2009年06月

2009年06月30日

定休日一日目。

ぐずつく雨のなか、蓼科高原の奥、麦草峠をめざす。ここは標高2,100メートル、国道では日本で二番目の高さとか。

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▲高原中腹からの下界はこんな感じ。曇っていてよく見えない


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▲途中、糸萱のあたりだったかにあった「札場」。山の中ゆえ、何が目的なのか、わからず


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▲麦草峠の少し手前にある、日向木場展望台。ご覧のごとく、全くの霧の中


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▲麦草峠の駐車場。悪天候とはいえ、観光バスをはじめとしてクルマは何台も来る


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▲この峠から、「白駒池」に抜ける道がいいようだ。今日はぬかるんでいたので次の機会に


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▲帰りがけ、「横谷渓谷」に寄る。国道から少し歩いたところにある「乙女滝」へ。滝の近くには、「マイナスイオン指数 20000個/cc」の看板が。観光協会が立てているようだが、この看板は渓谷のあちこちにある。少し目障り


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▲乙女滝


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▲渓谷のもう少し奥にある「霧降の滝」にも行ってみる


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▲霧降の滝


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▲汗も少しかいたので、締めに「石遊(いしやす)の湯」に入る。前回は道に迷って辿りつけなかったが、今回はわかった


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▲ここは、元軍需用の鉄鉱石の採掘場だったそうだ。露天風呂がふたつ、内風呂はない

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2009年06月28日

高遠と新宿を直通で結んでいた高速バス「南アルプス号」が、この七月をもって廃止となることが決定した。
伊那バスのホームページで発表されたのが、6月19日、廃止が7月31日というから、唐突の感は否めない。しかるべき関係者は知っていたのだろうが、住民に向けてアナウンスされた、という記憶はない。実際、お客さんと話をしていても、知らなかった、という人もいる。新聞報道がインターネットの発表より何日も遅れて、というのも何か腑に落ちない。
廃止になること自体について、とやかく言うつもりはない。運営母体がJRバス関東をはじめとする民間企業であるし、採算が取れるのは一便について、乗客最低二十人ということだから、ずっと赤字が続いている状態だったのだろう。私も何度か利用させてもらったが、いつも同乗者は数名ということが多かった。

しかし、いくらなんでも告知から一ヶ月ちょっとで廃止というのは、早すぎではないだろうか。廃止時期にしても、帰省客の多い八月のお盆の時期まで待てなかったのだろうか。たぶん、何らかの事情があるのだろうが、廃止と聞けば、その前に東京に出かけて用事を済ませたい、と考える人もいるだろうに。

伊那市側では、高速バスを運営する三社に対して継続を要望する、ということだ。廃止の情報はリークしなかったが、要望する姿勢を示した、ということだろう。また、ある紙面では「高遠町地域協議会」として、廃止になったあとも、桜や紅葉の時期の運行を求めていく、とか。こうした記事を読むと、直通の高速バスとは、そもそも何なのか、という思いが募る。高遠のほとんどの住民、商業関係者以外にとって、この路線は生活便ではないのか。それも、クルマを持っていない、あるいはもうクルマに乗ることのできない高齢者が、何かの用事で東京に出たいときの足ではないのか。そういう便であれば、観光シーズン以外に、定期的に発着をしていなければ、何の意味もないだろう。

もうひとつ気になるのは、今も高遠・新宿直通バスとは言っても、伊那市街を通って新宿に向かうわけだから、高遠から伊那市街までのバスの接続、料金等を調整すれば、別に廃止になっても実質同じではないか、という論調の記事も目にした。私はヨソ者だから、土地に対する愛着は薄いけれども、地元の人にとっては、それは違う、と言いたいのではなかろうか。時間と金の問題だけではないのだ。直通便が無くなる、というのはそれは寂しかろう。
このあたりの人は、私は最初わからなかったが、バス停のことを「駅」と呼ぶ。タクシーに乗って、栗田の駅で降ろしてくれ、という会話が通じるところでもある。それだけ、バス便に対する愛着が深いのだろう。たとえ、クルマに頼って、利用はしなくなっても。

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2009年06月24日

カメラを忘れてしまって、写真がないので、備忘録的に、この二日間の行動を。

定休日一日目の火曜日は、ヤギ飼いのIさんのお誘いで、南木曾(なぎそ)へ。南木曾というのは、中山道をどんどん下った、妻籠宿や馬籠宿のあるあたりである。両宿場とも寄らなかったが、Iさんのお気に入りの「木地師の里」というところを見学する。ここには工房と店舗を兼ねたようなところが何軒も集まっていて、漆などがかかった完成品ももちろんあるが、ロクロで挽いたいわゆる木地の状態の盆、碗、器などが豊富に揃っている。漆工芸をやっているIさんは、いくつか店の方に品定めの質問をしていた。
小腹がすいたので、入浴を兼ねて、「木地師の里」の近くの「滝見温泉 滝見の家」へ。ここは偶然に発見したのだが、平日以外は立ち寄り入浴はできないようで、拾いものであった。滝(というか川の段差)を眺めながらの、内風呂・露天の白木の浴槽がふたつ備わっている。湯は沸かしだが、かなりヌルヌルしていて、肌にまとわりつく。全くの貸し切り状態であった。禿げオヤジ二人の貸し切りというのも、しりあがり寿的に不気味だが。湯上がりに、盛り蕎麦をいただく。ここの宿は、一日一組限定のようだが、そういう厨房あっての蕎麦の味、という感じがした。小鉢ふたつが付いて六五〇円、日帰り入浴も貸し切り状態で七〇〇円、とどちらも良心的。帰りは清内路村(せいないじむら、現在は阿智村に編入)、昼神温泉、飯田と抜け、高遠へ。

定休日二日目の水曜日は、山小屋住人Kさんのお誘いで、諏訪湖畔を散策しながらの、岡谷市「旧林家住宅」への旅。諏訪湖は諏訪市の温泉側は良い意味でも悪い意味でも俗化している感じだが、岡谷市に入ると、ほとんど手つかずの自然が残されている。というよりも、あまり関心を持たれていない、ほっぽらかしの諏訪湖の姿がある。Kさんはこちらの諏訪湖の姿の方がずっと好みのようで、この湖畔をひたすら歩きながら、「旧林家住宅」へ向かった。「旧林家住宅」というのは、岡谷の製糸業の興隆に功績のあった林國蔵の旧居で、現在は国の重要文化財に指定されている。Kさんは何でもン十年前に、往復ハガキで見学を受け付けていた時代から来たかったそうで、今日はン十年の念願がかなったことになる。現在では、入館料(五五〇円)さえ払えば、誰でも見学することができる。ここは金唐紙がそのまま残存していることで有名なそうで、そのためもあってか、見学には解説の女性がつききりで案内してくれる。
林國蔵という岡谷の三大製糸家のひとり(あとのふたりは、片倉兼太郎と尾沢金左衛門か?)は、どうも書画骨董の類にはあまり関心がなく、潤沢な資金を建築内装の方に掛けるヘキがあったようで、この旧居も実に手が込んでいる。また、来客があるところ、商談をなすところ、仏間などにはこれでもかと贅を尽くすが、ふだんの居住の空間は案外質素で、こんなところに明治の実業家の気風が現れているのかも知れない、と感じた。また、何より実際は、ここにはほとんど住んでいなかったものと思われる。あまりに保存状態が良い。
汗をかいたので、帰りに「岡谷温泉ロマネット」というローマ風呂をうたった公衆浴場へ。確かにステンドグラスと円形の大浴槽のある古代ローマ風(?)の風呂であった。

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2009年06月22日

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高遠「まめや」で求めた「おから」でおから煮を作ってみた。
昨日は、雨で客足が少なかったので、一日台所に立って、常備のおかずを何種も作っていた。そのなかに、ごぼうとにんじんのキンピラ、白菜と油揚げの煮浸しがあった。料理はなるべくしたくないので、作るときはどれも鍋一杯つくる。その大量のキンピラと煮浸しの一部を取り出し、生椎茸を加え、おからとあわせてみた、というわけである。

やはり、いちばん楽しかったのは、この雪のようなおから(というより卯の花か、私は耳にしたことがないが、関西では雪花菜[きらず]と呼ぶそうだが)を胡麻油で炒めたときだろうか。サラサラとしたおからが油に少しずつ馴染んでいくときの手の感触と香ばしさが、何とも心地よい。このおからも、たまに注文することにしよう。

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2009年06月21日

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高遠「山室」に、知る人ぞ知る豆腐職人がいる。「まめや」のご夫妻である。以前、ここの工房を訪れたことは、ブログに書いた。そのときは、原則的に店頭売りはしていない、ということと、私の店のある「栗田」方面には配達の便がない、ということで、食べる機会を失っていた。
ところが、高遠「野笹」に住む「信濃屋中米商店」Sさんが、ここの豆腐を配達してもらうことになったので、これに便乗し、私の分も一緒に配達してもらうことにした。私が取りに行くか、ついでの時に届けて貰うかすればいいのである。豆腐一丁にそこまで、と思うかも知れないが、ここ「まめや」の奥さんは、その豆腐一丁を、契約した先に一軒一軒配達してまわっているのである。まあ、食べた人でなければわからないだろうが、そこまでひとを突き動かしてしまうほどの力が、ここの豆腐にはある。

先週の第一回目の配達では、「木綿かため」をいただいた。淡泊ななかにも深い味わいがあり、何か豆腐とは別の食べ物のようだった。ところが、新しく「木綿やわらか」というものができた、というので今週はそれと、追加で「おから」を頼んでみた。この「木綿やわらか」だが、実にうまい。先週、ひそかに豆腐を食べるために、ちょっぴり高価な小瓶の醤油を買い求めておいたのだが、一口豆腐を食してみて、この醤油の封を切ることを止めにした。これは、生で食べるのが、いちばんうまい。まるで、高価な生菓子のよう。小さなスプーンをひとつ用意して、ちびりちびりと舌のうえでころがしながら食するのが、正しい食い方ではないだろうか。

高遠には、とてつもない職人が何人も住んでいるのである。

豆腐工房まめや

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2009年06月17日

定休日二日め。

当初、辰野にある霧訪山(きりとうやま)に登ろうと思っていたのだが、昨日かなりの雨が降ったため、足下もぬかるむかと危惧し、断念。代わりに、木曽の開田高原の青空を眺めに行く。何が代わりか良くわからぬが。
開田高原は、そこで収穫される蕎麦が有名だが、「木曽路はすべて山の中」の木曽にあって、明るい光に満ちている。今回は地蔵峠をぐるりとまわって、帰ってきた。「木曽福島」や「奈良井」と行った整備された木曽の観光地にはない、鄙びた雰囲気を、「末川」あたりで発見して、また違う木曽の魅力を堪能できた。夕方から、恒例の「信濃屋中米商店」Sさん宅の夕食会にお招きいただいているので、名物の蕎麦は食さず。

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▲地蔵峠に向かう入り口の末川村


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▲石碑、双体の道祖神、庚申塔、二十三夜塔、馬頭観音などが一カ所に集められている(写真は二十三基あるという馬頭観音)


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▲西国三十三カ所を象徴する石仏と供養碑が納められている堂宇


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▲地蔵峠の中腹にある展望台。末川から木曽福島に抜ける道は舗装されているが狭く、クルマのすれ違いはしづらい


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▲展望台から眺める木曽御嶽山。曇っているこのくらいの山容が、品があってよろし


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▲地蔵峠の頂上付近。「旧飛騨街道」の標識が立つ


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▲峠を下ると、木曽福島側に現れる「唐沢の滝」。明治の頃は、木曽三勝のひとつ(あとのふたつは寝覚の床と、王滝の氷ヶ瀬)に数えられたそうだ


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▲現在の滝の標高差は百メートルほど。滝下の道が改修される以前は、さらに三十メートル以上、差があったという


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▲木曽福島に抜ける手前の集落で出会った双体の道祖神


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▲そのすぐ脇にある三体の道祖神。開田の道祖神は、高遠におわす神々に比べて、お顔立ちがかなり異なるのが興味深い

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2009年06月11日

初回のピアノ・レッスンを受けに、伊那市西箕輪の「サンタベリーガーデン」へ。私の前のレッスンでは、かわいい姉妹が一緒に教わっていた。
まずは、持参したバイエル教則本の、自分で練習していたところを先生に聴いてもらう。先生の方でも、大人向けの教則本(指のナチュラル・ポジションを習得するためのもの)を用意していただいていて、そちらは初見(というのも大袈裟だが)で、つっかえつっかえ弾いてみた。
これはある程度、予測されたことだが、家で練習している電子ピアノは、タッチをグランド・ピアノに模しているようで、かなり鍵盤を弾いた時の感じが「重い」。比べると、先生のところにあるハンマー+弦のピアノは「軽い」、というか押すと音がスッと出る。ずっと弾きやすい。しかし、いつも重く感じる鍵盤で弾いていることは、別に悪いことではないそうだ。プロ野球の選手が、練習では重いバットを使い、試合になると軽いものに変えるようなものなのか。

ふつう、ピアノの初心者は、たいがい鍵盤をじっと見ながら弾くそうである。もちろん、これは正しくなくて、目は楽譜、手は鍵盤をブラインド・タッチというのが望ましい姿である。私はブラインド・タッチが大前提と思っていた。だいたい、目が悪いので、眼鏡を掛けていても細かい楽譜を追うのに精一杯で、鍵盤を見ている余裕などない。思うに、これはパソコンにずっと接していたことが役立っているのではあるまいか。
五十を過ぎてピアノを習おうとされている方に、ぜひ言いたいのだが、この年代の人であれば、二十年近く、モニターを見ながらキーボードを叩いた経験を持つ人が少なくないのではないか。このことは、ブラインド・タッチを習得するには、大きなアドバンテージになると思う。また、キーボードを打つ際に、ピアノでは打鍵が苦手とされる薬指・小指をずっと使っていたのだから、これも多少は益するところがあるだろう。
ピアノのスタート・ラインということで考えたとき、それは子どもに比べれば、指の反射神経や音感などの伸びしろはずっと小さいに決まっている。しかし、単純な練習を繰り返す忍耐力、メロディを奏でる歌心などでは決してひけはとるまい。人生の余裕で弾く、と言ったら、少しクサイか。

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2009年06月09日

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定休日一日め。

先月の末に、電子ピアノを買った。カシオの人気機種で、安いものだが、いちおう88鍵ある。初心者には十分であろう。これでも、クラシック・ファンの端くれで、四十年近くLPやらCDを聴いてきたが、いいかげん、ただの聴き手であることには飽きた。ピアノは実家にあって、妹はよく弾いていたが、私自身は弾いたことがない。生きていれば、の話だが、これから十年、二十年かけて、ソナタ・アルバム中の一曲でも手中に納められれば、上等であろう。

電子ピアノ購入後は、バイエルをひとりでポツポツ練習していたのだが、そのうちに、これは誰かに教えを請おう、と思った。ひとつは生来の怠け癖、強制的にに弾く機会を作らねば、ということ、もうひとつは独習で変なクセを付けたくない、と感じたからである。調べてみると、五十過ぎの大人のピアノ教室には、大手のピアノ・メーカーや販売店が主宰しているものが数多くある。しかし、集団レッスンという形態のものが多く、講習の様子を収録した動画も見てみたが、あまり食指の動くものではなかった。ここはやはり、アコースティックなピアノを使った、個人指導を受けたいものだ。

ネットでいろいろ調べてみると、伊那市の西箕輪に「サンタベリーガーデン」というベリー類(ラズベリー、ブラックベリー、グースベリーなど)の農園があり、そのなかに音楽教室があるではないか。せっかく音楽教室に通うんだったら、ベリー農園のなかで習いたい、と思うのは罪だろうか。五十過ぎのオッサンの発想にしては乙女っぽくて、気色悪いか、そうか。

ともかく、訪ねてみないことには何もわからないので、サイトの地図を頼りに出かけてみた。農園のなかに、喫茶店があったので、そこで熱いベリー掛けのアイスクリームを注文、そこの女性店主にピアノ教室のことを聞いてみる。すると、ピアノの先生は、彼女の娘さんということだった。たまたま、レッスンの合間だった、赤ん坊を抱いた先生にお会いして、いろいろ話を聞き、ピアノにも触らせてもらう。イメージどおりの教室だったので、さっそく明後日からレッスンを受けることになった。五十過ぎのピアノ人生のはじまりである。

追加:tabiさん(高遠「山室」の山小屋住人で、孤高のピアノ独習者。当店のお客さんでもある)、これをお読みでしたら、報告です。やっと、ピアノの練習を始めましたよ。
※冒頭の写真は、「サンタベリーガーデン」のなかの喫茶店「カフェナータ」

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2009年06月08日

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たまたま夜中に付けたテレビで、「タモリ倶楽部」を放映していたので何気に見てしまう。以前は私の愛する番組だったが、こちら長野では放映されていないものと思っていた。どうも、何日か遅れで、深夜にオンエアされているらしい。
今回の特集は、「塩ビ管スピーカー」。塩ビ管とは、雨水を軒樋から地面に流すために、軒樋に対して垂直に付いているネズミ色の管、あれである。昔から、何でもスピーカーにしてしまう人(そしてその反応を楽しむ人)はいたが、この塩ビ管スピーカーにも同好会があるらしく、今回はその同好会の面々が自作を紹介する、という構成になっていた。
テレビなので、実際にどんな音が鳴っているかは良くわからないが、すがたかたちは実に面白い。球体関節人形ならぬ、球体関節スピーカーと呼びたくなるようなものもなる。これを見た人で腕に覚えのある人は、だいたい作りたくなるのではなかろうか。
番組では試聴に「クルセイダーズ」というグループのしゃれた音楽(こっち方面は昏いので全くわからず)を使っていたようだが、はて、この塩ビ管スピーカーにいちばん似合う音楽は何かと考えた。ずっと考えていて、ふと思いあたったのは、椎名林檎だ。あの声と音楽こそ、このスピーカーから出てくるのにふさわしい。例えば、松任谷由実の「翳りゆく部屋」をキテレツにアレンジした彼女の声を、このスピーカーから聴いてみたい、とは思わないか。私はそのためだけにでも、このスピーカーが欲しい。
※冒頭の写真は、番組で取り上げられていた塩ビ管スピーカー「マサイ」(ネーミングはマサイ族に似ているから、とのこと)

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2009年06月03日

定休日二日め。

子ども用の楽譜集で欲しいものがあって、伊那を探しても見つからなかったものだから、これは松本まで行くしかあるまい、と思いクルマで出かける。確か「松本パルコ」の上の方に楽器店があった、という記憶をたどって向かってみると、そのとおり楽譜売り場が充実していた。出版社ごとの比較をしたうえ、何点か購入。

その後、一度行って見たかった(行ったことがあるのもかも知れないが)、松本近郊の浅間温泉に足を延ばす。ここは歴史が古く、旅館の数も結構あるのだが、共同湯の情報があまりない。入った喫茶店で教えてもらった共同湯「浅間温泉会館」は、もしかしたら工事中かも、ということだったが、着いたら確かに工事中だった。仕方なく、温泉場内をウロウロ走っていると、「仙気の湯」という、それらしきものを発見。入り口に、券売機があったので、近くにクルマを止め、タオル片手にのれんをくぐる。旅館の風呂を「立ち寄り湯」として開放しているところもあるが、私はやはりこういう寂れ気味の共同湯が好みである。別にたいした条件を付けるわけではないが、個人的に共同湯に求める条件とは、

1.浴槽が広くないこと(せいぜい二畳〜六畳程度)
2.掛け流しであること(塩素の匂いはたまらん)
3.人工的に気泡を送り出す装置が付いていないこと(ブクブク泡が出ていると落ち着かない)
4.設備が適度に古びていて、そのかわり清潔であること
5.カランはあってもなくてもいい

たったこれだけである。ここ「仙気の湯」は、上の条件をすべて満たしていた。よく行く上諏訪の「大和温泉」もこの条件を満たしている。ただし、いわゆる「スーパー銭湯」の類は、この条件をほとんど満たしていない。中信・南信にある温泉は、ほとんどこうしたタイプだから、少し寂しいのである。
帰りがてら、隣に豆腐専門料理店を構える「豆腐まるゐ」という店で、おおぶりのもめんときぬごしをお土産にする。

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▲浅間温泉「ホテル玉之湯」直営という「つけもの喫茶」に入った

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▲つけもの三品に、ココナツぜんざい(小)が付いて、六五〇円也

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▲共同湯「仙気の湯」の全景

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▲こことは違うところにあったようだが、江戸時代から続く湯

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▲「湯の街通り」に掲げられた看板

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▲温泉街の奥の高台にあった「山の手使い湯」

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2009年06月02日

定休日一日め。

鬱陶しい雨が続いた合間の快晴の日に、「信濃屋中米商店」Sさんのご案内で、東高遠と勝間のお寺を巡る。Sさんは何度も訪れているようだが、私はこちら方面に足を踏み入れるのは初めて。
東高遠では保科正光創建による「樹林寺」、武田信虎の墓がある「桂泉院」、高遠城主だった鳥居忠春が再興した「峰山寺」、勝間では曹洞宗の古刹「竜勝寺」を案内していただいた。まあ、今日の寺寺を全く知らなかったということは、高遠の魅力の半分も味わっていなかったことか、と自省。特に最後に訪れた「竜勝寺」はもっと知られていいような、このまま知られて欲しくないような、山深い地にある名刹だった。

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▲樹林寺の山門前

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▲山門前にある板碑(?)。台座のところに三猿が彫ってある

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▲本堂。正面の彫刻が手が込んでいた

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▲高遠城の鬼門にあたるため、保科正光はここに樹林寺を創建したそうだ

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▲樹林寺のすぐ近くにある「桂泉院」。織田軍は飯田市の開善寺を落城させた際に、奪った梵鐘をこの地まで引きずってきた、と言われる。その梵鐘を納めた鐘楼

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▲この桂泉院では高遠石工のなかでも名工として知られる守屋貞治の石仏を拝むことができる。こちらは聖観音像

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▲同じく准胝(じゅんてい)観音像

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▲同じく延命地蔵像

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▲ここ峰山寺(ほうさんじ)には、高遠ゆかりの名士の墓がある。「高遠藩の藩学の祖」と言われる阪本天山、その門人で、「高遠の学」を完成させたとされる中村元恒、元恒の孫で「日本の林学の祖」と言われる中村弥六などである

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▲裏の墓地にある、高遠城主鳥居忠春とその母堂の五輪塔。かなりの大きさ

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▲境内にある石仏。台座に古銭がお供えしてあったのには驚く。もちろん、あの世の方がお供えされたのだろうが

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▲最後に、「竜勝寺」にお参りする。山深くに寺域があるせいか、まるで盛夏のように蝉がにぎやかだった

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▲井上井月の遺筆の句碑。「何処やらに 鶴の声聞く 霞かな」と彫られているのだろうか。臨終の床での書、ということだが

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▲参道脇にある巨大な古木のうろ。一帯を睥睨している感じだった

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▲石仏もあちらこちらで見られる。また、ここはこの時期に良く出現する「奇想の野草(私が勝手に名付けた)=マムシ草」の宝庫であろう

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