"かぎろひ" 「山・歴史・旅」のページ

山紀行を中心とした、歴史、旅のページです。

646. 「中秋の名月」 〜一日遅れのお月見〜

「中秋の名月」 〜一日遅れのお月見〜

■紀行■

 昨日は、中秋節でしたが、残念ながら曇りのため、中秋の名月は
見ることができませんでした。

 とは言え、ベトナム人は、昨日はみんな早く帰宅して、家で、月
餅を食べたらしいです。

 ベトナムでも、中秋節は大切な歳時記のようです。

 今日は、一日遅れですが、空が綺麗に晴れ渡り、名月をくっきり
と鑑賞することができました。

 月餅は、いっぱい食べたので、食傷気味です。

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645. 「ホーチミン博物館」 〜ホーチミン廟周辺〜

「ホーチミン博物館」 〜ホーチミン廟周辺〜

■紀行■

 久しぶりに、ホーチミン廟周辺を歩きました。

 廟のそばにある白い立派な建物は、1990年5月19日、ホーチ
ミンの生誕100周年を記念して建てられた博物館です。

 旧ソ連などの援助で、レーニン博物館の専門家が設計や内装
を担当し、斬新でアーティスティックな造りと内装です。

 ホーチミンの生家の模型、愛用品、書簡などの展示のほか、
革命への歩みもわかりやすく展示されています。

 また、館内では民族の独立・統一への闘い、それに世界の動き
を組み合わせたドキュメンタリーフィルムも上映されています。

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644. 「ホーチミンの家」 〜ホーチミン廟周辺〜

「ホーチミンの家」 〜ホーチミン廟周辺〜

■紀行■

 久しぶりに、ホーチミン廟周辺を歩きました。

 廟の北側に、ホーチミンが1969年まで住んでいた家がそのまま
残されています。

 1958年に建てられた木造高床式の住居で、素朴で庶民的だった
故人の人柄を偲ばせます。

 周りの廊下から書斎や寝室内の小さな木の机、簡素なベッド、
愛読書や時計などが、生前のままのたたずまいで見学できます。

 家の前にはジャスミンの木が植えられ、池にはコイが泳ぎ、い
ずれもホーチミンが育てたのだそうです。

 また、ホーチミンの家の手前にあるクリーム色の洋館は、ホー
チミンが1954年から亡くなる1969年まで執務を行った大統領府です。

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643. 「中秋月餅」 〜ベトナムの中秋節〜

「中秋月餅」 〜ベトナムの中秋節〜

■紀行■

 早いもので、ベトナムに赴任して、今日で一年。
月日の経つのは早いものです。

 明日から10月。もうすぐ中秋の名月「十五夜」が訪れます。

 ベトナム人にとって旧暦8月15日(今年は10月4日)は、中秋節とし
て、家族が集まり、月を愛でながら、秋の収穫に感謝します。

 そして、中国同様、月餅(banh Trung Thu)という餡入りの菓子
を家族と一緒に食べるならわしとなっており、ハノイの街中では、
月餅がそこらじゅうで販売されています。

 月餅の中身は、ハスの実、緑豆、卵、小豆、栗などさまざまで、
味も多様です。

 会社間で贈り物として贈るのも通例となっているようで、頂いた
月餅を食べてみましたが、中身がぎっしりと詰め込まれているので、
一個食べるだけでお腹が一杯になりました。

 当日は、中秋の名月を見ることができるでしょうか。

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642. 「サパ教会」 〜石の教会と夜景〜

「サパ教会」 〜石の教会と夜景〜

■紀行

 サパの中心部に、「石の教会」があります。1895年に創られ
たゴシック建築で、人気の観光名所になっています。

 教会の周辺は、夜はナイトマーケットとなり、少数民族の方
が、様々な民芸品をところ狭しと店を広げて営んでいました。

 夜景もきれいな町です。

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641. 「サパ湖」 〜サパの中心の人工湖〜

「サパ湖」 〜サパの中心の人工湖〜

■紀行

 今回のホテルは、サパ湖の近くでした。

 サパ湖は、サパの街の中心部にあり、ハムロン山が目の前に
見えます。

 周囲は、ホテルで囲まれて、夜景も美しいです。
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640. 「ラオチャイ」 〜黄金色の棚田〜

「ラオチャイ」 〜黄金色の棚田〜

■紀行

 前回訪れた、黒モン族の住むラオチャイ(Lao Chai)村まで、
今回は、タクシーで回って来ました。

 黄金色に輝く棚田の風景が美しく、何度も車を停めてもらい
写真を撮りながらのドライブです。

 入場料は、75千ドンで、タクシーは40万ドンでした。

 時間が無いときは、こういう旅もいいですね。

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639. 「Mt. Fansipan(3,143m)」 〜インドシナ最高峰〜

「Mt. Fansipan(3,143m)」 〜インドシナ最高峰〜

■紀行

 前回、雲の中だった、ベトナム最高峰のファンシーパン
に再チャレンジしましたが、残念ながら、今回も雨でした。

 ファンシーパンは、インドシナ半島でも最高峰の山で、
標高3,143mです。"Indochina Summit"

 全長6,293m、出発点と終着点の標高差が1410mと、いずれ
も世界一に認定されているロープウエイで15分。

 途中の景色は壮大でしたが、山頂近辺からガスの中で、
雨が降り出しました。

 山頂駅から、雨の中、石段600段を登ってピークに。
残念。

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638. 「Mt. Ham Rong(1,750m)」 〜SAPAの展望台〜

「Mt. Ham Rong(1,750m)」 〜SAPAの展望台〜

■紀行

 カットカット村から、サパの街まで登りきり、そのまま"Ham Rong"
に向かいました。

 "Ham Rong"は、サパの町を一望できる展望台が設置されています。

 入場料は、7万ドン(約350円)で、石段の急な登り坂が続きます。
途中、ミッキーマウスや、ジェリーの置物があり、約20分で、山の中
腹の自然公園に着きます。

 色とりどりの花々が美しく咲き誇っていました。

 中腹から、石灰石がニョキニョキと突き出している石段を登ってい
くと、眺望の素晴らしい展望台に着きます。

 残念ながら、ファンシーパン山は雲に隠れていましたが、サパの街
の全貌を見渡せました。

 適度な高度があるお勧めのハイキングコースです。

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637. 「カットカット村」 〜サパ最寄の少数民族村〜

「カットカット村」 〜サパ最寄の少数民族村〜

■紀行

 三連休を利用して、再度、SAPAに。
まずは、前回行けなかった、カットカット村を訪れました。

 カットカット村は、サパ市内の最寄村で、滝や丘など自然の起伏
に富んだトレッキングコースがあります。

 サパ中心部から、Fansipan St.を、ひたすら下っていくと、徒歩
約30分で、料金所に着きます。

 料金は、5万ドン(約250円)で、切符と地図をもらえます。

 村の入り口から、お土産もの屋さんが並ぶ石段の坂を下りていく
と、牧歌的な農地に出ます。

 藍染めに使う樽や、蘭染め衣裳が軒先に出て、道端でおばあさん
が刺繍に勤しんでいたりとモン族の生活感が感じられます。

 約30分歩くと、カットカット滝に出、川沿いに吊り橋まで起伏の
ある道を約30分歩くと、コースは終了です。

 サパから近い分、観光化が進んでいましたが、棚田もあり、いい
ハイキングコースでした。

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636. 「国慶節」 〜ベトナム独立記念日〜

「国慶節」 〜ベトナム独立記念日〜

■紀行

 今日は、ベトナムの独立記念日です。

 1945年9月2日、ホー・チ・ミンがベトナム独立宣言を発表し、ベト
ナム民主共和国を建国して国家主席兼首相に就任しました。

 その宣言を行った場所が、ホーチミン廟のあるバーディン広場です。

 バーディン広場の長さは320メートル、幅は100メートルでベトナムで
最大の広場です。

 なお、ホーチミンの命日も、1969年9月2日ですので、ベトナムでは
今日は、大切な祝日です。

 夜中まで、カラオケ大会も開催されており、賑やかな土曜日です。

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635. 「安全の日」 〜西天寺で安全祈願〜

「安全の日」 〜西天寺で安全祈願〜

■紀行

 毎月、月初には、安全祈願のため、会社近所の西天寺にお詣り
致します。

 電飾のある仏像さま、金ぴかの仏像さまと、日本と似たところ、
違ったところがありますが、仏教国ということで、非常に親近感
があります。

 今日は、ハスの花が咲き、ザボンの大きな実が成っていました。
静寂の中、心地よい時間を過ごすことができました。

 ご安全に!

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634. 「セレブな時間」 〜プライベートプール〜

「セレブな時間」 〜プライベートプール〜

 しばらく、過ごしやすい気温(それでも32度程度)が続いて
いましたが、今日は37度まで上がりました。

 ということで、住んでいるアパートにあるプールでゆっく
りと致しました。

 日曜日はいつも、子ども達でいっぱいなのですが、今日は、
静かなプライベートプールのようでした。

 プールで泳いで、プールサイドで、横になりながら、読書を
するという、セレブのような時間を過ごすことができました。

 ありがたいことです。

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633. 「新鮮な市場」 〜ベトナムの市場風景〜

「新鮮な市場」 〜ベトナムの市場風景〜

■紀行■

 ゴルフの打ちっぱなし場の近くに市場がありました。

 野菜、果物から、魚、鶏、あひる、ヤギ、蛙まで、様々
なものが、即売されていました。

 衝撃的なのは、コケコッコーと鳴いている鶏や、生きて
いるヤギが、売られていること。

 そして、鶏やアヒルは、その場でさばかれて、バイクに
乗りながら来る人に売られていました。

 まるで、ドライブスルーのような感じです。

 確かに、「新鮮」なものが売られている市場でした。

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632. 「ベトナムの打ちっぱなし」 〜立派なコース〜

「ベトナムの打ちっぱなし」 〜立派なコース〜

■紀行■

 今日は、ベトナムで初めて、ゴルフの打ちっぱなしに行きました。

 今まで、ゴルフをするような気分には、まったくなれなかったのです
が、少し、心のゆとりが出てきたのかもしれません。

 住んでいるアパートから、車で20分離れたところにある打ちっぱなし
場は、日本よりも立派で、ゴルフコースのクラブハウスのような感じ
でした。

 打ちっぱなしグランドも広く、300ヤード位あり、コースさながらの
臨場感がありました。

 ゴルフクラブも、ポーターさんが打つ場所まで運んでくれました。

 値段は、100球で120,000ドン(約600円)と安いです。

 約3年ぶりにクラブを握りましたので、指にまめができてしまいまし
たが、いい汗をかけました。

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631. 「六甲横断」 〜荒地山から六甲最高峰〜

「六甲横断」 〜荒地山から六甲最高峰〜

■紀行■

 久しぶりに、芦屋川から、有馬温泉まで歩いてきました。

 今回のルートは、鷹尾山(261m)、荒地山(549m)、六甲最高
峰(931m)と縦走するコースです。

 今日は、朝から暑く、城山、鷹尾山あたりで汗びっしょり
となりました。

 久しぶりの山ということで、荒地山の岩梯子や、岩トンネ
ルでは、息があがってしまいました。

 荒地山の山頂(549m)は、眺望がありませんが、途中の岩場
からは、風吹岩、六甲連山、大阪湾が一望できました。

 荒地山から、魚屋道に出て、雨ヶ峠、本庄橋経由、七曲を
経て、一軒茶屋に向かいます。

 一軒茶屋から六甲最高峰までは、約5分。西おたふく山から
六甲ガーデンテラス方面が美しかったです。

 かんぽの宿で、金泉に浸かって、いい汗を流してきました。
まさに、デトックスでした。

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630. 「蓬莱山」(1,174m) 〜比良山系第二の高峰〜

「蓬莱山」(1,174m) 〜比良山系第二の高峰〜 [関西百名山]

◆紀行◆

 蓬莱山は、びわ湖バレースキー場として有名で、ゴンドラ
で簡単に山頂に行くことができます。

 ゴンドラの到着駅が、打見山の山頂で、そこから、お椀を
伏せたような山容の蓬莱山まで、徒歩で15分で行くことがで
きます。

 着いた時は、雲が多く、琵琶湖方面は雲の中でしたが、だ
んだんと晴れ間が覗き、山頂では青空が広がり、気持ちいい
時間を過ごすことができました。

 比良最高峰の武奈ヶ岳も、綺麗に見ることができました。

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629. 「延暦寺」 〜比叡の天台宗総本山〜

「延暦寺」 〜比叡の天台宗総本山〜

■紀行

 延暦寺は、最澄の開創以来、高野山金剛峯寺とならんで平安仏教
の中心でした。

 天台法華の教えのほか、密教、禅、念仏も行なわれ、仏教の総合
大学の様相を呈し、平安時代には皇室や貴族の尊崇を得て大きな力
を持ちました。

 特に密教による加持祈祷は平安貴族の支持を集め、真言宗の東寺
の密教(東密)に対して延暦寺の密教は「台密」と呼ばれ覇を競っ
たとのことです。

 「延暦寺」とは、単独の堂宇の名称ではなく、比叡山の山上から
東麓にかけて位置する東塔、西塔、横川などの区域に所在する、150
ほどの堂塔の総称です。

 延暦7年(788年)に最澄が薬師如来を本尊とする一乗止観院とい
う草庵を建てたのが始まりで、開創時の年号をとった延暦寺という
寺号が許されるのは、最澄没後の823年のことでした。

 延暦寺は数々の名僧を輩出しています。

 日本天台宗の基礎を築いた円仁、円珍、融通念仏宗の開祖良忍、
浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日
蓮宗の日蓮など、新仏教の開祖や、日本仏教史上著名な僧の多くが
若い日に比叡山で修行していることから、「日本仏教の母山」とも
称されています。

 延暦寺は、1994年に、ユネスコの世界遺産に古都京都の文化財と
して登録されています。

 最も有名なのは、東塔の根本中堂で、本尊は最澄が一刀三礼して
刻んだ薬師瑠璃光如来で、その宝前に灯明をかかげて以来、1200年
間一度も消えることなく輝き続ける「不滅の法灯」があります。

 現在の根本中堂は、1571年、織田信長による焼き討ちの後、慈眼
大師天海の進言により徳川三代将軍家光の命によって、1634年より
8年の歳月をかけて再建されたものです。

 車でないとなかなか全てを拝観することはできないくらい壮大な
寺院です。

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628. 「園城寺(三井寺)」 〜天智・天武・持統天皇の産湯〜

「園城寺(三井寺)」 〜天智・天武・持統天皇の産湯〜

■紀行

 三井寺は、7世紀に大友氏の氏寺として草創され、9世紀に唐から
帰国した留学僧円珍によって再興されました。

 三井寺は平安時代以降、皇室、貴族、武家などの幅広い信仰を集
めて栄えましたが、10世紀頃から比叡山延暦寺との対立抗争が激化
し、比叡山の宗徒によって焼き討ちされることが度々ありました。

 近世には豊臣秀吉によって寺領を没収されて廃寺同然となったこ
ともありますが、こうした歴史上の苦難を乗り越えてその都度再興
されてきたことから、三井寺は「不死鳥の寺」と称されています。

 三井寺の起源につきましては、大津京を造営した天智天皇は、念
持仏の弥勒菩薩像を本尊とする寺を建立しようとしていましたが、
生前にはその志を果たせませんでした。

 天皇の子、大友皇子(弘文天皇)も壬申の乱のため、25歳の若さ
で没してしまい、大友皇子の子である大友与多王は、父の菩提のた
め、天智天皇所持の弥勒像を本尊とする寺の建立を発願しました。

 壬申の乱で大友皇子と敵対していた天武天皇は、686年にこの寺の
建立を許可し、「園城寺」の寺号を与えました。

 「園城」という寺号は、大友与多王が自分の「荘園城邑」を投げ
打って一寺を建立しようとする志に感じて名付けたものといわれて
います。

 なお、「三井寺」の通称は、この寺に涌く霊泉が、天智・天武・
持統3代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の
寺と言われていたものが転じて三井寺となったといわれています。

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627. 「近江神宮」 〜天智天皇と日本で初の水時計〜

「近江神宮」 〜天智天皇と日本で初の水時計〜

■紀行

 近江神宮は、667年に、天智天皇が近江大津宮を営み、飛鳥から
遷都した由緒に因み、紀元2600年(1940年)に創祀された神宮です。

 天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置した歴史から、境
内には各地の時計業者が寄進した日時計や漏刻などが設けてあり、
時計館宝物館が境内に併設されています。

 また、「小倉百人一首」の第1首目の歌を詠んだ天智天皇にちなみ、
競技かるたのチャンピオンを決める名人位・クイーン位決定戦が毎
年1月に行われています。

 当日は、生憎の雨模様でしたが、境内は趣深く、静かな時間を過ご
すことができました。

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626. 「ベトナムの休日」 〜日本は休み過ぎ〜

「ベトナムの休日」 〜日本は休み過ぎ〜

■紀行

 ベトナムの祝日は、日本に比べ少なく、年に6つしかありません。

 新正月:1月1日〜1月2日
 旧正月(テト):1月26日〜2月1日
 フンヴォン記念日:4月6日
 戦勝記念日:4月30日(ベトナム戦争で、サイゴン陥落し勝利した日)
 メーデー:5月1日
 建国記念日:9月2日(ホーチミンがベトナム民主共和国の独立宣言した日)

 この中の、フンヴォン記念日は、紀元前にベトナム北部から中部までを
初めて統一したとされる、ヴァンラン国(文郎国)の王の称号 フン・ヴ
ォン(雄王)の命日で、旧暦の3月10日に祭る日です。

 ただベトナム最初の国家とされるものの、伝承こそあるものの記録や遺跡
はまだ、発見されていませんので、伝説上の国家かもしれません。

 2007年に正式に祝日とされており、テトのように旧暦で決められているた
め毎年、日付が変わります。(昨年は、4月16日でした)

 こちらは、土曜も出勤の日が多いですので、日本は休み過ぎと思うように
なりました。

625. 「ハノイ紀行」 〜命がけの横断〜

「ハノイ紀行」 〜命がけの横断〜

■紀行

 7月に入りました。今日は、33度と、比較的涼しい日でした。

 さて、ベトナムのハノイは、信号はそんなにありませんので、車道
を横切る必要がよくあります。

 でも、車にバイクが、ひっきりなしに来ますので、慣れないと、な
かなか渡れません。

 ポイントは、バイクの運転手の目を見ながら、あうんの呼吸で、す
り抜けてもらうことなのですが、最近、写真のように、スマホを見な
がら運転のバイクが急増しています。

 これだと、目を合わせられませんので、こちらが、バイクの進行方
向を読まないといけません。

 道を渡るのも命がけです。

 でも、地元のベトナム人は、アオザイを着ていても、さっそうと渡
っていきます。

 さすがです。

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624. 「二期作」 〜6月の稲刈り〜

「二期作」 〜6月の稲刈り〜

■紀行

 6月に入りました。
今日のハノイの最高気温は41度。
いよいよ暑くなってきました。

 さて、ベトナムは、タイに次ぐ世界第二位の米輸出国であり、
コメ栽培はいたるところで行われています。

 中でも、南のメコンデルタ地区と、ハノイのある紅河デルタ地
区では、1年に複数回の栽培が行われる多期作となっており、メ
コンデルタでは三期作、紅河デルタは二期作が主流です。

 ここハノイの二期作は、第一回目の田植えが3月頃で、6月に
刈り入れ、第二回目は、7月田植えで、10月刈り入れで、現在
は、第一回目の「刈り入れ」の時期で、黄色い稲穂が美しいです。

 ベトナムには、名物のフォーも含め、コメを原料とした食材が
多く、まさにコメ文化の国です。

 このあたりも、親近感を感じる国となっているのでしょう。

 しかし、暑いです。

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623. 「ハノイの花」 〜赤と紫の花の競演〜

「ハノイの花」 〜赤と紫の花の競演〜

■紀行

 ハノイの今の季節は、火炎儒(hoa ph??ng:赤い花)、オオバナ
サルスベリ(Hoa b?ng l?ng:紫の花)が、咲き誇ります。

 ベトナムでは、6月が卒業シーズンですので、紫が「別れ」、
赤が「夏の始まり」を意味するようです。

 日本の桜のように、約1週間で散ってしまいます。

 いよいよ暑くなってきました。

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622. 「ラオカイ」 〜中国国境の町〜

「ラオカイ」 〜中国国境の町〜

■紀行

 ラオカイは、ベトナム東北部の山間部に位置する省で、中国と
紅河を挟んで、国境を接しています。

 ラオカイの対岸は、中国の河口という街で、橋の両端に両国の
入出国所があります。

 中越関係は、昔からきな臭い関係がありましたので、河を挟ん
で、国境には大きなホテルが建っており、ベトナムの発展度合い
を中国に示そうと言う意図があるのかもしれません。

 ハノイからの鉄道も、線路は国境を越えて繋がっていますが、
現在は、直通運転をしていません。

 地続きの国境を久しぶりに見ることができました。

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621. 「Mt. Fansipan(3,143m)」 〜インドシナ半島最高峰〜

「Mt. Fansipan(3,143m)」 〜インドシナ半島最高峰〜

■紀行

 ベトナム最高峰のファンシーパンに行って来ました。

 ファンシーパンは、インドシナ半島でも最高峰の山で、
標高3,143mです。"Indochina Summit"

 従来は、2日かけて登らないといけない山でしたが、
2016年に、サパから山頂付近を結ぶロープウェイがオー
プンしました。

 全長6,293m、出発点と終着点の標高差が1410mと、いずれ
も世界一に認定されています。投資総額は4兆4000億VND(約
240億円)とのこと。

 ちなみに、このロープウェイができるまでの世界一は、
同じくベトナムのダナン市にあるバーナーヒルズで、全長
5,772mでした。

 そして、サパのロープウェイ会社が、ベトナム南部のフ
ーコック島とホントム島を結ぶロープウエイも建設中で、
完成すれば全長約7,900mとなり、世界一記録を更新予定。

 ということで、ベトナムは、ロープウェイでは、世界
1,2,3位を独占するロープウエイ王国です。

 当日は、ベトナムの連休であったためか、ディズニーラ
ンドさながらの長蛇の列でしたが、ゴンドラは25人ほど
乗れる大型で、テンポよく回転しておりスムースに乗るこ
とができました。

 ロープウエイの所要時間は15分で、途中の景色は壮大で
した。ただ、山頂近辺は残念ながらガスの中。

 山頂駅から、石段600段を登ると、ピークに着きます。
気温は、予想よりは寒くなく、ビーチサンダルで登ってき
ているベトナム人もいました。

 次は、晴れた日に登りに来よう。

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620. 「ラオチャイ・タヴァン」 〜少数民族の村〜

「ラオチャイ・タヴァン」 〜少数民族の村〜

■紀行

 ベトナムには50以上の民族がおり、サパ周辺には赤ザオ族、
黒モン族、花モン族などが住んでいます。

 彼らはその暮らしぶりや文化も独特ですが、なかでも目を引
くのが美しい民族衣装で、民族ごとに服のデザインがちがうた
め、着ているものを見ればどの民族か一目でわかります。

 サパに多いのは、藍染めの衣装に身を包んだ黒モン族で、素
朴な雰囲気ながら、ジャケットなどに施された繊細な刺繍は芸
術的です。

 山岳地帯に暮らす黒モン族は、元々は中国の雲南省の山々で
焼畑農業による生活を営んでいたようですが、300年前より漢民
族の支配を嫌い、不便故に安全な山谷に分派して村々を築きあげ
てきたとのこと。

 チベットやウイグルのことを考えると、中国と決別した判断は
正しかったのでしょう。

 今日は、黒モン族の住むラオチャイ(Lao Chai)と、赤ザオ族
の住むタヴァン(Ta Van)を訪れました。

 棚田の風景が美しい道を、約2時間トレッキングしました。

 牧歌的で、清々しい空気が良かったです。

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619. 「サパ2」 〜石の教会とナイトマーケット〜

「サパ2」 〜石の教会とナイトマーケット〜

■紀行

 サパの町は、フランスが開拓しただけあり、欧風のホテルが
多く、ベトナムであることを忘れてしまいます。

 1979年の中越戦争時に、初期の建物はすべて壊されましたが、
サパの町の中央にある「石の教会」は、1895年に創られたゴシ
ック建築で、人気の観光名所になっています。

 後にハムロン山があり、前は広場となっており、当日は、夜
遅くまでライブをやっていました。

 教会の周辺は、夜はナイトマーケットとなり、少数民族の方
が、様々な民芸品をところ狭しと店を広げて営んでいました。

 夜景もきれいな町です。

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618. 「サパ」 〜仏植民地時代のリゾート地〜

「サパ」 〜仏植民地時代のリゾート地〜

■紀行

 ハノイから北に約350km。中国国境に近いラオカイ省にある
サパは、高い山と深い森に囲まれた標高1,600mの高原の町です。

 サパの周りには、少数民族の村が点在しており、山の斜面に
広がる棚田の景色は素晴らしく、また、夏場も涼しく、空気も
澄んでいることから、多くの観光客が訪れています。

 サパは、1922年、フランス植民地時代に、避暑地として開発
されました。

 しかし、1979年に起こった中越戦争の時、国境付近での抗争
により、フランスによって建築された建物は壊され、人々から
遠ざかった街となりました。

 その後、観光業の出現により、少しずつ道路や電力などが改
善され、ハノイからラオカイまでの高速道路ができてからは、
現在は、人気の観光リゾートとなっています。

 ハノイと異なり、青空が広がり、夜は星を見ることができま
した。

 ずっと滞在していたい素敵な町です。

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617. 「ナイトマーケット」 〜週末の屋台夜店群〜

「ナイトマーケット」 〜週末の屋台夜店群〜

■紀行

 ハノイのホアンキエム湖の北側に旧市街があります。

 その旧市街のハンガイ通りからドンスアン市場まで続く道で、
毎週末の金土日の三日間、ナイトマーケットが開かれます。

 約300mある道に、数百もの屋台が立ち並び、両側の歩道にも
多数の夜店が軒を連ねます。

 スリが多いと言われていますが、活気のあるマーケットです。
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