2008年06月

2008年06月30日



昨日今日とレジ台に坐っている時は、松浦沢治『熊襲部落』(昭和三十三年刊、五月書房)という小説を読んでいた。こちらに引っ越して以来、きだみのるをはじめとする「部落小説」(?)を読み出すと、面白くて止まらなくなる。「部落解放小説」ではなく、「部落小説」。部落で生活する人間の喜怒哀楽を活写した小説。
松浦沢治という小説家は、何冊も著作があるが、手持ちの講談社「日本近代文学大事典」には収録されていないので、経歴はよくわからない。佐賀県唐津の生まれで、地元で「玄海派」という同人誌を主宰していたようだ。

権吉は短気で粗暴で「やけくそ権やん」と綽名がついているくらいで、部落ではとかく話題の人物だった。こんな逸話がある。
権吉がまだ子供上りの頃、父親がいましめていったのだ。
「ねえこりゃ権よ、身代持ちィなるにゃ、けんやくが第一ぞォ。お前んごて鼻とり紙など捨てんで、たたんでポケットに入れちょって、それでもう一ぺん尻ばふくごてせにゃいかんばい」
すると翌日権吉がいったのだ。
「お父ちゃん、お前のいうたごてしたらなァ臭そうしていかんじゃったばい」
権吉は父親にいわれたことを逆にやっていたのである。(『熊襲部落』より)

閉店後、先日「みはらしファーム」の売店で買ってきた、グースベリー(すぐり)でジャムを作る。
ジャムづくりは文学少女、元文学少女の専売特許ではない。オヤジだって食べたいときがあるのだ。
すぐりでジャムをつくるのは今回が初めて。たぶん収穫する時も手間がかかっていたのだろうが、さらにひとつひとつ軸のようなものを手でむしっていくので、下ごしらえにとても時間がかかる。
生を口に含んだ時にはたいして酸味を感じないのだが、煮るととても濃厚な酸味が出てくる、不思議な果実だ、すぐりは。砂糖を少し控えめにし、小瓶で三本分くらい出来上がった。

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2008年06月29日

昨日の土砂運搬作業で、腕も腰もパンパンかと思いきや、そうでもない。きっと、痛くなったり、ダルくなったりするのは、明日あさってだろう。年をとる、とはそういうことだ。

昨晩は「TV東京」系列の"美の巨人たち 甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)『横櫛』"、今日の午前中は、NHKの"新日曜美術館 野見山暁治の挑戦"と、立て続けに美術番組をダラダラと観てしまう。はからずも、画家にとって、年を重ねる意味の対比になっているのが興味深かった。筆を執らなくなり、映画の時代考証の世界に逃避する楠音、若い頃の画に筆を加えるも、ますます画から輝きが失われていく楠音、それに反し、若いステンドグラス作家と遭遇し、新たな画の境地を切り開いていく野見山・・・。
古本屋的には、野見山暁治のエッセイは比較的手に入りやすいけれど、栗田勇『女人讃歌―甲斐庄楠音の生涯』はあまり見ないなあ。

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2008年06月28日

朝から、栗田の集落総出で、「和手の辻」の上にある公民館のまわりの復旧にあたる。
坂道の道路が陥没・冠水してしまったさまは翌日見に行ってわかっていたが、公民館にここまで土砂が押し寄せていたことは知らなんだ。建物の中までは土砂は入り込んでいなかったが、脇にある物置は半分土砂に埋まっていた。また、建物のまわりには、水分を含んだ大量の土砂が堆積している。

始める前に、総代さんから「今日終わらなければ、明日も作業してもらうかも知れません」とのことだったので、覚悟はしたが、水分や石を含んだ土砂をスコップで掬い、一輪車で運ぶ労働はキツイものだった。ほとんどの方が私より年長、そのうえ女性も多いとあれば、ヘッピリ腰でも懸命にやるしかない。

出かける前は、午前10時の開店前に終了するものと思っていたが、到底終わりそうにないので、休憩タイムに店まで走って帰り、「洪水復旧作業のため、午後一時より開店します」との貼り紙を貼ってくる。もし、午前中来店された方がいらっしゃいましたら、この場を借りてお詫びいたします。

それでも総勢四十名以上で作業をしたせいか、正午近くにはすべての土砂を一箇所に集め終わった。氾濫した川の上流に行ってみたが、川石が暴れてすごいことになっていた。行政で復旧作業をしてもらえるかどうかは未定、とのことなので、「今年の秋の台風でまた大変ズラ」というのが、大方の意見のようだった。

店に帰ってからは疲労で使いものにならず、来店客に珈琲を淹れたり、レジ台に坐っている以外は、奥の間で横になっていた。ほかの集落の人はまた田んぼに出て、農作業をしたりしているのだろうなあ。

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2008年06月27日

冷蔵庫が余りものでパンパンに膨れあがってしまったので、コンニャクのピリ辛煮 シイタケ・ニンジン・コンニャクのおから煮、キウリの酢の物など、和のもの惣菜をいろいろ作り溜めしておく。料理もせずに、「あれがうまいこれがダメ」なぞと批評だけはする堕落したオヤジにならないためにも、トレーニングのように包丁を握ることは絶対に必要なことである。味などは二の次。

ホウレンソウの少し傷んだ部分を、クタクタになるまで湯がいてやり、水槽に入れる。面白いのは、この食材は好き嫌いがあるようで、魚ではグローライト・テトラ、貝ではレッド・ラムズホーン、あとミナミヌマエビしか食べない。やはりいちばん好きなのは、ミナミヌマエビのようで、だいたい翌日覗くと、葉がボロボロになっている。
山小屋住人のKさんは、池のオタマジャクシにホウレンソウをやり、ムシャムシャ食べている(絶対に音はしないと思うのだが)のを見るのが、至福の時とか・・・。


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2008年06月26日

午前中、長野の無料情報誌『日和(ひより)』の取材を受ける。ライターの方、どこかでお見受けした方だと思っていたら、昨年の冬、ご来店いただいたFさんだった。Fさんは、北軽井沢で週末限定のブック・カフェ『麦小舎(むぎこや)』をご夫妻で営んでおられる。お店に足を運んだことはないけれど、掲載記事を拝見すると、古い山荘を素敵に改造されていて、ゆったりと活字の世界に浸ることができそうだ。サイトはこちらからどうぞ。

山小屋住人のKさんが遊びに来たので、このあいだの大雨の日の、店からの帰りの様子を聞いたら、結構たいへんだったらしい。Kさんは山の上から30分ほどかけて歩いて来たのだが、帰り道、「叶屋商店」のあたりで道路が冠水していて、短い距離だが、通りがかりの人のクルマに同乗させてもらったそうだ。山小屋周辺は特に崖崩れなどはなかったそうだ。ただし、小川の周辺に置いてあった道具類は、増水で流されてしまった、とのこと。

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2008年06月25日

定休日二日め。

「山室の方は、今回の大雨でどうなっていますかねえ」という「信濃屋中米商店」Sさんのお誘いに乗じ、クルマで荊口(ばらぐち)にある「分校館」まで、同乗させていただく。
山室川の流れはそれなりに急であったように見受けられたが、今回は特に被害はなかったそうだ。まずは良かった。
もてなし上手の「御宿おかみ」につい気がゆるんでしまい、Cafe Brittの珈琲を傍らに、ずいぶんとくだらないことを喋ってしまった、と少し自省。オヤジふたりの放談を聞き流す、ご婦人おふたりの心境やいかに。

そのあと、いちど行ってみたかった「みはらしファーム」のなかのバイキング形式のレストランをめざすも、着いたら定休日(ガイドブックには水曜定休とは書いてなかったけれどなあ)。仕方なく、販売所の方で、キウリの苗やら、スグリのパック詰めやら、特製おからなどを購入。

帰りに「綿半」に寄り、プランターと園芸土、それにトマトやらナスやらの野菜の苗木を少し買い込む。夕方までに、苗木をすべてプランターに植え込んだ。土いじりが嫌いな私だが、なぜか今日は魔が差し、トントンといろいろなものを買い込んでしまった。桃太郎は、きちんとぶら下がるんだろうか。

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2008年06月24日



定休日一日め。

昨日の鉄砲水の様子が気になり、「和手の辻」の坂の上を見に行く。
川のような状態は収まっていたが、まだ道路に水が溢れ出し、側溝はゴウゴウと音を立てて山からの水が流れている。
坂の途中に老夫妻が立っていたので「大丈夫でしたか」と声を掛けると、「まあ見てください」と招き入れられた。床上の浸水はなかったようだが、家のまわりには土砂が積もり、蔵の中は浸水していた。
お隣の元局長さんのお宅に「集落全体で何かすることはありますか」と聞きに行ったのだが、こんどの全体草刈の時に、復旧作業をするようだ。
鶏に餌をやりに来た大家さんの話だと、三年ほど前にも同じようなことがあった、とのこと。大家さんの食堂も山を背負っているので、少し木が倒れたりして、危険だったようだ。










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2008年06月23日

開店する前までは晴れているような、黒い雲に覆われて雨が降り出しそうな、おかしな天気だったのだが、そのうちすさまじい勢いで雨が降り出した。昨日も結構夜半にかけて大雨だったのだが。
そのうち、雷が鳴り出し、雨の勢いはさらに激しさを増してきた。表に出てみると地面に何かキラキラ光ったものが落ちている。雹のようだ。そういえば、トタン屋根がカラカラ音を立てている。

しばらくして、何か外が騒がしくなった。店の前を通り過ぎる人影がレジ台からも見える。消防車が何台も集まってきて、近くで停まっている。水が出たのか。
店の扉が開き、ご近所の方が「応援を頼めませんか」と打診に来られた。こんな天気なので、お客さんが来るはずもなく、応じようと思ったが、あいにく雨具が全くない。その旨伝えると、許してくださった。雨合羽を用意しておかねば。

あとで見に入ったら、「和手の辻」の上の坂から、鉄砲水のように水が流れていた。ここはふだん晴れているときでも、山からの水が勢いよく流れているところなので、先ほどの集中豪雨で水が溢れたらしい。坂の途中のお宅は、浸水などなかったのだろうか。

すごい集中豪雨だったので、高遠の他の集落でも被害があったかと思い、伊那市の公式ホームページにアクセスするも、これが接続不能。いったいどうなってしまったのか。

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2008年06月22日

毎日、メダカだドジョウだと書いているが、実はほんとうに飼いたいのは犬であって、いま借りているところは一軒家なわけだから、別にむづかしいことはないのだけれど、どうしても躊躇してしまう。それは以前一度飼ったことがあるからで、もちろん犬は短命だから、寿命が来たときに死んでしまった。
一週間ほど前、「長藤文庫」の玄関先に坐っていた雑種の柴犬は、以前飼っていた犬と良く似ていたので、少し頭をなでてやった。

昔、神楽坂に会社があったときに、坂から一本入った裏通りに、いつも飼い主のお嬢さんから眉を描かれた白い犬がいた。会社帰りに、背広姿でよくその犬と遊んだものだが、今になって振り返るとよく怪しまれなかったものである。もっとも、その家は留守がちのうえ、愛嬌のある犬なので一緒に遊ぶ人も多かったらしく、「おなかをこわしているので、エサを与えないでね」という看板がよく立っていた。こういうのは、半分くらい飼っている範疇に入るのかも知れない。

たまたま目にしたサイトで偶然出会った群馬のある雌犬の瞳に参ってしまい、二日に一度はその行く末が気になって覗いていたのだけれど、今日覗いたら、情報が消去されていた。たぶんどこかの家にもらわれて行ったのだろう。ホッとしたような、悔しいような・・・。

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2008年06月21日



お客さんから「いつもブログ読んでます」と言われると、恥ずかしさで下を向くだけだが、「私もメダカ飼ってみたいんです」と言われると、つい膝を乗り出してしまう。今日もそういうお客さんがいらした。
いま飼っているメダカがどんどん卵を産んで、稚魚が増えてくれたりしたら、希望者にお分けするということもしたいのだが、まだ少し水温が低すぎるようで、そういう兆しが見えない。温水ヒーターも持っているので、水温は高くできるのだが、メダカに関してはあまりそういうことはしたくない。

もちろん理想は近くの田んぼや小川でメダカが泳いでいることだが、こういう状況をつくりだすのはなかなか難しくて、飼っているメダカを放流することは、通常固く禁じられている。ひとくちにメダカと言っても、その土地固有の遺伝子を持ったメダカがいたはずであり、勝手にメダカの放流をしてしまうと、遺伝子の攪乱が起きてしまう、とのことだ。メダカの放流に関しては、以下の論文に共感できるところが多い。「宇宙メダカ」なぞという薄気味の悪いものを大事にしている人たちがいることは、初めて知った。

冒頭の写真は、さるご夫妻からプレゼントしていただいた「メダカ(柄の)碗」。メダカの図柄が凝っていて、凸に浮き出たメダカと凹に凹んだメダカが配されている。高遠中心街の「ギャラリーみなと屋」でお求めされたそうだ。

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2008年06月20日

ここ高遠に来る前にしばらく通っていた神奈川県相模原市藤野町のことが少し懐かしくなって、ネットを検索していたら、「藤野の魅力再発見」いう小冊子が刊行されたという記事を見つけた。藤野も高遠のように宿場があって、それは甲州街道の宿場「吉野宿」というところなのだが、この本陣の建物等も紹介されているらしい。
ちょっと通った炭焼クラブ「炭遊舎」のサイトも覗いたら、さすがパン焼き窯ができているではないか!
ここ高遠に来てから、炭焼き・パン焼きに挑戦、と思いつつも、まだ何も手を付けていないことを反省。少なくとも炭焼きに関しては、藤沢・長谷地区は伝統のあるところなのだから。

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2008年06月19日

先日来、レジ台に坐りながら「ナンシー関」の著作を立て続けに読んでいて、改めて感心していたら、昨日夢に出てきた。根が脳天気なものだから、こういうことはしょっちゅうある。
夢のなかで私はナンシーと一緒の事務所で仕事をしていて、それは心地よい時間だった。ふっと顔をあげてこちらを向いて、「(ケシゴム)彫ってる時は、静かっスよ」と確かに言われた。何か少しスリムな感じで、ナンシー関というより、デビューしたての「関直美」という感じに近い気がした(あくまで想像の世界だが、後年の貫禄はまだない)。傍にもうひとり女性がいたが、あれは誰だったか・・・。
まだもう少しこの世に未練があるから、そっちの世界には呼ばないで欲しい。

その夢から醒めたのが朝の四時頃、またもういちど寝てしまったら、今度は誰かから「東京タワーまでメシ食いに行こう」と誘われる夢を見た。目が覚め、ボーとしつつ、「準備しなきゃ」と「ああ、ここは長野か」と思ったのがほぼ同時。(東京タワーまで歩いて行けるところに、むかし住んでいたことがある)
起きたとき「ここはどこ?」状態なのは若い頃からそうだったが、何か年々ひどくなるような気がする。わからない人に言っても仕方がないが、これはひどく目覚めの悪いものなのだ。

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2008年06月18日



定休日二日め。

ひととおり身のまわりのことを終えたあと、また裏の「栗田林道」を歩く。
前回歩いたのはちょうど二週間前だったが、まるで違う土地を歩いているみたいだった。植生も変わっているし、空気感も違う。
下草も少し茂り初め、歩きにくくなっているところもある。

自然はこちらが思っているようには、待ってくれない。日々、生と死を繰り返しながら「前進」しているのだ。人間の勝手な思い込みで言わせてもらうと、前回の散歩のときの自然の「すがた」がいちばんグッときた。今日はちょっと、進みすぎてしまっていた。

帰り道、田んぼで精を出していたご近所の方に会う。「いい写真はとれたかね」「ええ、まあ」「このあいだ栗田の林道の行き止まりまで行ったら、熊の糞がありましたよ」「牛の糞みたいにでかくて、黒かったろ。いるのかもしんねえ」「やはりそうですか」「きのうはここの藤沢川に猪が出てなあ。夜に皆で仕留めたよ」。

先週末は東京から共同経営者の「れいど・ばっく」平野さんが来た。新しい本もたくさん棚に並んでおります。高遠「しんわの丘ローズガーデン」のバラも今が盛り、連日賑わっているようです。どうぞ、今週も皆さまのご来店をお待ちしております。




下草がだいぶ茂ってきた



茂みの奥は渓流。ひんやりした空気が立ち上がってくる



林のなかの茂みにある馬頭観音。「天保十五年」の文字が



中央にちらっと見えるのは「タヌキ」。目の前に突然出てくるな! コワイから・・・

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2008年06月12日

先日購入した子ども向けの「探査顕微鏡」で、ミジンコ水槽のなかのミジンコを観察している。
顕微鏡を扱うなど小学生以来で、プレパラートの凹みの真ん中に対象物を収めるのがまことにむづかしい。
だいたい、ミジンコそのものが1ミリ以下なわけで、そのミジンコをスポイトで掬い上げ、水量を加減し、点状の的に載せるわけだから、老眼の進む身にとっては、かなりの難儀である。

それでも、徐々にコツを掴んでいき、入れ替わりに何匹かを拡大して捉えることができた。カメラやパソコンに接続できるような高級な顕微鏡ではないので、その像をしっかり頭に焼き付ける。
その後、ネットでいろいろ調べてみると、今日レンズで捉えたミジンコはみな同じ種類なのだが、どうも「カイミジンコ」の一種らしい。茶色がかった体色、触覚や目が小さいこと、からだ全体が丸みを帯びていることなどから、そうあたりを付けた。「カイミジンコ」とは二枚貝のような殻を持つミジンコで、その殻はちょうつがいのようなもので繋がっており、開け閉めができるそうだ。田んぼに多く生息する、という点も一致する。

メダカのエサにする分には、別に「カイミジンコ」一種類でも構わないのだろうが、坂田明が偏愛するような透明で目玉の大きいミジンコも一度は顕微鏡の下で覗いてみたいので、今度は「千代田湖」あたりの涸沼を渉猟するつもりである。

※ミジンコの世話で忙しいので、ブログを四日ほどお休みします。

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2008年06月11日



定休日二日め。

高遠の2万5千分の1の地図を見ていると、先日登った「栗田林道」と並行して、隣の隣の集落「北原(きたばら)」からも、「芝平(しびら)」に抜ける林道があることがわかる。今日はそちらを探索してみることにした。

並行して走っている林道とは言いながら、実際に歩いてみると、かなり趣が異なっていて、こちらは路が細く、つづら折りのように曲がりくねっている。また、高台の方まで棚田が作られた跡があって、実際にまだ田植えがされている棚田もあった。植生も「栗田林道」とはかなり異なる。途中、鉄柵が設置されていて、行き止まりになっていたので、そこで引き返した。
里に下りてくると、たまたまヤギの散歩をしているKさんにお会いしたので、彼が慣れ親しんでいるこの林道についていろいろ聞く。

※なお、この「北原林道」が通る山林では、北原住民以外は一切山からモノを持ち帰ることができません。私もただ林道を散策したのみであることをお断りしておきます。



林道を上がってすぐのところにある神社



その脇の文字も判読できないような庚申塚



「林道下北原線」の標識。「上北原線」もあるらしい



ここで行き止まり



すわ白蛇かと思った大木。まだ葉が茂っている

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2008年06月10日



定休日一日め。

先輩のMさんから携帯電話に着信があり、「Kさんが入院しているのは知っている?もうひと月くらい経つらしいよ」と教えてくださった。他人にこちらからほとんど連絡をしない当方としては、寝耳に水のはなし。そういえば、最近こちらから全然連絡を取っていない。

この連絡を受けたのは、伊那市街にバスで買い物に行ってから。家に帰らなければ、職場・実家等の連絡先が全然わからない。
つい先ほど、書店で「科学のタマゴ 反射式・透過式・投影式探査顕微鏡」(学習研究社)を買い、さあ家に帰ったら、ミジンコ観察だ、と意気込んでいたのだが、いっぺんに気分が暗くなってしまった(まあ、もともとメダカ飼育などもしょせん現実逃避なのだが)。早く帰ろうにも、バスの接続は一種類だけなので、決まった時間にしか帰宅できない。外傷による入院でないことは、直観でわかる。

帰宅するなり、アドレス帳をもとに、職場に連絡。病院を出たばかりの本人にも繋がった。一時期は、下血でたいへんだったらしい。
実家の奥さんとも、電話で少し話をする。連絡をくれれば良いものを、遠方に越したから遠慮したのか。結局、病院見舞いには行けなかったことになる。明日から佐野市の実家で静養する、とのこと。こういうとき、田舎に引っ込んでしまうと縁が遠くなる、と感じた。しばらく町には出られないので、見舞いを送ることもできず、実家の方から送ってもらうよう頼む。

ごく親しい自分より年長の人間とは、月に一回は連絡を取り合うことにする。そう決めた。

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2008年06月09日

今日は一日雲行きが怪しく、雷鳴が轟いたり、途中から大雨になったり。
そんななかでも、来店してくださったお客様がいらっしゃって、感謝である。

東京都墨田区押上に2012年開業予定の「新東京タワー」だが、正式名称が一般公募のなかから『東京スカイツリー』で決定したようだ。名称候補六案のうち、最高得票を獲得したのが、『東京スカイツリー』とのこと。
この事業運営母体である「東武鉄道(株)」と「新東京タワー(株)」の公式サイトを覗くと、投票結果が公開されている。

1位 東京スカイツリー 32,699票
2位 東京EDOタワー 31,185票
3位 ライジングタワー 15,539票
4位 みらいタワー 13,915票
5位 ゆめみやぐら    9,942票
6位 ライジングイーストタワー 6,426票

個人的には1位と2位の差がわずか千数百票で、その2位が「東京EDOタワー」という名称なのには驚くが、そんなことは感覚的なもんだいなのでどうでもいい。第一、東京都民ではないわけだし。

気付くのは5位のみ最後が「やぐら」だが、それ以外は1位を除いて、みな最後に「タワー」が付くことだ。1位のみ「ツリー」である。この結果に、関係者はみな胸をなで下ろしたのではないか。どんな名称であれ、最後に「タワー」が付けば、それはどうしたって、「東京タワー」の二番煎じのイメージが付いてまわる(特に「東京EDOタワー」では、単に後塵を拝しているだけのように感じられないか?)。「東京タワー」の影は払拭したい、というのが関係者の胸のうちのはず。

こんなことを思ったのは、やはり先日店がヒマなときに(いつもヒマみたいだが)、レジで読んでいた『美しくなれる建築なれない建築 慣習の美学(田口武一)』のなかに、以下のような記述があったからだ。

『この塔(註・東京タワー)のデザインは、日建設計、構造は早稲田大学名誉教授であった故内藤多仲博士の設計である。博士は、わが国耐震構造の第一人者であったが、同時に、名古屋、札幌などのTV塔をはじめ通天閣など、わが国の多くの鉄塔の設計者で、鉄塔の設計にあっては、その右に出るものはなかった。
しかし、エッフェル塔の話がでると、形がよく似ているためか、とかく引き合いに出されることが多い。
エッフェル塔と東京タワーがよく似ているという、悪口めいた言に対して、〈両者の形の似ているのは、人と人が皆よく似ているのと同じことだ〉という博士の名言もある。』

著者は東京タワーのデザインにあまり美を見いだしていないのだが、専門が建築構造学ということもあって、設計上の制約の多さなどに共感を示している部分もある。いずれにしろ、後発というものはとかく比較されやすい。「東京スカイツリー」のイメージパースを見ると、つい今はなき(?)「横浜マリンタワー」を連想してしまうのは、私だけだろうか。

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2008年06月08日

先般、世界新記録を出した選手の多くが着用していたことで話題になった、英スピード社製の水着。国内メーカーと専属契約を結んでいる日本のスイマーがどういう判断をするか、マスコミの注目が集まっているなか、平泳ぎの前・金メダリスト北島康介が面白い示威行動に出た。6日の「ジャパン・オープン」100メートル平泳ぎ決勝前に、

I AM THE SWIMMER
泳ぐのは僕だ
是我在遊泳

というメッセージが書かれたTシャツを着て現れた、というのである。今回の水着騒動、傍から見ていても選手には気の毒、という感じなのだが、マスコミから突き出されたマイクの前で鬱憤を晴らす、という行為より、こうした皮肉っぽいユーモアでの抗議という方が個人的には好ましい。

たまたま、昨日ヒマなのでレジで読み耽った『アマチュアの領分 ヴァイオリン修得術(辻栄二)』に、同じような記述があった。
このエピソードは、チェリストのミーシャ・マイスキーが披露したものらしいのだが、

『すばらしい演奏をしたハイフェッツのコンサートのあと、ある人がハイフェッツの愛器グァルネリウスの音を最大級の言葉で賛美した。するとハイフェッツはヴァイリン・ケースの蓋を開けて耳をすませ、〈私には何も聞こえませんが〉と言ったというのである。つまり、ハイフェッツは、そのグァルネリウスから最高の演奏を引き出したハイフェッツ自身をほめてほしい、と言いたかったのである。』

すべてに遠く及ばずも、せめてユーモアの心は学びたい。

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2008年06月07日

お隣の骨董店開業予定の方が、大家さんとの打ち合わせとのことで、神戸より来伊。店にも寄られた。
骨董業界、古本業界隣り合わせのようでいて、市(いち)の様子などを聞くと、違いもいろいろあり、参考になって面白い。ちょうど、端境に、いわゆる「紙もの」があり、ここのみ高騰しているらしいことは、予想どおり。
どういう店にするか、悩んでおられるようで、門外漢の私としては助言できることなど何もないけれど、こうした悩みも開店前のお楽しみのひとつではないか。とりあえず、進捗の様子は適宜アップしていこうと思う。

ずいぶんと長い時間、裏の畑を耕してから帰っていかれた。都会育ちの方のようで、「十分鍬を握ったら、二十分休みます」とか。


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2008年06月06日

昨年の冬、チャレンジして失敗したタクアン漬け。そのタクアン漬けの大きなポリ樽を再利用すべく、底に先日買った「赤玉土」を入れ、水を張った。屋外のメダカ水槽のできあがり。あと何度か水を張り替え、オオカナダモを入れ、ホテイソウを浮かべ、最後に緋メダカほかを入れるつもり。(「信濃屋中米商店」Sさんから、タクアンメダカ!というそしりを受けることは重々承知のうえ)

ミジンコの顕微鏡のことを山小屋住人のKさんに相談したら、「こんなのが出ますよ」と新聞の切り抜きを持参してくださった。「アイクロップス」という商品名で、顕微鏡の拡大画像をテレビに映し出せるようなものらしい。発売元は、玩具メーカーの「バンダイ」。アメリカではかなりヒットしているようだ。27型のテレビに繋げれば、最大200倍の拡大率になるという点と、付属の観察ケースと簡易スタンドを使えば「水中の生きもの」を観察できるという点が興味を惹く。「トイザらス」のような量販店で、デモをしてくれないものか。

http://www.asovision.com/eyeclops/

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2008年06月05日

昨日、いただいてきた田んぼの水、山小屋住人Kさんの池の水をそれぞれ水槽やバケツに入れ、「ミジンコ水槽」の作成に取りかかる。
肝心のミジンコだが、いくら目を凝らしても、何か動いてはいるのだが、よくはわからない。簡単なルーペはあるにはあるのだが、きちんと観察するにはやはり顕微鏡か。金がかかるなあ。

でも愛しいメダカのためには、人工餌ではなく、生きのいいミジンコを与えなくてはいけないのだ。どこぞの水槽のドジョウのように、金魚のおこぼれを頂戴しているような輩とは、氏も育ちも違うのだから。

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2008年06月04日



定休日二日め。

以前から今日に予定していた「栗田林道」を山小屋住人Kさんと歩く計画だが、Kさんの足の状態が思わしくないので、延期を打診するも、「大丈夫」とのことなので決行する。Kさんの出で立ちは、長靴に杖(!)。

先日、山藤の群生あたりまでは行ったのだが、その先は全く未知のルート。ここまでも良い山道だとは思うが、ここから先の方が人の手が入っていない広葉樹の森林で、さらに気持ちが良い。
今日はネイチャー・ガイドが付いているようなもので、道々に咲いている花、木々、飛び交う蝶などの解説付きである。「これは九輪草」「これは可憐な三尺アヤメ」「これはマムシ草(確かにマムシが鎌首をもたげたポーズにそっくり)」、ほかにもいろいろ教わったが、聞いたソバから忘れてしまった。写真はマメに撮ったので、後から調べてみよう。自分で発見できたのは、「フタリシズカ」くらいか。

誰にも会わなかったが、下から森林組合の方の軽トラックが登ってきたので、「芝平(しびら)」まではどれくらいで着くか聞いてみる。地図では抜けられることになっているのだが、途中で行き止まりになってしまう、というのでそこまで行ってみることにする。
確かに、行き止まりではないが、どう考えてもここから先は無理という地点があったので、ここを終点とする。そこはちょっとした平坦な空き地なのだが、ふと足元を見ると、巨大な糞が三つ並んでいる。かなり新しい感じ。狐、狸、兎、鹿、猿の類ではないようだ。ふたりで顔を見合わせ、「ひょっとして熊?」という言葉がついた。(その黒い巨大な塊は、あとで調べると熊の糞の写真にそっくりだったが、確証はない)

登り始めてから約二時間で麓まで降りてくる。
メダカの餌のミジンコ培養用に、田んぼで作業をされていた方に声を掛け、田んぼの水と浮き草を少々いただく。
その後、Kさんの敷地の池にも寄り、グリーンウォーターもたっぷりいただいた。これで準備はできた。



少し不気味な茂み



妖怪のように苔むした岩



同じく



同じく



妖怪のゲ※のような樹液。虫がたくさんたかっている

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2008年06月03日

定休日。

しばらく溜まっていた、メダカと熱帯魚の飼育日記を、記憶を頼りに埋めていく。殺生の記録は気が重い。

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2008年06月02日

五十とふたつになる。今日はそれだけ。客影薄し。


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2008年06月01日

私のメダカ飼育は山小屋住人Kさんの啓発に端を発したわけだが、年を取ってからこういう趣味を教えてもらったことは、とても幸福なことだと思っている。また、もともと淡水魚ファンだった「信濃屋中米商店」Sさんの「眠れる飼育欲」のようなものにも、徐々に火が付いてきたようなのが面白い。

幸福だというのは、趣味を楽しむための「嗜み」というか、そういう大人の楽しみ方を教えていただいたことにある。「志賀昆虫」命だった少年時代を持つKさんは、たとえば「生きもの」を飼うためのルールを持っている。いわく、「カエルより大きいものは育てない」。(犬猫のようにペット化してしまうからか?)いわく「水槽等では飼わない」(実家で飼っている亀は、庭のカヌーの溜池にいるそうだ)。そして、やっていることといえば、高遠の秘境の山上に、池をつくり、ここをビオトープ化することに日夜精を出している。それは、数限りなく生きものを殺生してしまった経験から来る境地なのだろう。生きものの飼い方などは、本を読めばそれなりに理解できるが、こういう思想は先達から体得する以外にない。

「信濃屋中米商店」Sさんは私のめだか水槽や熱帯魚水槽を眺めているうちに、何か火が付いたのだと思う。「闘争心」のようなものが。
私がいつも、通販で淡水魚の生体や器具を購入している老舗のCという店舗を教えてあげたら、このあいだシラっと、「あそこから買いましたよ」とのたまう。「何を?」と聞いたら、60センチのフル装備の水槽とあわせて、「ドジョウですよ」と来た。そのあとは、堰を切ったように、目尻を下げながらの「ドジョウ自慢」が始まった。
「ドジョウ」ときたか! Sさんは以前タナゴを飼っておられたことがあるようなので、私のような初心者とは違うのだが、「メダカやエビじゃ面白くない」と思われたのだろう。そこで、目を付けたのが「ドジョウ」である。
「情報交換する」のも趣味の楽しさのひとつだとは思うが、共通の土俵にいながらも「おんなじじゃつまらない!」という心柄は、大人ならではの高級な「世知」だろう。Sさんの「ドジョウ自慢」を聞いているうちに、ものすごく「ドジョウ」が欲しくなってしまったのだが、ここで私が「ドジョウ」を買ってしまったら、それはルール違反というものだ。それは子どものすること。グッと我慢することにする。

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