2017年01月17日

歴史は繰り返えす・3

中山市朗です。

歴史は繰り返す。されどその形は違う。

さてさて、こうしてアメリカ、イギリス、フランスがその経済圏を閉じてしまった、「経済ブロック」は、自分の国、国民の生活を第一とし、他国のことには干渉しない、また干渉もするな、極端に言うとそういうことでした。

敗戦国ドイツと、植民地を持たないイタリアは、第一次大戦の疲弊と、アメリカから発した大恐慌の煽りをまともに浴びて、それを打破するために強いリーダーを求め、結果、ヒトラーのナチス党、ムッソリーニのファシスト党に政権を与えます。そしてそれは、国家社会主義。


植民地を持った大国は経済のブロックを行って経済的に閉じていき、持たない独伊は、独裁国家として、社会主義を選択したわけです。そして、植民地を得ようと戦争を起こすわけです。それが第二次大戦。

日本は第一次大戦後、一等国と認められましたが、主な産業は、絹織物、綿織物といったものでしたが、経済ブロックは高い関税を課して、日本製品を締め出してしまいました。アジアのほとんどの国は欧米の植民地でしたし、貿易の相手国はアメリカにシフトをしていた日本でしたが、締め出しを食らうわけです。
日本には植民地がありませんでした。なので輸出に頼る日本経済はダメージを受け、かといって対策のしようがりません。そこで満州に進出しようとします。満州は日露戦争の勝利により、満州鉄道などの利権を手に入れていましたので、その維持、発展は重要な課題であり、また資源の発掘も期待されました。しかし、蒋介石は民族主義、つまり中国は中国のもの、というスローガンを掲げ、当然満州も中国のものとし、いわば「国権回復運動」が起こっていました。いわばナショナリズムです。これがまあ、日中戦争の火種となり、やがてそれは大東亜戦争という途方もない戦争を生み出すことになるんです。

貧富の差、貧困、失業……。経済不況は、国民の不満を生み、ナショナリズムを生み出し、結果内向きな政策に移行し、自分だけの経済圏を作ろうとします。これが戦争の原因を生んだ、といえましょう。

実は第一次大戦までの世界は、19世紀から20世紀初頭にかけては、グローバル化の時代だったんです。
ヨーロッパとアメリカの航路が開かれ、東南アジアを植民地化し、安い労働力と豊富な資源がヨーロッパにもたらせました。多くの多国籍企業が作られ、投機、投資が動き、人も移動しました。大陸は鉄道でつながり、電信網も発達し、電話一本で、全世界の産物が注文できる時代となったわけです。
資本と移民は西に向かい、原材料と製品は東に向かった、といいます。
しかし、1914年に勃発した第一次大戦は、それを途絶えさせたわけです。
そして、世界が内向きになった。ナショナリズムの台頭です。
その顕著なものが、ナチスとファシズムかもしれません。日本は違ったのですが、最初は親日だったアメリカからは天皇による独裁国家とみられ、共産化していく中国に味方するようになりました。
本当は、米英は日本と手を組んで、中ソと戦うべきなのですが、何を勘違いしたのか、日本を叩き、第二次大戦が終わったら、アジアの赤化が進んじゃったんですね。

共産主義。実はこれが、世界史に暗躍していたんですね。
で、勘違いではなく、そう吹き込まれていたわけです。
共産主義は世界にその思想と経済システムを広めようとして、ソ連を司令塔として、世界中にコミンテルンを作ります。
日本にもあります。日本共産党。日本とつくのは、日本支部という意味です。世界共産主義革命を成すための組織です。もうソ連は崩壊していますから、今は違うのでしょうけど。
ニューデール政策をやったフランクリン・ルーズベルト大統領の周りにも隠れ共産主義者はいっぱいいました。

共産主義と資本主義。
資本主義は、競争社会ですね。競争は自然と一部の勝者と多数の敗者を生み出します。勝者と敗者は貧富の差となって現れます。共産主義は、そういう競争がない平等な社会。貧者はこの思想に憧れ、理想としちゃうんです。そういう心理を巧みに利用して、モスクワにあったコミンテルンは「世界同時革命を起こして赤色帝国主義を建設すること」を目指しました。
ソ連は1917年にロシア革命で誕生した国で、第一次大戦の混乱が革命を成功させた、といえます。
ですから国としてはそんなに大きな権限も力もありませんでした。

しかし、資本国同士たたかわせて疲弊させるという工作は巧みだったんです。つまり、資本主義における敗者となった、あるいは食糧不足や失業している、あるいは低賃金を余儀なくされている労働者たちを時期を待って煽動させ、内部から革命を起こす、というものです。第二次大戦は、この工作が成功して起こったという説もあります。
まあ様々な要因があっての戦争でしたが、この工作がなかったとは言い切れません。
アメリカでは1995年にヴェノナ文書というものがアメリカ国家安全保障局によって公開され、ルーズベルト政権内部にソ連のスパイがいっぱいいたということが立証されました。そしてその影響は、1945年のヤルタ協定にまで及ぶらしい。東欧諸国や中国共産党政府の樹立、朝鮮半島分割や北方領土問題の問題も、そのヤルタ協定にその原因をたどれるということ。

ソ連は1991年に崩壊し、この流れは東欧の共産主義国家も崩壊させました。
現在のロシアは、資本主義ではなく、国家資本主義、つまり企業を国家の管理下に置いた政策です。
中国は共産党主導の資本主義に切り替えましたが、共産党王朝とでもいっていい、国家体制です。
で、かつてのコミンテルンのやり方というのは残っていると思われます。

たとえば、米CIAが、トランプ大統領の当選のために、ロシアがサイバー攻撃を仕掛けた、という分析結果を発表しましたが、これはソ連時代からの工作の名残であると考えれば、何の疑問も起こらないでしょう。
朴槿恵大統領の弾劾も、韓国の若者たちもデモに参加し、あれは韓国国民の総意であるとされていますが、ここまでの政治機能の停止、経済の不安定を起こす煽動を韓国国内の政党や野党をやるはずがなく、北朝鮮の工作があったと、私は見るわけです。その裏にはもちろん中国がいる。

資本主義経済はどうしても好景気、不景気の大きな波があり、そのたびに、国際社会はグローバル化したり、ナショナリズムに煽られて閉じたりの繰り返しをするわけです。閉じると不景気になり、戦争を引き起こす。
グローバル化させると貧富の差を生み、共産主義者が工作を行い、世界の情勢が変わる。
そう思えてならないわけです。

現代の世界は、植民地政策をとっている大国はありません。イギリスは植民地経済で大英帝国の地位を維持していましたが、今はその力もない中で、EU離脱の方向に動かざるを得なくなりました。しかし、英国の中にきっと、かつての大英帝国の復活を信じている人々はいっぱいいるでしょう。

ちょっとした皮肉ですが、今、EUはドイツが中心となっています。ドイツ帝国ともいわれています。
第二次大戦後、イギリス、フランスが没落し、敗戦国のドイツ、日本が躍進しました。おそらく、植民地を失った国と、植民地がないから、職人や人材を育成して経済を維持しようとした国の差が出たんだと思います。

で、アメリカは経済的に閉じようとするトランプが当選しました。英米は閉じようとし、ロシアと中国が裏で仕掛ける。中国の台頭は目に余るものがあり、ロシアとともに今はサイバー攻撃という新たな宣戦布告をしています。
で、朝鮮半島の国は、アジアの均衡を保つための地政学上にありながら、やっぱり自分たちのことだけ考えて、そういう意識にない。
歴史は繰り返されようとしています。

続く








kaidanyawa at 21:16|PermalinkComments(1)

歴史は繰り返す・2

中山市朗です。

歴史は繰り返す。されどその形は違う。

なんだか、今現代の世界の情勢や日本の立ち位置が、第一次大戦、第二次大戦が起こった頃に似てきたな、と思えて仕方がありません。
日本は、私たちは何かをしなければ、考えなければ、えらい巻き添えをくうようなことになりかねません。


ということで、その第一次大戦後から第二次大戦にいたる歴史を、ちょっと提示しています。
現在起こっていることと、比較してみましょう。
昨日の続きです。

1929年10月24日木曜日10時25分。ニューヨークの株式市場でゼネラル・モーターズの株価が80セント値下がりします。そして、これを機に、全株価が大暴落し、一気に世界中に大恐慌をもたらすことになります。実体経済も落ち込み、アメリカのGNPは恐慌前の半分に落ち込み、失業率も25%に達しました。

なぜ、こんなことが起きたのでしょう?

1920年代のアメリカは「永遠の繁栄」と呼ばれるほど、経済成長を成し遂げました。
その原因の一つが、ヨーロッパで行われた第一次大戦だったわけです。ヨーロッパは戦争のダメージを受け、疲弊してしまいました。そこで、戦場とならなかったアメリカが、戦後復興需要で躍進するわけです。
もう一つは、都市化と自動車だったんです。自動車が普及しだし、それに伴い郊外に家が建ち始める。住宅需要が景気を押し上げ、道路などのインフラも行われます。そして戦後復興が重なったんですね。
自動車がアメリカの庶民の間で購入されるようになった一因に、フォード生産方式による大量生産がありました。ベルトコンベア方式の採用による生産効率の向上で、大量生産が可能になったんです。価格も安価になります。T型フォードは1908年から18年間で、1500万台生産されたといいます。こうして生産の生産力が圧倒的に増え、好景気を確実なものにしていきます。
人々はこの好景気に、もっとお金を増やそうと株を買い、不動産もまた投機の対象となります。で、そのバブルがはじけたのです。

そら、人々はパニックになります。

その背景には、疲弊していたヨーロッパが立ち直ってきて、注文が激減したことがありました。物品が余剰となりますと、売れなくなります。そして価格が暴落します。大量生産は、大量消費を生みますが、それが冷え込むと大量余剰が起きちゃいます。そもそも戦争好景気ですから、過剰投資、過剰生産が起こっていたわけで、そうなると在庫を抱えて利潤が出なくなると、減価償却がはじまり、銀行への返済も滞っていきます。そうなると各企業の信用がなくなっていくわけです。資本主義の崩壊です。
おまけに、アジア諸国を植民地とするフランスやイギリスは、その安い労働力で安価な製品が作れました。それがアメリカにどんどん入ってくるようになりました。冷凍運搬システムの運用もこれに拍車をかけます。安い肉や農産物がどんどんアメリカに入ってきます。干ばつもあって、これでアメリカの農業もやられたんです。

アメリカ政府は、そういう輸入品に対して高い関税を課しました。すると対抗処置として、相手の国も高い関税を課してくる。自国の産業を守るために課したはずの関税がネックになって、輸出品が売れなくなった。
そして、ゼネラルモータースというアメリカを代表する企業から、株価急落が起こったんです。

この余波はドイツに直撃します。
第一次大戦で敗戦国となり、多額の賠償金を課せられたドイツ。
アメリカは大戦中、戦争をしていたフランスやイギリスに戦債として貸していたんです。だから、ドイツから賠償金を取ってちゃんと返してくれ、というわけです。その代り、ドイツの経済復興は、アメリカが資本を導入し支援すると。
しかし、大恐慌になって、そんな余裕もなくなりました。資本輸入は凍結。ドイツは立ち直れなくなり、フランス、イギリスは賠償金の取り立てができなくなる。そうなるとアメリカへの戦債も返済できなくなる。もっとアメリカは苦しくなる。という負のスバイラル。

ドイツはそういう背景のもと、ナチスが台頭したことは前回書きました。こんな不穏な状況に、英雄の登場が待ち望まれ、そこに、アドルフ・ヒトラーが現れたわけです。こういう時は過激で分かりやすい人が、人民を魅了するわけです。

一方アメリカは、自ら生み出した大恐慌への対策として、フランクリン・ルーズベルトによるニューデール政策が打ち出されます。これは、アメリカ国内の経済活動に関して、政府が介入する、というもの。全国産業復興法(NIRA)、農業にも農業調整法(AAA)を制定し、産業の生産の調整、制限をしたんです。これって、社会主義です。
政府が生産を制限して、価格を強制的に引き上げれば、賃金も上がる、失業者も減る。大恐慌から抜け出せる。そういう算段でしたが、即効性のある政策なんて、まずありません。ぐずぐずとこの不景気を、アメリカは引きずって行きました。この政策がうまくいったのかどうかは、今も評価は分かれていまして、というのは、結局この大不況を払拭したのは、アメリカが第二次大戦に参戦したときからなんですね。

ヨーロッパでは、フランスとイギリスが、経済ブロックをします。
イギリスは、自国と自治領、植民地だけで経済活動をする、というもので、フランスがそれに倣います。
つまりは自国、自治領、植民地間では安い関税、他国からは高い関税を取り、自国の産業を守ろうとしたわけです。閉じた政策です。で、これは膨大な植民地を持っていたから行える政策で、たとえばイギリスは、インドという植民地がありましたし、カナダやオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ共和国などもここに入り、貿易圏を作り出します。いわば内向き経済です。フランスも当時は仏印といって今のラオス、カンボジア、ベトナムは植民地、あるいはアフリカ北部、西部、中部に植民地を拡大していき、第一次大戦後にはオスマントルコ領の一部であったシリアやレバノンなども獲得しました。
アメリカはすでにラテンアメリカを取り込む経済ブロックともいうべき「アメリカ大陸縄張り宣言」をしています。しかし、この内向き経済志向は功を納めず、かえって戦争へと突き進むこととなります。






kaidanyawa at 13:25|PermalinkComments(0)

2017年01月16日

歴史は繰り返す・1

中山市朗です。

歴史は繰り返す。されどその形は違う。

今、世界がおかれている状況、日本のおかれている立場。
なんか、第一次大戦、第二次大戦の時代に似てきているように思います。
世界情勢が急激に緊迫し、全体が閉じていく傾向にあります。

今から100年前、というと、第一次世界大戦の真っただ中でした。
この戦争は1914年に勃発、人類史上最初の世界的戦争で、ヨーロッパを主戦場として行われ、900万人の戦闘員の戦死者を出し、一般市民も1000万人が犠牲となったと言います。

日本は大正時代。
大正は15年で終わりましたので、我々はあんまり大正時代を知らないかもしれません。
でも、大日本帝国の最盛期はこの時代だったかもしれません。文化や生活の面でも一般の生活に洋風が入り込んで、モガ、モボとかいって、モダンという言葉が流行。男性の洋服姿が常識となった時代でした。
大正デモクラシー、といって民主主義、自由主義の思想が日本国民に浸透していく時代でもありました。一方で共産党による社会主義国、ソビエトが誕生したことで、赤化運動も生まれ、これは危険思想として、政府は治安維持法を制定し、取り締まることとなります。
女性解放が叫ばれ、甲子園や神宮球場が建設され箱根駅伝もこの時代に開始されました。朝日、毎日、読売新聞はこのころから大新聞として飛躍、大正14年にはラジオ放送が開始されました。芥川龍之介、菊池寛、谷崎潤一郎、志賀直哉、武者小路実篤といった、このころの文豪たちによって、今我々が使用している近代日本語のスタイルも完成します。

そんな時代、大戦はヨーロッパで行われていましたが、日本は日英同盟を結んでいたため、ドイツに宣戦布告。英国の要請により日本艦隊は地中海に派遣、中国山東省にあったドイツの要塞、青島租借地を攻略、これもドイツの領地であった南洋諸島も攻略。
後の太平洋戦争時の海軍基地がトラック島にあったり、サイパン島に日本人が住んでいた、というのは、第一次大戦後、ベルサイユ条約によって日本の統治が正式に認証されたからなんです。日本政府は1922年に「南洋庁」を設置し、その本庁はパラオ諸島コロール島に置かれました。各島に小学校を設置、現地の子供を学校に通わせ、インフラ整備もされました。
そして、太平洋戦争時には、対米戦の激戦地となるわけです。
一昨年、天皇陛下がパラオ・ベベリュー島を行幸啓されたおり、島民たちから熱烈歓迎を受けた、というニュースが流れましたが、そういう歴史背景があったわけです。
 
さて、第一次世界大戦。
日本は戦勝国となり、国際的にも主要五カ国として認められ、世界の表舞台に出ました。白人以外の国では唯一です。

敗戦したドイツは植民地のすべてを失いました。青島で捕虜となった約4700名のドイツ兵は、日本国内の各収容所に送られ、サッカーやドイツ料理が彼らから伝えられ、ベートーベンの交響曲第九も、彼らによって初演されました。捕虜たちは国際条約をちゃんと履行した日本によって、丁重に扱われ、地元の人たちとの交流も許されていたんです。
そして戦後、債権国ともなった日本は、戦後景気にも支えられ、高度経済成長期を迎え、いわゆる成金も作り出しますが、輸入超過という現象を生み、不景気とインフレに陥り、米騒動なんて起こります。

まあ、日本はこのように総体的には平和、の時代でしたが、国際情勢はそうはならなかったんです。

ヨーロッパはこの戦争による傷跡があまりに重く、厭戦感が高まりまり、国際平和機構である国際連盟が設立されました。が、この機構はアメリカが提唱したのにかかわらず、モンロー主義がこれを阻み、アメリカは国際連盟に参加しませんでした。モンロー主義とは、ヨーロッパの紛争に干渉しない、南北アメリカにある植民地を承認し、また干渉するな、といった内向き思想でありました。「アメリカ大陸縄張り宣言」ともいわれました。
ドイツは膨大な賠償金の義務を負わされました。
領地を失った上に賠償金、ドイツ全体が大恐慌になったとき、ドイツ労働党、つまりナチスが躍進します。
ナチスが躍進した背景は、貧困に陥った国民が、現政権に対する不満、金持ちや大企業の否定、雇用の問題、戦争賠償や条約の不満、もうなんでも不満。で、金持ちで企業家で、高利貸しをやっているユダヤ人に対する憎悪が起こりました。いや、憎悪の的にナチスが仕向けた、と言えるでしょうね。そして、ユダヤ人たちによる資本主義の否定。だからナチスは社会主義を掲げました。
国家社会主義ドイツ労働党というのが、正式名称、ということになっています。
社会主義というと、その先に共産化というものが連想されますが、ナチスは反共でもありました。貧困層というのはこの共産主義にどうしても憧れちゃうのですが、徹底的に共産主義者を叩き、事件を起こしてはその濡れ衣を被せ、共産主義を信用できないもの、というイメージを植え付けました。共産主義の提唱者はマルクスというドイツ系ユダヤ人でしたから。またソビエトという共産主義の国もユダヤ人たちによって建国された、といっても過言ではありません。ソビエト社会主義共和国連邦。
でも、ナチスの掲げる国家社会主義というのは、ソ連のような社会主義でもなく、ヒトラーはアーリア的社会主義、ともいえる特殊な思想だとしました。ま、根底は同じなんですけどね、そんなことは言えない。ですから、社会主義者もナチスによって迫害を受けることになります。
アーリア人こそが、優秀な民族である。ユダヤ人は排斥せよ。
ナチスはヒトラーという演説の天才を得ることによって、国民はナチスに魅了され、驚異的な全体主義により、みるみるドイツの経済は復興していきました。

で、アメリカでは1929年の大恐慌。
これがもう、全世界の経済に大打撃を与え、第二次大戦を勃発させる一つの要素となります。


続く。



kaidanyawa at 05:50|PermalinkComments(0)

2017年01月13日

新年会のお知らせ

中山市朗です。

新年会のお知らせです。

明日14日、22時よりネットラジオ「気まま酒家」の収録がございます。
酒を飲みながら、ぐだぐだと、映画や文学、歴史や情勢、オカルトからサブカルなどを勝手に語る、という、アカン番組です。先月12月は、なかなかスケジュールがとれず、放送できませんでしたが、今回は放送いたしまする
で、この収録への参加者を募集しております。

それをそのまま、新年会のノリとしたいので、ぜひぜひ、スケジュールの空いている方は、参加してください。
酒、肴は、落語の「寄合酒」のごとく、持ち寄り散財となっております。

ワイワイと、朝まで楽しみましょう。

ラジオの収録もありますが、別にしゃべっていただかなくてもOKです。
にぎやかしにいてくだされば。

参加希望の方は、
「気まま酒家」のDMか、オフィスイチロウのメールへご一報ください。

常連の方で「勝手に行くわ」という人は、勝手に来ていただいてもけっこうです。




kaidanyawa at 12:50|PermalinkComments(3)

2017年01月11日

ああ、虚しい……。

中山市朗です。


さてさて、もう気になって気になって。
なにがって、韓国ですよ。


釜山の慰安婦像問題。
これが日本政府か、と思うほどの強固な態度。まあ、これが当たり前なんですけど。

で、もう、韓国の人たちの(まあ、どれだけの意見、意思がマスコミやネットに反映されているのかはわかりませんが)、慰安婦問題に関しての日本への批判。相変わらず、反省していないとか、誠意がないとか。
もうね、韓国の人たちがかわいそうになってきました。

だって、彼らが謝罪しろといっている、慰安婦問題は、嘘の歴史なんだから。そんな嘘の歴史に対して、日本は謝罪する必要はまったく無い。でも、韓国の人は本当のことだと思っている。
ああでも、河野さんという人が謝っちゃったからなあ。あれが大間違い。
しかし、歴史ねつ造の反日教育が、とうとう、韓国という国をダメにしてしまって、孤立化させることになっちゃったわけで。
韓国の人たちは、日本政府は、今の韓国の政治の空白を狙って報復している、なんて言っていますが、朴槿恵大統領を選出したのも、政治の空白を作ったのは韓国の国民ですからね。
あ、でも一番罪深きは、アカヒ新聞か。

20万人の強制連行。
これ、冷静になって韓国人は考えられないんですかね。

何度も言います。慰安婦はいましたよ。それは否定しない。
問題は、日本軍によって強制連行された、という部分。中には虐殺されたなんて説もあるようですが。

20万人というと、1945年の朝鮮半島にいた、20代前半の女性の数は68万人ほど、らしいので、実に30%近くもの女性が日本兵によって強制連行された、という計算が成り立ちます。あくまで計算ですけど。でも、すごい数ですよね。
みなさん、今いる若い女性の3人に一人は、兵隊に拉致され、性奴隷にされる、ということなんですよ。

これ、事実なら、男どもや家族、親族は徹底的に抵抗運動をしますよね。そしたら、朝鮮半島のあちこちで、ゲリラ戦が起こり、連れ戻し作戦は実行され、日本軍に抵抗した村は焼かれ、半島は大荒れで、秩序もなくなりますよ。でも、そんな事実はまったくなかった。
それどころか、自分たちの女性が強制連行され、性奴隷となっている間に、朝鮮の男どもは、日本兵になることを志願していたんですよ。当時、日本軍入隊のための血判書が流行ったほど。まあ、兵隊になれば、食っていける、という面もあったのでしょうけど。でも、1943年度、志願兵30万3394名、合格者6300名。朴槿恵大統領の父上、朴正煕も、そういう志願兵なのでした。中には志願兵に不合格となって、自殺した朝鮮人男性もいたんですから。
日本兵に女性を連行され、性の慰めになっているというのに、日本兵を恨むどころか、志願する。妙ですな。
つまりは、彼らも日本人となり、戦うことを望んだんです。つまり、強制連行なんて事実は無かったんです。
言っておきますが、強制されて戦地へ行った朝鮮人は一人もいません。志願兵は強制でも徴兵でもないし、徴兵制は1944年から始まり、訓練を受けている間に、終戦になりましたから。

第一、これで分かる通り、朝鮮半島は、併合によって日本になったわけですから、朝鮮人は我々と同じ、日本人になったわけです。なんで、日本兵が同胞の女性を連行するんですか。またその日本兵には朝鮮人もいた。朝鮮人軍属は、24万人もいたらしい。だとしたら、女性たちを連行したのは日本兵である、というのなら、その日本兵は朝鮮人だった、ということも十分考えられます。そういうこと、思わんのかなあ。思わんのやろうね。それどころか、韓国と日本は戦争をしていた、と思っている韓国人もいるようでして。
だいたい、朝鮮半島を併合したのは、朝鮮半島に秩序をもたらし、近代化させ、ソ連や中国の共産党の防波堤にしたかったわけですから、女性たちを連行するなんて、真逆の行為。それに、日本軍は皇軍という自負があった。正々堂々と戦うのが、日本兵の誉だったんです。
まあ、中にはバカもいたでしょうけど。

そして、もし女性たちが連行されたとしたら、警察は動かなかったのか。役人や議員やマスコミは、どうしていたのでしょう?

日韓併合時の朝鮮半島の道議会議員、役人、警察官は6〜8割は朝鮮人だったというデータがあります。もし、強制連行があったとしたら、朝鮮人の警官は何もせず、報告もせず、議員や役人の中ではなんの問題も出なかった、ということになります。マスコミもだまっていたのですかね。
日本では、北朝鮮拉致被害者家族というのが、今もって悲痛な訴えをもって、日本政府や北朝鮮に声を届けようとしています。なんで、20万人もの女性が拉致されて、被害者家族というのが韓国におらんの?
ほんま、おかしいって。

あくまで、20万人というのは、プロパガンダの数字なので、実数は関係ない、ということでしょうか。しかし、どう考えても矛盾だらけの歴史認識をもとに、反日を繰り返し、孤立していく様は、どうも近代国家のそれではないように思えてならないのです。中国も同じですけどね。でも、中国は共産党の国ですから。
韓国はあくまで、民主主義国家のはずですから、これはまずい。
まあ、ネット社会ですから、韓国の人の中にもこの矛盾を知っていながら、それが口に出せないということらしいですから。日本統治時代を肯定的に見て本を出版したら、名誉棄損で訴えられた学者がいるくらいですから。 これはもう、言語統制の独裁国。国際条約を平気で破棄するのなら、法治国家ですらない。

でね、これ、併合前の朝鮮に似ていると思いません?
朝鮮半島というのは、当時、ロシアの脅威と対峙する地政学的な位置にあったのに、その自覚がなく、国家運営もままならなかった。これでは日本が危ない、ということで、併合するしかなかった。日本と朝鮮を守る唯一つの選択肢、であったのかもしれません。
今も、ロシア、中国、北朝鮮と対峙し、日米と同じ民主主義国家として、東アジアの秩序と平和と安定をもたらすべき義務のある韓国が、自分たちのことだけを考え、義務を果たさず、過去のことばかり言っている。
でも、地政学的に、朝鮮半島は日本にとっては、無視のできない地理にあり、だから援助をしてきたのです。でも、こうなったらねえ。

韓国の若者たちは、毎年熾烈な受験戦争の中に放り込まれる。そして名門大学を目指す。物凄い勉強をしているのでしょうね。
でも、そこで学ぶ歴史は嘘の歴史って、悲しすぎません?

併合前の朝鮮は、両班という支配階層が、科挙という過酷な試験に合格しなければならず、難しい言葉の空理空論で、人民への政治には何も役に立たなかったとか。
そこも、似とる。

ああ、虚しい。


kaidanyawa at 17:04|PermalinkComments(8)

2017年01月09日

告知でおます。新年会もあるでよ。

中山市朗です。

年始に告知済みではありますが、念のため。

「Dark Night in 名古屋」
      
ゲストに北野誠さんをお迎えします。
席数が残り少なくなっておりますので予約はお早めにお願いします!
1月24日(火)19:30~ 前売2500円(飲食代別途)
会場:得三


※今回の公演に関しましては、ダークナイトサイト及びオフィスイチロウでのご予約は受付しておりません。
チケットぴあ、ローソンチケット、会場であるTokuzoでのご予約のみとなります。

チケットぴあ Pコード:634-412/0570-02-9999
ローソンチケット Lコード:41750/0570-084-004
tokuzo ダークナイト専用予約ページ 

そして、新年会がございます。
ネトラジ「気まま酒家」収録&新年会

新年会!

2017年1月の開店予定は1月14日新年会生放送、28日録音放送。
酒、肴等は持ち寄り散財!

気まま酒家ではトークテーマ、来店者も募集しております。
参加者募集しております。
「気まま酒家」DMか、オフィスイチロウのメールへご一報を。
【放送URL】



kaidanyawa at 20:07|PermalinkComments(0)

2017年01月08日

作劇五十郎、もうそろそろ……。

中山市朗です。…

今年の元旦の私。
またの名を秦元(はたもと)屁理屈男。

C1Agr7cUkAAHLG3
























「ふっ、またつまらんものを斬ってしまった……」


kaidanyawa at 16:45|PermalinkComments(8)

2017年01月07日

怪談狩り・赤い顔のイメージカラー?


中山市朗です。

角川文庫@KadokawaBunko 4 時間前

1月25日に発売予定のホラー文庫、中山市朗「怪談狩り 市朗百物語 赤い顔」のカバー刷り出し出ました。美しくも怖い装画は真々田ことりさん。前回の「怪談狩り 市朗百物語」のイメージカラーが青だったので、今回は赤いカバー。

 

ということで、角川ホラー文庫『怪談狩り・赤い顔」の書影が上がりました。
一家に一冊、日本の常識です?








kaidanyawa at 14:48|PermalinkComments(5)

2017年01月06日

ちょっと嫌な話

中山市朗です。

年始早々、こういう話題で申し訳ないのですが。

さっき、テレビをつけたら菅官房長官が韓国に対してきつい口調で批判、今後の処置についてコメントしていました。

釜山の日本領事館裏口から20メートルほど離れた場所に設置された、慰安婦像に対する抗議。

あれれ?  あの像、撤去したんじゃなかったっけ?

実は28日に管轄自治体が撤去したものの、市民らの反対を受け30日に、再び戻されたんだそうです。

菅官房長官は、これを国際法違反として対抗処置を取ると、コメント。
  
長嶺駐韓日本大使と森本在釜山領事館の一時帰国。
日韓通貨交換(スワップ)の取り決め協議中断。
在釜山総領事館職員による釜山市関連行事への参加見合わせ。
日韓ハイレベル経済協議の延期。

を、行うそうです。

大東亜戦争にて、真珠湾で始まり、南太平洋でガチで戦い、日本の都市は焦土と化し、沖縄は戦場になり、原爆を2発落とされ、まさに地獄を体験した日本と米国は、今や強固な同盟関係にあり、互いに恨み言の一つも言わず、未来を築こうとしています。
ガチで戦うと、戦いが終わると、互いを賞し、称えるものです。男の友情もそんなところから始まります。


でも、韓国はそうではない。
まるで先の大戦では日韓が敵として戦ったかのような幻想と、中華思想に凝り固まった朝鮮の人たちは、こうやって自分たちのプライトをあらわすしかないのでしょう。日本も長いこと韓国という国を優遇し、甘やかしたツケもある。
言うときますけど、あの戦争中、朝鮮半島にはほとんど空襲は行われていませんよ。日本に対する組織的な反抗もなかった。日本兵となる志願兵はいましたが、徴兵制は1944年に始まり、訓練中に終戦を迎えたので、実は朝鮮の人々は、そんなに大東亜戦争に直接関わったわけではない。だから、慰安婦問題等は、その歴史の中に証を見出そうとしているのかもしれません。ただ、朝鮮戦争で朝鮮本土はぐちゃぐちゃになりましたけど。

慰安婦。
これねえ、今の時代に照らすと、女性の人権とか、尊厳という話になりますが、それがためにみんなが言わないことがあるんじゃないかと。

慰安婦制度というのは、あった。これは誰もが認めていること。
要は20万人の強制連行があったかなかったかということ。
そもそも大戦中、日韓が敵同士だったという考え方からしておかしい。百歩譲って日本軍が敵国の女性たちを強制連行したのなら話はわかります。実はそれをやったのはソ連軍。むちゃくちゃでしたんやで、ソ連軍の蛮行は。日本人も終戦間際、戦後もずいぶんと被害にあったんです。
でも韓国は日本の国、朝鮮人は日本人なんだから、そんなことをしたら、国内が乱れ統制できないことは必至ですわな。でも、乱れたという事実はない。また、仮になんでそんなことをする軍隊に、朝鮮人男性たちはなぜこぞって日本軍に志願したのかという、論理が破たんしてますわな。

でもねえ、ほんとうに考慮すべきことは、そうでもしなきゃ、食っていける時代じゃなかったということ。
日韓併合前は、朝鮮に産業らしきものはなかった。貨幣さえ流通しない奴隷制のあった国。李氏朝鮮は人身売買が産業であったといってもいい状態。地獄ですよ。国として破たんしていたんですから。
そして、併合したとたん、朝鮮の人たちは、働いて経済的恩恵を授かることを知った。きりきり食っていただけの人々が、人間的な生活があることを知った。これが当時の朝鮮半島の実情。
でも、女性は働ける場所がない。今のような雇用は無い。しかも女性たちは字も書けない。教養もない。
これは男たちだって同じこと。
もちろん、朝鮮は併合して日本になったわけだから、全員が教育を受けられるようになりました。
でも、一夕一朝では人は変わらない。環境も変わらない。日本はそれでも、現地インフラに対しての労働力として現地の人を雇ったんですよ。商売を覚えてた人たちもいたでしょう。でも、ほとんどの人たちは、腹をすかしたままです。なんとしても食っていかなきゃならない。その上、贅沢も知った。そういう状況で、女性たちは、何をして食べていくことをするのか。親たちも、子に何を求めたか。
そういう時代だったわけです。
でも、そういうことは、どの評論家もキャスターも言わない。

そうしなければ、腹が減って、死ぬという時代。
だいたい腹が減ったから、欧米から経済ブロックをくらって、経済的に孤立するしかなかったから、日本も戦争をせざるを得なかったわけですしね。座したまま飢えて死ぬか、一花咲かして活路を生み出すか、そういう状態だったわけで。
「座して死ぬ道が清く正しい」なんて言う人は、よほど覚悟を持った高潔な人か、腹が減っていない人でしょう。

腹が減る、人間こんなに辛く、みじめなことは無いんです。
でも、今は、そんなに死ぬほど腹を慢性的に減らしている人なんて、まあ日本にも韓国にもいないでしょうから、頭の中で、人権とか尊厳とか平等とかを考える余裕があるわけですよ。

それは、大変けっこうなことで、理想の社会なんですが、その価値観で歴史を図り、語ることはやってはいけない。その時代に必死で生きていた人たちへの冒涜になると思います。
もし、人権なんとか団体の人たちが、タイムマシンで当時に行き、慰安婦たちの前に立ちはだかって「あななたち、こんなことは辞めなさい。家族のもとへ帰りましょう」と説得したところで「じゃあ、私たちはどうやってオマンマ食べていくんだよ。お前が家族の面倒見てくれるのかよ」と、まあ、石を投げられるのが関の山。
日本だって、東北地方の少女たちは女衒に売られ、また、売られてお金を作ることが親孝行だと思われた時代。貧困とはそういうものです。
だから、そうならないためにも、女性にも男性同様の雇用の機会を与えるべきだ、という運動になるわけなんですけどね。

米国では、150年ほど前、奴隷制存続を巡って南北戦争が起こりました。
結局、北軍が勝って、黒人たちは形の上では奴隷制から解放されたのですが、ほとんどの黒人はそのままご主人様のところにいて、同じ境遇を望んだといいます。なぜでしょう。
解放されても、何をして食べていけるというのか、ということ。技術があるわけでも資格があるわけでも教養があるわけでもない。雇ってくれるところもない。全米が戦争で荒廃もしている。
でも、ご主人のところにとどまり、今まで通りに奉仕していると食わせてはもらえる。だから黒人たちはそれを選択したわけです。自由だけど食えない。奴隷だけど食える。人間、食えるほうを選ぶんですよ。

でも、偏見はいけません。黒人に対する偏見、差別は残ったんです。
これが改善されたのは1960年代の公民権運動まで待たなきゃならなかったんです。でも、黒人の人たちは白人にことあることに謝罪と賠償を求めているでしょうか?
日本はソ連軍の蛮行に対して、謝罪を求めたでしょうか?


大東亜戦争が終わって、72年になろうとしている今年。
こんなことをほじくり返す韓国も韓国だが、日本人も歴史を学んで、想像力を働かせて、ちゃんと彼らに向かい合わないとこの問題はずっと続くでしょう。それは日韓ともに不幸なことです。

でもとりあえず、菅官房長官のメッセージは正解。
以後、中国にも韓国にも妥協は不要。
そう思いますな。
















kaidanyawa at 13:19|PermalinkComments(6)

2017年01月05日

バークレイ、アステア、キャグニィ

   中山市朗です。


えー、新年になりまして、今日あたりから仕事始めという方も多かったのではないかと思います。

私は……、何をして仕事始めなのか、はっきりしません。
まあ、書斎にてネットサーフィンというのも仕事のうちといえば仕事なんですけど。

年末にスタッフから、「先生のパソコン、もう危険状態にありますよ。買い換えた方が賢明だと思います」と言われて、古い型のパソコンにWindows10を入れていましたから、そうとうの無理をパソコン自体がしていたらしい。
というので、まあ、今使っているパソコンはそのまま使用しながら、新しいパソコンも買っておいて、貴重なデータや書きかけの原稿などをそっちへも移し替える作業を、今年になってしておりました。
膨大な量がありましたんやで。そら、旧型パソコンもパンパンになりますわ。

で、どうせなら、楽しく仕事ができるようにと、27インチのディスプレーも購入。
接続して試しているうちに、おお、やっぱり画質が違う。迫力もと違う。いろんな動画を見て、集めてしまいまして、気が付いたら日が変わっていて、こりゃいかん。今更ながらですが、検索したらなんでも出てきますな。

でも、昔の30年代、40年代のハリウッドの映画の断片を見ていると、才能のある人間が画面の中で躍動しています。今の映画は、技術がCGに移行してから、役者たちがお飾りになってしまった気がします。
極端に言うと、役者は何もしないでも、映像クリエーターたちが作り上げてしまう。そういう映画もあっていいんですけど、やっぱり人間は人間を見たいのでしてね。
今の人もきっとそうなんでしょうけど。

ちょっとね、ほんとに昔のミュージカルの映像を紹介してみたくなりました。
おそらく、パドリック・ドメイン作品なので、大丈夫かと。

今の人は、こんなにネットの中に宝の山がありながら、こういうもの見ないんですね。
私が学生の頃は、こういうもの見ようと思ったら、2万、3万円も出して、輸入の字幕なしビデオを買うしかなかったんですけどね。

まず、1933年、映画に音がついて5年。バズビー・バークレイという振付師が、映画ならではのカメラワークと仕掛けを演出し、成功した『42番街』というワーナーの映画。
タクシーの屋根の上で、ルービー・キラーがタップ・ダンスを披露するところから始まる42nd streetというナンバー。本来モノクロなのですが、カラーライズされていたバージョンを初めて見ました。


 

こちら、同じバズビー・バークレイの振り付けで『泥酔夢』(34)から。原題はDumes。
バークレイの振り付けは、人間decorationと言われていました。
こういう映画、日本のBSでもCSでも未放送。
      
  


ミュージカルといえば、フレッド・アステア。そのアステアがタップの女王、エレノア・パウエルとタップの競演をした『踊るニューヨーク』から、ビギンザビギンというナンバー。
バークレイが自由自在にカメラを駆使したのに対して、アステアは、あくまでカメラを意識させないことでした。
アステアの芸は、エレガントですな。

    
 
さて、こちら1942年、第二次大戦真っ最中に国威発揚の意図もあって製作された『Yankee Doodle Dandy』から。ジョージ・M・コーハンという米国の伝説的作曲家の半生をミュージカル化した映画。コーハン演じるのは、ジェームズ・キャグニィという、犯罪映画によく出ていたスター。ここでは、アステアとはまた違った躍動感のあるタップダンスを披露。日本では未公開でした。NHKがBSで放送しましたな。

 
 

キャグニィは、この映画を気に入っていたそうで、それから13年後の『The seven Little Foys」という映画で、ボブ・ホープと卓上でタップの競演。再びコーハンを演じて、実に楽しそうに披露しています。



こんなん見てたら時間も忘れますわ。


kaidanyawa at 21:39|PermalinkComments(12)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


Archives