関西乗車券研究会[関乗研]

切符や乗車券の研究、コレクションの紹介や活動報告のブログです

古今東西、切符や乗車券を収集、研究しています。コレクションの紹介や研究会の活動報告のブログです。

055 大阪市営 無軌条電車

大阪市営トロリーバス

 トロリーバスとは、架線から電気を受けて走る電気バスです。戦前に兵庫県の川西、都市では京都市営で走り始め、東京大阪などの大都市に路面電車を補完する役目で走っていましたが、路面電車が撤去されていくのと同じく、架線の下しか走れない機動性の無さや、車両、施設がコスト高という理由で都市交通からは閉め出され、昭和47年の横浜市営トロバスの廃止を最後に都市のトロリーバスは全滅しました。
 現在、日本のトロリーバスは、黒部、立山アルペンルート内の、関西電力(株)が経営するものと、立山黒部貫光(株)の2カ所が存在します。両方とも、自社の専用トンネル内を走行するため、排気ガスの問題を克服するためにトロリーバスとなっていますが、関西電力の扇沢~黒部ダムのトロバスは、来年の営業をもって廃止されることになりました。
 関電のトロバスは、お客がいなくなったのでやめてしまうのでは無く、設備の交換時期にあたり、蓄電池バスに転換して、コスト減を図るという発展的解消です。

 トロリーバスは漢字で表記すると、無軌条電車、無軌道電車といい、法規上は鉄道(特殊鉄道)として扱われるため、乗合自動車=バスよりも厳しい監督を受けます。
 
 関電トロバスは、蓄電池の小型化や性能が良くなり、2019年春の蓄電池バス化で、法律上は、鉄道ではなくなるのか、そのままの法規で行くのか、正確なところは不明ですが、乗合自動車の範疇に移るのであれば、事務手続きの簡略化などができると思われます。

 前置きが長くなりましたが、大阪市営のトロリーバスは、昭和28年に大阪駅前~神崎橋で走り始め、その後、最盛期には8系統、38キロ弱の路線を有しました。

大阪トロバス01










 大阪市営のトロリーバスは深い緑色の車体でした。

 筆者が子供の頃、阪急電車に乗ると、中津あたりで、大阪市営のトロバスと、阪神の北大阪線電車が見られるので、窓側にへばりついていた記憶があります。
 路面電車が地下鉄へと転換していくと、トロバスも孤立的存在となり、結局、全線廃止へと向かい、大阪市営のトロリーバスは昭和45年6月14日限りで廃止されました。

大阪トロバス02      大阪トロバス03

左は昭和33年の通学定期券、後に横型となります。
右は昭和40年の回数乗車券の表紙部分。回数券は昭和41年から電車、市バス共通券となる。






054 日東航空 定期乗合飛行艇・ヘリコプター

日東航空株式会社 

 飛行艇とは飛行機としての機能に、海上にも着陸(水)できる機能をつけたもので、日本のような島国には適していると言えます。戦前から開発がおこなわれ、世界でもトップレベルの技術を持つ飛行艇を製造できるまでになりましたが、当然軍事優先でした。
 この飛行艇を、民間旅客航空路に使用できないか、という試みは戦前からありましたが、戦争で影を潜めました。戦後、昭和27年に、大阪の日本観光飛行協会によって計画が再開され、昭和30年1月1日に大阪~白浜間で、民間旅客定期航空路としてスタートしました。
 飛行艇は、海上に着水するため、飛行場設備の無いところでも発着することができ、飛行場施設が不要という大きな利点があります。(ただし、海上の飛行機までの船、はしけ=艀は必要です。)欠点は、天候に左右されやすく、波の状態によって発着ができない、ということでした。
 日本観光飛行協会は、昭和33年に日東航空(株)に社名を変更して、本格的に民間航空業界に参入、その後、昭和39年に富士航空、北日本航空と3社合併し、日本国内航空(株)に、昭和46年に東亜航空と合併して東亜国内航空(株)と、発展していきました。

日東航空01日東航空02




























 掲載は、日東航空の飛行艇の搭乗券ではありませんが、手荷物の預かり証です。飛行艇が描かれており、グラマン社製マラード、15人乗りだと思われます。裏面には当時の飛行艇による航路が描かれており、昭和35~36年頃のものです。

 もう一枚は、ヘリコプターの搭乗記念航空券です。
日東航空は、飛行艇より進んだ、ヘリコプターによる旅客定期航空路も計画し、昭和36年にシコルスキー社製のジェットヘリコプターS62、12人乗りを初めて輸入、昭和37年に八尾空港で有料の体験飛行を行いました。

日東航空03










 ヘリコプターによる旅客定期輸送は、当時日本に無く、運輸省も扱いに困惑しているうちに、日東航空も会社合併へと動き、ヘリコプターによる定期航空路は開設されませんでした。
 
 その後、いくつかの定期ヘリコプター航路が開設されましたが、長続きせず、現在は、東京と八丈島、伊豆大島などを結ぶ、東邦航空(株)による定期乗合ヘリコプターがあります。

053 近鉄の現行硬券入場券集め その1

近鉄の現行、150円硬券入場券集め その1

鉄道の世界も、機械化、人員削減で紙のきっぷがどんどん減っていっています。平成になって、国鉄~JRから硬券のきっぷが全滅し、(JR北海道の入場券だけ少し残っています)車掌さんも、機械の発行機化や、車掌さん自体がいなくなったり、もう、集めるものが全く無くなってしまう世の中になるのかと思われました。

近鉄入001


















このような中で、近鉄では、現在も287駅中、202駅で硬券の入場券が発売されており、かろうじて気軽に集めるものが残っています。私個人は、もともと、入場券の駅つぶし(全駅完集)という集め方はしていませんが、今回、集めてみようかと思い立ち、集めるに当たっての駅の営業時間などのデータを調べている内に、他の興味ある人々にも収集を推奨しようと考えてできたのが、「近鉄 現行硬券入場券 収集マニュアル 500円」です。
関西乗車券研究会のオフィシャルウエブショップから案内しておりますので、興味のある方はご覧下さい。
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関西乗車券研究会オフィシャルウエブショップ
近鉄入003近鉄入002


阪神高速道路の通行券

052 阪神高速道路 通行券

阪神高速道路の通行料金が平成29年6月3日から改定されました。短距離区間は値下げだそうですが、全体的には値上げ感をやわらげたい施策だとおもわれます。
阪神高速道路は長い間均一料金でしたが、平成24年1月1日からETC利用を前提とした距離別料金に移行し、FTCを使用せず、現金を払って通行券を受け取る利用者には大変高い高速道路となりました。
(それまでの最終均一料金 普通車700円も高いですが!)

阪神高速道路は、高度経済成長にかかる、昭和34年9月に初めて阪神地区高速道路協議会が発足したことにより始まり、昭和37年5月1日に阪神高速道路公団が設立。昭和37年10月29日に工事起工しました。

町中に後から高速道路を作るにあたっては、そのほとんどを川、水路の上に建設するしかなく、大阪も川の多い地形を利用して工事が進められました。

昭和39年6月18日 土佐堀~なんば(現在の湊町入口)阪神高速道路 初開業

現在の環状線の湊町~土佐堀 2.3キロ が最初の開業区間で、現在とは逆の南行き一方通行、4車線での開業でした。南行き一方通行だけなので、行きか帰りのどちらかしか利用できませんでした。 
通行料は普通車50円、大型車100円の二区分でした。
市内のたった2.3キロだけの高速道路なので、初期は利用者は少なく、ガラガラの道路で本当に高速道路でした?(制限速度は高速車60キロです。)

掲載は最初の開業区間の記念優待通行券と、初期の通常の普通車通行券です。

阪神高速03












阪神高速01













その後、昭和39年11月12日 土佐堀~出入橋 0.8キロ 開業
昭和40年12月12日 梅田~道頓堀 4.2キロ 開業とともに、こちらを南行き一方通行にして、既設の湊町~出入橋は北行き一方通行に変更、これで、一応往復高速道路利用ができるようになりました。
昭和41年12月8日 堂島川渡り線 開業
昭和42年3月10日 道頓堀~湊町 3.8キロ 開業。これで、環状線が完成して高速道路らしくなりました。同時に料金値上げを行い、普通車は100円、大型車は200円となりました。



阪神高速02


昭和43年5月1日
値上げ
普通車150円時代に横長券
になっています。





その後、年々開業区間を増していき、同時に料金も徐々に値上げされ、初開業後半世紀を経て、現在の阪神高速道路網が形成されました。

あと、私と同世代に、なじみのある通行券を掲載しました。

阪神高速04



昭和45年10月1日
値上げ
普通車 200円




阪神高速06
この間50円ずつ値上げ
して行きまして、



昭和56年6月28日
値上げ
普通車 400円


阪神高速05











今月改訂後の、最新の現金払い通行料は、何と、1300円だそうです、端から端まで利用する機会が無いと、利用する度胸はありませんので、現行の通行券はしばらくお目にかかれないでしょう。


鞍馬寺のケーブルカー

051 鞍馬寺鋼索鉄道(ケーブルカー)

京都の鞍馬寺に現在もあるケーブルカーです。昭和32年に開業したケーブルカーで、お寺の境内地内にあるといえど、正式に運輸省から認可を受けた鉄道です。
60年あまりの歴史で、この間設備の更新があり現在の車両は4代目です。平成28年5月から運行しているのが写真の「牛若号Ⅳ」です。
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鞍馬06
全線191メートル、所要時間2分。写真のように下から上の終点が見えている距離で、現在はレールが無く、ゴムタイヤ式です。
運賃は建前上無料なのですが、乗車しようと思えば、鞍馬寺の愛山費(拝観料)300円を払ってお寺の境内に入り、ケーブル乗り場で、寄進(寄付)した方が乗車できます。寄進は大人200円、小児100円なので、これが実質乗車運賃です。
平成28年5月に、1年間工事で運休した後デビューした「牛若号Ⅳ」の運行と同時に、寄進は自動券売機となり、掲載のような感熱式の寄進票と領収書が発行されます。(御寄進票は乗車時に回収されます)

鞍馬03鞍馬04













この、乗車券=寄進票は感熱券なので退色してしまうのが残念ですが、鞍馬山鋼索鉄道という表記があります。宗教法人の鞍馬寺が経営しているので、鞍馬「寺」鋼索鉄道ではないのかとおもいますが?細かいことはおいておきましょう。
この券売機が導入される前、平成27年5月までは、手売りで、花びら型のお札が乗車券相当で、下部に「乗車票」がついていて、乗車時に乗車票部分をちぎって回収し、上部はおみやげとなっていました。
現在は、券売機の横にこの花びら型のお札が置いてあり、記念に持ち帰れるようになっています。下駅と上駅は違うお札でした。ただ、お札の下の方についていた乗車票は現在はついていません。(下掲)
鞍馬05



















なぜ、乗車券ではなく、御寄進票というもので運賃をとってるのか、ということは、運賃だと税務上課税対象になるとか、会計報告実務が発生するとかの理由が考えられます。
お寺の方も、健脚な方は徒歩で登るよう勧めており、ケーブルカーは営利事業ではない認識みたいです。

昭和32年開業時は、運輸省の指導か?ちゃんとした乗車券が存在し、運賃の表記はありませんが、鞍馬弘教総本山鞍馬寺鋼索鉄道部という正式名称も書かれていました。

鞍馬01








その後、昭和40年代の券は、「整理券」という名前になっており、一体何の整理券かわからないような券で、「鞍馬山」となっています。

鞍馬02








その後、何時からかは不明ですが、花びらのお札型きっぷとなり、現在の券売機となっています。ただ、乗車券様式の変遷は掲載が全てでは無く違った券も存在するかとおもいます。

現在は、正式な鉄道(国土交通省監督下)としては、日本最短の鉄道で、車両も1台(牛若号Ⅳ)が約15分間隔で上下しています。

待ち時間の方が長い、たった2分のケーブルカーですが、体験乗車にいかがでしょうか?




 
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