2chオカルト板・怖い話・洒落怖怪談の厳選まとめ

2chのオカルト板・怖い話・洒落怖の怪談などをまとめたブログです。怖い話を厳選して掲載。閲覧注意。

2013年11月

車で信号待ち

181 :12年前の話 :2001/04/23(月) 23:49
『てるくはのる』(※1999年に起きた京都小学生殺害事件)で有名な団地の真ん中で、
深夜に車で信号待ちしていたときの話。

真冬の夜中の3時頃だったと思う。
右の歩道から、10才くらいの半ズボンをはいた男の子が、
左の歩道から、6才くらいの女の子が車の真正面に立ちはだかった。
『???』と思ってたら、いきなり2人そろって俺達のほうにお辞儀をしだした。
何度も何度も、顔に張り付いたような不自然な笑顔で・・・。
それに、その夜は凄く寒かったのに、2人とも息が白くなってない。
『???』から『これは何か変だ』に俺達の思考が変わったのをまるで見計らったかのように、
今度はボンネットの上に腹這いになって、フロントガラスを叩きはじめた!!!
信号が変わったとたん2人とも車から離れて、
今度は歩道のガードレールに2人並んで座って、またこっちを見ながらお辞儀をはじめた。

人柱

120 :伍朗介のひひ孫:02/08/29 02:52
昔の都市伝説というか、実話らしいのですが、私の叔母から良く聞かされた話を紹介します。

大正時代の頃、村の外れの名前も無くただただ険しい山に、
資源となる銅が大量に含有されていることが、学者の調査で判明しました。
そこで、村人が一丸となって、村興しの絶好の機会だと口を揃え、
その険しい名無し山に、登山道を建設することが決まったのです。

やがて村に、町から多くの工夫達がやってくるようになり、
山添にたいそう大きな小屋を建て、突貫工事が進められるようになりました。

昼夜交替で工事は着々と進みましたが、山はかなり険しく、工夫達を悩ませましたが、
2年ほど経った頃には、銅採掘に適した場所にまで立派な道が延び、
やがて銅の採掘が営まれるようになりました。
これが有名な○○○銅山なのですが、ここで不思議な現象が起きたのが、この話が伝説となった由来です。


121 :伍朗介のひひ孫:02/08/29 02:52
あとは銅を採掘する為に巨大なトンネルを掘るだけです。
最初は人間がやっと通れるくらいの人道を造って行くのですが、
その段階で落盤事故が絶えず、約150名ほどの犠牲者が出てしまったということです。
当時の工事関係者は焦りと恐れを抱く様になり、
そこで、当時としては決して珍しくはなかった『人柱』を祭ることにしたそうです。
実はその『人柱』となったのが、私の祖母の母方の夫ということらしいのです。
夫の名前は伍朗介(仮名)といいます。
当時、人柱は身分の低い下請けの人夫が選ばれることが多く、
人夫達を抱える頭領は、どうしても一人を選ばなければならなかったそうです。

前夜に、伍朗介の工夫仲間達が最期の別れを惜しむばかりに、彼に酒をたらふくと飲ませ、
その夜は、酒好きの伍朗介にとって最高の気分にさせてあげた、とのことでした。
同僚達は涙を流しながら鬼となり、そのような行動に出たのですが、
これにも深い理由があり、彼らも人柱になりたくはなかったからなのです。

明くる日の丑三つ時に、人道の側面に人の大きさの深い穴が掘られ、
泥酔で気持良さそうな伍朗介に、柏の木で作られた杖を持たせ、
そっと立たせた状態で、頭領や工夫達の手によって穴は埋め戻され、朝まで祭られました。
それ以降の工事は事故も無く着々と進められ、無事完成を迎えたとのことでした。

今では廃坑となってしまいましたが、有名な○○○銅山がその山です。
今では関係者以外は入れない場所に、小さな地蔵が祭られています。
それが伍朗介(仮名)地蔵と呼ばれるものです。
私がお盆休みの期間に訪れる場所でもあります。

友人の寝言

179 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :2001/04/23(月) 23:14
高校時代、よく友達の家に仲のいい友人三人で泊まってたのね、土曜の夜とか。 
友人の六畳間に三人で雑魚寝するんだけど、いきなりおれの右側で寝てた友人が寝言を言い出したわけ。
「潜水艦が……」って。 
あんまり唐突だったんで驚いたんだけど、そのときは『怖い』よりも『面白い』が先だった。
結局友人はその夜三回「潜水艦が……」を連発! 
あんまり面白かったんで、翌朝おきてからさんざんそのネタで友人をからかった。 
本人は潜水艦の夢なんてまるっきり見た記憶がないという。

その次の週の土曜日。 
またその友人の家に泊まりにいった。
友人のひとりは早々に眠ってしまい、深夜、例の寝言の友人とふたり、ずーっと話をしてたのね。 
そしたらふいにそいつが黙り込むの。
「なんだよ」って聞いてもずーっと黙ってる。
それからぼそっと、
「なぁ、T……」
「なんだよ」
「あのなぁ、おれと今夜いっぱい話しただろ」
「うん」
「これがぜんぶ寝言だったらどうする」
そのときの友人の抑揚のない、感情のかけらも感じさせない淡々とした声。 
思わずぞーっとしてしまい、それっきり一言もかわさず、布団をかぶって寝てしまいました。

翌朝……さすがに怖くて聞けなかったです。『ゆうべの寝言覚えてる?』とは。

イボの花

43 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :02/08/27 15:57
母方の伯父が昔してくれた話なんだけど。

イボの花ってのがあるらしい。
体に出来たイボにこう、花が咲くみたいにパカって裂け目ができることを言うそうだ。
昔は、急にできたイボに花が咲いたら、近くの人間に不幸があると言われていたらしい。
聞いたことがないから、叔父のいた所独特の風説かもしれないけど。

で、伯父が小学校の頃、右手の二の腕に急に大きなイボが出来た。
そして、すぐにそれが真ん中から十文字に割れた。
それを見て彼の祖母が『イボの花』の話をしたところ、伯父はバカらしいと鼻で笑ってたんだって。

その3日後。祖母が心不全で死んだ。
伯父は驚いて両親に話したが、もちろん取り合ってくれなかった。
ばあさんはもともと心臓が弱かったし、しょうがないと。

それから1年ばかりなにもなく過ぎて、伯父もイボの花を偶然だと思うようになっていたころに、
伯父の言う一生忘れられないことが起きた。


45 :43@続き :02/08/27 16:10
8月の暑い日。伯父が朝起きると、腕と言わず顔と言わず全身にイボが吹いていた。
痛みは無かったが、顔や胸のゴワゴワした嫌な手触りに伯父は驚いて、両親に泣きついた。
両親も驚いたが、取りあえず近所の町医者に来てもらうと、何かのかぶれだろうと言う。
結局、塗り薬をもらって、伯父はそのまま自分の部屋に寝かしつけられた。
学校も当然休まなければならなかった。
両親は共働きだったので、まあ大丈夫だろうと、伯父は一人で家に残された。
僕の母もまだ生まれていなかった頃だ。

伯父は布団の中で物凄い恐怖感に襲われたという。
もしイボに花が咲いたら。全部に花が咲いたら。
そう思った瞬間、目の前が真っ白になったそうだ。錯覚ではない。
その後に凄い音がして、屋根が崩れてきた。
『あ、これか』と一瞬に思ったらしい。
そこからの記憶がないと言うが、伯父は瓦礫から助け出されたとき、火傷と擦り傷で全身血まみれだったそうだ。
イボに赤い花が咲いて。

1945年8月6日広島でのことである。
その伯父も9年前に死んだ。
生前よくみせてもらった背中や腹には、かすかに無数の痣が残っていた。

トイレに行きたい

151 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :2001/04/22(日) 00:38
タレント清水ケーの話。 

彼が子供の頃、兄貴といっしょに野球の中継をテレビで見ていた。 
試合も終わりのほうになり、結果が気になりだした頃、兄貴がトイレに行きたいと言い出した。
ケーは行けばと言うが、兄貴は野球の結末が気になってしょうがないので我慢することにした。 

時がたち我慢も限界!やっと野球も終わり、急いで兄貴はトイレに走ったそうな・・・
すると、トイレの方から兄貴の「ぎょえーー!」と言う叫び声が聞こえてきた。 
何事かと思ってトイレに行き、兄貴になにがあったか聞くと、
トイレの戸を空けたら、自分が(兄貴自身)がすでにトイレしていたとのこと。 
自分がいたのにびっくりしてちょい漏らし気味・・・

ケー曰く、トイレに行きたいと強く念じていたため、
兄貴の生霊が先にトイレに行ったんだろう、という見解でした。
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