2018年11月19日

怪談「迎賓館」の歴史と背景

中山市朗です。

先日口演した「迎賓館」、いろいろツイッターなどで評価いただいております。
 ありがたいですな。まあ、話しが話だけに、いろいろ調べて語りましたからな。
せっかくなので、「迎賓館」の背景について少し。
迎賓館のあった紀尾井町周辺の古地図。当時は麹町と言われていました。
江戸時代の古地図を見ますと、家紋とともに、紀伊殿、井伊藩士、尾張殿という記述があります。
それぞれの大名の中屋敷が建っていたのです。中屋敷とは、藩主が居住する上屋敷の補佐的な機能を持つ屋敷で、大火で上屋敷の機能が無くなったりしたときに、機能を移したり、あるいは隠居した藩主や長男が住んだりした屋敷です。
大名の藩主が住むところを上屋敷と言います。
井伊家といえば井伊直弼。当時、井伊家の上屋敷は桜田門近くにあった、というわけです。
ともあれ、紀伊徳川家、尾張徳川家、彦根藩井伊家の三つの大名の屋敷からとって、明治5年に、紀尾井町という名が付けられました。これを現在の地図に照らし合わせますと、井伊藩士の屋敷跡に、現在のホル・ニューオータニ。尾張殿跡に、その迎賓館が建てられたことがわかります。

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現在の地図。
ホテルニューオータニと紀尾井坂を隔てて紀尾井ホールがあります。
紀尾井ホールは、迎賓館を移築させてから建てられましたので、お話に登場する迎賓館は、まさに、ホテル・ニューオータニのお向かいにあったわけですが、迎賓館の所有地は、もともとは上智大学のある麹町6丁目、5丁目を取り込んでいたものと思われます。

 紀尾井町



















さて、
幕末に話が戻ります。このころは、各々の屋敷も朽ち果てたり移転したりしたようで、あとは畑。新明治政府がこのあたりを徴収し、宮内省(現・宮内庁)の管理下となります。そして、宮内省・皇太后宮大夫の職にあった香川敬三伯爵がこの地に邸宅を建てます。明治26年のことです。
下は、大正元年の地図。
ひと際大きな屋敷があり、香川邸とありますな。これが後に迎賓館となるわけです。
このころの香川邸の敷地面積は4500坪ですと!!!

 香川邸図



















香川敬三は元水戸藩士で、戊辰戦争では官軍を率いて流山(現・千葉県流山市)の新撰組の陣を襲撃、近藤勇を捕獲し出頭させたという人物です。
で、香川敬三は大正4年に没。香川邸の所有者は、大正8年に、実業家の村上喜代次に移ります。この時、邸宅の増改築が成されたようで、その設計に、歌舞伎座や明治生命会館、大阪の高島屋(日本橋にある旧館)などを手掛けた岡田信一郎が関わったようです。
大正2年に、イエスズ会が香川邸の一部と民家のあった土地を買い取り、上智大学の建設に取り掛かります。
その後、香川邸は、昭和7年、河野義、昭和9年に森矗昶と、その所有者が代わります。
そして、先の大戦、終戦。
GHQによる財閥解体、昭和22年には「日本国憲法」により華族制度の廃止となり、元香川邸を所有していた森家は、邸宅を追われ、空き家となった屋敷を、某大手鉄鋼会社が購入。外国からの来賓等を接待するために使われ、迎賓館となったわけです。「紀尾井寮」と称されました。
そしてこの建物が老朽化により取り壊し、ということになったのですが、文的価値、歴史的価値がある、ということで一旦解体し、渋谷の南平台に移築することになったわけです。
その解体から移築に至る約3年の間、いろいろな怪異が起こった、という話しを西浦和也さんから聞かせていただき、『新耳袋・第9夜』に「迎賓館」として掲載したというわけです。

現在南平台に、その製鉄会社の公邸として、移築された「迎賓館」はあります。

その玄関。

 香川邸玄関










西浦和也さんは、百畳もある和室に堀こたつがあって、外国人は正座をせずに和食を楽しめた、と言っていましたが、これでしょうな。

 香川邸











ちなみに、話しの最後には、M元首相の奥様が登場し、話しを締めくくります。
この方が、紀尾井町の館に住んだという事実はない、という人もいますがとんでもない。
M元首相の奥様は、財閥解体によってこの邸宅を追われた森矗昶氏の次女です。

西浦和也さんの話の背景は、本当だったわけです。
これだけの背景と歴史の上に起こった怪異。ちょっと興味が持ち上がりません?

というわけで、まだ頭の中にこの話が残っているうちに、今週末の高松で開催する怪談会で、語ろうかな?



24日午後は「Dark Night in 高松」。

出演:中山市朗 MC:のの

会場:サンポートホール高松 7階和室(高松市サンポート2番1号 JR高松駅より徒歩3分)

時間:12:30開場 13:00開演(終演予定15:00)
料金:前売予約2500円 当日3000円

【割引情報】
11月23日、高松競輪場内にて「中山市朗ミニライブ〜秋怪談〜」を開催しております(入場無料)
予約後、高松競輪場内のライブ会場で、チケットを購入される方は500円引きとなります。


高松けいりん場での怪談スケジュール。

11月23日(金祝)
16:31〜 17:32〜 18:34〜 19:39〜
11月24日(土)
16:31〜 17:31〜 18:33〜 19:41〜
料金は無料。競輪の休憩中(15〜20分ほど)に行うミニライブ形式となります。
2日間で合計8ステージ、約160分、内容は全部変更!
 

kaidanyawa at 04:08|PermalinkComments(0)

2018年11月18日

怪談の壇第九壇、優勝者決定! そして「迎賓館」!

中山市朗です。

遅くなりました。
たった今、二次会が終わって、最後のお客さんがお帰りになりました。
映画の話で大盛り上がり。映画は世界共通の言語であり教養です。
どんどん観ときましょ。

さて、昨日の報告です。

まずは『三百物語』。

「迎賓館」は結局50分の大作となりました
お客さん、話しは知っているので、なんか、来るぞ、来るぞ、来た! みたいなリアクションで、いつもと違う雰囲気。背景にあるもの、歴史的なことも調べて、万全を期して望んだつもりなんですけどね。スケールの大きな話だけに、演じ手がちゃんと状況や距離感、空気感を把握しておかなければ、この話のスケール感は、お客さんには伝わらない。
いやあ、難しい話でした。

後半は、新聞、ニュースを賑わした事件、事故に関する怪異。
「13人」は、実は稲川淳二さんが語ったあるホテル火災に関する怪談。しかし、その真相は別にあるのではと言う話。この話をしている時に、設置していたLDE赤い照明が切れた。
話しが終わったら点いたので、霊障???

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それに8年前の八尾市であった駐車場から車が落ちて二人が亡くなったという事故に関連する怪異、福知山線脱線事故時にあった怪異、日航墜落事件に関する怪異談を2話等々。実名を出さないと成り立たない話もあったので、これは書籍化できませんわ。

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続いて夜は『怪談の壇』。

実はお客さんの数が『三百物語』からずっと減って、十数人。わっ、成り立つんかいな、と思っていましたが、いやいや、出ました出ました計12話!
なんと、「大韓航空撃墜事件」に関連して、大使館関係者が遭遇したという怪異、これ貴重な話し。そして実際に大使館関係の仕事をしていたという方が、赴任先の中米ホンジェラスで体験したという話し。かと思うと、戦後間もなくのシベリア抑留の中であった怪談など、国際色豊かなユニークな怪談が次々と。
その他には電車の怪談、自動販売機の怪談などもありましたが、中でもいちばんゾゾッとしたのが、イナヅマ(稲妻?)さんが語った「フランス人形」。
よくありそうな人形怪談のようで、肝が凄い!
したがって、今回の優勝者は、イナヅマさんに決定しました。
優しい声で、怖い話、ええですな。
いつもはお着物姿の方ですが、今回は?

イナヅマさんと。

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終演後は、お客さんとの交流会。山梨県からやって来たという方も。
でもなぜかこの日は、野郎どもばっかり!?

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で、私の書斎での三次会と、いやあ、楽しかった!

次回の『怪談の壇』は、
12月27日(木)『MVPの為のMVP戦』だ!


kaidanyawa at 09:38|PermalinkComments(1)

2018年11月17日

本日『三百物語』&『怪談の壇』、貴重な怪談語りますよ!

中山市朗です。

本日、『三百物語』と『怪談の壇』のタブルヘッダー。
「迎賓館」、まとめまして、時計相手に語ってみたら50分近くありました。
まだ削ったりたしたりの作業をしてみます。

世間を賑わしたような事件、歴史背景のあるような怪談を語りますが、書籍化していない(ライブでは語ったことがある)話も語る予定です。こういう話しって、実名ださないとピンと来ない場合もありますしね。

『怪談の壇』も、ぜひ皆様参加していただいて、関西の怪談界をもりあげていただきたく思います。

前回は飛び入りで語ってくださった人たちの怪談が非常によかったです。
まあ、語るにせよ、聞くにせよ、怪談を楽しんでいただいて、怪談の輪を少しでも広げれば、本望です。

本日!

会場:千日亭(大阪市中央区千日前1−7−11上方ビル3階)
時間:14:30開場 15:00開演(終演予定17:00)
料金:当日3000円

『怪談の壇・第九壇』


出演:中山市朗/はるみ 他

会場:千日亭(大阪市中央区千日前1−7−11上方ビル3階)
時間:18:30開場 19:00開演(終演予定21:00)
料金:参加費2000円(予約、当日問わず。料金は語りをする方、聞くだけの方共通です)

終演後、交流会(打ち上げ)を行います。参加希望の方は予約時に「交流会参加希望」と記入してください。参加費はお一人3000円となります。ライブ受付時のお支払となります。

千日亭



kaidanyawa at 07:00|PermalinkComments(3)

2018年11月16日

歴史や事件が背景にある怪談を語る!

中山市朗です。

明日は『三百物語』。
いろいろ歴史や事件が背景になる怪談を聞いていただきます。

予告しておりました通り、西浦和也さんが警備会社勤務中に見聞きしたという「迎賓館」を語ります。
ちょっとその背景を調べましたところ、歴史の流れがだいたいわかってきました。不確かな情報もありますので、改めて整理して語ってみたいと思います。
現在まとめ作業中ですが、だいたい40分くらいの大作となりそうです。

後半は、これも新聞を賑わしたような事件、歴史背景のあるような怪談を選んで語ります。
もちろん事件を語るのではなく、あくまで怪異が起こったという、怪異談を聞いていただきます。

ちょっと趣向の変わった怪談ライブになりそうです。

『三百物語・第六夜』

11月17日(土)

出演:中山市朗/はるみ

会場:千日亭(大阪市中央区千日前1−7−11上方ビル3階)
時間:14:30開場 15:00開演(終演予定17:00)
料金:前売予約2500円 当日3000円

続いてこの日、同会場で『怪談の壇』を開催します。
お客さんにも怪談を語っていただこうという趣向です。
怪談は読む楽しみ、聞く楽しみもありますが、語る楽しみもあります。
怪”談”ですから。
今、関東ではいろいろな語り手が出てきて、なんか賑わっているようですねえ。
関西も負けてられません。
関西の怪談を盛り上げ、怪談師発掘の手助けになれば!
それには皆様の参加がなくては。
もちろん、聞くだけでもOKです。

終了後は、お客様との交流会もあります!

『怪談の壇・第九壇』

出演:中山市朗/はるみ 他

会場:千日亭(大阪市中央区千日前1−7−11上方ビル3階)
時間:18:30開場 19:00開演(終演予定21:00)
料金:参加費2000円(予約、当日問わず。料金は語りをする方、聞くだけの方共通です)

終演後、交流会(打ち上げ)を行います。参加希望の方は予約時に「交流会参加希望」と記入してください。参加費はお一人3000円となります。ライブ受付時のお支払となります。



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2018年11月15日

今度と来週の金曜日

中山市朗です。

塾生たちは気づいているのでしょうか?
明日は作劇塾。
来週の金曜日は、高松のけいりん場での「中山市朗・秋怪談in高松」で塾は無し。
その次の週は、第五週(しかも東野君は名古屋の幽霊ホテルへ宿泊)なので無し。
二週分のネトラジの収録の準備が必要ですよ。

高松けいりん場での怪談スケジュール。

11月23日(金祝)
16:31〜 17:32〜 18:34〜 19:39〜
11月24日(土)
16:31〜 17:31〜 18:33〜 19:41〜
料金は無料。競輪の休憩中(15〜20分ほど)に行うミニライブ形式となります。
2日間で合計8ステージ、約160分、内容は全部変更!

24日の午後は「Dark Night in 高松」。

出演:中山市朗 MC:のの
会場:サンポートホール高松 7階和室(高松市サンポート2番1号 JR高松駅より徒歩3分)

時間:12:30開場 13:00開演(終演予定15:00)
料金:前売予約2500円 当日3000円

【割引情報】
11月23日、高松競輪場内にて「中山市朗ミニライブ〜秋怪談〜」を開催しております(入場無料)
予約後、高松競輪場内のライブ会場で、チケットを購入される方は500円引きとなります。

となります。
『Dark Night in 高松』では、リクエスト怪談を募集しております。
「15日に行きます」のリクエストがありましたので語ります。「山の牧場」というリクエストもありましたが、これは『怪チャンネル』で、夏に十分やりましたので、ちょっとこれは。
10分から15分くらいの話が助かるんですけど。

ダークナイト高松























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2018年11月14日

淀川長治、怪獣映画を語る?(私の映画原体験3)

中山市朗です。

私の映画の原体験、その2!、としながら、原体験の話をしなかった前回のブログ。

今回は原体験について、実質パート2を語ります。
おそらく、怪獣映画の思い出になります。
ただ語ったのでは芸が無いと思いますので、淀川長治調でやってみましょう(なんで?)。
淀長さん、「怪獣映画解説?」

「はい、みなさん、こんばんわ。南船場長治でございます。
『ミツバチのささやき』という映画がありました。これはねぇ、やさしい、やさしい映画なのね。そして、奇麗な奇麗な映画。瞬間瞬間、みな、奇麗なのね。ビクトル・エリゼという1940年、スペインのビスカヤ出身の監督が撮りました。これが第一作目。凄く才能のある人なのね。だけど、あんまり映画を撮らない人だった。
『ミツバチのささやき』。
ファースト・シーンがねえ、いいのね。ちょうどそうね、スペイン内乱が終わった頃、1940年代のスペインのカスティーリヤという田舎のお話なのね。ある村にね、トラックが入ってくるの。それを子供たちが囲んで『映画が来たよ』『映画が来たよ』って騒いでる。トラックの中からおじさんが、フィルムの缶をもって出て来るの。『どんな映画なの?』『カウボーイの映画?』って、子供たちが聞くのね。そしたら『世界一凄い映画だ』っておじさん、言うのよね。
夕方になって、子供や大人たちが椅子を持って会場にバタバタと入って来る。そう、映画の巡業なのね。上映される映画がね、『フランケンシュタイン』。まあ、にくいね。1931年に制作されたあのホラー映画ですね。さあ、これから映画が観れるぞ、どんな映画だろうね、子供もお爺さんもお婆さんもみんな心躍らせてる。そういうわくわく感。いいですねえ。これが映画なのね。

私はねえ、兵庫県の田舎、朝来郡竹田というところで育ちました。映画館なんて無い。でもねえ、小学校が映画鑑賞会というのを年に一回、やってくれてたの。『ミツバチのささやき』とおんなじでね。トラックがやってきて、中から大きな映写機とフィルムの缶が出て来るの。もうそれだけでわくわく。給食が終わると、上級生が体育館に絨毯を敷いて、午後になったらみんな体育座りになって、映画を観るの。幼い私にとって、これが映画だったのね。

上映する映画は、誰が選んだんだろうね。怪獣映画が多かったの。学校中のみんなで怪獣映画観てたのね。おもしろいね。
最初はねえ、『怪獣大戦争』。
まあ、寝ていたあんた、怪獣いうたら、起き上がったね。
この映画は、1965年の公開ですから、おそらく私は小学一年か二年のとき。木星の第13衛星X星というところにX星人というのがいて、宇宙怪獣を送り込んでくるのよね。これが長あい首が三つ、長あい尾が二つあってね。。全身黄金の鱗に覆われているというキングギトラ。怪獣造形の傑作ね。あれはね、ヤマタノオロチなのね。そして顔はよく見ると、狛犬なのね。ああいう造形は日本人にしかできない。そして全長100メートルという設定。そんなのが、空を自在に飛んで三つの口から引力光線出しながら、町を破壊するのね。その飛び方が、大きな鳥、という感じじゃないのね。引力に逆らっている別世界のものっていう感じがよく出てるの。そんな宇宙怪獣に、地球怪獣のゴジラとラドンもX星人に操られて、地球を攻撃するの。地球いうても日本ですけどね。
この映画を観たおかげで、いっぺんに怪獣ファンになっちゃったのね。
音楽もよかったですね。怪獣大戦争のマーチがタイトルから鳴り響いて。作曲は伊福部昭というエラい、クラッシック畑の人だとわかったのは、だいぶん後のことでした。

キングギトラ








テレビでもね『ゴジラ』とか『ラドン』やってて、父親と一緒に観ましたよ。『ウルトラQ』もこのころ始まったのね。もう怪獣漬け。怪獣図鑑ですか、そんなのも、ねだって買ってもらいましたよ。
翌年でしたかねえ。また学校の上映会。『ガメラ対ギャオス』と『大魔神』の2本立て。ゴジラは東宝、ガメラ、大魔神は大映。もうこの時は、そんなことも知っていましたよ。なんか大映と東宝は色が違うなあ、なんて、思ってたの。まあ、ませガキね。
『大魔神』、怖かったですねえ。ゴジラやキングギトラは巨大生物ですね。そんなのが街を通るだけで家やビルは倒壊します。でもねえ、『大魔神』は神様なの。荒ぶる神。だから意思があるの。設定もね、身長は4,5メートル。それが怖いのね。逃げまどったり、攻撃を仕掛ける侍たちとの合成がね、上手いの。それは子供心にわかりました。スタイルは時代劇。勧善懲悪なのね。でも悪を成敗するのが大魔神という神様。面白い発想なのね。これ、あとで『巨人ゴーレム』からのヒントとわかりました。ジュリアン・デュビビエが撮ったチェコの映画。デュビビエは『望郷』『舞踏会の手帳』、あの名監督ですね。でもその前に、ドイツのヴェゲナーという人が1920年にサイレントで撮ったのが凄かったのね。これ、大学になって観て、気づいたんですけどね。

大魔神







『ガメラ対ギャオス』もね、子供心に、東宝より安っぽいなあと思ったんですね。考えたら大映は倒産寸前だったんですね。でも、映画の魅力を知ったんです。今思うと大映のスタッフや監督さんたち、頭を使って撮ってたんだなあと感心しますね。
ギャオスはね、人を食べるんですね。そんなのが夜の名古屋上空に現れる。
ギャオスはね、コウモリみたいなの。光に弱いの。だから名古屋の住民が名古屋球場に避難して、ナイター用の照明を明々とたくんですね。そしたらギャオスはあんなに獲物がいるのに、近寄れない。名古屋球場の上空を雄たけび上げながら、何度も何度も周るんです。これが怖かった。そして、これが映画の表現だとわかったんですね。そしてね、ガメラ。空を飛ぶとき、甲羅の中に手足を引っ込めて、そこから火を出して回転しながら飛ぶの。そのイメージ、音。いかにも映画の表現でしたね。


ガメラ対ギャオス








それで、小学5年生の時、はじめて自分でお金出して入った映画が『ゴジラの息子』。兵庫県の福崎の映画館でした。
怪獣映画の魅力はねえ。まず実写の中に巨大怪獣が現れるという、日常の中に非日常があるという幻想的な視覚効果と、その怖さですね。それにカスタルシス。やっぱりこれは、男の持つ原始的衝動なのね。これ、戦争映画にもいえるんですけど、子供には怪獣の方がわかりやすいし、キャラクターに魅せられるという面もあるんですね。それとね、東京や大阪という現実の世界が破壊される映像は、現実とフィクションがうまく絡んで、想像力が増すわけですね。
こういう怪獣世代が、日本におけるアニメの発展に寄与したのかも知れませんね。巨大ロボットなんて、外国にはありませんでしたから。
と、とうわけで、私の小学校時代は、怪獣映画に魅せられていたというお話でした。
今度、天皇に即位される皇太子殿下。幼少名は浩宮。宮様もね、私とほぼ同世代。宮様も幼少の頃は怪獣ファンだったんですよ。
知ってましたか?

はい、もう時間がきました。
また、お会いしましょうね。
サイナラ、サイナラ、サイナラ」


kaidanyawa at 00:00|PermalinkComments(5)

2018年11月13日

私の映画の原体験、その2!

中山市朗です。

あるレコード会社の人が言うてました。
「サントラCDの解説がちゃんと書ける人が少なくなった。依頼すると、そもそも私とこの映画の出会いは、なんて書く人が多いけど、そんなこと、誰も興味ない。ちゃんと映画とそこに付随した音楽について解説してもらいたいだけなんですけど」

そうですな。知らん人の映画の原体験、言われてもなあ、と思いながらこのブログを書こうとしています。
でもですね、かの淀川長治さんは、こう言うてました。

「映画はみんなのもの。映画館の中で、こっちに学校の先生、あっちにソバ屋のおかみさん、お爺ちゃんも子供もいる。みんなが学問や教養に関係なく、一緒になって映画を観ている。僕はそういうのが好きなの。僕はそういうのが好きなの。映画は人の垣根も国の垣根も取っ払ってくれる。それがいいの。それが映画なの」

そしてこうも言っております。

「名作映画は、人類にとって最高の総合芸術である」

私もそう思うんですよ。

ですから、みなさんにはどんどんと映画を観ていただきたい。そしてほんと、名作とされる昔の映画もね。これ、人生の、心の、宝になりますから。
私はずいぶんと映画から、人生や冒険を知り、生きることと死ぬことの意味を知り、愛を知り、絶望を知り、美を知り、創造することを学びました。映画から文学へ誘導され、音楽を知り、芸というものを理解し、歴史を知る上でのイメージを教えられました。映画とは人間を描くものです。人間とはなにかという勉強も、映画から教えられたんです。

私のものの考え方、構成力は、おそらく映画から来ています。表現の仕方も、映画と落語から多大な影響を受けていると思います。映画と落語には驚くべき共通点があるんですけど、それはまたいずれのこととして。

ただ、最近、映画はその価値を随分と下げているようです。
いろんな意味で。

ひとつは映像の氾濫にありましょう。私の少年の頃は、テレビはありましたが、やっぱり映画。スクリーンに映る美しく楽しい影絵はその音響とともに、素晴らしい非現実の世界へ誘ってくれました。
でも今は、いろんな映像がスマホから出て来る。それこそプロが創ったものから、一般人の投稿映像まで。
映画というより、単なる映像が氾濫しています。悪いことじゃないんですけどね、これは。
でも、映画はある程度の時間を委ねないと楽しめませんが、衝撃的でリアルで投稿映像は1分で楽しめる。
これは、違うものなんですけどね。
投稿映像は、スクリーンで大写しにすると、ペラペラのも、のになる。心に残ることも無い。
逆に、映画はスマホで観るものでは無い。
スマホで映画を観るって、ピカソのゲルニカを絵葉書で観るようなもの。それで評価されてもたまらん。
「映画って、こんなもんか」と思われる。
ある専門家によると、映画をモニターで観る場合、最低50インチで観ろ、ですと。
場末の映画館の一番後ろの席から観ると、そのくらいのサイズに相当するらしい。

そして、価格破壊。
映画は金もかかるし、時間も人手もかかる。総合芸術ですから。
それが、レンタル・ビデオ店で旧作は100円以下。
どういう仕組みになっているのか、知り合いの映画監督に聞いても「レンタル店ですごく回転してても、手元にチャリーンしか入ってこない」。
ネットで無料で観れたり。これ、制作現場の人たちに還元されてるんでしょうか?

あ、映画について楽しく書こうと思っていましたが、ついついグチってしまいました。

私は専門学校と塾で、何人かのシナリオ作家や映画監督志望の若者と接しましたが、映画の専門家、プロになりたいと言いながら、映画を全然(本人は観ているつもりでも、プロになる基準からすれば全然ですわ)観ていないわけですよ。「もっと観ろ」と言っても観ない。
好きじゃないんだろうな、と。
好きじゃないのなら、なんで、シナリオ作家になりたいとか、映画監督を目指してます、と言えるのか。映画をなめてるんでしょうね。

また、映画もなめられるほど落ちた、と言えなくもない。
派手なアクション。度が過ぎた暴力。CGによる安易な作り。人間不在のドラマ。薄っぺらい愛の押し付け。
映像そのものも、劇場ではなく、DVDやBS、CSで放送されることが前提とした作り。最近は、ハリウッドでは映画よりテレビドラマが面白い、なんで評判も聞きますしね。

グリフィスやエイゼンシュタインから始まって、チャップリンやヒッチコック、ウェルズ、ジョン・フォード、ビリー・ワイルダー、ホークス、溝口、小津、成瀬、黒澤、ベルイマン、キューブリック、デビット・リーン、あるいはトリュフォーやゴダール、フェリーニ、デ・シーカ、サタジッシト・レイ、タルコフスキーといった人たちの系譜を、今一度見直してほしいと思います。

NHKでしたか、淀川長治さんが、映画のプロを志す若い人たちと話す番組。
ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』の話になって、なんだか空気がおかしくなった。
淀川さん。「あんたたち、『サンセット大通り』、観た? 観てない? 死になさい」

こういう大人がいなくなったのも原因かなあ。

あれあれ、ヘンなブログになった?


ヘン、ついでに。
淀川長治の「映画劇場」

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「はい、みなさん、こんばんわ。淀川長治でございます。
さあ、今夜は、ジョン・ウェインのお話をしましょうねえ。
ジョン・ウェイン、言うたら、あなた、起き上がりましたね。
ジョン・ウェィン。そうね、もうアメリカを象徴するスターですね。
『駅馬車』『リオ・ブラボー』『黄色いリボン』『捜索者』、いろいろありましたね。
『勇気ある追跡』で、念願のアカデミー賞を獲りました。
いかにも、西部の荒くれもの。
でも、本名は、マリオン・ロバート・モリソン、言うんですね。
マリオン、なんて、女の子みたいな名前。本人は、あんまりこの名前、気に入ってなかったのね。
ところが、1930年、ラオール・ウォルッシュ監督が『ビッグ・トレイル』という西部劇の大作を撮ろうとして、最初、ゲーリー・クーパーを起用しようとしたのね。そしたら、クーパーはパラマウントの大スター。とても借りてこられない。そこで、まだ無名のマリオンを紹介されたのね。そしたらラオール・ウォルッシュ、「お前、ジョン・ウェィンみたいなやつだなって」。それで、ジョン・ウェィンになったんですね……」

言ってることは、あくまで私のイメージです。すんません。







kaidanyawa at 07:00|PermalinkComments(10)

2018年11月12日

怪談の不条理ながらも普遍的な要素?

中山市朗です。

『怪チャンネル・第29怪』、いかがでしたでしょうか?

意味わからん、という怪異をいくつか語ってみました。
最後の二つの話など、怪談になるかならないか微妙なものですが、ちゃんと肝がありますので、ちゃんとした怪異談であります。

扶桑社から出しました『新・耳・袋〜あなたの隣の怖い話』で、私は作家デビューしたわけですが、奥付を見ますと1990年9月5日となっております。ということは、2年後の9月に、私は作家生活30周年となるわけです。
そんなになるんか〜。

『新・耳・袋〜』に書かれた話は、ですから30年ほど前、またはそれ以前に聞き集めた話が大半を占めるということになります。
その中に書かれた「スーツを着た男、その一」「その二」などという、意味のない怪異というか、一歩間違うと、そいつ頭おかしいんじゃないの?(実際そう指摘した評論家もいましたけど)と言われそうな話を採用するには、当時は少々勇気がいりましたが、そういう不条理性がまた、読者の皆様に受け入れられたわけです。
「地下室」なんて話は、ただ、民家の取り壊し工事をしていたら、意味不明の地下室が出て来た、というだけの話でした。
ただ、部屋の西側に直径40センチほどの日の丸のようなものが描かれていた、ということがいわば、肝。
亡くなった中島らもさんは、その話がお気に入りだったようです。

今は絶版となっている扶桑社版『新・耳・袋』。


扶桑社



















まあ、こういった話は、それまで『四谷怪談』や『皿屋敷』、『累ケ淵』といった怪談に共通した要素であった呪い、祟りとか、因果とか因縁とかいったこととは無縁な、普通の人たちを主人公とするわけです。 
その主人公には、明日、あなたがなるかもしれない、というのが、『新耳袋』的怪談でした。
それは、ちょっとした日常に飛び込む非日常というか、異界が、近所にあるかもしれない、明日、来るかもしれない。もし、そこに遭遇したら、見てしまったら、入りこんだらどうしよう、といった想像力を喚起させたといえましょう。
呪いも祟りも無いし、幽霊も化け物もでないけどなんだか不条理で、意味わからん、みたいな現象に遭遇した人たち。それが継続したり法則性を持って現れるわけでもない。ただ一度だけ遭遇した、不可思議な体験。

めちゃくちゃ怖い、というわけでもないけど、実際にあったら、やっぱり怖いよな、という話し。その体験者をAさん、Sさんとイニシャル表記にしたことで、なんだか普遍的な不可思議、という装置が働く。
それが、木原浩勝と創った『新耳袋』なのでした。

ところで、最近、その初期に蒐集し、『新耳袋』に書いた不条理な話に似た話をが集まってきている、という話しを今回の『怪チャンネル』でいくつか語りました。
ごろごろ転がる人、全身黒づくめで肌を見せない隣の女、コンパス人間(これは『第二夜』に書いた)などは、いまもまだいる、みたいな話。
なんなんでしょうね〜。

怪異は、不条理ながら、どこか普遍的な世界を包含しているのでしょうか?



★中山市朗 怪チャンネル

FRESH LIVEでの配信中の、本格怪談番組『中山市朗 怪チャンネル』です。




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2018年11月11日

ホラーと怪談は違う(怪談の定義)

中山市朗です。


本日21:00より、『中山市朗・怪チャンネル』の生配信があります。
なんや意味わからん話、というのを語ってみたいと思います。
ほんまこれ、わけわからんわ、みたいな話です。怖い話もあれば、なんだか笑ってしまう話もあります。奇妙なことが起こると人間、怖がるか、笑ってしまうか、どちらかになります。

さてさて、
最近、怪談を語る人が随分と増えてきていまして、そういうライブや配信番組もどーんと、増えてきまして、プロとアマの境目があやふやになってきているような状態ですけれど、それだけに、怪談て、なに? という基本を問い直さなければならないことになっているのでは、とも思うこの頃です。

怪談とは、一般には、怖い話、という認識にあると思います。
でもねえ、怖いにもいろいろありますわな。
例えばですよ、チェーンソーを持った殺人鬼に追われたら怖いですわな。刃物を喉元に突きつけられて怖くない人はいないでしょう。ヤクザに追い込みかけられて監禁されたり、自殺する場面を目撃してしまったりという状況も怖い。知っている人が謎の消失をしたり。そこには闇の世界と言うか、犯罪の可能性が示唆される。あるいは富田林署から脱走した樋田容疑者と知らずにサイクリングしていた、なんて話があったとしたら、聞きたいですね、そして、怖いですね。
でもね、そら、警察呼べよ、ということになる。そら、犯罪が怖い、という話しになっちゃう。
ミサイル攻撃で死んじゃうゴジラはゴジラじゃないのと同じで(?)、警察が介入できる怪事件は、怪談じゃないですよね。

結局、人間が一番怖い、では、怪談ではないと思うんですよ。
人間は怖い。当たり前ですよ。
人が人を追い詰めます。平気で嘘をつき、陥れます。人が人を殺します。大量殺人も虐殺も戦争も、人が起こすんです。

そんな人間の恐ろしさを描く世界はありますよ。
ホラーです。
猟奇殺人やサイコパス、狂人が出てきて、理不尽な殺人を繰り返す。あるいは監禁し、肉体を破壊する。そこまでいかなくとも、精神が崩壊した人々を描く。得体の知れない悪魔崇拝をしている人たちとか。
怖いですわ、これ。
単に怖い話が怪談として許されるなら、そういう話しも語っていいということになります。

でも、怪談はそういう世界は描かない。
怪談はホラーのカテゴリーには入るけれど、ホラーとは違うんです。
怪談はそういう肉体的な、直接的な恐怖や事件を描かないんです。
人間が一番怖いんだ、という話しをするのは、怪談としての芸が無い、と思うわけです。
そこがわかっていない語り手が、最近増えた、という感想を私は持ちます。怪談というものをよく理解しないうちに語っちゃったみたいな若手芸人とか、アマチュアの語り手だとか。増えています。
これ、私は認めない。
これをやられると、怪談は滅びます。

では、怪談とはなんだ、怖い話じゃないのか、と言われそうですけど。
怪談とは、そのものずばり、怪異を語ることです。
稲川淳二さんは『怪談てね、怪異談なんですよ」と言っていました。そうなんですよ。
怪異とは、道理や理屈では説明できない不思議、妖しいこと、というか、超自然的な何かがそこになければならない、と思うのです。警察はおろか、人智ではどう対応しようもない現象というか。
そうなれば霊媒師や霊能者、神官や僧侶の出番となるわけですが、その根底には、神羅万象というか超自然的なものへの畏怖する気持ちがあるわけです。
どこかで、そういう気持ちを持っていないと、怪談は表現できない、と思うんです。
でも、そういう世界はあやふやで、ヘタすると信じるか信じないかという話しになっちゃう。でもそこを、語りの世界で説得させるのが、芸なんです。

怪談はオカルトでも超常現象の検証でも幽霊を肯定することでもありません。
芸の世界なんです。怪談は芸で成り立つわけです。

そして、怪談は日本にしかないものです。
いや、外国にも幽霊話や悪魔の話はあります。ホラーも立派な文学や映画の世界に現れます。
でも、さっき言ったように怪談は、ホラーではない。ホラーは誰かが死んだり傷ついたり犠牲になったりし、鮮血シーンもあったりします。でも怪談は、誰も死なない、傷つかない、犠牲者もいない、血も出ない。でも、怖い、不思議だ、という話しがたくさんあります。それを語りだけで、聞き手に伝える。
考えたら、これは難しいことですよね。

こういった怪談は、やっぱり日本独特なものだと思います。
『呪怨』をハリウッドで撮った清水崇監督は、プロデューサーであるサム・ライムから「なぜ、そこでアタックさせないんだ」と意見され、「アタックしないから怖いということがあるんだ」と反論したと言います。
ただ、そこに、それがいる、それだけで怖い、という、これはもうイメージの中の恐怖ですな。

おそらくこれは、日本人が「命の危険としての恐怖」とはまた別の、天変地異とかアニミズムに対する畏れ、つまりそれが祟りであったり、呪いであったりという言葉として使われるのでしょうけど、つまり見えないもの、因果といいますか、霊(タマ)と言いますか、そういうものを、恐怖、と捉える感覚が、怪談を好む日本人としての特性を生んだのだと思うんですよ。
霊(タマ)には、言霊も含まれます。日本語を構成している言霊もまた、怪談のみならず、落語や講談、漫才といった話芸を生み、発展させたのも事実。そういう、怪談の歴史というか日本人の文化、風習、信仰といったことを、人前で怪談を語るというのなら、一応は調べて考えていただきたいと思います。

怪談は奥深いんです。
私も偉そうなことをいいましたが、いまだに模索し、怪談とは何かを自身に問いかけています。

↓怪談を語っているうちに、呪いにかかった私?


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2018年11月10日

ただ今、怪談配信中!「赤いオープンカー」

中山市朗です。


J-CASTニュースからのお知らせ。

『最恐怪談供 本日、配信!
「振り返ってはいけない最恐怪談」がパワーアップして帰ってきた!

第12夜『赤いオープンカー』


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最恐怪談II➡︎

無料・会員登録で視聴可能です!

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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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