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2006年06月24日

★「蝉しぐれ」、2時間じゃ無理だろ★

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「蝉しぐれ」
(2005) 日本

監督:黒土三男
製作:俣木盾夫
プロデューサー:中沢敏明 宇生雅明 
エグゼクティブプロデューサー:遠谷信幸
協力プロデューサー:田中渉 柴田一成
原作:藤沢周平 『蝉しぐれ』
脚本:黒土三男
撮影監督:戸澤潤一
撮影:釘宮慎治
美術監督:櫻木晶
音楽:岩代太郎
出演:市川染五郎 木村佳乃 ふかわりょう
今田耕司 原田美枝子 緒形拳 小倉久寛 他、


いつもながら、ネタばればれなのでご注意!

何度も書くようですが、
カゴメは藤沢先生を尊敬申し上げております。
先生の御作はほぼ全て拝読しております。
“本好き”と自称しておきながら、
映画の原作に付いては、
ほとんど読んでいないカゴメではありますが、
であるからこそ、
藤沢先生の名作「蝉しぐれ」の映画化となると、
これはもう固唾を飲み込む想いで、
真剣に観ざるを得ないのであります。


このところの時代劇(時代小説)ブームに乗って、
「たそがれ清兵衛」、「隠し剣 鬼の爪」と、
山田洋次監督作品が相次いで発表された訳だけど、
この2作品はまぁまぁ、いや、
特に「たそがれ清兵衛」に関しては近来の邦画では、
稀に見る成功を納めた秀作
だと感心させられたです。
で、カゴメの見る所、その成功は、
取り上げた原作が短編であった事が、
主な要因になっていると思いますね。
藤沢先生の作品は、どれもこれも極めて読み易いが、
実に懐が厚く深いのであります。
よって、短い作品でも映画化するとなると、
2時間以上の長尺となるのは無理からぬ所なのであります。


カゴメが、レンタル開始が始まって久しいこの作品の観賞を、
今まで躊躇し手控えていた理由は、
まさしくそこにあるのであります。
「蝉しぐれ」と言えば、藤沢先生の代表的な作品。
頁数は460余。主人公の牧文四郎の15歳から、
40歳過ぎまでの半生を描いた長編であります。
これだけ質量ともに重量級の作品となると、
どう考えたって、
わずか2時間前後の作品にまとめるのは容易ではない筈。
この作品が大好きで、保存用のハードカバー1冊、
常備用の文庫版1冊、書き込み用のを1冊と、
「蝉しぐれ」を3冊も持っているカゴメが考えても、
これはもう観る前から充分予想出来る訳ね。
多分、良い意味で「換骨奪胎」、
悪い意味だと「仏作って魂入れず」、
てな具合だろうと予想していた
訳だ。
でもね、そこはファンの悲しい性。
「観ない方が良い。観ない方が・・・」とは思っていても、
やっぱり我慢出来ずに借りちゃいましたよ(泣)。



で、結論から言うと・・・、
やっぱ、観なきゃ良かったわっ!!

まぁ、確かにねぇぇ・・・。
確かに「映画にまとめる為」には、
文四郎とふく(福)の秘めた悲恋を、
全ての核に据えざる得ない
んだけれど。
それに何事も収斂させる他ないんだけれども。
けれども、ねえ・・・(溜息)。

この「蝉しぐれ」が長らく多くの人々に読み親しまれているのは、
哀切たっぷりの恋の行く末、その叶わぬ恋の叙情が、
読む者自身の若き頃への愛惜の念と共鳴し、
誰の心の奥にもある郷愁を誘う
からに他ならないんだが、
かと言って、
それだけが殊更のようにしつこく語られるのではない。
父が子に託す望みの重さ。
親友との結び付きの深さ清さ。
一藩の内奥に巣食う権力者同士の凄まじい暗闘。
貧しい下級武士の味わう哀歓。
剣の手練れが命を取り合う壮絶な闘争。
といった種々様々な物語が情感たっぷりに語られ、
実在感溢れる登場人物が、
これらの背景の中で命を吹き込まれて、
生き生きと鮮やかに動いているのである。
確かに主軸は「文四郎−ふく」ではあるんだけど、
あくまでも主題は文四郎自身の成長譚であり、
忘れ捨てることの出来ない若き日々への懐古譚なのだ。
人生の試練や行き違いの数々が、年老いて後、
不思議と懐かしく、麗しくさえ思われる、
そんないつかは誰にでも訪れる甘やかな郷愁の念が、
一種心地良い静やかな諦観の彩りも深く描かれる
のだ。
「蝉しぐれ」の魅力はひとえにそこにある。



が、この映画は単直な純愛ドラマになっちゃったね。
キャスティングからしてそういう脚色の意図が伺える。
市川染五郎でしょ。木村佳乃でしょ。
如何にも“トレンヂードラマ風味”じゃん。
ちょっとね、カッコ良過ぎるし、美し過ぎるのであるよ。
染五郎では、端正で整い過ぎてて冷ややかで、
とても二十八石二人扶持の軽輩とは思えぬのであります。
あれじゃ、江戸生まれ江戸育ちの旗本の跡取並ですよ。
どう見たって庄内は海坂藩の田舎侍には見えませんね。
大体、文四郎は郡奉行配下の郷村出役で、
終日、領内の田畑山林を見回るのが仕事。
生っ白い白皙な面立ちをしているのは大不自然なのである。
そもそも、カゴメはいつも染五郎を見ていて感じるんだけど、
この人って、“善人”は合わなくないか?
どちらかというと、酷薄で嫌味で執念深くて、
裏で邪な姦計を巡らし暗躍する、
狡賢い悪役が嵌る人相だと思うがね。
で、
最後にはバッサリ無残に成敗される所が観てみたい(苦笑)。
いえいえ、やっかみじゃないぞー!!
その方が、コヤツには似合ってるというか・・・。
うん、やっぱり、やっかみかな(苦笑)。



木村佳乃のふくも何だか違和感があるね。
「側室の福」としての立ち居姿が堂に入っていて、
少女期の幼気があまりにも消え過ぎている。
丸っきり別人のようで、隔絶感が出過ぎてるね。
確かに、「この人は変わってしまった」という、
取り返し様の無い悔やみは強調されるが、
ここまでやっちゃうと・・・。
確かに、美しくって清潔で、絵にはなってるんだけど、
貧しくって健気で無口だった頃のふくの面影が、
どこかに一筋仄かに現れてる方が、
そしてそれが時おり、哀切極むる陰りと共に描かれれば、
更に味わい深さが表現出来たのではないかと。
“ふく”
“福”の境遇へ、
本人が望む訳でもないのに変わらざる得なかった無念さが、
どーもあの整った顔立ちからは伺えず、
何だかそつ無く側女としての役割を果たしている様が、
見事であればある程、
「やり過ぎだなぁぁ」と思うのであります。
そりゃあカゴメだって、監督の意図は理解出来るのよ。
この時代を生きた人々の節度、規範の堅さ、
分を知り、慎まやかに淑やかに、
己が心情を秘めて秘めて漏らさぬ美しさ。
それを溜めに溜めて、最後のクライマックスに吐露させる。

そのドラマチックさを弥が上にも高める為の手段。
勿論、それは理解出来るんだが、
それも行き過ぎると逆に、
夜闇の辻で二人が抱き合う場面や、
ラストの再会の場面での遣り取りが、
唐突で浮いた物に成りかねない。
筋自体が至って単純化されてて解り良いから、
幸いにもそうならずには済んでいるものの、
「味わい」という点では、少なからず損していると思うのだ。

損していると言えば、
ふかわりょう今田耕司の二人の起用も絶対に損してるな。
テーマを単直な純愛路線に固めてしまった為、
友人、お家騒動、ライバルとの対決、父の仇討ち、
といった要素は全部、
意図的に軽くしてしまう必要が出来てしまった。
ならばと、この監督がやってしまったのが“戯画化”だった。
これはね、いけません!
例えやるにしても、もっと上手くやらねば。
プロの芸人を使っちゃうと大概失敗するんですよ。
何故かというと、基本がシリアス物でしょ。
どーしたってバラエティ番組の様なハジケ方は出来ないから、
妙な空虚感や違和感が出てしまう。
監督の意図としては、
緩急の“緩”の意味合いを持たせたかったのだろうが、
この手の作品の場合、その役は、
本職のベテラン俳優にこそ任すべき。
そして例え任すにしても、
加藤武さんの里内家老のようなオドケはよした方が良い。

あれでは、ちょっとした諧謔という面白味よりも、
“浮いた悪ふざけ感”が沸いて出て、
作品自体の品格が相対的に低下してしまいます。
あれをやっちゃうとね、
命懸けで悪家老の姦計に挑む文四郎の活躍さえも、
途端に色褪せちゃうのだよ。



それと、剣士としての文四郎の実力が描かれるエピソードも、
近来稀に見る酷い出来である。
あんなケレンに満ちた無茶な技は原作には全然出て来ません。
勿論、映画版だけの解釈で、
それなりの技を創造するのは構わないが、
あれは遣り過ぎ! 心底白けます、はい。
もうね、あの欅屋敷でのチャンバラで、
いっきにカゴメの気持ちは冷めちゃったよ。
カムイ外伝じゃあるまいに。
趣味が悪い。軽薄だね。怒っちゃったよ(苦笑)。



原田美枝子、緒形拳、小倉久寛、大地康雄、柄本明、
田村亮、大滝秀治
の脇役陣はなかなか良いだけに、
二人の主人公の若い頃を演じた、
石田卓也佐津川愛美の二人は、
健闘してるが残念賞と言ったところだね。
カゴメは出だしの川端のシーンでガックシ来たもの。
せめて誰か台詞の語り方を教えてやって欲しいものだ。
あれほど完璧な棒読みは久しぶりに聞いたぞ(呆気)。
石田卓也君は良く言えば、
一途さが現れた締まった顔立ちだか、
ちょっと険し過ぎて、いじめっ子ぽいのが玉に傷だなぁ。
JUNON SUPERBOYコンテストのフォトジェニック賞ねぇ。
ふーーーん。
ま、これからは頑張ってくらさい。

一番盛り上がる場面、問題のクライマックスシーンだけど、
あれも些か、納得しかねる感が強いね。
「ふく・・・・。ふく」の台詞に留める締め括りは、
監督の想いが込められて、
確かに胸に迫る物があるんだけど、
それだけで両者が心から満足するのは、
やはり無理なのでは?

武士としての、奥を預かる要人としての、
その節度の強さ、控えめさは確かに美しいが、
とは言え、武家といえども、元側室といえども、
あの場の限りにおいては、生身の男と女として、
終生の悔いを晴らすべく、
最初で最後の契りを結んで良し、なのでは?
実際のところ、原作ではこうなっとるですよ。

『お福さまはうつむくと、杯の酒を吸った。
そして身体をすべらせると、
助左衛門(文四郎)の腕に身を投げかけて来た。
二人は抱き合った。助左衛門が唇を求めると、
お福さまはそれにもはげしく応えて来た。

愛憐の心が助左衛門の胸に溢れた。

どのくらいの時がたったのだろう。
お福さまがそっと助左衛門の身体を押しのけた。
乱れた襟を掻きあつめて助左衛門に背をむけると、
お福さまはしばらく声をしのんで泣いていたが、
やがて顔を上げて振りむいたときには微笑していた。
ありがとう文四郎さん、とお福さまは湿った声で言った。
「これで思い残すことはありません」

(途中略)
― あのひとの・・・・・・。
白い胸など見なければよかったと思った。
その記憶が薄らぐまで苦しむかも知れないという気がしたが、
助左衛門の気持ちは一方で深く満たされてもいた。(後略)』

ここで注目して欲しいのは、
『どのくらいの時がたったのだろう』の前の空行だ。
時間の移行を表す空行だけど、
ここで何が起きたかは、
『白い胸など見なければよかった』の一言で充分察しられる。
そして読者は次の二行で共に救済と祝福を感じる。
例え、契りを結ぶ一線までは超えていないとしても、
ほぼ想いを遂げる局面までは進んでいたのだ。
そこまで行かねば解消され得ぬ悔やみの重さなのだ。
だからこそ微笑して言える、
「これで思い残すことはありません」
なのだ。
あんな「ふく・・・・、ふく。」だけでは、
到底払拭し得ぬ想いの丈の切実さなのだ。



もしも今作で、原作通りにこのシーンを写実していれば、
たぶん、「生臭い」だの、「余計なエッチシーン」だの、
色々と揶揄されただろうが、
それはキレイキレイなトレンヂー・ドラマには、
どうも似つかわしくはないからだろう。
しかしながら、原作はそもそもトレンヂー・ドラマではない。
ま、そこを考慮すれば、
ああいう〆方で致し方なかったのかな。
カゴメには全然歯応えの感じられない、
ヤワヤワな食感しか残らなかったけどね。
なんかね、
お人形さんがキレイ事を澄まして言ってる感じで(苦笑)。

一言で言ってしまうとだ、
塩が効いてなくって酢が立った、
漬けそこないのお新香のような味気なさだったね。
軽くって歯応えなくって、さっぱりしない。
やっぱりあれだ、
手を付けちゃいけない作品を映画化しちゃった、
そんな無理を感じたね。

山田洋次はやっぱり良い監督さんだなぁぁ。
改めて再認識しちゃったよ。
特に無理し過ぎ無いところが老練だよね(苦笑)。


Posted by カゴメ at 15:11 
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この記事へのコメント
 本当にこの映画にはがっかりでしたね。ひところの日本映画の典型、絵ばかり美しくて肝心なドラマがひどく痩せている、まさにその系統の映画でした。
 僕は映画を観る少し前から原作を読み始め、映画を観た後に読み終わりましたが、原作には感動しました。ラストには泣きましたよ。あの原作を映画にするのなら日本映画を代表する傑作に仕上げて欲しかった。正直そう思います。
Posted by ゴブリン at 2006年06月25日 21:03
ゴブリンさん、よーこそ、です♪♪♪

>絵ばかり美しくて肝心なドラマがひどく痩せている、

まったく仰る通り。軽薄短小を絵に描いたような、
ガッカリ作品でしたねぇぇ(涙)。

>原作には感動しました。ラストには泣きましたよ。

あの濃密かつ端麗な過程をじっくり読まされた後に、
ああいうラストがしつられているからこそ、
じっくり泣けるのでありますね。
この映画には、それだけのプロセスが描けてませんでした。

>あの原作を映画にするのなら日本映画を代表する傑作に仕上げて欲しかった。正直そう思います。

今からでも遅くないから、誰かにリメイクして欲しい所です。
ただ、もう人材的には山田さんしか思い浮かばんですねぇぇ。
これまた物寂しい状況ですね(溜息)・・・。
Posted by カゴメ at 2006年06月26日 09:01
あらら。
おいらにこの映画を勧めてくれた知り合いは、藤沢周平さんのファンでしたけど、「原作通りでよかった」って言ってたけど・・・
(^_^;)
まぁ、原作がある映画の性でしょうね、こういうのって。
でもラストはこれでよかったと思うんですけど。原作通りだったら阿呆らし映画になっていたような気がしてなりません。

キムタクのんに期待しましょうか・・・
(^_^)
Posted by まる坊(何曜ロードショー) at 2006年07月05日 14:04
まる坊さん、こんちわです♪♪♪

>藤沢周平さんのファンでしたけど、「原作通りでよかった」って言ってたけど・・・

相当にお優しいお人柄だと拝察され(苦笑)。

>原作通りだったら阿呆らし映画になっていたような気がしてなりません。

確かに映画の方が綺麗な締め括りなんですけれど、
あれで互いに気持ちが納まっちゃっうのが、
どうも胡乱なんですよね。

>キムタクのんに期待しましょうか・・・

キムタクでしょ?! うーん、どーでしょうねぇぇ(懐疑的)。
Posted by カゴメ at 2006年07月05日 14:37
TB致しました。
ご無沙汰しました。
原作は全く知らないので何の不都合もなかったのですが、天才・山田洋次と(演出家としては)凡才・黒土三男との才能の差が見事に現れてしまいましたねえ。
私の視点から言えば、ショット構成の下手さ、場面の繋ぎのぎこちなさ、それから過剰な演出の数々・・・山田さんに脚本から作り直してもらいたいくらい。基本となる話はとても素晴らしいのに勿体ないなあ。
Posted by オカピー at 2006年09月23日 15:10
オカピーさん、いらっしゃいましー!!

>天才・山田洋次と(演出家としては)凡才・黒土三男との才能の差が見事に現れてしまいましたねえ。

黒土さんが凡才かどうかは、あまり御作を知らないんで、
確言出来ないんですが、引き比べるとやはり、
各段の差があるようですねぇぇ。

>私の視点から言えば、ショット構成の下手さ、場面の繋ぎのぎこちなさ、それから過剰な演出の数々・・・

キャスティングにも問題がありますね、これ。

>基本となる話はとても素晴らしいのに勿体ないなあ。

実に勿体無いです。
彼がやらなければ、山田監督がやってくれたかも知れないのに(苦笑)。
Posted by カゴメ at 2006年09月26日 13:25
蝉しぐれについて読ませていただきました。
それにしても素晴らしいブログですね(^^;)
感心しました。
恥ずかしながら、全く原作を読んでいない身分です・・・。
私も原作、ぜひ読んでみようと思います。
バトルロワイアルや青の炎では私も憤慨しましたが・・・(^^;)小説の映画化にはやはり無理が生じ、原作を読んでいる人にはどうしても不満が出ますよね。
しかしながら、このブログを読ましていただいたのと自分の感じたものを考慮すると、この蝉しぐれの映画化、原作未読の者(私のような)がある程度は見れる映画だったので、完全な映画化失敗では無いと思いました。
もちろん、成功でもありませんが。
原作ファン、未読者に共感を得られない作品はやはり映画化失敗でしょう。
Posted by ワタ at 2006年10月01日 01:45
続き
しかし今回のように、どちらかだけでもある程度、何か良いものを映画に感じることができたならそれは失敗でも成功でもないでしょう。
普通の映画化、と申しましょうか・・・。
私などは完全に純愛ドラマとして見ていましたから・・笑(^^;)
無論、原作未読者で「おもしろくなかった」という人もいるとは思いますが(ーー:)
ぜひ次は両者が喜んで映画館へ足を運び、笑顔で映画館から出てこられる最高の映画化を行ってほしいものですね。
ブログの方には貴重なコメント、ありがとうございましたm(_ _)m
また色々、拝見させていただきます。
Posted by ワタ at 2006年10月01日 01:46
ワタさん、いらっしゃいましー!!

>バトルロワイアルや青の炎では私も憤慨しましたが・・・(^^;)

すいません。どっちも観てなかったりして(笑)。

>小説の映画化にはやはり無理が生じ、原作を読んでいる人にはどうしても不満が出ますよね。

一応「心得」として、
「原作」と「映画化」を同列に評価する愚を犯さぬ様にしてるんですが、
ついつい大好きな藤沢作品となると、その禁を犯してしまいまして(苦笑)。

>完全な映画化失敗では無いと思いました。

これを機に、一つ読んでやろうか、という方が増えてくれると嬉しいです。
Posted by カゴメ at 2006年10月02日 08:45
(続き)

>私などは完全に純愛ドラマとして見ていましたから・・笑(^^;)

色んなテーマがありますが、
純愛ドラマとして観るのも、全然悪くないと思いますよ。

>ぜひ次は両者が喜んで映画館へ足を運び、笑顔で映画館から出てこられる最高の映画化を行ってほしいものですね。

問題は、山田監督の次回作ですね!
「武士の一分」は“例のあの人”が主演なので、
注目度大であります!!
Posted by カゴメ at 2006年10月02日 08:50
いくつかコメントもされているように、映画「蝉しぐれ」は、完全に原作に負けてしまったように思います。これほど完膚なきまでに敗れた作品も珍しいのではないでしょうか。海坂藩の地勢/政情や、文四郎を取り巻く封建社会の細かい説明があり、その中で主人公が「成長」し、辛苦に耐えていく過程に、読者は共感していたはずです。秘剣伝授のくだりも楽しみにしていたのですが、がっかりです。脚本を作った段階でとりやめるべきだったような気がします。逆に考えれば、映画は観たが、原作はまだ…という方には、楽しめる余地が多く残されているということでもありますが。
Posted by kiha58_1523 at 2006年10月28日 01:12
kiha58_1523さん、いらっしゃいませー!!

>これほど完膚なきまでに敗れた作品も珍しいのではないでしょうか。

カゴメはあまり原作と映画を引き比べて云々は言わない方なんですが、
何せ、藤沢先生を崇めてるもんで、こればかりは“同意”でありますね。

>海坂藩の地勢/政情や、文四郎を取り巻く封建社会の細かい説明があり、

そこの所が、他の藤沢作品にも通じる醍醐味なんですが、
この映画にはそういう奥深さが決定的に不足してましたね。

>原作はまだ…という方には、楽しめる余地が多く残されているということでもありますが。

是非、もっと多くの人に、藤沢作品に触れてもらいたいもんです。
Posted by カゴメ at 2006年10月30日 08:39
 
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