2017年11月18日

素直に「はい」か、言い訳か。

中山市朗です。

作劇塾、講義、ネットラジオ収録、飲み会。
5時過ぎ終了。

今日の飲み会、しんどかったですわ。

ある塾生。
「はい」と言わない。
絶対に言わない。
何を言っても、「そうはおっしゃいますけどねえ」「考えてみてくださいよぉ」「じゃあお聞きしますけどねえ」と、言い返し、自分の意見、考えを言ってくる。
その考え、何も響かないんですけど。
あんたは、素人。
その素人が、なんで、この世界で27年食ってる私に、こうまでしつこく自分の考えを主張してくるのか。

「私も勤め人ですからプロのつもりです」
話が全然違う。だったら作家なんぞ目指さずに、定年になるまで勤め人しとけ。そんな了見でフリーランスの世界に入ってくるな。

塾生たちの私生活には私は介入しないし、する権利もない、するつもりもない。
ただ、プロの作家になりたいと言って、月謝を払って塾に来ている人には(そうじゃない人もいます。それはかまいません。プロになりたいと言って、何年も通っている塾生の話です)、私にはプロに育てる義務があると思っている。だから、プロの世界から見た考え、マナー、常識を言っているわけですが、どうも、理解できないらしい。

9日付けのこのブログで、
教師と師匠、教え子と弟子、
というテーマで、私は教師なのか師匠なのか、塾生たちはどう思っているのか、で私の思いを書きましたが、まさにこの問題に、私は悩んでいるわけです。
師弟であるなら、まずは、「はい」と師の意見に従う。
いや、師匠のいうことは全部が正しいわけではない。
やっぱり人間ですから、間違ったアドバイスをしたり、理不尽なこともあり、無理難題を課せられることもある。勘違いだってあるでしょう。でも、それらを含めての、この世界。矛盾だらけですこの世界。
だからこそ、「はい」が重要なんです。
これは、「師匠、私は本気です。覚悟しています」という意味なんです。この言葉があるから、師は弟子のために道を拓き、身を挺して弟子を守るわけです。そして弟子は、師のために覚悟を決めて事を成就することを第一とするわけです。この両者の思いが一致して、はじめて師弟の関係となる、と思うのです。

この考えは古い、という人は、専門学校とか、カルチャー教室へいきましょうね。

それでも、私だから、なんとか塾生の話にふんふんと耳を傾け、諦めずに説得し、アドバイスしているわけで、こんなんプロの編集さん、プロデューサー、クライアントなら、鼻っからそんなド素人の話など聞こうともしないし、だいたい育てるつもりもない。つまり、これ、お話にならない。
「それ、編集の人間がここにいたら、とっくに帰ってるで。で、後で電話がかかってくる。『中山さん、ちゃんとお弟子さん、教育してますか?』ときっと言われる」
そんなレベルの話が、延々繰り返されたわけです。ま、今日に始まったわけじゃないですけど。
でも今夜はさすがに、酷い。
他の塾生は、そこを理解していてるから、「いやいや、そこは、はいでしょう」「先生はそういうことを言っているわけじゃない」「それを言うなら、あなたも同じプロになるしかないでしょう」といさめるのですが、「とはおっしゃいますけどねえ」「考えてみてくださいよぉ」と、また話が戻る。
ある塾生は、寝かけとる。

私が言うのは、「プロになりたいなら、志を持て。覚悟を持て」ということなんです。
「プロになりたいけど、今の仕事も好き。あれもやりたい。これもやりたい。いえ、プロの作家になりたいのは、本気ですよ。でもねぇ」なんで言われると、最優先が何なのかがわからない。覚悟なんてないやん。
だったら私も、そういうのは弟子とも思わん。お前さんのことで悩んだり何とかしてやろうなんて考えはもう起こらない。もう好きにしてくれ。他人でおってくれ、ということになる。
だから、9日のブログで、業界の人たちは塾生のことを「お弟子さん」と呼んでいるけれど、はたして塾生は私を「師」と思っているのだろうか、と書いたわけです。単に月謝を払って教わっているだけの者なんですけど、と言われれば、それは別に構わないんです。私も弟子を取ったわけではない。塾生としてきたわけですから。
でも、ここは私塾です。私と塾生の結びつきは、やっぱりどこか一心同体とみられるでしょうし、そこがまた、塾の特徴、長所でもあります。けっこう、作劇塾のような作家養成塾は珍しいので、注目して見てくれている業界人は多いのです。するとこんなこともあるんです。

「私は何があっても、プロの作家になりたいです。そのためには悪魔に魂を売ってもいいです」という作家志望者と、
「プロの作家にはなりたいですよ。でも、私はこれも大事。これもやりたい。とりあえず私はこう思うんです」と言い訳をしている作家志望者。
もし、編集長クラスの人が「塾生さんで、中山さん一押しのお弟子さんいたら紹介してください」と言ってきたとしたら、どちらの作家志望者を紹介します?
そういうこと、実際に何度かあったんですよ。ほんと。

そんな時、逃げ場があって、言い訳ばっかりしている人は紹介できないですよ。絶対に。
紹介するからには、私のメンツもある。塾の信用にも関わる。

私はさすがに言いましたよ。
「お前さんが自分の思うとおりにするなら、以後、作家になりたいという言葉は戯言だと判断する。もちろん合評はちゃんと見て意見はするしアドバイスはする。しかし、業界の人には会わせられない。チャンスが来たら、優先順位は下がるから、他の塾生を優先する。俺のいうことを聞くなら、今まで以上にやらなきゃならないけど、チャンスは与える」
チャンスは人生に三度しか来ない、とか、一度逃したチャンスは二度と来ない、なんて言われています。
それをフイにしてもいいのか、と私は心底思います。


それでも「とは、おっしゃいますけどねえ」「今の仕事も結構好きなんですよお」

もう知らん!





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2017年11月17日

幽玄の世界のルーツと怪談

中山市朗です。

昨夜、珍しいお客様が、我が書斎に訪ねてこられました。
まず、今年の夏の終わり、私の、呪いについて語った瞬間に奇妙な写真、が撮られたトーク・イベント、『中山市朗の絶対言うたらあかんここだけの話」。同志社大学寒梅館で開催されました。
あのイベントを仕掛けたNさん。奇妙な写真を撮ったのもこの人。
※私が呪いに関する話をしたときに撮られた奇妙な写真(アカン写真)を見たい人はamemaFRESH!『中山市朗・怪チャンネル』第四怪をご覧ください。その他では公開しておりません。
私がエラいことになってますから。


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中山市朗・怪チャンネル


で、このNさんの紹介で、京都から、二人の能楽師が来られました。
おひとりは金剛流のYさん。もう一人は観世流のMさん。

実は、Nさんとは以前、「能と怪談のコラボ」をやってみたい、てなことを言っていたのですが、このNさんが以前住んでいた家の隣に能楽師のMさんが住んでいたらしく、そういう縁で、ほんとに能楽師の方を紹介してくれたわけです。

まあ、打ち合わせというより、酒でも飲みながら、いろいろお話ししましょうということで。
私もいろいろ仕込んで、肉ももちろん、こういうものも用意して待っておりました。

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エビは、炭火で焼いたら、めっちゃうまかった!

以前から私、能という芸能に大変興味を持っておりまして。
能のルーツは伎楽。伎楽は聖徳太子の時代に秦河勝によって公式に演じられ、以来、いろいろ変遷を経て、世阿弥、観阿弥親子によって、現在の能と、狂言に分かれたと言います。伎楽そのものは、呉の国からやって来た、とされますが、これは明らかにシルクロードを渡って来たもので、ミトラ神にその源流がある、と私は見ています。

詳しくはこれを読もう。



日本の古代史を探る大きなヒントが、伎楽にあるわけです。
でも、Mさんのお師匠さんは、能は古代エジプトにその源流はある、と言っておられるそうで、この話、盛り上がりました。
そういえば、2002年NHKハイビジョン・スペシャルで狂言師で演出家である野村万之丞さんが、伎楽面のルーツを探る『マスクロード』に出演され、オンエアされました。
出版物にもなっております。
この中ではチベットやウィグル、インド、あるいは拝火教へと行きついていましたが、これはもっと先、ローマやエジプトに行きます。そしてキリスト教ともリンクします。

マスクロード―幻の伎楽再現の旅
野村 万之丞
日本放送出版協会
2002-01


今度は私にやらせろ!

日本の古代史って、学術的にはどうしても朝鮮半島から出ないのですが、こういう世界から見ると、けっしてそうではなく、ローマだエジプトだ、ユダヤだ、とダイナミックに展開します。
日本という国の成り立ちに、若い人も含めて大きな関心をもってもらえるアイテムがたくさんあるんですけど。
なんで、学術となるとおもんないのか。
エンタメちゃうからでしょうな。
だからそういうアプローチを、こういう能楽師の方たちとコラボやりながら、探索していきたいなあと。マジで思います。

で、もう一つ。
「能と怪談」。
能の世界は「幽玄」なんです。
「幽玄」とは、物事は観れば見るほど深く美しい、といった趣をさすわけですが、もともと神事であったことから、鎮魂や怨霊をテーマとする世界観があります。特に、夜に焚火の前で演じられる能は、そういうあの世や異界にいざなうことができる芸能です。それにあの能面。
以前私は『怪異異聞録・なまなりさん』という長編怪談を上梓しましたが、「なまなり」という言葉も能面にあるわけです。恨みつらみによって、人が鬼(般若)になる前の怨霊の状態をあらわしたもの。「生成」と書きます。

こんなお面です。

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『怪異異聞録・なまなりさん』は、現在売り切れ中。版元はメディアファクトリー。
さあ、みんなでKADOKAWAに、角川文庫で再販しろ、と、リクエストしましょう。

そういう能の世界観と、怪談語りを、なんとかコラボしてみたいなあと。
能を鑑賞する人は、どうしても限られてきていると、能楽師のお二人。怪談も、もっと聞き手を増やすことが課題。コラボは、やり方を考える必要はありますが、双方でメリットになると思いますな。

そんなこんなで、今回は能楽師の方と、能面だ。ルーツだ。幽玄とは、みたいな話で盛り上がりました。
でも、来年は、何かやりましょうと。
Nさんがまた、やる気満々でして。

来年のことを言うと鬼が笑うと言いますが。
もう来年に仕掛けるおもろいこと、いろいろ考えております。

こういうことって、若い人にも参加してもらいたいなあ、という気持ちもあります。








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2017年11月16日

創作と取材

中山市朗です。


作家には、二つのタイプがございまして。

一つは、作品を書くにあたって、資料を読み込み、取材をするという人。極道宅に住み込んで『極妻』を書いたという若い女流作家がいましたね。

一つは、そんなことをしなくても書ける人。

後者は、なんというか、作家としての資質とたぐいまれな天性の想像力の持主なんでしょうね。
とはいえ、もともと作家として一線でずっと活躍している人たちの想像力、造形力、洞察力はとんでもないものでありまして、そのうえで、取材をするとか、しないとかの話をしているわけですよ。
そもそも作家になろう、なんて思う人は、もともと本が好きで、いろいろ読み込んでいるでしょうし、私の周りの作家たちは、とにかくストーリー、物語が好きなようです。
ですから、映画やドラマ、芝居から落語まで、特に映画好き、落語好きの作家さんは多いです。落語の台本を書いているのもいますしね。

私たちの世代の作家が集まると、映画や特撮の話で盛り上がることも多いですな。あんまり本の話はしない。
やっているうちに、批判大会になっちゃうからでしょうか。
ただ「あの評論家、こんなこと書きやがった」と、文芸評論家の批判は多いような気がします。
「俺、あの小説書くのに二年もかけたのに、そいつ、一回読んだだけでボロクソ書きやがった」なんてね。

まあ、ボロクソ書かれても、評論の対象になるなら、ええんとちがいますやろか。
まったく無視されるのが、一番つらいわけです。

私は、最初のタイプでして、取材が無いと書けない。というか、出発が実話系怪談ですから、とにかく取材して怪異蒐集をする。それをやらないと書けない。想像で書いちゃうと、実話じゃなくなりますしね。
古代史やオカルト関係は、膨大に資料、史料を読み込み、取材をします。
特に古代史となると、現代との接点が必要ですし、舞台となる土地へは行く方がイメージが明確になる。

司馬遼太郎さんは、積極的に取材をした人ですが、例えば、竹ノ内街道(という道が、飛鳥時代にあったんです)を取材するにあたって、街道が見える小高い山に登ったそうです。
そしたら、彼の視界から、今建っている建物や田畑が消えていき、純粋な土地だけが見えたそうです。そこに、飛鳥時代の様相を想像していく。地形というものは、あんまり変わりませんからな。
まあ、天才です。司馬遼太郎。

私の場合、取材、調べものが8、執筆が2、みたいなもの。
取材でいい題材さえ見つかれば、執筆は比較的楽なんです。ただ、取材がねえ、なかなか……。
でも取材は楽しいし、作品に反映されなくても、いろいろ知識の源泉になるし、人とのつながりもできる。
この、人のつながりが、また新たな取材や資料探しに役立つわけです。

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ところで、私、よく塾生に言っているのですが「取材はしろよ」と。
専門学校時代から、いろいろと作家志望の人たちを見てきましたが、取材をしない。
籠って書いてる。
そうなると、人との接触もない。

籠って書いてて疑問に思わんのかなあと。
籠って、もがき苦しんで、懸命に原稿を書いて、で、報われない。そんな話もよく聞きます。ネットの中には作家になりたいけどなれない人たちのコミニュティがあって、いろいろ悩みと相談が書いてあるんだけど、明らかに籠ってますな。
私は言うんです。
「調べもせずに、取材もせずに、人一倍おもろいものが書けるという自信はどっから来るの?  君の書いている作品の中より、よっぽどおもろいこと、意外なこと、びっくりするようなことが、世間にはゴロゴロとあるで。なんでそれを知ろうとしない」

とはいえ、取材ばっかりやってて、全然作品にならないのもいました。
それもあきませんな。

でも、取材とは、何もテーマを決めて、ボイスレコーダーとメモ帳持って、みたいなことだけでなく、いろんな人と交わって、飲んだり会話をしたりすることが作家にとっての取材。
私なんて、サラリーマンの経験が無いですから、サラリーマンの仕事の辛さ、組織のしがらみ、派閥争い、ヘタこいて飛ばされた同僚から、セクハラやって奈落へ落ちた上司の話まで、ひじょうに興味があります。
実は、怪談を書くっていうのは、日常をちゃんと書き込まないとダメなんですよ。怪異に遭遇する人は、さまざまな土地に住んでいて、さまざまな立場、生き方、職種があって、その各々が一日一日を過ごすわけです。その日常を、端的に表現して、怪異がその中に現れる。キモですな。
キモが無いと怪談にならない。

そういうわけで、いろんな人と話をして、いろんなエピソードを拾い集めるわけです。
このエピソードが、どけだけ頭の中に入っているか。つまり、話のパターンや心理、行動の動機ですな。
人から聞いた話というのは、ところどころ穴があるし、記憶はあやふやなものでもある。だかにそこを埋めるのに、こういうエピソードや人の行動パターンが必要なんです。想像で埋める、というんですか。
怪談そのものは実話系ですが、怪談に仕上げるにはこの想像をどう働かせるか。
これは、怪談に限らず、取材モノにありがちなことだと思います。
創作の原点は、このエピソード集めにあるんじゃないかと、まあ、思いますな。

芸人もそうですね。
「スベらない話」なんていうのがありますが、あれは結局、どれだけのエピソードを、芸人が持っているかですよ。それは自分だけの体験では足らない。人の体験談に敏感でなきゃ、エピソードは生まれない。
エピソードをたくさん知っている人は、会話をしていても面白い。その伝え方も心得ています。伝え方が、エンターティメントになるわけです。

今の塾生は、取材の重要性はわかっているようです。
でも、見ていると、まだそのやり方がわかってないみたいです。
最近、怪談を書こうとしている塾生にこう言ったんです。
「俺がこんだけ取材してんねんで。プロが十の取材やってて、お前さんは一もやってない。俺がお前さんの立場だったら、必死こいて、百の取材をしようとするわ。でないと追いつかんやろ」
プロになったら、先輩も後輩も無い。
客が、どれをチョイスするか、だけ。
だったら、読者が納得しつつ、面白いと思うものを書かなきゃ。
それが自分の頭の中だけで構築し、表現できるのならいいんですけど、できてたら、塾なんかに来てませんわ。もうとっくにプロになっているはず。そうじゃないんなら……。

取材。

え、取材のやり方を知りたい?

じゃ、塾に来なはれ。





kaidanyawa at 01:55|PermalinkComments(6)

2017年11月15日

『新耳袋』と『怪談狩り』、重版!

中山市朗です。

昨日依頼された原稿は書き上げました。
あとは、編集が何を言ってくるのか?

とりあえず、飲みますわ。

さて、ブログなんか書かなあかんなあと思っていたら、

KADOKAWAから郵便物が二つ。
重版本の見本でした。

一応、こんなん来ますねん。

重版















『怪談狩り・禍々しい家』 早くも3刷。
『新耳袋第三夜』   13刷。

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出版しても、なかなか増刷がない、昨今の出版界。
でも、あんまり重版ないとね、作家業もクビになっちゃうかも。
だから、塾生に口酸っぱく言うわけですよ。

デビューするより、続けることの方が難しい。




kaidanyawa at 17:19|PermalinkComments(5)

2017年11月14日

いきなりの依頼

中山市朗です。


すんまへん。

出版社の手違いがございまして、今から明後日までに40枚ほどの原稿を書き上げないとあきません。
枚数よりネタですわ。

ブログどころや無い。


えらいこってすわ。

kaidanyawa at 09:43|PermalinkComments(4)

2017年11月13日

女子会怪談と、とっさんの怪

中山市朗です。

昨日は、「プライベート怪談会」。

いつもはオールナイトで行っておりましたが、「夜はちょっとねえ」という声もあって、日曜日の午後より開始。
今まではおっさん率が高かったわけですが、今回は主婦を中心に、参加者の七割が女性と言う、ちょっといつもとはノリが違う怪談会となりました。
また、埼玉県から、富山県から、愛知県からと遠方からの参加もありました。おひとりは旦那と京都旅行中、旦那をほっといて、こっちへ来ましたと言う……。

いやあ、女性たちが集まると、さっそくテーブル上に、お惣菜やお菓子が並びます。
怪談会というより、もう、飲み会ですわ。

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出し巻、蒸し鶏、ミンチカツ、から揚げ、ポテトサラダ……。

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こちらは鶏のから揚げ、イカリング、ポテトサラダ、焼き肉用のお肉や、クッキーなども。きっと食べきれない。

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お酒もこの通り。いやいや、怪談会ですから。後で『怪チャンネル』の配信もありますので、こちらは手を付けず遠慮しましたが。

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途中でケーキ入刀もあって、だんだん女子会のノリに?
ふっと見たら、参加していた4人ほどの男性陣は、なんだか隅っこの方に。恐ろしや、女子パワー。

怪談ももちろん、大充実の収穫。
ある有名な殺人事件に関する裏話的怪談や、呪い系、狐狸妖怪、職場の怪異から、出産時の怪異まで、ボイスレコーダーの数値を見ると、40数話。昼間っから、ムードは女子会ながら、濃い怪談が次々と語られました。
休憩中も、ずっと怪談が止まらず。
いくつかは、12月の「Dark Night」で語らせていただくと思います。

13時に始まった怪談会。
一応、19時に終了はしたのですが、皆さんそのまま、怪談を語り続け、そのうち『怪チャンネル』収録の準備にとっさん、続いて中村壮快君が来るも、そのまま怪談会は続き、『怪チャンネル』は予定通り21:00に生配信いたしましだが、その10分前まで、女子会怪談は行われておりました。
で、遠くからの人が多かったので、一人が「終電間に合えへん」と立ち上がると「私も」「うちも」と、たちまち氾濫した洪水が引くように、いなくなりました。
ほんとは、居残ってもらうと、「プライベート怪談会」の雰囲気を反映した映像作りをしたかったんですけど、まあしゃないですわな。

『中山市朗・怪チャンネル』。
はるみちゃんが、開始直前に入ってきて、いつものように生配信。
今回も、前回に引き続き、トラブルがほぼ無し。技術的改良が功を奏したのでしょうか。

いや、なんとなく最近、原因らしきものがわかったような。

とっさんです。『怪チャンネル』のカメラと配信、編集、音声と一手に担ってくれているとっさんの身の回りで、怪異が次々に起こっていたようなのです。
ちょっとねえ、夏ごろから見たことのない虫が、彼の周りに出るようになって、そのころから『怪チャンネル』でトラブルが続発。北野誠さんから「それ、お祓い行かなあかんで」と言われて。
そういや、誠さんの「犬神」は、大量発生した虫からはじまりましたな。とっさんの話を聞いていると現象と虫の形がよく似ている。
彼はお笑いのライブなどでも、音声や映像を担当しているのですが、お笑いのライブ会場でもいろいろあったらしく、しまいには天井の照明が落ちて来たり、さながら男版『キャリー』みたいなことが起こったらしい。
そのことがあって、誠さんの忠告に従って、ある神社でお祓いを受けると、びたっと止んで、『怪チャンネル』も、それからトラブル無し。

とっさんかえ〜。

ということで、今回も楽しく『怪異』を語りました。


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中山市朗・怪チャンネル

いやあ〜、怪異ってあるんですねえ。
懐疑派だった私も、最近そう思うようになりました。

今回参加くださった皆々様方、ありがとうございました〜。
感謝しています。

食べきれなかったお肉なども、喜んで食しますので。


kaidanyawa at 08:26|PermalinkComments(9)

2017年11月12日

本日『中山市朗・怪チャンネル』配信!

中山市朗です。

本日は、プライベート怪談会。

飛び入り参加、OK。

06-6264-0981、オフィスイチロウまで、お電話を。
ただし、午前中までに。

21:00より、amebaFLESH!『中山市朗・怪チャンネル』。

プライベート怪談会とコラボ放送をやりだいのですけど……。
すべては、当日の参加者の協力、ノリしだい?


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中山市朗・怪チャンネル





kaidanyawa at 01:00|PermalinkComments(1)

2017年11月11日

本日『気まま酒家』。酒飲みながらただ、グダグダと?

中山市朗です。


本日22:00より、ネットラジオ『気まま酒家』の生配信&次回分の収録があります。

酒を飲みながらグダグダ語るというサイテイの番組です。

参加者募集しています。一緒にお酒を飲みながらグダグダに付き合っていただくだけで結構です。
ただし、酒、肴は持ち寄り散財。
あるいは、こういうことをテーマに、中山相手に語ってみたい、と言う人も歓迎。
怪談、オカルト、古代史はもとより、近代史、戦争、サブカル、映画、音楽、芸術、芸能、政治、経済、教育などなど、なんでもOK。知らないことは聞き手に回りますが、最近のアニメやゲームの話はついていけませんので、そのつもりで。

参加希望の方は、『気まま酒家』にDMか、オフィスイチロウへメールでご一報ください。

info@officeichirou.com

【放送URL】

明日は、13:00より、プライベート怪談会となります。
13:00〜第一部
16:00〜第二部
どちらか一方、あるいはどちらもの参加は自由。
参加費無料ですが、怪談を一話は語ること。

19:00には、終了予定ですが、そのまま居残って、飲み会に突入します。また、
21:00より、amebaFLESH『中山市朗・怪チャンネル』の収録、配信があります。
怪談専門番組です。
そのまま見学していただくのもよし、出てみたい、という方がおられれば、出ていただくことも考えます。

参加者募集中。上記のオフィスイチロウまで、メールでお知らせください。

また、メールくださった方には全員にお返事さしあげていますが、もし、まだ何も受け取っていない、という方がおられれば、もう一度メールをください。


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中山市朗・怪チャンネル
よろしくお願いします。




kaidanyawa at 12:00|PermalinkComments(0)

2017年11月10日

赤っ恥かくとはこのことや!

中山市朗です。

オフィスイチロウから依頼したお仕事や原稿料などから源泉徴収した所得税や復興特別所得税などを、お役所に納めなあかん、ということで。
秘書もおらんし、事務を雇うほどの予算もないので、私が自ら計算して税務署へ向かって、空堀商店街の上り坂を、自転車を漕いでました。
こういうこと、やりたくないから作家稼業してるはずなんですけどね。まあ、国民の義務。
税金納めたらすぐ帰る予定でしたし、誰にも会わんやろ、と、適当なシャツ(黒ではない)にコート。髪もとかずに無精ひげ。まあ、税金払うのに「お金おまへんねん」みたいな恰好の方がええかなと。それは思わなかったですが、今思うと無意識にそういう心理も働いていたのかも知れません。
そんな冴えない格好で空堀商店街をママチャリ漕いでますねん。こんなん見られたくない。

と、前からテレビカメラやガンマイクを持った一団が向こうからやってくる。
「ヤバイ。知ったヤツおらんやろな」
と、目を伏せてその一団をやりすごそうとしたら、
「おはようございます」
という声が。
見たら、矢野・兵動の兵動さん。
「なにしてはるんですかあ、こんなとこで。この人ねえ、中山市朗さん言うて、大阪で怖い話いうたら、一手に引き受けてるような方なんです」と、カメラに向かって私の紹介をはじめた。わちゃー、街中探索かなんかのロケで、カメラ廻ってたんや。
無視するわけもできず、適当にインタビュー受けたけど、ちょっとねえ、人前に出られる格好や無いし。
「どこ行かれるんですか」と聞かれて「税務署」と言うのも、生々しい話やし。
こりゃ、困った。
後でディレクターさんらしき人から「すみません。使うか使わないかはわかりません」と言われたんで「なるべく使わんといて」と、言うたんですけどね。

こんなに困ったことも、近頃ない。赤っ恥ですわ、ほんま。
油断大敵。
おばあちゃんの格言を思い出す。
「男はな、一旦外に出ると、七人の敵がおる」……。

えっ、何の番組って。聞いたけど教えない。まあ、使われへんやろけど。


さて、明日(11日)は、22:00より、『気まま酒家』の収録&生配信。
参加者、募集しています。まあ、オフィスイチロウに来てもらって、一緒にお酒飲んでくれているだけで結構。
参加希望の方は『気まま酒家』へDMをするか、オフィスイチロウへメールをください。

明後日(12日)は、13:00から、同じオフィスイチロウで「プライベート怪談会」。
参加者はいつもより少なめ。どんどん参加していただきたいです。
13:00から第一部、16:00から第二部。
どちらか一方、あるいはどちらも参加、どちらでも行けます。参加費無料ですが、怪談を一話は語ること。
不思議だった体験談でじゅうぶんですので。

その後は、21:00よりamebaFLESH!『中山市朗・怪チャンネル』の配信。
「プライベート怪談会」参加の方は、そのまま居残って見学、よければ番組内で一話語っていただくのもありかなと。
技術のとっさんのスケジュール上、2本撮りになるかも、ということなので、これ、案外ハードですわ。

オフィスイチロウ
info@officeichirou.com

また、オフィスイチロウでは、作劇塾の塾生、および、『怪チャンネル』で、はるみちゃんがやっているような、女性MCも募集しております。
MCは、経験は問いません。
20代で、アグレッシブな、タレント志望であるならなおよし。

お願いしますよ、ほんと。


kaidanyawa at 07:00|PermalinkComments(6)

2017年11月09日

教師と師匠、教え子と弟子。

中山市朗です。

明日(10日)は、19:00より、作劇塾は通常通り開講いたします。
作品合評です。

先日、飛鳥昭雄さんから「僕は弟子を取らない主義なんだけど、中山さんは取る人。なんで?」みたいなことを聞かれました。
人には、この二つのタイプがあるんですね。

例えば、タモリ・タイプとたけしタイプ。

タモリさんは、絶対に弟子を取らない。北野たけしさんは、軍団を作った。
ただ、タモリさんは、当時は珍しく師匠を持たない芸人だったんですね。山下洋輔が発掘し、赤塚不二夫がパトロン的な存在としてはいましたけど。一方北野たけしさんは、深見千三郎という師匠がいた。浅草の芸人。たけしさんにして「有名になった点では師匠を超えられたけど、芸人としては超えられない」といわしめた人。
まあ、タモリさんの芸は、誰にも継承できない特別なものでしたけど。

こういう徒弟制度は、伝統芸能などには、今も歴然としてあります。
けど、ほとんどが、専門学校という教育ビジネスにとってかわられました。私も某大型専門学校で九年間教えていた時期もありましたけれども。

さて、私はつらつらと考えるわけですが、飛鳥さんをはじめ、みなさん、塾生のことをお弟子さん、というんですよ。
周りの人たち、例えば編集さん、作家さん、芸人さんたちは言うわけですよ。
「お弟子さん、来られるんですか?」「お弟子さんの分も用意しときましょうか」とか。

そうなると、
私は塾生にとって師匠といえる存在なのか、ということなんですね。
塾生も、私のことを師匠と思っているのか、ということもある。
厳密にいえば、師弟関係とは、師匠が弟子の面倒を見ることから始まるわけです。住みこませたり、身の回りの世話をさせたり、かばん持ちですな。その代わりメシも食わせて、小遣いも与える。ここに絶対服従の関係が成される。
「弟子は師匠の所有物」あるいは、「無理編に拳骨と書いて、ししょうと読む」なんて、ある落語家が言ってたっけ。

作劇塾は違う。1万円の月謝をもらってますからね。そうなると塾生はお客さん。
でも、黒字になったのは、私の書斎に場を移した二年前の四月から。それまではずっと赤字。教室をもって経営を別会社に委ねてました。別の塾も開講して人も雇っていましたしね。でもこの会社がいいかげんで、おかげで膨大な借金抱えちゃった。まあ、それは置いといて。
だから月謝は経費としていただいていて、それで儲けようとしたわけではないんです。
ただ、月謝をもらっていることによって、絶対服従の関係は無くなる。自分から辞めるのも自由。

だったら、私は教師なのかというと、そうではない。教師とは教える師ですけど、小説やシナリオの書き方に教科書は無いわけです。教師は教科書に書いてあることを元に教えるわけですが、我々の世界にはそういったプログラムは無いわけです。
こうすれば、絶対に作家になれるという方程式もない。あったらまず、私が教えてほしい。
では、作劇塾は、なにをしているところなのか?

ヒントを与え、近道に導く場所、だと思うんですよ。
うちへ通う塾生たちは、それぞれが求めるものは違うし、得意とするものも違う。本気でプロの作家を目指すものもいれば、「なれたらいいかな」くらいの塾生もいる。ただ、ここにいれば面白いし刺激があるから、と通っている塾生もいるのかも知れません。
また、何年も通っているのもいれば、この4月に入塾したのもいるし、今月はまた新塾生が入ってくる。キャリアも違うわけです。

つまり多様性がある。私はそこに合わせるわけです。
「だったら、これをやっておくべきだ」「これは知っておかないといけない」「ここに目標を置こう」とか。
つまり、ヒントを与える、目標の近道に案内する。
そうなると、塾生の主体性が問われるわけです。
なにがしたいのかわからない、という人には、ヒントも与えられないし、この道を行けともいえない。
あと、言えることは、これをしたら絶対に失敗する、という法則はあります。あるんですよ、これ。
これを案外、言っても聞かない塾生がいる。
それで、ず〜と、ず〜と、遠まわりして。

ただし、それには私自分が様々な経験をし、研鑽を積んでいないと、ヒントは与えられないし、道も知らない、ということになる。私が、塾生にしてあげることは、私の経験上から培ったことを伝えることです。そして、塾生はそれをどう活かすか、です。そうなると、そこには信頼関係が必要となります。
教科書に載っているのなら、誰にいわれてもそれが正解なのでしょうが、その人の経験を活かす、というのは、信頼していないと活かそうとは思えませんもんね。
そうなると、師弟関係に近いものがそこに生まれる、のは自然の成り行きかも知れません。

教師と師匠の違い。
それは、教え子が選べるか選べられないかの違いもあるでしょう。

教師は、教え子が選べることはできません。学校の先生は選べません。
また、学校に入るには、入学試験があります。教える側が教え子を選ぶわけです。

師匠は、逆です。教え子が師を選ぶわけです。
作劇塾も、中山市朗が塾頭をやっていることを知って、塾生は来ているわけです。
ほとんどは「中山先生に教えを乞いたい」というメールからはじまります。
入塾に関しても入試もありません。
そして私の書斎で学び、書斎で朝まで飲む。たまにはオフィスイチロウの仕事も手伝ってもらう。
そういう意味においては、弟子入りに近いともいえましょう。
私も、一旦塾に身を置いてもらうからには、その人の動機、やりたいこと、資質、性格、世界観は知っておきたい。でないと、適切なアドバイスはできません。だから、飲み会を毎週やっているわけです。マナーを知る場にもなりますしね。

脚本家で映画監督である、今の日本映画界では有名な人ある人は、こういうことを言っていました。この人もある専門学校で講師をやっているわけですが。
「最近、例えば脚本の書き方なんて、ネットで検索すればいくらでもそういうサイトは出てくるし、そういう本もたくさん出ています。だから、専門学校へ来る学生も減ってきています。でもね、この業界、そういうもんじゃない。人のつながりなんですよ。そこにチャンスがあるわけだし、仕事はそういう中で回るわけですから。専門学校にはそういった業界人が教えてるんだから、そういう人を知っているのと知らないでは、全然違う」

私はその通りだと思うんです。
小説の書き方、シナリオの書き方なんて、確かに本やサイトで読める。
よっぽど才能があって、運がある人は、それでも一人で業界に入って、業界で食っていけるわけですけど。

私の場合、この世界で食っていけるのに、大学卒業して8年かかったんです。30歳ですわな。
その間、ともに夢を追っていた大学の友人、仲間たちはどんどん消えて行った。
そらね、実績の無い若造なんて、業界の人は誰も相手にしてくれない。チャンスもくれない。

でも、誰々の紹介、となると話は違ってくるんです。その後ろ盾が無い辛さ。
私と木原浩勝との『新・耳・袋』でのデビューも、別に賞を獲ったわけじゃない。あれは、本の装丁とかデザインをしてくれた人たちがいろいろ尽力を尽くしてくれたから出版に漕ぎつけたわけです。
その後、私は放送作家になり、古代史を研究することになり、そこからオカルトの研究家となり、怪談を語る演者となり、演出もし、出版物もたくさん出しました。これ、全部、人との関係で成したものばかりなんです。私個人では、何一つなしえなかった。いかに業界の人と知り合うか。つまりコネはいるんですって。

ですから、塾生にはなるべく多くの業界人と、飲める場を提供しているわけです。
プロが素人と飲むなんて、まあ、無いことですから。
作家になるんだったら、編集さん、映像関係だったら、プロデューサーや制作会社、放送関係の人に顔を覚えてもらう。これだけで全然違いますよ。そんな人たちに会うための営業を、ずっと20代の頃やっていたわけですから。編集長クラスなんて、めったなことでは会わせてもらえない。そして、仕事をくれるのは、そういう人たちですから。ただねえ、当たり前のことですが、やることはやっていないと同席させないよ。する意味もない。

そうなると、塾生と話をしてくれる、酒の席に同席してくれるその業界の人たちは、中山市朗の弟子だから、ということになるんでしょうか。

私には師匠がいません。
まあ、勝手に黒澤明監督が師匠だと思っていますが、別に弟子入りさせてくださいとか、そんなことはしていない。ただ、弟子になりたくて、「making of 乱」の企画書をひっさげて現場に押し入り、じっと監督の仕事ぶりを見ていた、ということはやりました。師匠を見る目で。
でも、それは公言できないし、黒澤監督も「お前、誰?」と生きておられたら、言われていたでしょうし。

でも、師匠がいたら、デビューするまでの8年が、もっと短縮していたのでは、と思うわけです。
随分と遠回りしてきましたから。そこ行くと、遠回りになるよ、と言ってくれる人がいなかったんです。
そして、本来はデビューしてからの方が大変なんです。
また、『新・耳・袋』でデビューしたから、すぐに食えたわけでもない。
心の支えが無く、折れそうになったことも幾度もあのましたが、折れたところで、何ができるわけでもない。
でも、そこで知り合った業界の人たちが、私を救ってくれたんです。もちろん、それは私に毅然としてやりたいことがあったから、営業をつづけたから、そこに協力してくれたり、仕事のオファーをくれたり。それがメディアファクトリー版の『新耳袋』十夜や怪談之怪に結びついた。ここからようやく、作家として回りだした。

作家は一人籠って原稿を書くことが仕事なんだけども、それをビジネスにするにはいろんな人が関わる。
そういうことが、デビュー前の作家志望者にはわかんないんでしょうね。

でも、作劇塾はそこを教える。これは、教える、ですよ。教科書は無いけど、教科書とすべき、プロの人たちとの交流。一番大事なことはこれです。
プロの作家と話す。飲む。
プロの作家のスタンスや考え方は、やっぱり普通ではない。それを体感してほしい。そしてプロになるということは、そういう人たちと勝負するということであると。
そういう覚悟を養うのが、作劇塾ならではの特色でしょうか。

おそらく、何かあった時の責任問題とか、また、素人というのはプロから疎まれますからね、そういう迷惑もかけるわけです。だから、専門学校ではこういうことはやらないわけです。未成年者がいる場合、酒の席はご法度ですから。
それを、作劇塾では、私の責任でもってするわけです。未成年者はいませんしね。
これ、弟子というからできる。弟子だから現場についてくる。打ち上げの場にいれる。仕事の手伝いができる。
業界への近道とはこれです。
高校野球の凄い選手が100人集まっても、プロにはなれない。
プロの実力や世界を知る鬼監督、鬼コーチがいて、はじめてプロへ行ける選手が育つ。

もちろん、我が塾は、よくいわれる平等教育なんてクソ寝ぼけたことはしない。
やらない奴はほっとく。いうこと聞かない奴も好きにさせる。
ただ、私が目にかけたら、そういう場に連れて行く。
「私の弟子です」と紹介する。
後は、その塾生がそれをどう活かすかは、塾生次第。
顔に泥を塗られたことも、数えきれないですけど。それでも塾を継続しているのは。

作劇塾からどんどん作家を生み出し、大阪を少しでも活性化させたい。
それもある!

でも、今、気ままに好きなことをしている私がいるのは、何度もいいます、いろんな先輩諸氏たちのおかげ。
だから、恩返しなんです。
だから、塾生たちも、いずれ作家として巣立ったら、そのうちまた、業界に恩返しをしてもらいたい。
私の夢は、それですわ。











kaidanyawa at 07:00|PermalinkComments(5)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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