「霧島神宮」 〜山岳信仰の元祖〜

◆紀行◆

 霧島には霧島山を囲むように、霧島六社権現と総称される神社があります。
(「霧島神宮」、「東霧島神社」、「狭野神社」、「霧島東神社」、「霧島岑
神社」(「夷守神社」は1874年に霧島岑神社に合祀され、現在は5社))

 これらの神社は、10世紀・村上天皇の頃に 天台法華仏教を奉じ、修験道の
信仰を確立した性空上人によって整備されたとされています。今回は「霧島岑
神社」を除く4社にお参りしてきました。


●「霧島神宮」は、天孫降臨の迩迩芸命を祀るお社です。
この神宮の創建は6世紀で、最初は高千穂峯山頂にあったそうですが、噴火に
よりたびたび火災にあい、その後高千穂河原に、そして、1484年に今の場所へ
移って来たようです。

 現在の社殿は1715年、第21代藩主島津吉貴公により造営寄進されたもので、
本殿・幣殿・拝殿 登廊下 勅使殿 が重要文化財に指定されています。

「霧島神宮鳥居」「霧島神宮参道」「霧島神宮本殿」
霧島神宮1霧島神宮2霧島神宮3







「高千穂河原の古宮址」
霧島神宮古宮址1霧島神宮古宮址2







●「霧島東神社」は、高千穂峯の中腹、標高500メートルの高台に鎮座してい
ます。創建は第10代崇神天皇の代と言われ、迩迩芸命が天孫降臨された際に、
初めて祖先の神々を祀ったところと伝えられています。

 御祭神は伊弉諾尊・伊弉冉尊・天照大神・天忍穂耳尊・迩迩芸命で、高千穂
峯山頂に立つ「天の逆鉾」は霧島東神社のご神宝とのことです。

「霧島東神宮」「霧島東神宮から御池」
霧島東神社霧島東神社から御池







●「狭野神社」は、神武天皇(幼名:狭野尊)を祀るお社で、神社名は皇子原で
誕生した狭野尊に由来しています。

 第5代・孝昭天皇の御代 神武天皇の御降誕の地(皇子原)に社殿の創建があっ
たのが、狭野神社の創祀といわれています。

「狭野神社」
狭野神社狭野神社2







●「東霧島神社」は、伊弉諾尊を主祭神として祀るお社です。
境内には、大きな刃物で切られたかのように、見事に割れた「神石」と呼ばれ
る石があります。

 男神イザナギノミコトと女神イザナミノミコトは 山の神や海の神など多く
の神を産まれたが、最後に火の神である加具土命を産んだ為にイザナミノミコ
トは焼死してしまいます。

 悲しんだイザナギノミコトは我が子を切って捨ててしまいました。切られた
加具土命は三つの石と化し、切った剣は十握の剣となったと伝えられています。

「東霧島神宮」
東霧島神社1東霧島神社2







 古事記、日本書紀に伝えられる神話に基づく言い伝えが、現在まで続いてい
るところに、日本の奥深さがありますね。


[関連ページ]
 ・「霧島神宮」
 ・「霧島東神社」
 ・「狭野神社」
 ・「東霧島神社」