2008年05月

2008年05月26日

23日のシナリオ講座

 中山市朗です。

 最近、入学希望者でシナリオを学びたいという人が何人か出てきました。
 一応、作劇塾のカリキュラムは小説、マンガがメインとなっていますが、ちゃんとシナリオのカリキュラムもあります。

 第一、第三の金曜日。教室ではなく私の書斎にて行なっています。
 シナリオを書くには、映画もちゃんと観ておかないと、ということで第二金曜日は映画鑑賞会。これは塾生のリクエストにより運営しています。

 授業はシナリオライター志望だけじゃない。マンガや小説家志望者も受けられます。というか、マンガ制作にはシナリオは必須でしょう。
 シナリオとはビジュアル化(映画やテレビドラマ、マンガ、舞台)されることを前提とした設計図です。
 今のプロの世界では、ストーリーマンガにはほとんど原作がついています。ストーリーは原作者が、それを作画するのがひとりのマンガ家を中心とした集団。メジャー誌になればなるほど、この傾向は顕著になっていきます。
 だからシナリオを書けなくても、読んで絵にする、という頭は必要なわけです。
 どちらにしても、シナリオを学ぶ必要性はあります。

 ところが、今塾のシナリオを専攻しているのは、主に小説を学んでいる塾生が中心。マンガ家志望の諸君、大丈夫?
 ちゃんとシナリオ書ける? 読める? キャラクターを動かしたストーリー作りできる? シナリオを元に原作者と打ち合わせできる? 演出できる? 連載モノは手がけられる?

 シナリオの勉強をしておいて、得することは山ほどあれど、損することはひとつもないはずなんですけど…。

 さて、23日もシナリオの授業が行なわれました。
 本来は16日が第三金曜日なので、この日が授業だったんですけど、この日は『新耳袋殴り込み』のロケに参加していましたので、一周ずれたわけです。
 やっていることは小説技法と同じく、書いてきたシナリオを合評をしています。
 最初は「シナリオってなに?」という人が多いので原作を与えています。
 私の『新耳袋』から何話か抜粋して、5分のシナリオにすることから始まります。
 5分、というのはキングレコード=BSiでドラマ化されていた『怪談新耳袋』と同じフォーマットです。5分の中でキャラを立たせ、ストーリーを展開させ、怪談ですからゾッとさせるモノがなければならない。
 これがどうやら難しいようです。

 原作をただシナリオに書き直せばいいんじゃなくて、シナリオ(映像化)にするならば、ビジュアルに転化させるための仕掛けがなければならない。そのためには原作をバラして再構築する必要があるわけです。それに、ゾッとさせる恐怖感、というものをビジュアルとして表現するのも、一筋縄とはいきません。
 以前、ある塾生はひとつの題材をシナリオにするために大格闘していましたが、一年いじくりまわして、完成せずに辞めていきました…

 テクニックというより、これはセンスの問題なのかなあ、と。

 センス…これはおそらく幼少時代の微妙な感情の揺れ動きの受け止め方や、周りの環境、そしてバランス感覚といったものの総合的な資質にかかってきます。
 教えられるものではない…
 ただ磨くことはできる。
 色々なものを観て、聞いて、体験して、それらを分析し作品に転化させる。これを続けることで磨かれます。続けられる、というのもセンスかもしれませんけど。

 4月に入塾してきたUさんには、このセンスがキラリと光っています。
 前にもこのブログで書きましたが、10年前の専門学校時代の教え子です。彼女は卒業後、結婚して、子供ができて、離婚して…。結婚式のとき、私は祝辞を読んだんですけど、「シナリオを書く才能があるのに…」というようなことを言ったのを覚えています。
 結婚式の祝辞じゃないですが、私はウソはつけないので…
 そしたら10年たって、なんの因果か塾にカムバックしてきたというわけです。

 今回、課題として書きあげられたシナリオを読んで、これはセンスがあると唸るしかなかったんですよ。10年のブランクはほとんど感じさせない。
 5分間のストーリーが非常に簡潔で、セリフのやりとりがスムーズなんです。そこにユーモアもあるし、キーポイントの示唆もある。そこに説明的なものはなにもない。会話と動きだけで構成されます。そして恐怖の演出と適度なお色気。ああ話が終わったと思った瞬間に、もう一度くる恐怖。

 第一稿でほぼOK。
 彼女にはさっそくデビューを視野にいれたある提案をしました。これはもう、ちゃんとプロのプロデューサーに判断を委ねるしかない。そのプロデューサーは私の知り合いなので、ツボも押さえどころもわかっています。とりあえずそこを目指せと。
 あとは彼女が書くだけです。
 それと覚悟。彼女は今、フツーのOLで小さな子供を持つママさんですから。

 さて、今月30日は私の書斎でオールナイト・スペシャル上映会が催されます。
 黒澤明監督の娯楽時代劇3本立て!

『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』

 これは私の運命を変えた3本なんです。
 高校生の私が、田舎から絵の勉強をしようと大阪へきて、ふらっと入った梅田シネマ1(今のナビオ阪急の前の建物にあった)でオールナイトでやっていたんです。
 そして観終わった翌早朝、絵の世界へ行くよりも映画の世界へ行くことを決心したわけなのです。大阪芸大の美術から映像に志望変更して、翌年映像計画学科に入学します。
 その3本なんです!
 特にこの3本は、パソコンの画像やフツーのテレビモニターで観てほしくない!
 100インチのハイビジョンでしょう!
 
 というわけで。
 長らく授業を受けていない塾生も。先週「シナリオ志望なんですけど」と見学にこられた方も、遠慮なしにどんどん参加してください。
 夜7時頃からの上映となりますが、途中から鍋を囲みながらの鑑賞になるかも。
 上映後は、熱き映画芸術論を!

 前もってお断りしておきますけど、3本見終わった頃には終電はとっくに出ていますから、そのつもりで。


中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。


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2008年05月22日

5/21の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 19日の作劇ゼミの報告ですが、その前に。
 昨日の作劇ブログにあったネトラジ収録時のときの、私の大爆笑の原因ですが、おそらくパーソナリティを担当していた塾生猪名山くんのダダスベリがあまりにも素晴らしかったときの笑いが聞こえたんだと思います。
 芸術に近いスペリだったんですが、本人の要請でNG。もう一回録り直してそちらの方が来週配信されます。でも、メンバー一同は「あれはNGにすべきではなかった」とちょっと後悔。ダダスベリの深みにずぶずぶはまっていく猪名山くんのキャラクターがキラリと光ってむっちゃおもしろかったんですけど。

 さて、このネトラジのメンバーは今4人。この4人が元気で成長が著しいんです。
 その原因は。
 まずテーマ出し。これが身の回りにある些細な出来事に注意するという気構えが起こります。それをネトラジ用の流れにはめて構成台本にするわけです。話の展開、膨らませ方を考えるんです。マンガ、小説の構成法、展開にもこれは生かされます。そして自分達がマイクの前で話すわけですが、これが絶対台本どおりにはいかないし、そのほうがおもしろい。アドリブが入ったり、別の話に移行したり、進行が滞ったり。ここには瞬発力が求められます。しかし台本があるからアドリブや予定外のことが入れやすいわけですし、27分(3分前のカンペが出る)になった頃には、テーマをまとめ着地点を探します。
 そしてネトラジはみんなで聞けます。反応はすぐわかるし、反省箇所も明確になります。それ以上に不特定多数の人たちに向かって話すということは、頭の回転が必要。私を含めて5人いますから打ち合わせ能力も培われます。

 つまり、この世界で生きていくのに必要なものが自然と身についていくわけです。
 で、やると面白いしテンションもあがる。
 テンションがあがるから、色々なものに興味がわくし、行動的になる。
 現に塾内で何か行事があると、必ずこの4人は表に裏にと顔を出しています。

 先週の『新耳袋殴り込み』のロケ隊がきたときに見学にきた塾生は4人だけでしたが、3人はネトラジメンバー(青谷さんはネトラジで告白したとおり、勘違いからバイトを入れて涙のリタイヤ)でしたし、有栖川さんとの対談後の打ち上げで最後まで残っていたのが、やっぱりこの4人。全員、桐の一門メンバーで、来秋には落語を披露したいといいます。そしてこの4人が中心となって、ある企画も進行しています…

 私が見ても、4人の目は輝いています。クリエイターの目になってきています。

 他の塾生諸君はどうですか?
 なんか創作に対するスタンスに、少し差が出てきたように私は思えます。
 有栖川さんのような作家さんと膝を突き合わせて話したり、全国誌の雑誌の編集長クラスの人や、ハリウッドで活躍している監督と身近に接するなんてこと、まずここ以外ではできないことです。こういった経験や、人とのふれあいが人としての幅を作っていきます。
 もちろんそれは作品に反映されます。それだけチャンスも生みます。ここをことごとくスルーする人と、まめに参加している人と、どっちがより面白い刺激的な世界や、プロの思考、言動を知るのか…
 そういうことを知っていることと、知らないこと、どっちが作家として得か、ということ。
 この辺りを塾生諸君は理解していただきたい。
 いずれみなさんは、編集長やプロデューサーを相手に、自分を売り込んでビジネスにしていくわけでしょう? 丁々発止のやりとり、やらなあきませんよ。

 いや、仕事を持っていて忙しくて来れないことはわかります。
 持ち込み用の原稿を描いているので今はちょっと、という人がいることも知っています。そっちが第一優先、その通り。それは理解します。
 しかし何度も言います。デビューすることが最終点ではないはずです。
 その後、何十年と作品を書き続けるだけのものを今、どんどんインプットしなくては。人として大きくならなければ。
 映画を観たり、本を読んだりするのも必要ですが。それはまあいつでも誰でもできることじゃないですか。
 ここにしかないもの。
 それを享受できるのは、塾生ならではの特権ですよ。

 清水崇監督が先日来塾したとき言っていました。
「僕は学生の頃、石堂さん(石堂淑朗――脚本家。大島渚監督『日本の夜と霧』、浦山桐郎『非行少女』などのほか、『マグマ大使』『怪奇大作戦』など特撮ドラマなど)という先生に授業は大事だけど飲むのがもっと大事だ、と言って授業が終わると毎回飲みに行ったんです。そのとき聞いた話の方が正直身になっています」と。

 飲むことを奨励するのではありません。
 色々な人と、特にプロの人と接して欲しいのです。
 一人だと、それはできないでしょう?
 現役の編集者や作家、ライター、マンガ家、映画監督、脚本家、プロデューサーと知り合い、語り合い、作品を見てもらう。それがいずれ仕事ができる関係を作る。
 それを奨励しているのです。

 私はマンガ家志望だから、小説家志望ですから、という考えがあったとしたら、あまりに狭い。創作する魂、プロとしての心構え、生き抜く方法はみな同じです。
 ただし、常にちゃんと作品を作っていないと、プロの人たちと会っても、ただ会ったというだけのことです。両立してほしい。すると必ずプロになれます。

 …さてさて、長くなりましたが作劇ゼミの報告に入ります。
 実はさっき書いたような話をしました。

 作家のスタンスはそれぞれです。それぞれのやり方で成功し、作品を発表し続けています。これが正しい、という方法はありません。しかし有栖川さん、清水監督、豊島監督、ヒロモト森一さんたちには(ここに私を加えて)ある共通点が見出されるわけです。つまりクリエイターとしての心構え。こんな人がクリエイターになれる、という人間としての資質、思考、行動パターン。それと必ず誰にでも訪れるチャンスをモノにする人と見逃してしまう人の違い。そこにそこはかとなく法則があるんです。
 そこを分析し、私の体験談や仕事をご一緒させていただいた…脚本家の高橋洋、小説家の京極夏彦、中島らも、マンガ家の山岸凉子、しげの秀一、といった方々のエピソードなども披露しながら考えてみました。

 要はひとりぼっちにならないこと。
 切磋琢磨の仲間がいることは幸せなんです。
 ただし「トキワ荘を作ろう」といって友達数人で一つ屋根のアパートに住むようなことはやっちゃ駄目。こんなもん成功は絶対にしない。
 共に考え助け合う創作集団になってほしい。
 これ、強いですよ。
 これが本当のトキワ荘。

 つまり同じレベルの素人が100人集まってもプロになれんということ。
 藤子不二雄(F・A)、赤塚不二夫、石森章太郎といった人たちがトキワ荘にやってきたときは素人同然でした。それが創作集団として名を残した要因は、手塚治虫の存在つまりプロがそこにいたんです。編集さんも出入りしている。プロのスタンス、スピード、思考、質、そしてそのプライベートにおける趣味までが、そこにいるとわかる。それを吸収して彼らはプロ中のプロになったわけです。
 プロになるためにはプロを知ること!

 だからもういっぺん言います。

 プロのクリエイターが塾に来られたときは、積極的に参加してほしい。
 集団で意見を戦わせながら、創作するということをしてほしい。
 そして何にでも積極的に挑戦してほしい。
 色々なことをまめに、そして常に自分の身を創作するスタンスに置いている人は残るし、やっていない人は夢がいつの間にやら途切れていなくなります。
 これは私の13年に及ぶ講師をしてきた立場で見てきた絶対法則です。

 もちろん、ひとりで創作活動をやって世に出る人は確かにいます。
 でも、そういう人は言わなくても全てを承知している人。何も言わなくても淡々と創作活動をやっています。有栖川さんのお話を聞くと、有栖川さんはこのタイプですね。でも書くペースと集中力がもう全然違う…
 
 そういうことを理解するためにも、プロの人ともっと接してほしいわけです。
 自分が今、どのレベルにいるのか、何をすべきか、は、そういうことのない限り判断はムズしいと思うんですけど。


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2008年05月19日

山の牧場・殴り込み

 中山市朗です。
 
 15日のこのブログ(同日の作劇塾ブログも参照)にて告知したように、「山の牧場」に行ってきました!

 以前『サイキックTV』にて、北野誠氏がテレビクルーに潜入したことがありましたが、このときは竹内義和氏の「銀色の宇宙人が目撃された」という根も葉もない情報を元にして行っているものだから、真相がわかるはずもなく、またもっぱら牧場の従業員への宇宙人目撃インタビューにカメラは向けられていて、肝心の建物、施設は映っていませんでした。だからこの取材はまったくの蛇足。

 そういう意味で、ビデオカメラがここに入るのは初めてと言えましょう。しかも、体験者本人である私が、当時何を見て、何があって、今とは何がどう違うのかを詳細に検証するわけです。

『怪談新耳袋・殴り込み(映像版)』のロケメンバーは8人。
 キャップは『映画秘宝』創刊者で元編集長の田野辺尚人氏。取材担当がギンティ小林氏。『新耳袋殴り込み』の著者です。マンガ担当はヒロモト森一氏。マンガだけでなくゲーム監督も手がけるメンバー1の怖がり屋さんです。映像取材の担当が豊島圭介監督。その他、映画秘宝チームとシャイカー(映像会社)の混成です。
 で、総合助っ人が、今やハリウッド監督の清水崇氏、裏キャプテンがキングレコードの山口幸彦氏です。彼らは自分たちのことを「Gメン」と呼んでいました。
「なんのGメン?」
 と突っ込みを入れたら、みんな沈黙しちゃいました…

 ここに私が参加することになったわけです。
 私はGメンの首領(ドン)だそうで?

 前回、『映画秘宝』の取材で田野辺氏、ギンティ氏らが訪れたのは「山の牧場」ではなかったことが発覚しました。別の場所(近いことは近かったですけど)に行ってしまっていたんですね。そこを「新・山の牧場」として記事にしてしまう腕は、さすがプロ!
 そして「新・山の牧場」は私が見るに牧場ですらなかった!
 それだけに、現地に足を踏み入れた途端、メンバーたちは「ここか〜!」と思わず感涙しておりました。
 さて、「山の牧場」に足を踏み入れたGメンが見たものは!?

 と、それは7月23日にキングレコードより発売の『怪談新耳袋殴り込み』を観てください。また『映画秘宝』とのタイアップということなので、『映画秘宝』でも報告されるでありましょう!
 といえば、「ええっ、それはないよ!」という声が聞こえそうです。
 でもねえ、結局謎は謎のまま解けなかったんです。
「実際見てみると…なるほど、ますますわからなくなりましたねえ」とは現場を検証したGメンメンバーの素直な感想。

「こら、永遠にわからないわ」
 とは、清水監督の言葉。

 だから映像で見て欲しいわけです。そしてみなさんの目と想像力で、色々考えていただきたいわけです。

 その謎解きのヒントをここに提示しましょう。
 実は3年ほど前、私は北野誠氏、竹内義和氏らと共に「山の牧場」に潜入したことがあるんです。このときのメンバーがある意味すごかった!

 専門の建築家(不可解な建築物の考察係)
 法律の専門家と税理士(法的見地からの考察係)
 科学の専門家(宇宙人との関わりを考察?)
 某有名冒険家(世界数十カ国語が話せる。宇宙人が出てきた場合の交渉係? 宇宙語わかるの?)
 裏社会のおにいさん(犯罪面からの考察)
 格闘家(宇宙人に襲われたときのボディガード)

 といった人たち。
 で、みんなで現地視察したあと、会議をやったんです。
 すると、みんなそれぞれの立場で説明できることはできたんです。でも総合的に、ではこの牧場はなんだったのか? については沈黙するしかなかったんです。
 この場所が逃避や監禁、不法投棄の場であったとしても、法律の抜け道があったとしても麻薬の取引があったとしても、施設が宇宙人やUFOとは関係のないものだと仮定しても、じゃあなんで2階建てなのに階段が作られなかったのか、事務所の真ん中にある巨石はなんなのか、異常に多いトイレの数はなんなのか(このときはなかったが、誠氏は確かに見て、ビデオにも収録。なお、ネットの掲示板でキャンプ地が近くにあるからだろうとありましたが、この近くには何もありません)、お札が大量に貼ってあったのはなぜなのか、一本道のあの狭い道に、この施設を作るための資材や工事を行なうための特殊車は入れないが、どうやって運び、工事が行なわれたのかなど、その多くはやっぱりプロの専門家にして説明つかなかったわけなんです。

 登記簿によれば所有者はわかっているんです。これについては『不思議ナックルズ』Vol.1、2でも指摘があるとおりで、所有者とは連絡は取れない。階段のない建物は登記されていない(法律に存在しない)、番地がない、牧場ではなく「草地造成工事」が行なわれたことになっている、このときは公的な場所になっている可能性がある、など登記簿を見ると余計わからなくなるんです。しかも市役所(当時は町役場)も地元の人たちも知らないと言ってみたり、実は知っていたと言ってみたり。
 牧場そのものも営業したり、廃墟になったりをくり返し、地図からも消えたり、表れたりしています。

 そこで、登記簿等の書類と私、何度かここを訪れている北野誠氏の証言と合わせて、時系列に「山の牧場」を提示してみることにします(地元のUFO事件も合わせて掲載、参考のため)。

 1970/4 S氏「農事組合法人T」より投資を受け、この土地を購入。※「農事組合T」は現在存在しない。

 1971  地図上には当該地区は存在せず。

 1972/7 登記される(購入2年経って?)ただし地図番地がない。登記上は“山林”と“牧場”のみ。

 1974  私自身が故郷上空でUFOを見る(第四夜/第十一章の前書き)。

 1978  ゼンリン地図に存在「A牧場 S・S(個人名)」

 1979  地元高校でUFO目撃のニュースが地元新聞に報じられる。

 1981〜82地図上には敷地はあるが、中は空白。
 
 1982/8 私が初めて牧場に迷い込む。『新耳袋第四夜』にある通り。前後して多数のUFO目撃が役場に届けられていた。

 1982/9 私の後輩Kの友人が、牧場で写真を撮ったあと謎の失踪(第四夜84話)

 1982/9 地元小学校教師より、「今UFOを見ている」との電話があった(第四夜85話)

 1987/8 地元教師Fと再度訪れる(第四夜97話・営業はしていた)※私の見たところ、牛はいなかった。従業員は3人。このときの従業員の話によれば、4年前('83年)に町の要請て来たと言う。またそのとき神戸の医者が道楽でやった牧場が潰れたと聞いたとも証言(登記簿にあるS氏は神戸出身でも医者でもない)。5年前に見たときは牛を飼っていた形跡は皆無だったのに、牧場は経営して破綻したという説明に納得いかず。

 1988/5 北野誠が初潜入(プライベートで)。誠氏に再確認したところ、このときは無人で、お札も貼ってあった。あとで『新耳袋』で読んだら、その通りのイメージだったらしい。

 1990/8 私が3度目の潜入(第四夜99話)。真夜中だったが建物に電気がついていた(営業していた)。不思議な満点の星空を見る。

 1990/10 北野誠氏、『サイキックTV』で訪問。営業していた。このとき、20個はある男性の小用便器の並ぶトイレを発見。従業員はUFOをよく見ると証言。

 1998/6 なんらかの形で営業はしていた(複数のカレンダーがこの日付のままなのを先日の取材で発見)。

 1999/6 『新耳袋/第四夜』にて「山の牧場」を掲載。

 2001/  ゼンリン地図に「A牧場牛舎」とのみ掲載。

 2004/8 ミリオン出版『不思議ナックルズ』が現地取材。無人だったという。このとき写真に撮られ、掲載された数が多いトイレはいわゆる大用の扉。この写真を見た北野誠氏が「違う。俺の見たのは小用の便器や! 20個は並んでた!」との連絡あり。

 2005/9 中山、北野、竹内等が潜入。夏の台風により崖崩れがあったらしく途中の道は寸断。歩いて牧場へ。途中で関西電力の検針のおばちゃんと遭遇。おばちゃんは「検針の帰りだ」と言いながらも、我々が進もうとすると「この先は何もない」と主張。ということは、関西電力のおばちゃんは無人の建物の電気メーターを毎月検針していたことになる。我々は牧場が廃墟になっていることを確認。ただし、大量の小用便器なり、ドアのあるトイレはなくなっていた。

 2008/5 『怪談新耳袋・殴り込み』で潜入。やはり廃墟であることを確認。ただし3年前寸断されていた道が復旧していた(誰が何をするために? 工事費は誰が負担? 町? S氏? それとも?)。やっぱりこれだけの施設なのに、トイレがひとつもない! "たすけて"の文字発見。

 …とまあこんな具合。
 VTRに撮りましたから、まあ観てください。

 それから、夜になって『新耳袋第一夜53話』の昭和7年に心霊写真が撮られた。という我が故郷の山城に登りました。そしたら…田野辺キャップが「ついに撮れましたか」と感涙する不思議な現象が。も〜ぎょうさんに。

 これについては後日、ギンティさんから写真が送られてくると思われますので、そのときに報告しましょう。
 ともあれ、私には非常に楽しく、濃い〜1日でした。
 Gメンのメンバーも「大成功」と満足していたみたいで。 




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2008年05月15日

5/14の小説技法

 中山市朗です。

 本日15日は、東京からゲストが来られます。
 メンバーは、『呪怨』でハリウッドデビューし、今度は『寄生獣』のハリウッド実写版の映画化が待たれる清水崇監督、『怪談新耳袋』のドラマ化、劇映画化でお馴染みの豊島圭介監督、『映画秘宝』『漫画アクション』などに執筆、去年は『新耳袋殴り込み』を出版したライターギンティ小林、ジョージ・ルーカス公認の公式スター・ウォーズ・アーティストとして知られるマンガ家、ヒロモト森一、キングレコードのプロデューサー山口幸彦といった人たち。

 清水監督以外は3年前も来塾され、劇場版『怪談新耳袋ノブヒロさん』のDVD特典映像の収録をされたあと、塾生たちと交流会を持ってくださった方々です。

 実は、今回はギンティ小林さんの『新耳袋殴り込み』が映画化されるということで、そのロケにやって来られるのです。つまり『新耳袋』のドキュメンタリーなわけですな。

 『第四夜』で話題沸騰となった「山の牧場」のエピソードのインタビューを私にしたあと、現地へ行くということだそうです。

 だったら私も連れていけ、ということになりまして、明日、明後日は彼らとともに「山の牧場」へ潜入することになったんです。

「山の牧場? なんだそれ?」という人は『新耳袋・第四夜』を読みましょう!

 菊池秀行氏は角川文庫版に「私の一番怖い話」として寄稿くださり「こういう物語は知らぬ方が精神のためである。あえてこの一編は封印すべきだと申し上げる。なにかが起きたときの責任は誰がとる? 私はごめんだ。読むな」という最大級(?)の賛辞をくださった。私が大学時代に体験した、世にも不可解なもっとも恐ろしいエピソードです。
 過去、ABCラジオ『サイキック青年団』で話題になり(このときは『新耳袋』には未収録、竹内義和氏が中山から聞いた話として披露。かなり場所や描写に誤りのあるものでしたが)、『サイキックTV』で北野誠が潜入し、『新耳袋』に発表のあとも『不思議ナックルズ』『映画秘宝』などが独自潜入して、『新耳袋殴り込み』にも掲載されたわけですが、結局“現実的な視点からは、検証不可能な不可思議かつ不可解な場所(「不思議ナックルズ」)”と、未だに謎の残る場所なのです。

 ただ、これらの現地取材は、いずれも体験者である私が不在のまま行なわれたものばかりで、私としては色んな意味で不満の残るものでした(『映画秘宝』はどうも別の場所に行っている…)。いや、テレビ局や映像メーカーなどから現地取材のオファーもあったのですが、取材目的がどうもヤジウマ的なものが多くまた現地に迷惑(なんせ我が故郷なので)をかける可能性もあったので、お断りはしていたんです。

 しかし2年前、北野誠氏、竹内義和氏らとプライベートで現地を訪れ、ちょっと私も思うことができまして、それで今回は同行することにしたのです。

 ただ、もう道はふさがれている可能性がある…
 どんなロケになったのかは、月曜日あたりにこのブログにて報告するつもりです。
 とりあえず、本日のインタビューの模様の速報は、塾公式ブログでどうぞ。

 さて、14日の小説技法の報告です。
 TくんとNさんが仕事でお休み。かわって新塾生Aさんが今回より参加です。
 まずSくん。前回はルビが問題となりましたが、Sくんなりに減らしたということですが、初見のAさんから「やっぱりルビがうるさい」という指摘。まだ問題は残っています。
 それにストーリーに起伏がない、という前回指摘された点もクリアになっていません。
 Sくんは「この作品では劇的なドラマにはしたくない。よりフラットな世界、文体の雰囲気、日常を伝えたい」と言います。つまり彼としては枷をつけたわけです。その心がけはいい。
 しかし、別に殺人が起こったり、犯罪に巻き込まれたり、宇宙人がやってくるようなことばかりが劇的ではありません。日常の中にも劇的はある。主人公にとって、ちょっとした出会いや、別れが劇的だったりする。普通の人の日常を描いて、充分に劇的に読ませる作品だってあります。
 Sくんは小説を書くのは初めてということで、実は文体とかテクニックを意識し過ぎているんです。そうではなくて、もっと登場人物の心情や行動に則って書いてみる必要があります。テクニックありきではなく、まず何を書きたいか、です。テクニックはあとの問題です。

 その点、Iさんの小説は小説家を目指し、家族との愛に疑問を持ち、彼の愛をも正直に受け止めることもできず、悩みながら小説家になっていく一人の女性が主人公です。つまり日常が描かれています。最初はSくんの小説のように起伏もなく、主人公の心情が説明されていましたが、現在は格段に腕も上がり、日常のちょっとした変化、心のやりとりが起伏ある文体で描かれます。前回指摘した方言の問題もクリアされて、彼氏の存在感がグッとリアルなものになりました。他の塾生からは…や、――の使い方に対して疑問も投げかけられましたが、それは本人のリズム、テンポです。気にすることはない。

 Tくんは、途中で世界観を整理するためプロット制作をしていましたが、もう一度最初に戻って第一章から書き直したいという。ところが上がってきた原稿は、以前提出されたものと内容はあまり変わらないのに、パワーがどことなく不足しています。原因は?
 
 初稿は一人称で書かれていたものが、三人称になっている。原因はおそらくここ。この作品は主人公の目から見た疑惑、不条理、戦い、挫折と成功が描かれるわけですから一人称形式の方がその疑惑や不条理さが明確になって、読者の感情を主人公と共にコントロールできる。そんな作品です。まあTくんも、あえて「どっちがいいのか判断してもらいたくて」と実験した感があるようです。ここは一人称に戻そうと指示しました。
 Aさんから「一人称とは? 三人称とは?」という率直な疑問も投げかけられて、塾生たちの間で、ああだこうだと意見が飛び交い、いやけっこうけっこう。

 Oくんの小説は、劇的な素材です。ある事件がきっかけにオタク文化が危機に陥り、出版物、アニメ、映像の世界までも規制がかかる。そんな日本政府にオタクたちが反旗を翻し、戦闘状態に…

 それがコメディタッチで描かれるところがミソなんですが。
 筆が遅い。
 今回も途中で(以後未完成につきプロットを添付します)となって、後はプロットが延々と。でもまあたかだか40〜50枚のことでしょ? 
 書けないことはない。
 題材も、キャラクターも、その展開も、アイデアも、プロになるための投稿作品として、充分通用しそうなんですけどもねえ。原稿にならないことには…
 

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2008年05月12日

007ゴールドフィンガー上映会

 中山市朗です。

 毎月第2金曜日は、塾生リクエストによる名画鑑賞会。
 今回は『007/ゴールドフィンガー』でした。
 初代ボンド役者、ショーン・コネリー主演の1964年の英国映画です。
 『007は殺しの番号(再上映より『ドクター・ノオ』)』『007/危機一発(再上映より『ロシアより愛をこめて』)』に続く、007シリーズ第3弾となるのが、この映画です。もちろんハイビジョン上映だ!

 今にいたる007映画の基礎は、この作品から始まっています。
 ボンドが一つの事件を解決してからタイトルとなる。タイトルバックは女性の曲線美に本編の1シーンなどが投影されるというタイトルデザイン。デザイナーは前作『ロシアより愛をこめて』に続いての、ロバート・ブラウンジョン。
 主題歌がここで流れます。
 一度聴いたら忘れられないジョン・バリー作曲の名曲を、シャーリー・バッシーが歌います。このパターンが生まれたのは実はこの映画から。

 本格的なボンド・カーもこの作品から登場。カーナビのようなものが映像に出る最初の作品じゃあないでしょうか。

 敵役のゴールドフィンガーを演じるゲルト・フレーベはドイツの名優。『素晴らしきヒコーキ野郎』というイギリス映画で石原裕次郎とちょこっとだけ共演した人です。このゴールドフィンガーはボンド映画の歴代の中でも最も魅力あるキャラクターだと思いますが、いかがでしょう。その部下の殺し屋、オッド・ジョブを演じるハロルド坂田もユニークなキャラクターです。ハロルド坂田は当時ハワイで活躍していた日系のプロレスラー。韓国映画『力道山』の中に、このハロルド坂田(武藤敬司が演じる)が出てきますが、力道山のプロモーターをやった人のようです。というても、力道山知らんか…

 ボンド・ガールは当時37歳だったというオナー・ブラックマン。プッシー・ガロアというほとんどギャグな名前で出てきます。

 ある塾生は「やっぱり今のボンド映画はリアルで迫力がありますが、このときはギャグに見えますね」と言っていましたが、今の人はそう思うのかなあ。でも、この頃のボンド映画が、確実に映画のエンターテイメント性を高めたことは間違いなく、いわゆるカーアクションの走りも、この頃のボンド映画からだと思うんです。この時期のアクション映画はもっぱら西部劇がメインだったんです。それがイキナリ新兵器搭載のボンド・カー。
 カーアクションを最大の見せ場とした最初の映画は、サンフランシスコの坂を巧みに利用したマックイーンの『ブリット』('68)あたりではなかったのかな。『ゴールドフィンガー』はその4年前でっせ。

 私が思うに、今のアクション映画は張り詰めた緊迫感一本槍で押していく。でも、この頃の映画は、どこか遊びがあって、のんびりしたところがある。ゴルフのシーンとか、スイスのドライブシーンとか。で、そっちのシーンの方が脳裏に焼きついています。緩和があるから、緊張のアクションシーンが活きるわけですわ。でもこれは、ショーン・コネリーやフレーベ、坂田のキャラクターが画面をもたせているからなんでしょう。ちょっとこれは、ティモシー・ダルトンや、ダニエル・クレイグでは持たない…

 まあ、そういう過程があって、今の映画がある。ということは同じエンターテイメントを生み出そうとする身ならば、理解し、研究する必要はあります。

 さて、私も改めてこの映画を観て思ったんですけど、エンターテイメントとしてほんまによくできています。まずその各々の傑出したキャラクターの造形とその配置。そのキャラクターが躍動する世界観。半歩先を行くテクノロジー。適度なお色気。そして何より主人公が殺しの免許証を持ったスパイであること。この設定はユニークです。

 このジェームズ・ボンドというキャラクターが、なんとなくスパイというのは渦巻く世界的陰謀の中に、国家が最新テクノロジーを駆使して完成させた秘密兵器を隠し持って単身潜入し、陰謀めぐらす悪の首領と相対し、陰謀を読み解き、阻止するために戦い、また女を抱きながら世界各国を飛び回るプレイボーイ、というスパイ像を作っちゃったんですな。以後、ジェームズ・コバーンで『電撃フリント・シリーズ』やディーン・マーチンの『サイレンサー・シリーズ』から『スパイ大作戦』や『チャーリーズ・エンジェル』まで生み出すわけです。
 
 もちろん日本の劇画にも多大な影響を与えます。さいとうたかをの『ゴルゴ13』は、まったくその世界から生み出されたもの(主人公・デューク東郷の容姿は高倉健のイメージらしいですが)。実はさいとうたかをはこの『007』を貸本時代に劇画化しているんです。それが劇画ブームを生みます。さいとう版007は人気はあったんですが、おそらく版権の問題で中止されます。それで生まれたのが『ゴルゴ13』となるわけです。

 ところで、007の映画としてのイメージは、どうやらヒッチコックの『北北西に進路を取れ』('58)からきているようで、シリーズ第一作の監督としてヒッチコックにオファーがいっていたようですし、ボンド役もケーリー・クラントが候補にあがっていたらしい。でも、原作者のイアン・フレミングはどうやらあのドラキュラ役者・クリストファー・リーをイメージして書いたらしいです。リーは、後に『007/黄金銃を持つ男』で敵役スカラマンガを演じることになりますな。

 今度、最新作が期待される『インディ・ジョーンズ』の世界観、キャラクター、展開も完全に007シリーズのイミテーション。ただし、インディ・ジョーンズのキャラクターは、黒澤明の『用心棒』『椿三十郎』の三十郎も入っています。そういえば、最近のNHKの番組インタビューで、さいとうたかを氏は「後で気づいたんだけど、ゴルゴ13のキャラクターの動きは黒澤映画の剣豪を描いていたんです」と言っていました。さいとう氏は生涯のナンバーワン映画は『用心棒』だそうですから、やっぱり三十郎キャラが入っているということですな。

 で、思うんです。
 007、インディ・ジョーンズ、ゴルゴ13
 いずれもシリーズ化されて人気は衰えないドル箱作品。その作品を支えるのはやっぱりキャラクターと、それがフィットする世界観なんですな。その源泉はヒッチコックだったり、黒澤であったり。
 やっぱり、そこは押さえとかなあきません。

 ところでスパイの実態を描いた映画といえば、増村保造監督の大映映画『陸軍中野学校』を観て欲しい。モノクロで撮られたこの作品は、スパイに養成されていく過程で人間性が失われていくというところが見所。けっしてボンドみたいな陽の世界じゃない。まあ多くは語るまい。塾生諸君にはいずれ是非観てほしい映画です。安永航一郎のギャグマンガ『陸軍中野予備校』はこのパロディでした。


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kaidanyawa at 13:36|PermalinkComments(0)

2008年05月08日

5/7の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 7日(水)の作劇ゼミの報告です。
 企画とアイデアについて考察しました。
 企画、これはどんな職種においても重要なものです。
 新しい企画が求められ、企画書を作成し、企画会議が行なわれ、企画の推進が図られる。
 何かを作るにしろ、何かを建てるにしろ、何かを展開するにしろ、何かに投資するにせよ、どこかに営業をかけるにしろ、企画が勝負となります。企画のない業種などありません。それがビジネスです。
 我々の世界だって同じこと。
 出版社も編プロも、映像制作会社、テレビ局、映画会社、ゲーム制作、興行を仕掛けるイベント屋や興行会社も、そしてそれらを宣伝、広報するのもまず企画ありき。彼らはしょっちゅう企画会議をやっています。
 マンガも小説も出版社の方針や企画意図に沿って採用され、雑誌が生まれ、新人発掘のコンクールが設けられ、原稿依頼がきます。特にマンガなんてメジャー誌になると、編集や原作者を交えての会議会議会議・・・
 ここで企画の一本も浮かばないようじゃ、即アウトですわ。

 『機動警察パトレイバー』や『攻殻機動隊』などの監督、押井守氏がアニメのワークショップ「押井塾」を作ったことがあります。
 その「押井塾」に関して押井さんはこう言っています。
「作品を成立するための条件というのは、正当な論理ではまったくなくて、いかに人を説得するかが重要で、企画は98パーセントまでが人を説得することなんだよ。説得できれば勝ちなんだよ。今目の前にいる人を説得できないと、何も始まらない。それはスポンサーでもプロデューサーでもかまわないけど、まず自分の隣で仕事をしている人間から始まるんだ。自分の上司を説得できないならスポンサーを説得できるわけがない。じゃあ、説得するためにはどういう技術が必要になるのか。それだけを教えるっていう話をしたんです」
(『押井守全仕事』キネマ旬報)
 現に押井塾の塾生は、企画を出さなかったら次から参加できなかったそうです。
「この業界、何かを学ぼうと思ってもダメ。自分の企画を通してやろうっていう顔でないと」とも押井さんは言います。

 まったくその通りだと思います。
 作品は誰にでもできます。ただ、プロとアマの違いは、その作品がビジネスになるかならないか、の一点だけです。

 私がかつて講師をしていた専門学校は、映像科やゲーム科の学生には、プログラムだのグラフィックだの、そういうことは教えていましたが、企画のことは教えていなかったんです。企画・プレゼンというカリキュラムはあったようなんですが、何を教えているのか、学生の企画書を読ませてもらったら、やりたいことが書いてあるだけで予算表すらない。ビジネスという考えが完全に抜け落ちていたんです。

「こんなん企画書違うで」と言ったら、キョトンとしとった。

 今のゲームやアニメの業界なんて、プログラマーやグラフィッカーは山ほどいる。でも、本当に業界が求める人材は、そしてアニメやゲームの世界に憧れる若者の目標は、ゲームデザイナーであったり、宮崎駿や押井守であったりするのだと思うわけです。つまり作家ですわな。それには企画が第一であって、そこから自分の頭の中にあるイメージやキャラクターが生命をもち、具体化し、作品になり、商品として世に出るわけです。もちろんそうなる段階に行くまでは、グラフィッカーやプログラマーという経験を積むことは必要ではありますが。
 でも最初からグラフィッカーやプログラマーを目指してしまったのでは、アニメーション作家やゲームデザイナーにはとてもなれません。よく言うじゃないですか。プログラマーは業界の奴隷やと(ちなみに以前、カプコンの関係者と話したら、プログラマーはゲーム業界の99パーセント。残りの1パーセントだけが純粋なクリエイターやと言うてました)。
 それを覚悟した上での制作会社への就職ならいいんですけど。そういう人たちは常に頭に浮かぶ世界観や設定、キャラクターをメモしたりして、企画書にまとめておくことです。

 でも企画は、頭の中にあるものを書くだけではダメ。
 具体化させるために、予算を取ってナンボの世界。そのためには企画を練って、どんどん企画書を持ってプロデューサーだの、編集者だの、メーカーだのとガチ勝負をしてほしいんですけど。それが一番の勉強です。実践です。

 それは出版企画でもいいし、映像企画でもいい。何かと何かのコラボって面白いやん、でもいいし、とにかく自分が見てみたいもの、読んでみたいもの、聞いてみたいものがあったら、それを企画書にして然るべきところへ出向いて「こんなんやりませんか」と提案してみる。それが実はこの業界で一番面白いところだと私は思うんです。

 作家になりたいんだったら、企画書持って、出版社をまわればいい。
 マンガや小説ではさすがに企画書では門前払いですけど、ノンフィクションだの、ドキュメントだの、業界裏話だの、何かにこだわった紹介本だの、企画書で勝負できる分野はいっぱいあります。シナリオも、本当に映像化したいものがあるんなら、企画書を持って映像のメーカーや制作会社をまわること。

 ビジネスにしたいなら、この世界で食っていきたいなら、それをしなきゃ。
 あのジョージ・ルーカスだって、無名の頃は『スター・ウォーズ』の企画書を持ってハリウッドの映画会社をまわったんです。ユニバーサルに断られて、パラマウントに断られて・・・なんとかフォックスが低予算でOKしてくれた。それらあの大ヒットです。スタローンの『ロッキー』だって、タランティーノの『レザボア・ドッグス』だってそう。

 最初からやりたいことがすんなり通って、いつの間にやら大監督、なんてない!
 ところがいませんな、そういう若い人。
 それで「金ない、金ない」言うて、コンビニや牛丼屋のバイトしとる。
 んで、気が付いたら30歳越えてた・・・。
 そんな連中、山ほど見た。
 金にする知恵がない。

 私の若い頃なんて、バイトはしなかった。
 でも、田舎から大阪へ出てきて月々の家賃はいる、電気代、ガス代、もちろん食わなきゃ、映画も見たいし、ビデオもほしい・・・。お金いりますわ。
 バイトするのは簡単。でも、したら終わり。それは最低限の生活が保障されるだけで、未来はない。そう思ったんです。また、そんな大学の同期や先輩が周りにうじゃうじゃいた。
 バイトしながら能書き垂れて、夢ばっかり語ってる。で、何も行動起こしとらん。
 そんな連中、見事にみな消えました。
 私は山ほど企画書を作って、大阪と東京の映像メーカー、テレビ局、制作会社、出版社と何十社とまわりました。そこで企画を実現させて、お金にしていたんです。
 おかげで黒澤明なんて世界的な巨匠とも仕事ができた。
 夢みたいなことは、やれば起こるんです。
 やらないから起こらない。単純な話です。
 いっぱい色んな人に会いに行きましたわ。『花王名人劇場』のプロデューサーで漫才ブームの仕掛け人の沢田隆治さん、当時のCM業界のドンと言われたGさん。横浜の中華街のドンにも会った。華僑ですな。フジテレビの『笑っていいとも』の仕掛け人や、角川春樹さんにも会いに行ったし、『ゴジラ』のプロデューサーにも会いに行った。ある秘密結社のメンバー(?)にも企画書を持って、一緒に何かやりませんか、言うて。

 企画書の書き方なんて、誰にも教わっていません。

 ただこの世界で、頭の中にある世界を、映像でも小説でもテレビ番組でもなんでもいいから具現化して、大勢の人に見てもらいたかったし、それで食っていきたい。と、そう思っただけなんです。それで自分の方法論で企画書を書いたんです。サラリーマン、まっぴらごめん、肉体労働や単純労働、とてもやないが耐えられない。そういう現実逃避も確かにありました。でも逃避するんやったら、本気で逃避しようと。

 営業のやり方も、まったく知りません。とにかく会いたい人に電話して・・・。門前払いあり、会うだけでケッチョンケッチョンにけなされもあり、「へーっ、大阪からきたんだ」と珍しがられもし、一方では丁寧に対応してくれて、わざわざ次は大阪へ来てくれたプロデューサーもいた。業界を知るという意味では、これは貴重な経験でした。面白かったし、遊びも教えてくれて。

 それが今の私を作った。これは間違いありません。
 『新耳袋』だって企画モノやったんです。
 一冊に百話、実話怪談だけでまとめる。関西の話は関西弁で、語り口調で・・・。
 そんな怪談本、それまでなかった。
 何度も言いますが、私、賞なんてひとつも獲っていませんから。

 世の中、どう頭を使うかです。
 人と同じことをやっていたのでは、世に出るのはしんどい。
 その、しんどいことを効率の悪いことを、若い人たちはわざわざやっているとしか、私には思えないんです。なんでやろうね。

 ただ、私が企画書を持ち込んだ先方に尋ねられて困ったことがありました。
 それは後ろ盾がなかったこと。
 仕事が大きくなれば、企業は個人との取引はしてくれない。この一点が問題となって潰れた企画があったんです。これは辛かった・・・。

 だから塾を作ったんです。
 塾は、塾生の後ろ盾になる器でもある。
 当時の20代の私が一番欲しかったものがこれでした。
 後ろ盾は信用であり、保険でもあるのです。それがないと相手にされない。
 だからうちは学校法人でなく、有限会社なのです。
 ただ、ここを利用した塾生はまだ一人もいません。
 4月で塾を退職したスタッフの森田でさえ、ここがわからなかった・・・。

 しかし!
 近くメジャー誌でライターデビューする塾生Fくんは、初めて私の言うとおり企画書を持って東京に営業しに行った男です。私の若い頃に書いた企画書のファイル、まるごと一冊貸してくれませんかと言ってきた最初の男。
 そして私の思った通りの成果を持って帰ってきた。
 ともかく、やっとそんなヤツ出てきたんです。
 他の塾生も続け!
 おーっ!
 ↑
(誰の声?)


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kaidanyawa at 18:12|PermalinkComments(0)

2008年05月07日

電話vs中山市朗

 中山市朗です。

 ゴールデンウィーク、みなさんはいかがお過ごしでしたでしょうか?
 あっ、気づいています?
 NHKのニュースなんかでは、ゴールデンウィークとは言わず、大型連休と言っています。実はこれ、もともと映画会社が使った業界用語なんですな。この時期の映画の興行が正月やお盆興行並みの売り上げがあるという意味で、昔大映が使ったんです。だからNHKは、この言葉は業界の宣伝になるということで使わないらしんですけど。でも、みんなそんなん知らんし、大映いっぺん潰れてるし。

 ともあれ、私らみたいな稼業には、大型連休なんてあんまり関係ないことです。塾も普通にありましたし…。ただ周りがお休みだったりするので、なんとなくのんびり過ごせる時期ではありますな。
 で、この時期。ちょっと周りの方々にご迷惑をおかけしてしまいました。
 私の電話が停まってしまっていたのです。あれあれ。
 電話代はきっちり払っていたつもりが、どこか漏れたんでしょうな。しかし覚えのある請求書もないし、一体何月分のいくらを払えばいいのかとNTTに問い合わせたら、女性アナウンスの無味乾燥な録音の声で「ただいま営業はお休みしています」やて。つまりゴールデンウィーク中はずっとお休み! ということは、明けるまではどうしようもない?

 電話を停めるだけ停めておいて、おのれらは休みて何がNTTじゃ。そんなん電電公社と変わらんやんけ。とムカつきながらも嫌な電話もないんやなと思ったら、まあそれもええか、と。電話が繋がらんいうても、まあ死ぬわけやないなと。

 そう考えると、静かなゴールデンウィークでした。
 私は不思議な性分で、大勢で「わあーっ」と仕事したり飲んだりするのが大好きなくせに、2週間ほど部屋に閉じ込められて、誰とも接触できなくても全然平気なんです。仕事に集中できるし、瞑想もできますしな。ちょっと難解な古書や研究論文をじっくり読み解くにもちょうどいいですし。撮り貯めたビデオも山ほどあるし。

 あ、ケータイ電話ちゅうのは私、持たない主義で。
「ええっ」と思われるでしょうが、みんな当たり前に持っているモンを、いまさら持つというのがどうも性に合いません。それにケータイというやつは…とここで書いても仕方ないか。

 そしたら電報がくるようになった。
 平時に電報なんてもらうの初めてや!
「電報です」なんて言われて、最初誰か死んだんかと思いました。
 いずれも原稿の催促や依頼ばっかりでしたけど。
 そういや30日の捜作空間の最中に角川書店の担当から教室に電話があって、なんでここにおるのわかったんやろ、と思ってたんですが、あのときすでに電話停まってたんですな。恐ろしい話や。

 おそらく何度も何度も電話して、「繋がらんやんけ」と思っている人や、塾生もおられるかと思いますが、今は繋がっています(おそらく)。スミマセン。


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kaidanyawa at 21:21|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

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