昨年、僕はロードレーサーを引退しました。
しばらく思考の日々が続いた。
そして気が付いた大切な事があった。
理由は挙げれば色々あります。
膝の怪我のせいかい?
とよく言われることがありますが、それも全く関係ないとは言いません。
しかしそれを踏まえた様々な事をひっくるめて出た答えが自分の期限として当初から決めていた
"大学行ったつもりで4年間挑戦してダメなら選手を辞める"という結果です。
"大学行ったつもりで4年間挑戦してダメなら選手を辞める"という結果です。
突然辞めたように思われた方も多いと思います。
せっかくあそこまで行ってたのになんでやめたの?と言っていただくこともあります。
一生懸命に上っていた綱をパッと離し、いきなり諦めた。
ように見えた人もいるでしょう。
突然ではありません。
諦めたわけでもありません。
少し長々と駄文を書きます、どうか聞いてください。
…
僕は達成出来ない夢や目標は持たないようにしている。
僕の当初の最終目標は
ツール・ド・フランス 日本人初のステージ優勝
U23-2年目に膝を痛め、一時帰国。
手術しリハビリで貴重な1年を棒に振った時、初めてその目標が高すぎると感じた。
だから僕は目標を修正し
『ヨーロッパでプロツアーチーム、もしくはプロコンチネンタルチームに入る』
という目標に切り替えた。
そしてU23-3年目。
ヨーロッパのプロコンチネンタルチームに入るという目標が僕の適正であることに気付いた。
もちろん、依然、全くもって簡単な事ではない。
自転車の能力以外の様々な要素含め、やれる事全てやって、運も味方につけて、それでやっと入れるか入れないか、それくらいの高い目標であった。
僕は自分に力がないことを知っていた。
それに気が付いたのはインターハイを1年生で優勝した時である。
それを誰かに説明しようとするものなら
いやいやいやいや!
またそうやって言って!そんなこと言ったら...(略
と否定されることが多いがこれは事実である。
僕に能力がないと悲観しているわけではない。
"自転車を漕ぐ能力"がないという事である。
逆に言うと"単純な脚力の差で順位がつく訳ではないのがロードレース"ということにインターハイを優勝した時に気が付いた。
身体的な才能を持っていない僕が、時たま周りには逸材と言って頂けるほどの成績をどう残したというのか。
それは単純に自転車を漕ぐという能力以外の能力で脚力を補う事に徹していたからであると考えている。
もちろんレースの勝負に絡むためには最低限の体力、脚力というのは求められる。
だがその勝負の最終局面に残ることさえ出来れば、最後は展開力や気力が勝敗をつける(と思っている)。
僕はレース中に様々な情報に気を配り、それを元に誰が何を考えているかに思考巡らせた。
過去の栄光は
そういったことの全てがうまくハマった時に勝てた。
それだけである。
レースを共に走ったことのある選手は皆わかっていると思うが、僕には皆が思っているほどの"脚" はない。
しかし僕はヨーロッパに挑戦した。
挑戦したかったし、何よりも今まで通り展開でうまく立ち回り、後は誰にも負けないメンタル面で十分戦っていけると思っていたからだ。
だが、ヨーロッパのレベルは想像を遥かに超えて高かった。
残れば勝てる、それはわかっていても勝負の展開に残ることすらできないほどの力の差。
力がなければ他の部分に改善も何もない。
まずは力の差を無くす以外に方法は何もない。
その差を埋めるべくトライアンドエラーを繰り返し挑戦した。
考えられる改善の可能性を潰していく地道な作業。試し、改善が見られなかった事が増えるごとに自分のプロコンチネンタル選手への可能性は減っていた。
ついには
「なれなかったらどうしよう」
「今のまま続けていって後悔しないのか?」
そんな夢を追う上でくだらないことを自分が考えるようになったその瞬間、僕はこの夢を達成できない事を悟った。
U23-3年目の5月のことであった。
僕は選手を辞めることを決意した。
自転車を今までやって来たことを思い出した。
自転車のレースに出られなくなる自分を想像した。
しばらく思考の日々が続いた。
そして気が付いた大切な事があった。
それは自分の能力(長所)と自分はレース(競うこと)が大好きで仕方がないということ。
この2つ・・・
これが自分の中の大きなものであった。
自転車競技を辞めるならば次の職業でもこの気が付いた自分の特徴を活かさなければ勿体無い。
いや、絶対に活かしたい。
競争が激しい会社に入れば良いだろうか、誰々さんに相談してみたらどこかで雇ってもらえないだろうか、など色々考えた。
しかし競争する事は出来てもレースが出来ないという事に一種の違和感があることに気がついた。
それは果たして自分がやりたいことなのだろうか。
そんな時YouTubeでボートレースの動画を目にした。
なにげなく見た動画に映し出されていたのは僕が大好きな
『ロードレースのゴール前、勝敗を決める時の空気感』
がいきなりスタートから漂うレースだった
「すげぇえええ!!!超楽しそうじゃん!!!!最高だ!!!」
ひとことで言うと、興奮した。
これを毎回、毎レース体感出来るなんて選手は幸せだろうな〜
そう思った時、
「そうだ!これを目指そう!!」
そして僕はいきなりボートレースを目指すことにしたわけです。
次回に続く~~ ではでは

コメント
コメント一覧
小橋くんとは会ったことも話したこともありませんが、名前を聞き始めてからずっと動向を気にしていました。
実は、私も高校から自転車競技を始めジュニアの全日本選手権とかでも着る様になり、地方レベルの大会だと大体3位以内には入っていて、その後、某大学へ進学し中退したのち、とある関西の実業団チームで走っていました。Japan Cupにも出場し、その当時の世界トップクラスのジルベルト・シモーニやカデル・エヴンスなどと走った経歴があります。23歳で競技を辞めましたが、ずっとモヤモヤしていてこころに穴が空いた時間を過ごしていました。学連で一緒に走ってた仲間が全日本を獲ったり、後輩もまだまだ第一線で走っているのを見ると『もし辞めていなかったら…』そんな気持ちに苛まれてきました。モチベーション低下とこのままでは食べていけない。将来への不安も募り引退しました。
しかし、今日、小橋くんのブログを読み自分の中で薄々感じでいた辞めた真相が確たるものに変わりました。確かに何度も優勝はしましたが、自転車競技は戦術で勝ててしまう競技なんだと。私の勝ちパターンは遅くてもレース中盤に逃げ、そのまま独走で優勝するパターンでした。悔しいですが、『あいつが今行っても、あの足なら戻ってくる』そうみんなが思っていて泳がせてくれていたから勝ててたのかもしれません。
14年間のモヤモヤが消えました。
ただ、小橋くんにお礼が言いたかったのに、長々と失礼しました。
夢、いや目標を必ず叶えて下さい。
小橋くんのことずっと応援してます。
1年間の訓練はいろいろな面で厳しいとは思いますが、君のことプロとして1年後 戦っている姿を勇旋みたいなブログで拝見できるのを楽しみにしてます。
専属スタイリストとしてどこでも飛んで行けるように俺も頑張る!!!!