2006年10月

2006年10月26日

言葉狩りの及ぼす危険性。

 中山市朗です。

 言葉狩りについての考察です。

 何故マスコミは自ら言葉狩りをし、用語規制をするのか?
 これは真剣に考えなければならない問題だと思います。
 しかし、それができない、というのが現状でしょう。
 いや、避けたい、と言った方が正しいのかもしれません・・・。


 言葉狩りは一見コトを解決しているように思いますが、それは話し合う、という場をも奪うことになります。それでは真の解決など望めません。
 言葉狩りは、それを風化させる、という要素になりえるでしょう。
 風化し、忘却させれば、コトは解決します。
 しかし、実際様々な差別はあるわけです。
 今、いじめによる自殺が問題化されてますね。学校や教育委員会がそれを隠匿していて、いじめによる自殺はここ数年一軒もなし、と報告されていたという事実。
 言葉狩りはヘタすると、同じことを生み出しているような気がします。

 しかしこれ、エセ人権団体みたいなのを野放しにしている世間も悪い。
 放送局に差別用語使ったやろ、と、おどして金を請求しよる。
 本当の人権団体なら、お金を要求せずに、話し合いを要求するはずです。
 そんな事件、よく耳にしました。

 言うときますけど、差別を意味する言葉の悪用は絶対いけません。
 しかし、その言葉を使うのが怖い、という風になるのは、結局差別を助長する結果にならないとも限りません。エセ人権団体を野放しにしている原因もここにあります。そのエセ人権団体に税金が投入されていることも多々あります。


 差別は無くさなければならない、というのは理想ですが、人間は自分より下位に位置する人間を作りたがるものです。弱い人間ほどそうですし、権力のある者は、それを作ることによって、人民を操るというのが常套手段だったりします。
 子供のイジメもそれに近い精神作用であり、処世術だと思っています。
 そういうことを勇気を持って叫べない、今はそういう時代です。
 私、禁止用語を撤廃しろ、と言ってるわけでは決してありません。
 公にはあっていいんです。
 しかし、作家からそれを奪うのは、違う、と。


 一表現者として、正直な意見を書かせてもらいました。

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2006年10月24日

言葉狩り狩り・その3

 中山市朗です。

 言葉狩りについて。

 キチガイ、というのが差別用語である。まあこれはわかる。でも・・・。
 時計が狂った、がNG!
 と、いうことは、世の中狂ってる、という言葉も使えない。これ、危険やと思います。
 調子狂っちゃった、なんてのもNG?
 中平康監督、石原裕次郎の名作『狂った果実』は放送禁止?
 高橋洋が脚本を担当した『発狂した宇宙』も?

 実は、私もあったんです。
 妖怪についての原稿。
 "一ツ目小僧"
 編集から言われた。
 「一ツ目は差別用語とみなされますので、カットするか表現変えて下さい」
 あほかーっ! 二つ目にしたら、フツーの小僧やんけ!

 人間の指は五本。
 私の教え子が、ある教材のマンガを担当したことがありまして・・・注文が来た。
 「人物の手の指は、必ず五本描いて下さい」
 はあ?
 「四本指、三本指は、差別的表現となるんでね・・・」
 彼女は注文通り描いたんです。よけいに異物な手になった。当たり前ですわ。そんなん角度や位置によって、五本の指が四本に見えたり、三本に見えたりするわ! マンガの人物は動いてんねんから。
 まあこれ、完成原稿を見てさすがに発注先が、これ変やわ、ということになって、描き直しになったんです。
 迷惑なのは、そんなマンガ描かされた彼女ですな。やりなおし。


 「時計が狂った、がNG。これ、やりすぎでしょう」
 その作家さんの嘆きを受けて、前に座っていた映画プランナーのA氏。
 「私、こういう映画のDVD化に関わりまして『悪魔の植物人間』っていう映画、知ってます?」
 知ってまんがな。中学生の時見た、伝説のホラー映画! DVD欲しい!
 「これ、一時発禁になったんです」
 「そらまた、なんで?」
 「植物人間、いうのがアカンって」
 「は?」
 「これ、あの寝たきりの植物人間とは意味が違います。ほんまに人間が、あの緑の植物になるというアホなホラー映画でっせ? そうメーカーに言うたんですけど、植物人間いう言葉は差別用語やからアカンて」
 彼はそう言いながら、最近別の題名にして、やっと出すことができました、と一枚のDVDを見せてくれました。
 その題名が、
 『フリークス・マン』

 余計アカンやろ!!

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2006年10月21日

言葉狩り狩り・その2

 中山市朗です。

 言葉狩りについて。

 放送禁止用語についてのエピソードは、私自身、放送作家でもありましたので、いろいろな事がありました。
 例えば、あるお笑い番組のオーディション。

 若手コンビがコントを始めました。すると局側のプロデューサーからNGが出た。
 「それはあかん、ネタ替えてくれ」
 「何がNGなんですか?」と、そのコンビはキョトンとした。
 「中国人という設定があかん!」
 「は?」
 確かにコントの設定で中国人が出てきた。でも別に差別のための設定ではなかった、と私は思いましたが・・・。
 「どうして中国人がダメなんですか?」とそのコンビ。
 「お前ら、中国人を差別しとるやろ」
 「そんな意図はありません。見ていただいた通りですけど」
 「あかん、コントの中に中国人を出すこと自体が差別しとるということや。中国人を笑いの対象にしとるやないか」
 「でもこれ、コントやないですか」
 「とにかく中国人はあかん」
 「じゃあ、外国人はコントに出せないんですか?」
 「アメリカ人やフランス人やったらかまわん」
 これ、ほんまの話です。
 ・・・お話になりませんわ。
 放送禁止用語なんて、こんなレベルでもあるんです。

 そういえば、そのお笑い番組をやっていた頃、オウム事件の後やった。
 笑いの題材にはおいしい。
 ところが宗教や教祖の出てくるコント、漫才はそのプロデューサーの一声で、全部ボツになったんです。
 笑いというのは、世の中を皮肉り、風刺するものでもあります。それをテレビ局が潰してしまったんです。シニカルな笑いや、世の中に苦言を申す、といった芸を売り物にしていた芸人は、結局、ヘルスセンターでやるようなネタに替えさせられたんです。
 「ピー入れたらええやないですか」
 と、私はプロデューサーに言ったんですけど
 「あかん。俺の番組では困る」

 いわゆるこれは、保身ですな。
 若い芸人を育てることを意図とした番組だったんですけど、それが二の次になった。
 テレビという媒体に、失望を抱きました。

 そうそう、仏教をテーマにしたバラエティ番組に携わった時、大乗仏教、小乗仏教というのがダメだと言われました。これも差別用語やそうで・・・。


 まあ原因はあるんです。
 テレビの電波というのは、公共電波を使っています。だから、じゃあ観なきゃいいじゃん、という原理は通らないんです。公道を通るなと言えないのと同じです。
 だから規制はしなければならない。それはわかる。
 でも、これはやりすぎると言葉狩りになります。
 言葉狩りは、触らぬ神に祟りなし、という局側の保身的な意味合いが大きいと私は思っています。しかし、言葉狩りが前提にあるメディアに、果たして信頼が置けるかそどうか? 特に最近、この言葉狩りがひどいんです。
 まあ、公共電波だからと言うんなら百歩譲って目をつむりましょう。
 でもね・・・。
 出版社が言葉狩りをするとなると、どうなんでしょう?


 さて、先日一緒に飲んでいた作家さんの嘆きとは。
 「小説の中でね、時計が狂った、と書いたんです。そしたら編集から、狂ったという言葉はやめてくれと言われた。差別用語だからと言われました」

 ・・・・・・

 つづく。

kaidanyawa at 21:10|PermalinkComments(0)

2006年10月19日

言葉狩り狩り・その1

 中山市朗です。

 先日、作家や編集の人たちと飲みながら、ある話題になりました。
 「作家という表現者にとって、あれはやっかいなものだよね」とか。

 それは、実は私も以前からこれはちょっとどうなのよ、と世間に問いたかった問題やったんです。お互いに大いに嘆きました。それは −
 言葉狩り。

 よくテレビ番組の放送で、たまにピーとかバキューンという音が入って、音声が消されること、ありますよね。まあ、あれです。

 中にはプライバシーに関する問題で、人名や企業の名にこのピーが入ることが多いのですが、その他にも電波に流せない言葉というものがあるんです。

 放送コードに引っかかる。
 と、放送業界の関係者は言うてますけど。

 で、その放送電波に流せない言葉とは?
 いろいろありますが、問題は差別用語、とされているのです。

 差別にもいろいろあります。

 人種差別、宗教差別、職業差別、男女差別、部落差別、身体的差別…。
 これら差別を意味、助長する語句は、放送できないということになっています。

 ただ、それら放送禁止用語というのは法律で決められている訳ではなく、各放送局の自主規制なのです。

 例えば、『座頭市』なんてまず放送できない。「ドメクラ!」というのがダメ。
 手塚治虫の『どろろ』なんて、放送不可能?

 ともかく、これはあきらかに差別を意図とわかる言葉は、そらいけません。
 そこにとやかく言うことはありません。
 でも、間接的な言葉もダメなんです。
 “つんぼ桟敷”“片手落ち”…。

 以前、深夜テレビ枠で、私の知らない映画を放送していました。
 新聞のテレビ欄に、それを発見したわけですが、監督がジャン・リュック・ゴダールとある。
 えっ、ゴダール、そんな映画撮ってたっけ…?

 観て・・・なあんや、これ『気狂ピエロ』やん。
 “気狂い(きちがい)”が放送コードにひっかかった! だからフランス語の原題をカタカナ表記にしとったんです。しかし、あれは作品の題名やん!


 一緒に飲んでいた作家さんは、この言葉の規制が出版社にもあると嘆いていました。
 それが笑い話のような、だが大きな問題でした。

 いったい、それは?

 つづく。


kaidanyawa at 14:24|PermalinkComments(0)

2006年10月18日

若いってことは バカってこと・その2

 中山市朗です。

 前回の続きです。

 数年前、私が専門学校の講師をしていた時のこと。学生たちは映画のシナリオを学ぶ若者でした。
 私は、その依田先生から教わったノウハウを講義しました。
 すると一人の学生が、
 「そのヨダとか言うのは何者や?」
 「それがどないした?」
 「ほーう。それで?」

 いくら温厚な私でも、これは許せん!
 「貴様には映画のことを学ぶ権利は無い! この教室から出て行け!」
 珍しく、烈火の如く怒鳴りつけました。
 彼は驚いて、すごすご教室を出ました。

 プロはプロから何かを学ぼうとします。
 ところが学生はプロになりたいと言いながら、プロとは何かを知ろうとしない。
 ちょっとイキって、大人を見下すことで、何か自分が優位になっている錯覚を見る。
 バカですこれは。
 映像を学ぶ者が、映画史に残る名画に携わった脚本家、カメラマンをバカにして、何の得があるのかわかりません。まあ、知らないんですな。でもそれを教えようとしても拒否しよる。
 で、自分で勝手に判断、解釈して、あげくに明らかに遠回りするんです。
 それを注意しても耳を貸そうとしない。
 やっぱりバカです。若いってことは。

 そんな態度で、いったい何を学べるというのか。
 プロ中のプロである高橋洋は依田義堅と聞いて、尊敬の眼差しをし、情報を得ようとした。
 プロを目指すはずの学生は、依田義堅と聞いても、それ誰? とふてぶてしい態度。
 これは、誰が見ても「だからプロ。だから素人だ」としか言いようがない。

 いや、私はそうやない、一緒にせんといて! という若い人もいるでしょう。
 でもね、結局そのクラスの教え子たちは、溝口健二の作品を観れる限り観たとか、宮川一夫が撮影した作品でこんなの観ました、という話をまったくしてきませんでした。
 もう一度言います。映像を学ぼうという学生ですよ?
 何をしてたか? ゲームの話ばっかりしとった。


 で、フランキー堺さん。
 私が学生の頃、当然知っていました。まず『モスラ』に出ていた。『私は貝になりたい』という映画も観てました。いろいろテレビドラマにも顔を出していらして・・・。
 で、大阪芸大の舞台学科の教授でもあられて、学科は違うけれども講義を聞こうと思えば聞けたんです。「フランキー堺の講義、ちょっと聞きに行ってみいひん?」と何度か誘われたことはあるんですけど、結局一度も行かなかったんです。
 で、亡くなった頃、気付いたんです。フランキー堺は凄い役者だったことに。
 当時、どこかで、ちょっとフランキー堺をバカにしてたと思うんです。
 しかし今は、そのことをもの凄く後悔しているんです。
 『世界大戦争』もそうですが、『君も出世が出来る』のあの動きと表情。『幕末太陽伝』『人も歩けば』をはじめとする川島雄三監督の作品でのあの存在感。『駅前シリーズ』のあの味・・・。あんなに凄い役者だったのかと、もう見る度に驚きの連続。
 ああ、知らんかった。
 フランキー堺さんの講義を受けてたら、今、誇れたでしょうな。そして、今やったら一緒にお酒でも飲める機会を無理にでも作ったのになあ。もうそれはできない。

 バカなんです。やっぱり若いってことは。
 まあ、バカでない若者はちょっとかわいくないですけどね。


kaidanyawa at 19:42|PermalinkComments(0)

2006年10月17日

若いってことは バカってこと・その1

 中山市朗です。

 先日、『世界大戦争』という東宝映画について書きました。
 主演がフランキー堺。
 この人の名前を聞くたびにいつも思うことがあります。
 若いってバカやなぁと。

 以前、テレビ観ていますと、爆笑問題の太田光がこんなことを言っていました。
 「若いってことはバカってことなんです」と。
 彼、声を荒げて本気でそう言ってました。きっと今思うと後悔することが多いんでしょうな。
 私もまったく同感です。
 ほんま、若いって、バカなんです。
 ちょっと微発的な言葉かも知れません。
 でも、私もバカな若者時代があったんです。
 今もまあ、それ引きずってますけど。


 私は大阪芸術大学映像計画学科で4年間学びました。
 といっても、ほとんど大学へ行かず、ひたすら映画を撮ったり観たりの毎日でした。
 でも依田義堅(よだ・よしたか)、宮川一夫という凄い人が教授でおられたので、このお二人が教壇に立つ時は欠かさず講義には出ていました。
 依田先生は、溝口健二監督作品の脚本を幾つも担当されていた名シナリオライターです。
 勝新太郎の『悪名』シリーズなども手がけられ、私が大学にいた当時は熊井啓監督の『天平の甍』を執筆されておられました。
 依田先生は、あの「スターウォーズ」のヨーダの顔にそっくりで、ヨーダのモデルになった、という噂が当時ありまして、ご自分でもそうおっしゃってましたけど・・・。
 宮川先生は私思うに、グレッグ・トーランドと並ぶ世界一の名カメラマンです。
 溝口監督の『雨月物語』『近松物語』、市川崑監督の『おとうと』、黒澤監督の『羅生門』『用心棒』などを担当されていました。
 当時は黒澤監督の『影武者』の準備をされ、篠田正浩監督の『瀬戸内少年野球団』の撮影を担当されていました。
 私はこのお二人の名前を見て、大阪芸大映像計画学科への進学を決めたんです。


 ある時、『リング』シリーズのシナリオライター、高橋洋さんとお話していた時、依田先生の話になったんです。私、ちょっと自慢して言いました。
 「僕、その依田先生にシナリオ読んでもらったんですよ」
 すると高橋さん
 「わっ、それは羨ましいですねえ。どんな事おっしゃってました?」
 プロとはこんなもの。
 凄い人を凄いと評価して、そこから常に何かを学ぼうとしています。だから、プロとしてある。
 
 ところが違うんですな、学生たちは。
 これは数年前、私が専門学校の講師として、映像コースの学生にシナリオを教えていた時のこと。依田義堅という名前を出したら、信じられない反応が返って来たんです。

 つづく。


kaidanyawa at 21:02|PermalinkComments(0)

2006年10月16日

日本人の誇りとは?

 中山市朗です。

 北朝鮮が核実験をやっちゃいましたなあ。
 先日、私が受け持っている授業で、塾生たちと『世界大戦争』という映画をDVD鑑賞し、その設定やシナリオ、登場人物について語り合いました。
 『世界大戦争』は、61年に東宝映画が総力を挙げて制作した大作で、第三次世界大戦が勃発したら・・・という空想科学ドキュメントともいうべき傑作です。
 61年というと米ソが核実験を繰り返し、その前年には潜水艦からのポラミサイルの水中発射の成功や、米偵察機がソ連領内で撃墜されたり、あるいは米国のキューバ干渉、ベルリンに東西の壁ができ、日米安保の締結など、第三次世界大戦の危機が現実であった時代でした。

 この映画の宣伝プレスシートにはこう書かれています。

 「最近の国際情勢を見ていると、いつ、どんなことで戦争の危機がはじまるかわからない。もしも第三次世界大戦が勃発したらすべてに終わりがくるだろう。そんな事態を回避するためにつくさねばならないと思う。映画人である吾々はこの映画を作る権利と義務がある・・・」

 つまり世界で唯一の被爆国、日本人だからこそ作らねばならない映画というわけです。
 当時の日本の映画人は立派やったんですな。

 映画は、フランキー堺扮するアメリカ記者クラブの運転手とその家族の平凡な生活、緊迫する同盟国と連邦国の前線の現場、そしてひたすら平和を呼びかける日本政府を対比した構成になっています。特に平凡でささやかな幸福を積み重ねる庶民の生活が、大国のエゴによって引き裂かれていく状況に思わず涙してしまいます。
 東京が水爆の攻撃にあうことは確実となったその時、フランキー堺の娘冴子役の星由里子に、婚約者である宝田明扮する高野が乗り込んでいる笠置から無線を打つシーンがあります。

 サエコ、サエコ、コウフクダッタネ

 星由里子は、船上の婚約者と交信するためにライセンスを取った、その無線で涙ながらに返信します。

 タカノサン、タカノサン、アリガトウ

 本来ならば二人は近い将来結婚し、真の幸福を得る権利があったのに・・・。

 フランキー堺も空に向かって叫びます。
 「やい、原爆でも水爆でも来てみやがれ!俺たちの幸せには指一本ささせねえから!」

 そして平和を訴え続けながら、むなしく来たこの瞬間を、山村聰扮する総理が国会議事堂でひとり待っているその姿・・・。
 この直後、東宝映画のお家芸ともいえる大都市壊滅のシーンが続きます。
 船上で、東京上空に巨大なキノコ雲を見た宝田明たち。
 東野栄次郎の船長が言います。
 「ここで引き返したらやがて死の雨が降り注ぎ、我々はどうなるかもわからない。それでも君たちは、東京へ帰ろうと言うのか・・・、それがいい。私もそう思う」
 そこににこやかに笑いながら名優笠智衆が現れます。船員に熱いコーヒーを入れながら言う。
 「人間は素晴らしいものだがな。一人もいなくなるんですか、この地球上に・・・」
 人物配置が絶妙です。
 そして、決して反戦を言葉で押し付けない、悲しいが救いのある構成。


 監督は松林宗恵。昨年亡くなりましたが、僧侶の資格を持っていた人だけに、無常感のある独特の映像は特筆すべきものがあります。
 未見の方はぜひ見てもらいたい。
 いや、日本人ならば、絶対見ておく権利と義務があるような気がします。


 『世界大戦争』から45年、相変わらず北朝鮮のミザイル発射と核実験の問題が起こっています。ミサイルは日本に向いています。
 憲法改正問題もあります。
 今のままですと、北朝鮮が日本を攻撃した場合、アメリカ軍は同盟国日本を守るために米兵は前線で闘います。しかし日本の若者たちは、その間、ピコピコとゲームをやっている・・・。これでええの? ということは考えんとあかんでしょう。

 私は戦争放棄した日本の憲法は誇るべきものだと思っていますし、そう訴えるのが日本人の義務であると思っています。戦後61年、この間に戦争をしなかった国は、徴兵制度の無い国は、世界を見渡してみても日本しかないはずです。
 でも、世界は、戦争放棄したその憲法を知らんのです・・・。

 それと、まあ金正日政権は、もう滅びますな。


kaidanyawa at 14:13|PermalinkComments(0)

2006年10月14日

日本語独自の「数え方」・その2

 中山市朗です。

 日本語について書いてると、数の話になってしまいましたが・・・。

 さて、これは太平洋戦争たけなわの文部省内。
 小学校の教科書を軍事色で塗りつぶすことになって、少年英雄記を一年生の教材にしようとして、実際こんなやりとりがあったそうです。

 ソレカラ桃太郎ト犬ト猿トキジト、カレラ四人ハ舟ニ乗ッテ鬼ガ島ヘ渡リマシタ。

 ここで一人の編集者から「待った」の声が。
 「桃太郎は人間だが、犬、猿、キジは動物だ。従って四人ではない。一人ト三匹ハ、と表記しなければ、正しい国語は教えられんじゃないか」

 で、直した。
 桃太郎ト犬ト猿トキジト、カレラ一人ト三匹ハ・・・。

 すると別の編集者から「待った」が。
 「犬と猿は一匹二匹でよいが、キジは一羽二羽と数えるのが正しい日本語です」

 で、また直した。
 桃太郎ト犬ト猿トキジト、カレラ一人ト二匹ト一羽ハ・・・。

 するとまた「待った」が。
 「どうもこれでは、数え方は正確でも文章として体を成さんではないか」
 う〜ん・・・。

 で、数を排除したというんです。
 桃太郎ト犬ト猿トキジト、ミンナイッショニ舟に乗リ・・・。

 これに決定しました。


 私、思うんですが、宝物をエンヤコラ、とぎょうさん持って帰るんやから、舟じゃなくて船で行ったんちゃうか・・・?

kaidanyawa at 01:29|PermalinkComments(0)

2006年10月12日

日本語独自の「数え方」

  中山市朗です。

 日本人の語彙力。ほんまにユニークですな。


 横山ホットブラザーズの漫才で、こういうのがあります。

 「日本語が一番難しい」
 「そんなことあるかいな。英語の方が難しいで」
 「いや、日本語が難しい。例えばモノの数を数えるのが、外人にはわからん」
 「例えば?」
 「英語やったら、ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、これしかない」
 「そらそや」
 「そやけど日本はモノによって違ってくる。例えば人やったら、ひとり、ふたり、さんにん・・・マイクやったら、いっぽん、にほん、さんぼん・・・車は、いちだい、にだい、さんだい・・・ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ・・・いっこ、にこ、さんこ、よんことか、いろいろあるやろ」
 「動物やったら、いっぴき、にひき、さんびき、よんひき・・・」
 「これがまた外人には分からんねん」
 「なにがやねん」
 「いっぴき、言うさかい次は、にぴき、かいな思うてたら、にひき。ほなら次は、さんひき、かいな思たら、さんびき。次は、しびき、や思たら、しひき、やて。ぴきなのか、ひきなのか、びきなのか・・・」


 続いてこんな漫才に展開していきます。

 「ほならたんすの数え方知ってるか?」
 「そんなん知ってるがな。たんすは、いっこ、にこ、さんこ」
 「あほ、たんすは、ひとさお、ふたさお、みさお、や」
 「ひとさお、ふたさお、みさお、いうのは竿竹やないか」
 「竿竹は、いっぽん、にほん、さんぼん、しほん」
 「いっぽん、にほんは、お箸の数」
 「お箸の数は、いちぜん、にぜん、さんぜん」
 「いちぜん、にぜんは、ご飯のお替わりや」
 「ご飯のお替わりは、いっぱい、にはい」
 「いっぱい、にはいは、阪神の敗けの数・・・」


 これ笑い事やない。たんすの数え方、ひとさお、ふたさおって、知ってました?

 じゃあ、ウサギは?
 いちわ、にわ。なるほど。
 じゃあ、スズメは?
 やっぱり、いちわ、にわ。
 しかし浄瑠璃の『先代荻』の中に出てくる動揺には、こうあります。

 スズメが三匹とウまった。

 これ、間違いやと指摘した人、誰もおりません。

 じゃあ、牛は?
 一頭、二頭?
 一匹、二匹?

 なら、マネキン人形は?
 ひとり、ふたり?
 一基、二基?
 一体、二体?
 一台、二台?
 一個、二個?
 なら仏像は?

 寄席に行ったら落語家は一席、二席。でも漫才は一席、二席とは言いません。

 「電話一本、ちょうだい」
 電話の最初は一本。でも二本目からは数え方、違うようになる。
 「二回も三回も電話したのに出えへんやん」
 二本も三本も、とは言いませんな。

 喫茶店でおしぼり、来ます。
 ビニールの袋に入ってる段階では、一本、二本、やないですか?
 「お姉ちゃん、おしぼり、もう一本ちょうだい」
 でも、手を拭くのに広げると、一枚、二枚になりますな?

 拳銃やマシンガンは一丁、二丁。
 豆腐も一丁、二丁。
 昔の日本男児はフンドシしてた。これも一丁、二丁・・・。
 町は一丁目、二丁目・・・。
 丁って、なに?

 刀は?
 一本、二本? 二本差し、言います。
 一刀、二刀? 二刀流、言いますやん。
 鞘から抜けば、一振り、二振りとも言います。

 考えてみれば、私たち日本人は、自然に、その場に合った数え方を選択してるんですな。用途とか、微妙なニュアンスで使い分けてるというか。でも、これを正確に数えようと意識すると、きっと、わけ分からんようになります。

 

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2006年10月06日

言葉が文化を作る・その2

 中山市朗です。

 さて、日本語を表意する文字というもの。
 カタカナについて。
 まあ、外来語表記というのがまず頭に浮かびますけど。

 いま、映画の題名が覚えられません。というか、イメージが湧かない。原題名をそのままカタカナ表記にするもんやから・・・。
 『ハッカビーズ』『バタフライ・エフェクト』『ラストフロント』『トランスフォーマー』・・・、どんな映画かイメージ湧きます? いや、観たいと思います?
 以前、知り合いの映画宣伝部の人に、ちょっとしたタイトル付けるの、工夫せんとあきませんよ、と言ったことあるんですけど。

 昔の映画の題名は、ほんまに漢字やひらがな、カタカナの並びで映画の世界観やジャンルがわかった。
 『史上最大の作戦』『パットン大戦車軍団』『戦略大作戦』…あっ、戦争映画や、とわかる。『ザ・ロンゲスト・デイ』『パットン』『ケリーズ・ヒーローズ』では、何やわからん。
 恋愛映画は『慕情』『旅情』『旅愁』『終着駅』『昼下がりの情事』・・・。
 『いちご白書』『卒業』『グリニッジビレッジの青春』となれば、青春映画。 『暗黒街の顔役』『夜の大走査線』『キッスで殺せ』『地下室のメロディ』は、フィルム・ノワール・・・。
 昔の映画の題名は、何かそそりますな。

 戦前のこと、今は亡き映画評論家の淀川長治がユナイト映画の宣伝部にいた頃、『STAGE・COACH』という題名の映画が来た。
 「ステージ・コーチ? 舞台監督の話か何かかしら。まあ地味そうな映画やね」と言っていたらしい。
 で、観たらインディアンの追跡はあるわ、決闘はあるわの物凄いアクション西部劇。それで『駅馬車』と題名を付けたら、それがヒットの要因となった、というようなことをラジオでおっしゃってました。


 さて、明治になって、日本にはドッと西欧風のものが物といい、思想といい、芸術といい、入って来ました。
 イエスズ会の宣教師同様、それらを日本語に変換しなければならない。今やったらメーカーか広告代理店の人間が考えたりするものを、結構、文士たちが懸命に考えたようなんです。そうして着実に日本語にしていったんです。
 機械、機関車、自動車、電気、電灯、電話、靴、鞄、万年筆、写真、映画、音楽、博覧会、科学、喫茶店、百貨店、歌劇、舞踏会・・・。
 見事な日本語ですな。外国語から来たものの名前に、そのままカナを当てるという芸の無いことはしなかったんです。メカとかカーとかエレクトロニックとか。
 そうしなかったところが、明治の人たちの慧眼やと思います。おかげでこれらは、日本の文化に完全に溶け込んだんです。

 こういう言葉の発明をさせては天才的だったのが森鴎外やったそうです。
 交響曲、協奏曲、奏鳴曲を、シンフォニー、コンチェルト、ソナタに対して訳したのも彼。世紀とか文学、進化という言葉を発明したのも鴎外だったと、ドナルド・キーンが『日本文学の歴史』の中で指摘しています。

 野球、という言葉が好きです。ベースボールじゃちょっとねえ。プロ野球、という響き、ゴロが、あれだけの人気をもたらせた原因やと思います。
 安打、本塁、一塁、二塁、遊撃手、ナイター・・・。スポーツ新聞の見出しに、逆転満塁サヨナラホームラン!・・・。見事日本のスポーツになった。
 サッカー、フットボール、ラグビーはそのまんまカタカナをあてちゃったんですな。そういえばボクシングのことを私の小さい頃は拳闘、テニスを庭球、言うてましたが、こっちは死語になってもうた。

 日本の語彙能力は、なんか面白いですな。


 ところで、野球の名付け親は、正岡子規やと誰かから聞いたか読んだかして、長いことそうやったんやと思っていましたが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』の中に、それは子規と一高の同窓の中馬庚だったと言われる、とありました。


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2006年10月05日

漢字・ひらがな・カタカナ・ROMA字…

 中山市朗です。

 何か、落語について書いていたら、そこから間の分析、間の語りへの応用、文章への応用、いつの間にやら日本の文字や文学についての考察になってしまいました。
 塾生諸君も大勢これを読んでくれているみたいなので、まあ、補講やと思って読んでもらえれば・・・。


 さて、日本の文化について、もう少し考えてみましょう。

 漢字、ひらがな、カタカナ、ROMA字。
 なぜ日本語には、表記の方法がこんなに多いのでしょうか?
 それには、ちょっと歴史を紐解く必要がありますな。

 漢字はもちろん中国で発達した表語文字です。その発祥は紀元前十五世紀まで遡るようです。まあ、この頃の漢字は象形文字に近いですけど。
 この漢字という文字、聖徳太子の頃、六世紀後半には日本に入ってきていました。
 「冠位十二階」や「憲法十七条」は、おそらく(原文が無いので推測ですが)全面漢字表記だったと思われます。法隆寺の仏像の表記や、財帳記録などは、漢字表記ですから。
 で、この後、律令だの戸籍だの中国に倣った制度ができまして、その記述が漢字で表記されるようになったわけです。ところが戸籍係や出納係といった下っ端の役員たちは、難しい漢字が書けないわけです。
 で、伊をイに、呂をロに、止をトに、と省略して記したんです。これがカタカナの始まりなのです。

 ひらがなは、平安時代の貴族のインテリ女性たちが、歌文を書くために発明したもののようです。
 一音節一文字として、以をい、呂をロ、仁をに、という具合に。
 当時の宮中の女性たちが、文字の形にやさしさや、やわらかさ、使いやすさを追求した結果でしょうな。当時はこの文字を、をんなて、と称したようです。
 ということは、日本語を変幻自在に変化させる今のコギャルの資質は、実は平安時代からのDNAなのかも知れません。
 でも、平安中期には、かなと漢字を交えた表記が見られるようになります。男性たちも女性たちの言葉に迎合したんでしょう。
 カラオケで、若い子の間ではやっているポップスを無理して歌って、女の子の気を引こうとするおじさんの心境(?)なんでしょうか?

 カタカナは、官庁が書類作成用に作られた漢字の省略字。
 ひらがなは、歌を詠んだり、気持ちを表す文体語。漢字のくずし字。
 そう考えれば、何となく使い分けている意味が分かってきそうです。

  全軍、真珠湾ニトツゲキセヨ!
 上層部から打電してきた命令という感じ。

  全軍、真珠湾に突撃せよ!
 飛行隊長が部下に口で命令したという感じ。

 ローマ字の起源は古代ローマ。ただし今のような二十六文字表記になったのは、十五世紀頃なんだそうです。それまではJとかUが無かったらしい。
 十六世紀、日本にイエスズ会の宣教師が来た。彼らは黄金の国ジャパンの詳細を日記という形で、バチカンにどんどん送ったんです。そう、スパイ行為です。
 そして幾つかの日本の古典文献も、印刷されて送られていたらしいんです。でもこの場合、日本語のまま送ってもバチカンは分からない、だから、日本語の発音を無理にアルファベット表記に変換するしかなかった。これが、日本語のローマ字表記のはじまりでした。
 江戸時代の鎖国ではローマ字は全面排除されていた・・・というより外国人の日本語表記法だったので、わざわざこれを使う日本人はいませんわな。
 でも、明治以後、このローマ字が再認識されます。日本という国が世界に出て行き、理解し、されるためには、日本語のローマ字表記が最適だと思われたようです。
 で、あの「日本ローマ字会」とかいうのが発足するわけです。


 そして、今まさに、ケータイの世界に侵食する、ギャルたちの絵文字というヤツ。
 これ、ひょっとしたら目くじら立てたらイカンのかもしれません。
 平安貴族の女性たちが作った、ひらがな、みたいになるのかもしれません。

 すると、これからの日本語表記は、
 漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字・絵文字?
 わあ、一つ増えた。

kaidanyawa at 22:00|PermalinkComments(0)

2006年10月04日

迷走した日本語文化・その4

 中山市朗です。

 明治の文化大革命・・・標準語の制定。
 お母さん、という言葉は、明治になって文部省が作った言葉だった・・・。
 これを思うと、ちょっと日本語が奇異に感じますな。
 いったい日本語というのは、新しいのか古いのか。
 ともかく”東京山手の上流層の言葉”から発信した標準語が、今、我々が書いたり読んだりしている書物の文語体を統一させたんです。長いことかかって、ですけど。
 当然、口語体とは違うニュアンス、あるいは伝わらない部分も当所は山積みのようにあったわけです。それまでは無かった言葉も発明しないとあかんし。

 それを克服するために、二葉亭三迷は、三遊亭円朝の落語の口語体から、いろいろひっぱって来たんです。また、泉鏡花や夏目漱石も寄席に通って落語を聴き、それらを参考にして、自分の文章を確立させていったんです。
 漱石でもって一応、日本語の文語体が完成されたと言えますな。
 よく言われるのが、漱石流に書けば、小説も、論文も、随筆も書ける・・・。
 漱石は、日本語の恩人である。まあこれも司馬遼太郎の言葉ですけれども。


 ところで、徳川宗賢(むねまさ)という言葉研究家で、当時大阪大学の教授をやっていた人が、司馬遼太郎との対談で面白いことを言っています。

 源氏物語といえば、日本の代表的な古典作品ですけれども、与謝野晶子とか谷崎潤一郎とか円地文子とかが訳していますね。ある人に私言ったんですけども、紫式部の直系の子孫がいるのかどうか知らないが、あれを京都弁で訳したらどうだろう。そうすれば、もっとうまく訳せるんじゃないかって・・・。

 そういえば、平安時代の書物なんてほとんど平安の都。つまり京都で生まれたわけですから、道理ではありますな。『古事記』『日本書紀』といった日本最古の歴史書は、まあ言うたら奈良で書かれたわけですしね。古典は関西生まれ。
 もし、明治政府があの時京都にあったなら、標準語にもう少しは関西弁が使われていたのかもしれませんな。
 二葉亭四迷も関西にいて、上方落語を聴いていたら・・・。

 だって、関西弁で文章書いたら、漢字変換、妙なことになり増す年。

kaidanyawa at 22:32|PermalinkComments(0)

2006年10月03日

迷走した日本語文化・その3

 中山市朗です。

 もう少し、標準語についての考察を。


 司馬遼太郎が、日本文学の学者であるドナルド・キーンに「お母さんという言葉はいつできたのですか?」と尋ねられたことがあるそうです。
 そういえば・・・。

 歌舞伎では「母上」、江戸落語では「おっかぁ」という。大阪の船場では「おかあはん」、郊外へ行けば「おかん」、京都のお公家では「おたあさま」、伊勢では「あまあま」・・・。
 英語なら「マザー」、ドイツ語なら「ムッター」、韓国なら「オムニ」と、他の国ならそんなに母の呼び名はない。おそらく日本には、何百、何千もの母を意味する言葉があって、それを「お母さん」に統一したのは、明治政府と認めざるを得ない・・・。
 司馬遼太郎は、おそらく「お母さん」という言葉が国定教科書に出たのは明治三十二年のことではなかったか、と推測しています。

 幕末に、日本に藩は二百七十ほどもあったんです。
 それぞれが、まあ勝手な方言や訛りでしゃべっていた。意思は通じにくかったと想像されます。お母さん、という言葉すら、統一されていなかったんですから。


 ウチの塾生に限らず、専門学校の講師をやっていた頃から、「なんで若いヤツらは議論ができんのやろ」と、いつも歯がゆい気持ちになっていました。ディスカッションやらせても、なかなかモノ言わんのです。黙ってる。
 その時よく冗談で「今、大阪で一番静かなとこ、ここやで」と言うんですけど。
 じゃあ、何も考えてないのかというと、それが案外そうでもないんです。
 休憩時間になって「実はさっきの議題、私こう思ったんですが・・・」、て、来るんです。なんでさっきの時間にそれを言わん!

 でも彼らだけやなく、日本人全体が議論ベタ、と言われていますな。
 私は議論好きな方なんで、いろいろ吹っ掛けることがあるんですけど、それ、人によってはケンカ売ってるように見えるらしいんです。わしゃ、平和主義者や。


 以前、カラヤンという音楽界の帝王と呼ばれていた大指揮者が亡くなった。その時、彼が統率していた世界一の楽団、ベルリン・フィルハーモニーの次期監督を決めるのに、全楽団員が集まって夜通し討論したらしいんです。その中に土屋さんという楽団員がいて、NHKのインタビューにこう答えてはりました。
 「まあ、ドイツ人の議論好きにはヘキエキしました・・・」

 議論好きなお国柄、苦手なお国柄、まあいろいろあるんでしょうが、日本人は概して議論が苦手とされてますな。
 その原因の一つに、日本語が口では伝えにくかったということがあるようなんです。
 日本国内でも方言、訛りで、何を言ってるのかわからん・・・。と、言って通訳介すほどのものではない。外国語ではないわけですから。
 そうすると、打合せや、議論の場では口数が少なくなる。で、宿に帰って、「あやつは何を言っておったのだ」と紙に書いてみる。すると何とか判ったんだそうです。ですから、江戸時代の資料、文献がだいぶ今に残ったんです。
 口によるコミュニケーションをあまり信じずに、文章に信用を置く、という活字コンプレックス日本人の根源が、何か見えてきそうです。

 しかし、その文章表現に革命が起こったのが、明治という時代。
 司馬遼太郎は、この革命を、文化大革命だと称しています。


kaidanyawa at 18:42|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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