白鳥おじさん ブログ

継続は力なり

2015年12月

クリスマスが終わり、本格的な「年末」になった。この
わずかな期間が好きだ。どことなく寂しげで、でも
来年に対する思いを抱きつつ…。
こんな時はユニコーンの「雪が降る町」を聴くしかない。

閑話休題、ぼくは子供の頃サッカー少年だった。
毎日ボールを追いかけては、泥んこになっていたものだ。ぼくだけじゃない、
みんなサッカーに夢中な「サッカー小僧」だった。
もちろん「野球少年」などもいたが。

今年ももうすぐ終わろうとしている。あの頃
サッカー小僧だった奴らもみな大人になった。当たり前のことだが。

自分は自分だ。現状と真摯に向き合う。

なんて、年末だからちょっと格好つけてみた。
良いお年を! 

あの頃…夢中だったな。
まず記憶に残っているのが高2の中間テスト前日。
中間テストなんていったらしっかり勉強して備えておかなければ
ならない。なのに、ぼくといったら…

朝まで仲間と「マージャン」をしていた。
翌日のテストの答案用紙に、寝ぼけて思わず「マージャンパイ」の絵を
書いていた。
「それ、俺もやってしまったよ」
ぼくの友達も同じ過ちを犯していた。
ぼくらは担任に呼び出され、こっぴどくしかられた。今考えれば当然だが、
ぼくらの頭の中はすでにその日のマージャンをやる計画をしていて、
教師のお叱りの言葉など入ってなかった。
勘違いしないでほしい。ぼくは不良少年とかそういうんじゃなかった。
一生懸命マージャンをやってただけだ。

時は流れて20歳過ぎ。仕事を終えたぼくらは19時頃から
「じゃあ軽く」という気持ちで雀荘に入った。ところが…

気がつくと翌日の12時をまわっていた!
かれこれ17、8時間もそこにいて、「ポン」とか「ロン」
と叫んでいた。そのうち仲間の1人が、
「やべえよ。もう昼過ぎだぞ」と言ってぼくらは
そそくさと店を後にし、近くにあったマックで遅めの朝食(昼食か)を
とった。その時の、店に射し込む光が今も忘れられない。

マージャンの失敗談はもっとあるがこの辺にしておく。
キリがないから。まあ、大したことではあるまい。
おしまい 

やはりというかなんというか、昨日ラジオを聴いてたら
山下達郎氏の「クリスマスイブ」が流れてきた。
これでもかというくらいに。ついでにいうと、氏の
奥方である竹内まりやさんの有名な「クリスマスが今年も
やってくる。悲しかった〜」もかかっていた。

ぼくは、「そりゃ今年もやってくるよ。だって毎年恒例の
行事なんだから。とつぶやきながらラジオのスイッチを
止めた」なんてちょっと小説っぽい動作をしてみた。

そんなことより気になるのは、あの夫婦は一体このクリスマスに
便乗してどれだけ荒稼ぎしたんだ?
毎年クリスマスシーズンになると必ず、必ず山下夫婦の曲は聴こえてくる。
街角から、テレビから、そしてラジオから。

いや、山下夫妻が音楽的に才能豊かなのは周知の事実であろう。
名曲もたくさんある。
でもぼくは、それ以上にクリスマスシーズンの山下夫婦のホクホクした
顔が浮かんできてしまう。
よくないな、貧乏根性に思えてくる。でも、ホクホク顔がつい。

おしまい 

何度もいうようだが年末である。
そして年末が過ぎれば正月である。

ぼくは以前、やれクリスマスはどうだとか正月は
こうだとか散々述べた。

しかし一つ言っておきたいのは年末の
ソワソワした雰囲気、あれは好きだ。そして
正月ののんびりした時間の流れ、あれも好きだ。

子供の頃、夢中になって凧をあげた記憶、
今でも目に焼き付いてるなあ。
そういえば「男はつらいよ」にタコ社長という
アジのあるキャラクターが出てくる。ま、本名は
「かつら うめたろう」というんだけどね。いっつも
余計な一言をいって「寅さん」と喧嘩になる奴なんだ。
あ、どうでもいいか。

2015年ももうすぐ終わるんだな。 

昨晩、忘年会をやった。小・中時代の友人たちと。

素晴らしき友、彼らとの友情はきっとこれからも
続くだろう。

以前にも述べたがぼくは今病気のため、車椅子生活を
強いられてる。

それでも変わらない彼らの熱き友情。
まったくもって、みんなの幸せを願わずにはいられない。

遠出できないぼくのため、わざわざ車で2時間かけて
こっちで忘年会を開催してくれたその恩を、ぼくは
決して無駄にすることはできない。

誰だって、そう思うだろう? 

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