2008年10月

2008年10月31日

閉店後、少し自炊にも飽いたので、「そうだ、みや川食堂はどうなっているんだろうか」と思い立ち、出かけてみることにした。

ふだんは米・野菜・豆類・雑穀・乳製品が中心の生活、これは別に体に気を遣っているわけではなくて、田舎で質素に暮らそうとすると(言い換えると外食を控え、高価な肉類なども口にしない生活をしようとすると)いきおいこのような食の構成になる。
それでも、ときどき脂まみれの、あるいは味付けがヘビーなものを無性に喰いたくなるときはあるわけで、そんなときはここ「みや川食堂」を利用したり、「吉野屋」で特盛牛丼を注文したりしていた。

その「みや川食堂」だが、あるときから「都合によりしばらく休業します」の看板が下がり、店を閉めていた。二度ほど前まで行った記憶があるが、いつも同じだった。この食堂は、お歳を召した夫婦が切り盛りをしており、またいつも混んでいたから、体に負担がかかりそうなことは容易に想像できた。

そして、今日行ってみると、開いていた!店内の様子も、メニューも特にこれと言った変化はない。(ただし、名物の鳥からあげ定食、私はそれをバクダンと呼んでいるが、に三個というメニューが加わった。以前は五個のメニューしかなかったと記憶しているが)。
思い切り腹に負担のかかるものを、と考え、ミックス・フライ定食を注文。これは、アジのフライ、エビのフライ、メンチカツ、肉とタマネギの串カツ→どれもデカイ、に大盛りご飯、キャベツ、味噌汁、大盛りのマカロニ・スパゲッティが付くというもの。さすがに肉とタマネギの串カツだけは食べきれなくて、持ち帰りにさせていただいた。(大半のお客さんは持ち帰りを選択する)。

ご主人に、しばらく休まれていましたね、とお聞きしたら、二ヶ月ほど閉めていた、とのこと。ただ、六時半ごろから食事をしたのだが、いつもはあんなに混んでいたのに、今日は七時まで私だけしかお客さんがいないのが気になった。たまたま、だったのかも知れぬが。

これを読んでいる「みや川食堂」ファンの方、バクダンは復活しました。ぜひ、また足を運びましょう。まだ一度も行かれたことのない方、ここの食堂は「動くつげ義春」です。ぜひ、お越しを。

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2008年10月30日

信濃毎日新聞の長野本社の記者の方から取材を受ける。秋の読書週間にあわせて特集を組み、高遠を取り上げる、とのこと。

今年の夏から秋は、裏の土蔵の前でプランターによる野菜栽培をおこなった。ほとんどの苗木が枯れてしまったので、今年の(来年はあるのか?)収穫は終わり。備忘録として、結果報告。

キウリ14本、ナス13本、桃太郎トマト0個(立ち枯れ)、プチトマト136個。プチトマト以外は、髪の毛のように寂しい。

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2008年10月29日



定休日二日め。

ひたすら南進したくなり、飯田市のさらに先、もう愛知県との県境、阿南町を目ざす。ここに、「ゆうゆ〜らんど阿南」(もうちっと名称なんとかならんか)という立ち寄り湯があり、ガイドブックに依ると「県下最大規模の浴槽を誇る」と記されていたからだ。

国道153号、151号と乗り継ぎ、ただひたすら走る。飯田を過ぎ、国道151号に乗り込むと、そこはもう天竜峡、クルマの数がぐっと減り、信号に引っかかることもあまりない。景色も気候に準ずるのか、心なしか全体に穏やかな、まるい感じに変わる。

到着した立ち寄り湯は、別称「かじかの湯」と呼ばれているようで、かじか(魚の方)の棲む清流の里、ということだろう。泉質は硫黄泉で、県下最大の、というフレーズはどうかと思ったが、よく暖まった。露天風呂からは、「門原大橋」という山峡を跨ぐ赤い橋梁が望めるのだが、この眺めが何とも長閑でよろしい。

温泉に併設されている産直センターのようなところで、自家消費用の野菜や梅干し、ご近所へのお土産等を購入し、帰路に就く。

朝九時半出発、午後四時半帰宅の、往復約180キロの旅。

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2008年10月28日



定休日一日め。

朝から「守屋山」登頂を企てる。ほかの人に連れていってもらう計画もあったのだが、少し膝に不安があり、迷惑を掛けてもいけないので、とりあえず単独行で様子を見ようと思った次第。
もう少し早くから登ろうと思ったが、八時四十分に杖突峠の「登山口」駐車場に到着。もっとクルマがたくさん停まっているかと思いきや、一台もない。平日なのだから、こんなものかと思いつつ、登り始める。
途中までは、このあたりを開発した「長谷部興産」の所有地の中を通させてもらうのか、モンゴルの風物を描写した看板がところどころに立っている。所有者の名前を記した立て札や、朽ちたモンゴルの住居「パオ」などもあるから、開発者はここを「モンゴル風別荘地」として売り出そうとしたように思える。しかし、今のところはその計画は中座しているようにしか見えない。

山登りに慣れた人たちは何でもないのだろうが、全くの初心者のこちらとしては、いくつかある分かれ道の岐路に立つと言い知れぬ不安に駆られる。はたしてどちらに行けばいいのかと。それよりも間違った方に行って、戻って来れるのかと。初心者にだけ見えると思うのだが、ときどき片方の道で、白装束を着た女性がおいでおいでをしていることがある。頭を二三回振るとそれは消えてしまうけれど。
そんなときにデジカメはとても役に立つ道具だ。分かれ道に差しかかったとき、来た道を振り返って撮っておけば、とりあえず帰ることはできるという安心感を得られる。迷ったときに画像を呼び出して、確認ができるからだ。途中、何カ所か分かれ道の木の枝にリボンのようなものが結んであったが、あれも誰かが目印で付けたものなのだろうか。

途中に避難小屋のある少し広い場所があり、そこを過ぎると急に道は険しくなる。先行するグループは全員杖を持っていたが、確かにここは杖が必要だ。このところの雨で、落葉が湿って滑りやすくなっている。杖を持たぬ当方としては、むしろ帰りの下りの急坂が不安になった。

途中、「頑張れ ここは胸突坂」の看板を喘ぎながら登ると、東峰の頂上に着いた。お一人いらしたベテラン風の方に挨拶すると、「これだけ晴れわたった眺望は珍しい」とのこと。確かにここ数日はずっと雨、今日は朝から快晴なので、この眺望が得られたものと思われる。360度の眺望は名山だらけなのだが、親切なベテランは請うと丁寧にひとつひとつ解説してくださった。(あとで気付いたのだが、方位板のようなものがちゃんと設置されていた。迂闊なり)大方は忘れてしまったが、「仙流荘」から眺めると眼前に見える「仙丈ヶ岳」がはるかかなたに見えたこと、それと「北岳」の姿の良さが印象に残った。
このベテランの方は朝、埼玉を発って、ここに来たそうだ。あとから到着した四人組もお歳は召しているもののベテランのようで、名古屋から来た、とのこと。お互いに「守屋山山頂(1631.2メートル)」の看板をバックに写真を撮りっこする。山男(山女)のコミュニケーションに初めて触れた思い。
「どちらから来られたのですか」と聞かれたので、クルマで10分ほどのところの住民です、と答える。案の定、山登りにはいいところにお住まいですね、と言われる。

西峯にも向かう、という元気(すぎる)人たちと別れ、私は下山。派手な転倒もなく、何とか無事に降りられた。
駐車場に戻り、家に着いたら、十二時十分だった。家から四時間弱で頂上まで往復できることはわかった。もう一度くらい、登ってみるか。

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2008年10月26日

人はそれぞれ昔は寒かっただの、いやそうでもなかった、だのいろいろなことを言うけれども、そのほとんどは記憶の古層の踏み締められてしまった部分で、あまりあてにならないものだと思っている。暑さ寒さの昔の記憶など、現在と比べて年齢も違えば、健康状態、栄養状態、家屋の断熱性能、ひいては懐の事情など、なにひとつ同じものはないわけなのだから。
いや気象学的には間違いなく寒かったのだろうが、それをどう感じるのかは全く違う次元の話だ。

そうして唯一科学的に信頼できるデータのひとつが、気象庁が公表している「気象統計情報」だろう。
個人的には、今年は昨年より今のところ暖かいと感じたので、試しに気象庁の「伊那」の地点で調べてみた。伊那がどの地点を指すのかはわからないが、もし中心街であれば「高遠」はそこよりさらに1〜2度程度低いものと思われる。
2007年の10月度(26日まで)で調べると、最低気温が5度を割った日が6日ある。そのうち0.5度、0.9度という日がそれぞれ一日ずつあるから、この日は高遠では氷点下だったかも知れない。
それに比べ、今年はまだ最低気温が5度を割り込んだ日が一日もない。やはり今年は昨年に比べ暖かいのである。(冒頭に書いたことと矛盾するようだが、こうしてデータを調べ、自分の感覚に安心しているところが都会出身者の浅はかさである。)
ちなみに一昨年の2006年で調べると、5度を割り込んだのは、5度であった1日だけ。昨年は特別に寒かった年だったようである。(浅はかさの上塗りである。)

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2008年10月23日

上伊那地域のコミュニテイ・サイトを立ち上げている「ウィルプロジェクト」のKさんという方から取材を受ける。
ひととおり取材が終わったあと、雑談をいろいろしていくなかで、彼が高遠の荒町出身であり、山小屋住人Kさんとも面識があることを知る。奇遇だなあ、と思っていると、たまたま来られていた女性のお客さんが荒町にお住まいの方で、話の輪に入り、そこでまた会話がはずむ。

これは「長藤文庫」がどうこうということではなく、この場所が元街道筋にあった旅籠であり、旅籠とはそういう情報の交流起点であったことのあかしなのではないか。元旅籠であった、という空気が人の胸を開かす。



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2008年10月22日



定休日二日め。

秋の紅葉シーズンとて、山登りにはさすがに下駄でもあるまいに、ということで昨日トレッキング・シューズなるものを買い求めた。本格的な山歩きをする気などさらさらないので、チープで軽便なものである。とりあえず防水機能が付いていて、くるぶしをくるむもの。誰かに、というのではなく、自分自身に対して不承不承だが。

守屋山に登る予備訓練としては、軽すぎかろうが、一度登ってみたかった高遠の「五郎山」をめざすことにした。
麓の登り口に立つと、「五郎山入口 2Km」の看板が立っている。ここから先は舗装道路のようなので、入口までクルマで行ってそこから登攀しなさい、という意味なのだろうが、途中までクルマで行くのも癪なので、おっちら麓から歩いて行くことにする。
二キロのコースはずっとなだらかな登りで、途中眼下に高遠湖が見えたり、馬頭観音がたくさん鎮座したりしていてなかなか楽しい。二キロ歩いて駐車場までたどり着くと、そこから先「五郎山」の頂上まではほんの数百メートルだった。結果的には、麓から歩いてきたことが正解。

「五郎山」とは、織田の軍勢に滅ぼされた武田信玄五男にして高遠城主、仁科五郎盛信を祀った山、という来歴に由来する。頂上には盛信公の石像もあり、高遠の街並みが一望できる。

帰りにまた二キロ歩いて、麓の登り口の駐車場まで戻る。汗びっしょりになったので、一度帰宅してシャワーを浴び、夕方からお呼ばれしている「信濃屋中米商店」Sさんのお宅へ。「おでんを囲む会」とて、しこたま具たくさんのおでんと松茸ご飯をいただいた。来月訪問予定の「下栗の里」小旅行の詳細も詰める。


木々のあいだから高遠湖が見える


天明五年の文字が


こちらは安政六年と読める


仁科五郎盛信公の石像


高遠の街並みが一望に

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2008年10月21日

定休日一日め。

伊那市御園に窯を構える伊藤真一さんから、作品展の案内ハガキをいただいていたので、覗きに行くことにする。この地に窯を築いて十周年、感謝の気持ちを込めた蔵出し市、とのこと。新作もあるそうだ。

「信濃屋中米商店」のSさんには、たびたびこちらのギャラリーにはクルマで案内していただいているのだが、ひとりで向かうのは初めて。途中、Sさんの携帯電話に電話して、道を教えていただいた。世話のかかるヤツ、とお思いでしょうが、一発でたどり着きましたよ。

ギャラリーには、伊藤さんご本人がいらして、お茶とお菓子を出していただいた。欲しいものはいろいろあったけれど、今日は織部の薬味皿(?)と、赤絵の蓋付き小鉢(?)をいただいた。本当は案内ハガキに載っていた急須を欲しかったのだが、実物を見て、とても繊細な感じがしたので諦めた。粗忽の帝王とて、かたちが残っているのは、せいぜい二三週間だろう。すぐに割ってしまうのは目に見えている。今までいくつ急須を割ったことか。
伊藤真一 作品展「築窯10年目の蔵出し市」

場所:伊那市御園24-6 倉庫ギャラリー 十草(とくさ)
電話:0265-76-1667
期間:10月26日(日)まで 午前10時〜午後5時
※期間中はすべての作品が表示価格から二割引になるそうです。

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2008年10月20日

さる方の娘さんが亡くなられたことを初めて知る。たぶん、その娘さんは父親と当店にもいらしていただいたことがあるはず。しばし、絶句。ご冥福をお祈りいたします。
少し前には、町でよく見かける方のご子息(中学生とか)が亡くなられた話も人づてにお聞きした。いつもはあんなに笑顔を振りまいておられるのに、そんなことがあったなんて。

今月発売の『旅の手帖11月号/特集・わたしのひとり旅』(交通新聞社)の、「ひとり旅に持って行きたい文庫本」という特集に、ささやかな小文を寄せました。

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2008年10月19日

朝八時からの栗田集落「自治会館」清掃に参加。杖突街道を高遠中心地に向かって右側、「和手の辻」の坂上に茅葺屋根のお堂が見えるが、その隣に「自治会館」はある。清掃は通常、年に一度の作業だが、今年は六月末に「自治会館」が鉄砲水に襲われたので、二度めの清掃作業となるか。

うちの組は会館の中の清掃が担当なので、見よう見まねでガラスを拭いたり、畳を雑巾掛けしたり。まあ、毎回役立たずなのは仕方がない、か。大量のカメムシの死骸も片付けた。外の担当の人たちは、植木の剪定をしたり、雑草をビーバーで刈ったりしていた。

廃品として、細長い飯台、食器棚が出され、希望者は持ち帰って良い、とのこと。皆さんの顔色を伺うも、希望者があまりいないようなので、少し分けていただくことにした。古びてはいるが、どうしてどうして使われている木材は無垢の立派なものである。細長い飯台は雑誌やカタログを載せるのに、食器棚は文庫本を収納するのに、最適とふんだ。
お隣の元局長さんが軽トラで「長藤文庫」まで運んでくださる。感謝。

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2008年10月15日

定休日二日め。

本の補充と整理に神奈川からやって来た共同経営者の「れいど・ばっく」平野さんと、朝から思案。天気がいいので遠出をしたいのだが、北の「善光寺」参りにするか、南の「遠山郷下栗の里」(「日本のチロル」と呼称される)にするか。善光寺は高速道路利用で物入りになるのでパス、下栗の里はここからたかだか百キロに満たないのだが、ナヴィで調べると片道四時間以上かかることになっている。たぶん相当の悪路隘路が続くのだろう。
そこで、南進はするのだが、分杭峠〜大鹿村あたりの行けるところまで、というルート設定をし、出かけることにした。

国道152号線をひたすら下る。市野瀬から先は初めての経験、中沢峠から分杭峠にかけては予想以上の隘路曲路で、これなら厳冬期の閉鎖もむべなるかな、と感じた。
そして、ハナシでは何度も聞いていた「磁場ゼロ」地帯に到着、その谷に降りていく。ベンチに腰掛け、みなひと下方の谷に向けこうべを垂れている、と聞いていたのだが、ちょっと思い描いていたイメージとは違った。感想は地元に近いところなので、書かない。ふたりでまわりの人に聞こえぬよう、罵詈雑言を思いの丈吐いたが、磁場にきれいに吸い込まれてしまったようだ。

分杭峠をあとにし、一路大鹿村へ。国道152号線もこのあたりから「秋葉街道」の面影がぐっと濃くなる感じがする。人家はほとんどないのだが。
やがて大鹿村の「鹿塩宿」に到着。ここは豆腐が有名なのだが、人気があるようで、昼前にもかかわらず、すでに売り切れだった。「鹿塩」の塩採掘・精製の歴史を説いた展示館を眺め、後にする。鹿塩鉱泉に入湯したかったのだが、立ち寄り湯が見つからず、断念。あとからひとに聞いたところ、旅館でも入湯できたようだ。塩浴は次の機会に。

大鹿村で南進は止め、小渋ダムを抜け、松川町に抜けるルートを選択することにした。小渋ダムを通ってあらためて感じ入ったが、大鹿村は確かに閉ざされた地域だ。どこに出るにも遠すぎる。けれども、三百余年前から続く「大鹿歌舞伎」がある豊かさ。

小渋ダムを抜ける道、さらに迷い込んだ中川村の国道はそれぞれ曲路、隘路の連続で、平野さんには大変な思いをさせてしまった。

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2008年10月11日

めっきり寒くなって、ついこの間まで顔に巣がひっついては、嫌な気分にさせられていた蜘蛛の活動が少なくなったようだ。もっとも、昨日何か障子がガサガサ変な音を立てていると思ったら、大きな鬼蜘蛛が桟を這っていた。経験したことがある人ならわかると思うが、鬼蜘蛛が障子を這う音というのは、ことのほか大きいだけでなく、心をザワつかせるものを秘めている。何かを告げに来るような。

高遠にゴキブリがいないことは何度も書いたと思うが、通常ゴキブリが嫌われる虫の筆頭に挙げられるとすれば、ここ高遠でその地位を授かるのは、カメムシではなかろうか。稲作をしている人にとって、カメムシは天敵である。籾に取り付かれると、茶色い米粒ができてしまうそうだ。

今まであまり見かけなかったこのカメムシが、寒さのせいか家のなかに入って来るようになった。もちろん、捕獲するときに臭い匂いを出す。姿も色も心なしか、少し憎々しい。人間の勝手な感想だが。

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2008年10月10日

久しぶりの快晴に釣られ、開店前にクルマで高遠の「しんわの丘ローズガーデン」に寄ってみる。朝早くから、すでに数人の方々がうずくまって作業をされていた。薔薇というのは、気位が高い分、世話を要求する植物なのだろう。
ところで、この「ローズガーデン」だが、なぜか通路の一角に普通の畑がせり出している。美観的にも少々違和感があるのだが、植えてあるものがいけない。
今日も、数は多くないがフレッシュな花に顔を近づけて香りを楽しもうとすると、ちょっと異質な匂いが混ざっている。畑を見て、その「匂いの元」がわかった。長ネギである。大きく育った長ネギは、かなりキツい匂いをまき散らすものだ。
植えている人には、何かそれなりの事情があるのだろうが、丹精込めて薔薇づくりをしている人たちは、さぞ辛かろう。

連日、日本人のノーベル賞受賞で沸き立っている。高校生時代、物理・化学など教科書を開くのも苦痛だった人間としては、その研究者というだけで仰ぎ見てしまうわけだが、その受賞のことばが、いかにも清々しい。

たとえば益川敏英京都産業大教授のことば「科学者ではなく、社会人としての益川、小林に関する出来事が起きていると認識している」
「2002年に『CP対称性の破れ』について益川と小林の考えでいいだろうということになった。それで基本的に科学としては終わった」

「科学としては終わった」ということばを吐ける人に、アナタ、「奥様との馴れ初めは?」みたいな質問を普通できますか?インタビュアーって揃ってバカじゃなかろうか。

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2008年10月08日



定休日二日め。

昨日の予報だと今日は朝から「晴れ」で、山小屋住人Kさんが「守屋山」を登攀する家来をする予定をしていた。念のため、早朝連絡を取り合うことにしていたのだが、四時過ぎにKさんから電話がかかってくる。「ダメですねえ」。昨晩早寝したので、その時間には目が覚めていたのだが、確かに外はザーザーと雨が強く降っている。またの秋晴れの日に、ということで今日は予定を流すことにした。そのあと、二度寝してしまう。
再度起きると外に薄日が差しているので、先週訪れた「もみじ湖(箕輪ダム)」経由で伊那の町中に出て、買い物をすることにする。
今日は霧は出ていなかったが、紅葉は多少進んでいる気がした。まったくもって静かな道で、結局箕輪に出るまでに、対向車には一台しか会わなかった。山に入っている人のほとんどは、キノコ狩りが目的だと思う。ひるどきに通ったからか、軽トラを脇に停め、昼寝をしたりしている人がいる。長閑だ。
「山の神沢橋」のたもとの休憩所で、キノコ狩りとおぼしき老人が、湖越しの山のあちらこちらを指さしながら、何やら話し合っている。耳を澄ますと、どうやら松茸の場所の情報交換をしているようだ。長閑ななかにも、「狩り」のざわめきはある。
先週は気が付かなかったが、この「もみじ湖」に向かう道からも、「守屋山」の登山口があった。クルマのスピードを落として目を懲らすも、登山客らしき人影は見えなかった。あたりまえか。

※冒頭の写真は、先週とほぼ同じアングルで撮った「もみじ湖」

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2008年10月07日

定休日一日め。

高遠周辺の水田の稲刈りはほとんどが終了し、いまは杭に掛け、ブルーシートで覆い、自然乾燥をしている状態。もぬけになっている田はすでにそこから脱穀の作業に入っているはずで、こうした田も目立つようになった。待望の新米が口に入る季節がやってきた。

三峰川(みぶがわ)の肥沃な土で育った「美篶米(みすずまい)」は旨い、という話は聞いていたのだが、昨年も美篶米を作っている農家から購入した、という「信濃屋中米商店」Sさんのお誘いを受け、クルマでこのお宅まで新米(玄米)を取りに行く。
事前にSさんからどのくらい購入しますか、と聞かれたので、昨年はどのくらい買われたのですか、と聞き返すと、二俵(120キロ)とおっしゃる。玄米の状態で保存し、少しずつ精米していけば長く楽しめますよ、と聞いたので、一俵(60キロ)お願いしておいた。

美篶の農家に到着し、立派な蔵のある庭先で分けていただく。一俵と聞いたので、関取が力自慢で持ち上げるあの姿を想像していたのだが、平成の世とて、そんなことはなく、30キロずつふたつに小分けされていた。

お礼を言って辞し、一路高遠まで戻る。今度は精米の練習である。高遠に来たときから、この街道筋にあるコイン精米機の存在は気になっていたのだが、もちろん利用するのはこれが初めて。目分量で20キロほどを「白米」に精米したのだが、これで200円ほど。やりかたをマスターしたので、もうこれからはひとりでできる。

その後、杖突峠、塩尻峠を抜け、松本の手前あたりまでクルマで往復する。高ボッチ高原の登山客を観察しようと思ったのだが、あまりに馬鹿馬鹿しいかと思い直し、中止とする。

帰宅後、さっそく土鍋で新米を炊いてみる。市販の米に比べると、研ぎに少し手間はかかるものの、味は別格。堅めに炊いた米を噛みしめると、旨みが口に広がり、香りが鼻から抜ける。これは当分楽しめそうだ。

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2008年10月06日

朝いちばんでリンゴの補充のため、高遠「千代田石油」へ。笑顔で迎えていただく(私だけに、ではないけれど)。
聞くと、「紅将軍」と「信濃スウィート(?)正式な綴り方不明)」が並んでいて、「紅将軍」はシーズン的にこれが最後、とのこと。食べ納めに、こちらをいただいていく。

今日も一日、雨がそぼ降り、終日肌寒い。ときどき、お客さんから、「こんな雨の日に、畳の間で、終日ゆったり本を読んでいたら、気が休まるでしょうね」などと言われることがある。けれども、例えば閉店後とか休店日に、一階の畳の間で過ごすかと言うと、かつてそんなことは一度もなかった。あそこはあくまで営業用のスペース、私的空間ではない。

ふだん根城にしている二階の居室は、値付けをしていない本やら、CDやらLPやら、領収書やら、恥ずかしくて人に見せられないものやらで、それこそ足の踏み場もない。最近は、相棒の「れいど・ばっく」平野さんも恐れをなしてか、入ってこないほどである。
こんな「散らかし癖」を一階の畳の間に持ち込んだりしたら、目も当てられなくなる。

自分でキチンと整理ができるのは、一階の店舗スペースと台所、トイレのみ(台所も、保健所から抜き打ち検査があるので、清潔にしていないといけないのである)。したがって、これらのスペースに滞留する時間をなるべく切り詰めようとする店主なのであった。

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2008年10月05日

喫茶をご注文いただいている方にお出ししているリンゴだが、先日までは「つがる」、最近は「紅将軍」という品種を出している。どちらも、高遠は「弥勒」という集落の産である。
「紅将軍」という名前は初耳だったが、「ふじ」の系統に属すらしい。調べると、あまりスーパーなどの量販店には出回っていないようだ。
杖突街道を諏訪方面から高遠に向かって右側、「栗巾」という集落と「弥勒」という集落のあいだに、コスモ石油のガソリンスタンドがある。「千代田石油」という看板が掛かっているはず。このスタンドは親族で経営されていて、アットホームなサービスでドライヴァーを迎えてくれるが、ここでその「紅将軍」を求めることができる。
ほかにこのスタンドでは、「松茸」も販売していて、隠れた人気がある。安くて新鮮、旨いので、わけ知りの地元の方が良く買われていくのだ。リンゴにしろ、松茸にしろ、生産者・狩猟者(?)の顔が見えている安心感のゆえである。

※本日、三時以降にご来店いただいたお客様にリンゴを出せなかったのは、準備不足で品切れになってしまったからです。他意はありません。お気を悪くなさりませぬよう。

ガソリン・スタンドは、石油高騰のあおりを受け、個人経営のところはどこも苦しい、と聞く。伊那周辺でも閉店してしまったところを見つけた。
地域に愛される個人経営のガソリン・スタンドは、末永く続けていただきたいものだ。

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2008年10月02日

朝少し早起きし、片倉の先の守屋山登山口までクルマで向かう。すでに十数台のクルマが駐車していて、まあそのほとんどが頂上をめざす登山客のものだろう。別に登りたい気持ちが湧き起こることもなく、確認しただけでそのまま引き返す。(登山客ウォッチャーか!)

いつも、岐阜県多治見からいらしていただくお客さんと世間話をするうちに、この方たちが、絵本専門の書店を開いていらっしゃることを初めて知る。買っていただく本の守備範囲が広いので、本好きだとはわかっていたが、全然知らなかった。名刺がわりに自分たちの店が掲載されている本「雑貨屋さんぽ 岐阜・高山編(リベラル社)」までいただいてしまう。閉店後、じっくり目を通すと、こちらのお店『トムの庭』も素敵だが、ほかにも気になる店がいくつもあり、いちど岐阜小旅行を企てたくなった。

トムの庭 岐阜県多治見市住吉町2-27-1 2F 電話0572-23-5402
※「トムの庭」の店名の由来は、「トムは真夜中の庭で(フィリパ・ピアス、岩波書店)」から。絵本、児童書、洋古書などが約5,000冊陳列されている。ほかに輸入おもちゃ、布小物なども。

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2008年10月01日



定休日二日め。

先日、自転車に乗って当店を訪れた若者ふたり組から、「箕輪町から片倉に抜ける舗装路を走って来たんですが、車も少なくて気持ちよかったですよ」と聞いた。この道の素晴らしさは以前にもお客さんから教えていただいていたのだが、確か土砂崩れがあって、不通になっていたはず。工事が終了して、開通したらしい。

と聞くと、ぜひ訪れてみたいと思い、「信濃屋中米商店」Sさんにお願いして、クルマで連れて行ってもらうことになった。片倉の入口が少しわかりにくかったが、道路は思ったより整備されていて、確かにクルマの通行がほとんどない(そのかわり、いが付きの栗が道路に派手に散らばっている)。頂上付近は一三〇〇メートル程度あるようで、霧が樹木を覆っていた。
その後、だらだら下っていくと、箕輪ダムに出る。別名「もみじ湖」とも呼ばれているようで、確かに周辺にはもみじ、落葉松をはじめとする紅葉樹が多く、シーズンの盛りは見事な眺めになることだろう。もうすでにちらほら紅葉は始まっていた。

今日もSさんの奥様に手弁当を作ってきていただいているのだが、昼食には少し早い。そこで、箕輪町に下りた後、一路高遠をめざし、「しんわの丘ローズガーデン」で弁当を広げることにした。ここの薔薇園を訪れるのは初めて、手入れのされた庭園のなかに、色とりどりの薔薇が植樹されている。一二四種、約二八〇〇株に及ぶ、とか。ところどころ花は咲いているものの、オフシーズンとてほとんど人影がない。ほのかに薫る薔薇の芳香のなかでいただく弁当は、格別にうまかった。

食後の珈琲が飲みたくなり、荊口(ばらぐち)の分校館まで足を延ばす。先日、ここで催された「蜜蝋キャンドル講習会」は盛況だった由、良かった。娘さんとの散歩帰りだった飼い犬「小太郎」くんと初めて会う。

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