父を遠距離介護していた頃、
私は自分自身を見失う程、きりきり舞いしていた。
当時の田舎の主治医が父を認知症と認めなかったので
何度も何度も同じ事を言う父にイライラし、
私の言う事を何も理解できない父に辟易するしかなかった。
なので名古屋のホームに入居してすぐ、ホームの主治医から
認知症だと診断を受けた時、ショックは全くなく、
『やっぱりそうなんだ』という安堵の気持ちのほうが大きかった。
ただ、認知症と分かったとは言え、
父に対して私が元々抱いていた感情、
幼少期からの恨みや憎しみが消えることはなく、
娘としての義務感だけが私を動かしていた。

いつからだろう、父への恨みつらみが薄らいだのは。

話が前後するが今月から私は
社会人向けのオープンキャンパスで
とある心理学講座を受け始めた。
以前からぼんやりと興味のあったジャンルだったのだが
人からの勧めもあって今回、思い切って受講してみることにした。
人間の心の動き、受容、共感…
難しいけれど、とても興味深い内容で
通い始めてよかったと思っている。

で、
そんな授業を聞きながら父に対しての自分自身の心の移ろいを
客観的に考察してみた。
私が父に対しフラットな気持ちになれたのは
何がきっかけだっただろうか。
認知症だから仕方がないとあきらめがついたから、
老いていく姿を目の当たりにして
同情する気持ちが芽生えたから、
繰り返し同じ事を言う父にだんだん慣れたから、
理由は色々思い当たる。
でも1番の理由は
父へ提言することを一切止めた時からではないかと気が付いた。
ご飯は食べた?
リハビリはした?
お茶も飲んだら?
部屋に閉じこもってないで人としゃべったら?
もっと積極的に歩いたら?
私は父にとってそのほうがいいと思う自分の考えをその都度、
言い続けた。
が、父は私の言う事など一切聞かない。
動かないで寝てばかり、
人としゃべらず自室に引きこもっている、
動かないからお腹もすかないし、ご飯も食べない。
負のループ。
自分がしてほしい事は私にどんどん要求するくせに
こちらのアドバイスは一切聞かない。
そういう父の態度が私をとことんイラつかせた。
けれど、今振り返ると
「父が〇〇をしない」から腹が立つのではなく
「私が言った〇〇を父がしていない」から私は腹が立っていたのだ。
つまりは父が私を縛っていたのではなく、
私は私自身の発する言葉によって自分自身を縛っていた。
父に「何かを言い続ける事」は「父に対して責任を持ち続ける事」
と同義だった。
私は無意識にその責任を勝手に背負い込んでいた。
だから話は簡単。
こちらは何も言わず何も望まず、
さすれば相手が何をせずとも知ったこっちゃない。
好きにすればいい。
あんなに大嫌いだった、あんなに負担だった父に対し、
今の私は義務感は多少あるが責任感はもうない。
なんで私が父の人生に責任を持つ必要があったんだろう。
今、思えば簡単なことだ。

思い起こせば私が何も言わなくなった頃から
父はもりもり元気になった。
ご飯も三食完食、リハビリも張り切る、ホーム内の友達と
カラオケしたり麻雀したり楽しくやっている。
この前など「パパは幸せな人生を送れている」と私に言った。
おやまあ、
そりゃよかったねぇと私も言った。

つたない文で、ほとほと分かりにくい内容になってしまった。
が自分なりの考察記録ということでご容赦願いたい。

 
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