルギーをいかに自分で活用するかがポイントです。かつての日本の田舎はみんなそうだったんですからね。

一年がなぜこんなに早く過ぎるのか

まもなく平成27年も終わりです。月日のたつのは本当に早いものです。前にも書きましたが、年を取るほどこの感覚は顕著で毎年少しづつ時が進むのが早くなっているような気さえします。若い頃はもう少し時間がたくさんあったような気がします。子どもは特にそうですが、若い人達は毎日が新たな発見と驚き、感動や挫折があります。そしてその記憶は脳にしっかりと書き込まれるのでしょうね。いっぽう我々の世代になると多くの事が惰性(注:すべての人がそうではありませんが(^_^;))で流れていて、朝起きて、仕事に行って、帰ってきて、一杯やって、テレビを見て、寝る、という繰り返しになっているような気がします。いや間違いなくそうです。そのため脳も特にメモリしておくような重要なことがらもないのでいちいち記憶していないんでしょうね。要するに若い人は365日あるかもしれないが我々の世代は200日くらい(--;)しか身に覚えがない・・だから短く感じるのではないかと思います。まあそれはそれで平和にすごせたという事で幸せなことなんですがね。世界を見ると本当にその普通の幸せが手に入らない残酷な環境に置かれている人々が多くなったような気がします。問題はたくさんありますがいまの日本に生まれて良かったと思いますね。


 

もっと本を読もう

テレビで話題になっていましたが、最近は新聞や本を読む若い人が少なくなっているそうです。いわゆる活字離れですね。スマホが普及してその画面を見ることに忙しく本など読むヒマがなくなったのでしょうか。新聞もほとんど読んでいない、というか新聞をとってもいない若い人も圧倒的に増えました。新聞も読まないと世の中のことがわからないのでは?と聞くとスマホで見ているという答えが返ってきます。確かにスマホでも読もうと思えば読めるのでしょうね。しかしここが危険なところで、多くの人が読んだと思っているのは「見出し」を読んだだけ、もしくは見ただけで内容についてはあまり読んではいないようです。ですから話をしても中身を知らず会話が続かないという事があります。また電話番号と同じでいつでも検索できると思うと記憶しないという事もありますね。そして本を読むという行為は理解力を高め想像力を成長させます。同時に文章を書く能力も育てます。好きな作家の文章にどこか似た文脈になってしまいますがそれはそれでおもしろい文章になります。読書は社会人としての嗜みというか人生をより豊かにしてくれますのでもっと活字を読みましょう。お互いに(*^O^*)

スマホと言えば最近は病気のようにスマホの画面に囚われている人がいます。とにかく四六時中スマホに向かっています。ものを食べても旅行に行ってもスマホが気になって現実に関心がないというか・・・学校から帰っても食事中でもトイレにいてもずっとスマホに向かっていて親の顔さえまともに見ない子が増えているそうです。さらにはフェイスブックなどで「受け取らない無視」や「返信しない無視」などのイジメがはやっているとか。しかも無視された子が悩んで自殺した事件も多いようです。親御さんもたかだか連絡ツールでしかない電話に子供の命を奪われるとは思っていなかったでしょうね。そういえばすべてではありませんが建設の現場でも変化が起こってきています。休憩時間に休憩所にお邪魔すると会話がない・・・みんなうつむいてスマホを見ている。ある意味恐い風景です。昔は休憩時間や昼食時にリアルな現場の情報交換や手順の確認、危険情報などを何気なく皆の中で共有させる時間になっていました。今はそういった時間も少ないのでいきおい現場で行き当たりばったりになりがちです。そういった機会に技術や管理の伝承がおこなわれてきましたが最近はそれも希薄になりました。むずかしい時代になりましたね。包丁も使い方が悪いと凶器になりますが包丁は悪くない。ですからスマホが悪いわけではありません。便利な機械です。要は使う人の問題なのでしょう。子供がいるとなおさら心配ですね。中毒にご用心を。

日本の神様

お正月の前にクリスマスがやってきます。宗教心が薄いと言われる日本人ですが、お正月もクリスマスもお祝いします。外国人が初詣に神社に大勢集まる日本人を見て「なんて信心深い民族でしょう」と驚いています。日本人にとっての神様には他の宗教のような姿がありません。風にも雲にも草や木や虫にさえも神様の影を感じます。トイレや台所、火之神、水の神、大工の神様もおります。いつでもどこでもお天道様や神様が見ているというのが日本の宗教観です。ですからまったく車が通らない横断歩道で赤信号待ちをしているという外国人が見たら???の状況がありますが、赤信号を無視するのは良くないという道徳心が誰もいない交差点でも働きます。「どこかで子供達が見ているかも知れない、お天道様や神様が見ているに違いない、自分の心に曇りを残したくない」という心です。日本の神棚や神社のご神体は皆さんもご承知の通り鏡です。鏡はのぞけば自分が映ります。キリスト教や仏教、イスラム教の人がのぞいても自分が映ります。その姿に嘘、偽りのない人生を過ごしているか、心に曇りはないか、と問いかけられます。要するに神様とは自分の中にあるものだという事でしょう。八百万(やおよろず)の神どころか一千万でも二千万でも感じる事が出来ます。キリストさんやアラーさん、仏陀さんが増えたところでどうって事ありません。ですから家に神棚があって、仏壇があって、クリスマスにはキリストさんの誕生を祝って、それでいてお正月や入学式、受験や商売繁盛など大事な人生の区切りには神社に行って無事を感謝し、未来を祈ります。この曖昧さとフトコロの深さが日本の宗教観の特徴的な所です。残念ながら最近はこうした気持ちを持ち続ける日本人が少なくなったようには感じます。テレビや新聞を見ても今まで考えられなかったような事件、事故が起こります。自分の事しか考えられずにモンスター化する超自己中心の大人や子供も増えました。それでも震災などいざ何かが起こったとき、日本人の行動や協調性、道徳心は世界から称讃を浴びるにふさわしい素晴らしいものです。心の中にある神様を失わずにいたいものです。

地域の活性化って

先日、エネ経の会議で東京に行ってきた。全国各地で様々な再生可能エネルギーの普及に努めているメンバーの話を聞くことが出来、実に有意義な会議だった。その中に「再生可能エネルギーと地域経済の連関性」について研究しておられるある大学の教授の話を聞くことが出来た。

例として太陽光発電(管外資本のメガソーラー)の場合を説明していただいたが、仮に10億の投資金額だとすると太陽光パネルそのものを買う金額が25%、2億5千万円ほどがメーカーに支払われる。その残り7億5千万で工事を行うが、工事自体も外部の大手建設会社だったりすると実にその80%がストレートに管外に出て行ってしまう。残り20%は地元で働いた労働対価と使い道のなかった土地のわずかな賃借料などだろうか。そしてメガソーラーのすごいところはその後ほとんど雇用を生まない上に発電するほど再生可能エネルギー賦課金として電気料金にプラスされ、その賦課金は投資した外部資本の会社の電気料売上げとして吸い込まれて行く。固定価格買い取り制度があるのでこの流出が20年も続くのだ。うーむ、うすうす感じてはいたがここまでとは・・・・お人好しにもほどがある。目が空~ってかんじ。

逆に地元の企業や団体がこのメガソーラーをやった場合、7億5千万の約80%が地域内を循環するとのことだ。お金が循環すればメガソーラー自体で雇用は発生しなくともどこかで地域内を潤し、雇用や活力を生み出すであろう。

これは太陽光発電の例だが他の事業にしても大なり小なり同じ構図になるのだろう。地域の活性化に必要な事は域内の経済の活性化であり経済力の拡大だ。人口減少の今そのために出来ることは地域内の産物を外部に売る(アウトバウンド)事と地域外から人を連れてくる(観光などのインバウンド)ことの振興しかないだろう。そうやって一生懸命地域内のお金を増やそうとしているときに我々は何をしているのだろう。(/_・)/ 

仮に外部資本しかないにしてもその企業が地域のために何かをするか、あるいは地元の太陽光を使うのだから「太陽光使用料」を取るとかね(^O^)

地域の活性化はむずかしい。少しばかり安い買い物をしたと思っても結果は逆になることが多い。お金の流れを含め、多少高くても地域経営とってどうなのかという視点で考える必要がある。

働く世代が減少する時代

生産年齢人口が縮小する時代を迎えた。帯広では現在10万人ほどなのだが10年後には85000人になると予想されている。何もしなければ間違いなく経済規模が15%ほど少なくなる。縮小するときは生活が苦しくなる家庭が増えるので購買層はもっと少なくなると思われ、税収が大きく減少する。
税収が減ると公共投資も抑制せざるを得ない。もちろん民間投資も採算性を考えれば減少するだろう。たった10年後にそうなる可能性がある。
こうなると税収規模に対する行政経費(公務員や議会等の維持費を含め)の負担率がますます大きくなって行く。使える予算が少なくなるのだ。予算が無いと新たな対策やチャレンジに振り向けるものがなくなり、現状維持で消化して行くだけになる。おそろしか~。

経済規模に対して行政が大きくなりすぎるといいことはない。今から計画的に小さくして行かないと大変なことになる。もちろん政策的に経済の拡大が成功したならば縮小する必要は無いし逆に拡大して行くこともあり得る。要するに民間任せにせず、知恵を絞って経済の拡大を達成すればいい。

策が無いなら税収に対して行政費用の割合を決めておけば良い。例えば25%だったら規模が小さくなっても25%以内に抑える。あとは全員で案分するか人員、経費を減らすか、要するに民間企業と同じだ。行政といえども売上げ(経済規模)を上げられないのならば縮小すべきだろう。

行政で無くとも出来るものは徹底して民営化することも必要だ。給食センターなどは民間でも十分運営可能だろうしサービス向上、コストダウンも可能だろう。東京、足立区のように日本一美味しい給食を目指す自治体もあるがフードバレーとかちを標榜する帯広ならばそこを目指すべきだろう。

観光交流人口を増やすためには様々な取り組みが必要だ。イベント、展示会、各種団体の大会、スポーツ大会、ほかにも色々考えられるが、わかっているのは待っていては何もこないということ。積極的に誘致する組織、場所、交通アクセス、宿泊、飲食、様々なプロが集合して誘致の受け皿を創るべきだ。

そうなると今建設が計画されている総合体育館が大きな意味を持つ。本当にあんな狭いところに建てるのか、交通量の一番多いところでしかも警察署が新築、拡充される場所にあり混雑は必至だ。大きなイベントではバスだけで100台近く動くが他の施設との連携、街なかや宿泊施設の交通アクセスは本当に大丈夫なのか、十勝の未来にとって重要な資源になるはずの施設なのだが本当にもったいない。

上士幌町がふるさと納税で話題になっているが、これからは行政も必死になって稼がないと自らの存立基盤が危ないのだ。

継続する業界のかたち4

季節雇用者を通年雇用にするために補助金制度がある。季節雇用者を通年で雇うとかなりの金額がもらえるのだ。しかしその期間が過ぎるとほぼ例外なくすべての会社が季節雇用に戻る。いくら補助金を貰っても雇用環境が変わっていないのだから当たり前と言えば当たり前。しかも頑張って通年雇用し続ける会社には何も支援が無い。なんだかなあ。減反政策のようで前向きな生産性が無い。どうせお金を使うのならばむしろ雇用環境を変える方に使ってほしいものだ。雇用の少ない期間に一人暮らし高齢者宅の除排雪や家屋の修理、歩道の除排雪(これは今でも多少はやってますが)とか、あるいは古くなった公共施設の解体や所有者の確認が取れない危険家屋の解体とか、ただ配ってしまって数年後に元に戻るよりは遙かにいいと思う。そしてこの時期に多少なりとも仕事があるならば人材や機械、車輌の取得や維持も可能になるので繁忙期の調達もいくらか緩和される。

継続する業界のかたち3

職人の会社にとって何よりも重要なことは安定的に仕事が得られる環境、要するに北国といえども通年雇用が可能な地域が実現することだ。たとえば資材販売や資機材リースの業界では今月売上げがゼロでも来月2倍受注があれば帳尻は合う。しかし人間は仕事が無くても食べて行かなくてはならないので赤字だろうがなんだろうがとりあえず仕事を作って働いてもらう。そして来月、仕事が2倍になっても人間一人は一人分しか働けない。無理をすれば必ずどこかで歪みがでてしまい事故に結びつきかねない。要するにいくら仕事があってもどうにもならないのだ。

多くの雇用が発生する建築工事で考えると、公共では大体、4月計画、5月発注、6月議会、7月着工、といった感じかな。要するに大きな雇用が必要になるのは7月過ぎとなる。それでいて年度末の3月引き渡しに向けて2月末までのギリギリの工程で仕上げる。そして一気に暇になりまた翌年7月までごきげんよう。(ToT)

土木工事ではゼロ国という仕組みで早期発注(それでも3月頃か・・・)されるが、多くは予算が発注されるだけで現場で仕事が動き出すのはずっと後、場合によっては8月からの施工なんて事も珍しくない。(ToT)

民間工事では企業も4月から新年度という会社も多く、計画から着工となると大体7月頃からスタートするものが多いようだ。冬期は暖房など余計な経費がかかるし品質にも心配があると考えるからね。(ToT)

選挙の年はその趨勢が決まるまで役所も動けないので更に発注が遅れる傾向にある。まさに今年がそう。(ToT)
一方十勝の基幹産業である農業も7月頃から晩秋に向かって繁忙期を迎え、収穫のため多くの人手と輸送のためのトラックが大量に必要になる。ここでも大量の雇用が発生する。

こうして見ると北国では何もカニもが7月から12月までに集中し、そのピークを過ぎると一気に冬眠に入る。熊みたい。工事によっては多少のバラツキがあるので全くなくなるわけではないが、大きな流れとしては30年前と何も変わっていないのだ。ピーク時には当然間に合わないので受注を控える企業も増えてくる。公共事業でも不調になるものがずいぶん増えている。施工が出来ないといきおい工事費が上昇し、建築自体を延期したり取りやめたりする企業も現れる。経済の循環が滞りがちになってしまうのだ。しかしこの繁忙期の片寄りがある限り、ピークにあわせて人材や機材を準備することなど出来るはずがない。

少子化が進む現在では公共投資が増えてくることは望めないだろう。ならば今ある資源を最大限に活用し、最大の効果を得なければならないのではないか。7月から12月に集中する工事を公共予算を使って3月から7月までに最大の雇用が発生する使い方が出来ないか。もちろん民間工事はコントロールできないので税金である公共予算をうまく使う。1月から3月までは厳寒期で品質確保もむずかしく経費もかかるので無くとも良い。この時期は除排雪の需要があるので雇用は生まれる。現在では排雪を頼んでもいつになったら来るのかまったくわからなくて困っているユーザーもいるようだ。トラック不足も言われているがその問題もクリヤできる。3月から工事が動き出すとなれば建設会社はそれに向けた準備も出来る。そして3月から12月まで安定して働くことが出来るのならば通年雇用も実現し、建設業に働く者の生活も安定する。突貫で完成させていた建築物の品質も格段に良くなるだろう。
企業にとっても突貫工事は経費がかかるだけで事故のリスクが増え、売上げは上がっても中身的には何もいいことがない。仕事が無くなったら職人を解雇して失業保険を受給させ、気楽になっている経営者もいるが、売上げははなくとも会社の経費は当然かかり続ける。やはり一年間を通じて働けることが企業にとっても労働者にとっても一番いいことなのだ。

今まで業界では長い間、早期発注を要望してきた。しかしそれでは何も変わっていない。もっとも効果があるのは早期発注では無く年度を跨いだ発注であると思う。秋に発注して年末までに基礎など地盤に係わる工事を行う。埋め戻しまで完了すれば凍結の影響は受けない。1月から3月までは条件が悪いので不施工期間にする。この期間は除排雪や工事の準備でつないで行く。そして4月から再開すれば一気に雇用が発生する。夏から秋には公共工事がなくとも民間があるし農業関係も繁忙期を迎える。観光産業も忙しくなる。予算では無く現場の雇用を見た発注が必要だ。人手不足と言われるがおそらくこの方法で年間を通じて働ければかなりの部分が解消できると思われる。北国には北国の事情がある。行政はなかなか動かないがやってみる価値はあると思う。




継続する業界のかたち2

社会保険に加入すると厚生年金も連動する。本人の支払う金額も収入で決まるので独身ではけっこう高くなる。そしてそれと同額を会社でも払うため積み上がる金額は国民年金とは比較にならない。ましてや国民年金は本人が払わなければならないので生活が苦しいと真っ先に省略してしまうのでもらう権利さえ無い者も建設業界には多い。国民年金は基礎年金と言われるものでそれだけでは老後の生活など成り立たない。建設業に働く職人たちの将来のためにも一刻も早く完全加入を実現すべきだろう。
しかし現状では難しい問題もある。現在は経営者もあわせて5人未満の個人経営の事業所は加入の義務がなく除外扱いになってしまう。かつては小さな事業所が社会保険等の負担に耐えられないことを想定して免除していたらしい。しかしこの規定がある以上そこに働く者は社会保障を受けられないことになってしまう。経営者は自己責任で経営しているのでいいのだが働く者はそうはいかない。建設業は重層下請負も多く一人親方の集合体で施工する業種も多い。しかし建設業の将来像を考えればたとえ従業員が一人だろうが社会保険には加入すべきだろう。
最近、若い人に話す機会があれば必ず言っていることがある。「将来どんな職業に就こうとも、たとえどんな小さな会社に就職しようとも、社会保険には必ず加入している会社を選びなさい」ということ。そうでないと老後は本当に困ったことになるよと。

継続する業界のかたち1

当社も遅ればせながら平成26年から全員社会保険に加入(再加入)した。以前、25年ほど前に私の父が組合長をやっていた頃もやはり社会保険未加入が問題になったことがある。当時父は「これからはこの業界も職人の将来設計と地位向上のために社会保険等の整備が必要だろう」という事で先陣を切って加入し、組合関係者や業界の仲間に加入を勧めた。しかし残念ながら当時は「費用負担が増えるだけ」という事で何の強制力もなく、当然その経費が工事単価に反映されるはずもなく、加入した会社だけが費用負担に厳しい経営を余儀なくされ、競争にならない事態になる。それでも4年くらいは続けたが経営難で断念、仕方なく全員解雇、社保から脱退(当時は可能だった)という厳しい状況だった。それから25年ほどが過ぎ、職人さんも年金をもらう世代が増えてきた。基礎年金の国民年金だけでは本当に微々たるものだが「4年だけでもやっぱり掛けた分もらえて良かった」と喜んでくれた。本当ならばもっとキチンともらう事が出来たはずだが・・・・。
デフレ経済と言われ夢も希望も仕事も縮んできた建設業界であったため人を減らし続けてきた。ピーク時には組合加入会社だけで800名以上いた型枠大工さんが昨年調べたら171名になっていた。しかも60歳以上が40%と超高齢化。団塊の世代も引退する時期になり事態は深刻だ。今後の事を考えれば生産年齢人口減少、経済縮小、公共投資減少と決して希望に満ちているわけではないので職人の数はさほど増やす必要もないと思う。しかしベテランが現役のうちに技能の継承をしなくてはならないし減少する分だけ若手を育てて行く必要がある。世代のローテーションをしっかりやって行かなくてはならない。これ以上職人を減らしてしまっては取り返しがつかなくなる。そのために必要な事は何か。「一生懸命働き、家庭を持ち、子を儲け、家を建て、安心して生活する」という将来設計が想像できなくては話にならない。そのためにやらなければならない事は大きくは3つある。1,通年雇用の確立、2,福利厚生の充実、3,職人としてふさわしい年収の確保、これがかなって初めて職人としてプライドを持った継続した業界になるのだと思う。北国は独特の季節的要因もあるが地域に応じた施策でクリヤして行かなくてはならない。

有給休日考1

恥ずかしい話だが今まで有給休日を整備しようなどと考えてもいなかった。就業規則に載ってはいるがそういうもんだと思っていた。しかし一昨年から極端に職人さんが少なくなっているのが問題になり、人気のなくなった我が業界をあらためて見ると「なるほど」と感心してしまう始末。いつからこうなってしまったのか・・・。厳しい予算の中で毎日の生活に追われ行き詰まったところが終点だと廻りを見ることもなくここまで来てしまった。デフレからの脱却を目指す今、職人さんの地位向上と環境整備を進めるおそらく最後のチャンスだろうと思う。その一環の中で昨年から有給休日の完全実施を始めた。通年者では年20日(勤続6年以上)が使える。もちろん忙しいときに使うのはなるべく勘弁してねとお願いはするが。(^_^;)
有給休日は最低5日間は本人の自由に使えることが基本、残りは会社と協議の上、計画的に決めることが出来る。そこでゴールデンウイーク、お盆、お正月を稼働日に設定して各3日間くらい有給を当てはめてみた。かねてより一番お金を使うであろう連休のある月の収入が少なくなってしまう(建設業は日給月給制が多い)事に疑問を感じていたこともある。結果的には従業員からの反応もよく非常に良かった。収入の心配なく連休を気兼ねなく楽しめたと思う。急に病気になって休んだり身内に何かあったときでも出来るだけ使ってもらえば安心して休める。繁忙期に休まれたら・・・などと考える必要はない。誰もそんなことは考えない。大事な用事のあるときは有給だろうがそうでなかろうが休まなければならないときは休むのだ。
やってみてなるほどと思ったこともある。春先の暇な時期に本人の了解があればドンドン使ってもらう。5連休でも10連休でもしてもらう。仕事が無くても皆が働けるようやらなくともいいような仕事を無理矢理作ったり赤字でも雇用対策で仕事をもらったりしていたが、余分な経費をかけて赤字を出して給料を払うより有給という権利を使ってもらって給料を払った方が会社としてもケガが少ないのだということがわかった。(^O^)
ただひとつ問題があるとすれば有給は2年間繰り越すこと、2年後には時効で消滅するということがある。かといって休まないで頑張った者が損をすることにはならないし・・・・裁判例では時効になる部分を買い取るというか賃金を払ってもいいとはなっているが、そのときの経済環境でそれが出来るかどうかも心配だ。だから基本的には一年ごとに完全に使ってもらった方がいいのだ。
家族が安心して生活し、一生懸命働ける、そんな業界のためには有給休日はぜひとも必要な制度なんだと思う。

大阪の未来を占う投票が終わりました

大阪都構想の決着がつきました。橋本氏が仕掛けた壮大なチャレンジでしたが大阪は大阪のままでしたね。変化を望まない市民が多かったんでしょうか。あらゆる既得権益者も変化などしない方がいいんでしょうね。外野なので無責任になってしまいますが「ワクワクする大阪」ではなくなってしまったのがとても残念です。

北国の建設業の雇用継続は

技能者の確保のため様々な補助事業が行われると業界新聞に出ていました。しかし現場を見るとなかなかそんな気持ちにはなれませんね。特に北国では冬から初夏に掛けて民間工事が動きづらい環境にあります。季節的要因や品質の問題、企業の決算期や事業の年度計画も3月末が多いせいでしょうか。それでいて7月頃から公共工事も民間工事も集中して発注され、農業は忙しくなるわ観光サービス業も繁忙期を迎えるわで一気に人手不足が顕著になります。しかし人間一人は一人分しか働けません。無理をすればどこかに歪みが来てしまいます。繁忙期に応じた人材を育成しようにも2月から6月末までの暇な時期を考えると雇用し続ける自信が持てません。知り合いの会社でも20年間通年雇用を守ってきたけどさすがに今年はどうにもならなくて解雇したという社長がおりました。技能者を安定的に確保するには何よりこの「雇用を継続する」という事が不可欠です。北国ではこれが一番の問題でしょう。頑張って働き、家族を持ち、子どもをもうけ、家を建て、地域の担い手として安心して生活する。そういった将来設計が展望できなくては魅力ある業界にはなりません。

公共工事はインフラの整備という目的もありますが、地域経済の活性化のためという側面もあります。同じ税金を使うのならば地域にとってもっとも効果的な使い方をするべきでしょう。4月計画5月発注6月議会7月施工、職人さんが働けるのは7月という同じ事を何十年もやってきました。そして年度末に近い2月末頃までにほとんどやっつけまた暇になります。その結果が現在の状況です。30年前から行政に対する要望は「早期発注」でした。でも解決していません。北国にもっとも効果的なのは年度を跨いだ発注でしょうね。仮に品質の問題から1~3月を不施工期間としても冬は除排雪需要がありますし4月から職人さんが動けます。夏場は民間工事も活発になるので施工高も上がります。

公共工事を上手に使うとおそらく今の職人さんの数でもかなりの施工高になると思います。将来の社会環境を考えるとむやみに増やせばいいという問題でもありません。ただ高齢化が極端に進み団塊の世代の引退する時期にあるため、やはり若手技能者の育成は緊急を要します。増やすのではなくうまく継承して行くことが大事です。そのためには税金である公共投資を賢く使って「雇用の継続」をなんとしても実現してほしいものです。
プロフィール

k_kyoji

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