蛙の庭/HEROES 1970s

1970年代前後のマンガ、アニメと特撮番組についてのエッセイ。ウルトラマン、仮面ライダーとそのほかのヒーローたち。

改良版「縦書きたい」ベータ版テスト(1)

ブログ用に縦書きのHTMLソースを自動生成するサイト「縦書きたい」のプログラムを改良し、縦書き用のタグ等を含むソースの文字量を(内容や長さによって大きく異なるのですが)だいたい3分の1程度になるように変更しました。各ブログはどこも一記事当たりの文字数に制限がありますが、今回の改良によって、より長い文章を縦書きにできるようになったはずです。と言っても、やはり限度があって、普通に横書きする場合からすれば、恐ろしく短い量ではあるのですが…。
以下は、各ブログでどの程度の長さの文章が挿入可能かを調べるテストです。
      (ここまで約二八〇文字です)
※なお、改良版「縦書きたい」では、従来の太字、ルビに加えて、部分文字列に対する文字色の指定や、リンクの設定なども可能にしましたが、これをやると、ソースの文字量はグンと増えてしまうので、要注意です。
       (ここまで原稿用紙1枚分)
■大昔に書いた小説の出だし部分
 窓を開けるとバス会社の車庫があった。二階の窓の下には、申し訳程度に五〇センチ足らずの空間があるだけで、塀のすぐ向こうは車庫の敷地になっていた。手を伸ばせば届きそうな近くに、何台ものバスが並んでいた。まだ子供だったときのように、それは少しだけ胸のときめく眺めだった。
 引っ越しは二月の半ばだったから、朝はまだ暗い時間から始発バスの暖気運転の音が響いた。いくつかの白色灯がともり、冬の朝の暗い冷たい空気の底に、さかんに白い湯気が上っていた。
 はじめの朝はさすがに目が覚めたが、もちろん引っ越し前から分かっていたことだったし、どうせすぐに慣れるとタカをくくってもいた。たとえば、ヨウスケの最初の部屋は西武線のすぐ脇にあり、窓越しに乗客と挨拶が交わせるぐらいだったが、三回目に泊まった
       (ここまで原稿用紙2枚分)
朝からはまったく気にもならなかった。人は多少のことには慣れることができるのだ。
 部屋は四畳半に小さな台所とガスコンロがついていた。ヨウスケから譲ってもらった木製のベッドと、二個のスチール本棚、それに何個かのカラーボックスを重ねると、もうたいしたスペースもなかったが、ぼくはけっこう気に入っていた。前の部屋も四畳半だったが、台所はなかったし、それに家主夫婦が一階に住んでいるのがどうにも気重だった。誰かからの電話のたびに家主のおばさんに呼び出されるのもいやだった。夜中の九時をすぎると、不機嫌な様子が露骨だった。
 確かにその分家賃は安かった。上京したときには、まずそれが一番で、そのほかは我慢すればいいと思っていたのだ。新しい部屋の家賃はその倍近かったが、この春からは奨学金がもらえることになっていたし、東京でバイトを探すことにも慣れたので、何とかはな
       (ここまで原稿用紙3枚分)
りそうだった。それよりも何よりも、ぼくはぼくの生活を変えたくてしかたがなかった。
 一九八一年の冬。ぼくはいつの間にか二〇歳になっていた。
 駅は中央線の武蔵境だった。ひとつ手前の三鷹を過ぎると、とたんに郊外という雰囲気になった。アパートの近くにはまだ畑地がだいぶ残っていたし、とれた野菜の無人販売所が道端に無造作にたっていたりもした。細い路地がいくつもあり、通りに沿って植木鉢がきちんと並べられた家々もあった。
 駅までは歩くと十五分はかかったので、中古の自転車を買った。中央線に沿って国分寺の方へ走ると、のどかな郊外の風景が続いた。雑多な商店が並ぶあちこちの通りも好ましかった。何というか、人の生きている姿の輪郭が見える風景だった。そういう風景の中に自分を置いてみると、ぼくはぼくにとっての東京というものを測れるような気がした。
       (ここまで原稿用紙4枚分)

ブログ移転作業中です

縦書きコラムの仕組みを変えたのを機に、ブログを移転することにしました。

蛙の庭 詩かも知れない
蛙の庭 縦書き詩集ブログ版

このブログの記事は「詩かも知れない」の方に移転予定です。単純に引っ越しというわけにもいかないので、完全移行には少し時間がかかると思いますが、どうか新しいサイトの方にお越しください。

以下、livedoor ブログでのテスト

ウェブの作法は「横書き」だろう。実際、ウェブ上の長文を読む場合は(適切なレイアウトである限り)横書きの方が読みやすいと思う。
とは言え、拙いながら長く詩を書いてきた者としては、詩歌だけは「縦書き」が良いと思う。もちろん、優劣ではなく、好みの問題ではあるのだけど――

ブログを始めて、このことがどうにも不満で仕方がなかった。ブログのベースは「横書き」で構わない。詩歌の部分だけでいいから「縦書き」にしたかった(こういう人は一定の割合存在しているのではないだろうか)。

現在、「縦書き」には一部のブラウザしか対応していない。

そこで、すべてのブラウザで「縦書き」にするために、フラッシュとかPDFで「縦書き」のものを作り、それをHTMLに埋め込むという方法が考えられるが、個人的には、これがどうも好きになれない。もちろん、好みの問題であって、気にしない人はまったく気にしないに違いないが。
すべてのブラウザで「縦書き」に「見せる」のは、実は簡単だ。1文字1文字に「座標」を割り振ってやればいいのだ。
いちいち計算するのは現実的ではないが、スクリプトを使えば、基本的には入力したテキストから自動的に座標を振ったソースを生み出すのは可能だ。

それを自作してみたのが「縦書きたい」サイトで、そこで出来上がったソースをブログに入力すれば(ブログによっては制限にかかるものもあるようなのだが)、このページのように「縦書き」になる。文字数の制限にかからない場合は、一度ソースをコピペしてしまえば、「縦書きたい」のサーバにも依存しない(長文の場合は、専用の貼付ソースもあり)。

もちろん「縦書き」に見えるだけで、本当は「縦書き」ではないので、いくつか問題が生じる。

まず、リンクなどのタグが使えない。が、これはもともとの用途が「詩歌の縦書き」なので、個人的には問題がない。文字色と背景だけは設定可能になっているので、ほぼ私の用には足りている。必要があれば、ブログのベースの「横書き」を併用すればいい。

次には、コピペができないこと。
そこで、「横書き」「縦書き」切り替えができるようにしてみた。この記事の「縦書き部分」の下に、横書きの「縦書きたい」の文字があるが、その横の「+」が切り替えのボタンになっている。「横書き」に切り替えれば、普通にコピペが可能だ。

もう一つは「検索の対象」にならないこと――だったのだが、「横書き」「縦書き」切り替えのために、「横書き」の文字列もソースの中に含めたところ、ありがたいことに「検索」にもかかってくれるようだ。

こういう不完全な「縦書き」ツールですが、ブログに、詩歌や短文を「縦書き」で部分的に入れてみたい方は、一度使ってみてください。本来が個人用なので、マニュアル等もありませんが、複雑なものではないので、十分「勘」で大丈夫です。

1972年の 「冒険王」

1971年初めの「宇宙猿人ゴリ」を先駆けとして、4月に「仮面ライダー」と「帰ってきたウルトラマン」が始まり、さらに秋には「ミラーマン」(鹿児島ではリアルタイムでは見れなかったなぁ)「シルバー仮面」と続いて、少年向けテレビは、スポ根モノ全盛の時代から変身ヒーローモノへと大きくシフトしていった。

そして翌1972年の春。「ウルトラマン」は「エース」に代替わりし、「仮面ライダー」は白線2本が入った新1号が引き続き活躍し、それに加えて「快傑ライオン丸」「変身忍者嵐」「超人バロム1」などが新しく登場した。さらに夏から秋にかけては「人造人間キカイダー」「サンダーマスク」「レインボーマン」「アイアンキング」などが登場、特撮ではない変身アニメとして「デビルマン」も始まったりした。これは、今から考えてもちょっと異常なほどのブームだったと思う。

さきに書いたように、ぼくはマンガ版「スペクトルマン」(一峰大二・画)の好評があったためではないかとひそかに思うのだが、この年の春、秋田書店の月刊マンガ誌「冒険王」は、その存続をこの「変身ブーム」に賭けるかのように、これら変身ヒーローモノの一斉マンガ化・連載を始める。以下、多少の記憶違いもあるかも知れないが、「新仮面ライダー」(すがやみつる)「快傑ライオン丸」(一峰大二)「変身忍者嵐」(石川賢)「超人バロム1」(古城武司)「デビルマン」(蛭田充)などであり、このほかにも、ぼくが忘れてしまったものもあるかも知れない。

この当時(まだ小学生だったのでうろ覚えなところもあるが)かつて全盛を誇った月刊マンガ誌は瀕死の状況にあったと思われる。ぼくが小学校にあがる頃までは、5歳上の兄が月刊誌「少年画報」を毎号買っていたが、その2〜3年後には、隔週刊になって楽しみだった「付録」がなくなり(古城武司の「弁慶選手」という作品があったのを憶えている)、「ぼくら」も「ぼくらマガジン」なる非月刊誌に変わって(確か永井豪の「魔王ダンテ」が連載されていた)、すぐに見なくなってしまっていた。生き残っていたのは、あるいは「冒険王」だけだったかも知れない。

だから、1972年における「冒険王」の「冒険」も「やむなく」ということであったろうと思うのだが、必ずしも十分な成算があったとも思われない。月刊マンガ誌を退潮させたライバルの週刊マンガ誌では、たとえば「少年マガジン」には「変身忍者嵐」(石森章太郎)「デビルマン」(永井豪)が、「少年サンデー」には「人造人間キカイダー」(石森章太郎)「サンダーマスク」(手塚治虫)などが連載されていたはずで、では「冒険王」はそれよりも「低年齢向け」だったのかと言うと、「低年齢向け」にはすでに「テレビマガジン」が創刊されていたのではないかと思う。「少年マガジン/サンデー」より低年齢で、「テレビマガジン」より上というと、ターゲット層としてはかなり狭い。実際、どの程度売れていたのかはよく分からない。

しかし、これらのマンガを描いていたのは、(ぼくに言わせれば)天才的職人マンガ家の一峰大二をはじめ、マンガ巧者のベテランだったり、ひと癖ある新進マンガ家だったりして、その陣容はかなり考え抜かれた見事なものだったのではないかと思う。いったい、どういう人が編集者だったのだろう?

他のマンガ家については、別にまた書いてみたいが、この前にも書いた「一峰大二」について言えば、ぼくは、この「快傑ライオン丸」が最高傑作のひとつに数えられるのではないかと思っている。世評の高い「スペクトルマン」を抑えてである。

この「快傑ライオン丸」のテレビ版、ぼくは時間が合わず、実際には少ししか見ることができなかったのだが、「好敵手」であり、かつ陰影豊かな悪役で、最後は自分のボスの大魔王ゴースンにとって変わろうと暗躍し、かなわずに倒されるタイガー・ジョーの存在感。大魔王ゴースンの「正体」をめぐって、一話完結の特撮番組が、いきなり連続ドラマ的なサスペンスあふれる展開になった後半のハラハラ度、そして主人公が死んでしまうという悲劇的な終わり方。当時としては、かなり意欲的で、冒険的な変身ヒーロー物だったと思う。ライオン丸とタイガー・ジョーの間にそこはかとなく通う友情なども、なかなかの見どころだった。

が、もっとスゴイのは、1ヶ月に1回の連載で、手際よくこのストーリーをまとめあげ、さらに独立した作品としても十分面白いマンガに仕上げた一峰大二の手腕である。これは本当にすごい。分かる人には分かってもらえると思うのだが、ライオン飛行斬りのマンガ表現もかなりすごかった。一刀両断で、斬られた顔がずれるあのコマである。一峰大二はもっと評価されていいマンガ家だと思う。


一峰大二のマンガ版「スペクトルマン」

メトロポリス<通常版>日本のマンガの歴史 〜 と言ってもどのくらいのものだろう? 戦前の「のらくろ」とかは、ぼくにとっても「はるかな古代」という気がするので、まあ辛うじて知ってる範囲で、手塚治虫の初期SF三部作(「来るべき世界」「ロストワールド」「メトロポリス」)ぐらいを出発点とすれば、今までだいたい60年弱。ぼくも5〜6歳の頃からマンガを読んでいたはずなので、およそ3分の2くらいはリアルタイムで過ごしてきたと言えるかも知れない。とにかくそれくらいの時間だ 〜 のなかで、たぶん「一峰大二」というマンガ家は、そんなに有名なマンガ家ではないだろう。だが、ぼくぐらいの年齢のマンガファンで「一峰大二」という名前に特別な感慨を持つ者は決して少なくないはずだ。

ぼくにとっての「一峰大二」は「天才的な職人マンガ家」である。「天才」と「職人」は本来相容れないものだろうが、それを無理に結びつけて、少し「職人」の方に天秤を傾けたくらいが、ぼくにとっての一峰大二のポジションになる。

しばらく前、ネットで少し調べてみたら、ご本人のものと思われるサイトが見つかった。プロフィールと著作リストぐらいしかないサイトだが、改めてそのリストを見てみると、たとえば「スーパージャイアンツ」「七色仮面」「白馬童子」「ナショナルキッド」「黄金バット」「ウルトラマン」「ウルトラセブン」…。実にすごい! 第1次変身ブームまでのテレビ特撮ヒーローのほとんどの「マンガ版」を手がけている。そしてそれはその後も(第2次変身ブーム以後は番組自体が激増するので、さすがに「ほとんど」ではなくなるが)さらに長い期間続くのである。

テレビヒーロー番組のマンガ家と言えば、たぶん誰もがまず石ノ森章太郎をあげるかも知れない。が、こちらは言うまでもなく「原作マンガ家」である。対して、一峰大二の方は完全なコミカライズ担当者だった。石ノ森章太郎が、原作者としてかなり自由に「テレビとは異なる」マンガを描けたのとは事情が異なる。「原作」の番組のイメージを壊さず、しかもテレビは1週間1話で進行するのに、できるだけそれに合わせながら、しかもマンガとしても面白く描いていくというのは、どう考えても困難事だ。その当時、日本でそれが最もうまかったのが一峰大二なのである。

そして、おそらくその「極めつけ=代表作」とされるのが、1971年の「スペクトルマン」である。
第2次変身ブームの先駆けとなりながら、そのいささか地味な印象と、後に続いた「仮面ライダー」「帰ってきたウルトラマン」等のために、テレビ作品としてはやや影の薄かった特撮ヒーロー物で、当初「宇宙猿人ゴリ」という敵キャラ名を番組タイトルとして始まりながら、その後「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」「スペクトルマン」と名前が変わっていった番組である。それだけでもスタッフの苦労が忍ばれるというものだ。

マンガ版の方も、秋田書店系の雑誌「冒険王」とか「少年チャンピオン」とかに連載されていたと思うが、確かテレビに合わせてタイトルが変わっていったような記憶がある。
このマンガが実に面白かった。テレビ版スタッフには申し訳ないのだが、たぶんテレビよりも面白かったのではないだろうか。いや、こういう比較でものを言うのはやはりおかしいだろう。独立したマンガ作品として優れていたのだと思う。それなりの人気があったせいか、その単行本は長い間古本屋でかなりの高値がついたという。数年前に復刻されたときも、マンガの復刻版としては(ハードカバーでもないのに)ひどく高い定価設定で驚いたことがある。(でもまぁぼくも買ってはしまったのであるが…)

また、スペクトルマンの「目」の表現も特筆しておくべきだろう。特撮ヒーローの顔は、基本的にマスク=かぶり物なので、「仮面ライダー」のような純然たる「仮面」ヒーローを除いて、マンガ版ではその「目」の表現が最も難しい。楳図かずおの「ウルトラマン」、桑田次郎の「ウルトラセブン」、いずれも苦労の跡が明らかだ。そのヒーローの「目」のマンガ的表現で、最も成功したのが一峰大二の「スペクトルマン」だったとぼくは思う。「変身」後の姿で、その表情で、最も豊かな人間性(?)を感じさせてくれたヒーロー、それがマンガ版「スペクトルマン」だったのある。

そして、その人気=成功のせいだろうか(ぼくにはそう思えてならないのだが)、翌1972年、秋田書店はその月刊マンガ誌「冒険王」のスタンスをガラッと変える「冒険」に打って出る。その看板作家が(ぼくにはそう思われてならないのだが)一峰大二だったのである。

ウルトラマンティガとタイガーマスク

ウルトラマンティガ  Vol.13<最終巻>平成ウルトラマンシリーズの第1作となった「ウルトラマンティガ」が始まったのは1996年9月。1994年3月生まれの長男はやっと2歳半というところだった。

仮面ライダーBLACK VOL.1東京での学生時代はテレビを持っていなかったし、そのまま地元に戻って就職したので、子ども向けの特撮番組というのは、一部の(休日の午前中にやっていた番組=80年代の「仮面ライダーBlack」とか)を除いて、十数年の間ほとんど見なかったが、子どもが3歳になる頃から 〜 つまり「ウルトラマンティガ」の後半あたりから 〜 次第に子どもと一緒に見ることが多くなった。ぼくはもちろん仕事があったので、テレビ放映時にリアルタイムで見ていたわけではないが、ビデオ録画やレンタルビデオのおかげで、その後の数年は、ほぼ子どもに遅れることなく、番組の流れについていくことができたのである(今はもうだめだが…)。

それは妻も一緒だった。妻は子どもの頃はこういう特撮番組(変身ヒーローもの)はまったく見たことがなかったらしく、最初は抵抗があったが、主役のダイゴ隊員役がアイドルグループV6の長野博ということで、「ティガ」にはわりにスンナリと入っていけたらしい。

ウルトラマンティガ  Vol.12ウルトラセブンのすべて!/特撮この「ウルトラマンティガ」は、ウルトラシリーズの中でも特に優れた作品だったと言って構わないだろう。ぼくはウルトラマン第一世代なので、最高傑作にはやはり「ウルトラセブン」を挙げたいが、そういう「思い入れ」を考慮に入れなければ、あるいは「ティガ」に軍配を上げる人も多いかも知れない。その終了から現在まで、円谷プロは未だに「ティガ」を超える作品を生み出せてはいないとぼくは思う。

さて、成功した「ウルトラマンティガ」は、後に続く「平成ウルトラシリーズ」及び「平成仮面ライダーシリーズ」に大きな影響を与えた。主要なものを挙げれば、CGの積極的な導入、子どもの母親をターゲットにしたかのような二枚目俳優の登用、そして何より、変身したヒーローがさらに「スタイルチェンジ」して戦うというモデルである。

この最後の点は、明らかに玩具メーカーとの提携で、1シリーズの作品で複数種のヒーロー人形を売りたいという、やや生臭い話から出たものであるのは疑いない。とは言え、その第1作である「ティガ」では、力に優れた「パワータイプ」、スピードに優れた「スカイタイプ」、バランス重視の万能型「マルチタイプ」と、そのタイプ分けがシンプルながらも分かりやすく、同時に敵方の怪獣の設定も、このようなヒーローの各タイプの特性を引き立てるべく、パワー型だったりスピード型だったりと相応の工夫が凝らしてあって(「ビギナーズラック」の賜物と言ってしまえばみもふたもないが)作る側にも見る側にも新鮮さがあって、番組に良好な効果を与えていたのは間違いない。

仮面ライダーBLACK RX Vol.7たぶん玩具メーカーサイドの発想としては、その8年ほど前の番組の「仮面ライダーBlack RX」における「ロボライダー」や「バイオライダー」あたりが「マルチスタイルヒーロー」のヒントになったような気がするが、どうだったか?

ただし、もし特撮変身ヒーロー番組の歴史をもっと古くまで遡るとすると、1970年代の「レインボーマン」という特撮ものに行き当たるような気がする。これは確かインドかどこかに伝えられていた古秘術によって、主人公が太陽の化身・月の化身・火の化身・水の化身・木の化身・金の化身・土の化身と、つまり、曜日に合わせた合計7種にもなる「スタイルチェンジ」をする変わり種の変身ヒーローだったが、この番組、制作サイドの系統的には「月光仮面」系列であり、あるいは「名探偵・多羅尾伴内」のような「変装する主人公」が発想のもとにあったような気がしてならない。

ポケットモンスター アドバンスジェネレーション2005 第10巻余談だが、子どもがやっているポケモンなどのカードゲームにおける、「火属性」だとか「水属性」だとかいう設定を目にしたとき、最初に思い出したのが、この「レインボーマン」である。案外、そんなところに根っこがあったりするのかも知れない。本当のところは分からないが、そんなふうに考えてみるのも楽しい。

さて、「ウルトラマンティガ」に戻って、ここでもし「パワー」「スピード」「バランス」といった3要素のタイプ分けを重視して考えるなら、その直接の発想のもとは(特撮ではなくアニメ番組だが)1970年代半ばの「ゲッターロボ」だったかも知れない。マンガ家・石川賢の出世作となったこの作品では、3機のロケットマシンが、合体の組み合わせで3種のロボットになるという、普通に考えれば絶対にあり得ない「合体ロボット」ものだったが、その3種のロボットというのが「パワー」「スピード」「バランス」に特化されたロボットだった。同じ特撮変身ものではないので、すぐには思いつかないが、一度結びつけて考えると、絶対にそうに違いないという気がしてくる。

ところが、そんなふうに遡って考えてみると、この「ゲッターロボ」のほんの数年前に、その「スタイルチェンジ」のモデルになったかのような「マンガ作品」が存在している。ナントかの梶原一騎原作のスポ根プロレスもの「タイガーマスク」である。アニメ版には確か登場しなかったように思うが(していたかも知れない)、マンガ版でのおそらく「最強の敵」として登場してくるのが「ミラクル3」というレスラーである。このキャラが、あるいはこの発想の「オリジナル」かも知れない。

何が「奇跡の3つ」だったかというと、1人のレスラーでありながら、まずパワータイプのレスラーであり、同時に(パワーのもとになる筋肉・骨格を有しているはずなのに、それと相反する)技の切れるスピードスタイルの戦いも超一流で、さらに(パワーや技が超一流あれば本来必要がないので習得しないはずの)反則技にも精通して戦えるという、3つのバトル・スタイルを合わせ持った奇跡のレスラー、というような意味だったと思う。

もっとも、こちらは悪役のキャラだったので、この「奇跡」にはウラがあったのだが(どういう「ウラ」だったかは原作マンガを読もう。まさに反則である)、しかし本来1人の人間が合わせ持てないはずの3つの能力を1人が使い分けられるという、その「不思議さ」と「魅力」は、悪役ながらも当時の少年読者に強い印象を残したのである。

このブログの少し前の記事で、1970年代はじめ、初代「仮面ライダー」は、それに先行する「スポ根もの」の特徴をうまく取り込んで人気を集め、「帰ってきたウルトラマン」はそれに失敗したと書いたが、「ウルトラシリーズ」はこんなところで「再トライ」を果たしていたのである。〜と、ここまで書くといささかこじつけがすぎるかも知れない。

初期ショッカーとその変質

「仮面ライダー」の企画のもとになったのが、原作者・石ノ森章太郎の先行するマンガ作品「スカルマン」であったことはつとに知られている。が、これはヒーローのデザインとホラー風の作品のタッチとでも言うべきものだったろう。物語の「大枠」、その基本的な設定が、同じ作者の代表作・「サイボーグ009」の焼き直しであることは、これはもう明白すぎるほど明白である。

世界的な悪の秘密結社(ブラックゴースト|ショッカー)によって誘拐された主人公(島村ジョー|本郷猛)が、意識を失っているうちに超能力を有するサイボーグ(009|仮面ライダー)に改造されるが、良心派の科学者(ギルモア博士|緑川博士)の助力で何とか脱走を果たし、その後、改造されて得た能力を発揮して組織に戦いを挑む──。

仮面ライダー VOL.15仮面ライダーが「変身」をすること、そして(少なくとも当初は)たった一人の孤独な戦士であったことを除けば、両者はほとんど同じ設定だったと言ってよい。たぶんそこには多少の議論があったに違いないが、「仮面ライダー」は(極言すればだが)テレビ的には、とにかく「変身する等身大ヒーロー」でありさえすれば良かったのだろう。

にもかかわらず、この2つの敵組織「ショッカー」と「ブラックゴースト」の醸し出す「雰囲気」は、微妙にだが明らかに異なる。
どちらも世界中に根を張り巡らせた悪の組織で、進んだ科学を歪んだ目的に使おうとしている非情の組織である。が、何と言うか「肌ざわり」が違うのである。もちろん、とてもサイボーグとは思えない容貌の「怪人」たちを擁するショッカーの方が、何となく妖怪じみているのは否めないところだが、それを除いて考えてみても、やはりショッカーの方がどこか生理的に怖い。言い方は変だが、ショッカーの方がずっと「身近」なのである。

ゲゲゲの鬼太郎 1968 DVD-BOX ゲゲゲBOX 60 sこれは「ゲゲゲの鬼太郎」のような妖怪ものにどこか通じる部分もあろう。ホラーというのは、自分にも起こり得るという「身近さ」がより怖さを増幅させるのだから。だが、それは個々の怪人が妖怪的だというのとは違う、「ショッカー」という組織のあり方に関わるように思われる。

「サイボーグ009」の方は、世界のどこかでブラックゴーストが暗躍を始め、それを察したサイボーグたちが次第に集結し、ともに手を取り合って戦場へ出向く 〜 というのが基本線であろう。世界征服を企む組織が日本中心に活動しているわけはないので、物語的にはこちらが正しい。視聴者の方も、どこか異国の冒険譚(同じ石ノ森章太郎なら「快傑ハリマオ」など)に熱中するように、わりに安心して見ていられたのである。

DVDウルトラマン  VOL.5これに比べて、ショッカーが「なぜか日本を中心に活動しているように思われる」のは、今も昔も変わらぬ「突っ込みどころ」ではあろうが、少なくとも当時「世界征服を企む組織が日本を重要な拠点として考えても、それはそれでアリだよなぁ」と日本人自身が思うような時代になってきていた 〜 ということはあるかも知れない。

例えば「ウルトラマン」の科学特捜隊が、位置づけとしては単なる日本支部に過ぎず、何かというとパリ本部からの指令を受けていたことを憶えているだろう。この点「ウルトラセブン」はちょっと微妙だが、「仮面ライダー」と同時期の「帰ってきたウルトラマン」では、もう他国の本部の意向を伺うというような場面はほとんど見られない。わずか数年のうちにこういった変化があったことは、考えようによっては面白い。

初期ショッカーに戻れば、その組織の「怖さ」は、日常の、いつも横にいるような人々が、実はショッカーの一員かも知れない 〜 と思わせるような「怖さ」であった。日本という国の隅々にまで、ショッカーの魔の手が伸びているのではないか、そういう「身近」さが、ショッカーのもたらした「怖さ」の本質だった。これは、それまでの子ども番組の敵方とは一線を画す。もし敢えて似たような恐怖を挙げれば、「マグマ大使」における「人間モドキ」の恐怖に近い。このときの敵方である「宇宙人・ゴア」をよりリアリティのある設定に変えてみると、それが「ショッカー」に近い。

原作マンガの方は、この点がもっと濃厚だった。怪人「こうもり男」のエピソードで、マンションの住民全員が吸血鬼になっていた話。2号ライダーの最初のエピソードで、主人公・一文字隼人の実の家族(父親)が操られて襲ってくる話。最終話でひとつの会社全部がショッカーに支配されていた話。テレビでも、例えば、本郷猛の親友がショッカーの怪人になっていたというエピソードがあったはずだ。

考えてみると、ウルトラマン・セブンでは、団結した巨大な組織は「正義」の方にあった。仮面ライダーでは、そういった組織はない。むしろそういった「正義」の組織にも、裏には悪の魔の手が浸食しているのではないか。そう思わせる仮面ライダー的な世界では、主人公の孤独は宇宙人ウルトラセブンよりも深い。

それから数年して、親父の本棚を漁るようになって、実はそういう世界観が、しかもきわめて日本的なものが、もっと早くから一般化していたことを知った。松本清張に代表される「社会派推理」の世界である。普通の生活を送っていた主人公が、ふとしたことから事件に巻き込まれ、日本を裏から支配する巨悪への孤独な戦いを強いられていく 〜 というのは、考えようによっては仮面ライダーの設定そのままではないか。

石ノ森章太郎は、マンガ家としての資質の問題もあろうが、やはり時代の雰囲気に敏感だったのだろう。単なる「変身物」への対応に過ぎないようでありながら「サイボーグ009」(ブラックゴースト)から「仮面ライダー」(ショッカー)への変化には、ある種の「踏み込み」があったように思われる。

だが、こういう、どこまでもその全貌を見せない、得体の知れない巨大な「敵」というのは、せいぜいが長編小説数冊分とかマンガ数冊分(石森章太郎の原作マンガ)なら可能だが、大河小説には向かないものだろう。何より仮面ライダーは子ども番組であったのだから。

仮面ライダー Vol.5/特撮仮面ライダーが数クールを経て人気を博し、さらにスムーズに2号ライダーに切り替えができたことで、長寿番組になるかも知れないことが見え始めた頃、ショッカーは変質を始める。

ウルフ大佐に始まる大幹部の登場である。その後、死神博士・地獄大使と続く幹部層の登場は、組織内における人間(?)関係など、それなりに新しい面白みを生み出し、それが人気を集めたりもしたのだが、ショッカーという組織は、子どもにも「理解しやすい」組織となり、反面でその得体の知れなさ・不気味さは薄れていく。

顕著なのは「怪人の質の低下」である。ショッカーでサイボーグ手術を受けられるのは、頭脳明晰で身体能力も高い若者のみとされ、それなりに頭も切れる冷徹非情な悪玉という「不気味さ」を演出できていたのだが、大幹部たちの登場以降、怪人の方は、力はともかく、頭の出来の方は明らかに落ちていってしまう。幹部との対比・力関係の表現でもあったろうが、結果として非情さも不気味さも怖さもなくなっていくのだ。

ぼくにとっての「初期仮面ライダー」は、だから「ウルフ大佐」の登場までである。その後数年を経て「仮面ライダーストロンガー」の最終回で、当時の7人ライダーが勢揃いしたとき、あぁついに仮面ライダーはサイボーグ009に戻ってしまったなぁ、と思ったのは、たぶんぼくだけではないだろう。

仮面ライダーの先駆

タイガーマスク vol.1梶原一騎のスポ根マンガのひとつ「タイガーマスク」は、ぼくの小学校3〜4年の頃に始まっている。あるブログによれば、アニメの放映期間は 1969.10.2〜1971.9.30 となっていた。幼い頃の記憶とほぼ一致するようだ。

仮面ライダー Vol.10/特撮「仮面ライダー」は1971年春の始まりなので、概ね1年半から2年ほどは「タイガーマスク」が先行していたことになる。テレビ番組としての「仮面ライダー」は、それに先立つ「スポ根ブーム」との関係を考えなければならないと以前から思っていたのだが、最近「タイガーマスク」のマンガ版を読み返したとき、その覆面レスラー(と言うよりはコスプレ・レスラーだな)同士の格闘シーンが「仮面ライダー」の原作マンガ版よりずっとテレビ版「仮面ライダー」を彷彿とさせることに驚かされた。

タイガーマスク (1) 完全復刻版そこで、改めて「タイガーマスク」と「仮面ライダー」を比べてみたとき(本来、まったくのジャンル違いの作品なので、そんなこと思ってもみなかったのだが)、意外なほど共通点が多いことに気づいた。

どちらも世界的な悪の組織(「虎の穴」と「ショッカー」)によって生み出された極めて「優秀な作品」でありながら、その組織の「裏切り者」となり、「裏切り者は許すな」という組織の鉄則によって、次々と差し向けられる刺客との果てしない闘いを繰り広げていく 〜 という基本線はまったく一緒である。

前にも書いたのだが、しばしば特訓によって必殺技を生み出し、敵を倒すというスポ根ものの鉄則は、もちろん両者ともきちんと押さえられている。

実は、このあたりの物語のベースは「タイガーマスク」にさらに先行する子ども番組をひとつあげることが出来る。

知っている人ほど意外に思われるかも知れないが、白土三平原作によるアニメ「忍風カムイ外伝」である。こちらは子ども番組ではあったが、あの大河歴史劇画「カムイ伝」の派生作品で、大人向けと言っても構わないほどの内容であって、白土三平が「抜忍カムイ」に託した像はもっとずっと複雑なのだが、その「骨格」だけを取り出せば、恐ろしいほど「そっくり」なのである。

仮面ライダー THE MOVIE VOL.1また、「カムイ外伝」で「抜け忍」を追う「追忍」群の方には、それを現場で統括する「小頭」という立場の者がいた。「タイガーマスク」における、悪のマネージャー「ミスターX」をこれに当てはめることができそうだ。「仮面ライダー」では、当初そういう「現場監督」たる「中間管理職」相当者はいなかったが、しばらく後に「ウルフ大佐」「死神博士」などの「ショッカー大幹部」が登場する。後追いである。これも面白い。

ぼくは研究者でも何でもないので、実際に子どものときに観た記憶のみに基づいた単なる感想に過ぎないのだが、「カムイ伝」−「タイガーマスク」−「仮面ライダー」という流れを想定してみるのも面白いのではないだろうか。

「タイガーマスク」と「仮面ライダー」だけの比較に戻すと、主人公を支える年長者として、タイガーには「ジャイアント馬場」が配され、仮面ライダーには「立花のおやじさん」がいる。お約束だが、両者とも主人公の正体をうすうす察しつつ想いを寄せる女性が設定されている。また「タイガーマスク」と言えば、「みなしごハウス」の子どもたちが重要な役割を果たしていたが、「仮面ライダー」でかなり経ってから登場する「ライダー少年隊」をこれに重ねて考えてみてもいいだろう。

つまり、物語のベースに加え、敵側・味方側の人物配置にひどく共通するものが多いのである。

仮面ライダーストロンガー Vol.1マンガ版「タイガーマスク」の一番のクライマックスシーンたる、タイガーと当時の日本プロレス・オールスターズが、虎の穴の本部に乗り込み、これを壊滅させるエピソード。ぼくは、これを「仮面ライダーストロンガー」最終話における、7人ライダー勢揃いのシーンと重ねてみたい誘惑に駆られる。

ここはちょっと酒の勢いにまかせて言ってしまおう。つまり、テレビ版「仮面ライダー」は、石ノ森章太郎の独特のタッチで描かれた原作マンガから出発し、次第にマンガ版「タイガーマスク」に近づくことで完成した番組なのだと考えてみたいのだ。

仮面ライダーが受け継いだもの

スペクトルマン DVDボックスDVD帰ってきたウルトラマン VOL.1昭和46年。「ウルトラセブン」終了から2年あまりを経て、この年の1月に「宇宙猿人ゴリ」が始まり、4月には「帰ってきたウルトラマン」と「仮面ライダー」が相次いで始まった。いわゆる「第2次変身ブーム」の到来である。

このうち、最も人気を博し、未来に向けての大きなマイルストーンとなったのは、やはり「仮面ライダー」だろう。ぼくらは(ここでは「ぼくら」と言い切ってしまいたい)とにかく熱中した。

仮面ライダー VOL.12仮面ライダー Vol.4/特撮でも、それは何故だったのだろう。いまビデオで見る限り、初期の仮面ライダーはかなり「ちゃち」だ。にもかかわらず当時の人気は絶大だった。理由はいろいろと考えられるのだが、結局、ごく単純な一事に収れんするのではないか、と最近のぼくは考えるようになっている。仮面ライダーは他のヒーローたちと異なり「等身大のヒーロー」であったという、その一事である。

上にあげた3作品のうち、おそらく「仮面ライダー」が一番の低予算ではなかったかと(印象的には、だが)思われてならない。なにせ主題歌さえも主人公・本郷猛役の藤岡弘が歌っていたし、変身後の仮面ライダーにも藤岡弘がそのまま扮していたのだ。

ショッカー怪人の「扮装」にしても、どう見てもウルトラシリーズの怪獣よりも安上がりに見えたし、まず大規模なセットが要らなかった。遊園地でも普通の野原でもビル街でもそのままロケ撮影すればいい「仮面ライダー」は、その都度セット組みが必要だった「巨大ヒーロー物」よりは確実に安上がりだったはずだ。いや、もしかしたら、十分な予算が組めなかったからこそ、安上がりにできる「等身大ヒーロー」が企画されたのではなかったか。

だが、そのことが結果的には幸いした。「仮面ライダー」はそれに先行する多くのテレビ番組が生み出していた「豊かな資産」を比較的「容易」に継承することができた。それもこれも「等身大ヒーロー」であったが故に―である。

プロジェクト ウルトラセブン/特撮DVDウルトラマン  VOL.1もちろん「仮面ライダー」は、第一には先行する「変身ヒーロー物」である「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」の強い影響を受けている。これは明らかである。

(1) その前後に顕著な「能力差」を生じる「変身」を行うこと。

(2) その「変身」には条件があり、いつでも好きなときに変身ができるわけではないこと。

仮面ライダーはベルトの風車に風を受けなければ変身できない。だから変身前の本郷猛を、密閉された狭い空間に閉じこめてしまえば変身できなくなるのだ(確かにそういった場面があったような気がするのだが、もしかしたら2号ライダー・一文字隼人のときだったかも知れない)。

(3) 次に、変身前と変身後での主人公の人格的な統一。

(4) 最後に、悩み・傷つき・葛藤する青年が主人公であること。

仮面ライダーは、無理矢理に改造されて、すでに人間ではなく、人間に戻る可能性もなくなった主人公が、その悲哀に耐えて戦う物語であり、もともとの設定は決して明るい主人公ではない。

このように「ヒーロー」の基本的な設定に関する共通点だけをあげてみても、「仮面ライダー」は「ウルトラセブン」をよく研究した上で企画されたものだということが分かる。「変身ヒーロー物」がいろいろ出尽くした後の時代ではない。昭和46年当時というのは、先行する優れた「変身ヒーロー物」と言えば「ウルトラマン」「ウルトラセブン」しかなかった時代なのだ(逆に言えば、もっと自由に作ることも可能だったろうに)。これらは決して偶然ではないとぼくは思う。

では、「等身大」であったが故の利点とは何だったろうか。それはズバリ、スピード感にあふれたアクション=格闘シーンである。なぁんだと言ってはいけない。問題は、それが受け入れられる、しかも熱狂的に受け入れられる下地が、その当時の子供たちには確かにあった=すでに準備されていたということなのである。

【PS】SIMPLE1500 Vol.64 THEキックボクシングそのひとつは、力道山に始まりGI砲(ジャイアント馬場&アントニオ猪木)へと続いたプロレスなどの格闘技ブームである。しかし、より直接的には、仮面ライダーの少し前に爆発的に盛り上がったキックボクシングの影響であろう。

仮面ライダーの格闘アクションと言えば、言うまでもなくライダーパンチ、ライダージャンプ、ライダーキックである。それは(当時のぼくらにとって)明らかにキックボクシングの格闘シーンに重なるものだった。そのスピード感、派手さ、少しの隙も許されないような張りつめた殺気。キックの王者・沢村の真空跳び膝げりを真似していたぼくらは、そのままライダーキックを真似たのである。それは極めて自然な流れだったのだ。

巨人の星 青雲編 DISC8柔道一直線 DVD-BOX1<初回生産限定>もうひとつは、これは格闘技ブームに一部重なる部分もあるのだが、「巨人の星」に始まる、いわゆる「スポ根」ドラマのブームである。ウルトラセブンの終了後、子供たちのテレビを席捲していたのは、間違いなく「スポ根」物だった。「あしたのジョー」「柔道一直線」「サインはV」「タイガーマスク」「赤き血のイレブン」などなど。大人向けには「姿三四郎」(竹脇無我主演)などもあった。(このうち、たとえば「タイガーマスク」はプロレスのスポ根物だったが、その「覆面ワールドリーグ戦」の戦いなどは、今から見れば、まるで仮面ライダーの先駆であったかのようである)。

そして、それらスポ根物の十八番(おはこ)と言えば、何をおいても「努力」と「根性」、そして「特訓」とそれによる「成長」であった(ついでに言えば「必殺技」か…)。

と、ここまで言えば、かつての「仮面ライダー」ファンは分かってくれるに違いない。仮面ライダーは、しばしば「特訓」によって「必殺技」を生み出し、「成長」するヒーローでもあったのだ。

仮面ライダー=サイボーグが特訓して成長? と言うと知らない人は変な気がするかも知れないが、仮面ライダーはショッカーによる改造を受けた後、頭脳改造の直前に脱出したため、サイボーグとしてのトレーニングを受けておらず、最初は、自らのボディに秘められた能力を十分に活用できてはいなかった 〜 という(実によくできた)設定があったのであり、言わば「特訓」は「必須」だったのである。

仮面ライダーアギト Vol.12(完)この成長するヒーロー・仮面ライダーというイメージは、実は、平成のライダーシリーズに至るまで、今も脈々と受け継がれている仮面ライダー物の特徴のひとつである。まぁ、以前はより強力な敵に勝てるようになるという程度の「成長」だったが、今は「姿形」まで変わってしまう。ちょっと安易すぎるきらいもあるし、それに仮面ライダーだけの特徴でもなくなってきているのだが、しかし、その一番最初のものが初代「仮面ライダー」であり、そこに「スポ根」ブームの強い影響があったことは強調して良いことだと思われる。

DVD帰ってきたウルトラマン VOL.2実は、同時期の「帰ってきたウルトラマン」にもこれらの先行する「テレビの資産」を生かそうとしていた気配はあった(とぼくには思われる)。
だが、スピード感を目指した格闘シーンは、巨大な怪獣と巨大なウルトラマンとが戦っているはずなのに、まったく「重量感」を感じさせないという逆効果を生じさせてしまった。

また、番組中でヒーローの成長を目指す試みは、逆に(旧マンやセブンに比べて)未熟で弱いウルトラマンという印象につながってしまったし、実は「特訓」シーンもあるにはあったのだが、人間体で特訓しただけなのに、何十倍もの巨人に変身したときに、それがそのまま生かされるというのは、どうしても説得力に欠けるところがあった(仮面ライダーは変身してから特訓していた。また、ウルトラマンに固有の「二重人格」の問題もあった)。

やがて、万能武器たる「ウルトラブレスレッド」を持たざるを得なくなったとき(小5のぼくでも何かズルイなと思ってしまったのを憶えている)、これらの目論見は十分な成果を出せぬままに潰えてしまったのである。

モノクロの仮面ライダー

仮面ライダー Vol.1/特撮仮面ライダー Vol.8/特撮「仮面ライダー」が始まったのは、1971(昭和46)年4月のことだった。実はずっとぼくが小4の秋頃と思っていたのだが、改めて調べて見ると小5の春だった。ぼくはそれを白黒テレビで見たのだ。

もっとも、この勘違いには思い当たる理由がある。ぼくの家族はその後ふた月たらずのうちに(5月の終わり頃に)引っ越しをするのだが、それはぼくにとって、言わば少年期を画するような事件だった。ぼくのなかでは、引っ越し前に見た 〜 小4のときだった 〜 という記憶がいつの間にかできあがっていたのだろう。そしてたぶん、白黒のテレビで見たという印象もそれに少なからず与っていたように思われる。ぼくにとって最初の仮面ライダーはまだ「白黒の時代のもの」だったのだ。

DVDウルトラQ VOL.4ぼくが幼稚園のときにやっていた「ウルトラQ」はそもそもが白黒の番組だったし、その後の「ウルトラマン」は(後でビデオで見ると既に)カラー番組になっていたが、ぼくが初めて実際にカラーテレビで見たのは、さらにその次の「ウルトラセブン」だった。小学校2年のとき、当時の大家さんの家で一度だけ見せてもらったのだ(ぼくの田舎での最初のカラーテレビ体験はたぶん同じようなものだったろう)。

それから2年あまりが経っていたが、まだ日本全体がそれほど豊かではなかった当時、仮面ライダーの第1回を白黒で見ていた家庭は決して少なくなかったはずだ。ためしにウェブで調べて見ると、資料によってかなり数字は違うのだが、この年初めのカラーテレビの普及率はおおよそ40%前後?だったかと思われる。当然ながら、地方での普及率はそれをかなり下回っていたに違いない。そして全国平均では次の年にかけて次第に加速しながら50%を突破する。よって、地方での加速はさらに1〜2年は後だったと思われる。時代の速度はまだだいぶゆっくりだった時代だ。ちなみにわが家がカラーテレビを買ったのもその1〜2年のうちだったと思うのだが、小2のときに初めてカラーテレビを見た記憶ほど鮮明ではないのが不思議だ(家で最初に何の番組を見たのかはまったく思い出せないのだ)。

さて、昭和46年の春である。ぼくが住んでいたのは、鹿児島県の甑島という離島だった(正確に言うと、その最も南端にある「手打」という集落)。近年では「ドクターコトー診療所」というドラマの原作マンガの舞台として少しだけ話題になった島だ。当時は本当に船で6時間近くもかかっていた。新聞も牛乳も船で運ばれるので、届くのは毎日午後になってからだった。だから給食は(牛乳でなくて)粉ミルクだったし、新聞配達は、早めに下校する小学校3〜4年生のアルバイトだった。その上の子供たちだと少し時間が合わなかったのだ。

実際、かなりな田舎だったと思う。その頃仮面ライダーがやってくれば(その後、鹿児島の「桜島」までは来たのだが)、こんなところまで電波が届いているのかと驚くような場所だった。

そして実はその電波もあまり強くはなかった。どんなものだったか実物を見た記憶はないのだが(たぶん山の上の方にでもあったのだろう)「共同アンテナ」というものを通して見ていたのだ。

最初の仮面ライダー、いわゆる「旧1号ライダー」は、まさか白黒テレビを前提に作られたわけではなかったろうが(SFホラー的な狙いがあったということだろう)、白黒で見るのには極めて適したカラーリングだった、と言えると思う。そう言えば、後に定番になる最初の二体の怪人=「くも男」も「こうもり男」も、白黒でもまったく遜色のない怪人たちだった。むしろ白黒で見ていたことはプラスではなかったかと思えるくらいだ。考えてみると、仮面ライダーより少し前に始まっていた「宇宙猿人ゴリ」のヒーロー・スペクトルマンもわりと白黒テレビ向けのカラーリングだった。カラーテレビでの「映え」よりも白黒テレビでの「印象」の方を重視するような、まだそういう時代だったということなのだろうか。

仮面ライダー Vol.13/特撮その後、初期のホラー色が薄れるとともに、カラーテレビの普及に歩調を合わせるように仮面ライダーのカラーリングは鮮やかなものになっていく。主人公・本郷猛役の藤岡弘の事故による、やむを得ない主役交代=2号ライダーの登場が、カラーリングの変更を不自然に感じさせなかった 〜 という事情もあろう(皮肉な見方かも知れないが、この事故による主役交代は、短期的にはカラーテレビへのスムーズな対応になり、長期的にはシリーズ化・長寿番組化の布石になったという意味で、まさに雨降って地固まるという効果をもたらしたと思われる)。が、印象的には地方の小学生がやっとカラーで仮面ライダーが見られるようになったとき、仮面ライダーはまるで初めからそういう色だったかのようにそこに現れたのだ。そして間もなく、例の「仮面ライダーカード」の爆発的なブームがやってくるのだが、ブームを支えた(少なくとも地方在住の)小学生たちの潜在意識的な部分には、カラー映像への新鮮な驚きと感動があったのではないかと思うのである。

ウルトラマンの人格問題

最強のウルトラマン・ムービーシリーズ Vol.1 長篇怪獣映画 ウルトラマンウルトラマンの「人格」については、若干の曖昧さが残る。ハヤタがウルトラマンに変身しているとき、これは本来の(宇宙人である)ウルトラマンの人格である。最終回で怪獣ゼットンに倒されたとき、助けに現れたゾフィーと会話している様子からもそれは間違いないと思われる(間違いだったら済みません)。問題は、人間のハヤタとしているとき、それがハヤタの人格であるのかウルトラマンの人格であるのかという点である。

最後にウルトラマンが宇宙に去っていったとき、残されたハヤタはウルトラマンのことをすっかり忘れている。これは、ずっとウルトラマンの身体の中でハヤタの人格が眠っていたと考えるべきか。それとも地球を去るに際して、後の無用なトラブルを回避するためウルトラマンがハヤタの記憶を消していったと考えるべきか。

ここがドラマ上は曖昧なままに残されているのだが、普通には、やはり人間体でいるときはハヤタの人格、変身したときはウルトラマンの人格だったと考えるべきだろう。ウルトラマンは事故で重傷を負わせてしまったハヤタを生かし続けるために地球に残ったのであり(最近ではゆうきまさみの「鉄腕バーディ」が同じような設定だ)、地球に残るためにハヤタの姿を隠れ蓑として欲したのではない。ハヤタの人間としての生活を尊重したとみるのが正しいだろう。

ウルトラサウンド殿堂シリーズ 3 ウルトラセブン/特撮対して、次の「ウルトラセブン」には、このような人格上の問題はない。人間体のときも変身中も、その人格は宇宙人たるウルトラセブン1個の人格であるからだ。このことは決して些細な設定上の違いではない。むしろ「セブンの肝」であると言っていい。それはセブンの物語全体に大きな影を落としている。

ウルトラマンの登場に「変身ヒーロー物」の起源と呼び得る新規性があったことは先に述べたとおりだが、実はそれ以前のヒーロー物の名残りをまだ色濃く残してもいた。例えば月光仮面、七色仮面、ナショナルキッドらウルトラマンに先行するヒーローたちは何と呼ばれていたか。「月光仮面のおじさん」あるいは「ナショナルキッドのおじさん」だった。子供から見れば、仮に20歳そこそこでも「おじさん」なのは仕方ないが、そうは言っても、やはりこれらの先行ヒーローたちは「若者」とは言い難いキャラクター設定だったのは否定できない。

では、ウルトラマンのハヤタはどうか。確かに「おじさん」とはあまり呼ばれていないが、科学特捜隊での序列は、肩書きこそないものの、その言動から村松キャップに次ぐナンバーツー的な存在であることは間違いない。「おじさん」にかなり近いキャラクター設定、そして(もしかしたら失礼かも知れないが)風貌だったと思われる。

これに比べると、ウルトラセブンの人間体モロボシ・ダンは、ウルトラ警備隊一番の新米隊員、年齢的にもかなり若い設定である。後のウルトラシリーズ、いやすべての変身ヒーローの年齢設定は、ほぼすべてこのセブン(の人間体たるモロボシ・ダン)を踏襲していくと言っていい。そして忘れてならないのは、この年齢設定に、ウルトラマンとは異なる、変身体セブンとの「人格的な統一」が加わることによって、ドラマのストーリーが大きく変質し得たということである。

DVDウルトラセブン Vol.12傑作と言われる「ノンマルトの使者」という話では、宇宙人ウルトラセブンは、地球の先住民族であるというノンマルトを、現地球人を滅ぼす敵として倒すべきかどうか悩む。また、倒した後も激しく煩悶する。かつて地球に住む人々がノンマルトと呼ばれていたことを、宇宙人であるセブンは知識として知っていたからである。

あるいは、最終話、度重なるセブンとしての激闘の疲労から、ウルトラ警備隊員としてミスを連発して周囲に責められ、宇宙人のセブン上司からは地球を去るように勧められて、ついに心身ともに限界に達したセブンは、好意を抱いていた女性隊員に自分が宇宙人であることを告げて地球を去ることを決意する。

このあたりの「悩み・苦しみ・葛藤するヒーロー」というのは、たとえば宇宙人ウルトラマンとは人格が異なる、さらには年齢的にもかなり落ち着いた感のあったハヤタという「大人」のキャラクター設定で可能だったかと言えば、やはりあり得なかったろうと思わざるを得ない。「ウルトラセブン」はそのSF性やドラマ性の高さから、今もウルトラシリーズの最高傑作にあげる人が多いが(ぼくもそう思う)、実は、傷つき悩む青年が一方では強力な力を持つヒーローでもあるという(矛盾した)設定が、ドラマにある種の奥行きを与え、陰影のあるストーリー構成を可能にしていたのである。

だが、この優れた資産は、昭和の時代にはむしろ仮面ライダーシリーズに受け継がれ(もちろん十分にではなかったが)、ウルトラシリーズはやや迷走気味に試行錯誤を重ねていくことになる。

ウルトラサウンド殿堂シリーズ 4 帰ってきたウルトラマン/特撮初期仮面ライダーが人気を博したその同じ時期、数年ぶりに「帰ってきたウルトラマン」が始まっていたのだが、これは残念ながらあまり面白くなかった。一方で「仮面ライダー」には熱中していたのだから、ぼくの年齢的な成長だけが理由ではない。

危険が迫れば、ベータカプセルなどの小道具がなくても変身できるという新マンの設定は、裏を返せば、危なくなれば無条件に変身できるということで、変身に至るハラハラのスリルをなくした。これも理由のひとつ。だが、もっとも大きな理由は、人格上の問題が初代ウルトラマンよりももっと曖昧になったという点だろう。

人間体のときの郷秀樹という人格は明らかに地球人の人格なのだが、ウルトラマンに変身したときの人格も、おかしなことにどうも郷秀樹のままなのだ。郷秀樹が人間体で特訓すると変身したウルトラマンも同じ必殺技が使えるようになるというのも、変身したウルトラマンが別人格ならあり得ない。最終回でウルトラマンが地球を去ると、今度は初代ウルトラマンと違って、郷秀樹までもいなくなってしまう。これでは一体そもそものウルトラマンの人格はどうなってしまったのだろう。

仮面ライダー Vol.1/特撮「帰ってきたウルトラマン」は、この根本的な設定がいい加減であった(と敢えて言おう)ために、個々のストーリーも奥行きを持ち得なかったのではないかと思う。この作品にはほかにも明らかに失敗では?思われる点がいくつかあるのだが、それは不思議に「仮面ライダー」の初期シリーズと比較するとより明らかになってくるのである。

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