2006年05月11日

盾を掲げるリンクは結構かわいい (1941年 昭和16年) その2

そろそろカエラちゃんが恋しくなってきた江戸っ鯉です。

Kaela★Blogは全然更新されないのです。
(sakusakuでも見れなくなったし・・・)

では気を取り直して行きます!!

帝室御賞典

優勝賞品が楯に!!


12月に大東亜戦争に突入したためこれまで純銀製の花盛器で統一されていた帝室御賞典の賞品も今春から変更される事になった。

非常事態で貴金属資源も少なくなり「いかに帝室御賞典とはいえ銀製品を下賜するのはどうか?」とご紋章入りの木製の楯が賞品に変えられた。

帝室御賞典は天皇賞の前の名前です。

天皇賞の楯は戦争が理由でなったんですね。

知り合いが言っていたんですが昔は天皇賞で勝つと2度と天皇賞に出走出来なかったそうです。

その人は「だから昔は連覇した馬がいなかったんだ」とマックイーンの話をしている時に言ってました。


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帝室御賞典詳しくは続きで

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帝室御賞典(ていしつごしょうてん)は、天皇賞の前身で1944年まで行なわれていた競馬の競走。

元は1896年に日本レース・倶楽部によって施行されたニイカップステークスというレースで、1905年に横浜の日本レース・倶楽部に明治天皇から「菊花御紋付銀製花盛器」が下賜されエンペラーズカップとして施行されたのが帝室御賞典としての始まりである。その後各公認競馬倶楽部にも御賞典(優勝盾)が東京競馬倶楽部、阪神競馬倶楽部、福島競馬倶楽部、札幌競馬倶楽部、函館競馬倶楽部、小倉競馬倶楽部に対しても下賜され、各競馬倶楽部主催によりで帝室御賞典が施行される事となった。

各公認競馬倶楽部が1936年に発足した日本競馬会に統合されたのに伴い、1937年の秋季からは年2回開催となり春季は鳴尾の阪神競馬場・秋季は東京競馬場で開催されることになった。後にこの年2回開催となった1937年秋の帝室御賞典を天皇賞の第1回としている。

第二次世界大戦終了後に競走名は改称され、1947年春季のみ平和賞、1947年秋季以降は「天皇賞」として施行されている。

なお、1932年の春の阪神競馬の帝室御賞典はラジオ放送され、これが日本初の競馬のラジオ中継となった。



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この記事へのコメント

1. Posted by ガブリン   2006年05月12日 02:10
こんばんわw

承認いたしました!
では、僕の方も読者登録させていただきます!

で、もしよければうちのブログリストに追加させてもらおうかと思っていますがよろしいでしょうか!?
2. Posted by 江戸っ鯉   2006年05月12日 17:56
ガブリンさん
こんばんは承認ありがとうございます。
こちらも承認完了しました。
ブログリストに追加OKですよ♪

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