2012年02月22日
本質的なオリジナリティ

写真は2月20日(月)のワシントン・ポスト紙、スタイル面(アート、本、音楽、映画などが出ている)から。私はアニメをよく見るわけではないけれど、ぱっと見て、まさに一目量然、ジブリ作品だとわかるというのは、オリジナリティがきっとものすごく本質的なのでしょうね。アメリカ映画の広告ばかりが目立つ新聞で、どこかで見た顔がこうやって出てくると、何となくうれしい気分になります。
先週のインド短期決戦出張の影響で時差ボケに苦しんだかもわからない状況のまま週末に突入し、伸びきったゴムのようにのんびりとした3日間を過ごしたツケが最後にまわってきたという感じで、一昨日(連休最終日の夜)は一睡もできないまま出勤しました。月曜午前から火曜夜までぶっ通しで動き回っていたわけで、でも案外とどうにかなりました。最近は歳を重ねるごとに徹夜が体に響くようになってきましたが、もう少しくらいなら平気のようです。
2012年02月21日
皆が集まってくる場所

アメリカ3連休の最終日、今日も昼近くまでベッドから出ず、昼過ぎからアパート内で動き回るも外出せず、ダラダラの一日、間もなく日が暮れます。最近ほとんど聴かなくなった、だいぶ前に入手したアート・ペッパーやら何やらで、2年前にワシントンに来るにあたってiPodに入れたものを、大したセットでなくても大音量で、しかも違う機材でかけると、音も違って聴こえるようです。
写真は2010年7月に訪問したロンドン。テムズ川の橋の下での無伴奏チェロ。昨晩Tumblrを初めてやってみて、そこにこの写真を掲載したら、3人がリブログして下さった模様。
今朝のワシントン・ポスト紙に、ワシントンのアナコスティア川の東側の地区でのレストランに関する記事が出ていました。ここはアフリカン・アメリカンの比率が90%を超えていて、治安は決して良いとはいえず、人口14万人に対してレストランが6軒しかありません。人口14万というのは、東京の青梅市や長崎県の諫早市の人口と同じくらい。そこにレストランが6軒しかないのです。
この記事では、ここに政府機能の一部を移したり、コンドミニアム建設が進んだり、いろいろと展開が出てきつつあるところに、レストラン誘致のため、市内のあちこちでレストランを営業するオーナー経営者たちを視察に連れていったことを紹介しています。ある経営者は資金繰りの不安を語り、別の経営者は夜間は車ばかりで歩行者がいないことを挙げて、決断できません。そこに際立ってポジティブに発言しているのは、Busboys and Poets のオーナー、アンディ・シャラルです。彼は記事のなかで、「外食し、コミュニティを必要としている人たちはたくさんいる」「詩や音楽を聴く場所、何百人が同じ屋根の下に集まる場所がない。それをつくりたい」と述べています。
昨年12月にアンディを紹介する別の記事がワシントン・ポスト紙の付録雑誌に掲載されました。長い記事なので詳細に紹介しませんが、この人はイラク出身で、1920年代からジャズなどのエンターテイメントの中心地、でも治安がよくなかったUストリート界隈に、平和、非暴力、反戦、マイノリティ、アートなどを、店の内装やメニューも含めて前面に出したレストランBusboys and Poets をオープンしました。店の一角には非営利団体が運営する本屋スペースが設置され(たとえば Steve Jobs はこの本屋には置いていないです)、メッセージ性がさらに強まっています。店の奥にはステージのあるスペースがあって、夜になると詩人による朗読セッションが行われています。
きっとアンディにとって、レストランというのは、自分も含めて様々な人たちが垣根や境界を超えて集まってくるでスペース、本当は皆が心のどこかで感じているポリティカルなメッセージを気兼ねなく共有できるスペースなのでしょう。そのスペースのあちこちでアイデア共有や議論が進んで、きっとそこから次の仕組みを作リはじめるきっかけが生まれてくるかもしれない、そのことに期待しているのでしょうね。もっともご本人のことを知らないので何とも言えませんが(笑)。
12月の記事を読んだときは、誠に僭越ながら、PIC東京でやりたかったこと、やったこと、これからもやっていくことに、ものすごく近いと思いました。
2012年02月20日
20年前のことを思い出す

写真は近所にある老舗ジャズクラブ「ボヘミアン・キャバーンズ」、昨晩のショーの前のステージの様子。ピアノがケニー・ドリューJr、バス・トロンボーンがデヴィッド・テイラー、サックスがダニエル・シュナイダーというトリオの演奏。リハーサルをやった後なのでしょうか、オリジナル曲の楽譜が散らばっていました。クラシックの次にくるべきもの、ジャズの次に来るべきものを模索しているところの、でもほとんど答えは出ているというような演奏。素晴らしかったです。
さて今日はこの後、ナショナル交響楽団のコンサートに出かけます。指揮は日本でもお馴染みのヘルベルト・ブロムシュテット。経歴をインターネットで検索していたら、1927年7月生まれだから今84歳、昨年ナショナル響で客演したクルト・マズアと同じ年齢なのです。
ブロムシュテットはNHK交響楽団をよく指揮していたので、テレビ放送であの指揮姿が焼きついています。実物は、1991年12月にニューヨークのカーネギー・ホールで、サンフランシススコ交響楽団とともに出演したのを見ました。それが20年前ということで、時の経つのは早いというか、早すぎです。
この1991年12月というのは、私のとても大切な思い出が詰まっている1ヶ月間です。留学先のカナダのバンクーバーからシアトルまでバスで移動し、そこからどこか中部の都市を経由してニューヨークへ。カーネギーホールの裏手にあるアパートを1ヶ月間借りて、ジャズ、クラシック、ミュージカルなどのパフォーマンスに毎晩のように足を運んでいたのです。独りで、です。
もちろん、すべて最も安い席でした。メトロポリタン歌劇場でのオペラ「アイーダ」を立ち見して、あの長い演目の終演が確か深夜12時くらいで、最後の方は立っているのが本当にしんどかったのを覚えています。ジャズクラブではテーブル席ではなくてカウンター席だと、ステージから離れていて眺めがよくない分、チャージが安いので重宝しました。ジャズを真剣に聴きはじめて5〜6年目くらいで、50〜60年代のスタープレイヤーが結構まだ健在だったので、その本物に話しかけて、サインしてもらって、それはそれで感激したものでした。
あの1ヶ月間で見たのは、今思い出せる範囲だと、ナット・アダレイ、ミルト・ジャクソン、ジョン・ヒックス、べティ・カーター、ヘレン・メリル、スイート・ベイジルのマンディ・ナイト・オーケストラ、ティト・プエンテ、ミンガス・ビッグバンド、テッド・カーソン、きっと他にもいたはずです。
バンクーバーにも素晴らしいミュージシャンがツアーでやってきました。一番のビッグネームはライオネル・ハンプトンで、フルオーケルストラのツアーでした。会場は名前を忘れてしまったのですが、大きなダンスホールのような素敵な場所で、2階のバルコニーのようになっているスペースにあったテーブル席でした。いま調べたらライオネルは1908年生まれなので、あの時83歳だったのですね。
それで、こうやって書いていると色々と思い出してくるもので、彼のオーケストラのピアニストが日本人(改めて調べましたが、これ三上クニさんのことです)で、私と友人が終演後にロビーかどこかでウロウロしていたらばったり出会って、じゃあ飲みにいきましょう、カナダのビールもうまいですよ、せっかくだから大学の寮へいらしてください、ということになって、確か新しい寮の4人部屋にお招きして、カナダのビールを深夜過ぎまで大いに飲んだですね。新しい寮に入居していたから、1992年春の出来事ですね。不思議な経験でした。
2012年02月19日
3部構成

アメリカは今日2月18日(土)から3連休、その初日はインド短期出張でたまった疲れがどーっと出てきた感じ。昼すぎまで熟睡、午後はのんびりダラダラと過ごしているうちに夕方に。写真はインドから戻る途中、パリの空港で見つけたスパークリング・ウォーター。シャンプーのボトルに見えて仕方なかった。中身はちゃんとした発泡水でした。
この3連休はいくつかのパフォーマンスを見に行く以外、特に予定は入れていません。だいたい週末、とくに土曜日をダラダラ過ごすのはいつもこんな感じでして、月曜日の早朝から金曜日にひと段落した後の夜の息抜きまで、それなりに動き回っていて、その疲れをまとまって解消しようというのが土曜日です。
では平日はどうなっているのか。以前のブログに朝型生活のことを少し書きました。最近の平日のサイクルは、自分自身への言い聞かせの意味もこめて整理すると、次の3部構成になってきたようです。
1)朝の部
午前4時~5時くらいから7時30分くらいまで、場所は自宅。南アジア地域からのメール確認・返信、新聞チェック、当日午前くらいまでの資料作成、できればジム(できない方が多い)、それから朝食。メール返信の効率はこの時間が最も高く、ブラックベリーだけで済ませてしまうことも。iPadを使うようになってツイッターやフェイスブックも同時にチェックでき、最近では仕事メールもiPadで読み書きできるようになったので大助かり。
2)昼の部
午前8時15〜30分くらいから午後6時〜7時くらいまで、場所は主にオフィス。東京事務所の頃は自分自身のスケジュールで動いていたが、ワシントンでの現部署では、刻々と変動する上司のスケジュールにあわせて動く。なので自分自身のスケジュールはほとんどつけていない。忙しい、というよりは、次から次へと「せわしない」、という感じ。同僚たちが頻繁にやっているランチやコーヒーでのネットワーキングというのは、残念ながらほとんどできない。本当はできるのだろうけれど、まさに上司がランチやコーヒーをやっているうちに作業を進めておかないと、あとで自分の首を絞める破目になる。
3)夜の部
午後7時くらいから深夜12時くらいまで、場所は様々。自宅、ワークショップ、コンサートホール、ライブハウス、飲み屋など。東京事務所の頃はこの時間帯にPIC東京でコーヒーアワーを開催することが多く、これが息抜きを兼ねていて、インプットや新アイデアを吸収する機会になっていた。今はこれがない分、コンサートやライブに足が向く感じ。
朝の部から昼の部へ、それから昼の部から夜の部への切り替えは、約40分の徒歩通勤が大いに役にやっています。やらなければならないのにすっかり忘れていたことを思い出したり、その日やるべきことなど、アイデアなどをいろいろと整理しながら歩いている感じです。あくまで結果としてですが。
もちろん平日がいつもここまで整然と進行していくわけではありません。大きな方向性というか、リズムが大体こうなっている、という程度です。スケジュールの都合でもっと早く出勤する日もありますし、逆にオフィスでの残業が続くこともあります。
2012年02月17日
ケーキと爆破事件

2月に入ってしばらくブログ更新をさぼっていたら、もう半月経過してしまった。時の過ぎ行くのは本当に早いですね。先日、誕生日をインドのデリーで迎えました。年齢を重ねる度に、1年間(12カ月)が瞬く間に過ぎていく、そんな感じです。写真はデリーのホテルの自室に夜になって戻ったら、フロントから在室確認の電話があって、その後に届いたケーキ。ありがとうございました。
先週2月11日(土)に出発し、パリ経由でインドのデリーに入り、12日(月)から15日(水)までの3日間が正味の滞在期間で、15日(水)夜にはデリーを出発し、パリ経由で今日の夕方にワシントンに戻ってきました。
デリーでは2月13日(月)午後、イスラエル大使館車がバイクに乗った何者かに塊を投げつけられた後、爆破炎上するという事件がありました。同じ日、グルジアでもイスラエル大使館車に仕掛けられた爆弾を未然に発見したという出来事があり、オランダの空港でも爆弾情報による避難騒ぎがありました。
この爆破の直後(恐らく10分以内)に現場をたまたま通過しました。通りの一角に消防車が数台停車していて、そこに煙を上げている乗用車が1台見えました。交通事故か、あるいは整備不良のエンジンが燃え上がったのかと思っていましたが、約1時間後にイスラエル大使館付近で爆発がった模様とのメールが届き、事態を知ったのでした。
2008年のムンバイテロをはじめ、インドで発生した爆弾テロ事件については、これまであくまで新聞や書籍で接するものであって、直接関係するものとしての実感はあまりありませんでした。2010年にはじめてムンバイを訪問した際、2008年テロの攻撃対象の一つだったホテル・オべロイに、当時インド担当局長だった上司と立ち寄る機会があり、その日にいわば当事者として関わった(スタッフがその日、オべロイに宿泊していた)経験談を聞かせてもらいました。
イスラエル大使館車爆破は、後になってニュース速報に接することで事態を知りましたが、ニュースへのアクセスがないと、世界中の関心があつまる事態の現場であっても、その実感がわいてこないものです。こういう事件が起きた際、自分がその現場にいることになるかもしれないと、あらためて考えさせられた日でした。
2012年01月30日
1年のスタート

あああーっという間に2012年の12分の1が過ぎていく。アンティグアの海(写真)を眺めたのはもう1ヶ月前の話。早すぎです。でも、1年のスタートとしては大変有意義で、面白い毎日でした。
第1に、いまや「故郷」になったログ村で休暇のうち2週間を過ごせたこと。大家さんやログ村の住人のみなさんとじっくり話ができ、うまいものを食べ(長崎ちゃんぽん、焼き鳥、サラダなどみんなで持ちよって新年会)、レコードを聴き、本を読む毎日。こういう時間は本当に大切。ありがとうございました。
第2に、ワシントンに戻った後半2週間で、新しい出会いや再会があったこと。世界一周旅行中の金田さん、石巻で被災者支援の従事するプロジェクト結の長尾さんと中川さん。しばらく会っていなかったインド駐在の同僚がふらりとオフィスにやってきて、彼が担当するプロジェクトの進捗状況を紹介してくれたり。
第3に、伝説のドラム奏者のジミー・コブ(1月20日)、ヴィブラフォンの王様(自分で言っていました笑)ロイ・エアーズ(1月27日)、ピアノのブラッド・メルドー(1月28日)のライブに足を運べたこと。それから1月28日、つまり昨日見たミュージカルFela!もよかった。昨年Club9:30で見たフェミ・クティ(フェラ・クティの息子)のライブの様子を思い出し、それとリンクさせながら。ミュージカルのオリジナル・サントラ録音だけでなく、フェラ・クティのLP6枚組というのも迷わず購入(こちら10ドルの公式プログラム付き)。
本業の方もすっかりエンジンがかかってきました。休暇明けに仕込み始めた企画が来週あたりから動き出します。そうこうしているうちに、南アジア出張の予定も見えてきました。どのような2月になるのか、楽しみです。
2012年01月25日
南アジア

写真は12月末、アンティグアのイングリッシュ・ハーバーで見た、地元に住む漁師。もしかしたら、へミングウェイって、もし釣った魚を港でさばいていたとしたら、こんな感じだったのかもしれませんね。
昨晩ツイッター @koichiomori で、南アジア地域は今後20年間、毎月100万人の新規雇用を確保しないといけないと、昨年秋に新たに出版した報告書 More and Better Jobs in South Asia を紹介しつつ書いたら、いつも以上に反応をいただきました。毎月100万人の新規雇用ということは、大まかにいって毎年1200万人分ということですから、人口が1億3000万人弱の日本のものさしからすると驚かれる方が多かったのだと思います。
このうち、全人口が11億人を超えるインドが占める割合が圧倒的に多いのは事実です。では、インドについてきちんと注目できているかどうか、この点を少し心配します。正月に東京に戻った際にいくつかの書店に足を運びましたが、南アジアに関する書籍が、東アジアのそれに比べ圧倒的に少ない。新聞を読んでいても、南アジアの記事が少ない。心配です。
それから、前のブログで書いたジミー・コブは80歳ではなく、83歳とのことです。訂正します。
2012年01月23日
ジミー・コブ

ワシントンは1月20日(金)深夜から雪模様、といっても数センチ程度の積雪でしかも土曜日には路上の雪はほとんど溶けてしまいました。それでも寒く、日曜日の今日は最高気温が3度程度しかなかったみたいですね。写真はアンティグアの海、暖かいビーチが懐かしい。
21日(土)夜は近所のボヘミアン・キャバーンズで行われたドラム奏者ジミー・コブの80歳誕生日ライブへ。ジャズを聴き始めた中学生の頃から、マイルス・デイビスなどの録音でドラムを担当していたジミー・コブの名前は知っていたけれど、まさかあれから25年以上経って、ワシントンで本人の生演奏に遭遇する機会を得ることができるとは思ってもみませんでした。
演奏後、ジミー・コブの2007年の録音「コブズ・コーナー」のCDをその場で入手し、サインしてもらいました。演奏直後だったのでまだドラム椅子に座ったままのところで、スネアの上にCDジャケットを置いて、私の名前、ジミーのサイン、それに「2012」と年を書きいれたところで最後の2がジャケットからはみ出してしまって、あー、スネアのヘッドに書いちゃった、しかもサインペンで。
ジミーさん、あんなところでサインをお願いしてスミマセンでした。書いてもらった後にお礼を述べたら、彼からの一言は、日本語で「ドーモ、アリガト」でした。
2012年01月19日
早く次世代に

昨日は今年初めてのフロントオフィス会議。これは毎週月曜日、私が所属するフロントオフィスに直接関わるマネージャー(最大15人くらい)が集まって、いわば定例朝礼のように、今どのような業務を進めているかなどを共有する場。久しぶりの会議ということもあって、いつもの倍の2時間近くかかって閉会。久しぶりに会うことそのものが楽しい感じ。
あと、昨晩は日本政府から国際機関に移って今バンコク在住の方がワシントン来訪中とのことで、食事会に参加。テーブルを見渡すと、どうやら皆さん私から見るとちょうどひと世代下。次世代がどんどん出てくることは心強いことです。
写真はアンティグアの中心都市セント・ジョンズの建物の色合い。いい感じです。アンティグアでステイしたコテージにイタリア人老夫婦が長期滞在していて、他のお客さんとの適度な離れ具合、間合い、スピード感がとにかく素敵でした。ああいう、はやく若手に道を譲って、いつまでも同じ何かにしがみつき続けるのと全く逆の雰囲気を醸し出すシニアになりたいと思いました。
2012年01月18日
世界一周

1ヶ月ぶりに上司に職場で会うと、すっきり健康的になったり(上司)、やや太ったり(私)、うっすらと日焼け(これは両方)などで、本当に久しぶりで、おー何だか様子が変わったなという感じ。しばし、この1ヶ月間に何をしていたかを振り返り報告。2012年がいよいよ開幕したという雰囲気の昨日でした。写真は年末のアンティグア、宿泊先のコテージのデッキにやってきた鳥。
昨日は1988年世代が888年の同世代の若者の志をつなぐ世界旅行というプロジェクトで、文字通り世界一周中の金田さんが、同僚を訪ねて世界銀行に来られた際、私のオフィスにも立ち寄ってくださいました。ありがとうございました。ただ旅してますというと「へー凄いですね」で終わってしまいそうだけれど、旅そのものの設定というかスト―リー仕立てがきちんとしていて、お話をうかがっているとますます引き込まれていく感じで、面白かったです。日本を出発してアジアを回り、北アフリカ、ヨーロッパを経由してアメリカ東海岸に到着したところとのこと。このあとメキシコをまわってアメリカ西海岸から日本に戻るそうです。帰国後にどのように展開されるのか、来年以降の持続的な取り組みにむけた動きを楽しみにしています。





