アクセス解析

2005年08月05日

☆トリアー監督という人☆

5b77cbfc.jpg

ラース・フォン・トリアー
Lars von Trier
生年 1956/04/30
出身地 デンマーク/コペンハーゲン
映画監督。“ドグマ95”主宰者。
代表作:「イディオッツ」(1998)、「奇跡の海」(1996)、
「ダンサー・イン・ザ・ダーク」(2000)、
「ドッグヴィル」(2001)など。



多くの人がトリアー監督を嫌うのは、とっても正常な感覚で、
それが監督の狙いでもあるのだろう。
巧妙でずるいけど、稚戯たっぷりなので解かり良いといえば、
これほど解かりやすい作品を作る監督も珍しい。
それがドンピシャリと上手く行っているので、
これほどまでに衝撃と嫌悪感を催させる訳だ。

意図的に、自己の中にある暗黒面を抽出し結晶化して、
観客を席に縛り付け、これ見よがしに見せつける。
観客はその毒に当てられて、
否応なしに直面させられてしまう。
観客の内に潜む「聖性に対する嗜虐欲求」を自覚させ、
顕在化させ、
更にはこれでもかというほどに露悪的に自己批判させる。

そこには一点の妥協もない。

“いっそ、ここまでやってしまいたい”
という欲求に勝てなかった作家もいるけど、
実際に出来るかというと、
大抵の凡百の映画人は尻込みしてしまうものだ。
思い切り過ぎたパゾリーニなんて殺されちゃったもんね。


「弱者が弱者を抑圧する」という事態は、
実に特段な出来事ではなく、
嫌というほどに我々の社会に潜在している事である。
障害者の間でも、
精神障害者対身体障害者の無理解といったように、
実に根深い相互差別という実態がある。
関係者はみーんな目を逸らして、
気が付かない振りしているが(笑)。

トリアーはその「気が付かない振り」が、
許せなくって我慢できなくってしようがないんだな、きっと。

自分の内に潜むその根深い毒も、自分の肉に潜む腐臭も、
そんな彼のことだからとっくに気付いていて、
むせ返る気分なんだろう。
で、それを抉り出す行為を代償にして、
「お前らはこの腐肉から目をそらせるのか?」と、
問いを叩きつけて来る。

まぁ、えてしてこんな事をするヤツは嫌われても致し方ない。
逆に言えば、嫌われてこそ効果絶大な訳だ。
なぜならそれが、確かに自分の内にもある、
「否定しようのない悪徳」である事に気付くからこそ、
そのあまりにも醜悪な姿に目をそむかざる得ないんだから。

ちょっと彼の来歴を探してみたら、こんなのがあった。

“両親は共産党の要職に就いていた。
母は第二次大戦中、スウェーデンでレジスタンス運動をし、
戦後はデンマークのフェミニズム運動の中心的役割を果たし、
彼を産んだ時すでに41歳だった。”

“幼少期のラースは、学校という社会になじめず、
12歳で精神科のサナトリウムに入れられるが、
数週間後に脱走してしまう。”

“1990年、母が死去。
戸籍上の父は、ユダヤ系のデンマーク人だが、
母から死の間際に、
「二十年前に亡くなった父は、実の父親ではない」
と、聞かされる。
芸術的な血を持たせたくて、血縁に芸術家が多くいた男の子供を、
故意に身ごもったというのだ。
その「本当の父親」は、デンマークの高級官僚だった。
15分ほどの話し合いの間に、
彼の顔に唾を吐いてこう言ったという。
「私は一度だってこの子を望んだことはない」
「もしラースがまた連絡してくるようであれば弁護士を立てる」
と。”

何とも壮絶でしょ(笑)。

ちなみに“フォン”というのは偽称で、
もちろん彼は貴族の出ではない。
実に解かり良い屈折ぶりです。

こんな来歴を持つ彼だからこそ、
作らねばならない作品なんですね、一連の問題作は。

目を逸らしたい事実は、「良い事」でもなければ、
「正しい(正義)事」でもないかもしれない。
だか、間違いなく存在しているし、
存在している以上、いつもいつも日本人がしているように、
「気が付かない振りをして」生きていくのもどうかと思う。
目を逸らすは確かに簡単だし、
嫌なものを見ないで生きていくのは楽しい。



だか、その偽善と虚飾が、
居ても立ってもいられないほど不快でしようがない、
という人物もいてもらわないと困る訳でして。
今のところ、嫌われるのを覚悟でやってくれてるのは、
トリアーぐらいでしょう?

彼の作品を観ていると、必ずと言って良いほど、
いっつも私の脳中に去来する作品があります。
そのショッキングな映像と、どうしても重なっちゃう。

それは何かというと、
同じ北欧系の超有名な巨匠ベルイマンの「処女の泉」なんです。

あの作品のラスト、
宗教的救済と贖罪が顕現するシーンは監督自身多いに不満で、
脚本家の意向であーなったそうです。
ベルイマンという人は、
所詮、人間の創り出したものである霊的なるもの怪しさ、
神性の限界や毒性を充分知っていた人だと思う
し、
常にそれに抗わざる得ない人間存在の実存性を、
(善と悪とを内包し止揚する・もしくは止揚できない存在)
恐れずに直視し得た勇気の人だったと思う。

ただ生きた時代がちぃっと早かった。
それに、脚本家のせいにして逃げるような弱さもあった。
実際そこまでやらない方が受けも良いだろうし、
無用に嫌われなくても済むもんね。
トリアーと違い巨匠なだけあって老獪だ(笑)。
でも、もしも彼が油の乗り切っていた頃にトリアー作品を見たら、
んで、もちっと軽はずみな人だったら(笑)、
絶対影響を受けたと思います。

「処女の泉」もあんなキレイキレイでは済まずに、
もっともっと過酷な作品になっていたかも(笑)。

あと、波調的に似た感じでは、オリバー・ストーンかなぁ。
特に「7月4日に生まれて」なんて、
素直に見たら主人公はヒーローだけど、
あれは絶対欺瞞で確信犯的な逆説だと思う。
間違って射殺しちゃった戦友の家族には謝罪できても、
村ごと誤って虐殺しちゃったベトナム遺族には、
一切謝罪無し。
ストーンほどの人がうっかり失念する訳ない。
あの映画観て、クルーズに共感して感動しちゃった人は、
呈も良くすっかり騙されている訳で、
その「騙されちゃった状態」に、口を拭って黙っているストーンは、
なんてまぁあくどいヤツだろう(笑)。
ふんとにトリアーより始末におえない。
ずっっとずるいです(そこがまた魅力だけど)。

トリアーは嫌われてナンボの人。
でも、私も含めて「嫌ってちゃあかん」ような人もいるわけです。
私なんか、自分の内にある毒素の存在に対して、
常に警戒心を持ってなきゃいけない人間なもので。
(商売柄からも)
それはただ自力で空想して、
その毒の存在を想定するだけでは心許なく、
白日の元に曝け出して見せつけてくれる、
トリアーのような人が是非とも必要なんです、きっと。

「ドッグヴィル」の劇中、ナレーションで
「トムはグレースが汚されるのを見ていて苦しんだ」
という言葉があるけど、これなんて何ともあざとい欺瞞で、
こんなとこがトリアーの凄いところであり、解かり易いところ。
平気で嘘ついて観客を試している。

なぜなら、確かに苦しんでいるトムがいるのと同時に、
グレースを次々とレイプしているのもまた、
トム自身の隠された欲望であり、
我々男性の観客の素の姿だから。
そして、多分トリアー自身も欲情しているから。
(グレースに対して、そして同じように苦しみながらも、
同時に欲情しているだろう観客を想像して)

自分(トム及び観客及び監督)だけに都合のよい世界を作り上げ、
その内部で、ねじ曲がった欲望を爆発させ、
揚げ句の果てには、自分自身までをも、
人間の暗い欲望の被害者であるかのように信じこませようという、
究極の自己欺瞞だ。
でも、こんなトリアーにも限界はある。
彼自身男性で、
聖性を一方的に女性へ付託せざる得ないということですね。
でも、打破する努力はしている。
「ドッグヴィル」でキッドマンに、
村民を虐殺させているところなんて涙ぐましい(笑)。
それがまた、
嫌われる原因になっちゃってるのが気の毒でもあり(笑)…。

出来たら今度は男優を主人公にして、
女性の暗黒面を抉り出してもらいたいものだ。
本当にやりたいのはそれなんじゃないかなぁ〜? 
またまた嫌われるぞートリアー。

あっ、でも確信犯か(笑)。


注:この文は、
諸処でカゴメが書いたトリアー作品の感想を、
ひとつに取りまとめたものです。
よって表現などに過去記事との一部重複がありますが、
その点、ご容赦くらさいませね。


Posted by カゴメ at 15:59 
この記事をクリップ! コメントを見るコメント(12)トラックバック(13)          
SEO対策

この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
「ドッグヴィル」のメイキング・ドキュメンタリー。まあ、映画観てないとなんのこっちゃわからんと思うので、軽く読み流してください。 自分の思い描くイメージを具現化するために、俳優をモノ扱いし、精神的に追い詰めて、「もう二度と彼の映画には出ない」と言わしめるこ...
ドッグヴィルの告白【映画と周辺】at 2005年09月26日 11:20
醜悪なカタストロフ §ブレヒトの「海賊ジェニー」  ベルトルト・ブレヒト(Eugen Berthold Friedrich Brecht;1898-1956)の三文オペラに、「海賊ジェニー」という劇中歌が登場する。                    * 皆さん、ご覧の通り今のあたしは皿洗い ...
【審判の日】「ドッグヴィル」/ラース・フォン・トリアー【Augustrait】at 2005年09月26日 19:54
[DVD; TSUTAYA DISCAS] プロテスタント信仰の強い村に住む、精神薄弱者のベス(エミリー・ワトソン)は、流れ者のヤン(ステラン・スカルスガルド)と結婚し、幸せな日々を送っていた。油田工場で働くヤンは仕事のため家に戻れず、彼を返して欲しいと神に祈るベス。すると....
奇跡の海(1996/デンマーク/監督:ラース・フォン・トリアー)【のら猫の日記】at 2005年09月26日 21:43
2003年 ラース・フォン・トリアー監督 言いたい事があるんだか無いんだか判らんけど、それなりに興味深くは観られた。 いつもの事ながら ニコール・キッドマン の綺麗さは特筆もんですが。 で、何を云いたいんだ? 何で舞台がアメリカなの? まさか米国人が傲慢とか? デン...
『ドッグヴィル』 (DOGVILLE)【眠れぬ夜の狸寝入り】at 2005年09月27日 19:29
ドッグヴィル プレミアム・エディションジェネオン エンタテインメントこのアイテムの詳細を見る  『ドッグヴィル』、観ました。 山あいの小さな村ドッグヴィル。ある夜、謎の女グレースがギャングに追われ 逃げ込んでくる。議会の許可を得て、村に滞在することになったグ...
『ドッグヴィル』、観ました。【肯定的映画評論室・新館】at 2005年09月30日 21:03
「ドッグヴィル」を観て他のトリアー作品も観てみよう、ということで選びました。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」が母性愛の究極を描いたとするなら、これは男女の愛の究極を描いた、ということになるのでしょうか。主人公の男女のどうにも清潔感がない外見や露骨なヌード...
奇跡の海【Oneちゃんの年間300本映画日記】at 2005年10月12日 15:51
2003年の作品。後味の悪い作品を作ることで有名なラース・フォン・トリアー監督の作品。覚悟して見たが、後味はそんなに悪くない。むしろやっぱりそうするよなあと納得するラストだった。後味が悪いというよりは、全編を通じてイヤな気分になってくる。半分以上を早送りで...
ドッグヴィル【greengarden】at 2005年10月12日 22:53
『ドッグヴィル』(‘03/デンマーク) 監督:ラース・フォン・トリアー ? この監督は徹底的に人間を奈落のそこに突き落とすことをむしろ楽しんでいるようにさえ思える。 ラース・フォン・トリアー監督の「アメリカ3部作」の1作と言われている作品。 この『...
ドッグヴィル【映画まみれ】at 2006年03月23日 03:04
白線で区切られただけの空間が村を表現しています。人間の傲慢さや残酷さを強調する異様な映像。それはまさに社会の縮図でした。 田舎の小さな村に突然現れた美しい女性グレース(ニコール・キッドマン)。平和だった村は、人々のエゴによって徐々に様相を変えて行きます...
ドッグヴィル/ラース・フォン・トリアー【文学な?ブログ】at 2006年06月06日 00:57
賛否両論のこの映画。 私の本業である、役者の先輩が 「役者なら見ておいた方がいい」と言うので 見てみることに。 「ダンサー・イン・ザ・ダーク 」のラース・フォン・トリアーが監督なんですよね。 あの映画、激しくダメだったのでちょっと心配。 DVDで鑑賞。 ...
ドッグヴィル【映画、言いたい放題!】at 2008年12月14日 13:04
賛否両論のこの映画。 私の本業である、役者の先輩が 「役者なら見ておいた方がいい」と言うので 見てみることに。 「ダンサー・イン・ザ・ダーク 」のラース・フォン・トリアーが監督なんですよね。 あの映画、激しくダメだったのでちょっと心配。 DVDで鑑賞。 ...
ドッグヴィル【映画、言いたい放題!】at 2009年02月17日 21:34
ドッグヴィル。 その町はロッキー山脈の麓に置かれ、廃坑になった銀鉱山で道は行き止っていた。 町の中央通りを“楡通り”と呼んだが、そこには楡の木は一本もなかった。 どの家も貧相で、トムの家だけが、それなりに見栄えがよかった。 トムは作家だった。本...
映画評:ドッグヴィル【映画と写真のブログ】at 2009年03月13日 16:22
[ニコール・キッドマン] ブログ村キーワードドッグヴィル(原題:Dogville)キャッチコピー:美しき逃亡者があらわれ、一つの村が消えた。審判の日がくる。製作:2003年(デンマーク)配絮...
ドッグヴィル/Dogville(映画/DVD)【映画を感じて考える??大作、カルトムービー問わず映画批評】at 2010年01月10日 23:41
この記事へのコメント
こんばんは、カゴメさんのトリアー考察興味深く読ませて頂きました!
いやはやなんとも頷ける部分が多くて面白かったです!
そうそう、私もそれが言いたかったのよー!
と言った部分もあったりで、カゴメさんの鋭い弁舌が羨ましくもあります(笑)
ほんとトリアーは嫌われてなんぼな人ですよね(^^;
人が日常で目を背けてるものを見せ付けてくれるんですものね。
共感できないと言うより共感し過ぎて嫌われると言う感じですかね。
同族嫌悪みたいですね。

それにしてもフォンって偽称なんですね〜!
私も貴族なのかなぁ…って思ってました(^^;
しかし壮絶な人生ですね、監督自身の人生で1作出来そうなくらいです。
Posted by かの at 2005年08月07日 01:09
>それにしてもフォンって偽称なんですね〜!

こりはですねー。
「ドッグヴィルの告白」という、
この作品のメイキングがあるですが、
その中で、監督自身が
「俺の、“フォン”ってのも嘘なんだよなぁぁ(溜息)、
勝手に自称してるだけなんだよなぁぁ(嘆息)、
俺って、そーいう、ヤーなヤツなんよなぁぁ(涙目)」
とモノログってたんですねー(笑)。

かわいいヤツですよ。ほんと(笑)…。
Posted by カゴメ at 2005年08月07日 19:18
またまたお邪魔します。
「ドッグヴィルの告白」は見たことないのですが、そんなシーンがあるんですか!?
これは見たくなりましたよ〜(笑)
涙目って驚き…!
なんか結構感情の浮き沈みが激しそうな人ですね。
う〜んでも確かにかわいい奴ですなぁ(笑)

以前、彼の作品に出た役者さんは精神疲労が激しいとかって聞いたような…。
案外事実かもしれないですね、気難しそうですし(^^;
Posted by かの at 2005年08月08日 00:29
夜、車を運転しながら呟くように言うんですけど、如何にもそんな感じにブツブツ懺悔ッぽく話すんです(ちょっと脚色しすぎちゃった 反省…)。
暗いから、涙目かどうかは定かじゃないんですけどね。
あと、彼は精神安定剤飲みながら、この映画、撮ってましたよ。
んで、俳優さんたちに対しても、すごーく遠慮して見せたり、そのくせネチッコかったり…。とにかく複雑な性格に見えましたね。
かなり痛々しかったです。他の俳優さんたちも…。
Posted by カゴメ at 2005年08月08日 01:23
はじめまして〜ラースの事を楽しく読ませて頂きました。
ホントにこの監督は映画で他者だったり、モラルだったり見える物、見えないものと格闘しながら繋がってるんだなって思います。
フォンをつけたのも、自分への戒めと…言うか、追い詰め精神(人にも、自分にも)っぽいし、でも奇跡の海では寓話的にしつつも、この上無いファンタジーに仕上げたりと。他人には屈折しまくりに見えるものの自分なりの筋を通すってとこでは妥協は無い行い(選択)をするって事にはいつも頭が下がりまくりです。
本日カゴメさんのブログに来たんですが、映画観る参考にしまーす。
良ければお顔でも出して下さいませ〜(*'ー'*)ノ
Posted by tao at 2005年08月09日 01:26
フォンを敢えて付けたのは、taoさんご指摘の通り、
ともすれば虚飾で身を飾りたくなる自分を、
逆に露悪的にあげつらい、自分で自分のそんなところを、
笑って茶化して、でも、やっぱりどこかで、
自分を貴族の末裔と見てくれるのを喜んでる、
そんな屈折と矛盾を表した、稚気の一種なんだろうと思います。
この人らしいですよね(笑)。
taoさかのブログ、これから訪問させてもらいますよー。
Posted by カゴメ at 2005年08月09日 16:05
初めまして、TBありがとうございました。

もう・・・私の言いたいこと全て書いてあって納得納得でした。
あのメイキングも、見ていて痛々しかったです。

「ドッグ・ヴィル」、なんだか不思議な映画でしたね。
もう2度と見ない!と強く思いましたが、「観て良かった」とも強く思った映画でした。
それは間違いなくラース・フォン・トリアーという人の才能なんでしょうね。

これからも時々お邪魔させてくださいね。
Posted by そら at 2005年09月26日 23:27
はじめまして。トラックバックありがとうございます。

僕の場合、テレビシリーズの“The Kingdom”を最初に観ていて、“こんな変な話を作った監督は変な人に違いない”とは思っていたんですが、映画を観たら“変な人”では片付けられないほど変な人である事が分かりました(笑)。

彼の来歴に“飛行機嫌いでヨーロッパからは出られない根性なし”というのも付け加えたいですね(笑)。
Posted by BoosterMania at 2005年09月27日 01:40
TBありがとさんです。お返ししときます。
(長いんで最後まで読まなかったよ、ゴメンね)

なんつーか、まぁ、ごく平凡な話をリアルに描いていくのが、こんなにも不安感と不快感をもよおすものだという事をハッキリと見せてくれた功績は大きいかな?

でも、ラストにグレースが復讐してしまう件りは必要ないような気もする。
あの極端な復讐が物語を一気に寓話にしてしまい、折角のリアルさを損ねてしまったような気がしてね・・・
Posted by fujita at 2005年09月27日 19:29
そらさん、BoosterManiaさん、fujitaさん、
コメント、ありがとうごさります。

>僕の場合、テレビシリーズの“The Kingdom”を最初に観ていて、

私、あれ観そこなっちゃってまだ未観なんです(泣)。
DVDかビデオになってんでしょーかね?

>ごく平凡な話をリアルに描いていくのが、こんなにも不安感と不快感をもよおすものだという事をハッキリと見せてくれた功績は大きいかな?

いや、多分あんまり「普通の話」じゃないと思いますよ(笑)。
でも、化けの皮を剥がされるのは「普通の人たち」ですけどね。

>ラストにグレースが復讐してしまう件りは必要ないような気もする。

あれはですね、
一方的な被害者(許される者)を作りたくなかったんでしょうね。
グレースも加害者にしたかった。
この作品に、
“良い奴”なんか出て来る余地はなかったんですねぇぇ。
Posted by カゴメ at 2005年09月29日 11:18
はじめまして&TBありがとうございました。
ラース・フォン・トリアーって本当に不可思議な監督ですよね。
カゴメさんのおっしゃるとおり、二度と観たくない(というより正視できない)作品
ばかりなんだけれど、なんだか他人には教えたいんです。
こんな(むごい)あるいは(ひどい)もしくは(ヘンな)映画なんだよって・

でもダンサーインザダークは、私も二度観る気にはならないなあ・・・。
画面酔いがひどかったからかなあ。。。。
とにかくインパクト強すぎの監督ですよね。
無視できないんです。
すごい存在感なんですよ。

いろんな評価があっていいんだと思える監督ですよね。




Posted by みゅう at 2005年10月13日 00:35
みゅうさん、いらっしゃいませー!!

>でもダンサーインザダークは、私も二度観る気にはならないなあ・・・。画面酔いがひどかったからかなあ。。。。

劇場で観た方は、皆さんそう仰いますよね。
カゴメはDVDでしか観賞しないので、
画面酔いはしなかったです。
でも、流石にあの結末だと辛すぎて、
私も再観する勇気がなかなか持てませんが(笑)。
Posted by カゴメ at 2005年10月13日 13:08
 
当ブログはコメント一回の文字数制限が400字です。

track feed