June 03, 2006

CGMのコンテンツは家庭料理

 公私とも大きな変化があって、しばらくお休みしていました。ちょっとブランクが大きすぎたので、もう少ししたら本ブログも一区切りつけようかなと思っています。

 さて、きょうは「CGMのコンテンツ=家庭料理」というお話。職業記者(こちら側の人)がCGMを「便所の落書き」的にとらえ、ブロガーをはじめとする普通の人(あちら側の人)がそれを肯定的にとらえるのは、メディアという箱に記事を入れる際の「基準」が異なるからではないか、それはプロの料理と家庭料理に通じるものがあるのではないかという問題提起です。

 先日、大学の先輩でもある元雑誌記者さんのBlog「小也香の一日一膳」の「メディアの定義」を拝見しました。その中で印象的だったのは「検索エンジンや通信インフラやポータルサイトやSNSを提供する彼らにとって、「メディア」が、あくまで「コンテンツ」を入れる「箱」でしかないのに対して、旧人類(?)の私は「メディア」は「箱」と「中身(即ちコンテンツ)」が一体であって然るべきものと思っています」という部分。

 確かに、いわゆるマスメディアの側にいる(いた)人は、小也香さん同様「箱と中身は一体であるべきだ」と考える人が多いように感じます。例外は一部の整理(編集)記者くらいでしょうか。彼らにとって、現場から上がってくる記事(コンテンツ)は、箱を彩るパーツでしかない。面白ければ大きく扱うし、つまらなければはずす、ただそれだけです。逆に仕事としてそう割り切ることを求められます。なので整理記者出身の私は、ある程度信頼性が担保されて掲載価値があれば「市民記者」の記事を「職業記者」と同列に扱うことにあまり抵抗感がありません。いま何気なく「掲載価値」という言葉を使いましたが、この言葉の捕らえ方が職業記者と一般の人で違うのだと思います。だからこそ、意識の乖離が生まれるのではないかと。

 職業記者は記事を製作するプロセス、そして記事の体裁をそれなりに大事にします(してきました)。必ず裏を取る、写真は自ら(or写真記者)が撮る、逆三角形と呼ばれる新聞記事のスタイルで書くといったことでしょうかね。料理でいえば、きちっと出汁をとって、魚は自分でおろす、みたいなことになると思います。こういったプロセスを踏まえたうえでの「面白さ」でなければ評価されない。つまり「メディア」という箱にふさわしい体裁を持ったコンテンツでなければ価値はない、だからこそメディアとコンテンツは密接不可分と。つまり「うちの看板を背負っているからにはそれなりのものを出さないと」という感じです。

 でもCGMでは、書く人・記事にそこそこの信頼感があって面白ければ、そういったプロセスを踏まえなくても評価されます。おいしければ手順なんてあんまり関係ないじゃん、最初はちょっと器の雰囲気と違うけどいいよね、と。それはある意味「家庭料理」に似たところがあるのではないでしょうか。そして試行錯誤しているうちに料理の腕も上がり、器の種類もそろってきて、それなりの料理が出来上がってくるのではないかと。

 ここで少し話題を変えて、最近なぜ「CGMのコンテンツ=家庭料理」がもてはやされているか。もちろんそれを受け入れる場ができた(=Web2.0、器の種類がそろってきた)というのもあります。しかし、ここではその「味」に注目したいと思います。いままでは、それなりにしっかりしたプロセスを経た「プロの味」を求めてきた。しかし食べ続けるうちに舌が肥えてきて、ちょっとおかしいことに気がついた。化学調味料をつかったり(=強引な取材etc)、レトルト素材(=役所の報道発表そのままの記事etc)をつかったり。そんなとき、料理方法はちょっと雑で器もいびつだけど、おいしい家庭料理(=CGMとそのコンテンツ)が登場。なかにはプロの料理よりコク(詳しい解説)があったり、おいしかったり(本音のレビューなど)するものもあったりして、ものめずらしさも手伝い大流行、そのうち「元専業主婦の料理評論家」のように「こちら側」でデビューしたブロガーも登場した、と。

 このロジックで行けば、外食同様にすみわけは十分可能だと思うのです。「プロの店」は高級店のようにそのプロセスを踏まえるゆえに得られるコンテンツ(味、雰囲気etc)を提供するか、「ファストフード」のように忙しい人向けに手軽に短時間で理解できるコンテンツを提供するか。「イノベーションのジレンマ」的にいうと、既存メディアは前者に進む可能性が強い気がします。やはりプライドもあって、後者に行くのは抵抗感が大きいでしょうから。でも忙しく、手にできる情報量が増大した現代、後者は結構需要が高いと思うのですけどね。

(追記)
 これまで書いてきたとおり、CGMのコンテンツは「家庭料理」ですが、CGM本体はパブリックなものです。例えれば最近流行の「チャレンジショップ」(行政などの支援で、事業意欲のある人が低価格or無料でお店を開ける場)のようなものでしょう。現在、食品を扱う業者は等しく「食品衛生法」の適用を受けるように、CGM、CGMのコンテンツにも一定の「モラル」が必要なのかもしれません。それがないと、ガ島通信・藤代さんのおっしゃるとおり「ネットメディアは無免許運転の暴走車なのかもしれない」となりかねません。ただこれが過剰だと活力がそがれるわけで、さじ加減が難しい。特に新聞も含めて「匿名」でないと主張ができないところがある日本の場合、特に難しいでしょうね。
 加えて玉石混交の「チャレンジショップ」をどう運営するか、そしてそこから卒業した「玉」の活躍の場(=収益を得られる場)をどう確保するかも課題です。当然ですが、これが解決されれば、場の活性化とビジネスの創出が可能ですよね。現状では運営資金=広告、活躍の場=既存メディア、という感じですが、この構造が変わる日がくるのでしょう(か?)。  
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March 14, 2006

リクルートのビジネスとは

 あるSNSのコミュニティで「新聞もリクルートに対抗しないと」という書き込みがあったので、以下のようなものを投稿してみました。皆様の感想をいただけるとありがたいです。


 リクルート対策が急務なら、リクルートのビジネスの本質をつかまないと、対策は立てられないと思いますが…。それではリクルートの本質とはなにか。それはメディアを「マッチングプラットフォーム」と位置づけている点と、生煮えの企画を最終商品に仕上げる営業力ではないかと考えています。

 まず「マッチングプラットフォーム」について。彼らはメディアを消費者と供給者の出会いの場と位置づけた上で、消費者に実際の購買行動を起こさせることを目的としています。そして、それぞれの入り口で「入場料」となる「購読料」「広告料」を徴収して稼ぐというモデルです。

 例えば、家を買いたい人と家を売りたいデベロッパーをつなぐのが「住宅情報」であり「住宅情報.net」なわけです。そこに載せられる編集記事は消費者の行動を起こさせるような内容になっているはずです。よくよくみると、リクルートのメディアは、紙、ネット、そしてリアルの展示会を含めて、すべてこの考え方に沿ってできています。この考え方は「リボン図」という概念で表されます。

 この考え方に基づくメディアビジネスは、sergeantさんのおっしゃる通り、ユーザーの声を聞かなければ成立しないわけです。ざっくりいうと、リクルートのマーケティングとは、マッチングプラットフォームとして乗り込んでいけるほどの市場が売り手買い手双方とも存在するか、そして彼らにどのようなニーズがあるかを確かめる作業です。

 ただリクルートが現在やっているメディアはだれでも思いつくようなモノばかりです。これをなぜいち早く事業化し、軌道に乗せられるのか。それを可能にするのが日本最強とも称される営業力です。近年は企画力と並んでこれが重要なKey Success Factorになっています。なぜか。それはネットやフリーペーパーの登場で、入場料の一方である「購読料」が取れなくなっているからです。つまり広告料で稼ぐしかないわけです。加えてフリーペーパーとなると、配布場所の確保も重要。ここでも営業力がモノをいいます。

 ここまで読んでみて、疑問を感じませんか。ここで話題になっているR25は、このモデルに当てはまらないですよね。これはリクルート自身も認めていますが、R25は既存のリクルートが所有しているメディアと本質が異なります。だからこそ、彼らにとって大いなる挑戦であったわけです。

 どこが他のリクルートメディアと違うか。それはR25は、なにがしかの購買行動を起こさせるモノではない。つまり単なる「雑誌」です。フリーペーパーという点を除けば、既存のメディアビジネスですよ。新聞だって「社会事象へのポータル」と位置づけることもできるわけですから。広告が売りにくいですよね。そこで、雑誌も新聞も読まない、いままでのメディアがリーチしていない(といわれている)M1層をターゲットとしたメディアとして価値を出そうと構想されたわけです。これなら広告も売りやすい。そのうえでM1を研究した結果「社会的情報をあまりとっていないことにコンプレックスを感じている」ことがわかり、現在のR25が完成しました。

 これが大当たりし対外的に成功とされています。しかしリクルートとしては想定外です。なぜか。「情報消化不足のやせ犬」はM1層だけではなく、すべての層に渡っていたからです(週刊子どもニュースのヒットで分かっていそうなものですが)。その結果、はけ率がほぼ100%近いのにもかかわらず、その中にしめるM1層の割合が想定よりも低くなってしまった。つまり媒体価値が低下してしまった。だから最近R22(新入社員向け)やR17(高校卒業者向け)など、ターゲットを絞ったものを出しています。ここまで絞り込むと、ある意味「マッチングプラットフォーム」としても機能する可能性が出てきます。ある意味、入社や卒業は「結婚」などと並ぶライフイベントですからね。
 
 とりあえず、リクルートのホームページや報道などから、自分なりに考える本質を書いてみました。  
Posted by ka99212kao at 21:46Comments(4)TrackBack(0)日々雑感 

February 25, 2006

引き続き多忙につき

 「疲れが取れたら」「時間が空いたら」と言い訳めいたエントリを上げてから、はや一カ月。依然、状況に変化がありません…。仕事が楽になったと思ったら、今度はプライベート、という感じなのです。本当は書き物をしなければいけないのですが…。とりあえず近況を。

・仕事はようやく一段落。帰宅時間も早くなりました。でも先週と今週は新幹線内やラーメン屋で原稿を書いていたこともあるなど、特定日に仕事が集中する傾向があります。それでも自分のペースで仕事ができるようになりましたよ。いつまで続くかは微妙ですね。今週あたりからいろいろな話が出てきて、雲行きが怪しくなってきましたし…。

・めでたしめでたしと思っていたら、プライベートが忙しくなってしまいました。休日は人と会う機会が増えました。まあいいことです。

・久々に本社へ行って、セミナーを受講。幹部社員の中に、平社員一名。みんな寝過ぎです。会社の行く末が不安です(正確に言うと、昔から不安だがますます不安になった)。質問する気も失せます。講師の方と少人数で座談会をしたい感じでした。というか、あの講師の方の持ち味はそういう場の方が生きるのではないかなあと。

・Oh my News日本版に七億ですか。既存メディアとはコスト構造が違うので、なにかをするには必要十分な額でしょう。ただBlogなどの普及で、個人が意見表明の場としてのメディアを持ちやすくなっている現状で、どのような場を設定していくか。これが課題でしょうね。まあ収益確保の見込みがない輪転機の更新に数十億つかう各地の新聞社よりはマシな投資でしょう。  続きを読む

Posted by ka99212kao at 00:37Comments(0)TrackBack(2)日々雑感 

January 18, 2006

なんか疲れているので少しだけ

 別に働き過ぎということはまったくないのですが、ちょっと精神的にも肉体的にも疲れています。ということで、今考えていることを少しだけ。

・「記者が考える広報」は疲れが取れたら、すぐにエントリを上げます。

・「ライブドアショック」、特捜部がらみの報道云々…、みたいな話がいろいろなところに上がってますが、ぼくは正直よく分かりません。司法担当の経験もないし、ましてや地方紙記者のぼくが特捜云々を語ったところで、説得力ないですから。そして端くれであれ、マスコミの人間であるぼくが「こんな報道姿勢はいかん」とかいってみたところでなんだかなあ、無責任だなあと。

・金融工学を学んだものとして、現在の市場参加者に一言。「『未来』というのは定義上、『何が起こるかわからない』ものである」(内田樹の研究室「老師たちからのお年玉」)。「市場の未来を数学(理論)的に可視化しようという試みは愚かなのではないか」と考え、金融工学の世界から足を洗ったことをふと思い出しました。所詮、市場は「Wisdom of crowds」の際たるもの。人間の行動が数学(理論)的に予想できないのなら、市場の動きも同じなのではないでしょうか?  続きを読む

Posted by ka99212kao at 21:23Comments(0)TrackBack(0)日々雑感 

January 13, 2006

整理記者の思考(1)〜扱いが良くなる広報手法とは

 みなさんからご期待いただいてる「記者が考える広報」。そもそも論のエントリーに「とと」さん、「Fireside Chats」さん、そして「ROCKS LOUNGE」さんからコメントをいただきました。本当にありがとうございます。今回は、ととさんのリクエストにお答えして、整理記者の思考とそれを元に「どうしたら扱いが良くなるか」を数回に分けて考えていきます。今回は整理記者の役割と、日常の一部をご紹介します。

 整理記者とは「取材記者が書いた原稿の価値判断(=どの程度で扱うか)を決め、紙面レイアウト・見出しを作成し、紙面を完成させる」記者です。私は入社後2年間、この整理記者として勤務し、硬派=政治面・経済面など、と軟派=社会面、スポーツ面、地区面や特集面を担当しました。うちの会社では出稿部門(取材部門)のデスクになるためには、基本的に整理記者経験がなければいけないそうです。なぜかというと、整理経験がないと「どれだけの記事を出稿すれば(=整理記者に渡せば)紙面が埋まるのか」がわからないからです。ただ取材部門のなかには、整理部を一段下に見る人もいます。

 それでは、わたしの整理部時代の勤務を紹介することで、整理記者の日常をご紹介しましょう。出勤時間は担当する面によってまちまち。朝早いこともあれば、夕方近いこともあります。自分のロッカーに荷物を置いた後、担当面の机へ直行し、面担当のデスクにあいさつ。整理部では社会、スポーツなど分野ごとに「面担」とよばれる我々とコンビを組む「デスク」が存在します。うちの会社の場合、デスクは同じ分野の2〜3面を担当し、共同原稿の出稿のほか、見出しや記事の取捨選択などで面担への指示・指導を行います。

 面担が席に着いたらまずやることは「出稿メモの確認」。これは取材部門の担当デスクが作ったメモと共同出稿のものをあわせて、整理部門のデスクが作成したもので、当日どのような記事が手渡されるのか、記事の概要や写真の有無などが記されています。新人でない限り、この出稿メモに書かれている記事の概要で、大まかに記事の扱いを決めてしまい、ラフレイアウトまで完成させます。整理記者の中には最初に決めた扱い、レイアウトを頑として変えない人もまれにいます。(2に続く)  続きを読む

Posted by ka99212kao at 00:01Comments(0)TrackBack(0)記者が考える広報 

January 11, 2006

地方新聞社のブランド力=コンテンツを引き寄せる力

 「ネットは新聞を殺すのかblog」の湯川さんと「ガ島通信」の藤代さんが、昨年末に新潟で起こった停電の際に新潟日報が開設した「停電サイト」を取り上げています。お二人とも「読者からの情報をそのまま流す」という新潟日報の決断に高評価を与えていますが、わたしはこの出来事を違う視点から見ました。それは「地方新聞社のブランド力=コンテンツを引き寄せる力」であるということを確認させてくれたということです。

 新潟日報の特設サイトによると、停電が発生したのが12月22日午前8時すぎ。同サイトにUPされている読者からの情報メール第一報は午前10時42分、停電後約2時間30分でサイトが開設されたor情報提供呼びかけが始まったと考えられます。そして聞いた話によると、午後8時までに1000件以上の情報提供があったそうです。つまり約10時間で1000件の情報が寄せられたのです。

 なぜ短時間に1000件もの情報が集まったのか。まず多くの人が情報を求めて、新潟日報のサイト(携帯含む)を訪れたということです。これは停電にあった人の中に「停電→地元新聞のサイトを見ればなにか分かるかもしれない」という気持ちがあったからでしょう(新潟日報の特集記事にあるように、県庁・県警・市役所が自家発電装置故障で機能不全を起こしていたということもあるとは思います)。そして情報提供を呼びかけているのを見て「自分と同じように地元の人が多く見るだろうから、新潟日報に情報提供すれば役に立つだろう」と考えたのではないでしょうか。いかにまとめサイトのようなblogをすぐ立ち上げたとしても、これだけの数は集まらなかったと思います。これは私たち記者が、「○○新聞」の名刺があるから情報がとれる(取材がしやすくなる)のと同様と言えると思います。今回の停電サイトでも「新潟日報」の名前があったからこそ、つまり地方新聞社のブランドがあったからこそ、短時間に多くの情報を提供してもらえたのではないでしょうか。

 この仮説が正しいとすれば、うちを含む地方新聞社は、自社サイトをただ単にニュースなどコンテンツを提供する場ではなく、読者とともにコンテンツを作る場へと変えていくべきでしょう。GripBlogの泉あいさんが新しい報道メディア作りを考えられていますが、泉さんや同様のサイトを考えている人がこのブランド力を築くのには時間がかかります。同時に地方新聞社が持つ、この「ブランド力」も賞味期限が近づいていると思います。つまり「やるなら今」しかありません。

 今までの新聞社の強みはこのブランド力とともに、「紙」という情報を伝えるインフラを持っていた点です。昔は参入障壁が高いために新規参入が難しかったのですが、ネットが新たなインフラとして登場し、参入障壁が一気に下がってしまいました。このままでは、我々は立場の弱い「コンテンツプロバイダ」に成り下がってしまいます。まだブランド力があるうちに、ネット上でもインフラ=新たな情報集積の場を構築すべきです。「うちの名前が付いている以上、ネットでも提供する情報は社員・記者が書いたものでなければならない」という考えは、横に置いておかなければいけません。

 実は同じ内容をうちの社のインターネット部門長にもメールで伝えました。その方がどう考えるか、アクションを待ちたいと思います。  続きを読む

January 10, 2006

これは面白い!

 10年ぶりくらいに氷に滑って転んでしまいました。しかも2回。田舎の子としてこれほど恥ずかしいことはないですよ…。無意識のうちに受け身を取っていたようで怪我はないんですが、まだ頭がくらくらする気がします。

 さて、Remember Meさんを拝見したら、「IPアドレスによる都道府県判定」なるものがサイドバーにありました。うちのブログにも天気予報版を早速実装。この会社が提供しているのですが、このサービスは面白いですね。その人が住んでいる地域のコンテンツや広告を、意識せずに提供できるというのは、かなり可能性があると思います。この会社は地域インターネットの活性化を目指しているとのこと。機会があったら一緒にビジネスをしてみたいです。

【参考エントリー】
ネットが生む新たな格差(http://blog.livedoor.jp/ka99212kao/archives/50373260.html)  続きを読む

Posted by ka99212kao at 22:49Comments(0)TrackBack(0)日々雑感