2016年05月12日

春が来た

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 ゴールデンウィークを少しずらして開田に来たのだ。スキーに来たのが2月だったから久しぶり!
フキノトウはもう終わっていて、庭の片すみの行者ニンニクだけがようやく伸び始めた、といったところ。

途中の道の駅「木曽市場」で聞いて見たところ。開田のワラビはまだのようで「ぼつぼつ採れはじめた」ところ・・・
あと一月といったところかな?レンギョウだったか?唯一、花を咲かせているけど何となく寂しいのは人出がすくないせいか?

雪に埋もれていた、柵の一部が外れていたり、腐ったりしていたので電気ドリルを用意してきたので、柵の修理をすることにしたわけで・・・・草刈機を用意したが、まだほとんど草は伸びていないのでこれは次回に回すことにした。
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移動式の柵の下部を取替え。現物合わせで板を切って付け直すだけだが、意外と手間がかかるのだ。
補強金具を使うとしっかりすることが分かったので、次は用意しよう!防腐剤を塗ってできあがり。

この次は他の柵の塗装をしよう!その頃にはワラビもきっと伸びているだろう!

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2016年04月01日

小梨平番外編

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   間の抜けた話で申し訳ありません!小梨平キャンプお翌日の話。さわんど温泉にY崎さんが宿を予約していてくれたので、小梨平キャンプ場を引き払って池の平から釜トンネルと前日の道を引き返したわけで・・・

昨日とは打って変わった天気で曇天。山は曇り空で眺望悪し!宿に着いたら予約客は我々グループだけで、ここでも貸切状態。宿の主人があれこれと世話を焼いてくれて・・・いろんな話のなかで・・・宿の主は、昔は熊打ちもしていて今年捕らえた熊でちょうど100頭とか。「熊の皮ならいっぱいあるよ!」宿の玄関の壁には熊の皮が伸ばして飾ってあって・・・。

 今年のキャンプは尻が冷たかったのを思い出して、聞いて見た「猟師が冬に尻に下げていた敷き物の・・・」「あるよ!」さっそく見せてもらったのがこれ。「雪の上で何時間も座るので滲みてこないように、なめしはしていない」そうだ。二枚を重ねてごわごわ。(ちょっとイメージが違うな)最近の山の装備にこれはさすがに合わない。

 宿の食事は美味かったし、ひなびた温泉も良かったのだ。「来年もここだね!」

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 その後、松本に出たわけで。愚生は松本城は初めてで、松本城の向こうに常念岳が見えて「これはきれいだ!」松本の人が常念岳を愛するのが分かるきがするのだ。

 古い木造の松本城に内部も小ぶりながら良いもので、名古屋城などが木造に復元したいという話が出るのも分かる気がする。(建築費などの問題の話は別にして)

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松本城のすぐ近くにある開智学校も見どころのひとつ。擬洋風とかの建築物で日本建築の大工が話だけで東京などの洋風建築をみて造り上げたというのがこれで、遠くからみると見事にそれらしく造られていて・・

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それでも近づいてみると、飾りの雲は何やら浮世絵の雲の形をしていて、開智学校の両側の子供はきっと天使で背中に蝉の羽根のようなものが張り付いていて、きっと依頼された大工は必死になって西洋を探ろうとしたのだろね。好きだなこう言うの・・・

この必死さは校内の授業にも見て取れて、本気になって教育を考えていただろうと想像できるのだ。なかには背中に赤ん坊を背負った「子守の女の子」のための授業もあって、子供を背負ったままで大きな輪になって授業を受けてている写真が残っているのは貴重だ。いちど松本を訪れたら見学する価値はある。

話が終わるには時間がかかり過ぎたが、今回も良いキャンプだった。

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2016年03月16日

小梨平雪中キャンプ 2日目

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  防風壁(?)のおかげか思ったより寒くはなかったが、明け方直前はさすがに冷えた。せっかく持参したダウンのパンツを穿かなかったせいもある。とくに下半身が寒いし、おまけに尿意を催し眠れるもんじゃない。

辺りがようやく明るくなったので思い切ってテントの外に出たのだ。昨日と打って変わって曇天。散歩がてらトイレに行くことにした。冬のトイレはどうするか?キャンプ場でなければ、その辺に穴をほって用をたすのだが、ここはキャンプ場。トイレはある!
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  300mほど歩いたところの夏用トイレの裏にに冬季用のトイレがある。誰もいないはずの上高地に冬季用のトイレがあるのだ。このトイレ、水洗トイレなのだ。(素晴らしい!)ただ、便器の下にまるで川のように水が流れていて、それもかなりの急流なのだ。しかも大きなロールのトイレットペーパーもある。きっと定期的に管理されているのだろう。これはありがたい設備。

 たしか、冬季用のトイレはバスターミナルのある大きな建物の裏にも一箇所あったはずだ。
テントサイトに戻るとみんな起きだしてきた。「夕べはぐっすり眠れました」みんな雪中キャンプはベテランだ。
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 昨日の夕食のすき焼きの残りがうまい餅入り雑炊になった。Nさんのこだわりコーヒーを飲んだら河童橋に戻って対岸のスノーシュートレッキング。今年は去年と違って雪があるせいか、夏なら湿原で行けないところも歩くことができる快適さなのだ。
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湧き水のむこうの岳沢(だけさわ)が微かに見えるが、その上の穂高はガスって見えない。天気は夕方には雨の予想だから、われわれは快晴の穂高を昨日見ることができ運が良い。

ほとんど貸切状態の景色のなかで、たっぷり遊んでからサイトに戻り撤収し昼食。贅沢な時間は終わった。
およそ3時間ほどかけて釜トンネルの出口まで歩き(帰りはほとんど下りで楽)さわんど温泉で一泊。最近はコノパターンが多い。大人のキャンプなのだ。冷えた体(でもない)、大汗かいた(でもない)適当に疲れた身体に温泉はたまらなく快適なのだ。(まだ続く)

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2016年03月10日

上高地雪中キャンプ

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 「今年は雪がありそうです!日程あけておいてください!」去年は4月に入っていたはずなのでだいぶ早い。
今年も釜トンネルの入り口のスタートなのだ。

このところ暖かいのでアイゼンは要らないと思いますが、スコップは持って行きましょう。暖かいとはいえひとつ違うと零下10℃のキャンプなのだ。ひとつ気になるのはトンネル出口付近のなだれが厭だ。
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 アイゼンを置いていくにしても少なくてもこれだけの装備になった。SさんやY崎さんは水や食料でもっと重いはずなのだ。登山届けを出して出発!釜トンネルは1300mあり上りの側道をヘッドランプを点けて歩く。当然ながら中は真っ暗。ときどき壁面に距離を示す表示が明るい。
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 ようやくトンネルの出口に着いた。トンネルを出ると
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 雪はあった!去年工事中の新しいトンネルもかなり出来ていて、聞くと7月には開通するとか。
この山裾を歩くのは冬の季節としては最後になるわけで・・・・

しばらく歩くと大正池に出た。
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「わーっきれいだ!」思わず叫ぶほどの景色だ。白く輝く右に明神岳、すぐ左が前穂高に吊り尾根に続いて奥穂高岳を望めるのだ。河童橋からの風景も良いが、ここからなら前穂がはっきり見える。

去年は雨模様で曇っていて見ることができないし夏にタクシーやバスで来る時はあっと言う間に通りすぎてしまうため、この景色は愚生は初めて見ることができ感激だ。これだけで来た甲斐があった。
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帝国ホテルの前に着いた。左記の大正ホテルも同様まだホテルは営業していない。

道路は除雪してあるが、ここからスノーシューを着けた。
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バスセンターを横切って道の無い梓川沿いにでる。
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画面右手が上流で河童橋にでる。河童橋を過ぎると・・・・10分ほどでh26赤DSC_1689
小梨平キャンプ場に到着。さっそくテント設営。
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Sさんがすごい勢いでテントの周りに雪のブロックを積み始めた。今は天候が安定しているが風が吹いたり吹雪になった時はこの壁が役に立つのだ。愚生たちも雪を積み始めた。
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SさんとKさんが顔を出していたベンチを利用してテーブルにして雪のベンチを作りはじめた。そして風が後ろから吹きつけると言って、ここにも防風壁を作りはじめたのだ。
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日が落ちると急激に温度が下るので早めの夕食。3時30分の予定だったが4時の夕食。
今夜のメニューはおなじみのY崎さんの「すき焼き」だ。美味かった!この景色の中でなんという贅沢な食事だ。

夕食が4時になったのは訳があって、食事の前に愚生がこの雪中キャンプに間に合うようにつくった「鹿肉の燻製」をみんなで食べたのだ。

この鹿肉はY崎さんに「フクロウさん鹿肉要りますか?」といわれ「鹿肉のスモーク」ができたのだ。乾杯しながら鹿肉スモークを食べたのだから正確には3時30分から食事は始まっていたことになる。

というわけで就寝はたぶん5時から6時の間に眠ってしまったのだ。寒さに備え羽毛のテントシューズを履いて寝たので寒くはなかった。気温はたぶん零下5〜6℃(だと思う)−10℃までは下らなかった。

10時ころみんなテントから出て「冬の星座」を見に河童橋まで行った。あまり目の良くない愚生にもはっきり見えるほど満天の星。星の名前に弱い愚生だが、Nさんが教えてくれたのは「シリウス」と「オリオン」。

いっぱい説明されるとたぶん忘れるので二つだけ覚えた。シリウスはハリーポッターの大犬に変身するあのシリウスなんだと。(大犬座のシリウスとの説明に納得)愚生にしては珍しく楽しんだ星座観察だったのだ。(明日に続く




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2016年03月03日

味噌仕込み


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   もう何年になるだろう?「そろそろ味噌を仕込みます。寸胴お願いします!」
もともとは、大型の燻製を作るために買ったた寸胴(バッ缶ということもある)だが、年に数回しか使わないのが、いまではすっかり味噌作りでも活躍しているのだ。

 比較的大きい寸胴に前夜から大豆を浸けておいて、翌朝早くからガスに火を点ける。しばらくして泡がさかんに出てくる、ここで就いていないとすぐに吹きこぼれるんだと・・・・

泡をすくって大豆が適当な柔らかくなったらミキサーの親戚みたいな器具で豆をつぶす。このあとどうやら米麹(こめこうじ)か豆麹を混ぜるようだが、いつもこの時に愚生はいないのでどうしているのかは知らないが、こうなるのだ。
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  豆がつぶされて、その向こうに米麹があるのでどうやら混ぜているらしく塩も必要らしいのだ・・・
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 これを丸く固めて味噌容器に漬け込む。空気が残らないように投げ入れるようにしていたのは覚えている。
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空気を押し出すように平らにして塩をふってはまた味噌だまを重ねて封をして落し蓋をして重石をかけて出来上がり!

我が家ではこれを再来年に食べ始めるのだ。だから漬ける量はちょうど1年分ということに成る。考えてみると愚生は味噌作りの手順はほとんど知らないのだ・・・味噌の仕込みご苦労さまでした。


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2016年02月18日

久しぶりのゲレンデ

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  ほんとに久しぶりのゲレンデ。最後に家人とスキーを車に積み込んだのは何年ぶり?
「もうスキーはできないかと思っていた」

「まず、滑ることができるか!」それが二人とも心配だったのだ。「この券は使えません!」いきなり言われた。
このマイアスキー場はシニア券が50歳から使えるのだ。一日2500円は「お得ではないか!」申し込みに身分証明が必要で、それが面倒で翌年までログハウスに置いておいたのだが・・・・

何年も使わないうちにデザインも変わっていたのだ。とりあえず一日券を持って外にでた。何処か様子が違うのだ。今日は土曜日。時間がまだ早いせいもあるが、そのわりにはスキーヤーが少ない。

氷の塊ができていて。なにかのオブジェかと思ったが人が氷にしがみついているのだ。h26赤DSC_1584
厳冬期に滝にできる氷壁のアイスクライミングだ。スキー場もいろいろ考えるね。

さて、スキー場だがさっきも言ったがゲレンデはすいているねぇ・・・・ほとんど待ち時間のない乗り場なのだ。一本目はおっかなびっくりで滑りはじめる。家人は意外とすいすい滑っていく。愚生のスキーはテレマークスキー(と本人は思っている)なので滑り方を忘れていないか確かめながら(正しくはおっかなびっくり)滑ってみた。

「意外と忘れていないね!」けっこういい気分で2本目はすぐ終わった。ほかのゲレンデの1本はどのくらいの長さか知らないのだが。このスキー場は短いリフトは閉鎖されていて2本分の料金の長さが1本なのだ。

テレマークスキーはあのジャンプの高梨沙羅選手が着地のときにする脚を前後にずらした形「をテレマーク姿勢
」と言うでしょ。あの形で滑っていく、原始的なスキーの滑りかたでかかとがあがるクロスカントリースキーに似た板で、なんとも安定が悪く、スキーシューズが板に固定されるスキーが取り入れられると、いつしかテレマークスキーは廃れてしまったのだ。そして思い出したように、20年くらい前かなぁ、アメリカで再認識されごく少数のスキーヤーによって復活したのだ。

 愚生は雪原を歩くクロスカントリースキーから変化して、これをスキー場に持ち込んで滑りはじめたもので、数年前まで紐のスキー靴だった。もちろん独学なので何年たっても上手くならない。そして膝と腿の負担は半端ではない。だからすぐに疲れるのだ。(たぶん滑りかたが悪い)

 リフトが空いているので休憩はほとんど無いのだ。続けて3本滑ったところで、「今日はこれで良いなぁ」といったところ「あと一本滑ったらリフト代がお得だよ!」情けないがこのところ「お得」に反応する自分があるのだ。

この最後の1本がいけなかった。脚が疲れていてスキーの押さえが利かないのだ。ゲレンデはスノーボードで雪が削れてアイスバーンになっていたのだから悲惨。したたかに腿を打った。氷はこんなに痛いのかというほど痛い。少し下で家人もターンのポールに脚をとられてスキーが外れて転倒。「やっぱり4本目は無理だったね骨折しなくてよかったけど・・・」それでも、なんとなく嬉しい!とにかく滑れたのだ。
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リフトの上から御岳の剣が峰付近からの噴煙がみえた。この噴火のおかげで開田は観光客が激減した。縮小したり閉鎖したり変更を余儀なくされた店がいっぱいあるのだ。
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帰りに望む御岳は落ち着いたたたずまいなのだが・・・・皆さん開田高原に来てください!



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2016年01月21日

初雪

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 名古屋にも初雪。雪が降ってもときめく齢でもないが、全国的の寒波で「全国的に荒れた天気になるでしょう!積雪が予想されます!」なんてニュースで、「こっちは降らない」となるとなにか取り残された気になるのは不思議なもので・・・

 少し遅れて降りました!っていう程の積雪ではないが、朝起きると少しだけ積もっていました。少し嬉しい気分。午前3時ごろから数時間の降雪だったので登校の小学生が家の前を通るころには雪が止んでいたのだ。

ジョンバ(北海道では雪かきのシャベルをこう言う・・・もう今では死語か?)を物置から出す前に雪は融け始めたので、雪景色は撮れなかった。

 そう言えば、12月に開田で研修会という名の親しい仲間との自作料理会の話ができなかったあの頃、開田も暖冬でスキー場開きも延期になったのだ。あの時牛タンのダッチオーブンの塩釜やらローストビーフやらパエリアやアサリのワイン蒸しや半分はお持ち帰りになるほど食べた話はブログにアップできなかったのだ・・・

 理由は最近よくある神隠し。カメラからパソコンに取り込むUSBコード?が消えてしまったのだ。今も出てこないのだ。じゃあ、なんでこの画像が取り込めたかというと、USBコードを使わなくても取り込める方法を思いついたからだ。アナログ人間の爺さまはこんなもので・・・

 溜まっていた画像も含めて近いうちにまた話します。

2016年01月04日

平成28年正月

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 明けましておめでとうございます。

「遅いよ!」と言われるのはもっともな話。前にもちょっと話したかも知れないが、31日から元日にわたり近所の神社で初詣の客の接待をしていたおかげで元日はほとんど何にもできず過ぎてしまって・・・・紅白なんか見てもいない。

2日は「大学箱根駅伝」があるでしょ、こうなるとできることは年賀状の整理くらいで、要するに何にもせずに時間だけが過ぎていくのが恐ろしい。

年が明けたのだから何か気のきいたことをすべきなんだろうが、年末に知人や友人の不幸があって、「やっぱり健康が一番!元気に過ごしましょう!」ということが結局結論になるわけで・・・

ということで、この一年の皆さまの健康をお祈り申し上げます。




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2015年11月17日

まるで洋梨

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 故郷からの「わらしべ長者」にようなたくさんの土産になかに珍しいものがあった。正しくは珍しいのではなく忘れていたものなのだ。

 子供のころに見慣れた梨はこんな形をしていた。いつの間にか梨は「20世紀梨」のように丸い形になっていたのだ。初対面のOさんに積んで頂いた梨はまるで洋梨のようだった。名を「千両梨」というんだと・・・(北海道だけの梨なのかは不明)形はすばらしく良い。

 洋梨のように軟らかく完熟させるのではなく日本のほかの梨のように固いものを食べる(もちろん熟したもの)味は甘みは若干少なめだが水気が充分にあるさわやかなのだ。家人はこれをジャムにした。どうやってつくったかは定かではないが思った以上に美味しいジャムとなった。

 もうひとつは後で聞いて見たところ「イギリスではベリーを混ぜてつくるとのことでブラックベリー、ハスカップ、ジューンベリー、グズベリーなど入っていたかも・・・」冷凍にしてあったものをすぐにジャムにしたので愚生も中身を確認していないのだ。

 でき上がったジャムは何種類かのベリーのせいか、これも美味しい(表現がじつに下手だ)のだ。舌先に残る粒々はブラックベリーか?このつぶつぶの触感がいやな人はこしてつくるとか・・・ということで我が家には何種類かのジャムが並んでいて充実感がいっぱいなのだ。

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  それに比べ庭に植えた我が家のブラックベリーはほぼ全滅。たくさんの収穫する日を夢見て数年、花も少ないし実にならず硬く枯れてしまうのだ。調べてもそれほど難しいものではないらしいのだ。(枝だけは伸びる)

 頂いたベリーをみて庭で栽培するのを諦めた。(いちばん日当たりが良く目に着く場所だったのに)結論として「土が悪かったのだ」ということで土は入れ替えました。赤玉土、鹿沼土、腐葉土、培養土、ぼかし、牛糞などを人に聞きながら混ぜて、ここに次に植えるものを考えているのだ。
 

 

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2015年10月30日

たっぷり故郷 その2


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 どんどん山道をと言っても、ずっと前から山道なのだけど・・・紅葉の終わった先に滝がある。しばしば「TVで紅葉の風景が流されます」という「白扇の滝」の駐車場に車をとめた。

 漁川(いざりがわ・アイヌ語でイジャニ:鮭の多いところの意)という石狩川の支流のひとつの上流部。ほかに「三段の滝」や「ラルマナイの滝」があるが、既に紅葉が終わっていたので今日は引き返す。

「兄ちゃん今日は歩くよ!うまく行けば鮭の上るのが見られるかも」昨日の滝の下流になる河川敷。市内の中央を流れる川の河川敷だった。

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 この辺りはまだ紅葉の最中で・・・

愚生の少年時代とは変わり、いまは川の両側がきちんと整備されている遊歩道になっていてジョギング、ウォーキング、車輪のついたノルディックウォーキングスキーが時おりすれ違う気持ちの良い環境なのだ。

 画面右奥の藪の右に川が下っている。昨日みた滝の下流になる。30分ほど歩くと学校の跡地が郷土資料館があった。少しだけのぞくことにした。

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 資料館の入り口に馬橇(ばそり)があった。長さ4m以上はあるはずで、郊外の酪農を営む人たちの冬の乗り物ちなるこれを馬が鈴を鳴らしながら歩くのだ。除雪車なんて無い頃、雪を掻き分けながら馬そりが通るとそりの跡がカチカチに2本残る。ここが人が歩ける道になる。

 2本の細い道の間に、時には湯気がたつ。馬糞だ。しばらくすると丸い馬糞はカチカチに凍る。蹴飛ばしてはいけない。ほとんど石の塊でこれがくっついているからつま先を傷める。思ったより臭いはしないもので春まで残る。春先、雪解けの後、解けて乾くと風に飛ばされる。これが「馬糞風だ」

いつものように話がずれた。

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 中に入るとカリンバ遺跡という縄文時代?からのレプリカがあって、あとは明治からこっち昭和時代ころの民具や農具が展示されていて、恵庭周辺に住む森の動物や野鳥たちの剥製が展示されていた。

入場料は無料。その代わり入場する時に松ぼっくりを小さな箱に入れる。これでその日の入館者数が分かるらしい。

ヒグマもいれば北キツネやキジもいる。大きな角のエゾ鹿もいる。エゾ鹿の角は立派で、昨日Oさんから頂いたのと同じくらいの大きさなのだ。時間があれば弁当をもってきてゆっくり半日過ごすのも贅沢な時間かもしれない。

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 ほんの15分ほど見てから来た道を戻る。水量は多いがそれほど川幅のない川を鮭が産卵のため上るのが、運がよければ見ることができるとか・・・この日は残念ながら川が濁っていて見ることができなかった。

 この辺りだと鮭は産卵が近く白く変色しているのだとか。上流に上るのを諦めて、この辺りで産卵する鮭もいるんだと言う。

愚生の少年時代は川には堰(せき)でせき止められていて鮭は遡上することができなかったのだ。愚生の父親の時代は上る鮭が多く「川に棒を立てても倒れなかった」とか。今は魚道ができたおかげで少しずつ上る鮭が増えているとか。人の住む近くの川を鮭が上る話は良いものだ。

この遊歩道はどこまでも続いていているのだ。また、いつか来よう、今度はコーヒーでも持って・・・・(たっぷり故郷はお終い)