2008年04月

2008年04月28日

『幽』の取材

 中山市朗です。

 26日、約一年ぶりに母校、大阪芸大のキャンパスをうろうろとしました。
 同伴者は、北野誠氏、担当のRくん、カメラマンのSさん、塾生Tくん。

 そう、以前から告知しておりました『幽』に連載している「やじきた怪談旅日記」の取材であります。
 『新耳袋』の源流は、この大学にあることは確かです。
 ここに、奇妙な怪異が幾度と起こり、色々聞かされ、木原とも会ったわけです。それが『新耳袋』を生んだのは事実。後輩の大迫純一くんも『あやかし通信』なるものを執筆しているので、ほんまにここは怪談、怪異の宝庫やったんですな。
 それで、今なお怪異は語り継がれ、怪異はあるのかを検証しようとしたわけです。
 案内してくれる学生がいたはずなんですが、何故か連絡が取れなくなったということで…

 突撃取材しかない、ということで、昼間のキャンパス内を探索し、歩いていたり学食や広間にたむろしている学生たちにいきなり取材しました。
 これがまあ、ほとんどの学生たちがキャンパスに噂される怪異を次々に口にしたのには驚きました。
 芸大怪談はまだ語り継がれていたんです。
 そしてそこに、ある法則が。
 その法則こそ、芸大怪談の謎を解くカギやったんです。
 それにしても広くなりましたなあキャンパス。行ったり来たりしているうちに歩き疲れてしまいました。
 でもあの芸術劇場、とかいう大きな建物のあたり、私が通っていた頃は墓地やったんでっせ。なんともおまへんのやろか。

 そして、ここにも行かんとあかんやろ、K寮!
 『新耳袋』にも何度か登場しているK寮にも潜入。
 まだあるんやこの建物。
 住人と接触できました。
 ところが、ここで思わぬハプニングが!

 そして、奇勝「どんづるぼう」へも行きました。
 ここも芸大近くにある当時から色々噂のあった霊スポット。
 夜、暗くなってから訪れたのですが、ここでちょっとした些細な現象がありまして。
 私も含め、全員が「なんだそんなことか」という日常の現象。
 ところが取材を終えて、みんなで飲みながら「あれは、ほんまにそうやったんか」という話になったんです。

 北野誠いわく、「そう思うよりほか、説明がつかんやろ」
 私が言う、「そやけど、それおかしいやろ」 
 誠「うん、おかしいとは思う」
 私「なら、あれはなに?」
 誠「…でも、それしかないやん。みんなそれで納得したやん」
 私「そのときはな。でも今考えると…」
 誠「そやけど、その可能性も無しではないやろ」
 私「あの場所で?」
 誠「…あの場所では無理やな」
 私「じゃああれは…」
 
 そんなやりとりを散々した挙句、誠氏の一言。
 
「あの、どんづるぼう。ひょっとして、最強の霊スポットかもしれんな…」

 何があったのかは、6月発売予定の『幽』VOL.9、にて明らかにします。
 アシスタントとして塾生Tくんがビデオをまわしていたので、きっとそれに収録されているのでは、と思っています。Tくんがビデオを持って帰っているので今のところ未確認なんです。
 ほんま、あれはなんやったんやろ…

 ともかく私には懐かしく、楽しい取材ではありました。
 協力してくれた学生諸君、ありがとう!  


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2008年04月24日

4/23の小説技法と桐の一門飲み会

 中山市朗です。

 今週のネトラジで取り上げているように、先日、桐の一門の総会が開かれました。
 飛田の「百番」で飲み会ですわ。
 これは大正初期に遊郭として建てられた建物が、そのまま残っているというもので。
 緋毛毯の敷かれた廊下、今じゃありえない屏風絵、銀色の壁、回廊建築、太鼓橋が架かっている、と大正ロマンの雰囲気ばっちり!

 そこで会席料理や鍋料理が楽しめるという。
 桐の一門は私、総帥の桐の雄歌留斗に、桐のうだん、うさん、はてな、闇のかなた、ええとこ、ぐだぐだ、もぎり、ぎりぎり、よぎり、はこぶた、はなを、というメンバー。

 中には塾を辞めたり、連絡不能の人もいて。でもまあ一人として破門した覚えはないので、いつでも戻っておいで。

 ここに今回は新弟子が4人。
 桐のびわこ、でじたる、おたく、びょうぶ、と命名しました。
 なんや、みんな楽しそうです。
 落語はほんま楽しい、おもろい、ためになる。
 気軽に楽しみましょうや。
 塾生でなくとも、興味ある方は入門可能です。
 総会のあとの二次会は、新世界でのホルモン焼き!
 やっぱサイコーでんな、大阪の味は!


 さて、23日の小説技法の報告です。
 東京から原稿の依頼を受けたFくんはお休み。新塾生のSくんは本格始動です。
 
 そのSくんの小説。
 はじめて、というわりには悪くはない。普通もっとグダグダなんですが。
 彼は本来はグロ系小説を書いてみたいらしいのですが、課題ではあえて自分を広げるためにありふれた日常をテーマにしてみたとか。だから主題より、情緒的な文章や、流れを読んでもらいたいというのですが。

 ちょっと方向性がわからない、とか、情緒的な雰囲気というのはわかるが、話に起伏がない。そこは狙っていることもわかるけど、読み手にそれが伝わらないのでは・・・という意見も出て、一方で「でもこういう世界観好きですよ」という意見も出たり。

 ただ、問題になったのがルビの問題。

 陽射し【ジャマモノ】、映画【ユメ】、現実【コト】、喫茶店【カフェ】、童貞【チェリー】、雰囲気【オーラ】、地上【コッチ】といった具合。まあ文脈の前後の関連でふられたルビなので、なるほど、と思うものもあるんですけど。

 やっぱりちょっとうるさい。
 それにセリフに使われると・・・。

「ちょっと勝手だね【オカシナハナシ】」
「いや、そんなことないよ・・・」

 これは、実際にはどちらの言葉で言っているのかわからない。するとそっちに気を取られてしまう。

 Sくんは「歌の歌詞にあるじゃないですか」と言うけども。
 まあ歌詞や短編だったら有りかもしれません。しかしこれは課題をこなしていくうちに200枚、300枚の長編になる。そうなるとこのルビが延々続くのはきっとしんどくなる。

 これ、わりとあるんです。小説の初心者に。
 漢字に別のニュアンスのルビをふったり、普段使わないような漢字を雰囲気で使ったり・・・。でも、それは小手先のこと。もっと主人公の心情や動き、ストーリーの語り、テーマのユニークさを試してもらいたいんです。

 Nさんも色々考えています。
 前回までに指摘されたことを整理して、色々流れを考えたと言います。
 で、今までとガラリと変わって、主人公の一人称だったのが、他者が説明する三人称に文体が変わった。文体はよくなったし、読みやすくなったの確かですが・・・。

 これ、18禁の官能小説だったのでは?

 そういうシーンがまったくなく、エロくない。それに話に起伏がなく「起承」で終わっている感じ。本人も「ここまで読んで、これ18禁かよーって、自分でも思います」との弁。

 書きたいことを整理する必要があります。
 ただし、この三人称の文体はOKです。これを使うと、いずれ表現される、ちょっと趣味に合わない、あるいは生々しすぎる描写を、目をそむけたくなる行為を、客観的なユーモラスな視点、シニカルな見方というもので表現できるかもしれない。Nさんの個性を考えると、その方が独自の作家性が出るような気がします。

 なにか掴んだな、という感想。

 Iさんの小説は、非常に完成度が高くなってきました。文体、描写力には問題ない。
 ただ、登場人物の動きや、生活感に問題がある。
 主人公の彼氏は、妊娠した主人公を故郷に連れて帰って、やさしく彼女を見守るのですが、この彼は何で生計を立てているの? 何をしに故郷に帰ったの? がわからない。女性から見れば理想の彼氏なんだけども、男から見れば「ありえねえ」ってパターン。

 それとセリフの問題。
 舞台は大阪、彼女の故郷は岡山。彼氏の故郷は兵庫県の北部。まあ特に違和感はないんですけど。それでも田舎に帰った彼も、家族もみんな標準語というのはいかがなものか、という指摘が出ました。

 Iさんは、彼はミュージシャンで格好つけているんだ、というのですが・・・。
 世界観とか、流れでいうと、Iさんの小説で方言が飛び交うのは確かに避けた方がいい。しかし、それではなぜ関西が舞台なのか。故郷が岡山県や兵庫県である意味があるのか、となります。

 こういうときは、家族とのやり取りの中に少し方言をいれる。それで違和感はなくなります。彼女や友達の前では標準語で格好つけている彼も、オカンの前では方言のため口になる。そのギャップというのが、そのキャラをますます立たせる要因になるはずです。

 Oくんのオタクアクションコメディは、第二章に入ってとうとう戦闘態勢に入った。オタク文化が否定され、法律や条例で様々な規制をされ、マンガやアニメ文化が崩壊せんとする日本にあって、主人公たちが講事堂を占拠し、マスコミをおさえ、皇居に攻め入ります。その展開は面白いんですけど、第一章からあまりに話が飛びすぎて、わけがわからなくなってる。どういう状況でオタクの若者がテロ組織を結成したのか。何に向かって怒っているのか、の説明が不足しています。それにセリフ回しが同じキャラが標準語で喋っていたかと思うと、ベタベタの関西弁になったり・・・。

 オタクが演技している、あえて相手や状況によってその言葉(アニメ言葉を含めて)を選択してやり取りしているというのは、まあ私にはわかるんですけど、どうも混乱させている部分もある。いずれもちょっと説明不足なんです。

 だから次回には、第一章と第二章をつなぐ部分を書くようにと指摘しました。おそらく、その文章が第二章の冒頭部分にあたるはずです。

 
 Tくんの、作家バトルものは、設定とキャラ表でようやく世界観がまとまってきた。まだ色々と突っ込みどころもあるし、矛盾もあるんですけど、ここでいくら直してもしょうがない。小説に戻るように指示しました。

 みんな確実に腕も考え方も、そして向上しようという意識もあがっています。
 ちょっと楽しみではあります。
 くじけず、めげず、投げ出さないをモットーにすれば、デビューは決してユメではないと思います。

 くじけて、めげて、投げ出したヤツ、あまりに多く見てきましたからな・・・。
 
 





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2008年04月21日

塾生KとFの持ち込み大作戦

 中山市朗です。

 先日の作劇塾ブログにあるように、東京にマンガの持ち込みをしていたKくんが帰ってきました。実は東京から電話があって、色々持ち込みの相談を受けてアドバイスをしていたんです。

 『少年チャンピオン』の担当がついたらしい。
 とは言っても、デビューが決まったわけじゃないので、勝負はこれからです。

 先月東京に行っていた作家コースのFくんからも笑顔の報告が。
 ゲーム雑誌から記事の連載をもらったとか。
 彼はゲームの歴史について詳しく、またゲーム業界の人たちにも取材をしたりしているんです。そのゲームの歴史について連載するのだそうです。

 ライター志望の人は本当に多い。東京の出版社には原稿を書かせてくれという人が次々と売り込みにきます。ここに手ぶらで行ってはダメ。かと言って、私の書いた作品です、と原稿を先方さんに渡しても、なかなか読んでくれません。笑顔で受け取って、本人が帰ったところでゴミ箱へドサッ。てなこともありえないことではありません。

 企画書を持っていけ、とFくんにアドバイスし、企画書の書き方がわからないんなら、俺が20代に書いた企画書を貸してやるから参考にせえ、とファイル一冊持って帰らせました。

「どうやら、その企画書が利いたみたいですよ」とFくん。

 企画書が書けるということは、仕事ができますというアピールにもなるし、簡単に読めて、そこからその人の資質や考え、切り口、やりたいこと、リサーチ能力、そして文章力なんかが瞬時に判断できます。
 
 小説やマンガは企画書で、とはいきませんけど。
 しかし、ライターとして出版社や編プロと仕事をしながら、小説を書けばいいと私は思っているんです。ここで信用がつけば文芸担当の人に会わせてもらうこともあるだろうし、原稿を仕事のスタンスであげることも学べる。編集会議に参加できるし、何よりモノを書くことが仕事になるんですから。

 それに小説家ばかりが作家じゃないですから。ルポ、エッセイ、評論文、解説文、ノンフィクション、シナリオ、色々あります。このあたりなら、企画書とサンプルになるものがあればオーケーです。

 どこかの雑誌でも新聞でも、自分の書いたものを読者に読んでもらえるなら、積極的に動くべきです。そして掲載しているうちに人気が出たら、一冊の単行本にということだって考えられます。そうなったら立派な作家です。
 イラストだって、出版社や編プロに限らず、ポートフォリオにして常に持ち歩くことが必要です。ただ描いているだけでは永遠に仕事はきません。
 大阪にだって出版社や編プロはあるわけですから、どんどんとみんなもFくんのように営業をかけるべきです。

 ど〜もね、みんな遠慮してるのか、怖がってるのか、面倒くさいのか、意識がないのか、そういうことしまへんな。
 そのくせ、つまらんつまらんと言いながら、コンビになんかでバイトしとる。
 そしていつまで経ってもデビューできない。

 私なんか、バイトもサラリーマンも真っ平ご免でしたから、就職活動はまったくやらず、大学卒業したら映画やビデオ作品、テレビ番組なんかの企画書をどっさり持ってあちこち周るしかなかったんです。
 それでメシ食うしかない。
 そら周りましたわ。

 東京のテレビ局、ビデオメーカー、映像制作会社、映画会社、出版社のメディアミックスや、映像の事業部・・・
 仕事になったものもあり、でも大半はボツ。しかしここから人脈もできて、業界の面白さを知って、ほんでまたお金のない頃、うまいもん食べさせてもろて、お酒も飲ませてもろて、色々社会勉強もできて。

 そう言うと、必ず返ってくるのが「僕(私)、人の前では緊張しちゃうんです」
 当たり前やん。誰でもそうや。
 でも書く仕事をしたいんやったら、するしかないやん。
 結局、自分の作品を出版社に営業をかけないまま道を諦めて、どこかに就職して営業部に回されたりして。
 
 そういや以前、専門学校の教え子だった男から電話があった。

「先生、お久しぶりです」
「おう、どないしてん?」
「はあ、・・・あの、先生んとこ給湯器いりません?」
「給湯器? そんなもん、前から置いてあるわ」
「だったら先生のお知り合いで、業務用の給湯器買う人いませんか? もしご紹介していただけたら、先生にマージン15パーセントお渡しできますよ」
「・・・お前、マンガの持ち込みいっぺんもやらんかったけど、今給湯器の持ち込みしてんの?」
「はあ・・・まあ」
「楽しい?」
「つらいっす。給湯器なんてなかなか売れません。でも売らんと給料出えへんのです」

 泣けまんな。



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2008年04月17日

4/16の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 作劇ゼミの報告の前に。
 
 堀口さん、大阪芸大に関する情報ありがとうございました。
 芸大周辺も、私が通っていた頃とは随分変わりましたなあ。
 明るくなって、スクールバスはキャンバスの中まで入っていく。
 昔は手前で降ろされて、心臓破りと言われた坂を汗を拭き吹き上がっていって。
 もっとも、芸大そのものはあんまり変わらない印象です。
 去年、久々に学食でカツカレーを食べました。
 「ああ、これこれ」と懐かしき味。
 まだまだ芸大の“怪”についての情報お待ちしております。
 できましたら、26日当日、取材同行していただける人がおられましたら大歓迎です。

 さて、作劇ゼミです。
 4人の見学者が参加での講義です。
 
 この日の議題は“スペシャリストになれ”でした。
 作家性という言葉があります。

 この作家の小説が好き、この人のマンガが好き、というのがありますね。
 その「好き」というのはなんでしょう?
 文体? 絵柄? それもあるでしょう。
 でも、その作家の世界観というのがおそらく好きの要因でしょう。
 で、その世界観というのは、あっと驚く衝撃であったり、綿密な歴史考察であったり、うんちくであったり、その切り口であったり、色々あるでしょう。

 それはその作家の思考と感性の技術の集積です。
 その思考について考えました。

 で、塾生に質問。
 キミは、これについて語らせたら一晩じゃ済まないよ、というモノがありますか?

 そしたら見学者のAさんが手を挙げました。

「チャゲ&飛鳥について語ったら、一晩じゃ足りません」

 それです。
 チャゲアスについての魅力をずっと語り続けられるのなら、それをそのまま文章にしてみましょよ。そして、あなたのチャゲアスについてのただならぬ思いがあるのなら、チャゲアスに何とか接触して取材してみましょう。きっと「他のファンです」という人たちの知りたいこと、思いもよらないエピソード、その人生観などが聞きだせると思うんです。それが切り口です。

 それ、一冊の本になりません?
 なりますよ。

 でも、チャゲアスについて語ったら一晩じゃ足りないというのなら、きっと日本のフォークソングについても語れるはずだし、演歌についても語れるんじゃないですか?
 すると日本の歌謡曲、ポップスについても、チャゲアスから考察することだってできるはず。チャゲアスについて語るなら、そこを避けては語れないでしょうから。
 それがスペシャリストの道の第一歩です。

 その一晩語れるモノがあるか、という問いだったわけです。
 ただし、勝手に語って相手を退屈させてはなんにもなりませんわな。
 チャゲアスについてまったく興味のない友人に向かって、一晩中退屈させずに朝まで聞かせて「なんかチャゲアス聴きたくなってきたわ。今度コンサート行くとき誘ってや」と言わせるのは、テクニックですな。

 このテクニックを学びに、作家やマンガ家志望の学生が、専門学校とかウチにやってくるんですけど、それは方法論。何についてのテクニックを駆使するかが大事なんです。
 好きで好きでたまらんものがあると、その思いを伝えたくなる。それを原稿にするのが作家です。
 
 その思いを伝えるテクニックは、それぞれ異なるんです。
 小説家やマンガ家の人たちが、実は小説やマンガは教えられない、という根拠はここにあるわけです。きっとその作家の先生方は、それぞれの方法論でやってきたんでしょうから、それが他人に当てはまるとは限らないし、自分で模索し試行錯誤してきたことですから、そう簡単には伝授できない。
 でも、このことについて語りたい、書きたい、伝えたい、という思いがあるのなら、それを効果的に伝える方法はアドバイスできる。それが教える方の本音です。

 私などは、'90年に『新耳袋』を書いたときには、ちゃんとした怪談はなかった。
 でも友人から奇妙な話が。芸大周辺には幽霊目撃談が絶え間なくあると聞かされて、「これなんとか伝えたい、怖がらせたい」という思いがあったわけです。

 作家になりたいという思いは、正直なかったんです。
 で、その思いを原稿にしたら、出版されて、結果作家になった。
 そんなもんです。
 作家になりたいとくる若者たちは、たいてい逆なんです。

「作家になりたいです」
「何を書きたいの?」
「さあ…」

 これではいつまで経っても作品はあがりませんわな。
 こっちとしても作家になりたいんなら、ただ書け書けとしか言えない。そしたら、その「書け」という言葉が重みになって辞めていく。ぎょうさん見てきました。そういう作家志望の人、というか作家に憧れている人…

 だから何かについてのスペシャリストになる、これが本当の作家への道だと思うわけです。プロの作家になれば一冊だけ、では済まされません。ずっと書き続けるためには、それが必要です。それが幹となって枝葉になり、実や花を咲かせるわけです。

 幹がなかったら実はならんですわな。
 じゃあ、そのスペシャリストになるには何をすべきか。
 スペシャリストとはどういうものか。

 そういう話をしました。
 この日は珍しく9時に終了。いつもはこっちが熱弁して、気がついたら9時半、10時てなことになるんですけど。

 実は、授業が終わると塾生が主催しての交流会があったんです。
 新塾生の歓迎と、新しい学期が始まったことを兼ねての飲み会だそうです。
 見学の人たちも一緒にどうぞ、ということで心斎橋のイタリア料理店(激安!)に集合。奈良テレビのプロデューサーの方も顔を見せられて。

 見学の人たちとも親しくなり、そのまま二次会は私の書斎で。

 年はとりたくない、ですな。
 いつもはオールナイトなんかへっちゃら、の私が、気がついたら寝てた。
 いや、感覚としたら気絶してた、という感じです。

 19日には、塾の落語会メンバー、桐の一門の交流会が飛田の百番(大正時代のおそらく芸者の置き屋だった老舗店)で行なわれます。
 きっとオールナイトで、2次会は新世界のホルモンで、ということになるでしょう。

 新世界のホルモン焼き、おいしおまっせ。

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2008年04月10日

4/9の小説技法

 中山市朗です。

 9日の小説技法の報告です。
 新塾生Sくんが初参加。マンガ家志望のSさんが見学という形で参加。彼女は小説も書いています。

 まず告知から。

 今月26日(土)に『幽』連載中の「やじきた怪談旅日記」の取材とあいなりました。今回は大阪芸大周辺に潜入します。
 私と北野誠の凸凹コンビ(?)にカメラマン、担当のRくん。ここにアシスタントとして塾生が一人加わります。希望者は塾のホームページに張り付けるレポートを書いてもらうことが条件なので、こんなレポートにしたい、という企画案を来週の作劇ゼミ終了後までに提出すること。

 これも実践のひとつです。

 とにかくプロの中に入って、現場を共にし、与えられた仕事をちゃんと期限までに全うすること。これが何よりの勉強になります。
 でもまあ、楽しい現場ですから。
 ところで芸大近辺の霊スポットについて詳しい方、情報をお持ちの方、案内してやろうという方がおられましたら、是非ご一報を。第七K寮はまだあるのかな?

 それから山田誠二監督の『新怪談裸女大虐殺・化け猫魔界少女拳』のDVDが送られてきました。一昨年の夏ごろに撮影され、うちの塾生がスタッフとして関わっています。私も女体を食らうゾンビ役で出て殺されています。京極夏彦氏も語り、音響、編集をやっています。

 “世界の山田誠二監督が贈るコスプレ残酷ホラー大絵巻”だそうです。

 まあ、その通りの内容。
 WHDジャパンより発売中です。

 さて、合評です。
 みんな詰まっているのかな?

 Tくんは小説の中の矛盾を解消させるための設定、キャラ表を作ってもらっていますが、ここでも矛盾が解消されていません。出版社が裏組織として作った作家が出版権をかけて格闘技を繰り広げる世界、展開、アイデアは面白いんですが、なぜ出版社がそんなことを仕掛けたのか? その組織はどうなっているのか? 作家たちはなぜ文句も言わずに戦うのか? そして10年経つと作家たちがサバイバル生活を強いられている。その世界の背景は? 流れは? 出版界の状況は? メディアは? 経済は? 国民の生活水準は? 色々なことが説明できないと、この矛盾は解消されません。いわば、これはファンタジー小説と同じ理屈で構成されねばならない、つまり、ひとつひとつの世界を自分で作り、組み立て、その世界に人を住まわせるんです。それも現代世界を元として。
 でも文化人とされる作家たちが、ローマ帝国時代の剣闘士みたいな生活を余儀なくされている世界観は捨てがたい面白みがあります。

 Nさんの官能小説も、期限内に書けずにプロットが提出されました。
 官能というより、アブノーマルな世界が強調されています。ますますパゾリーニです。ただ、ちょっと色々なことを詰め込みすぎて、これは限られた枚数では収まりません。最初からザッと突っ走るストーリー・テリング、というものも読者を惹きつけるには必要なテクニックではありますが、この小説はもっと主人公の心情を細かく書き込むべきです。自分はノーマルだと思っていた性癖が、だんだんと壊れていく状況が読ませどころですし、そこがテーマです。

 Оくんの、おたくの主人公が活躍するアクションコメディも次のステップ、とまではよかったのですが、途中で息切れ。いきなりオタクの連中が集まって反政府運動をしているんですが、ちょっと脈略がわからない。コミケや同人誌が法規制によって消滅してしまった事に対する戦いなのだとは思うのですが…。
 新参加のSくんが矢継ぎ早に質問をしています。

「この組織の資金はどこから出ているんですか?」
「彼らの真の敵は政府なんですか? それともテロを起こした組織なんですか? その組織とはなんですか?」
「米軍が介入しているようですが、これは日本の中に戦争を持ち込むことを意味していますが、それはありえることなのですか?」

 これは小説、虚構の世界なのですが、だからこそその虚構の基礎はきっちりと作りこむ必要があります。Tくんの小説とまったく同じです。
 Oくんは、そこをわかっているようなんですが…

 Iさんの小説は、一度最後まで書いた上での再稿です。
 主人公の心の動きにきっかけを与えるためのシーンが増えています。その理由は説明されて理解はできたのですが、やっぱり取ってつけた感があってしっくりと来ない。その他、細かい心理の流れ、恋人との微妙な感情のやり取り、彼の両親との関係など、繊細で微妙な描写が求められます。そこは巧いんですが展開がもうひとつしっくりいかず、ちょっと模索しています。

 Fくんもプロットと設定表を提出。ただし期限内に間に合わなかったので、次回に回します。

 いずれもより高い次元を求められ、あるいは自ら求めることによって、いい意味では当初より向上心が生まれ、よりいいものを、という姿勢が見られます。
 ただ、悪い意味の点も出てきています。
 それは、試行錯誤しているうちに原稿にできませんでした、というもの。
 今回、ちゃんと小説を書いてきたのはIさんだけ。
 何度も言うように、原稿が期限内にあがらないということは、どんな事情であれ、プロでは許されないことです。

 ここを肝に命じて

 




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2008年04月09日

チャールトン・ヘストンさんの訃報

 中山市朗です。

 ハリウッドの大物俳優、チャールトン・ヘストンさんが亡くなりました。
 大好きな俳優でした。

 未公開のデビュー作『DARK CITY』を中学のときサンテレビで『虐殺の街』という題名で観て以来、観れる作品は全部観ました。
 ギリシア彫刻から抜け出たような、あのマスク、肉体。

 演技がどうとか、そんなものを超越して、スクリーンに映っているだけでそれが映画になる人でした。
 昔はジョン・ウェインとかゲーリー・クーパー、クラーク・ゲーブル、ヘンリー・フォンダなんて、いるだけで映える本当のスターというのがいました。
 ヘストンは確実にその一人で、最後の一人でもありました。

 その役が、それを物語っていました。

 聖書の世界のイスラエル人の救世主モーゼ(『十戒』)、キリストを洗礼するヨハネ(『偉大な生涯の物語』)、キリストに守られるユダヤの王子(『ベン・ハー』)、スペインの英雄ロドリゴ(『エル・シド』)、天才芸術家ミケランジェロ(『華麗なる劇情』)、西部の英雄バッファロー・ビル・コディ(『ミズーリ大平原』)、それにマーク・アントニーを2回、アメリカの大統領を3回も演じて、人類が滅びても地球最後の男として生き(『オメガマン』)、地球を爆発させて消滅させてしまう(『続・猿の惑星』)のでした。

 まあ、この役歴は普通の俳優じゃできませんわ。

 この他、オーソン・ウェルズ監督の傑作フィルムノワール『黒い罠』なんていう素晴らしい映画もありましたし、また、デビュー早々で主役のサーカス団の団長を演じて、アカデミー作品賞を獲った『地上最大のショウ』や、傑作西部劇『大いなる西部』なんかでも20代後半から30代ながらジェームズ・スチュワートやグレゴリー・ベックといった先輩の大スターを相手に、すでに貫禄を示していました。

 それに『黒い絨毯』なんていう特撮ものに出て、『猿の惑星』『ソイレント・グリーン』などSF映画にも出た人。SF映画なんて『猿の惑星』以前には大物俳優が出るということのないジャンルでした。

 アメリカ俳優協会の会長を務めたり、親日家でもあったり、人格者でもあったんです。まあ、晩年は色々あったようですけど。

 マコ岩松、伊丹十三、三船敏郎、別所哲也と日本人俳優との共演も多い人でした。
 ご冥福を祈りながら『エル・シド』を観ています。



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2008年04月07日

シナリオの授業とTくん

 中山市朗です。

 4日のシナリオ講座の報告です。
 毎月第1、3金曜日の夜7時から、私の書斎で行なっている、いわばボランティアのカリキュラムです。
 詳しくは、07年10月22日のブログをお読みください。

 ただ、この日から入塾のUさんが、仕事の都合でどうしても7時には間に合わないということで、シナリオを受講している塾生全員の了承を得て今回から7時30分からの開始となりました。
 臨機応変に対応できるところも、うちの特色。
 Uさんは実は10年前の専門学校の教え子なんです。
 当時からシナリオを書かせると素晴らしかったんですよ。
 何も教えなくてもちゃんと最初からシナリオになっている。みんなここで苦しむんですけどね。ストーリーの展開もうまく、内容もおもしろい。セリフ回しも、人物配置もうまい。そして映像としての落としどころもちゃんとある。ユーモアもある。これは天性のものですな。

 ところが、学校を卒業してすぐ結婚して、子供ができてその後連絡も途絶えました。もったいないなあ、と思っていたんです。
 そしたら、10年ぶりの再開。そして復帰。
 『怪談の間』にお客さんとして来てくれたとき、私と久々に会ったらふつふつ学生時代夢見たシナリオ作家への道を歩んでみたくなったというんです。
 彼女は子供を抱えて仕事をやりながら、遠くからの通いとなります。
 それだけに、そこまでしてうちに来るからには、私としてもなんとか力になってあげたい、と思うわけです。

 もう一人、この日から古株のTくんが参加(よくブログに登場する小説家志望のTくん、マンガ家志望のTくんとは別の塾生です)。
 彼は途中1年のブランクがあったり、今回も半年ぶりの復帰。
 きたり、こなんだり。
 彼はシナリオ作家志望で「それ以外になる僕は考えられません」といつもの口癖です。ところが私から見れば、それは「口だけ」としか思えない。
 だからこの日はTくんへの最後の勧告のつもりで、みんなの前でのお説教から始まりました。このことはTくんだけじゃない。Uさんや他の塾生にも肝に銘じておいてもらいたい重要なことです。

「お前はシナリオ作家に本気でなりたいんやね?」
「そうです」
「で、普段何やってんの?」
「シナリオを書いています」
「……あのなあ」

 と、私の怒りが湧き上がります。

 黒澤明監督は、映画を学ぶなら現場しかないと、『乱』で研修生を3人採りました。
 私もまったく同じ思いなんです。何度もこのブログでも書いてきたように、プロへの一番の近道は、プロの人間とコラボをすることです。
 また、塾を知る私の友人、仲間たちもその方針に大いに賛同してくれて、彼らの協力があって様々な現場が過去4年間塾にきました。

 山田誠二監督が二度に渡って映画の現場での現場実習の場を与えてくれました。特に二度目の『化け猫魔界少女拳』ではシナリオの段階から塾生が参加できました。予告編の制作まで任されて。

 関西テレビ+CS京都の『京都魔界巡礼団』や奈良テレビの『怪談の間』といつたテレビ番組制作や、東京の映像メーカーによる『怪怪怪』の制作の現場もあったし、ソニー・ミュージックやキングレコードといった映像メーカーのプロデューサーとの交流もありました。夢人塔や聖会といった業界人の集いや、アートポリス、CO2といったインディーズ映画の支援、上映、プロとの交流といったチャンスをくれるプロジェクトとのコラボの話もありました。吉本興業の若手お笑いライブの映像収録も毎月のようにあります。
 何人かの映画監督やプロデューサー、映画やゲーム雑誌の人たちが、わざわざ東京から足を運んでくれて塾生との交流会に参加してくれました。その気があるなら、と色々な打診もくださります。

 私は芸大に4年間いましたけど、当時こういう現場はまったくなかったんです。
 だから私からすれば、これを当たり前の環境だと思ってもらいたくない。
 ところがTくんは、ことごとく現場や交流会のチャンスを逃してきたわけです。
 まず、現場にいない。交流会にも顔を出さない。シナリオ作家を目指しながら、昨年現役の劇作家・古嶌宇市さんが特別講師としてこられたときにも、やっぱり彼はいなかった。

 声はかけているんです。

 特に『怪談の間』では構成をやってくれと。
 番組構成は、「取材してまとめる」という仕事です。基礎体力がつくし、映像の仕組みも覚えられる。プロの業界のルール、流れ、スタッフワーク、ダメ出しなんて教室に千回通っても絶対体感できないことです。しかも、番組制作にかかわると名前がクレジットされます。すると履歴ができる。それだけチャンスも当然巡ってきます。

 しかし彼はやらない。
 彼の中ではテレビ番組の構成と、映画の脚本は違うという考えがあったのでしょう。
 しかしこの世界で重要なのは、何度も言いますが人との関わりであり、仕事をこなすスキルです。これが最終的に信用という一番大事なものを生むんです。少なくとも、ここでちゃんと仕事をやっていれば、見る人はちゃんと評価してくれます。それが自信にもなる。

 特にシナリオなんて、映像化されないことにはなんともなりません。
 するとTくんは、自分の書いたシナリオを買ってくれて、映像化してくれる人を自力で捜すしかないんです。それはシビアな世界です。無名のシナリオ作家の企画やシナリオを、何千万、何億という制作費が発生するプロジェクトとして採用してくれるプロデューサーなんて、めったにいません。実績のない脚本家が、一体どうやってそんなプロデューサーや業界人と会えるというのでしょう。私はその苦渋を舐めながら、20代は色々な人に会って営業をかけたんです。その経験があるから塾を作ったんです。

 Tくんはそこを理解しているはずです。
 彼自身に、何度もそう注意をしてTくんのチャンスだと思ったら周りに頭を下げてでも、彼が入り込めるようにセッティングしたんです。

 でもTくんは、その現場から何とかチャンスをモノにしようというハングリーな精神がなかったんです。
 「やれ」と言われたことはやるんです。しかしそれ以上のことはない。
 塾生ですから、別にすごいことを期待しているわけではありません。ただ、与えられたチャンスをなんとかしようという姿勢、気構えがあればいい。失敗はしてもいいんです。ただそれは、前向きな失敗であれば。失敗を重ねて、怒られて、初めて成長するんです。

 でも、その気が見られないし、周りもアイツ大丈夫かという顔になる。
 彼がやらない分、誰かがやらなければならない。
 それをTくんは気づいているのか、気づいていないのか、平気でスルーしている。
 そうなるとTくんを使っている私も、周りもしんどくなる。
 Tくんが現場にいることによって、私が「助かった」という実感もない。ただ、負担だけが残る。だったら「もういいや」という気持ちになる。

 Tくんに言いました。
 「この広い世界で、シナリオ作家になりたいというお前の味方をしてるのは俺だけやぞ。だったらもっとアピールせんか! 業界の人との橋渡しできるのは、お前の周りには俺しかおらへん。その俺がコイツは使えんと烙印を押した途端、お前はもうアウトや。俺の中ではアウトの宣告が出た。今後、お前に手を差し伸べる気は毛頭ないし、人に会わせる気もない。そうするとシナリオ作家としての道は途絶えるやろう。ただ、塾にいる限りは現場もあるし、業界人も来る。その人たちとは俺は仕事をする。そこにどう自分から入って、アピールするかやで。でも、もう俺は知らんからな。自分でアンテナ張って、自分で動くことやな」

 まあ当たり前のことですけど。
 でも、それを言わないとTくんはこのまま年を重ねるだけです。
 今のままでは100パーセントシナリオ作家の道はない。
 たとえ、シナリオコンクールで優秀賞を取ったとしても、今の根性や思考では、この雑多な人種がいる業界ではとても生きていけない。
 Tくんに必要なのは、「コイツのためなら投資してもええか。いっぺん勝負に出たろか」と思わせる人物になること。それには情熱や、やる気だけではダメ。綿密な計算と、大胆な行動力、人の気持ちを汲む心、そして、共に創る仲間を作ることです。
 
 Tくんはこのブログを読んでるだろうから、あえてこれを書いてやるわけです。
 Tくんは今一度、これまでのことを大いに反省して、一切の甘えや「苦手だからやらない」という態度は改めることやな。

 夏に映画を作るとか言うてたけど、塾生との交流すらしていないキミのために、時間を割いてでも「Tくんのためなら」と言ってくれる塾生が果たして何人いるかやで。

 そして映画ができたとして、それをどう展開させるのか?
 完成して教室で塾生に見てもらって終わり、でいいのか?
 今のままやったら、そうにしかならない。
 キミの今の現状の凝縮が、もうここにある。

 とにかく、俺はもうキミは使わんからな。
 今度は自分から「使ってください」と頭を下げることや。

 そして、このことはTくんだけやない。
 全塾生にも、今一度肝に命じてもらいたい。
 これは重要なことです!

 


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kaidanyawa at 14:02|PermalinkComments(0)

2008年04月03日

4/2の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 新年度(といっても我が塾にはあまり関係ありませんが)最初の授業、作劇ゼミの報告です。新しい塾生が入ってきたことと、古株メンバーには初心を、ということで「クリエイターになるための条件」について示唆しました。
 ただ、マンガ家や小説家はクリエイターであることは違いありませんが、注文されたテーマや内容を、キッチリ期限内に仕上げるという職人であることを忘れてはなりません。

 俺の作品はわかるヤツだけわかればいいんだよ、という考えは駄目。
 そういう意味で純粋な芸術家とはちょっと違うわけです。
 そこを認識した上で…

 さて、塾生に質問してみました。
 プロのクリエイターになるには、何が必要か?
 塾生たちの手が挙がります。

「技術でしょう」
「訓練の積み重ねです」
「好奇心です」
「プロ意識です」

 皆さんはどう思いますか?
 確かにそうだという気はしますが…

 じゃあ、野球大好きで阪神ファンのTくんに訊きましょう。
 
 プロ野球選手になりたいと、PLなり、大阪桐蔭なりに入ります。で、甲子園大会に出て注目されます。その注目選手がドラフト対象選手となり、どこかの球団に指名されます。このとき、球団はどこを注目し、何をもってその選手を指名するのでしょうか?

 技術?
 ドラフトの対象になる選手ですから、技術はみんなもっているでしょう。

 訓練の積み重ね?
 訓練していないという選手がこの中にいますかねえ。

 好奇心?
 まあ人として大切なことですわな。

 プロ意識?
 確かに大切なことですが、漠然としていませんか?


 Tくん、うーん、と腕を組んで考えています。
 要するに、打って、守って、走れる、という技術をつけるための訓練なんていうのは、プロを目指す者なら日々のことであって、ドラフトに指名される選手くらいになると極々当たり前のことでしょう。
 じゃあ、ドラフトの目玉になる選手ってどんな人たちなのでしょうか?
 Tくんの応援する阪神タイガースには、どんな選手に来て欲しいのか。

 それは、並外れた長打力であったり、オリンピックの短距離走選手並みの走力であったり、150キロ近い剛速球であったり、高校通算打率6割、じゃないですか?
 そんな選手が球団は欲しいし、観客はそんな選手のプレーが見たいわけでしょう。
 お金が取れる、つまりプロとはそういうものです。
 普通に打って守って、という選手は、やっぱりスターにはなれない。たまに代打に出るくらいにしかなれないでしょう。
 つまり、何かのスペシャリストであることが要求されるわけです。
 ホームランのスペシャリスト、三振をとるスペシャリスト。年間50盗塁はするスペシャリスト。ヒットを量産できるスペシャリスト…

 マンガ、小説の世界もそうなんです。

 ある有名な経営者がインタビューにこう答えていたことを覚えています。

「人はいるけど、人材がいない」

 人材とはスペシャリストのことです。
 
 ごく普通に仕事がでいる人は、何万人、何十万人といます。
 でもそのレベルでは、プロの作家やマンガ家にはなれんわけです。
 マンガ家志望の人が編集の人に「キミの得意分野は何かね?」と訊かれて「マンガが描けます」と言っても「そら、あたりまえや」と言われるだけで、なんのアピールにもなりません。普通の感覚、常識の範囲内に留まっていたのではいかんわけです。
 わかるかな、言ってること。

 普通とは常識とは何か、です。

 例えば普通は会社やお店に就職する場合に必要とされるものは、履歴書です。
 ここで高学歴なら就職に有利というヤツですな。この常識に縛られているから、みんな難しい試験問題を解くだけのための勉強に明け暮れたわけです。親は言うわけです。いい学校に入りなさい。いい成績を取りなさい。
 これが今の常識。
 でもマンガ家になりたいんですと、超一流大学卒業と記した履歴書を集英社や講談社に送ったところで、マンガ家にはなれません。いや、相手にもされずに即ゴミ箱行きです。出版社に持ち込みをして「履歴書を持ってきましたか?」と尋ねられることもありません。東大卒でも原稿が面白くなければ駄目なんだし、中学生の描いたものが面白ければ即掲載です。

 つまり、世の中の常識の価値観の中にいたのでは、通用しない世界なんです。クリエイターの世界というのは。高学歴だの偏差値だのブランド品だの、そんなものは世間がつけた価値観。作家の仕事はその普通の価値観の中に生きている人たちに「あっ」と思わせる驚きや感動を与えることです。これはある意味、常識を超えた価値観、常識の世界とは違う視点、という思考が作家側にないと難しいことなんです。

 1作や2作までは読者をだませても、続けるとなればその作家独自の世界観や表現力がないとプロとして長生きできません。
 その独自性、つまり個性が、作家性と呼ばれるものなんだと思うわけです。

 これが野球で言う、ホームラン打者、とか、奪三振王とかいう部分ですね。

 私の周りにいる作家と呼ばれる方々は、マンガ家にしろ小説家にしろ、脚本家、映画監督、芸人さん、役者さん、みんな独特な個性をお持ちです。やっぱり普通じゃない。
 その普通じゃない価値観、モノの捉え方、表現の仕方、思考性というものを読者や観客が期待している。そういう世界なんです。

 だから生活費が苦しいから、といってバイトを増やしているような感覚では、デビューすら危うい。生活費が苦しかったら頭を捻れ、人脈を作れ、もっと夢に向かって走れ、です。

 では、どうしたらその常識に捉われない独自性や個性を身につけられるのでしょうか?

 ここを今回の授業のテーマとしたわけです。

 まあ新聞に書いてあることすら疑えと。
 東京落語界の大御・立川談志さんがこんなことをおっしゃっていました。

「新聞で信用できるのは日付だけ」

名文句。
 この価値観あって、あの芸があるんですね!




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kaidanyawa at 21:08|PermalinkComments(1)

2008年04月02日

作劇塾5周年記念

 中山市朗です。
 4月1日で、作劇塾創設5周年とあいなりました。
 この日は私の生誕日にも当たりますので、塾生たち十数人が私の書斎を訪れてくれて、お祝いパーティが行なわれました。

 我が書斎に二基ある囲炉裏に火をつけて、炭火焼肉です!
 そこに今やマンガ家として活躍している専門学校時代の教え子や、怪異蒐集局の紗那氏、紙舞氏も飛び入り参加。碧さんからもメッセージをいただきました。
 みなさん、ありがとう!

 一応、夜の22時で〆となったのですが、大半の塾生はそのまま朝まで居残り。
 こういう場で、塾生の本音を聞いたり、悩みを聞くというのも塾生を預かる私の仕事だと思っています。中には投稿用の原稿を持ってきていた塾生もいて、宴会の途中でアドバイスを求められ、マンガの駄目出しをしていました。まあ、少しお酒も入っていましたので、それが適切なアドバイスだったかは…?

 でも、みんな入塾してきた頃には、映画はヒットしているものしか観ていない。古典芸能は接したこともない。本も今流行のライトノベルズを少し、太平洋戦争のことさえ何も知らない、というのがほとんどだったんですけど、1年くらいうちにいると、もう大変。
 日韓の問題が話題になり、キューブリック監督や先日亡くなったSF界の大御所、アーサー・C・クラークんみついての熱き話になり、いつの間にやら上方落語の話題になりと、まあみんな濃い話をしてくるんです。けっこう、けっこう。

 あとは、そのこだわりや思いが作品に生かされれば…

 
 さて、5年目の作劇塾。
 昨年度に入ってきた塾生に、珍しく熱いのが何人かいてるんです。
 彼ら彼女らは模索しながらも、色々試していたり、見たりして、方向性も定まりかけてきていますので、そろそろ成果を出さんといかんな、と思っています。もっとも出すのは塾生自身ですけれども。

 せっかく苦労してデビューしても、消えてしまった塾生もいます。
 デビューが目的ではなく、プロ作家になって生きていくための第一歩にしか過ぎない、という自覚を持ってほしい。

 そして、いつでも塾という場所や、そこにある人脈を利用してほしい。
 
 ここは専門学校じゃないんだから、卒業して終わり、では意味がない。
 私も一緒に仕事ができる人材さえ育てば、一緒に仕事がしたいし、一本の作品をマルチな角度から見て、大きな作品にするとか、出版社と組んで何かを仕掛ける、ということができればもっと作品創りも面白くなると思うんです。

 しかも、それを大阪から発信したい、というのは私の理想でもあるんですけども。

 ただし、“成す”ためには、信用のおける人になっておくこと。
 作品のスキルも大事ですが、それを仕事としてこなせる信用という問題は、それ以上に大切なことです。

 まあ、共に面白いこと、やっていきましょうや。


 今後4月だけで、

 ○11日 塾生リクエスト、名画鑑賞会(中山宅書斎にて)
 ○19日 桐の一門交流会(飛田百番)
 ○未定(下旬) 北野誠との雑誌『幽』の取材同行(大阪芸大周辺を取材する予定です。情報をお持ちの方や、協力してもいいよ、という方がおられましたらご一報ください)
 ○28日 お笑いライブ『キタイ花ん』見学(吉本興業若手お笑いライブ、塾生は無料&グッズ制作、販売)
 ○29日 大阪市青少年文化創造ステーションでの怪談イベント『全ての怪談の始まり其の弐』に私がゲスト出演。
 ○30日 捜作空間(新旧合わせた塾生交流会、作品展)

 とまあ、面白いこと目白押しでっせ!

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kaidanyawa at 19:50|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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