ネパールの旅はカトマンズで始まり、カトマンズで終わる。8回目の訪問だが、前回から19年のブランクがあった。


IMG_0674 シバの化身




カトマンズに来て、驚いたのは市の中心にあるダルバーグ・スクエアがきれいになったこと。
理由はここが世界遺産に登録されたからなのか?

写真は旧王宮裏のハヌマンドカにあるヒンズーのシバ神の化身・カーラ・バウラブ像であり、多くの信者が毎日訪れる場所だ。


IMG_0626 ホーリー・行者


ヒンズーのホーリーと呼ばれる行者たちは一生かけて聖地を巡ると言われているが、ハヌマンドカは観光客も多く、その分寄進(写真モデル業?)もあり、居心地はよさそう。



IMG_0620 ダルバール広場



カトマンズ盆地には3か所の旧王朝の遺跡があり、それぞれに王宮広場ダルバーグ・マルグがあり、カトマンズ・パタン・バクタプール(旧バドガオン)等である。
名前も同じ様な寺院や建物もあり、最初は違いが判らないが、訪れるごとに、違いが見えてきて楽しい。 

クマリ(聖処女の生き神)の館・ダルバーグスクエア等は3か所全てに存在する。
バドガオンの5重の塔を持つお寺は、必見だ。
昔、作った小泉今日子のテレビドラマ 『ヒマラヤの赤い自転車』 のロケで何度も通った場所だが、当時のバドガオンは静かで好きな場所だったが世界遺産に登録後人が増えた様に思える。


IMG_2005農村風景



カトマンズ盆地の1月はまだ、菜の花(マスタード)や小麦の芽吹きに早いがチトワンやポカラに向かう途上は海抜が低く多少温暖なのか、もうマスタードの黄色い花が咲いていた。 昔見た日本の農村を思い起こす光景だ。



IMG_1999山岳部族


ネパールの農村や山岳部で働く女性たちは勤勉だ。 額にかけた吊り篭で今運んでいるのは、堆肥であり、重さは50キロにもなる。




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山から下りて対岸に渡るため、最近はこの様なつり橋が、数多く見られるようになったが、ネパールには鉄道はなく、道路も限られた部分しかなくインフラの整備は、この様な吊り橋がせいぜいで、カトマンズ・ポカラ間や一部タライ平原なども、車の数が増えて、悪いガソリンやジーゼルを使用するため、排気ガスで毎日、霧が出たりする。
日本はODAでダム等を作り、インドに電力を売ったりしているが、いまだに、毎日停電があったりするのだ。

道がないのに車が増えては、渋滞もさることながら、つい20年前までは、ネパールで行きたい場所を言えば、『ああ、その場所ならすぐ近くですよ、そう、歩いたら3日もあればいけます』 という返事が当たり前の国だったのに、物があふれた我々の現代社会とは何か? 20年前にはネパールの山間部に住む人たちの年間現金収入は2~3000円が当たり前であったのに、前にロケで長期滞在の折り、泊まったホテルの従業員や顔見知りが、夫婦同伴で面会に来て、日本で働き口を探して欲しいと言って来た。

20万円、いや10万円でも良いから月額で貰えたら、人殺し以外は何でも貴方のいう通りにするから是非頼みたいと、夫婦が口を揃えて言う。

当時、日本はバブルがはじける寸前で、インフレや贅沢が飽和状態になっていて、まだ、外国人労働者の需要は存在した。
しかし、私は日本の現状や物価高、存在する消費文化で、それが麻薬中毒と同じで、消費が癖になる事を切々と訴え、ネパール人の生活は家長制度がはっきりして、1日家族が一緒に暮らせる時間は15時間以上のネパールに比べ、通勤ラッシュとか、仕事の時間の長さで、家に帰るのは寝る時間の8時間とかの日本の現状を話し、彼らの収入がそれぞれ月額4~5千円である事を聞き、私から見れば、そのコストで家族と一緒に暮らせるネパールが羨ましいと説明すると、最初理解出来なかった彼等も、私が熱心に話すうち、奥さんの方が理解をして、日本よりネパールが良いと言ってくれた。


大滝秀治さんと


1992年 カトマンズ郊外の山の上の村 ドリュケルにて、大滝秀治さんと筆者、テレビドラマ『ヒマラヤの赤い自転車』 を撮影中の写真

俳優の大滝秀治さんも、私の想いに同感で、この国の純粋な庶民感情や生活のスタイルを変えない方が良いとの意見に共感してくれたのだ。
(大滝さんは中央公論の随筆集・ネパールのビールを読み、こんな純粋な考えを持つ少年主人公がこの世界に存在するのか自分で確かめたくて、我々の作品にでて下さったのだ。
本来出演を断ったのは、彼の出番が日本でしかなく、脚本を書き換えてまで、ネパールに来ることに拘ったのだった) 後にいたずらっ子の様に笑い、無理を言ってこの国に来たことを喜び、ネパールの子供の純粋な姿にうたれ、大感激をしてくださった。


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ネパールのビールとはNHKの取材斑が比較的近いロケ地で撮影をする時、ビールを持っていきたいが重いので、ウイスキーにしようと決めてロケ地に向かうが、数週間の滞在で、夜は電気もなくすることもない中、酒は慰めとの思いで、峠の茶店でジープを停め、半日歩いてその山中の村に到着し、そこに流れる清流を見て、ここにビールを冷やして飲んだらどんなに美味しいかの話を通訳にすると、傍にいた少年が、通訳に、今なんと言ったかを聞き、それなら、峠の茶屋にあるから翌日買ってきてあげると言い、駄賃欲しさにかな、と思いつつもお金を渡し、買ってきて貰い、翌日夕刻、それを飲むことが出来た。

その翌日、少年がビールはどうだった?と聞き、美味しかったが、もうすべて呑んでしまったと言うと、少年がそれならあるだけのビールを買ってくるのでと言われ迷ったが、結局それを頼み、5千円程の現金を渡して、ビールを依頼をしたのだった。
しかし、少年はその日村に戻らず、翌日も帰らなかったので、村人に話すと、5千円の現金を渡したら、少年は2度と村には戻らない、今頃、ここから歩いて3日ほどの自分の村に帰ったか、カトマンズ辺りに行って贅沢三昧の蜜の味を満喫しているに違いない、と、口をそろえた。

少年は小学校がある、この集落に寄宿して勉強をしていて、学校の先生までが、貴方はなんという罪深い行いをしたのか、ここの住民達の年間平均の現金収入は2000円程しかないのに、5千円は2年分以上になると言われ、その、筆者は、自身で、なんという事をしたのか、少年の純粋な気持ちをお金で惑わせた事と、少年の将来になんという愚かな行為をしたかと、後悔の念に苛まれ、3日が過ぎた。

前回は1日で戻って来たのに3日戻らないのは、自分がビールを飲みたいと言ったせいで、少年の将来を傷つけた事を、大いに恥じ、暗い気持ちで3日目の深夜を迎えたが、真夜中、宿舎にした民家のドアを叩く音がして戸を開けると、そこには傷だらけで、ボロボロになった姿の少年が立っていたのだ。

少年は泣きじゃくりながら、大きな麻袋に入った割れたビールビンを詰めて運んだのだった。
なぜ3日掛かったのかは、最初に買った茶店ではもう在庫がなく、そこからまた、半日掛かりで先の峠の茶店に行き、そこにもビールはなく、さらに半日、合計1日半をかけて漸く、ビールを手にして、不眠不休で部落に戻る途中、暗くなり、入り口の谷を渡る丸木橋で足を滑らせて、谷底に転落してビールは割れてしまい、負傷してようやく戻ってきたのだと言い、その証拠を割れたビンで示したという。

その時その筆者は、自分が一瞬でもその少年の純粋な想いを疑った事を恥じて、泣いている子供を抱きしめ、何も言葉にならなかったという。

これが、大滝秀治という老優をネパールに駆り立てた随筆の内容だが、この随筆集は当時の有名作家が多数で4~5ページづつを書いた一部であり、内容が秀逸だったことから、『ネパールのビール』 が随筆集の表題になったのである。
ロケの合間に大滝さんを何日か案内した時、庶民の暮らしに感動して下さり、自分が台本を書き換えさせてまで来たかったネパールに来て、子供の純粋な姿を見、この本を私に差し出し、こんな純粋な心がこの世界にあるのか、確かめたかったと言い、本を私に下さったことは今でも忘れられない。


IMG_0127マナスル3山



あれから19年、久しぶりに見たヒマラヤはマナスル3山で、右がマナスル中央がヒマルチュリと左端がピーク29で、いずれも日本人が初登頂を遂げ、殊に1956年のマナスル登頂は、当時の登山熱を日本にもたらした。
しかしこれだけ晴れても山の見え具合は良くなく、これはポカラへの途上で見たものだが、補正はしたが、写真はここまでで、やはり、霞がかかってしまい、昔とは大違いである。



IMG_1894ライステラス俯瞰




これはヒマラヤの前山に作られた段々畑(ライステラス)だがここの山間や山上に住む人たちの勤勉さが伝わってくる。
しかし、この様な文化が、山の土壌を流し、ランドスライドの一因になっているのも事実であり、シビリゼーションとはなにかが、前項の出稼ぎで豊かさを求めるのか? またビールを買いに行った少年の心は何か? ここに来る度、そんな思いを抱くことが多い。



IMG_1884ライステラス


有名なライステラスはランタン谷の途上に大きなものがあるが、今回はこれが精いっぱいだった。やはり齢のせいか?


IMG_1589アンナプルナを飛ぶ



アンナプルナ1(主峰)近くに飛ぶ飛行機、マウンテンフライトか?



IMG_1615アンナプルナ2・4峰



右にアンナプルナ2 左がアンナプルナ4だが、2峰は1峰より100メートル程低いだけで、8000メートルに60メートル程足りないだけなのに、頂上付近の雪の無さや氷河の衰退は著しく、去年訪れたヨーロッパアルプスでも、やはり、氷河の衰退と、雪量の減少が温暖化による異常気象が原因となっている事を感じさせ、世界の環境が心配である。



IMG_1587マチャプチャリ6993米


ポカラの代名詞の様な山・マチャプチャレ(フィッシュテール)峰だが7000メートル弱の山で急峻なだけに雪は付きにくいが、ここまで黒くなってしまったかと感じさせる見本である。
下の写真は同じ山で、昔撮ったものだ。 現在に比べ、真っ白な峰が如何に温暖化が進んだかを証明している。


IMG_1762昔のマチャプチャリ



ヒマラヤは雪の山(白い山)の意味だそうで、そのうち黒い山にならないか心配である。



IMG_1600アンナプルナ3とマチャ


上のものと比較してほしいが、左マチャプチャレで、右がアンナプルナ3峰で、写角が少し違うがほぼ同じビューだ。
本当に山は黒くなり、朝夕でも霞んでしまっている。