309 :1/2:2011/07/04(月) 01:30:55.92 ID:4oSeh1s70
もうひとつは……あ、これ婆ちゃんの話だわ。 
田舎の家の風呂にまつわる話。

婆ちゃんの家の風呂というのが、まあ見た目は普通なんだが、
風呂焚きをするのに、台所から少し降りた勝手口の所にある、小さなかまどの火を使うという、
五右衛門風呂もどきだった。
俺も子供の頃何度も入った事があるが、
湯船を覆っているふたを外すと、湯の上に中ぶたがぷかぷかと浮いていて、
それを足で沈めながら入ると言う、そんな感じの造りだ。 
無論、燃料には薪やら家で出た紙くずなんかを使っていて、
その物珍しさから、風呂焚きをよく手伝っていた覚えがある。 

話はまだ俺や兄が生まれるより前の秋口、夏に比べるとずいぶんと涼しくなって来た頃だったそうだ。 
夕食を終えた婆ちゃんは、いつものように風呂焚きを始めた。 
薪やら紙くずやらを放りこみ、火種を放り込むが、何やら火の着きがよろしくない。 
薪の位置を変え、火種になる紙くずを変え、悪戦苦闘しながらも何とか火をつけるが、
今度はついても直ぐに消えてしまう。
一度薪を取り出してみるが、別段湿気っているわけでもない。


310 :2/2:2011/07/04(月) 01:32:22.74 ID:4oSeh1s70
そうこうやっている内に、何とか火が燃え上がり、婆ちゃんはやれやれと腰をさすりながら立ち上がった。 

暫くそのまま放っておいて家事をすること小一時間。
かまどの中がすっかり燃え尽きたので、婆ちゃんは爺ちゃんに風呂が沸いたことを告げた。 
爺ちゃんは「おう」と答えて風呂場に消えて行ったが、
しばらくもしないうちに「おい、婆さん」と、少し怒り気味の爺さんが出てくる。 
何かと思っていると、「風呂が全然沸いていない」との事らしい。 
そんな筈はと思い、風呂場に行って湯船に手を突っ込んでみると、なるほど冷たい水のまま。 
はてと思ってかまどを覗いてみると、薪も紙くずもすっかり燃えて灰が残っているだけだと言う。 
「ちゃんと沸かしたんやけどねえ」と言いつつも、もう一度かまどに薪を放りこみ火をつける。
すると、今度は普通に湯が沸いたのだと言う。

婆ちゃんは、
「あの時は、いつもより少しばかり寒かったからねえ……火を盗られたのかもしれんねえ」と言っていた。
もっとも爺ちゃんは、
「ありゃ、婆さんがぼけてただけだわ」と言って、今も譲らない。