2006年05月18日
It wants to be run over by your hips. (1943年 昭和18年) その1
今日はきっちり歴史やりますよ!!
女傑クリフジ
ダービー・オークス制覇!!
尾形藤吉調教師のもとで育成されたクリフジがダービー・オークス制覇しかも無敗のままの勝利でその強さを知らしめた。
デビュー戦を楽勝したクリフジは2戦2勝の成績で日本ダービーを迎える
これまでスタートで先頭に立つとそのまま差を広げて勝つレースっぷりからすでに楽勝ムードが漂っていたがまさかの出遅れ。
尾形藤吉調教師から抑えるように指示されていた事もあり見習騎手の前田長吉はおちついたものレース後
「出遅れてもまったく心配しなかった」
と語ったように最後の直線で先頭に立つとそのまま6馬身差をつけて勝利した。
そして秋にはオークス制覇!!
牝馬には分が悪い3000mの菊花賞も勝ち変則三冠を制覇した。
クリフジ強すぎですね♪
この頃の映像とか残ってないよなぁ・・・
戦争中だし・・・
馬主はライスシャワーの馬主栗林英雄氏の父栗林友二氏で勝負服は一緒だそうです。
当時はクラシックに見習騎手でも騎乗出来たんですね。
しかし前田長吉騎手は徴兵され戦地に行くことになり、戦後はシベリアに抑留され強制労働により死亡したそうです。
若き天才にこんな事があるなんて・・・
この年はやはり戦争の影響が多々あります。
平和な中で競馬を楽しめる今は幸せですね。
ちょっと暗くなってしまいましたがクリフジ詳しくは続きで!!

↑オノ・ヨーコの活動に心を打たれた方はポチっとお願いします。
女傑クリフジ
ダービー・オークス制覇!!
尾形藤吉調教師のもとで育成されたクリフジがダービー・オークス制覇しかも無敗のままの勝利でその強さを知らしめた。
デビュー戦を楽勝したクリフジは2戦2勝の成績で日本ダービーを迎える
これまでスタートで先頭に立つとそのまま差を広げて勝つレースっぷりからすでに楽勝ムードが漂っていたがまさかの出遅れ。
尾形藤吉調教師から抑えるように指示されていた事もあり見習騎手の前田長吉はおちついたものレース後
「出遅れてもまったく心配しなかった」
と語ったように最後の直線で先頭に立つとそのまま6馬身差をつけて勝利した。
そして秋にはオークス制覇!!
牝馬には分が悪い3000mの菊花賞も勝ち変則三冠を制覇した。
クリフジ強すぎですね♪
この頃の映像とか残ってないよなぁ・・・
戦争中だし・・・
馬主はライスシャワーの馬主栗林英雄氏の父栗林友二氏で勝負服は一緒だそうです。
当時はクラシックに見習騎手でも騎乗出来たんですね。
しかし前田長吉騎手は徴兵され戦地に行くことになり、戦後はシベリアに抑留され強制労働により死亡したそうです。
若き天才にこんな事があるなんて・・・
この年はやはり戦争の影響が多々あります。
平和な中で競馬を楽しめる今は幸せですね。
ちょっと暗くなってしまいましたがクリフジ詳しくは続きで!!
↑オノ・ヨーコの活動に心を打たれた方はポチっとお願いします。
クリフジ(繁殖名年藤)は、戦前を代表する競走馬で、1984年顕彰馬に選出された。また、馬主は栗林友二氏で、子息の英雄氏も1990年代に当代きってのステイヤーとして活躍したライスシャワーのオーナーであるため、同じ勝負服である。
1943年に、東京優駿競走(6馬身)、阪神優駿牝馬(10馬身)、京都農商省賞典4歳呼馬(大差)を勝ち変則クラシック三冠を達成した。ほかに横浜記念(10馬身)の勝鞍があり、出走した11戦全勝でしかもそのうち7戦が着差10馬身以上といったすさまじい成績であった。しかも、東京優駿競走は出遅れてこの結果というから驚きである。デビュー戦を除けばクリフジに最も迫ったのは1歳上の菊花賞優勝馬でシンザンの母の父にあたるハヤタケの3馬身差であり殆どの馬はクリフジの影すら踏めなかった。他に比較的著名な馬との対戦はヒロサクラ(春の帝室御賞典優勝馬、京都農商省賞典4歳呼馬でクリフジの大差2着)などがいる。
引退後も繁殖牝馬として活躍し、1964年に老衰により死亡、24歳であった。牝系子孫は現在も残っており函館3歳ステークスでナリタブライアン(6着)より先着(2着)したサムソンビッグ、安田記念とスワンステークスを制覇したシモフサホマレが代表格。
主戦騎手の前田長吉は19歳にしてクラシックを取った天才で、他に中山4歳牝馬特別(現・桜花賞)等に勝っている。その後徴兵され戦地に行くことになり、戦後はシベリアに抑留され強制労働により死亡した。戦争の混乱期にごく短期間競馬界に身を置いたため、その人物像の詳細は謎に包まれている。「競馬の神様」と呼ばれた故・大川慶次郎は生前、前田騎手の縁故者を探し続けたがついに見つかることはなかった。
競走成績
1943年(8戦8勝)
東京優駿競走、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典4歳呼馬
1944年(3戦3勝)
横浜記念
[編集]
産駒
ヤマイチ(繁殖名朝藤) 桜花賞、優駿牝馬、
イチジョウ クモハタ記念
ホマレモン 金杯(東)
[編集]
兄弟
リヨウゴク(全兄) 帝室御賞典(東京)、阪神記念、各古馬特ハン
ハツピーマイト(全兄) 帝室御賞典(秋)
1943年に、東京優駿競走(6馬身)、阪神優駿牝馬(10馬身)、京都農商省賞典4歳呼馬(大差)を勝ち変則クラシック三冠を達成した。ほかに横浜記念(10馬身)の勝鞍があり、出走した11戦全勝でしかもそのうち7戦が着差10馬身以上といったすさまじい成績であった。しかも、東京優駿競走は出遅れてこの結果というから驚きである。デビュー戦を除けばクリフジに最も迫ったのは1歳上の菊花賞優勝馬でシンザンの母の父にあたるハヤタケの3馬身差であり殆どの馬はクリフジの影すら踏めなかった。他に比較的著名な馬との対戦はヒロサクラ(春の帝室御賞典優勝馬、京都農商省賞典4歳呼馬でクリフジの大差2着)などがいる。
引退後も繁殖牝馬として活躍し、1964年に老衰により死亡、24歳であった。牝系子孫は現在も残っており函館3歳ステークスでナリタブライアン(6着)より先着(2着)したサムソンビッグ、安田記念とスワンステークスを制覇したシモフサホマレが代表格。
主戦騎手の前田長吉は19歳にしてクラシックを取った天才で、他に中山4歳牝馬特別(現・桜花賞)等に勝っている。その後徴兵され戦地に行くことになり、戦後はシベリアに抑留され強制労働により死亡した。戦争の混乱期にごく短期間競馬界に身を置いたため、その人物像の詳細は謎に包まれている。「競馬の神様」と呼ばれた故・大川慶次郎は生前、前田騎手の縁故者を探し続けたがついに見つかることはなかった。
競走成績
1943年(8戦8勝)
東京優駿競走、阪神優駿牝馬、京都農商省賞典4歳呼馬
1944年(3戦3勝)
横浜記念
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産駒
ヤマイチ(繁殖名朝藤) 桜花賞、優駿牝馬、
イチジョウ クモハタ記念
ホマレモン 金杯(東)
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兄弟
リヨウゴク(全兄) 帝室御賞典(東京)、阪神記念、各古馬特ハン
ハツピーマイト(全兄) 帝室御賞典(秋)
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この記事へのコメント
1. Posted by 競馬好き 2006年05月19日 07:35
やっぱりまだ生まれてませんが(笑
クリフジの牝馬ダービー制覇は快挙ですよね。
昔は牝馬でも
牡馬以上の力を持ってる馬がけっこういたみたいですよね。
クリフジの牝馬ダービー制覇は快挙ですよね。
昔は牝馬でも
牡馬以上の力を持ってる馬がけっこういたみたいですよね。
2. Posted by 江戸っ鯉 2006年05月19日 17:22
競馬好きさん
こんにちは!
クリフジは凄いですよね♪
今の時代にもこんな牝馬が登場したら楽しくなりますね。
こんにちは!
クリフジは凄いですよね♪
今の時代にもこんな牝馬が登場したら楽しくなりますね。
3. Posted by condo in Brooklyn 2006年05月28日 17:55


