2006年09月

2006年09月30日

迷走した日本語文化・その2

 中山市朗です。

 標準語が公布された明治の頃の日本に話を戻します。


 江戸時代の日本の文学は、貴族から庶民の手に渡り、和歌、俳諧、小説、演劇と絢爛に花開きました。
 印刷技術も発達に伴い、日本人の識字率も上昇し、無数の出版物が出た時代です。武士も、それまで明け暮れたいた戦からは解放され、文の道を学ぶことが奨励されました。
 当然それらは西欧の影響などまったく受けていませんでした。絵画をはじめとするあらゆる日本の芸術はそうだったんですが、その世界に類なき作法、技法、センスに接した西欧人たちは、一応に感嘆の声を上げたんです。
 そして逆に日本人は、世界から取り残されていたという衝撃の事実を知ることとななりました。それが明治という時代だったのです。
 様々な条約や貿易の条件なんて、一方的なものを押し付けられて・・・。それを改める、血みどろの努力をしたのが明治政府だったと、司馬遼太郎は言っています。


 さて、標準語です。
 江戸の文学のその大きな特徴は、普段日常では使わない数百年前の文語体が使われていたことです。歌舞伎や浄瑠璃の台詞は、幕末では口語体に改められていたようですが、作家たちは、これが古来からの日本の文体の形なので、パッと捨て去ることができなかったんです。江戸時代の文献が現代の我々に読みにくいのは、あのくずし字もそうでしけど、あの文語体にもあったんですな。
 この文語体を取っ払って、はじめて自然主義的描写が可能になったんです。
 恋愛、という言葉も知った。
 もちろん近松の心中ものは男と女の悲恋であるし、男が女を、女が男を恋した物語は存在していました。しかし”愛”という形で女を崇める、ということは、西欧の哲学や文学を通じて日本人は、はじめて知ったのです。

 しかし、そこは器用な日本人です。いろいろ西洋文学の分析を試みながら、標準語というものが未だに普及していない中で、明治の作家たちは、近代小説というものを何とか形にしようと模索したんです。
 ところが、この標準語というヤツが、作家の頭を悩ませたんですな。何せ”教養層の言語”ですから、そんな気取った言葉では、市井の庶民の生活は描写できない。虐げられ、底辺で生きる人物が描けない。翻訳にも困った。あの写実的な描写を、自然な描写を、どう日本の文体に直せばいいのだろうか・・・。自由、なんて言葉も日本には、まだ無かったりしました。
 和魂洋才、とは日本と欧米のいいところだけを融合させようとする試みですが、なかなか水と油のようで溶け合わないんです・・・。

 そして、明治二十年、ついに文語体と口語体が融合した近代小説が世に出たんです。
 二葉亭四迷の処女作『浮雲』です。
 この落語家みたいな名前の作家は、誰もが成し得なかったこの言文一致体の小説を編み出すのに、何をしたと思います?

 三遊亭円朝の落語の語り口を真似て、それを文章化したんです!


 長々と書きましたが、これが言いたかったんです。

kaidanyawa at 13:14|PermalinkComments(0)

2006年09月29日

言語が文化を作る

 中山市朗です。

 標準語の選定は、おそらく国家の大事業だったのではないでしょうか?
 何かを参考にして、新しい言葉を作らんとあきません。
 ”東京山手の教養層の言語”というのは、江戸時代でいえば、旗本あたりの言葉?
 そして、新しくできた教育制度の中で、子供たちは教科書を大声を発しながら読み、標準語とやらを覚えさせられたわけです。
 しかし肝心の先生は、きっと標準語なんかしゃべれなかったでしょうな。もちろんテレビもラジオも録音機も無い時代ですからね。発音やイントネーションに、お手本なんてなかったはずです。
 私らが中学時代、発音ムチャクチャの英語の先生がいましたが、それをを思い出します。

 標準語というのは、一応どの国にもあるのかと思ったら、そうでもないんですな。
 中国なんて北と南じゃ、全然言葉が違います。ポール・ボネというフランスの貿易商人が『不思議の国ニッポン』という著書の中で、日本の若い人が理想の国は? と尋ねられてスイスという答えが多かったのに驚いて、こう書いています。
 「スイスにはスイス語というもの自体、存在してません。つまり独自の文化を持っていないんです。だから非武装になってヨーロッパの緩衛地帯になるしかなかったんです。なんで、独自の言語を有し、独自の文化を誇る、平和な日本が、スイスを理想の国とするのか、わからない・・・」

 アメリカの西部劇なんて、ジョン・ウェインやクリント・イーストウッドが流暢な英語をスピーチしてますな。そら、アメリカやし。当たり前や。一見、そう思います。
 ところが、マカロニ・ウェスタンというのが、60年代から70年前半にかけて盛んに作られました。いわゆるイタリア制西部劇。イタリア人がアメリカを舞台にした西部劇を撮ったんですから、ちょっとした違和感があるわけです。
 一番の違和感は言葉。イタリー訛りのクセのある英語。それがフランコ・ネロとか、ジャン・マリア・ボロンテ扮する髭づらの薄汚れたキャラクターに妙にマッチしとるわけです。
 ところが、本当の西部開拓時代はマカロニ・ウェスタンの世界やったんです。考えてみればそうですな。あのアメリカ大陸をどんどん開拓していった人たちは、みんなイタリー、アイリッシュ、ブリテッシュ、スパニッシュ、チャイニーズといった移民の人たちやった。そこにアフリカから黒人が奴隷として来る・・・。メキシカンもいる。
 一応、英国領ではあったんですが、流暢な英語をしゃべれる人なんて、まあ、思ったほどいなかったかもしれません。字も読まれへんかったやろうし。

 そしたら、面と向かってもコミュニケーションをとられへんわけです。
 片方はイタリア語でしゃべる。もう一人はスペイン語をベラベラ・・・。
 ワケわからん。で・・・えーい、バキューン!
 「おい、保安官を呼べ!」
 「保安官はダッヂシティだ。ここから50マイルも先だ・・・」
 ・・・で、アメリカ合衆国は、銃の国になったんです。

 ところが、最近BS放送なんかで西部劇観てますと、字幕にインディアンと出るところに、原住民と出ます。
 あれ、何です? 当時の白人たちがインディアンは原住民だという意識持ってたら、インディアンをやたら殺したり、迫害したり、追い出したりしますかいな。あれは歴史の隠匿でっせ。言葉狩りもここまで来たか、と暗澹たる気分になります。

 なんや話がどんどん逸れてますな。
 いや、言語というのはそれほど大事や、ということを言いたいわけです。言語が文化を作るんです。
 アメリカの文化いうたら、ジャズとハリウッドくらいしかないでしょ?

kaidanyawa at 20:25|PermalinkComments(1)

2006年09月28日

迷走した日本語文化

 中山市朗です。

 黒船ショックから、日本語の見直し運動が西洋かぶれの有識者たちの間で提唱されはじめた・・・。
 (前記した"文字についての考察"を参照して下さい)


 私が思うに、日本の独特な文化、芸術、思想、哲学、宗教、風俗、その他諸々、人々の持ち物や食生活までを、今に残したのは、徳川の鎖国政策あってこそだと思います。
 鎖国が日本文化を守ったんです。
 もし、織田信長みたいなのが当時天下を取っていたなら、もう日本文化はグチャグチャになってたでしょうな。戦後数十年だけでも、これだけ日本人の生活が欧米化されて、変質してもうたワケですから・・・。あの二百五十年を開港、解放したままやったとしたら・・・。
 ・・・ちょっと恐ろしいですわ。

 もっとも信長はキリシタン宣教師を利用はしたものの、悪魔のように侵食してゆく彼らのやり方には嫌悪感を抱き、排除することも考えていたようです。
 イエズス会の宣教師はスパイである、と信長も秀吉も家康もちゃんと知っていたんです。

 当時、世界大航海時代で、東洋諸国は西欧列強に支配されておりました。アフリカから黒人たちが奴隷として米大陸へ売られていったのもこの時代。中国は阿片で無茶苦茶になった。
 そんな中で徳川幕府は鎖国という行動に出たんです。そして世界の時流に逆らい、ひとり平和と安泰をむさぼっておりました。徳川の鎖国、なんか過小評価されている感がありますな。
 あの間、二百五十年、他国と戦争をせず、侵略もされず、国内に内乱すらなかった奇跡と夢の国が徳川日本やったんです。ただ、それを支えたのは虐げられた百姓たちでありましたけれども・・・。

 なのに、まあ、鎖国を解くのは時代だとしても、せっかく守られてきた文化の礎たる日本語を、何も英語表記にしたりせんでもええやん。日本の国語を英語になんて、こんなん売国奴やで。これやってしまうと、もう連綿と続いた日本という国体は、無くなってしまう・・・。天皇も、TENNOと表記されるのでしょうか、それともEMPEROR?
 うわっ、そんなん違う!

 まあ、そうならなかったのは、やっぱり日本人のえらいところ。


 ただ、明治の学者たちが日本語を何とかしようと考えたのは、実はその頃、日本語、という確たる言葉が無かったからなんです。それまでは、日本、という国単位ではなく、藩の集合体やったんです。そやから方言はキツいし、訛りもひどかったんです。
 遊廓、つまり江戸なら吉原、京なら島原の女たちが使わされていた「おいらんことば」というものは、その訛りをごまかすために、宮中言葉を参考に作られた造語やったんですな。
 ともかく、世界を相手に貿易したり、条約結んだりするには、日本という国体が必要となった。その象徴として天皇が担ぎ出され、神道という宗教を国教としたんです。それから言語も整理して、正しい言葉にせんとあかんかったんです。
 で、まあ、標準語などというモノを明治政府が作って、公布したわけですわ。

 標準語とは何か?
 それは"東京山手の教養層の言語"と当時あったらしいけど、ほんまかいな。

kaidanyawa at 10:16|PermalinkComments(0)

2006年09月27日

文字についての考察・その2

 中山市朗です。

 日本の文字についての考察の続きです。
 さてさて、ハーンは、こんなことも随筆に書いています。

 おそらく諸君は、この奇妙な文字を、これを英字に置きかえてみたら、さてどんなものになるだろうと、ちょっと想像が湧くだろう。しかし、諸君に多少でも美的情操の持ち合わせがあったら、そんなことが頭に浮かんだということだけでも、ぞっと身ぶるいを感じられるだろう。そのあげく諸君は、わたくしがげんに今それになっているように、きっと、「日本ローマ字会」の強硬な反対論者になること、請け合いである。「日本ローマ字会」というのは、日本語を書くのに、英字を用いることを普及させようという、醜陋憎むべき実利的目的のために創設された会である。

 ― 「日本ローマ字会」!?
 何だ、これは!

 実は、幕末になって世界への扉が開かれた途端、日本語の見直しを本気で考えようとした日本の学者たちがたくさん輩出したんです。ところがこれは、ハーンの指摘するように、醜陋憎むべきありさまだったんです。

 前島密(まえじま・ひそか)という人が、まずそうでした。この人、1円切手の肖像になっている人で、近代郵便制度の創始者です。なんとこの人は、明治5年に漢字廃止論をとなえた「まいにちひらかなしんぶんし」なるものを発行していたんです。
 学生たちに漢字を覚えさす時間あったら、西洋の文化を学ばせろ、いうわけです。だから日本語は、かなだけにすべきやと主張したんですわ。日本の学問より西洋の学問をせえやと? はあ?
 しかも、こんな人が後に早稲田大学の前身、東京専門学校の校長になっとる!

 そして今度は、森有礼(もり・ありのり)という文化外交間が、なんと、日本語はやめて国語を英語にすべきだと、とんでもない提言をして、アメリカの言語学者に意見を打診しよったんです。
 そしたらこの言語学者、国語を他国語にするのはさすがによくないとその提言を却下したものの、日本語をアルファベット表記にしたらいい、という助言をしたという・・・。
 この森有礼、後に初代文部大臣になった!

 そしたら西周(にし・あまね)という学者が『洋字ヲ以ッテ国語ヲ書スルノ論』とかいう論文を発表した。英字は二十六しかないから、日本語を英字表記にしたら便利やでと、言いよったわけです。
 どうもこのあたりに「日本ローマ字会」の根がありそうですな。


 ところで(よう話が変わる)、森、西の二人にはおもしろい逸話があります。

 森は、伊勢の内宮に参拝した時、神官の制止も聞かず、ずかずかと宮の中に入っていき、奥のカーテンを持っていたステッキでサッと持ち上げ、あの天皇も見ることができない八咫鏡を見たんだそうです。そしたら鏡にヘブライ語で「我ハ有ッテ無キモノ成リ」とあった。
 これ、ほんまやったらえらいことや。天皇のルーツはユダヤ人、ということになる。それでその秘密の漏洩を恐れた、伊勢の神官に暗殺されたという噂があるんです。まあ、ほんまかどうかは、ちょっとねえ。しかし森は、伊勢神宮に関係した国粋主義者に暗殺された、じれは事実なんです。
 西は、日本のフリーメンソリー第1号となった人です。ははあ、それで、と私はちょっと納得。

 え? フリーメンソリーって何って?
 今すぐ「フリーメーソン」と、検索してみて下さい。

kaidanyawa at 18:47|PermalinkComments(0)

2006年09月26日

文字についての考察・その1

 中山市朗です。

 漢字とひらがな、という日本語独特の文字表記の問題が出てきました。
 これに加えて、カタカナ、ROMA字という文字表記が、日本語にあるわけですな。
 この文字の書き分けを、我々日本人は自然にやっているわけです。これが日本人独特の間、リズム、思考を生み育てた、重要な要素であることは間違いないでしょう。
 また、日本の様式や、風景を彩ったのも、この繁雑な文字でした。
 この、いろいろな文字をとり込んだその日本語の独自性について、少し考察してみたくなりました。
 それには、外国人のピュアな目というのが参考になりそうです。
 日本人には、この多様な文字の存在は日常なわけで、あんまりこれが不思議だとも思っていないので。


 ラフカディオ・ハーンというギリシャ生まれの文学研究家が、明治の日本にやって来ました。日本を愛し、帰化して小泉八雲と名乗りました。そう、日本の怪談にも魅了されて、あの「耳無し坊一」や「雪女」などを記した『KUWAUDAN』を発表した人です。
 このハーンが、日本に来た時の印象として、こう記した随筆があります。

 ― 人間の音声の、不鮮明にしてかつ非情なる象徴 ― 文字とは、元来、こうしたものだが、そうした表意文字が、日本人の頭脳にあたえる印象は、たとえば、一個の文字、ないしは幾つかの文字の結び合ったものが、西洋人の頭脳の中につくりだす印象とは、よほどそこに開きがある。日本人の頭脳にとっては、一個の表意文字は、すなわち、一個の生きた絵なのだ。その文字は生きているのだ。物も言うし、身ぶりもする。

 つまり、こういうことです。

 「れい」と言葉で言っても、礼なのか、例なのか、霊なのか、そこは不鮮明ですな。ですから言葉だけでは、誤解を招くことが往々にしてあるわけです。つまり非情なるものです。
 で、「れい」を霊という文字で表記すると、少なくとも不鮮明ではなくなる。あとは、霊という文字に何を印象するかです。

 さて、この"霊"という一文字だけで、何やら怪しい印象を受け取りませんか?
 例えば、霊、と看板を上げている店舗でもあれば、何やらよからぬ呪術か、オカルト的な何かを扱っているのではと勝手に想像し、一般の人なら、妙な興味がわくか、怪しいと思うモノです。
 "忌"とあれば葬儀があったと印象するし、"禁"とあれば立ち止まってしまう。
 "酒"と提灯にあると、呑んべえは、ふらふらとそこへ近寄ってしまう。こっちへおいで、と"酒"の字が身ぶりしているわけですな。
 "膳"とあると和食をイメージするし、"謎"とあると、何がやろ? と思うはずです。
 "めし"とひらがなで表記してあれば、江戸時代の字の読めない旅人でも、ああここで飯が食える、と分かったらしいです。まさに、絵として認知したんでしょう。
 ハーンが日本の街を歩いて見た印象が、まさにそうだったんです。漢字にひらがな、カタカナ。街に氾濫した、そうしたヴィジュアルに感嘆して、こうも書いてます。

 つまり、日本の町の、この絵のようなみごとな美しさは、大部分がこれらの文字 ― 白、黒、紺、赤と色とりどりに、あらゆるもの ― 門も柱から障子にいたるまで ― を飾っている、中国と日本の文字の氾濫からきていることに諸君は気付かれるに相違ない。

 ハーンは、町の金看板、塗り看板、暖簾、人々の着ている着物や法被にある文字に均斉美があると、えらく感激しているわけです。
 英字の一文字はそうはいかんです。

 A ・・・意味?
 B ・・・?
 Gは巨人で、Tは阪神?
 それもひょっとしたら文字を記号化する、日本人独特の感性かも・・・。


 ところで、今の日本の街にも、看板やネオンサイン、ポスター、張り紙、標識、案内板、ステッカー、あるいは行き交う人々のTシャツや車のボディなんかにいろんな文字やロゴが満ちあふれています。
 ちょっと品の無い猥雑なゴチャゴチャ感と、必要以上の英字の氾濫を、そして、まるで墓石のように冷たく建ち並ぶコンクリートのビルディングを、もしハーンが見たなら、どう思うでしょうか・・・。


kaidanyawa at 20:39|PermalinkComments(0)

2006年09月23日

読み手をコントロールする技

 中山市朗です。

 文章と間についての考察。


 どっどど どどうど どどうど どどう
 青いくるみも吹きとばせ
 すっぱいかりんも吹きとばせ
 どっどど どどうど どどうど どどう


 えー、ご存知ですよね?
 宮沢賢治『風の又三郎』の冒頭です。
 擬音語からいきなりはじまっていますね。
 子供たちを前にして物語りを語る時、やっぱりこの擬音語を有効的に使うと、こっちのイメージをちゃんと子供たちは受け取ってくれます。使い方ですよ。
 桃太郎がそうですよね。

 川から大きな桃が、どんぶらこ、どんぶらこ・・・。


 どんぶらこ、巧い!
 あの桃は、どんぶらこ、以外に描写の仕方は考えられないですな。どんぶらこ、がもうキャラクターになってます。

 このように、まあ児童文学には擬音語は適しているように思います。
 宮沢賢治の『どんぐりと山猫』の一節。

 そのとき、一郎は、足もとでパチパチ塩のはぜるような、音をききました。びっくりして屈んで見ますと、草のなかに、あっちにもこっちにも、黄金いろの円いものが、ぴかぴかひかっているのでした。よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐりで、もうその数ときたら、三百でも利かないようでした。わあわあわあわあ、みんななにか言っているのです。
 「あ、来たな。蟻のようにやってくる。おい、さあ、早くベルを鳴らせ。今日はそこが日当たりがいいから、そこのところの草を刈れ」山猫は巻きたばこを投げすてて、大いそぎで馬車別当に言いつけました。馬車別当もたいへんあわてて、腰から大きな鎌をとりだして、ざっくざっくと、山猫の前のとこの草を刈りました。そこへ四方の草のなかから、どんぐりどもが、ぎらぎらひかって、飛び出して、わあわあわあわあ言いました。
 馬車別当が、こんどは鈴をがらんがらんと振りました。音は榧の森に、がらんがらんとひびき、黄金のどんぐりどもは、少ししずかになりました。見ると山猫はもういくつか黒い長い繻子の服を着て、勿体らしく、どんぐりどもの前にすわっていました。まるで奈良のだいぶつさまにさんけいする、みんなの絵のようだと一郎は思いました。別当はこんどは革鞭を二三べん、ひゅう、ばちっ、ひゅう、ばちっと鳴らしました。


 お気づきでしょう?
 これは完全に話し言葉ですね。こんどは講談調とはがらりと変わって、お母さんが子供にお話しをする口調です。児童文学というのは子供が読むというのもありますが、親が子に読んであげるものです。だから、口に出して伝わる文章というのを考えねばなりません。すると作家は、口調のテンポ、リズム、間を文体の中に封じ込め、読み手をコントロールする技が必要となります。音楽の譜面の中にその指示があるのと同じです。
 宮沢文学の場合、わあわあとかひゅう、ばちっ、といった擬音はもちろんのこと、漢字とひらがなの使い分けで"間"のコントロールをしています。

 ききました
 よくみると
 ひかっている
 こんどは
 だいぶつさまにさんけいする


 ひらがな、ですよね。え? 子供が読むからひらがなにしてある?

 じゃあ、蟻、榧の森、繻子の服、革鞭は? 難しい漢字ですよ。繻子なんて読めます?
 だったら、あり、かやのもり、しゅすのふく、かわむち、でもいいじゃないですか?
 ひらがなの表記は、おそらく、ていねいに、ゆっくりと、という意図じゃないかと思います。聞きました、よく見ると、光っている、大仏様に参詣する、とあるとお母さんは、自分のリズムで読んでしましますが、ひらがなだと、ちょっと丁寧に、やさしく読んでやろうという気が起こりませんか? 蟻、榧の森、繻子の服はそのままスッと流して読む、という意味。
 いや、これは勝手に私が思うだけですけど、おそらくそうではないでしょうか。そうやって、お母さんの語り口調をコントロールし、自分の伝えたいお話を的確に子供たちに伝えるんです。だから宮沢文学は、今もって読まれるんです。名作なんです。
 これは、語り芸を熟知していなければ、できない技だと思います。
 もちろん、ひらがなの多用は、児童文学のページを開いたときの、字面の見た目というのもあるんでしょうけれども。


 どうです?
 語るという行為が、どれほど作家にとって大事なことか、おわかりでしょう?


kaidanyawa at 21:09|PermalinkComments(1)

2006年09月22日

擬声語と擬態語

 中山市朗です。

 文章と間について。

 擬音語は小説では使わない方がいいのではないか?
 そういう反論が来そうですね。
 作家養成教室なんかでは、講師の方はきっとそうおっしゃっていることでしょう。
 確かに、安易に使いすぎると表現力が稚拙にみえ、品も無くなります。
 植垣節也の記した『文集表現の技術』には、こう指摘されます。

 しかし一般に、文章では擬声語、擬態語は使わない方がよい。使うとどうしても実体の描写が甘くなるのを避けられないからである。使ってしまうと表現が類型化して軽くなるのと、筆者が擬声語、擬態語に頼って即物的描写をする努力を怠るからである。それともう一つ、擬声語、擬態語は口頭語的表現であって親しみを与えるとともに俗な印象を感じさせるために、文章の格調が低くなるのも欠点である。

 それは言えます。あんまり使いすぎると確かに劇画チックになってしまいます。作家志望の人たちには、美しい文章を書きたいという要求もあるでしょうし。
 でも、使いようだと思います。
 おもしろさを伝えたいなら。


 再び林不志の『丹下左膳』から。

 「やッ! 居た、いた! 此処に!」
 「出会えッ!」
 この二声が裏木戸のあたりからしたかと思うと、あとはすぐまた静寂に返ってゾクゥ!
 とする剣気がひしひしと感じさせる。
 声が切れたのは、既う斬り結んでいるらしい。
 散らばっている弟子達が、一斉に裏へ駆けて行くのが、夜空の下に浮いて見える。
 ぷつりと武蔵太郎の鯉口を押し広げた栄三郎、思わず吸い寄せられるように足を早めると、
 チャリ・・・・ン!
 「うわあッ!」
 一人斬られた。
  ― 星明りで見る。


 ゾクゥ、ひしひし、ぷつり、チャリ・・・・ン!
 まさに講談、いや、時代活劇、チャンバラ映画!
 チャリ・・・・ン! なんて擬音の表記は、遠くから澄んだ闇夜の空気を伝ってくる刀の響きがイメージされませんか?
  ― 星明りで見る。
 という描写も、パン、カメラ引き、闇の中、死体、という絶妙の間が頭の中を巡る。ここで犬の遠吠えでも聞こえてきそうです。


 チャンバラといえば、吉川英治の『宮本武蔵』。
 過去、片岡千恵蔵、三船敏郎、中村錦之助などの主演で映画化され、テレビの大河ドラマにも幾度となり、『ムサシ』『バカボンド』など無数の劇画にもなりました。
 では、巌流佐々木小次郎との対決を描いたあの場面、原作者・吉川英治はどう描写しているのでしょう。

  ― よしっ。
 思うように、地歩を占め直した彼は、すでに武蔵の前衛を破ったかのような意気を抱いた。
 と ― 巌流の足はじりじりと小刻みに寄って行った。
 間隔をつめて行く間に敵の体形のどこに嘘があるのかを観、同時に、自己の金剛身をかためて行くべく、それは当然な小刻みの足もとだった。
 ところが、武蔵は、彼方からずかずかと歩み出して来た。
 巌流の眼の中へ、櫂の先を突っ込むように、正眼に寄って来たのである。
 その無造作に、巌流が、はっと詰足を止めた時、武蔵の姿を見失いかけた。
 櫂の木剣が、ぶんと上がったのである。六尺ぢかい武蔵の体が、四尺ぐらいに縮まって見えた。足が地を離れると、その姿は宙のものだった。
 「 ― あぁっ」
 巌流は、頭上の長剣で、大きく宙を斬った。
 その切っ先から、敵の武蔵が額を締めていた柿色の手拭が、二つに斬れて、ぱらっと飛んだ。



 擬音の巧みな使い方が、状況をいきいきと展開させ、武蔵と小次郎の躍動するさまが、目に浮かんできませんか?
 吉川文学の講談調のスタイルが、映画や劇画化にピッタリ合い、そのために、世代を経て大衆の心の中に染み込んでいくのです。


kaidanyawa at 22:53|PermalinkComments(0)

2006年09月21日

自分の文章と口調。その3

 中山市朗です。

 前回からの続き。語り口調についての考察です。


 これはその人のセンス、体感や経験、生活状態にあると書きました。
 でも修得する方法はあるんです。 それは?

 もちろん何度も言うように話芸には接して欲しい。落語、講談。もちろん漫才もいいですよ。「ダイマル・ラケット」「いとし・こいし」「はんじ・けんじ」「千里・万里」なんて聞いてもらいたいですけど、今の漫才は、う〜ん・・・。

 以前、私の教え子がある広告代理店に就職したんです。その上司が落語好きな人やったらしく、特に桂枝雀さんの落語を、営業で周る車の中でずっと聞いていたそうです。
 で、営業に行く。最初は新人の彼にプレゼンさせるらしい。しどろもどろになりながら、説明する。でも、当然話術がないからなかなか相手がうんと言わない。すると間を置いてその上司がサッと代わるんだそうです。その口調が、さっきまで聞いていた枝雀の落語と同じ。リズム、テンポ、展開、落とし所・・・あっという間に仕事が取れたようです。

 それから、いい音楽を聴くこと。
 ロックやテクノは原始のリズムに近い。だからハイテンションにはなりますが、喜怒哀楽の人生を描く作品作りにはどうなんでしょう。
 今の漫才は、う〜ん・・・と先に書いたのは、それがロックやテクノのリズムだからなんです。その場はおもしろくても、後に残らない。きっと演者たちがそれしか聴いていないのでしょう。だからその時代の同世代には受けるんでしょうけど・・・。
 昔の名人の芸のテンポ、リズムは、演歌あり、浪花節あり、ジャズあり、ポップあり、クラッシックありと変幻自在だったように思います。だから老若男女すべてに受けた。
 作家を目指す人たちに聴いてもらいたいのは、やっぱりクラッシックです。どんな曲でもいいですからどんどん聴いて、身体の中に染み込ませていただきたいですな。その染み込んだリズム、テンポ、転調、ハーモニーは絶対作品の語り口調にいい結果を残すと思います。
 どうもみんな、クラッシックは落語、講談同様、聞かず嫌いなようで・・・。
 手塚治虫は、クラッシック音楽を聴きながら、そのリズムやテンポ、世界観に沿って作品を描いたそうです。描く作品によって、ベートーヴェン、チャイコフスキー、ストラヴィンスキーと聴き分けているドキュメンタリー、観たことあります。作品の格調というか、品が備わるような気がしますね。

 アニメソングやゲーム音楽ばっかり聞いとったら、あきまへんで。


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2006年09月20日

自分の文章と口調。その2

 中山市朗です。

 作品と語り口調について

 作者の口調が作品に出る、という話題の続きです。
 有栖川有栖、京極夏彦、岩井志麻子、加門七海、福澤徹三、高橋克彦、伊藤潤二、東雅夫といった、お仕事ご一緒させていただいた作家の人たちは、実はみんな饒舌です。話しが理論的で、なおかつおもしろい。中島らもは独特なポツリしゃべり。漫画家の山岸涼子は、すごく聞き上手な方でした。
 ロフトプラスワンのステージなんかでもお客として来ている作家さんに、急遽上がっていただいても、たいがい、サッと興味ある話題を振って、独特の話法で披露されます。
 やっぱり落語好きな人が多いようで、雑誌『ダ・ヴィンチ』が主催で、「作家たちが語る百物語」という催しがあった時、加門七海と藤田節子のお二人が、ライブのチケットが取れた、取れないのお話をこそこそとしている。誰のライブ? 聞いてみると春風亭小朝師匠の独演会でした。中島らもは高座着で実際落語演じてましたしね。


 さて、口調とはリズム、テンポを含みます。
 リズム、テンポ、これは音楽用語ですね。

 テンポがいい、というのは別に早ければいい、というものでもないんです。
 作品によって合ったリズム、テンポがありますし、場面によっても違う。
 これは、教えられるものではないんです。
 その人のセンス、その人の体感、その人の生活状態にもあるんでしょうな。
 それが作品に現れる。
 考えてみたら、これは恐ろしいことかもしれません。
 テンポよく仕事をこなしているプロの作家は、テンポのいい作品をどんどんお書きになるが、ダラッと怠けている学生は、たまに書けても、ダラッとした作品になってしまう。
 私、十何年も学生の作品見てきましたから、わかるんです。その場をとりつくろった作品か、積み重ねてきたものかが。怠けているのか、精進しているのかも。

 なぜなら、その人の私生活が、テンポやリズムが作品に反映されていますから。


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2006年09月19日

自分の文章と口調。

 中山市朗です。

 文章と語り口について。

 塾生には、マンガ描くにせよ、小説書くにせよ、人と話すことをしろ、と常々言うてます。まあ、モノを書く仕事をする人は、あんまり人と接したくないというタイプが多いんです。まあ、わからんでもない。
 でも、純文学やる言うんならいいんですけど、今はエンターテイメントを求められます。出版社も慈善事業でやってるわけやないんで・・・。

 と、なると面白いものを面白く表現せんと、イカンわけです。
 面白いものは、人と会わないと見つかりません。本や映画なんかで疑似体験するのもええんですが、それはもう誰かがやっていること。テクニックは引き出せますけど。
 でも他人のマジ体験には凄いもんがあったりします。
 本で読むよりリアルで、生々しかったりします。
 えっ、そんな職業あんの? みたいな人もいますしね。
 それはネタになる。
 でもそこで負けたらイカン。
 仮にも作家目指してるんやったら、一般人よりおもろい話、提供してやらんと。作家の根本は、人の話をよりおもしろく伝達すること、ですから。
 それができんのやったら、せめて聞き上手になれ、と。

 まあ、話は下手やわ、人の話し聞かんわ、いうのは人としてどうなの、ですけど。
 でも、いますね。おもろい話しを、全然おもしろくなくしてしまう人。
 逆に、つまらん話しでも、おもしろく脚色することができる人。

 この脚色が、重要なんです。

 あなたが、出版社に原稿持ち込みをしたとします。
 編集の人が出てきて、作品見てもらいながら、お話しします。
 ここで案外、編集の人は作品見てるふりして、あなたの話ぶりを聞いているかもしれません。まあマンガの場合、やっぱり絵のスキルを見んとあかん。それは最低限必要なことやから。小説やノンフィクションも、そらスキル見ます。それはそう。
 でも、プラスおもしろい話しができる人、というのは魅力なんです。
 おもしろい話しができる、というのは、話しの構成力や演出力がある証拠です。そして、話口調というのが、その人の作品やリズムに反映するもんなんです。
 だから、話のおもしろい人は、きっとおもしろいストーリーが書ける、という判断を、編集はするんです。
 現に私も、編集の人と話していて、「その話、そのまま原稿にしましょうよ」と言われたこと、よくあります。


 岡本喜八さんという映画監督が好きでした。去年亡くなりましたけど。
 『独立愚連隊』シリーズや『暗黒街』シリーズで、特に30年代に東宝で、テンポのいい、ムチャクチャ面白いアクション映画を撮っていた監督さんでした。
 何といっても、編集の間がいい、全体のテンポが心地好い、アクション場面のリズムが抜群と、ちょっと日本映画離れしたところがありました。岡本作品はフォービートのアルチザンとか言われて日活アクション映画に随分影響を与えたようです。
 岡本監督は、西部劇に憧れ、そのスタイルを取り入れたと言われているんですけど、どうもそれだけじゃないと、思っていました。
 で、晩年に、念願かなってアメリカロケのアクション映画を撮りはったんです。『イースト・ミーツ・ウェスト』という映画。真田広之、仲代達矢さんなんかが出られて。
 ところが私、これを見て、えっ? と思った。テンポが悪い、間が悪い、リズムも。う〜ん、これがあの岡本喜八か。老いたのか・・・。
 そしたら、あるインタビューに岡本監督が出ていました。言語障害みたいになってる。
 で、自らがおっしゃってた。
 「現地で頭打ってから、言語障害になっちゃった」
 あ〜、やっぱりそうなんや。
 「で、完成した映画観て、愕然とした。これ俺のテンポじゃない。なんでこんなの作っちゃったんだ。そしたら後に原因がわかったんだ。これ、言語障害のテンポだ。自分の口調で、作品を作ってんだよね。それに気がついた」

 そうなんですよ。
 あなたの話し口調、作品に出ます。

 だから、怪談や落語を聞いて、話芸を修得しておくこと、大切なんです。



kaidanyawa at 10:45|PermalinkComments(0)

2006年09月18日

大盛況 「第二回・怪談の間」

 中山市朗です。

 16日の「第二回・怪談の間」、おかげさまで大盛況に終わりました。
 オールナイトということで、交流会をセッティング。その飲食代を含んだ4500円という料金設定も含め、すべてが初めてずくし、いわば実験的なところもあったというのが正直なところで、不安要素だらけでした。
 しかし、怪談会ではお客さんも積極的に語っていただき、あっ、この人相当練習してきてるな、とわかるほど達者な語りを披露された人もいました。
 しかしなにより盛り上がったのが、交流会。私は各テーブルを廻ったんですが、どのテーブルも怪談で盛り上がり、とうとう関西最恐の霊スポットの一つ、旧生駒トンネル巡礼ツアーが企画されました。皆さん、連絡取り合って、日時を決めましょう。紗那さん、よろしく。

kaidanyawa at 16:06|PermalinkComments(0)

文章の”間”

 中山市朗です。

 申し訳ありません。
 14、15日に配信したこのブログに微妙な不祥事がありました。
 文章の間、という微妙な話題ですので、もう一度配信し直します。
 尚、引用文献につきましては、パソコン画面では伝え切れないニュアンスもありますので、できれば原文を参照してください。



 以前、”間”について書いたところ、それが文章でできるといいんですが、という質問が来ましたので、文章の間について少し。

 もちろん文章で間は表現できます。
 もちろん、文章で”間”は表現できます。

 、と” ”で間ができてませんか?

 まあ、こういう”パソコン”とか”ケータイ”というメディアでは、微妙な間合いはわかりにくいかも知れませんが、やっぱり印刷物となると、や。というのがまず間を感じさせます。・・・や ― をどこでどう使うか。段落、一行開ける、これも間です。
 書き手は、読み手に、どこで、どれくらいの間をおいてもらうのがいいのかを、計算しながら書くわけです。ゆっくり読ませるとか、タタタッと読ませるのか、というテンポも含めて。


 これはある小説の冒頭です。句読点無しで載せてみます。

結婚はしてもいいものであるししないで済むものならしなくてもいいものだねと初之輔が云った。その初之輔はいつも神色自若を自慢しているのだがこの遊覧バスに乗ると同時に空色の制服を着た案内嬢のふきかけてくれる会社の宣伝香水には一寸驚いた様子である。

 とても読み辛いですな。成瀬巳喜男監督の映画にもなった『めし』なんですけど。でも、名文もこれでは台無しです。では、あなたなりに、読みやすくしてみてください。どこに句読点つけて、あるいは段落をつけたかが、あなたのリズムです。でも、書き手には、読んでもらいたいテンポ、リズム、間、があります。
 それを含めての文章、つまり小説となります。

 これを書いた林芙美子は、こう間をとってます。

 結婚は、してもいいものでもあるし、しないで、済むものなら、しなくてもいいものだね、と初之輔は云った。
 その初之輔は、いつも、神巳自若を、自慢にしているのだが、この、遊覧バスに乗ると同時に、空色の制服を着た、案内嬢のふきかけてくる、会社の、宣伝香水には、一寸驚いた様子である。


 読む方は、ゆったりとこの文章を味わいますよね。それが林芙美子の世界。


 次は講談調のこの名文。原文のまま載せます。

 ゲッ! というような音を立てて、丹下左膳と名乗る隻眼の侍、咽喉で笑った。
 「またの日はよかったな。道場破りにまたの日も何時の日もあるめえ。こら! こいつら、これが見えるか」
 片手で突き出した板に神変夢想流指南小野塚鉄斎道場と筆太の一行!
 や! 道場の看板! さては、門を這入りがけに外して来たものと見える。己れッ! と総立ちになろうとした時、
 「こうして呉れるのだッ!」
 と丹下左膳、字看版を離して反りかえりざま、
 カアッ、ペッ!
 青痰を吐っかけた。


 林不志のご存知『丹下左膳』の一文。こちらはアクションを読者に想像させるために、キャラクターの動きを活字化しています。ゲッ、や! カアッ、ペッ! という擬音が多用してあり、!との使用が目立ちます。ちょっと映画のシナリオに似た書き方です。喉という一字で”のど”と読めるんですが咽喉と二文字で表記した方が、この左膳の喉が、クローズアップされます。


 小説というものは、そもそも、くどくどと説明するものです。映画や舞台、漫画なら背景や状況は見れば分かります。登場人物の表情や服装なんかもそう。しかし小説では説明しなければならないんです。でも、ホントの説明文になってしまうと、これはツラい。やっぱり小説として読まさないと。
 古代中国に我々を誇ってくれる吉川英二の『三国志』の冒頭はこうです。

 後漢の建寧元年の頃。
 今から約千七百八十年ほど前のことである。
 一人の旅人があった。
 腰に、一剣を佩いているほか、身なりはいたって見すぼらしいが、眉は秀で、唇は紅く、とりわけ聡明そうな眸や、豊かな頬をしていて、つねにどこかに微笑をふくみ、総じて賎しげな容子がなかった。
 年の頃は二十四、五。
 草むらの中に、ぽつねんと坐って、膝をかかえこんでいた。
 悠久と水は行く ―
 微風は爽やかに鬌をなでる。
 涼秋の八月だ。
 そしてそこは、黄河の畔の ― 黄土層の低い断り岸であった。
 「おーい」
 誰かが河でよんだ。
 「 ― そこの若い者ゥ。なにを見ているんだい。いくら待っていても、そこは渡し舟の着く所じゃないぞ」
 小さな漁船から漁夫がいうのだった。
 青年は笑くぼを送って、
 「ありがとう」と、少し頭を下げた。
 漁船は、下流へ流れ去った。けれど青年は、同じ所に、同じ姿をしていた。膝をかかえて坐ったまま遠心的な眼をうごかさなかった。
 「おい、おい、旅の者」
 こんどは、後ろを通った人間が呼びかけた。近村の百姓であろう。ひとりは鶏の足をつかんでさげ、ひとりは農具をかついでいた。


 どうです。この描写と間の運び。中国の歴史を描く大河小説の始まりだけに、描写が立体的じゃないですか。
 悠久と水は行く ―
 この ― が間を作ると同時に悠久さをイメージさせます。膝をかかえて、ぽつねんと坐っている男、彼こそが劉備玄徳なのですが、彼の容姿も見えてきます。それが季節や、やってくる風と共に描写されていますから、映像となるんですな。おまけに黄河の遥かな流れが目の前を流れている。そして人物の運びが絶妙です。
 遠くから漁夫が呼びかけます。
「 ― そこの若い者ゥ。なにを見ているんだい・・・」
 ― が漁夫の声をかけようとする一間置く呼吸を強調し、若い者ゥ、と、ゥが漁夫と劉備の距離感を表現してます。
 これ落語のテクニックです。
 「こんにちは」「おっ、おまえかいな、こっち入り」
 これは入って来た人と中にいる人の距離感が近い。
 「こんちはーっ」「おーっ、おまえかいな、まあまあ、こっち入りィ」
二人の距離、遠い。これも間です。この距離感がムズかしいんです。

 さて、劉備と漁夫のやりとりがあった後、今度は真後ろから農夫に声をかけられる。この人物配置はさすが、です。「おい、おい」という呼びかけは、ほんの、そこにいる、という呼びかけです。鶏の足をつかんで下げ、というのがリアルです。これは動きです。農夫を説明するのにこんなモノ着てた、とかこんな顔してた、というより動きを与えた方がイメージしやすいし、シンプルです。
 ちょっと前、擬音について書きましたが、まさに擬音は動きの表現です。これは文章にも生かされます。ぽつねんと坐って、というのがそうですね。坐っているということは、まあ動きがないということなんですが、動きのないものに動きを与える。それが、ここでは、ぽつねん、という表現なんです。

 さきほど紹介した林不志の『丹下左膳』同様、この『三国志』も講談調で書かれています。
 もう何十年も前のことですが、黒澤プロダクションのプロデューサーの方とお話していると、その人がこう言ったのを覚えています。
 「オヤジ(黒澤明)の撮る映画はなんでオモシロイか、わかります? 講談調なんですよ、語り口が」

 ムムッ、語り口?


 その話はまた次回。

kaidanyawa at 15:57|PermalinkComments(1)

2006年09月11日

へたなら寄席と心霊タクシー

中山市朗です。

おそまきながら……。
「へたなら寄席」にお越しくださったお客様方、ありがとうございました。
演じているこっち側は大変に楽しくやらせてもろたんですが、客席のみなさまは、どうだったんでしょうか?

私も客席から、よぎり、はてな、かなた、うさん、ぎりぎりの落語を聴かせてもらいましたが、お前、今の道進むより、米朝事務所に入った方がええでと、言いたくなるものもいて、なかなか熱気のある高座やったと思います。

私も「河豚鍋」やらせてもらいましたが、やっぱり間が待てない、待てない、とその難しさを実感。ぽかん、とした間が噺の合間にいるんですけど、その間が怖いわけです。ほんの0.何秒のことなんですけどね。だからタッタッタッと叩みかけてしまうんです。

これはイカン。怪談を語る上での課題でもあるんです。
しかし打ち上げではもう、次回(1月26日)には何を演ろうとか、観客動員に向けての反省とか、えらい盛り上がっていました。

私もいずれ、創作怪談落語をと思っていますが、もう少し落語の基礎を身に付けてから……。

さて、今朝CS京都『心霊タクシー』の恐怖の3本撮りから戻ってきたところです。

交野市の某所と生駒山周辺という近場のロケということで油断してました。やっぱ時間かかります。道に迷うし、機材のトラブルは起こるわ……。

で、初めて来ました。
噂には聞いていたんえすが……。
どこって?

旧Iトンネル。

ここは戦前に工事が行われ、あまりに多くの事故と人夫たちのトラブルによる死亡事故が多かったのと、開通後の幽霊の噂により閉鎖されたという曰くの場所。今はその近くに現Iトンネルが通ってます。しかし、その現トンネルも『新耳袋』にいくつか掲載した通り、やっぱり怪しげな噂は継続しています。

旧トンネルは、まず使用されていない2本のプラットホームと不自然な場所に不自然な配置の神社、その奥に鉄扉で完全に塞がれた廃トンネル、とロケーションは最高。
鉄扉の向こうは覗けることは覗けるのですが、完璧にセキュリティガードが働いていて、絶対に侵入は不可能となっています。

にも関わらず、夜中の12時という時間に、トンネルの奥からは、ざわざわという人の声と、カツーン、カツーンというツルハシの音が確かに響いてくるんです。

これは出演者もスタッフも全員聞いていて、思わず総毛立ち……。

もちろんテレビカメラで音声を収録しましたので、ひょっとしたらオンエアでも聞こえるかもしれません。ところが同行していたひとりの塾生と、同じく同行していた出演者Fさんの奥さんが、撮影後、トンネルに2人の影が立っていて、こっちへ近づいてくるのを見たと報告。撮影中に迷惑かけたくなかったので、と事後報告したわけですが、こっちとしては、だったらそのとき言ってくれよ、というのが正直なところ。

これ、番組ですから。どういう形にしろ、収録しておくと編集でいかようにも使用できますが、撮らなかったら、それは無かったということにしかならない。

後でちょっと、プロの心構えについて塾生にお説教。

今回の収録分は10、11、12月にCS京都でオン・エアの予定。

詳しくはこちら
http://www.kyoto-channel.com/




kaidanyawa at 23:28|PermalinkComments(0)

2006年09月07日

日本文化について in 落語

桐の雄加留斗でおます。

いよいよ明日「へたなら寄席」で落語を一席披露させていただきます。
演目は『河豚鍋』、ふぐなべ、と読むように。
前回は『天狗さし』という難しい上に、おもろない、という噺をしましたもんで、今回はちょっと笑いどころの多めなところで。しかしこういうのは、演じ方によるし、客席の雰囲気にも左右されます。そこが芸の難しいところ。

あっ、落語の場合、話は、噺と表記します。
今は古典落語てなことを言いますが、どの噺も誰かが作ったわけでして、江戸時代から明治、大正、昭和の初期の今のようなメディアがない頃、きっと当時の流行やニュースを取り入れたストーリーや設定やったんでしょうな。

ちなみに、こばなし、は小噺、とは書きません。小咄、と表記します。
口から出る、出任せ、即興、という意味なんでしょう。
噺、咄、とここにも遊び心がありますな。

さて、落語はキモノを着て座布団に正座してはじめて成り立つ芸。
ですから当日は、桐の一門全員がキモノで登場します。

これが日本人の所作、文化のええ勉強になるわけです。
特に今の男はあんまりキモノを着ません。でもまず、姿勢がよくなる。立ち方もシャキッとする。ちょっと前、知り合いの若い女性がキモノ着て、「どお?」と自慢げに立ったんはいいんですが、ズボッと仁王立ちしとる。いつもジーンズを履いてる子やったんです。「足閉じ」言うたん覚えてます。座るときに安易にあぐらをかけない。大阪では、じょらをくむ、言うてたんですけど、歩き方も違う。足袋履きますから、雪駄か草履、下駄になる。
ほんなら走れないわけです。以前このブログで、江戸時代の日本人は走れなかった、てなこと書きましたが、それが実感できます。
走るとか、長旅となると藁草履、つまりワラジを履くしかないんです。

財布や鞄、紙袋が似合わない。で、風呂敷を使いたくなります。タバコもキセル使こたろか、とか傘も番傘にしたろか、とかなんやオプションにもお金かかります。刀を腰にさしたくなりますが、これはまあ我慢。

考えたら、キモノから正座、畳、これは日本独特の文化なのです。その集大成が落語なんです。

それにやっぱり日本人、キモノ着ると男も女も色気が出る。まあ中にはどこの小僧や、思うのもおりますけど。
ちなみに私、落語をするためだけにキモノ一式を買いました。もちろん特注で。
値段? 50インチのハイビジョンテレビより遥かに高かった。
それでも知り合いを通じてやったんで、大幅値引きがあって、でっせ。

えらい道楽やけど、まあそれほど落語が好きなんですわ。



kaidanyawa at 20:05|PermalinkComments(0)

2006年09月06日

私の夏

この夏、山にも行けず、海の匂いさえも嗅げませんでした。合宿が無かった夏を悔やむ中山市朗です。

あ〜あ、そのまま夏休みも終わり、今日から塾も授業開始やな。
夏休み、言うても塾の授業がなかっただけで、こちらは休みとは無縁の日々。それはまだ続いていて、あさっては“へたなら寄席”に出演、ということは、明日も落語の猛稽古。同時に秋からの講義内容の検討。

寄席の次の日は塾で講義とシナリオの合評。その翌日はCS京都『心霊タクシー』の3本撮り。早朝帰りで、その午前中に定例会議。その間に原稿が2本。まだまだバタバタは続きます。作劇ネットラジオも始まったしね。

塾生諸君はどんな夏休みだったのかな。
夏休み、言うてもホンマに休んでたヤツは、まあ一生夏休みのままやろな…。

kaidanyawa at 23:58|PermalinkComments(0)

2006年09月05日

閑話休題:病院にて

患者「先生、あちこちが痛いんです」
医者「どこが、どう痛いんや?」
患者「胃がチクチクして、傷口がジクジク痛んで、舌がヒリヒリして、心臓がギュウギュウしめつけられて、下っ腹がキリキリ痛んで、歯がズキズキして、頭がガンガンするんです」
医者「そらいかん、ほな、これグイッと飲んで」
患者「ごくっ、あーっ、スッキリした」
医者「まあ、セイゼイわしの言うこと聞いて、ボチボチと直すことやな」
患者「先生の話、ジワジワッと来まんな。ほな、ソロソロ帰りますわ」
医者「そうか、帰るか。ええかチンタラした生活、改めや。シャキッとしいや」
患者「ほな、ブラブラ帰りまっけど、またヒョッコリ顔出しますわ」
医者「シャンと直しや」
患者「ほな、ドロンしまっさ」





kaidanyawa at 22:51|PermalinkComments(0)

擬音について in 落語 その2

桐の雄加留斗でおます。

昨日の続きです。
英語には絶対に、なよなよ、とか、しゃなり、に該当する言葉、無いでしょうな。
ひょっとしたらこういった擬音のいくつかは、しいーん、と同じように漫画や劇画というメディアが作ったものかもしれません。

例えば、野球の実況を文字にしてみます。
「ピッチャー、振りかぶって第三球を投げた。カーブ、空振り三振、おっとキャッチャーがボールをこぼした」

これを、『巨人の星』風に表現すると、
ばっ、ぐうーん、ざっ、バシュ、キイーン、クイッ、くるり、ガッ、コロコロ、あたふた。

わかります?

ぱっと振りかぶって、ぐうーんと身体伸ばして、ざっと足あげて、バシュと球が手を離れて、キイーンと剛球がうなって、クイッとカーブして、くるりとバットが回って、ガッとキャッチャーが受け損なって、コロコロと球が転がって、あたふたと、それを追う…ああ、しんど。

そやけど、そのほとんどは現実には聞こえませんわ。でもそれを使った方がらしく伝わるし、間も作れるんです。無言の『巨人の星』は気色悪い。

なんかニュースで見ましたが、フランスなんかで日本のコミックが出版されたとき、そういう擬音は消されてたそうですな、何や、わからんかったらしい。でも、今はそのまま残すことが多くなったとか。やっぱり無いとテンポも崩れるし、微妙なニュアンスが伝わってこないんでしょう。

こういう擬音は落語や講談にもよく出てくるんです。それは客のイマジネーションをかきたてるし、語り手側の間ともなるのです。
怪談も同じ、私の怪談聴いたことがある人、お気づきや思いますけど、どんどん使ってます。その方がより怖くなるんです。

生首が出た。
生首が、ヌッと出た。

どっちが怖い感じがします?

首吊り死体がぶらさがっていて…。
首吊り死体が、ぶらり、ぶらりと、ぶらさがって…。

その女の首が伸びて…。
その女の首が、にゅっと、伸びて…。

後ろから人が近づいてくる。
後ろから、ひた、ひた、と人が近づいてくる。

擬音がある方が怖いでしょ? あの小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは怪談・奇談を日本で収集し、『Kuwaidan』を記したことで有名ですが、彼の母国ギリシャにも幼き頃過ごしたアイルランドにも、若き日を過ごしたアメリカにも、擬音は無かったんです。日本で、怪談に魅せられ、母国語でそれを記そうとしますが、擬音というものがないので恐怖の表現が思うようにできず、随分悩んだといいます。

この前、塾生と怪談会やったけど、誰も効果的な擬音使うてない。
そやから、怪談やのうて、怪の説明になってしもうてました。

kaidanyawa at 22:43|PermalinkComments(0)

2006年09月04日

擬音について in 落語

桐の雄加留斗でおます。

またまた、間、について。

日本語の特色に擬音いうのがあります。意味は自然にある音に似せた音の表現です。
これが深いんです。ただ、自然にある音に似せる、いうだけなら、雨がパラパラと降って、風がヒュウと吹いて、扉がガタガタ鳴り出して、どたどたと雨宿りの客たちが…。と書きますが、凄いのは、実際には音のないものまで表現するんです、日本人は。

雪がこんこん降り積もる。
雪がしんしん降ってきた。深夜、いうイメージがなぜかピンときます。
夜がしんしんと更けて、とも言いますな。

静まり返った場を、しいーん、と表現します。この“しいーん”いうのは手塚治虫さんが発明しはったそうです。マンガという媒体にもこのテクニックが必要いうわけです。

感動した時の、がーん、とか、止まるときの、ピタリ、とか、飛ぶときの、ふわり、とか、バランス崩して、ぐらり、とか、闘争心が湧き上がって、メラメラとかね。
じっ、と見つめられて、ぽっ、と赤くなる。ハラハラ、ドキドキ。ドキドキは心臓の高鳴る音やろうけど、ハラハラって?

怒りのときは、ムラムラッ、驚くと、ビクッ、涙出して、うるるっ…。

こういうのって、音やなくて、空気、空間、時間、状態とかいう、つまり間の表現やと思うんです。フキダシのセリフとセリフの間に、こういう擬音を画面上にうまく入れるとリズムやテンポの調整ができるんです。
そんな言葉、ぎょうさんあります。

こつこつ、と積み重ねる。
ずっと、向こう。
がら〜ん、とした部屋。
はた、と立ち止まる。
とぼとぼ、歩く。
すたすた、と急ぐ。
がっし、とまたがる。
ちらり、と見える。
さぁ〜っ、と引く。
じりじり、と照りつける。
ぽつん、とした顔。
さんさん、と降り注ぐ。
じめじめ、とする。
さめざめ、と泣く。
ぶらり、と寄る。
ふわふわ、と舞う。
ギラギラ、と輝く。
ぽつり、と話す。
ひょい、と振り向く。
ずん、と重い。
さっ、と済ます。
ぱっ、と咲く。
のろのろ、と蛇行する。
そわそわ、と落ち着かない。
ひらり、とめくれる。
くるり、と回る。
さらり、とかわす。
びしっ、と決める。
ふらふら、と揺れる。
ずっ、とある。
ちゃん、と座る。
じわっ、と感動する。
なよなよ、と泣き崩れる。
しゃなり、しゃなり、と歩く。
ぽつねん、とある。
そっ、と忍び寄る。

まだまだあるでしょうけど。そんな音、実際には聞こえませんわな。
忍んでいるのに、そっ、て音したらバレまんがな。



kaidanyawa at 23:55|PermalinkComments(0)

文章の間について in 落語

桐の雄加留斗でおます。

落語のこと書き出したら、日本の文化の分析になってしまいました。せっかくやからもうちょっと、間、について考えてみましょ。

今、私も原稿を書くのに原稿用紙なんて使いません。ワープロとかパソコンでパコパコとキーボードを打っています。
欧米なんかは昔からタイプライターいうのんで、パチパチ打ってたんですな。白紙に文字がどんどん打ち込まれていって、文章化されていく。そのパチパチいうのんが、欧米文学のリズムを作っているんかもしれません。

ところが日本の場合、ちょっと前まではほとんどの作家は原稿用紙に書いていました。
明治・大正・昭和の日本の文豪は、みな原稿用紙。

原稿用紙にはマス目があります。それをひとつひとつ埋めていく田植えみたいな作業をやってました。そしたらひとマス開けたり、行を開けたり、文字を下げたり、句読点をマスの中に入れたりして、文豪たちは間を作っていたんじゃないかと思うんです。

あと、「……」「――」とかの使い方ね。
名作は行間で読む、といいますが、行間とはそういう原稿用紙の中で工夫されていったもののことなんでしょう。

今はもうほとんどの人がパコパコとやっていて、まあ原稿用紙世代の人たちはその名残りで書いてはりますけど、全然そんなん無視した作家志望なんちゅうのも出てきていて、自分のホームページなんかに意気揚々と書いてはるの、よく見かけますけどな、やっぱり文章の、間、が悪い。

最悪なのはケータイのメール文。なんや、よう分からん。
絵文字ってなんや、とか言うてるこっちが古いのか。そやけど、必ずしも古いからダメっていうのも違うと思います。

原稿用紙の文化が排除されてからいくことから、日本語の崩壊がはじまったのかもしれません。
まあ、どんどん変わっていくのも日本語の特性ですけど。

kaidanyawa at 19:03|PermalinkComments(0)

2006年09月02日

「間とは空気」説 in 落語

桐の雄加留斗でおます。

間について考えていると、だんだんおもろなってきました。
まあ、読んでいるあなたはどや知りませんけど。

間、いうのはちょっと英語に訳せない。
昨日書いたように何種類にも分かれてしまう。
ちゅうことは、間、というあの概念は、西欧にはないのでしょう。

向こうは、例えば左右対称のシンメトリーの文化ですな。中国もそう。陰と陽の二元論で物事を解釈します。日本はそうやない。部屋の片方だけに“床の間”があったり、縁側があったり、日本庭園もシンメトリーやないんですな。どうも日本人は左と右の間にあるもの“間(あいだ)”になにかを感じて、そこを重要視しているんではないでしょうか。

白か黒か。YESかNOか。いうのが異国の文化。日本はまあ灰色があってええやん。
どっちでもええんちがう、というのもあり、ですよね。まあ今の世知辛い世の中ではそんなん言うてられんのかも知れませんが。

でも、どっちでもええんちがうか、いう意味は白と黒の間をさす、つまり間、やないかと思います。

菩薩いうのんがお寺に鎮座しています。観世音菩薩、地蔵菩薩、普賢菩薩、彌勒菩薩…。実は菩薩いうのは釈迦にはなっていない修行中の僧のことです。人と釈迦の間にいる人ですね。それが仏尊扱いされて、仏像になっているところが東洋文化のええとこです。

間、とは空気でもありますな。空気が動くと風になります。

風景とはここからきます。
景色の中に風を見る。同じような意味で風光いうのもあります。

風土というと、その土地の気候や歴史を含んだすべてのありさま、のことを言います。
風格、風采、風体、なんていう言葉は人の見かけを表す言葉ですが、そこにも風、という言葉がある。

雅びやかなことを風韻とか風雅と言いますし、なんやあれ、変わってんな、いうのを風変わりなやっちゃな、と言いますな。ちょっとチクチクと皮肉ったり批判することを風刺と言ったりします。


風紀、風俗、風潮、風靡、風情、風習、風合、風説、風味…。状態とか流れとか、容姿、ありさま、現象、ふぜい、あじ、といったものを風で表す。風とは空気。

そんな空気を持った人とかいますやろ。別にその人が酸素や二酸化炭素をよけい持っているという意味やない。
空気を読め、とか言います。読めない困った人、おりますな。空気を読むとは、間を読むことやと思います。
つまり、間、の文化なんです。日本は。
それが分からない人を、間抜け、マヌケと言います。


kaidanyawa at 23:59|PermalinkComments(1)

2006年09月01日

間とテンポの勉強 in 落語

桐の雄加留斗でおます。

間の話でしたな。

間、を英語にすると次のように分かれてしまうんじゃないでしょうか。

1、隙間 speace,room
2、合間 an Interval
3、休止 a pause
4、部屋 a room
5、時  time while
6、暇  Ieisure、space time
7、調子 timing

これらを総合して、間、という概念を我々日本人は持っているんですな。

間がいい、とは隙間も合間も時間も調子も、すべてがポンと合わさった時に言うんでしょう。間を持つ、というのもまあ、そういうことです。

同じ話をしても話下手な人と、上手な人がいてます。
上手な人、いうのは話の構成力ももちろんですが、間の呼吸なんでしょうね。

間の呼吸があると、かけあい、誇張、対話、キャラの使い分けが表現できるんです。
そしたら話が立体的になる。そうなると話が芸として成り立つんです。

だから、落語で客を笑わせたり、世界に引きずり込むポイントは、やっぱり間です。
私がやっている怪談で、怖がらせるのも実はこの間なんです。
落語好きで、人前で演じたりしてたから実は怪談が語れるんだとほんま思います。語りを意識して書いたのが『新耳袋』なのですから、落語から学んだものは大きいです。

文章でいうと、一行あけるのも間、段落も間、リズムも間。

七五調の独特の日本の詩の感覚も、まさに間からきているわけですよね。
吉川英治の文学、『三国志』『宮本武蔵』なんていう長編も苦もなく読めてしまうでしょう、あれは講談のリズム、テンポ、つまり語りに近いリズムで書いてあるからだと思うんです。夏目漱石も落語をこよなく愛した文人でした。

マンガも同じ。昨年、私の専門学校時代の教え子が『少年ジャンプ』で念願のデビューを果たしたんです。彼も持ち込みをしていた時代、ある編集さんから言われたそうです。

「マンガは間です。その間は落語から学びなさい」

と。間でタメを作るとか、間でテンポを出したり、遅くするきっかけを作ったり、ホッとさせたり、想像力をかきたてたり…。

4コママンガとなると、まさに起・承・転・結という展開の間がキモというわけですな。

そういえば、あの手塚治虫さんは高座着を着て、落語を一席やらはったらしいし、絵を描いて最初のギャラをもろたんは、なんと先代の桂春団治師匠の落語会のポスターかなんかの報酬やったらしいです。赤塚不二夫さんも、サービスにとよく落語をやらはるらしいし。そういや、亡き中島らもさんも落語をやってはった。京極さんも落語大好き人間。まあ、あの『サザエさん』なんて、落語の世界ですしね。



kaidanyawa at 22:07|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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