白鳥おじさん ブログ

継続は力なり

カテゴリ: 所沢

8月14日水曜am2時55分。

おはようございます。皆さんいかがお過ごしかな?

本日も夜露死苦!

まずは天気の話題から。現在、大型の台風が列島に
接近しているとかいないとか。詳しい情報について
知りたい方はテレビやラジオ、もしくはネット等で
調べて貰いたい。何しろ気象予報士でもない自分が
しゃしゃり出て偉そうに無責任な発言は出来ない。
ただ、愛読者諸兄には十分警戒して欲しい。愛する
6453822人の皆様には・・・。久しぶりに、
このネタを使った。懐かしいな。所で、私はこちら
ブログ上では幾つかの規則を定めている。例えば
嘘は書かないとか、前後半いずれも20行以上とか
写真を挿入するとか。別に運営側から言われている
訳ではないし金銭が目的でもないのでその辺は自由
だと思う。つまり、どんな文章を作成しようとね。
勿論、著名人に対する誹謗中傷などはダメだ。友人
同士の酒席や電話やメールで言うのは冗談で済む。
マッタク、〜はどうしようもないよな」とかね。
あと肯定するのはいたってよろしいのではないか。
ブルーハーツ最高!」や「イチロー最高!」とか
寅さん最高!」など。何?最高最高しつこいと?
知るかそんなモノ。(流川楓風)

後半へ続く。IMG-1126

それにしても、最近は何かとウルセエから困るね。
タバコは良くないだの、ポイ捨ては良くないだの、
喫煙場所で吸えだの…。ん?全部タバコ関連だな。
まあ、我々愛煙家としては非常に肩身が狭い。自分
は今年37歳ですが、昔はもっと緩かったヨ。そう
だね、では過去の記憶を紐解いてみるか。あれは、
高校時代だった。私は偏差値50前後の県立に通っ
ていた。自宅から自転車で15分くらいの、激近。
コレという特徴もなかった。勉強面も部活動面も、
至って普通。特に気合の入った野郎もいなかった。
だが、音楽だけはやたらと盛んだった。バンドマン
からラッパーからダンサー、DJまで。自分も一応
ギターを弾いていたので仲間達とよく熱弁しあって
いた。その頃はパンクが全盛で、ハイスタンダード
とかハスキングビーとかブラフマンあたりが大人気
だった。彼らのコピーをする者達が続々と出始めた
のもこの時期。そして秋の文化祭で体育館を貸切り
状態にした我々は大音量でライヴをした。客席では
学生が日頃のウップンを晴らそうとモッシュの嵐。
ダイブしていた奴らも沢山いた。あんなの、今じゃ
断固ありえない、だろうな。

大らかな時代だった。IMG-1254

おしまい

8月13日火曜am3時14分。

おはようございます。皆さんいかがお過ごしかな?

本日も夜露死苦!

今朝も暑い。部屋の冷房を消してみると室内が静か
になる。外からセミの鳴き声が聴こえる。彼らには
時間がない。一週間〜10日間くらいの短い生命を
費やして懸命に叫ぶ。風流なり。せめて夏中くらい
あのやかましい音に耳を傾けたいモノだな。風物詩
ではないか。海も、甲子園も、祭りも。あとは花火
とか、カブトムシとか、クワガタとか。良いねえ。
悟空風に言えば「おら、ワクワクすっぞお」的な?
しかし、最近はこの季節が危険になりつつあるね。
熱中症だの何だの。稲川淳二風なら「嫌だな嫌だな
怖いな〜」的な?私の子供時代はもっと安心で安全
だった。今みたいに水分補給だの塩分補給だの誰も
言わなかったし。いや、一応言われていたのだけど
関係ねえよ。わーー!」という意図不明の雄叫び
を上げて遊び回っていた。あの頃、何を考えていた
のだろうか?自分の場合、中学ではほとんど音楽と
バスケットボールと女の子かな?高校も、大体同じ
だった。では小学校は?思い出せないな。やはり、
酒とタバコとロックンロールか。・・・何でだよ!
さま〜ずの三村マサカズ風に突っ込んでみた。

後半へ続く。IMG-1536

記憶を呼び戻してみよう。私の地元は埼玉の所沢
西武ライオンズの本拠地として世界的に有名だな。
まあ、それは嘘だが。生まれたのは大都市横浜だ。
小6になる時、つまり12歳で引っ越して来たので
あります。転校先はN小。畑のど真ん中にある場所
だった。・・・そこは、「ろくでなしブルース」並
の無法地帯で、不良どもが集結する悪の巣窟。校舎
の窓ガラスは割られ、男子生徒の大半が木刀竹刀
メリケンサックを持っていて毎日ケンカが行われ
ていた。教師陣は大抵大きな怪我をしていた。特に
ハゲとあだ名のついていた(ちなみにハゲてはいな
かった)男は最も標的にされて、番長集団にボッコ
ボコにされていた。自分は「やべえ学校に入った
と思ったが気がつくと悪ガキ軍団に混ざっていた。
ミイラ取りがミイラになるとはまさしく、当時の私
そのものだった。女子生徒は、毎日震えながら来て
いた。さらに、ウチは徒歩通学が決まりなのにほぼ
全員がバイクだった。しかも、教室まで「ブモー
というエンジン音を立てながらだ。って、そんな訳
あるかい!後半6行目からほぼ作り話だよ!

腹減ったIMG-1513


おしまい

8月11日日曜am3時13分。

おはようございます。皆さんいかがお過ごしかな?

本日も夜露死苦!

とりあえず・・・暑い。それしかないね。海にでも
行って泳ぎたい気持だが、あいにく私はカナズチ
もので水関係が苦手だ。シャワーを浴びるのは好き
だが。でも、あのマイケルジョーダンも泳げない。
確か、キングカズこと三浦知良もやはり泳げない。
彼ら超一流アスリートと同じならば別に良い。所で
今ふと思い出したのだが、今日は旧友T君の誕生日
だったな。我が地元、所沢で農業をしている男だ。
ヤツとは小学・中学が一緒で、様々な思い出を共有
してきた。でも学生時代は特別親しくもなかった。
部活も違ったし。ちなみに自分がバスケットボール
で彼はバレーボール。どちらも室内競技だ。我々の
代は体育館がぶっ壊されて、改修工事をしていた。
なのでバスケ部もバレー部も校庭にある専用コート
で練習していた。あの頃を振り返ると、懐かしい
ちなみに、T君と急速に仲良くなったのは二十歳を
過ぎてから。あれは成人式の3ヶ月後くらいかな。
新所沢のつぼ八(潰れた)の二階を貸し切りにして
富中生100人くらいで飲んだ。その後、私とT君
は自宅まで共に徒歩で帰宅したのだ。補足説明だが
シントコから家まで約1時間半。元気だね。

後半へ続く。IMG-0848

それからしょっちゅう遊ぶようになった。前述した
通りヤツは農業をしている。だから2トントラック
を所有していて、それでよくドライブしたな。当時
彼は(店名は忘れた)もやしがてんこ盛りの不味い
ラーメンにはまっていて、「コレが美味いのだよ
とか言っていたな。あの店まだあるのかな?多分、
不味かったので潰れていると思う。とにかく私達は
何でもやった。酒、麻雀、キャバクラ等々。20代
前半の溢れるエネルギーを使っていたね。お互いに
大の無鉄砲だったので妙に気が合った。合コンも、
よくした。最近合コンってあまり聞かない。街コン
とか婚活とかマッチングアプリは聞くが。もう過去
の産物なのだろうか。自分は好きだけどね。いや、
好きだったと言うのが正しいね。何がって?つまり
合コンがだよ!しかし、可愛いコは滅多に来ない
まあ、来る必要がないのだろう。それで話を一気に
戻すが、T君。ヤツから時々新鮮な野菜が送られて
来る。味はひたすら美味い。しかも何が良いって、
愛すべき地元所沢の土で水で作られているのが感動
するよね。そういうの、めっちゃ素敵やん(紳助)


おしまい

7月19日金曜am2時5分。

おはようございます。皆さんいかがお過ごしかな?

本日も夜露死苦!

本題へ移る。

今朝も沖縄一人旅の話をしたい。3回目だ。まずは
神秘の離島、久高島から。要は昨日の続編。あの、
15年前に行った不思議な場所の記憶は強く心の中
に焼き付いている。色々と印象深い出来事があった
ので、いくつか厳選してみよう。あの小さな島が、
エラく気に入った私は数日間の滞在を決めた。唯一
あった宿に素泊まりした。その夜、「ああ、そうい
えばここは晩メシ出ねえな」と思い、外に行ったが
あまりに真っ暗闇で驚いた。「おいおい電灯は?
そんなモノここにはないらしい。何も見えない中で
とりあえず船着場の方へゆっくり歩いていた自分。
すると向こう側から何やら人の気配が。当り前だが
コンビニも24時間営業のスーパーもない。私は、
やべえ。凄え空腹じゃねえか。とりあえず食料を
調達せねば
」という事で歩いていると前述した様に
何者かが来た。すると、推測80近い老婆だった。
え?どうしてばあさんが?」と考えたがとにかく
聞いてみた。「す、すみません。どこかに食べ物屋
とかありませんか」「あー、ほいならウンタラカン
タラウンタラカンタラ」訛りが激しくて何を言って
いるのかサッパリ分からなかったが、指であっちの
方だと合図してくれたので行ってみると、ポツンと
佇んでいる定食屋があった。「見つけたあ!」私は
喜び勇んで店へ。

後半へ続く。IMG-1159


そこはノンビリとした雰囲気で
、商売っ気一切ない
感じのおばちゃんが営んでいた。勿論ジャズみたく
洒落た音楽はかかっていない。TVがあった。何は
ともあれ食わなければいかんと考え、メニュー表を
見るとカレーやらラーメンやらソバやら、いかにも
普通の品が書かれていた。「いいぞ。気取ってねえ
この感じ」しかも店内は私一人で、波音が聴こえて
来た。ザザー、ザザー…。さりげなく、野球の音が
する。それは巨人ー広島戦だった。(そうか、ここ
でも電波が届くのか)そんな事をボンヤリしながら
考えた。多分、ここで暮らしている方々は時間とか
そういった縛りがないのでは?ああ、そういえば今
ふと思い出したが、数日前に述べた「奇妙な商店
から海辺を眺めていたら、小学生くらいの子供達が
順々に海パン一丁で、「ザッパーン」と飛び込んで
行ったな。あれは爽快だった。あともう一つ絶対に
忘れられないのが、テトラポットで日差しを全身に
浴びてウトウトしていたら遠くから船がやって来る
のが見えたので私が思いっきり手を振ったら向こう
も手を振り返して来たな。懐かしいね。死ぬまでに
また行きたい。いや、行こう!IMG-1126


おしまい

7月18日木曜am2時35分。

おはようございます。皆さんいかがお過ごしかな?

本日も夜露死苦!

先日、沖縄へ一人旅に行った話を披露した。今回は
その続編
。まず、二十歳前後の頃に私は某建設会社
で働いていた。週5〜6出ていたので、中々多くの
収入を得ていた。その金を元手に、南国へ向かった
のである。東京有明から那覇埠頭へ。48時間かけ
どデカイフェリーに乗って航海したのは割愛する。
船の中で親しくなった年上の男に「久高島へは必ず
行った方が良い。あそこはあまり知られていない。
つまりだ、穴場なのだよ、フッ
」そう言って、彼は
ニヒルに笑った。特に無計画無目的だったので自分
は「はあ、そないですか」と言った。現地に着き、
早速その「久高島」とやらへ向かった。まず、結論
から言おう。素晴らしかった。今もあそこの風景を
はっきり記憶している。石垣島とかは結構遠いが、
そこは本土付近にあり行きやすかった。ちっこい船
に乗りグオオオと30分もすれば到着する。そして
早速訳のわからん商店があった。食べ物も飲み物も
日用品もあるのだが、何故か洋服とか釣竿とかまで
置いてある不思議な店だった。更に店内に(外では
ないよ)ベンチがあって、明らかに住民と思われる
女の子が3人のんびりとお喋りをしていた。少女達
は私に向かって、ニコリとして「こんにちはー」と
挨拶してくれた。(何だここは?日本だよな??
と思った。

休憩。IMG-1159


何はともあれ散策してみよう。この奇妙な雰囲気を
醸し出す場所を。島には「貸し自転車屋」があり、
(1日200円。激安!)早速そこでママチャリを
借りてあてどなく走った。舗装のされていない道を
ガタガタと行くと、信じられない程美しい海があり
そこには一人の少女がいた。そのコは先程、奇妙な
商店にいた。中学生くらいだろうか。「あ、さっき
会いましたよね」我々は互いに会釈をした。その後
実はあたし、この島の人じゃないんです。住んで
 るけど、ちょっと家庭の事情で1年間だけという
 期間限定滞在で・・・
」そう言って、彼女は少し
寂しそうな顔をした。自分は、何と返したらいいか
分からず「そう、なのか」と言った。それから大分
長い時間、二人で話したがその内容は伏せる。何故
なら「誰にも言わないでくださいね」という約束を
交わしたから。さて、その土地にすっかり魅了され
2、3日滞在する事に決めた私は素泊まりの民宿に
泊まった。まだまだ他にもエピソードがあるけど、
明日以降にとって置くわ。こうやって、日々の勉強
が報われる瞬間が来るから。だから、

腹減った。いや、タバコ吸いたい。IMG-1126

おしまい

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