huapua*゜

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こんにちは。



オリンピックのおめでとう、
受験生のおめでとう、
就職のおめでとう。
この冬から春への季節の変わり目は、おめでとうで溢れていますね。




ここで私事ではありますが。
私事だからこそブログで書くのだけれど。


先ほど
この春での大学卒業が決まりました。




あまりTwitterでは書いてはいませんでしたが、わたしはここ2年、働きながら通信制の大学に通っていました。諸事情で現役での大学生活はどうしても続けられなくなってしまった。諦めてしまった自分と家族への言葉に変えられない悔しさやら申し訳なさなどから、編入という形で入りました。



机に向かっての勉強は嫌いじゃない。
でも働きながらは本当にしんどかった。
金銭的な面でもしんどかった。
しんどいからこそTwitterが捗ってしまったり、食べ物に走ってしまったり(それは昔も今も…)。



わたしに褒めるところなんか全然ない。
それでも東京に来た理由の1つを終えた自分にようやくおめでとう、頑張ったねと言えます。





この歳になって、あの時あーしていれば、こーしていれば、と何度も何度も思うことが増えました。
今も思うことが多いです。

今できることを少しずつ捕まえていくこと。
大切にしたい。
もっともっと頑張りたい。
のんびりもしたいけれど。




他人と比べることが多かった2年、
だからしんどかった2年。


わたしはこれからもわたしを生きるから
少し前の自分と比べていこうと思う。





少し前の自分と比べて、
今日のわたし、お疲れ様。
そしておめでとう。

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今お手持ちのスマートフォンのカメラロールを、自分のために最後に見返したのはいつですか?


年賀状(もしくは結婚式の招待状!)以外に、どうしても手紙を書きたくなって、便箋に文字を綴ったのはいつですか?




パッとスマートフォンを出せば、写真を撮り、メールを送り、すぐに欲しくない情報も欲しい情報も目に入る。
友達とだってSNSを通して出逢える。



とても便利な世の中になったと思う。
全てが気軽な世の中。




「手紙は書くのが大変で届くのが遅い」
「フィルムカメラはお金がかかって枚数が限られていて現像するのが大変」
よく聞く言葉たち。
不便を嘆く声から便利は生まれる。





わたしだって、日々電子レンジという素晴らしい文明機器にお世話になっている。料理をとても楽チンにしてくれている。




でも、
料亭に食事をしに行く人がいなくならないのは何故だろう。
手紙がなくならないのは何故だろう。
フィルムカメラがなくならないのは何故だろう。
本がなくならないのは何故だろう。





きっと、手間をかけて出来上がるものを愛おしむ人たちがいるからだ。



わたしも、フィルムカメラで写真を撮り、写真屋さんと話してお金をかけて現像して、ありがとうございますと笑顔で受け取って、写真を見返すというその手間を愛おしいと思う人間の1人。

しかし反対に、すぐに撮って確認したいものはやはりスマートフォンやコンパクトデジカメに登場してもらっている。

わたしにとってどちらも大切な「撮る」という行為。





わたしたちは毎日このスマートフォンを通して沢山のことを行なっている。人間関係も気軽になってないかな、とわたし自身に問いかけてみたりする。

批判するばかりになっていませんか?
気軽に批判していませんか?



便利なことが好きな人もいる、不便さを愛おしむ人もいる。
便利が良いわけでも、不便が悪いわけでもなく、そのモノの先にいる相手を思いやる余裕を大切にしたら、ちょっと柔らかい毎日になるのではないだろうか。



人の「好き」を奪う権利は誰にもない。





誰かの「好き」に触れた時、




「それも素敵ね。」




「だって」「でも」を加えず、素直にそう言える余裕がある、ちょっと優しい人になりたい。