"かぎろひ" 「山・歴史・旅」のページ

山紀行を中心とした、歴史、旅のページです。

605. 「ハロン湾」 〜石灰岩の世界遺産〜

「ハロン湾」 〜石灰岩の世界遺産〜

■紀行

 世界遺産のハロン湾を訪れました。

 ハロン湾は、大小2,000もの海からニョキニョキと伸びた奇岩が
顔を出している、ベトナムを代表する景勝地です。

 伝承では、中国がベトナムに侵攻してきた時、竜の親子が現れ敵
を破り、口から吐き出した宝石が湾内の島々になったとのこと。

 地質学的には、中国の桂林から、南のニンビンまでの広大な石灰
岩台地の一角で、これらが沈降し、侵食作用が進んで、現在の姿と
なったようです。

 ハノイから車で約3時間半の距離で、少し遠いですが、日帰りが
できます。

 クルーズ船に乗り込み、奇岩の間を縫うように進んでいくと、波
の浸食によってつくられた様々な形の奇岩が、目の前に広がります。

 有名なのは20万ドン札にも印刷されている「香炉島」、2羽の鶏が
向き合い闘っているようにみえる「闘鶏岩」、ゴリラの形をした
「ゴリラ岩」です。

 彫刻作品のような島々の景観は、太陽の位置によって輝きが変化
し、雨や霧によってまた趣のある雰囲気を醸し出します。

 クルーズ船での船旅。気持ちのいい時間を過ごすことができました。

 
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604. 「B52戦勝博物館」 〜爆撃されたB52〜

「B52戦勝博物館」 〜爆撃されたB52〜

■紀行

 ホーチミン廟から、西に徒歩約15分のところに、「B52戦勝
博物館」があります。 

 ベトナム戦争当時、ハノイを空爆後に撃墜された米国の爆撃
機B52が、そのまま展示されています。

 米軍が誇る「空飛ぶ要塞」を撃墜した想いが伝わります。

 屋外には、その他、ミグ戦闘機や、ミサイル、機関砲等が、
ところ狭しと展示されています。

 展示館には、当時の写真や戦争遺物などが展示されており、
わずか50年前、アメリカ相手に戦争していた国にいるのだと
ふと現実に返ってしまいました。

 入場料は、なんと無料です。

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603. 「西湖府」 〜聖母道の聖地〜

「西湖府」 〜聖母道の聖地〜

■紀行

 西湖湖畔から湖中につきだした半島の先端に、西湖府があります。 

 「府」とは、柳杏聖母を祀る大規模な神社の呼び名で、ここは聖母信
仰の三大聖地のうちの一つです。

 伝説では、後黎朝期に、戸部尚書などを歴任した官僚の馮克寛が、友
二人と船に乗り西湖で遊んでいました。

 その時、魚をとる小舟を操る娘に出会い、詩の連吟を楽しみましたが、
連吟が終わるや娘は霧の中に消えていきました。

 陸に上がった三人の前に、一陣の風が以下の七言絶句を記した紅紙を
運んできました。

「雲を衣装となし、風を車とす。朝に兜率に遊び、暮れては烟霞に帰る。

  世人、わが名姓を識らんと欲せんか。一大山人、玉瓊華。」

 末句の「山」と「人」を組み合わせると「仙」となり、「大仙瓊華聖母」
つまり柳杏聖母の意味となります。

 聖母とめぐりあったことを悟った馮克寛は、これを記念して西湖府を建
てたといわれています。

 参道には、西湖名物のバイントムホータイというエビの天ぷらが、山積
みで並んでいました。


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602. 「鎮武観」 〜ハノイの北の鎮守〜

「鎮武観」 〜ハノイの北の鎮守〜

■紀行

 ハノイの西湖の東南に、鎮武観があります。 

 ハノイの都を北からの敵=中国から守る鎮守として人々
の信仰を集めてきました。

 祀られているのは玄天上帝という北方を守る道教の神様
で、「玄」には北方と言う観念があり、中国では「水」に
つながる意味も持ちます。

 風格のある門には古い漢字で「真武観」と書かれています。
ベトナム最大の銅像といわれる玄天鎮武神像は高さ約4m、重
さ4tのスケールです。

 玄天鎮武神像の足に触れると、ご利益があると言われてい
ます。

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601. 「鎮国寺」 〜ハノイ最古の仏教寺院〜

「鎮国寺」 〜ハノイ最古の仏教寺院〜

■紀行

 ハノイの西湖の東側の金魚島に、鎮国寺があります。 

 このお寺は、もともとは6世紀の李南帝の時代、紅河のほとり
に建立され、開国寺と名付けられた、ハノイ最古の仏教寺院です。

 1440年、後黎朝の第2代皇帝レー・タイトン時代に、安国寺と改
名され、1616年、紅河の土手が崩れてきたため、現在の場所に移さ
れたようです。

 本堂の奥には、三世仏の阿弥陀如来(過去仏)、釈迦如来(現在
仏)、弥勒菩薩(未来仏)があり、すべての時を超えて、人々を救
ってくれるとされています。

 弥勒菩薩というのは、釈迦如来の滅後五十六億七千万年後にわれ
われの住む人間世界に出現し、釈迦如来の教えで救われなかった人
々をことごとく救済する「未来仏」です。

 金色の布袋像は、10世紀中国に実在した僧侶で大きなお腹を出し
大きな袋を持ち、いつもニコニコとして色々な奇跡を起こした事
から、ベトナムや中国では弥勒菩薩の化身とされています。

 本堂の裏手の庭には、たくさんの塔が立っています。

 夜は、ライトアップされ、非常に美しいです。拝観は無料です。

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600. 「玉山祠」 〜「文・武・医」の神を祀る寺〜

「玉山祠」 〜「文・武・医」の神を祀る寺〜

■紀行

 ホエンキアム湖の北側に島があり、そこに「玉山祠」があります。

 玉山祠には、文・武・医の神、文昌帝君、関聖帝君(関羽)、呂祖と、
チャン・フン・ダオ(陳興道)が祀られています。

 歴史的には、陳朝(1225-1400)時に、小さな寺が建てられましたが、
その後崩壊し、後黎朝末期(1746年)に、関羽を祀る武廟が建立されま
した。

 その後19世紀前半、教育文化活動を行う団体がこの寺を譲り受け、文
学の神、文昌帝君を祀りました。

 木造の赤い欄干の橋(テー・フック橋)を渡り、本殿には、一番手前
に関羽、後ろに、医学の神様・呂祖、さらに奥に祀られているのが文学
の神様、文昌帝君です。

 そして、その横の小部屋には「聖剣伝説」にちなむ大亀のはく製が
置かれていました。この亀は、1968年に捕獲されたもののようです。

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599. 「ホエンキアム湖」 〜「聖剣伝説」の湖〜

「ホエンキアム湖」 〜「聖剣伝説」の湖〜

■紀行

 ハノイで最も有名な観光地は、ホエンキアム湖です。

 この湖は、元々は、紅河と繋がる細長い入り江だったようです。

 17世紀ごろ、政治の実権を握ったチン氏によって彼自身の政務と
遊びの場が造られ始め、その後のフランス統治時代の大規模な埋め
立てを経て、20世紀始めに現在の形になりました。

 周囲は約1.8劼如休日は、周りの道路が「歩行者天国」となり、
多くの人々で賑わいます。

 湖の中にぽつんと建っている塔は、「亀の塔」と呼ばれており、
ホエンキアム湖の伝説に因んでいます。

 15世紀、当時のベトナム王のレ・ロイが、明(中国)と戦い続ける
も、戦況不利となっていました。

 そんなある日、ある男がたまたま川で釣り上げた剣を王に献上し、
それを持って戦いに挑んだところ、勝利をもたらします。

 その後、王が小舟に乗って湖を遊覧していたところ、突然大きな
亀が現れて、剣を神に返しなさいとを要求します。

 王は剣を渡すと、亀は剣を咥えて、そのまま湖に沈んでいきました。

 そのレ・ロイ王が亀に剣を返した場所が、まさにこの「亀の塔」の
建つ場所だと言われており、この湖を、ホエンキアム(Hoan Kiem還剣)
と呼ぶようになったようです。

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598. 「一柱寺」 〜「子宝祈願」のスポット〜

「一柱寺」 〜「子宝祈願」のスポット〜

■紀行

 ホーチミン廟の近くに、一柱寺があります。

 一柱寺は、延祐寺というお寺の敷地内にある楼閣のことで、その
名の通り、一本の柱だけで池に立つお寺で、子宝祈願のスポットと
して知られています。

 一柱寺が浮かぶ池は「霊沼池」と言い、季節になると睡蓮の花が
足元を飾ります。

 この柱は地上からの高さが4m、直径が1.2mあり、上に3屬慮翔欧
のせています。

 御堂の中には「蓮花台」という扁額が掲げられ、八本手の黄金色
をした観音像が中央に据えられています。

 延祐寺は11世紀に李朝第二代皇帝リー・タイトンによって建てら
れました。

 世継ぎに恵まれなかったリー・タイトンですが、蓮の上に立つ観
音菩薩の夢を見たところ妃が懐妊しました。

 そのお礼にと、池に浮かぶ蓮の花をかたどった一柱寺を建てたの
です。

 このため、今では子宝祈願のパワースポットとして人気があります。

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597. 「ホーチミン廟」 〜「ホーおじさん」の聖地〜

「ホーチミン廟」 〜「ホーおじさん」の聖地〜

■紀行

 ハノイのホーチミン廟を訪れました。

 ベトナムで最も人気のあるのは、やはり「ホーおじさん」(伯胡)
こと、ホーチミンです。

 ホーチミンは、フランス植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナ
ム革命を指導した初代ベトナム民主共和国主席です。

 ハノイの街を歩いていても、そこら中で、ホーおじさんの肖像画
や彫刻が売られています。

 ホーチミン廟の前のバーディン広場は、1945年にホーチミンが、ベ
トナム民主共和国の独立宣言を読み上げた場所で、廟周辺には、晩年
までの15年間を過ごしたホーチミンの家や国会議事堂があります。

 ホーチミン廟は、2年の歳月をかけて建設され、1975年9月2日の建
国記念日に完成しました。

 ホーチミン廟には、永久保存(エンバーミング)されたホーおじさ
んが安置されており、全ベトナムから見学者が集まっています。

 廟の中はベトナム人民軍の軍人により警護されており、衛兵が、姿
勢正しく、廟を守っています。

 ハノイの聖地ですね。

 先日、日本の天皇皇后両陛下もお詣りされました。
日越関係が良好でなによりです。

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596. 「ハノイ大聖堂」 〜セント・ジョセフ教会〜

「ハノイ大聖堂」 〜セント・ジョセフ教会〜

■紀行

 ハノイ大聖堂(セント・ジョセフ教会)を訪れました。

 この大聖堂は、仏教寺院の跡地に建てられ、1886年のクリスマス
に落成しました。

 パリのノートルダム教会を手本とした、しなやかな曲線で装飾さ
れた22mの2つの尖塔を持つコロニアル教会建築です。

 内部の天井にはゴシック教会建築の特徴である尖頭アーチが連な
っています。

 今回、クリスマスミサに参加しましたが、ステンドグラスと、ク
リスマスツリーのコントラストが、素晴らしかったです。

 ベトナムは、80%が仏教徒ですが、クリスチャンも多くいらっしゃ
いました。

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595. 「ホアロー収容所跡」 〜「ハノイ・ヒルトン」〜

「ホアロー収容所跡」 〜「ハノイ・ヒルトン」〜

■紀行

 ホエンキアム湖の近くの、ホアロー収容所跡を訪れました。

 ここは、19世紀末にフランスによって建築された監獄で、当時の
敷地面積は、インドシナ最大の1km2にも及んだそうです。

 ベトナム戦争時は、米軍の収容施設となり「ハノイ・ヒルトン」
と揶揄された歴史を持っています。

 現在は、一部だけが保存され、当時の収容状況が人形でリアルに
展示されていました。

 戦争の記憶が、まだ醒めやらない感覚に陥りました。

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594. 「ロンビエン橋」 〜横たわる「エッフェル塔」〜

「ロンビエン橋」 〜横たわる「エッフェル塔」〜

 ハノイ駅からホーチミンに向かう鉄道の橋で、旧市街を
抜けたところにあるロンビエン橋を渡ってきました。

 Red River(紅河)にかかる、ロンビエン橋は、長さ約1,700m
で、完成したのは、フランス植民地時代の1902年です。

 設計は、エッフェル塔でおなじみ、ギュスターヴ・エッフェ
ルさんらしく、横たわる「エッフェル塔」とも言われています。

 この橋は、線路が真ん中を通り、その脇に道路、一番端に
歩行者用道路がありますが、手すりも朽ち果て、コンクリート
ブロックも欠けて、下が丸見え。

 なかなかスリルがあり、歩くだけで「肝試し」ができました。

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593. 「バッチャン村」 〜バッチャン焼きの村〜

「バッチャン村」 〜バッチャン焼きの村〜

 ハノイ市郊外の、バッチャン村を訪れました。

 バッチャン村は、ハノイから南東に約13劼痢▲曠鸚遏聞伐蓮鳳
いに位置し、車で約30分のところにあります。

 バッチャン焼きは、ベトナムで有名な陶磁器で、15世紀ごろから、
王族向けの陶磁器作りが始まり、現在では約100軒の工場が軒を連ね
ています。

 村の人口は約5000人で、90%近くが陶器作りに従事しているとか。

 その中でも、古来からの「秘伝技」を継承された名人(Thuy Toan)
の店を訪れました。

 「蓮」「菊」「トンボ」の図柄が有名で、それぞれ、「仏教」「親
孝行」「幸運」を象徴しているそうです。

 お気に入りのマグカップを購入しました。

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592. 「タンロン遺跡」 〜ハノイ市内の世界遺産〜

「タンロン遺跡」 〜ハノイ市内の世界遺産〜

 ハノイ市内の世界遺産である「タンロン遺跡」を訪れました。

 タンロン(昇龍)とは、ハノイ(河内)の旧称で、1010年、ベトナ
ム第三代王朝のリータイトーが、ここタンロンを首都としたのが
始まりです。

 もともと、ホアルーが首都でしたが、リータイトーの船団がこ
の地に近づいた時、黄金の龍が現れ、天高く飛び立ちました。

 皇帝はこれを吉兆として遷都し、タンロンと名付けたとのこと。
龍は王の象徴であり、タンロンがいつまでも栄えるようにとの願
いがこめられているそうです。

 その後、リ王朝、チャン朝、レ朝、マック朝、後レ朝と、1804
年にグエン王朝がフエに都を移すまで、ベトナム諸王朝がここに
都を置きました。

 ちなみに、ハノイ(河内)という名前は、紅河とトーリック川
(蘇瀝江)とに囲まれていることから名付けられたもので、1831
年からと比較的新しい名前です。

 入場ゲートを通って最初に出逢うのが「端門」という楼閣で、
石段を上がると広大なタンロン城の敷地を眺めることができます。

 「後楼」「正北門」と、歴史的な建造物を見学して、入場料は
3万ドン(約150円)と、格安でした。

 「正北門」にはフランス軍の反対勢力として戦った英雄のグエ
ンチーフオンが祀られており、外壁にはフランス軍が放った砲弾
の跡が遺されていました。

 なお、リータイトー像は、ホアンキエム湖畔にあります。

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591. 「チャンアン」 〜「陸のハロン湾」クルーズ〜

「チャンアン」 〜「陸のハロン湾」クルーズ〜

■紀行■

 「陸のハロン湾」と呼ばれる「チャンアン複合景観」を訪れ
ました。

 ハノイから南へ約100km。ニンビン省に位置する「チャンア
ン複合景観」は、2014年に世界遺産に登録されました。

 その中心は、ベトナム初の独立王朝の都、ホアルーと、タム
コック川のほとりに連なる奇岩景勝地です。

 ホアルーから15分ほど離れたところが、チャンアンで、そこ
から、ボートによる川下りを楽しみました。

 この川の周りは、石灰岩が削れて山のようになった情景が続
き、まさに「陸のハロン湾」です。

 この辺りは、2億5千万年前には海底にあり、生物の死骸が積
もって1kmにも及ぶ分厚い石灰層を生み出しました。

 これが隆起してインドシナ半島の一部となったわけですが、
水に溶けやすい石灰岩は川の流れや風雨の浸食を受けて、数百
万年をかけて深い渓谷や奇岩・奇峰を生み出しました。

 川下りの最中には鍾乳石の垂れ下がる真っ暗な洞窟を4箇所通
り抜けます。

 手を伸ばせば鍾乳石に触れるぐらい狭い洞窟の中は、完全な静
寂に包まれ、ボートを漕ぐ音だけが響きます。

 ハノイの喧噪から離れ、久しぶりに、静かな時間を過ごすこと
ができました。

 なお、今年公開の「キングコング」の撮影舞台もここのようです。

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590. 「ホアルー」 〜ベトナム初の独立王朝の都〜

「ホアルー」 〜ベトナム初の独立王朝の都〜

■紀行■

 「陸のハロン湾」と呼ばれる「チャンアン複合景観」を訪れ
ました。

 ハノイから南へ約100km。ニンビン省に位置する「チャンア
ン複合景観」は、2014年に世界遺産に登録されました。

 その中心は、ベトナム初の独立王朝の都、ホアルーと、タム
コック川のほとりに連なる奇岩景勝地です。

 このあたり一帯は、石灰岩の山や鍾乳洞からなるカルスト
地形で、かつてはハロン湾のように海に沈んでいた時代もあ
ったそうで、「陸のハロン湾」と呼ばれています。

 ホアルーは、968年に、千年にも渡る中国王朝による支配か
ら脱した、ベトナム初の王朝(丁(ディン)朝)が定めた都です。

 雄大な岩山が、自然の城塞としての役割を果たし、豊かな自
然と水に囲まれた美しい地は、長きに渡った戦いの疲れを癒し
たのでしょう。

 丁朝の初代皇帝ディン・ティエン・ホアンの死後、中国・宋
の攻撃を前に、生前の部下だった、レ・ダイ・ハン(黎大行)
が王位を継いで、980年に前黎(レ)朝を建国しました。

 レ・ダイ・ハンは、宋と南のチャンパ王国を打ち破り、ホア
ルーを増改築して一時代を築きました。

 レ・ダイ・ハン没後は、国は分裂の危機にありましたが、
1009年に太祖、リー・コン・ウァン(李公蘊)が統一して李朝
を興します。

 当初の首都はホアルーでしたが、翌1010年に、タンロン(現
在のハノイ)に遷都しました。

 そういう意味では、ホアルーは、日本でいう奈良で、ベトナ
ム人にとって、非常に大切な場所となっています。

 現在のホアルーには、初代皇帝ディン・ティエンホアンと、
2代皇帝レ・ダイ・ハンの霊廟があります。

 廟の中には常に香がたちこめ、多くの観光客が、国の礎を築
いた皇帝の座像に、最大限の敬意を表していました。

 ベトナムの聖地ですね。

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589. 「ベトナム民族学博物館」

「ベトナム民族学博物館」

■紀行■

 ベトナム民族学博物館を訪れました。

 ベトナムには、54の民族が居住しており、人口の86%が
ベト族(キン族)です。

 この博物館には、各民族の歴史や文化などが展示されて
おり、屋外には、各地の民族家屋が復元されています。

 日本の白川郷のような感じでした。
 
 入場料は4万ドン(約200円)です。なかなか見応えがありました。

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588. 「金華山(岐阜城)」(329m)

「岐阜城」 〜天下布武の拠点〜

■紀行■

 岐阜の金華山(329m)にある、岐阜城を訪れました。

 岐阜城は、かつては稲葉山城と称し、戦国時代には、
斎藤道三の居城でした。

 その後、1567年に、織田信長が攻略し、この地一帯を
平定するとともに、地名も「井の口」を「岐阜」と改称。
天下統一の本拠地としました。

 信長は、1576年に岐阜城を息子信忠に譲るまでの間、
「天下布武」の朱印を用いて天下統一の志をかかげ、城
下町の復興に力を注ぎました。

 楽市楽座など斬新な政策により、岐阜城下は大変な賑
わいだったようです。

 現在の城は、1956年に復興されたものです。

 最上階からは、眼下に鵜飼で有名な長良川や、東には
恵那山、御岳山、南には濃尾平野が開け、木曽の流れが
伊勢湾に注いでいるところを一望にできます。

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587. 「五箇山」 〜流刑地だった世界遺産〜

「五箇山」 〜流刑地だった世界遺産〜

■紀行■

 世界遺産の五箇山を訪れました。

 白川郷から北に車で30分ほどで、富山県の五箇山に着き
ます。

 世界遺産に登録された相倉合掌造り集落には23棟、菅沼
合掌造り集落には9棟の合掌造りが現存しています。

 合掌造りは、雪深い厳しい自然に対応する強固な造り、
また生活の場と生業の場をひとつにした合理的な建築です。

 五箇山は、1183年、倶利伽羅峠の戦いで、木曾義仲に敗れ
た平家の残党が五箇山へ落人として逃げ隠れた地とされてい
ます。

 江戸時代には、この地は、加賀藩の流刑地とされ、加賀騒
動の大槻伝蔵もこの地へ流されました。

 山深い歴史のある村でした。

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586. 「白川郷」 〜世界遺産の合掌造り〜

「白川郷」 〜世界遺産の合掌造り〜

■紀行■

 世界遺産の白川郷を訪れました。

 白川郷は、合掌造りの独特の景観をなす集落が評価され、
1976年に重要伝統的建造物群保存地区として、1995年には
五箇山と共に、ユネスコの世界遺産に登録されました。

 白川郷の萩町地区は、今も実生活の場として使われている
ところに価値があり、それが他地域の合掌民家集落と違うと
ころでもあります。

 国の重要文化財である和田家住宅や、長瀬家、神田家等は
有料で、中に入ることができます。

 また、小高い萩町城跡からは、村の全体を眺望することが
できます。

 当日は、多くの外国人が訪れていました。

 今度は、冬に訪れてみたいものです。

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585. 「蛇谷ヶ峰」(902m) 〜北比良の関西百名山〜

「蛇谷ヶ峰」(902m) 〜北比良の関西百名山〜

■紀行■

 北比良の蛇谷ヶ峰を訪れました。

 蛇谷ヶ峰は、標高は、1,000m以下ですが、比良連山
の北端にそびえる風格ある山で、関西百名山となって
います。

 湖西道路から、朽木スキー場へ。朽木スキー場は、
この時期は、マウンテンバイクの大会が開催されてお
り、多くのライダーが詰めかけていました。

 マウンテンバイクのコースを横切りながら、登りは、
尾根道をまっすぐ登り、非常に急登で、大汗をかきま
した。

 約45分で、スキー場からのルートとの合流点に着き、
そこからはなだらかな道で、約15分で頂上です。

 蛇谷ヶ峰山頂は、360度の展望が開け、琵琶湖から、
京都北山、武奈ヶ岳から比良連山を見渡せますが、今
回は、台風の影響か雲で視界がよくありませんでした。

 帰路に、朽木温泉てんくうで、汗を流してきました。

 この時期は、「塩飴」と「スポーツドリンク」は必
須ですね。

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584. 「白髭神社」 〜近江の厳島〜

「白髭神社」 〜近江の厳島〜

■紀行■

 蛇谷ヶ峰に登る途中、白髭神社を訪れました。

 白髭神社は、沖島を背景として琵琶湖畔に鳥居を
浮かべることから、「近江の厳島」とも称される近
江最古の大社です。

 延命長寿・長生きの神様として知られており、祭
神は猿田彦命。

 創建約2000年の歴史を誇り、現在の社殿は豊臣秀
吉の遺命によって、その子秀頼が片桐且元を奉行と
して造営したものです。

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583. 「長安公園」

「長安公園」

◆紀行
 。
 香港経由で、中国に来ています。

 いつも泊まるホテルの近所に、長安公園があり、
毎回、そこを散歩するのを楽しみにしています。

 気温は、30度近くと蒸し暑かったですが、時折
涼風が吹き、緑も多く快適でした。

 中央に、長安閣という五重の塔があり、日曜日
は、上まで登ることができました。

 多くのカップルや家族で賑わっていました。

 今回は、三日連続で、長安公園散歩を楽しむこ
とができました。

 夜の長安公園も訪れました。

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582. 「香港」

「香港」

◆紀行

 香港を訪れました。

 香港の空港は、1998年、イギリス統治下における
最後の大事業として、それまでの啓徳空港に代わる
空港として開港しました。

 啓徳空港は、香港の中心地から至近の九龍にあり
ましたが、敷地が狭く、ビル群すれすれに飛行する
必要があり、ランタオ島沖に建設されました。

 ギネスブックが「最も高価な空港」と認定するよう
に、6年の歳月と200億ドルの巨費を費やした新空港の
建設は、古今を通じて史上最大の空港建設プロジェク
トになっています。

 現在の香港国際空港は、2014年の貨物取扱量は、世
界一で、CNNの選ぶ国際空港ランキングでは、4位の空
港となっています。

 写真は、飛行機から見た香港です。

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002. 「関西百名山:登頂リスト」

「関西百名山:登頂リスト」 標高順
   「日本百名山:登頂リスト」こちらをクリックして下さい
   現在49峰  あと51峰

   山名(標高) : 初登頂日
1 八経ヶ岳(1,915m) : 07/05/02 [日本百名山][近畿最高峰]
八経3






2 大普賢岳(1,780m) : 07/05/03
国見岳から大普賢






3 稲村ヶ岳(1,726m) : 07/09/22
稲村が岳、大日山






4 大台ヶ原(日出ヶ岳)(1,695m) : 05/10/22 [日本百名山]
大蛇ぐら






5 山上ヶ岳(1,685m) : 07/05/03
稲村ヶ岳山 hspace=






6 行者還岳(1,546m) : 07/05/03
行者還岳






7 氷ノ山(1,510m) : 10/07/24 [日本二百名山][兵庫県最高峰] 
氷ノ山アップ






8 伊吹山(1,377m) : 06/05/06 2回 [日本百名山]
伊吹山全景






9 護摩壇山(1,372m) : 11/05/03 [和歌山県元最高峰]
護摩壇2






10 高見山(1,249m) : 05/02/13 2回 [日本三百名山]
高見山:霧氷






11 三峰山(1,236m) : 06/02/04 [日本三百名山]
三峰山山頂2






12 鉢伏山(1,221m) : 10/07/24 
鉢伏山山頂2






13 武奈ヶ岳(1,214m) : 05/06/26 3回 [日本二百名山]
武奈ヶ岳3conv0003conv0018






14 御在所岳(1,212m) : 03/10/17 2回 [日本二百名山]
御在所岳ロープウエイから2






15 蓬莱山(1,174m) 3回 : 09/05/02 [日本三百名山] 
小女郎峠から蓬莱山1110ca03






16 金剛山(1,125m) : 04/07/03 4回 [日本二百名山][大阪府最高峰]
鳥居冬kon9






17 倶留尊山(1,038m) : 07/11/03 [日本三百名山]
倶留尊山から二本ボソ






18 高野山(揚柳山)(1,009m) : 06/07/08
金剛峯寺伽藍






19 皆子山(972m) : 10/12/19 [京都府最高峰]
皆子山1






20 大和葛城山(959m) : 04/05/08 4回 [日本三百名山]
ツツジと金剛山






21 六甲山(931m) : 03/10/05 20回 [日本三百名山]
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22 愛宕山(924m) : 05/09/24 [日本三百名山]
愛宕山山頂






23 兜岳(920m)・鎧岳(894m) : 07/03/31
兜岳から鎧岳






24 雲取山(911m) : 10/12/19
雲取山2






25 音羽三山(熊ヶ岳)(904m) : 09/03/29
経ヶ塚から熊ヶ岳






26 蛇谷ヶ峰(902m) : 15/08/22 1回
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27 岩湧山(898m) : 05/07/23 2回
岩湧山山頂1






28 吉野山(青根が峰)(858m) : 05/04/15 2回
吉野桜1






29 和泉葛城山(858m) : 06/11/18
ブナ林






30 比叡山(大比叡)(848m) : 07/06/30 2回 [日本三百名山]
大比叡山頂conv0003conv0005






31 大江山(千丈ヶ岳)(833m) : 16/06/19 
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32 額井岳(813m) : 08/01/05
戒長寺から額井岳






33 剣尾山(784m) : 06/06/24
剣尾山山頂1






34 龍門山(756m) : 09/10/24 
龍門山山頂2






35 摩耶山(697m) : 03/08/15 13回
摩耶山上2






36 七々頭ヶ岳(693m) : 15/05/05  
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37 ポンポン山(加茂勢山)(678m) : 06/05/01 2回
ポンポン山山頂






38 弥仙山(664m) : 16/06/18 
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39 能勢妙見山(660m) : 08/05/03 2回
能勢妙見山鳥居






40 生駒山(642m) : 04/04/24 4回
枚岡から生駒山ikoma2






41 諭鶴羽山(608m) : 09/03/07 [淡路島最高峰]
諭鶴羽山1






42 太神山(600m) : 14/10/11   
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43 帝釈山(586m) : 09/12/22  
帝釈山山頂






44 二上山(雄岳)(517m) : 04/08/09 10/04/24 3回
daitore3池と二上山






45 三輪山(467m) : 06/08/20
三輪山






46 三上山(432m) : 07/05/26 22回
三上山






47 賤ヶ岳(421m) : 14/09/21 2回
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48 横尾山(312m) : 03/11/30 3回
横尾山須磨アルプス1






49 高御位山(304m) : 09/04/24
鷹ノ巣山から高御位山

581. 「大江山・鬼伝説」 〜酒呑童子物語〜

「大江山・鬼伝説」 〜酒呑童子物語〜

◆紀行

 京都・丹波の大江山は、鬼伝説で有名です。

 鬼退治伝説は、3つあり、古い順に、

 ・「陸耳御笠」−日子坐王伝説―
 ・「英胡・軽足・土熊」―麻呂子親王伝説―
 ・「酒呑童子」―源頼光の鬼退治―

 があります。

 最も古いものが、「丹後風土記残欠」に記された陸耳御笠
伝説で、青葉山中にすむ陸耳御笠が、日子坐王の軍勢とは
げしく戦い、最後、大江山へ逃げこんだというもの。

 二番目が、用明天皇の時代、河守荘三上ヶ嶽に、英胡・
軽足・土熊に率いられた悪鬼があつまり、人々を苦しめた
ので、勅命をうけた麻呂子親王が、神仏の加護をうけ悪鬼
を討ち、世は平穏にもどったというもの。

 そして、三番目が有名な酒呑童子物語として、謡曲「大
江山」の主人公として、「御伽草子」記載されているもの
です。

 酒呑童子は、足利将軍家の意向をうけた頼光に、欺し殺
されます。

 このとき酒呑童子は「鬼に横道はない」と頼光を激しく
ののしりました。

 酒呑童子は都の人々にとっては悪者でしたが、酒呑童子
にとってみれば、自分たちが昔からすんでいた土地を奪っ
た武将や陰陽師たちこそが極悪人でした。

 「鬼に横道はない」という酒呑童子の最後の叫びは、土着
の神や人々の、更には自然そのものが征服されていくこと
への哀しい叫び声だったのかもしれません。

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580. 「元伊勢三社」 〜丹波のパワースポット〜

「元伊勢三社」 〜丹波のパワースポット〜

◆紀行

 京都・丹波の元伊勢三社を訪れました。

 天照大神が、伊勢に鎮座されまでの約90年間、候補地探し
が行われていました。

 その候補の一つが、京都府福知山市の元伊勢で、伊勢神宮
と符号する、「元伊勢外宮・豊受大神社」「元伊勢内宮・皇
大神社」「天岩戸神社」の三社をお詣りしてきました。

 まずは、外宮の元宮とされる「元伊勢外宮・豊受大神社」。

 石段を上っていくと鳥居が見えてきますが、これが、皮が
ついたままの杉の木で出来ている黒木鳥居です。

 御祭神は豊受大御神で、丹波地方に天下った農耕の神様です。

 かつて夢からの御神託により、伊勢神宮・外宮の御祭神でも
ある豊受大御神は、こちらから遷座して創建されたと伝えられ
ています。

 次に、2000年以上もの歴史がある「元伊勢内宮・皇大神社」。

 御祭神は天照大御神で、一時、天照大御神の神鏡が4年間祀ら
れていましたが、その54年後に、伊勢神宮が三重県伊勢市へと
落ち着くこととなります。

 境内には、推定樹齢2000年といわれる御神木・龍灯の杉が佇
んでいて、その悠久の年月を感じることができます。

 御神体は、背後にそびえる日室ヶ嶽(岩戸山)です。

 「天岩戸神社」へ行く途中に、願いが一つ叶うという、一願
成就の遥拝所がありました。

 天岩戸神社の拝殿は、岩壁の上に建っており、鎖を握って岩
の斜面を上ってお詣りするようになっています。

 この溪谷は奇岩の多いところでもあり、拝殿裏手の川の流れ
を塞き止めるようにある巨石は、神が舞い降りたという御坐石
です。

 拝殿横には神楽岩、岩のくぼみで神が湯浴みしたという、産
だらいがあります。

 五十鈴川、宇治橋等、伊勢と同じ名前があり、繋がりを感じ
ました。パワースポットですね。

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579. 「大江山(千丈ヶ岳)」(833m) 〜鬼伝説の山〜

「大江山(千丈ヶ岳)」(833m) 〜鬼伝説の山〜 [関西百名山]

◆紀行

 京都・丹波の大江山を訪れました。

 大江山は、千丈ヶ岳(833m)を主峰とする連峰で、鬼伝説の
山として有名です。

 麓には、元伊勢三社(内宮、外宮、天岩戸神社)が鎮座され
ており、神々が住む神秘な地域です。

 特に、農業の神様である豊受大神は、ここ丹後地方に天下
ったとされており、伊勢神宮の元祖となっています。

 まさに、パワースポットですね。

 今回は、鬼嶽稲荷神社まで車で行きました。

 鬼嶽稲荷神社からは、整備された登山道を約40分で、最高
峰、千丈ヶ岳に着きます。

 千丈ヶ岳は、なだらかな柔和な山頂で、見晴らしがよく、
気持ちがいいです。

 次回は、連峰を縦走してみたいですね。

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578. 「弥仙山」(664m) 〜霊山・丹波富士〜

「弥仙山」(664m) 〜霊山・丹波富士〜 [関西百名山]

◆紀行

 京都・丹波の弥仙山を訪れました。

 弥仙山は、関西百名山で、槍ヶ岳を思わせる三角形の突起した
秀峰は、丹波富士と呼ばれています。

 京都縦貫道路の、綾部安国寺ICから、府道74号を経て、登山口ま
で、約20分。登山口には、駐車場があります。

 登山口からすぐに水分神社があります。水分神社は 子授けの神
として有名だそうです。
 
 祭神は 天からの雨水の神・天之水分大神と 地から湧き出す水
の神・国之水分神。

 大本開祖・修業の滝を超えて、苔むした石段を登りきると 左が
赤い鳥居の於成神社です。

 ここから山頂を大きく北へ巻いて、杉林を抜けると、改心の道と
の分岐点があり、そこから約5分で、弥仙山の金峰神社に到着。

 金峰神社は、行基が開山した神社で、修験場の行場で 釈迦、文
殊、普賢菩薩の三尊が祀られています。

 帰路は、改心の道ではなく、同じ道を。

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577. 「貴船神社」 〜水の神様のパワースポット〜

「貴船神社」 〜水の神様のパワースポット〜

◆紀行

 鞍馬から、貴船神社に訪れました。

 「貴船」という名前は、神武天皇の母親が、黄色い
舟に乗り、貴船川をさかのぼり、この地へ上陸し、水
神を祀ったという伝説が由来となっています。

 奥宮境内には、黄色い船が小石に覆われた「御船型
石」も見られます。

 貴船神社の名物となるのが、水占いです。

 200円で販売されている水占いの紙は、 購入時では、
何も書かれていない真っ白な紙ですが、境内の水に浸す
文字が浮き上がってきます。

 当日は、若いカップルの方々でごった返しており、静
寂な雰囲気が無かったのは残念でした。

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