2008年07月

2008年07月31日

◎映画上映会のお知らせ

こどものそら(小林茂第一回監督作品、共同学童保育所〈つばさクラブ〉三部作

(チラシより)ハンディのある子もない子も、ともに遊ぶ〈つばさクラブ〉。カメラは、こどもたちの表情をまっすぐに、とらえた!

日時:9月13日(土)13時〜 (講演会15時〜)
会場:伊那文化会館 小ホール
料金:1,200円(当日1,500円) 高校生以下無料
主催:山の遊び舎はらぺこ 0265-76-3341
講演:吉田泰三氏(学童保育所〈つばさクラブ〉元指導員)
後援:長野県 長野県教育委員会 伊那市 伊那市教育委員会ほか

※主催者の「山の遊び舎はらぺこ」とは、伊那市富県にある「自然のなかでのびのびと子育てをしたい」と願う保護者が集まって運営する保育所です。
※当店で、チケットを扱っております。

お隣の「古道具屋」さんの改修工事が佳境に入り、店主の方が店に遊びに来られたので、工事の様子を聞く。オープンはもう少し先になるようだ。

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2008年07月30日

定休日二日め。

里山歩きをするか、街中でボーとお茶を飲むか、決めあぐねていたが、後者に決め、バスを乗り継ぎ、伊那中心街の「いなっせ」へ。ここの一階に「ニシザワ・ショッパーズ」が経営している新刊書店+喫茶店があるのだ。自分の店の畳の間で、珈琲を飲んで、ボーとしてりゃ同じだろうが!というツッコミが来そうだが、そうでもないのだ。あそこは、あくまで公的な空間。
そこの喫茶店で、無言で携帯電話をピコピコ押している女子高校生(?)の集団をしばらくボーと眺めたあと、高遠までバスで戻り、「高遠図書館」で自販機の清涼飲料水を何杯も飲みながら、またボーとしていた。ボーとしていたからこそ、初めて気が付いたが、ここの「皹黌書舘」という扁額は、中村不折の書によるものだった。

一部で魯山人伝記の決定版と言われている大著『知られざる魯山人』(山田和、文藝春秋)を読み出す。本を尻から眺める癖があるので、巻末の詳細な年譜から読み出したのだが、これだけでもうアタマがクラクラする。

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2008年07月29日

定休日一日め。

昨日、このあたりでは蚊が少ない、と書いたが、今日「長藤郵便局」に行く途中の田圃を覗きこんでいたら、水面近くにボウフラがたくさん湧いていて、ダンスを踊っていた。田圃をボウフラの住み処と考えれば、たいへんなことになるわけだが、まあそのへんは自然の摂理でうまくいっているのだろう。

今の時期、悩まされるのは、ズバリ蜘蛛の巣。これはもう、どこにでも巣をつくる。縁側から外に出ようとして頭にベタッ、朝トイレに向かう途中の廊下で頭にベタッ、なんていうのは日常茶飯事だ。こちらも薄着ときているから、頭や肩、腕に絲がまとわりついて、実に気持ちが悪い。

屋外の蜘蛛の巣に目をやると、これがまた壮大なものが多くて、大輪の花火のようなものや、長さ数メートルにも及ぶ高圧送電線のようなものがある。いったいどうやって作ったのか聞きたいくらいだ。

しかし、やはり蜘蛛および蜘蛛の巣は嫌われ者のようで、例えばアース製薬のサイトなどを覗くと、しっかりと「不快害虫」のカテゴリーに入れられている。ここの会社の「クモの巣消滅ジェット」を使えば、それこそ根こそぎ退治できるのだろうけれど、何となく「不快害虫」の用語とともに、好きになれない。

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2008年07月28日

ここ二日間、天候不安定で、雷神が暴れ回る。気温も低く、長袖が欲しいくらいだ。この間の猛暑の頃は、アイスの珈琲と紅茶しかオーダーがなかったが、この二日はホットばかりで、アイスはほとんどなし。ただし、この涼しさもほんの天の恵みで、本格的な猛暑は、これからが本番とのこと。

今日ふと気付いたのだが、今年になってから、まだ一度も蚊に刺されていない。ここの集落は完全下水になっているので、そのせいか。あるいは、さかんに飛び回るツバメが蚊を駆除してくれているのであろうか。
むしろ、気を付けたいのは蜂のようで、お隣の集落では、蜂に刺された方が意識朦朧となり、救急車で病院に担ぎ込まれたそうだ。

昨日、「差し上げます」と書いたインゲンが人気で、何人かの方に持って帰っていただき、結局全部捌けた。ほかにも、ご近所の方にいただいた野菜類を、お客さんにお裾分け。ひとりでは食べきれないのである。
こうやって、野菜がムダにされず、回っていくのもなんだか楽しい。


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2008年07月27日



裏庭に作っている単身菜園(「家庭」菜園にあらず)では、キウリ、ナス、トマト二種(桃太郎、プチ)を植えているのだが、はじめてキウリが食べ頃になった。キウリは今後もどんどん収穫できそうだが、ほかのモノは花は咲いたものの、収穫には到らないかも知れない。何か実がいじけている。むづかしいものだ。
そのキウリも写真でおわかりのとおり、役立たずのマ※といおうか、鈍重なすりこぎ、といおうか、賢そうな感じがまるでない。まあ、こんなものか。

「山羊飼い」のIさんが、畑で採れすぎたから、とインゲンを大量に持ってきてくださった。たまたまそのときお客様が二組いらしたので、確認のうえお裾分け、その後のお客さんにもお分けした。

インゲンまだあります。欲しい方はお店まで。袋に詰め放題ですぞ。

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2008年07月18日

◎お知らせ その1

高遠「信濃屋中米商店」で、Cafe Brittが飲めます

「高遠 長藤文庫」でお出ししている珈琲は、同じ高遠でコスタリカ珈琲「Cafe Britt」を輸入販売されている「信濃屋中米商店」さんから仕入れさせていただいております。
このたび、「信濃屋中米商店」さんは、ご自宅の庭を開放され、Cafe Brittを飲んだり、購入することができるようにされました。
当店で扱っている「深煎」「オーガニック」以外の豆も扱っています。なにより、実際に珈琲を現地から輸入されているご主人ですから、いろいろ面白いお話も聞けることと思います。
当面は予約制ということですので、興味のある方は、0265-94-1081まで、お電話してみてください。

信濃屋中米商店

◎お知らせ その2

羽原粛郎先生の本へ!の愛情(展)

(案内ハガキより転載)

長きにわたって、編集者、デザイナー、評論家、教育者、そして形象詩人として、超正統をめざした美しいデザインを実践されてきた羽原粛郎(はばら しゅくろう)先生。
その多くのデザイン活動に共通しているのは本(Book)への深い愛情とこだわり。
昨年には本への想いをまとめた形象詩集「本へ!」を上梓されました。
羽原マニアを自任する元教え子K氏の秘蔵の品(試作レイアウトほか)をとおして、先生の本への愛情の一端を紹介します。
諏訪地方出身の3人で結成されたデザインユニット:東洋のスイス(笠原直樹/松崎緑/稲川晋一)による小さいけれど実のつまった!?企画展第一弾。

会期:2008年7月31日(木)〜9月30日(火)
会場:すみれ洋裁店
電話:0266-27-8386
URL:http://sumire-yousaiten.blogspot.com

※ブログ更新を数日ほどお休みします。

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2008年07月17日

読売巨人軍の二岡智宏が、不倫報道の責任をとってなのか、坊主になったそうだ。
このさい、(生臭)坊主頭を代表してモノ申すが、いいかげん「世間に詫びるためにアタマを丸める」風潮はヤメにしていただきたい。そちらは勝手に丸めたのだろうが、別に世間に詫びる危急の用件がない、在来の坊主頭連からすると、極めて迷惑な話である。私に限って言えば、「好き」なのと「経済的理由」だけでやっている。世間に詫びるなどという不純な動機で、こちらの領域にヅカヅカ入ってきてほしくないというのが、坊主頭連の共通した認識であろう。同じ目で見られるではないか。逆風が収まれば、またすぐ伸ばすくせに。

思うに、こうも坊主にする輩が多いのは、それが現代では、「プチ切腹」になっているからだろう。切腹は痛いぞ、やったことないけど。その点、坊主は楽だ。痛いのは世間の目だけだ。それも最初のうちだけ、すぐ慣れる。ああ、やだ、やっぱり一緒にされたくない。

ところで、なぜ二岡はカミさん以外に謝る必要があるんだろうか・・・。

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2008年07月16日

定休日二日め。

食料、日用品が途絶えたので、山小屋住人Kさんに、買い出しに連れて行っていただく。今日は諏訪にしよう、ということで、湖畔方面へ。

まずは、「先に風呂だよ」と、下諏訪温泉「湖畔の湯」へ。私は初めてだが、Kさんは何度か来ているようだ。諏訪はどこも立ち寄り湯が安いが、ここも二五〇円だった。なかは広く、やや熱めの湯だが、さらりとしている。屋外には、打たせ湯と露天風呂もあった。
温泉裏のジャスコ内の食堂でささっとうどんをたいらげ、「綿半」と「角上魚類」へ。「角上魚類」でKさんが手に何か提げているので、覗いてみると「どじょう」だった。「食べるんですか」といういう質問は野暮だったなあ、池に放すんだって・・・。まあ、そのうち池の底の竜宮城に連れて行ってもらえるんでしょう。

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2008年07月15日

定休日一日め。

昨日の続き。

早すぎた晩年のグレン・グールドから。
バッハの「平均律クラヴィーア曲集第二巻」よりフーガホ長調



若かりし頃の颯爽としたグールドに比べると、風貌は「老いたる哲学者」、演奏は「擬似暗黒舞踏」に喩えたいところ。しかし、ホロヴィッツとはまた別の次元の集中力で、バッハの広大な宇宙を描き出す。

YouTubeではドキュメンタリーを含め、その映像は多岐にわたり登録され、グールド伝記本を繙きながら読むのには、格好の副次的資料といえるのではないだろうか。

最後に、ベネデッティ・ミケランジェリのソロイストの映像を。
曲目は、得意としたラベルのピアノ協奏曲から第一楽章。



指揮者は、セルジュ・チェリビダッケ、管弦楽はロンドン交響楽団。収録されている音は少し酷いが、ミケランジェリのタッチを堪能して欲しい。

定休日なので、飼育の疲れが出たのか、一日寝たり起きたりていた。

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2008年07月14日

明日から店は休みなので、閉店後、夕方寝をしたあと、日付が替わる頃から朝まで、猿のようにYouTubeを観て過ごした。今日は、ピアニストに絞り、検索しては目を凝らす。

YouTubeで提供している埋め込み機能を利用して、動画をブログに貼り付けることに関しては、著作権法上まだ可否の最終判断がされていないようだが、今日のところは許していただきたい。

まずは、ウラディミール・ホロヴィッツが、1968年カーネギーホールでおこなったテレビ放映用のコンサートから。ショパンの夜想曲第15番ヘ短調作品55-1


CDとしては、「ホロヴィッツ・オン・テレビジョン」として、何度も再発されたもの。耳にされた方も多いと思う。しかし、あらためてピアノに向かうその映像を目にすると、その集中力は格別で、この映像を途中で止めることができる人とは、あまり話をしたくない。あのホロヴィッツの大きな鼻の穴から出る「気」で、カーネギーホールの観衆をなべて催眠しているようにも見える。

ほかにも、モスクワ帰還コンサートで弾いた「トロイメライ」(観衆の何人もが、感涙に耽るシーンを収録)とか、1926年のサイレント映像とか、珍しいものも含めていろいろあった。

続いて、マルタ・アルゲリッチの若い頃の演奏から。ポロネーズ第6番変イ長調 作品53「英雄ポロネーズ」。


背中越しの演奏と顔のアップが中心、という不思議な映像だが、「ファム・ファータル」の面目躍如と言ったら、言い過ぎか。5分32秒のあたりで、今までの苦渋の表情から一瞬笑みが漏れる、その妖しさ!演奏が終わったとたん、ハンカチに手を伸ばし、ほとんど礼もせずに引っ込む、その可憐さ!

ほかにも、かつてのパートナーであったシャルル・デュトワと寛ぐ光景とか、大家になってからのコンチェルトのソロイストとか、興味深いものがいろいろ。

疲れたので、続きは次回。

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2008年07月13日

レジ台に坐りながら、先日お客さんから買い取りをした「ユリイカ臨時増刊 総特集・澁澤龍彦」(1988年)をポツポツ読んでいた。世に澁澤ファンの多かれど、私はどうも苦手。こちらのアタマの悪さもあるけれど。したがって、この本でも、引きつけられたのは、古本屋的興味から『澁澤龍彦の侠〜雑誌"血と薔薇"とその後』平岡正明と、『自作年譜』のみ。

平岡正明のエッセイは、『血と薔薇』の三号までと、四号の間に横たわる「深い溝」についての、当事者にしかわからない裏事情がいろいろ披瀝されていて、実に面白い。少し抜き書きしてみる。

『血と薔薇』は三号までが澁澤龍彦の編集であり、敗戦処理号のかたちとなった四号の編集者が俺だった。その旨を挨拶に行ったとき、澁澤龍彦はこう言った。
―きみが損するよ。神彰には金がない。(私註・神彰=『血と薔薇』の出版元である天声出版の、実質上の出資者。「呼び屋」として、また有吉佐和子の夫〈のちに離婚〉としても著名)
俺は、ひきうけてから事情がわかったが、こちらもひっこみがつかなくなった、やらせてもらいますと答えたように記憶している。

(中略)『血と薔薇』という雑誌を彼は自分が手をひくとともに終えようと思っていた。だからその四号を出すために編集者として傭われた俺をこころよく思っていなかっただろう。彼は俺に「やめろ」とも「やれ」とも言わず、きみが損するよとだけ言った。腕組みをしてポンと言った彼には貫禄があった。

(中略)敗戦処理というのは澁澤龍彦の敗戦ではない。神彰の敗戦である。『血と薔薇』をひきうけた理由は、おまえの美意識は金になる、というまんざらでもない康芳夫(私註・神彰の弟子で、同じく「呼び屋」として著名)の口説き文句と、神彰という人物への興味である。

(中略)働きはじめてみると、『血と薔薇』をめぐる諸関係は思った以上にこじれていた。天声出版の旧社員は一人もいなかった。
澁澤時代の執筆者は全員執筆を拒否した。『血と薔薇』は澁澤龍彦の雑誌だから、彼がやめれば一斉に執筆をやめる。原稿料を払わなかったのなら神彰が悪い。俺は執筆者各位にひきつぎの挨拶に行き、連載継続をお願いしたが、ひとりの例外もなくことわられた。

(中略)彼は、「きみが損するよ。神彰には金がない」とだけ言った。ふつう自分の執着した雑誌の末路にかかわるときには、インテリはもう少し情緒的な、言論表現の一角が崩れるだとか、価値あるものに垢がつく、といった言い方をすると思うが、彼はそうではなかった。俺は澁澤龍彦に侠客を感じた。

『血と薔薇』は知る限り、過去二度復刻されたように思う。一度は、白順社という出版社から判型・用紙なども元版を再現した『血と薔薇―全3号復原』として。一度は、河出書房新社から文庫本『血と薔薇コレクション1〜3』として。いずれも、平岡が編集した四号は収録されていない。

もっとも、平岡のエッセイによると、『血と薔薇』四号は、神彰率いる「アート・ライフ」が倒産してしまい、現物は印刷所で差し押されてしまったようだ。世に出ているのは、ゾッキ本屋に流されたものなので、正式には書店に流通しなかったことになる。そういう意味では、三号のみで復刻というのは正しい選択なのかも知れない。

しかし、上記のエッセイに綴られた平岡の艱難辛苦を読むと、やはり四号完結のかたちで復刻して欲しいものだ、と個人的には感じる。神彰は平岡に、四号の誌名として『毒血と薔薇』というアイデアを提示した。平岡はこのタイトルをとても気に入ったけれども、実現はしなかった。すると理想の復刻は、『血と薔薇』一〜三号、『毒血と薔薇』四号という構成になる。

最後に、澁澤龍彦に侠気があるかどうかについては、生前つきあった人によって差があるような気がするけれど、「侠気」という言葉が、ストンと胸に落ちた。熱意だけではひとはついていかない、そこに侠気が感じられなければ。

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2008年07月12日

先日、このブログで「イチローの勘違い」のことを書いたら、東京の先輩から個人的にメールが来て、私以上の「イチロー嫌い」なので、驚いた。彼は、ひとりで「イチローに(年間)200安打を打たせない会」を立ち上げ、「今日は打った打たない」で一喜一憂しているのだ、という。夏場は毎年極端に調子が落ちるので、今年の達成はむづかしいのではないか、との見方を示していた。
イチローに関しては、日米通算三千本安打の達成、それと不滅の日本記録・張本勲の三〇八五本を抜くかの話題でも盛り上がっているが、これも彼にとっては、当然のことながら、口を挟みたいところ。チームの成績と関係なく、打ちたいように打っているイチローと、チームの主軸を任され、責任感の重圧のなかでバットを握っていた張本では重みが違う、と。だいたいこのような趣旨であった。

いきなり張本の名前が出てきたので面食らったが、たぶん彼は私が子どもの頃からのパ・リーグファン、それも特に「東映フライヤーズ」ファンだった、ことを知らないと思う。初めて見に行った野球観戦で、派手な勝ち方をし、それ以来ファンになってしまった。子どもに「東映フライヤーズ」を見せる親も変わっている、と思うが。

安打数の日本新記録の議論のむなしいところは、ひとつは昭和と平成という時代、日本とアメリカというリーグ、それに試合数と何もかも条件が違いすぎるなかで、その達成にどんな意味があるのか、という点だ。それとひとは当然のことのように、メジャー・リーグで積み上げた数字の分を、日本のそれよりも貴重なものとして捉えるだろうから、新記録の達成はより意味のあるものとして受け止めるだろう。しかし、私はそんなに単純なものではない、と考える。張本勲が米田哲也、足立光宏、梶本隆夫、山田久志(以上阪急)、小山正明、成田文男、木樽正明(ロッテ)、鈴木啓示(近鉄)、池永正明、加藤 初(西鉄)、村上雅則、皆川睦男、スタンカ(南海)といった綺羅星のごとく輝く投手たちから、コンスタントに年間百数十本の安打を量産していた技術は、そう簡単に比較を許すものでもなかろう。

張本勲は、世間的には「渇!」を連発するロートルオヤジに映っているだろうが、こと野球に関していうと、「生ける伝説」のような方である。最近、読んだ本のなかでは、村松友視「力道山がいた」のなかで、かわいがられていた力道山から張本が突き飛ばされる描写が、強くこころに残っている。

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2008年07月11日

たまたま所有していた本「渓流の釣りと温泉(南会津・関東・中部)」(佐々木一男、つり人社、1982年初版)という本をパラパラめくっていたら、その中に「山室温泉と藤沢川・山室川」という項目があった。いまから四半世紀ほどまえの渓流釣り事情である。冒頭に、

藤沢川、山室川ともアマゴ釣り場としては、甲乙つけがたい。釣り場のスケールとしては山室川が渕・瀬と続き、谷もおおむね深いため暗い。反対に藤沢川は、広い谷合い(原文ママ)で明るく、田圃や集落もあって、釣り場としては初心者向きである。

とある。この表現は現在でもおおむね当てはまるのではないか。

興味深かったのは、渓流釣りの本だから、イラスト地図に「沢」の名前が細かく記載されていることで、これは二万五千分の一の地図や、市販地図ではわからないことである。「広勝寺」へ抜けるお気に入りの散歩道は「小田井沢」、山小屋住人Kさんの小屋へ抜ける道は、「堂が入沢」ということなどを初めて知った。

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2008年07月10日

「長藤文庫」の裏庭にある「漬物樽ビオトープ」だが、なかにいるメダカはいまのところ順調に育っている。陽の光を浴び、落ちた虫や発生したプランクトンを食べ、水槽のなかよりたぶんこちらの方が幸せなんだろう。水槽組に比較すると、体も大きくなったような気がする。

最近、この「漬物樽ビオトープ」にカエルがよくやってくるようになった。高遠自然生活の師、山小屋住人Kさんは、週に一度は資料をコピーして持参くださるのだが、先日いただいた資料に、このカエルがやってくる距離のことが出ていた。
それによるとアマガエルで最大600メートル、トノサマガエル・アカガエルで最大800メートルだそうである。この二種は、ビオトープの近くで見かけたが、そんなに遠くから匂いを嗅ぎつけ、やってきたのか。ご苦労なことである。ちなみにヒキガエルは、最大2.2キロも先からやってくるそうだ。ヒッキー様は、恐れ多いので、ご訪問はご遠慮したい。

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2008年07月09日

定休日二日め。

朝から、「信濃屋中米商店」Sさんと、「仙流荘」近くの三峰川(みぶがわ)に、水槽レイアウト用の石を拾いに行く。Sさんはすでに拾った経験があるので、ポイントなどを教えていただきながら採取。思った以上に色とりどりの石があって、楽しい。不覚にも少し夢中になる。サイレンで増水警報が出ているのに気付かず、溺れてしまうのはこういうときだろうな。石以外にも、流木なども拾った。ふと、つげ義春「石を売る」を思い出す。

無機質なものを拾いつくすと、今度は血の通ったものを拾いたくなり(たとえばドジョウなどだ)、「仙流荘」の近くの川に網を入れてみたが、気配がない。だいいち、大雨のあとで、流れが急すぎる。では、「山室川」に場所を変えようということで、山室に向かった。

途中、前から気になっていた「五色の滝」の案内板に従い、入口まで行ってみる。思いがけず、そこはここが高遠とは思えない濃い空気に支配されていた。信仰にかかわることなので、それ以上は書かない。興味のある方は、実際に自分の目で確かめて欲しい。

その後、山室川に網のがさ入れをするも、ひっかかるのは川虫ばかりで、空振りだった。向かいの「分校館」の庭で、Sさんの奥様お手製のお弁当を広げ、そのあと「分校館」で珈琲をいただく。また、「分校館おかみ」と、オヤジふたりで馬鹿話をしてしまった。たとえは品がないが、「会話の膝枕」みたいなものか。

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2008年07月08日



定休日一日め。

恒例の「信濃屋中米商店」Sさんご夫妻との買い出しの最後に、現在開催中の「長野県陶芸展」(かんてんぱぱホール、14日まで)に連れて行っていただく。高遠片倉で「水遥窯」を構える林秋実さんの出品作に会うため。

平日のぐずつき気味の天気にもかかわらず、会場には人影が多かった。受付に林さんの奥様がいらっしゃたので、ご挨拶。林さんの展示ブース(冒頭の写真)で、片口をひとつ求めた。

その後、受付の立ち作業はつらかろうと、奥様をお茶に誘い、四人で歓談。「デレデレ星人」Sさんが十歳ほど若返るさまを目の当たりにする。

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2008年07月07日

日本時間で7日に行われたMLBの一戦、シアトル・マリナーズ対デトロイト・タイガースは、延長15回マリナーズの捕手バークが急造投手としてマウンドに立ち、得点を許したため、マリナーズの敗戦になったそうだ。ブルペンには投手が全くいなかったわけではなく、複数の投手が控えていた、とのこと。

この試合、捕手のバークが起用される際、イチローも登板を監督に直訴したが、受け入れられなかった、という。以下のコメントは、「日刊スポーツ」の記事からの引用。

(イチロー) 初登板を逃した試合ですね。最初、冗談かなぁと思ったんですけどね。(バークが)本当に行ったんで。でも淡々とやりましたよね。いいですよね。ああいう感じは。

この記事を読んで思い出すのは、1996年のオールスター第2戦にイチローが投手として登板したときのこと。全セに4点差をつけてリードしていた9回裏二死、全パの監督・故仰木彬は、打者巨人・松井秀喜に対して、「ピッチャー イチロー」を告げた。これに対し、全セの監督・野村克也は、憤懣やるかたない面持ちで、「代打・ピッチャー高津臣吾」を審判に告げたのだ。この事件は、当時ずいぶん話題になったので、覚えておられる方も多いだろう。

場をわきまえない監督もバカだが、告げられてマウンドにノコノコでていく野手はもっとバカだと思った。それに対し、さすが野村は苦労人だけあって、人の統率のしかたがわかっていると感じた。現在、ヤンキースで活躍中の松井は、この一件だけでも、野村監督に感謝しなければいけないだろう。

野球のことはよくわからないが、いやしくもそれでメシを喰っているバッターにとって、急造投手に押さえられた、という経験は、深く心の傷として残るのではないか。あるいは、その一打席によって、その後の調子が著しく狂うかも知れない。そんなことは、フィールドに毎日立っている選手にとっては、肌で実感できることだと思うが、なかにはわからない選手もいるらしい。目先の勝ち負けなんかより、ずっと大切なことだ。

二流・三流の投手を打てないで引退した野球人生と、急造投手に一度でも苦杯を舐めて引退した野球人生では、全く違う。多くのクビを切られた選手を見届けてきたきた野村克也には、そのことがよくわかっているのだ、と思う。オールスターだろうが、普通の試合だろうが、やってはいけない一線というものがある。

監督はおろか、コーチとしてさえ、イチローの姿など見たくはない。

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2008年07月06日

朝六時から、年に一度の栗田のグラウンドの草刈りの日。昨年も同じことを書いたと思うが、このグラウンド、かつての栗田集落の青年壮年諸氏が、ボールを投げ、打ち、ベースを駆け抜けていた。いまではそれは遠い幻で、かわりに草が旺盛に茂る。

五時半頃、お隣の元局長さんがグラウンドまで軽トラに乗せてあげよう、と誘いに来てくださる。ご好意に甘え、同乗。助手席で、先日「栗田林道」を行き止まりまで歩いてみたことを報告する。

元局長さんによると、二万五千分の一の地図のとおり、山奥の芝平(しびら)の集落までは、この「栗田林道」が旧・長藤郵便局(「長藤文庫」の隣の木造の郵便局)からは最短のルートであり、昔はこの林道を抜けて、郵便物を配達していたそうだ。
「電話のない時代だから、電報なんかだと、夜中でも届けに行ったもんだ」。

あの熊の出る「栗田林道」を真夜中に!

この話を助手席で聞いた途端、怖い話を聞かされた子どものように、思考が硬直してしまい、あとは妄想が膨らむばかり。鎌で草を刈っているあいだも、同じ映像がリフレインして困った。

昔の郵便局員の制服は、犬山の「明治村」で現物を着たエキストラを観たような気がするが、妄想のなかの局員はそういう服装ではない。
まだ入局まもない紅顔の少年は、軍国少年のようにゲートルを巻き、なぜか小脇に植物採集の胴乱を下げている。なかには、もちろん大事な電報が一通だけ。発信者が電文に込めた切迫性が、そのまま運ぶ自分の危急を暗示しているようで、気味が悪い。
熊除けにと渡された角笛を、言われたとおりに、ときどき吹きながら歩いていく。その音色は森の静寂にこだましながら、闇に消えていく。まさか、この角笛で熊が寄ってくるということはないんだろうな。果たして、無事に届けられるんだろうか?
あ、遠くに家の灯りが見えるぞ。電報を待って、まだ起きていたんだろうか。それともあれは・・・。

はっ、鎌で手を切る!

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2008年07月05日

やっと「長藤文庫」のテキトー水槽にも春が訪れたようで、当初2匹で始まったレッド・ラムズホーンが、確認できた限りで5匹に、またミナミヌマエビの一匹が抱卵しているのを確認。まずはめでたい。あとは店主の春が来るのを待つだけ。

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2008年07月04日

さあ、この二時間は意地でも席を立たないぞ、という決意の下、NHK教育テレビで放映された「コンポージアム2008 スティーヴ・ライヒを迎えて」を観る。
まず、最初に20分ほど、ライヒ本人のインタビュー映像を交えた解説番組のようなものがあり、そのあと「東京オペラシティ・コンサートホール」で行われた演奏会のなかから「ダニエル・ヴァリエーションズ(日本初演)」「18人の音楽家のための音楽」、最後にスタジオ収録された「ディファレント・トレインズ」が放映された。
ライヒのCDは何枚か所有しているが、やはり映像で観ると得られる情報量が何倍にも膨らんで、これは堪えられない貴重な経験であった。

下世話な感想をふたつばかり。◎クラシックの演奏会はふつう椅子にじっとして聴いていることが普通で、それは苦でも何でもないのだが、ライヒの演奏会に限って言えば、椅子に縛られていることはかなり苦痛なのではなかろうか。◎映像を見る限り、ステージに近い二階・三階の桟敷に随分と空席が目立つように思えたが、あのあたりはチケット六千円以下の安い席であった。会場のほぼ五割が1万円、二割が八千円という感じで、そちらはかなり埋まっているように見受けられたから、やはりライヒの人気はたいしたものである。日本で演奏するのはこれが最後かも、という意識も働いたのかも知れない。

それにしても、黒いシャツにエンブレムのない野球帽を被ったライヒは、内気な巨人という風采で実に格好良い。

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2008年07月03日



昨日、諏訪に行った帰りに、高遠の片倉にある「水遥窯」林秋実さんのお宅にお邪魔した。「長藤文庫」の喫茶で使用する珈琲カップを、まとめて林さんに頼んであるのだが、その試作品ができあがったのである。粉引に優しい縄目が入り、あの古民家の雰囲気にも良く合うカップであった。取っ手が持ちやすく、ややおおぶりなマグカップ。試作品を作っていただいたうえに、「しばらく使ってみてください」とのありがたいお言葉。

その林秋実さんが、7月5日(土)から、伊那市にある「かんてんぱぱホール」で開催される「第29回 長野県陶芸展」に出展されます。詳しくはこちらから。

同じく、高遠の芝平に「天空窯」を構える宮崎守旦さんの個展が、7月2日(水)から松本市の「井上百貨店」内「ギャラリー井上」で開催されています。詳しくはこちらから。

どちらの作家の作陶も、高遠中心街の「ギャラリーみなと屋」で、入手ができます。

冒頭の写真は、先日木曽「上松宿」で購入した「ねずこ下駄」(鼻緒を整えるのを忘れた!)。下の写真は、木曽「奈良井宿」で購入した「蘭桧笠(あららぎひのきかさ)」。





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2008年07月02日

定休日二日め。

以前から訪ねてみたかった諏訪にある「角上魚類」に、「信濃屋中米商店」Sさんご夫妻にクルマで連れて行っていただく。最初、お客さんから教えてもらったときは、新潟県寺泊の魚市場の支所か何かと思っていたのだが、そうではなく、寺泊に本社を持つ一水産会社の販売所、ということだった。

魚を買う前に少し小腹が空いたので、「せっかくだから諏訪名物のうなぎを喰おう」ということになり、Sさん夫妻お気に入りの店に向かうも、運悪く定休日。仕方なく、隣のOという店に入る。鰻重「梅」二二〇〇円也。

伊那は海から遠い、ということと、もともと海の魚を食べる習慣が乏しいせいか、スーパーの鮮魚売り場が小さい。そのうえ、全体に何となく活気がない。これは、市外から越して来たお客さんからも一様に聞く感想でもある。声を枯らし、意地でも仕入れた魚を売り切ってしまおう、という気迫のある魚売場は、見かけたことがない。
では魚が嫌いなのか、というとそうでもないらしくて、刺身とか寿司は売り場に山積みになっていたりする。魚を調理する伝統がないせいなのか。

訪れた「角上魚類」は、残念ながら巨大な生鮮食料品店という感じで、魚と野菜その他を均等に扱っていた。何よりあの魚を商う空間特有の猥雑な、ザワザワした感じがなかった。威勢の良いダミ声や、ミエたっぷりのパフォーマンスを期待していたのだが。

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2008年07月01日



定休日一日め。

以前から計画していた木曽への買い物ツアーを、山小屋住人Kさんと実行する。私の買い物リストは、木曽産「ねずこ下駄」と木曽産「桧笠」(きちんとした手編みのもの)。本格的な夏を迎える前に、アタマと足元をきっちり固めておきたい。そして山小屋住人Kさんの買い物リストは、山小屋用の風呂(桶ではなく、浴槽の方)。

まずは伊那市街から、権兵衛トンネルを抜け、木曽駒高原の「道の駅」へ。ここはいつも地の野菜や山菜が豊富に置いてあるところ。今日はジャム用にグミ(少し丸いもの)とズッキーニを購入した。

木曽路を南下し、最初の宿場町、「木曽福島」に入る。今日は素晴らしく天気が良く、木曽川の川面もキラキラ輝いている。高低のある町並をぶらぶら散歩しながら、口八丁手八丁の婆様から「すんき漬け」(店名失念)、それと上品な奥様からこしあんの朴葉巻・そば饅頭(「芳香堂」)を買った。朴葉巻は、一つの枝から分かれている五六枚(?)の葉に、団子がそれぞれ包まれているもの。五六個の団子が朴葉に包まれて房状になって売られている姿を想像していただきたい。一二個買うときには、その房からちぎってもらうことになる。朴の木はいまの季節が若葉がでるときのようで、町中にある木からも大きな朴葉が手を広げていた。
以前来たときに入った古民家を改装したカフェ「肥田亭 和庵」でお茶にしようと思ったが、改装工事中だった。
「ねずこ下駄」はいくつかの店で売っていたが、おとこものは売れないのか、なぜかおんなものばかりだったので、ここではパス。

続いて南下し、次の宿場町「上松」へ。駅近くに履き物やを発見したので、入ってみる。主流は運動靴やサンダルだったが、レジの上方の棚に、おお「ねずこ下駄」が何種類もあるではないか!親切なおかみさんから説明を受け、特大の角形に決める。「ねずこ」は木曽五木のひとつで、樹形は知らないが、木肌に微妙な凹凸がある。したがって、下駄にしたとき、この凹凸が足の裏に気持ち良く吸い付くのである。子どもの頃から桐や雑木の下駄には慣れ親しんできたが、五十を過ぎてこの「ねずこ」の下駄がいちばん好きになるかも知れない。ここのお店は、自前で「ねずこ下駄」を制作しており(裏に焼き印入り)、価格も良心的、おかみさんも親切なので、おすすめ。店名は「マツダはきもの店」という。
ここのおかみさんに、山小屋住人Kさんの今日の目的地、風呂桶制作の工房Oの場所を訪ねたところ、近くだったのでその足で向かう。
工房Oに到着すると、製作中のご主人が手を休め、桧や椹(さわら)、高野槇(こうやまき)(どれも木曽五木のひとつ)でできた工芸品のような風呂を見せてくださった。ひとつひとつが特注品で、サイズ・形は施主の希望に応じてくれる、とのこと。ご主人は、風呂というと桧が人気があるが、個人的にはフシが多いという難はあるものの高野槇が最適だと思う、と話されていた。いろいろな腹案を持つKさんは、この親切で誠実なご主人に、施工上の具体的な質問をしていた。予算・形状を詰めたうえで再訪する、ということで辞去する。

さて、腹が減ったので、上松の少し先の「寝覚の床」まで行けば、何か飲食店でもあるかと思い、向かうも展望ロッジ&レストランは団体客で占領されていた。仕方なく、途中のコンビニで弁当を買い、森林浴発祥の地とされる「赤沢自然休養林(通称赤沢美林)」に向かう。街道から森林帯までクルマで二十分ほどかかったが、途中休憩用のロッジのようなものがあり、ここでコンビニ弁当を広げた。林を吹き抜ける風が実に気持ちよく、安い焼肉弁当を高級仕出し弁当のように味わえた。

赤沢美林をあとにし、木曽街道を北進、次の宿場町「薮原(やぶはら)」へ。ここは中央本線の駅舎も、町並も実にひなびていて、味わいがある。ただし、まだ目的物のひとつ、「桧笠」がここでも見つからなかった。お店の方に聞くと、隣の「奈良井」に行きなさい、と勧められたので、さらに北上し、本日最後の宿場町「奈良井」へ向かう。「木曽路十一宿」というので、今日はそのうちの四つを回ったことになる。

奈良井の「下町」の土産物やで、ついに念願の「桧笠」を買った。せっかくなので、二色で編み込んである高い方を買った。ひとつひとつが手作りのあかし、「伝統的工芸品」のタグも付いている。笠のなかをよく見ると、「蘭桧笠」という文字が見える。「蘭」とは何か。あとで調べたら、元禄の頃から蘭村(あららぎむら)という地方の特産品だったので、この呼び名になったようだ。蘭(あららぎ)というと、アララギ派を連想するが、その関係はよくわからなかった。
これで土産物はすべて手に入れたので、Kさんと奈良井「中町」にある「喫茶たなか」で、栗ぜんざいを食べながら休憩。

陽が落ちてきたので、奈良井ダムを眼下に見ながら、一路高遠まで帰る。充実した一日であった。



木曽福島



木曽福島



寝覚の床



薮原


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