2008年08月

2008年08月28日

8/27の小説技法

 中山市朗です。

 27日(水)の小説技法の報告です。
 今回、作品提出者は4人。Kくんは当日提出。なので今回の合評からは除外(締め切りは絶対守ること!)、Oくんは一身上の都合で上がらなかったらしい…? Fくんはこのところ長期欠席。雑誌に連載することになったコラムの締め切りが、もう目の前なんだそうです。
 Oくんは作品が上がらないことが多い。彼は同人誌でも活動しているので、そっちにエネルギーがいっているのかもしれません。ただ「同人ではダメだ。俺はプロの道を歩むんだ」と言って塾に来たはず。だったら現状ではダメ。
 これはOくんだけじゃなく、塾生全員の肝に入れてもらいたいんだけど、キミらは学生じゃないんだからね。学生はいい点数取って先生に評価されようとします。まあ、それじゃ本当はイカンのやけど。
 これは何年か前のことやけど、当時塾の講師をやってくださっていた先生が、ちょっと苦言としてある塾生に言った言葉。

「来週、僕は仕事があるから休講しますって言ったら、みんなが、わーって喜んだ。これはおかしいよ。キミら学生と違うんやから、休講って聞いたら損したと思わないと」

 その通り。
 キミらは授業を受けるために来てるんやない。課題をこなしに来ているんでもない。
 プロになるための修業をしに来ているんやから。明日は修業せんでいいよと言われたら、「それは困ります」と怒るくらいでないと。授業を休んでいるキミ、どうなの?
 ここはまあ中には趣味として絵が上達すれば、という人も来てはいますが少なくとも小説技法をとっている人は、みんなプロを目指しているはずですよね?
 だったら作品をあげるということは、プロになるための一里塚なんだと思わないと。
 塚に座って休息しているうちに、先頭を行く人間はどんどん先へ行ってしまいます。まあ先頭を歩くからプロという目標に着くかというと、これがそうでもない。というところがこの世界の難しいところやけど…
 しかし休息していたんでは、これはどうにもならん。
 これから先、茨の道や道なき道、あるいは広大な不毛地帯が待っているけど、進むしかないもんね。
 合評はそんなときの道しるべになるはずです。私も及ばずながらガイドになれるはずです。合評は、小説の文体の技巧を見るというよりも、どこへ行きたいのか、そのためにはどのルートを取るべきなのかを知るための作業でもあります。いくらガイドが優秀でも依頼者がどこへ行きたいか、何をしたいのかを示さなかったら、どうすることもできませんわな。

 さて、平安京を舞台に清少納言が主人公となったミステリー小説が、Aさんによって提出されました。ずっと構想を練っていたようですが…
 ミステリーになってませんわ。それに舞台を平安京にしたり、主人公を清少納言にした意味もちょっと伝わってこない。なぜかというと、主人公の考え方があまりに現代人と同じなんですな。専業主婦(そんな言葉、当時あったっけ?)に退屈し、離婚を考える合理的な女。まあそれはいい。だったらせめて周りにいる人たちは旧態然としたモノノケや鬼の存在を信じて、封建社会にしがみつく貴族をちゃんと配置して、その対比を出さなきゃ。平安時代を舞台とするなら、その風景、衣装、風俗、空気をちゃんと登場人物の動きや心情にあわせて描くことも必要です。その辺りも淡白だったかな。

 Hさんは、三十路の女と四十代の大学講師との浮気な恋愛感を淡々と描いた作品。ご本人がバスガイドということもあって、京都の風景の中にその2人が溶け込みます。実は彼女、ライターとして某雑誌にコラムを連載しているだけあって、文章は書きなれたもの。大人の恋愛の味はそこはかとなく出ています。しかし心情描写が多すぎて、ドラマになっていないんですな。例えば一時間ほどお茶を飲んだあと、女が男をホテルに誘うシーンがある。すると彼は驚いた表情をしたので、女は媚が足りなかったと少し困る。というシーンがあります。でも女がその媚をしている具体的な描写がない。ここを描くのが小説だと思うんです。女は何を思って男にどんなことを語り、男はそれをどう解釈して女のことをどう思ったのか。女は男を試そうとあえて気持ちとは逆のことを言ったり、男はそれを本気にしていいものかどうか、心の中で葛藤しながら、涼しい顔を装ったり…。
 こんな心理の揺れ動きをセリフや動作、ちょっとした心理描写で構成する。男性が読者なら「ああ、あれは女性からの、いよいよというサインなのか」とちょっと勉強になったような気がする。女性は「そういうのって、男はこう受け取るのか」とまた勉強したような気がする。そういう男と女の描写って、実は小説の根幹のような気がします。

 Tくん。作家同士がリングで決闘するとうユニークな作品。作家や出版業界のパロディやナンセンスギャグがふんだんに出てきます。だいぶ練りこまれてきましたが、彼はなぜか女性が描けない。重要なキャラクターで女性がひとり登場するんですけど、どうも彼女の気持ちがわからないし、主人公が彼女をどう思っているのかもわかりません。彼は女について勉強する必要があるようです。妄想でもいいですから。

 Iさんは課題は完成したので投稿用のファンタジー小説を合評にあげることを許可しました。『古事記』の世界をベースにしたファンタジーです。読みやすいんですけどねえ、「なぜこういう世界を書こうと思ったのか」「ウリはどこなのか?」という質問が仲間から出ます。「日本神話は面白いし、日本人としては知っておくべき知識でしょう。でも今の人は知らないし、知ろうともしない。だからこういう形にして、日本神話に接してほしいと思った」というのが彼女の返事。でも、それにしては消化不良の感がある。なにかエンターテイメント性が弱い。というか、オリジナリティがないというか。以前仕上げた課題のクオリティの高さからいって、ちょっとこれは彼女ではないという何かが…
 話しているうちに原因が分かりました。
 ライトノベルとして出したいので、そのサイズに合わせたんです。中高生用の女の子向けに日本神話を改変したわけで、そのために神様のフワフワとした気高さ、神秘な世界観、そして神様の恋愛事情が押し出されますが、本来の日本神話の神様って、もっと躍動感があって原始的で、野性的で、むちゃくちゃ淫猥で、という部分が封じ込められちゃった。そこを指摘され、Iさんも「ほんとに書きたいものを書いていなかった」と感づいたみたいで…ラノベだけを狙う必要なし! Iさんの場合は、まず書きたいことを全部書いてみる。それです。投稿先なんて、ラノベ以外にも色々あります。

 小説家志望の人、なにかというとラノベラノベって言います。ダメとは言いませんがラノベ作家としてデビューしちゃうと、あとがむちゃくちゃ大変やぞ。普通に単行本になることのほうがよっぽど得をする、ということもあるんやけどなあ…
 

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2008年08月25日

23、24日の怪談会

 中山市朗です。

 前回に引き続き、怪談会の報告です。
 23日(土)は京都太秦映画村にて、「『幽』怪談之宴」に出演。
 これは23、24日に映画村が主体となって開催される「妖怪まつり大祭」の中のひとつの催し物です。
 普段は江戸時代の街並みとなるオープンセットの中に、メディアファクトリー、角川書店、講談社、国書刊行会など出版社が入り込んで、怪談、妖怪、ホラー関係の著者サイン入り書籍やオリジナルグッズなどの販売を展開。またその作家がその辺りをうろうろしていたり、直にサインをしたりと、まあ出版祭りの趣でもあります。
 私が現地に到着すると、東映の担当の方に案内され、まずはメディアファクトリーのブースに連れて行かれました。『幽』のバックナンバーだの『幽』BOOKSの単行本だの文庫本だのがずらりと並んで、怪談専門の本屋さんみたいになっています。建物の作りは江戸時代ということなので、レジの替わりに帳簿机が置いてあって…そこに京極夏彦氏が登場。帳簿机に陣取ってサイン会を始めるや、表を歩いていた人たちが、そのサイン本を求めて長蛇の列を成していく!
 「さすが京極夏彦やなあ」と関心していると、スタッフから「中山さんにもあとであそこに座ってサイン会をしていただきますから」と言われて少々不安。人並ぶんやろか…

 さて、この日のメインは中村座という劇場で、夕方4時から『怪談之宴・京都怪談』に出演するわけですが、その中村座を目指すわずかな道中に、色んな人と遭遇します。懐かしいのは、以前東京新宿ロフトプラスワンで『新耳袋』トークをやっていた頃の何人ものお客さんに声をかけられたこと。ご無沙汰しておりました。ホントすみません。
 相変わらずの山田誠二監督や、今日出演の森山東さんとも遭遇。立ち話をしていると、ちょっと雨が降ってきたので楽屋で待機。司会の東雅夫さん(『幽』編集長)、加門七海さん、綾辻行人さんも入ってこられて、挨拶と打ち合わせ。私はりりしく(?)和服に着替えて本番を迎えました。
 「京都怪談」というお題でしたが、加門さん以外は司会の東さんを含めて、いずれも劣らぬ霊感知能力ゼロというメンバー。そんな中、綾辻さんの発言が面白かった。

「私は京都に生まれ育ちました。京都という街は本当に歴史が古くて、それだけ噂される霊スポットも多くて。私は何百回とそういう場所に行きましたが、まったく見たことも感じたこともありません。で、私の理論としては、実はそういうことに遭遇しても人はあまりの恐怖な出来事は忘れる作用が働くのでは? 私も怪奇体験をしているのかもしれないけど、そのことを忘れているのかも…」

 大胆な発言ですが…、これはある意味そうだと思います。怪談を蒐集していると、本当に恐ろしい体験をした人は記憶が飛んでいたり、指摘されて初めて「ああ、あったな」と思い出したり、ということはよくあるのです。実は私も「山の牧場」のことは色々忘れていまして、当時の私の話を聞いていた木原くんのほうが「お前、ここはこう言うてたやん。ここにこんなものがあったんやろ?」と詳細なことを覚えていた、ということもありました。
 さて、京都の怪談ですが、
 私は撮影所にまつわる怪談を少しと、嵯峨野の某寺に出る妖怪の話を披露。客席の反応が非常にいい!
 加門さんと森山さんは『幽』の取材の中で明らかになっていく、京都の艶町に存在する不思議な井戸の話を…
 あっという間にステージが終わり(1時間はやっぱり短いかな)、「こっちです」と案内されて再びメディアファクトリーのブースに。「さあ」とサインペンを持たされ、私が帳簿机に座った途端に、外は豪雨に!
 長蛇の列どころか、表を誰も通っとらんやないか…!

 24日(日)は、夜7時から、守口市のプラネタリウムにて怪談をたっぷり披露しました。満席でチケットも完売、と聞いていたのに空席が目立つ。なんでやろ、と聞いてみたらプラネタリウムの客席の位置は上を向くことを前提にしてあるので、前のステージが見えない席がたくさんあって、そんな50席ほどは除外してあるとのことで納得。
 またいつもとは違うお客さんの層で、プラネタリウムという場所もあって、ちょっと新鮮な気持ちで語らせていただきました。
 東京から来てくれたある人は、22、23、24日と三日連続で私の怪談を聞いていかれたそうで。ご既得というか、よっぽど好きなのか。
 山本さん、ほんま、本格的な怪談番組を作りましょう。


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2008年08月23日

第八回「怪談の間」終了!

 中山市朗です。

 昨日(22日)は、大阪・和光寺さんで恒例の「怪談の間」を行ないました。
 またずいぶんと間が開いてしまったにも関わらず、大勢のお客さんに入っていただきまして、ありがとうございます。
 ただ、今回は常連さんに欠席者が多かったかな。
 誰かさんと、誰かさんと、誰かさん、なんでこなんだ〜っ。

 というわけで、今回も色々奇妙で不思議なお話がでました。
 東京でテレビ番組の制作をしているという男性がお客さんとして来ていたのですが、「お客さんが嬉々としてあれだけ怪談を語って。またその話術が手慣れていますよね。いやあ、こういう趣向は東京じゃできませんよ」と感激していました。この方は、私の奈良テレビの『怪談の間』から『心霊タクシー』『京都魔界案内』などローカルな番組まで全て観ていらしたので、そんな人もいるんだ、とちょっと感動。語りだけで構成する怪談番組を作ってみたいと盛んにおっしゃっていました。
 これも恒例の交流会は、同じ人ばかりの交流会にならないようにと、スタッフが指示したら半ば強制的に席を入れ替わるというシステムになりましたが、これはこれで忙しない。名古屋からきた常連の三人娘が、今回は四人娘に増えて来阪。その初参加の彼女は黒沢明監督の大ファンで、『隠し砦の三悪人』が大好きと言うので「おっ、わかってるねえ」と話をし始めた途端に席チェンジ。みなさんと一応顔合わせをしてお話はしましたが、これはちょっと(というかだいぶ)消化不良。難しいものですな。
 というのも、今回ばかりは私側の勝手な都合がありまして、いつもなら二次会、三次会と、とことん朝までお客さんと話し込むのですが、翌日(つまり今日ですな)の京都太秦映画村の『怪談之宴』の出演(入りが早い)のため、スタッフが気を利かせて「じゃあ中山先生は明日がありますので、これで」と後ろ髪を引かれながらリタイア。
 
 ところが、やっぱり性分なんですな。家まで荷物を運んできてくれた塾生Tくんに、「まあ、ちょっと飲めや」とお酒を勧めたのはいいですが、そのまま彼を相手に朝の4時頃までグダグダ……
 まあちょっとは発散しましたが、これやったら二次会行ったらよかったか?

 今日はこれから京都。
 明日は守口のプラネタリウムで、じっくりと怪談を語る予定です。
 プラネタリウムのチケットは、もう数枚しか残っていないようです。
 行こうかな、どうしようかな、と思っている人、即プラネタリウムに電話を!
 


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2008年08月21日

8/20の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 8月は、塾生の授業参加人数がやや少なめ。
 暑いというのはわかるし、合宿でお金使ってしもて塾費おまへん、というのかもしれないし、故郷へ帰ったりとまあ色々あるのかもしれませんが、ちょっと緊張感が足らんのと違うかな〜。
 私が大型の専門学校の講師をやっていた頃も、夏休み後というのは鬼門でした。
 なんせ、4月に入ってきた学生たちは、夏休み前までは希望に燃えてやってくるのですが、夏休みが終わった途端(専門学校の夏休みは長かった。2ヶ月ほどあった!)、授業を受ける学生がドサッと減って、授業によっては30人ほどいるはずの学生が、数人という現象が起こったりしていました。
 教えるほうがよっぽど力を入れないと、この減少傾向はもう止められない…
 2年目、3年目になるほど減っていき、もう誰も参加しない、教室に講師がひとりだけなどという授業もあったと聞きます。必ずしもちゃんと学校に行っている学生がデビューするわけではないし、在学中に担当がついて学校にこず、担当と打ち合わせをしながらデビューを目指しますという人もいました。でも、そういう人の目つきは違っていました。まあそんな人はクラスにひとり、いるかいないかでしたけど。
 言えることは、緊張感が途切れたらダメ。
 ここから早くも淘汰が起こっているのです。実力があるとか、才能がどうこうではなく、ここは怠け癖、遊び癖がついてしまった、ということですな。一旦こうなると、あとはズルズルあり地獄。まあ専門学校は卒業はさせてくれますが、卒業したらあとは永遠の夏休み…
 私が見てきた現実とパターンです。
 うちは少人数制の塾です。この塾生はやっているな、こいつは怠けているな、というのは私の目にはわかります。まあ授業に出なくても顔は出せよ。作品書いているなら持ってこいよ、いつでも見るからとは言っていますが、やっぱり来ていない人はその分前進していないというパターン。やっぱりプロを目指す人間が夏休みなどありえないのです。
 最近来ていないけど、ど〜なのよ、久しぶりに創作の話したり情報交換しようよ、ということで塾生主体の交流会が、昨夜あるレストランで行なわれました。見学者の参加もあり、二次会は私の書斎で朝まで、といういつものパターンもあって。やっぱり同じクリエイターを目指す仲間が集まるということは、緊張感も生まれ、やる気も起こるし、励まされる。それはいいことですが、やっぱり心配なのはちゃんと書いているのかなあ。

 交流会は作劇ゼミ終了をもって行なわれました。
 その作劇ゼミ。
 前回に引き続き、日本軍の行なった戦争について講義しました。
 
 餓島と呼ばれた、ガダルカナルの戦い。映画『シン・レッド・ライン』はこの戦闘を映画化したものです。正確な描写ではないですけど。
 太平洋戦争初期、当時だーれも知らないソロモン諸島の中央にある小さな島に、ン本軍が一本の滑走路を造ったことから地獄の戦闘が始まりました。たちまちこの滑走路を占拠すべく米軍が上陸。この滑走路はヘンダーソン飛行場と名づけられ、太平洋戦争の侵攻に大きな影響を与える重要拠点となりました。もちろん日本軍は米軍に取られることによって初めてその重要性を認識。ヘンダーソン基地奪回のための上陸作戦が敢行されることになったのです。今回はこの戦いに焦点を置いて(とは言いながら話はあちこちに飛びましたが)、戦争という行為から日本人の特殊性と人生の教訓を得よう、というものです。
 何度もこのブログに書いたことですが、小説やマンガをただ漠然と書いているのではなかなか上達もしないし、デビューも困難を極めます。何が書きたいのか、テーマはなにか、そのための戦略は、期限は、と目標を設定して初めて具体的なプロへの道が開かれるのだと思います。
 日本軍はまさに漠然と戦争をやって負けた、という例がここにあります。
 米軍に奪われて初めてそこが重要だったと知る。
 今まで夜襲で勝ってきたから、また夜襲をやる。
 戦えばなんとかなるだろうと、むやみに兵力を増やす。
 兵力はあっても、みんな三八銃と呼ばれる日露戦争から変わらない武装でしかない。
 兵站という物資輸送計画も情報収集すらしていない。

 こんなことがあったと言います。
 夜襲、闇にまぎれて三八銃の先端に装填した銃剣を向けて、敵陣に突撃します。ところが米軍は機関銃を配置しています。「トツゲキー!」という合図とともに繰り出す日本兵。バリバリバリと機関銃の十字砲火でたちまち日本軍は全滅していきます。これを日本軍は三度繰り返したのです。
 その三度目の突撃の前、隊を率いている司令官は大本営から命令を受けます。
 命令「天佑神助ニヨリ一挙飛行場ノ敵ヲ撃滅セントス」
 なんのことかわかります? つまりは神の助けでもって飛行場を撃滅しろと。
 このまったく具体性も戦略もない命令に、司令官は再度、具体的な命令を提示するよう要請します。再度出された命令…。
 命令「交戦シ、聖旨ニ応ウベシ」
 つまり、交戦して天皇にお応えせよ、というのです。これ作戦命令?
 仕方がない。兵たちはまた突撃し、全滅しました。

 無策は負けるべく負けるということですな。

 一方米軍は、日本との戦争が始まったと同時に、軍に日本語が読めて話せる人材作りに力を入れ、十数人しかいなかった日本語堪能者を1万人に増やしました。情報収集の必要を重要視したのです。そして情報将校として戦線に送り込まれたのです。ある情報将校はこのガダルカナルの地で、17、18歳で突撃し、死体となった日本兵の姿を目にします。
 彼らの所持品を分析し、日本語で書かれたものを英語にするのが彼の仕事です。少年たちは死への恐怖、神に祈る心を書き残していました。「彼らも死ぬのが怖いんだ。我々と同じ人間だ」と機関銃の銃撃にも怯まない不可解な日本人の本音を知り、物量、戦略のうえに精神面でも有利な立場にたてました。米軍の怒涛の反撃はここから始まるのです。
「彼らの書く文体はなんと美しいのだろう。この感情を描写する技巧はすごい。本国のプロの作家でもここまでは書けない…」
 彼はここから日本語と日本文学に興味をもち、戦後日本文学の権威とまでなりました。
 彼こそは、そう、ドナルド・キーンだったのです!
 えっ、誰それって?

 もうええわ…


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2008年08月14日

作劇ネトラジ

 中山市朗です。
 世間ではお盆休み。故郷へ帰って墓参り、という日本民族大移動の季節です。
 しかしわが塾に休みなし。
 13日も普通に小説技法の合評が行なわれました。
 塾生諸君はあれですよ、来年、再来年の墓参りの際にはデビュー報告をしなきゃあね。

 さて、今回はたびたび作劇ブログにあがっている作劇ネトラジについてちょっと。
 作劇ネトラジのテーマ出し、進行台本の作成、技術、編集のすべてを塾生が担当しています。別に強制はしていません。あくまで志願によるものです。

 小説家志望のAさん、Tくん、Iくん。
 マンガ家志望のKくん、Kさん。

 他の塾生が出演するときもありますが、現在は主にこの五人でパーソナリティと裏方のローテーションを組んでいます。まあネトラジをお聞きの方は「わっ、下手やな」とか「もっとうまいことまわせ」とか「おもんないぞ」と、さぞお思いでしょう。案外出版社関係者、作家の方々にもリスナーが多いようで冷や汗ものではあるのですけど。

 でもマイクの前で、自分の思っていることを語るというのは、非常に難しいものです。特に塾生たちはパーソナリティやタレント志望ではありませんし、専門の教育を受けているわけでもありませんから、そら下手ですわ。しかし、語るということは話の構築の勉強になりますし、即興力も養われます。話が巧い、面白い、ということはそれはそのまま文章やストーリー作りに応用できます。ひきつける場所、発散させる場所、引っ張る場面、押し出す場面、全体の調整を考える、流れを作る、視点を変えるタイミング、話の終着点などなど、大事な基礎能力を身につけられる実践の場となっています。
 私も著作活動の基盤は落語と怪談語りにあると何度も書きましたが、話す、語る、ということは本当に重要なことです。
 話す、語るという技術は、そのまま打ち合わせにも応用できます。
 作品の持ち込み、編集さんとの打ち合わせ、あるいは原作者やアシスタントとの打ち合わせの場で、人見知りするからって黙っていたのでは仕事になりません。新人でそれをやっちゃうと、「キミ帰りなさい」ということにもなりかねない。言いたいことを言うタイミング、あるいは人の話を聞く、空気を読む、疑問点はちゃんと指摘する、説得をする、そういう技術も作家になるのならものすごく必要だと思うんです。
 そしてテーマを捜し、メディアに載せるために練りこむこと。これも重要なことです。例えば週刊誌や新聞に連載コラム、マンガなどを掲載するとなった場合、毎日のように日常の中からネタを探し出し、作品にするための切り口を見つけ、実際に原稿にするわけです。そのアンテナを常に張る訓練にもネトラジは役立っています。
 
 ところで今回のネトラジは何度も録り直しがありました。
 Iくんが出したテーマと進行台本が充分に練りこまれていなかったことが原因です。
 彼の中ではこれで30分まわせる、という確信があって進行台本を書いてきたつもりだったんです。しかし出演者が四人いるからいざとなったら誰かが助けてくれるだろうとか、これでなんとかなるだろうという甘えがあったのも事実です。
 ルールとしてはテーマを出して、進行台本を書いたものがメイン・パーソナリティとして仕切るということになっていますので、この回の舵取りはIくんがやらなければなりません。しかし舵取りを民主主義でやっていては、船は路頭に迷います。舵取りを指令する船長は、しっかりと進路を見据え、トラブルがあれば自分の判断で対処せねばなりません。船長の指示でスタッフは動き、全力でトラブルにあたるわけです。このとき船長が進路を代えるのか、引き返すのか、エンジンストップをかけるのか、そのまま突き進むのかを明確にしておかないと、どうトラブルにあたればいいのか、何が最善の方法なのかわかりません。
 一時はちょっとそこがはっきりしないIくんと、他の出演メンバーと一触即発になりかける場面も…
 Iくんは悩み、おぼれそうな状態になって。でもなんとか無事収録。それだけみんな真剣にネトラジについて考えてくれているわけです。
 私はIくんを責めるものではありません。
 却って、それでもなんとか自分の責任で収録し終えたことが、彼にとっての大きな経験になったのだと言いたいのです。
 アルバイトをしていると、仕事ってこんなものか、と、ちょっと思うこともあるかもしれません。アルバイトの穴は、正直なんとか埋められるものです。ちょっと手を抜いたり、誰も見ていないところで休んでみたり、ごまかしたりしても、まあ大事には至らない。また仕事に対して大きな責任を負わされているわけでもないし。また、もし責任を押し付けられたら辞めればいいじゃん、なんて。
 ちょっとそんな気質があるねえ。今の若い人たち。

 しかし、そうはいかないのがプロの世界。
 それぞれがプロであるなら、そのプロが手を抜いた途端にあるいは人を頼りにした途端に、そのプロジェクトは崩壊するのです。
 今やっているオリンピックを見ていたらそうでしょう?
 団体競技で、一人でも遅れをとったらもうアウト。一人の欠場の穴は絶対に埋まらない。
 それがプロ。キミ達の目指す世界。
 だから、そういう根性も、たかがネトラジと言われるかもしれませんが、鍛える場になっていると思います。機会さえあれば映画やテレビ番組の制作現場に塾生を入れることもありますが、それもそういう意味があってのこと。スキルを覚える以上に、責任を負って仕事を完結させることを今の若い人たちに覚えてもらいたい。これは痛感しています。

 ところでネトラジを聞いている一般視聴者の方で、私にも言いたいことがあるとか、反論があるとか、塾生あるいは私とトークバトルをしてみたいという方がいらっしゃれば、遠慮なく申し出てください。歓迎いたします。
 お互いの刺激になり、新しい可能性や出会いが生まれるのならば、それだけでも有意義なことだと思うわけです。私の方針です。
 ただし条件はあります。
 ギャラも交通費も出ません。
 あしからず。

 やってみたい方は、下記のアドレスまでメールで連絡をください。こちらから折り返しご連絡いたします。

sakugeki@sakugeki.com
作劇ネトラジ事務局



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2008年08月11日

歩く幽霊のビデオ

 中山市朗です。

 昨日、私は東京六本木の超ハイテクビルを訪れました。
 迎えに出てきてくれた女性が、ICカードを持って地下鉄の自動改札口よりもっと狭いゲートのような場所を次々と開いて奥へと誘います。

「えらい厳重ですねえ」
「ここはオフィススペースになっていますので、一般の人は入れないようになっているんですよ」
「それにしても…」

 人気はなくなって冷たいフロアの廊下が目の前にある。
 またピッ(カードを照合する音)、ガチャリ(ゲートが開く音)…
 やがてエレベータに乗ってある階へ。東京タワーが向こうに見える。かなり高いぞここは。
 その階にその場所があるのかと思ったら、今度は別のエレベータでもう一階上へ!
 フェイントか!
 そうやって、やっと目的のフロアへ。そしたらまたICカード照合。
 すると目の前のガラス扉がガアーッと開いて…。
 NASAかここは!

「つきました」
「なんか面倒くさくないですか?」
「そうですね。ちょっと行き過ぎですよね、このセキュリティ」

 と言ったその女性、「あっ、お手洗いに行く場合は私を呼んでください。カードがないとトイレにいけませんから」

 面倒くさ!
 きっとこれ、地震でも起きたらみんなビルに取り残されて一歩も出られんことになると思うわ。知らんぞワシ。
 楽屋に入ると、室内禁煙。楽屋とは楽してええ部屋やと思っとったら、タバコも吸えんとは。タバコの煙がセンサーに反応するからいかんのやと。これだけのハイテクで火事の煙とタバコの煙の判断もつかんとは…
 人のためのハイテク・セキュリティのはずが、これはハイテク技術を自慢するためのハイテクでしかない! とボヤきながらも、ちょっと非日常空間にハイになる?
 
 さて、私がきたのはテレビスタジオなのでした。
 GyaOの番組収録現場です。
 北野誠さんがホストとなり、毎回不思議でありえない世界について、そのスペシャリストを招いて討論するという『ありえない!?』という番組です。私が呼ばれたということは、そう、今回は怪談特集なのでした。
 まあ誠氏とは何度も仕事をやっているので、ほぼ打ち合わせなしでいきなり本番。
 が、その前に番組アシスタントの女の子が今ネットではやっている『リアル鬼ごっこ』をスタッフに無理矢理やらされたらしく、このとき妙なものがビデオカメラに映り込んだといって、タバコの吸えない名ばかりの楽屋に誠氏とスタッフがドヤドヤとやってきたんです。
 小さなモニターを見せられて、「これなんだと思います?」と聞かれたんですが、なにゃ、モヤッとした白いものがちょっと映っているだけでよくわからん。なにかの反射とか、向こうで誰かタバコでも吸っとったんちがうの? と思ったけれど、まあ否定することでもないかなと。でもまあ、なんでもかんでも霊やの、オーブだの、そういうのはあかんのと違う? 誠ちゃんもいい加減にしーや、と心の中で突っ込んでた。

 ところが番組後半、その映像がスタジオのハイビジョン用大型モニターに映った途端、ぞわぞわっと鳥肌が!
 同時に私と誠氏の声がダブッた!

「足がある! 歩いとる! 人間やんこれ!」

 その瞬間、アシスタントの女の子の顔は恐怖でひきつった!

 もちろんそのビデオ、ダビングして送ってもらうようにスタッフに頼んでおきました。おそらく高画質用のモニターだとそれは確認できるのでしょうが、普通のパソコンのモニターだとどうなのでしょう?
 でも私がハッキリ見えたくらいですから。

 その映像も含めて、私と誠氏の怪談討論の様子は、今月25日に配信される予定です。帰りも数々のセキュリティ・ゲートをくぐり抜け、なんとか無事にビルを出ることができました…



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2008年08月07日

8/6の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 二泊三日の合宿も無事終了。今日は通常の作劇ゼミです。
 合宿の後遺症でもないのでしょうが、出席者が少ないやんけ。

 さて、私はあんまりというか、全然興味ないんですけど、北京オリンピックが開幕しますな。おかげで中国での反日運動がピタリとやみました。韓国の若者たちは「今はそうでもない」と言っているようですが、それでも反日感情は確実にあります。北朝鮮は反日思想を完全に利用して煽っています。
 あの反日感情、思想の原因はなんだと思います?
 今回はそのことを考える内容がひとつ。
 もうひとつは、作家になるならば常識を疑うこと。そのためには今まで教えられてきたことが真実なんか考えてみようという話をしました。

 我々は日本語を話し、書き、読みます。作家となるとその日本語の語彙を広め、どう操って何を引き出すか、ということが仕事となります。だとしたら、日本語を使う日本人について理解することが必要だと思うんです。
 私は専門学校の講師をやっていたとき、大勢の留学生と接しました。ほとんどが韓国の若者でした。で、彼らの方が日本の歴史を知っていたりするんです。いや、日本の若者があまりに日本の歴史を知らない、興味を持っていないんです。でも反日感情は過去の歴史の上に作られています。では、それはどういう歴史だったのか。ちょっとそこを今回の講義の課題としたんです。これ、日本の若者が知っておかないと彼らの反日思想は永久になくならないような気がします。だって知らないでは解決のしようがないわけですから。
 で、今回は歴史の教師になったつもりで、日本の近代史を紐解いてみました。
 実は私も中学、高校の歴史の授業では近代史はやりませんでした。明治あたりまでは行ったのかな? 太平洋戦争のことなんて習っていない。受験のための歴史、歴史の教科書を今読み直すと、全然おもろない。あれ問題でっせ。歴史の年号覚えるって何?
 イギリスのバルフォア宣言だの、マクマホン宣言だの、カルカッタ会議だの、第一次マクドナルド労働党内閣成立だのといった年号の覚え方が教科書ガイドに書いてあるけど、そんなことより知っとかなあかんこと山ほどあるやろ! 学生時代、こんなことに時間を使ってたんかと思うとなんか虚しいわ。中学、高校の先生方、どう思っていらっしゃるのでしょう?

 ところで太平洋戦争なんて言葉、当時の人は使っていたのでしょうか?
 使っていません。
 当時は大東亜戦争と言うてました。ではなぜ今は大東亜戦争と言わずに太平洋戦争というのでしょう。
 大東亜戦争とは覇権主義同士の戦いやったんです。つまり英国はアジアの1/4を植民地化していて、中国にも米・英・露・独・仏といった列強が入り込んでいました。この植民地をアジア人である日本人によって奪い返そうとしたのがそもそもの戦いの発端やったんです。大東亜とはそういう意味合いがある。しかしそれでは欧米も同罪ですわな。だからアメリカは日本との戦争を、民主主義とファシズムの戦いの構図にしたかったんです。自由や民主主義の敵を想定して、その敵を討つ正義のアメリカ。その敵とは冷戦時代はソ連であり、ソ連崩壊後はイラクやユーゴになったんです。それって反日思想を利用して一党独裁の共産党を維持しようとする今の中国と変わりおまへんがなこれ。でも、これがアメリカのアイデンティティ。で、戦後日本はGHQによって占領され、日本人の再教育という名のもと、アメリカのアイデンティティが押し付けられたんです、昭和20年12月8日、GHQは日本の各新聞社にある記事を掲載させます。「太平洋戦争史」です。太平洋戦争という呼称がこのときになされ、大東亜戦争という呼び方は禁止されました。
「真珠湾の奇襲攻撃をする卑劣な日本人」「原爆投下はアジアを侵略した罰」「悪いのは軍国主義であり日本の国民はその犠牲となった」などという自己否定史観が植えつけられていきました。これに日教組が乗っかった。
 だから太平洋戦争について考えることはなんとなく嫌なことであり、あえて語ると好戦家だと思われる雰囲気になってしまったんです。
 ところで真珠湾攻撃は宣戦布告なしにいきなり奇襲をかけられた、ということでダーティ・ジャップ、チキン・トリックを使う卑怯な東洋人、と日本人は烙印を押されました。しかし宣戦布告がちゃんと成された戦争なんて、果たしてどれだけあるのでしょうか?
 また、日本が最初に攻撃をしかけた、と長い間信じられてきましたが、実は第一撃は真珠湾攻撃の数時間前、アメリカ駆逐艦ウォードが日本の潜水艦に爆雷攻撃をしかけたのが最初の戦争でした。つまり宣戦布告なしに攻撃を仕掛けたのはアメリカ側だったんです(このことはなんと、まだ事実が明らかになる前に作られた映画『トラ・トラ・トラ!』に描写されています)。
 いや、それ以前に中国の戦線にてフライング・タイガーと呼ばれ、日本軍の戦闘機を撃墜していたアメリカ人パイロットたちによる義勇軍があったことは、どう考えればよいのだろう。
 我々が押し付けられ、信じられていることなんて、歴史の教科書なんてそんなもん。その裏側を探って、別の真実を見つけ、語るのも作家の仕事の醍醐味なんですけどね。

 私は何も、日本のやった戦争を正当化しようとするものではないのです。でも、そこを考える必要はあるんです。なぜ日本はアメリカと戦争をしたのか。いやそれ以前になぜ朝鮮半島を占領したのか、なぜ中国に入って戦争をやったのか。これについての見識がないと、韓国や中国の人たちと本当に友達にはなれないだろうし、対等な交渉はできなくなるのではないかと思います。日本人なんだから、日本人の立場で考えればいいんです。そして、ちゃんと反日感情をもつ韓国や中国の人たちと語り合うべきです。

 明治の新政府になったとき、日本は二等、三等国だったんです。不平等な条約を欧米から押し付けられて。しかも日本という国体も未熟で貧乏で…いや、アジア全体がそうだったんです。明治の日本人はそこを克服するために血のにじむ努力をしたんです。政治家も軍人も学者や文化人たちも。日露戦争は1904年に始まりましたが、あれはもう日本という国がなくなるか、存続するかのキリキリの戦争だった。ロシアのバルチック艦隊がウラジオストックに入ると、もう日本は負けます。おそらく日本はロシア領になってしまう。そのためには朝鮮半島を占拠する必要がどうしてもあったわけです。そうしないと朝鮮は確実にロシア領になる。それは日本にとっては喉元にナイフを突きつけられた状態と同じことです。だからまず朝鮮半島を日本の植民地にする必要があったわけです。そしてロシアとは実質戦わねばならなかったんです。
 このとき、東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊は、バルチック艦隊を全滅させる必要があった。討ちもらしたロシアの軍艦がウラジオストックに入港したらなんにもならない。しかしどうひいき目に見ても、戦力的には引き分けで御の字。いや、おそらく負ける。でも負けたら日本はなくなる…。東郷艦隊はこのとき、作戦参謀秋山真之の立案した作戦と東郷の決断によって、バルチック艦隊を見事に全滅させました。それまでの海戦といえば、軍艦同士がただ撃ち合うだけのものでしたが、ここで海戦史上初めての戦略が用いられたのです。東郷ターン、T字型展開…、そしてバルチック艦隊は全滅したのです。これは常識ではありえない。海戦史上初めてのことでした。
 このとき、日本の軍事力が駐在する朝鮮半島からの支援、援護がなかったらやっぱり連合艦隊は敗れていたでしょう。すると日本も朝鮮もロシア領になるところでした。
「彼らがそうしなかったら、私の名前はナントカスキーになっているでしょう」と言ったのは司馬遼太郎です。

 日本人はこの史実を知るべきです。そしてこの前後、朝鮮半島や中国を巡っての今尚残る爪あとも植えつけられました。またロシアは日本に負けることによってロマノフ王朝が傾き、やがてロシア革命を経てソビエト社会主義連邦が誕生するわけです。

 戦争をするのは悪いこと、他国を侵略し、軍事的に占領することは人道に反する行為、というのは簡単ですが、それをしないと国は滅ぶ、という事実もあったんです。ヨーロッパもアジアもここ100年でどれだけの国が滅び、独立し、併合され、国境線が変わったか。それが人間の、国の歴史です。そこから目を逸らせても何も解決しません。逸らすことが平和主義者というのも欺瞞です。

 作家になろう、マンガ家になりたいという塾生たちに、何も戦争を主題とした作品を書け、とか、平和を訴えろなどという安っぽいヒューマニズムを強要する気はさらさらありませんが、それでも日本人として、日本語を使って作品を作るならば、日本人とはなんぞやという哲学はもっていてほしいものです。ファンタジーやSFだのバイオレンスだの、人が暴力でもって物事を解決するという描写は避けられないでしょうし、読者の望むのはそこでしょう。だとしたら、ちゃんとした暴力や戦争への見識をもった上で描いてほしいと思うわけです。そのほうが結果、読者の心に残る、何かが表現され、メッセージになると思うんです。そして日本人なんだから、日本という国について考えなきゃ。
 北京オリンピックで日の丸振ってるだけじゃあアカンですよ。


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kaidanyawa at 18:44|PermalinkComments(2)

2008年08月03日

8/1のシナリオゼミ

 中山市朗です。

 世間は夏休みですなあ。皆さんはどうお過ごしなのでしょうか。
 作劇塾には夏の行事はありますが、夏休みはありません。
 創作に夏休みなんかないのだ!
 まあ、年中夏休みの人もいますけど。

 最近、あまり報告していませんが、毎月第一、第三金曜日のシナリオゼミは毎回やっています。私の書斎で合評形式で行なっています。

 前回からTくんが、連載漫画の原作に挑戦しています。
 デビューするための読みきり作品を書いているようだから、デビューしたあと、即連載できる準備をしておいたほうがいいよ、と。それに連載用の原作が書けないと原作者になれない。読みきりと連載は、そのやり方が違ってきます。

 彼は競馬が好きなようで、競馬漫画の原作を合評の席に持ってきました。競馬学校が舞台となって、調教シーンが描かれます。主人公たちはちょっと授業をサボってある場所に行くと、そこにはなんと…(つづく)
 なんとそこは…は、Tくんのオリジナルアイデアなので、ここには書きません。このアイデア自体は悪くないのですが。
 他の塾生の反応は、「競馬に興味のない人は、この漫画飛ばします」「最後のアイデアはいいですけど、僕も途中で読むのやめます」
 やっぱり、競馬に興味のない人に、いきなり競馬だの調教だのは…
 これが競馬専門雑誌だったら読む人は競馬に興味をもっていますから、それでいいのかもしれませんが、Tくんは一般のコミック雑誌に掲載したいと言っています。「競馬は面白い、競馬に興味をもって」とうメッセージがあるようです。
 一般のコミック誌に競馬漫画があってもいいと思います。しかしだからといって、いきなり競馬の調教師を育成している場面から始まると、読者を失ってしまいそうです。
 では、どうすればいいのでしょう?
 簡単です。マンガはキャラクターです。キャラクターが立っていれば、そのキャラに引きづられて競馬を知らない読者たちが競馬に興味をもつようになります。
 第一、Tくんの作品には女性が出てこない。競馬の世界にあまり女の子はいないのが現状なのかもしれませんが、そこは考えないと。女の子が出てこない漫画はいかにもまずい。
 そう前回は指摘しました。
 すると今回は大幅にストーリーも世界観も変わって、主人公が少女になった。
 プロのジョッキーになりたくて、競馬学校に入ったものの、挫折して北海道へ旅をする…。回想があって少女の家族のことや、ジョッキーになりたかったという心情なども示唆される。そして、あることから彼女は北海道の牧場で働くことになって…
「これだったら読めますねえ」と塾生の反応。

 でも私はNG。
「なんで?」
 連載第一回目で主人公の少女の境遇がいきなり詰め込まれていますが、キャラクターを立たせるとは説明することではない。例えば、初めて会った人がいたとしましょう。その人にまだ興味をもたないうちに、「まあ私の思い出話聞いてよ」と延々話されたら興ざめしません? 知らない人の思い出話ほど退屈なものはありません。
 だとしたら、それを作品でやっちゃあいかんでしょう。
 よくあるんです。学生の漫画でストーリーものになると、すぐ回想シーンが。
 回想シーンは話のリズムを止めることにもなるので、なるべく避けましょう。またへたをすると回想シーンと現実のシーンの区別がわからなくなって、読むのが面倒くさくなってしまって…

 北海道、牧場、働く、といえば、私はある映画を思い出しました。
 山田洋次監督の『遥かなる山の呼び声』。
 主人公は高倉健演じる田島耕作という男です。
 この主人公はどう紹介されるでしょう?

 根釧原野の夕暮れ、その標津川の河原を荷物を持った長身の男が風に吹かれて歩いています。夜が更けて、激しい雨。牧場の牧舎、並んだ牛、その母屋。母屋には電気がついていて、中では母子が食事をしています。
 と、激しい雨に混じってガラス戸を叩く音が。母・民子の表情が緊張します。
「夜分すみません。道に迷って困っています。牛小屋でも軒下でもいです。一晩泊めてくれませんか?」とガラス戸に男の姿が。
 民子はその男の様子を観察します。子供もその様子を心配そうに見ています。
 民子は意を決して合羽を肩にかけ、戸を開いて男を促して出て行きます。
 子供は窓に寄って、納屋に入っていく二人を見ています。
 稲妻が光ります。
 民子が雨に濡れて戻ってきます。
「なんだろう。今頃気持ちの悪い。武志、台所の包丁全部押し入れにしまいなさい」
 納屋では暗闇の中、男がもぞもぞ動いています。

 と、こんなふうに主人公はミステリアスに描かれます。
 これをTくんの手法でやっちゃうと、いきなり田島という男は九州出身の元炭坑夫で、あることで殺人を犯して最近網走から出所してきた…ということをもう説明しちゃっている。でも山田監督は、民子とその息子武志から見た田島耕作を描いている。民子が疑惑をもてば観客も疑惑の目で見るし、民子や武志が耕作に好意を持ち出すと、観客も田島という男に好意をもちます。でも、なぜか隠された過去、影は拭い去れない…そうやってストーリーを引っ張っていくんです。田島の正体は映画の最後のほうで(漫画で言えば最終回近くで)初めて明かされます。そのときはもう、観客も民子も武志も、田島という男に惚れてしまっています。
 漫画は一回の掲載が16ページとか24ページとか、せいぜい32ページとか。映画でいうと、これは導入部にしかならない。ここで無理にストーリーを展開させようとするから、キャラクターの説明をしなきゃいけない。その上でストーリーを動かさなきゃ、と回想を入れちゃったりしてゴチャゴチャとした構成になっちゃうんです。この場合、キャラクターを立たせることを第一にして、ストーリーは捨ててもかまわないと思います。また、キャラクターを立たせることにより、連載が続き、そのキャラクターの動機や言動で事件は起こり、キャラクターはそれに対応して動く。自然とストーリーが進行します。

 ではキャラクターを立たせるにはどうすればいいのでしょう。
 それは、読者の関心をキャラクターにどう向けさせるかなのであり、そのためには印象深い登場のさせ方を考えます。これは連載原稿なんですから、慌てることはありません。主人公はそれなりの舞台設定と脇役を配置してから登場させましょう。お芝居を見てください。歌舞伎から吉本新喜劇まで、幕が開いたらもう主人公がいるなんてことはないはずです。そして主人公が出てくるとき、上手から出るか下手から出るか。これでも印象は随分違ってきます。これを作劇法といいます。
 こういう芝居や映画の作劇法は当然、漫画にも充分通用するんです。

 手塚治虫さんは「マンガ家になりたいなら漫画は読むな」と言いました。それはこういうことなんですね。芝居や映画にこそ漫画のヒントがある。映画狂でタカラヅカを観た少年時代があったからこそストーリー漫画を発明できたんです、手塚先生は。もちろん既製の漫画からもってくることありなんでしょうが、それをやってしまうと「ああ、あの漫画からパクッたな」と言われるのがオチです。でも芝居や映画の作劇法を流用、応用しても誰も何も言いませんし、どんな作品、どんな状況にも対応できるんです。作劇法というものは。

 とまあ、Tくんにはそのようにアドバイスしました。

 ところで8月3日からは塾では合宿とあいなります。
 場所もスケジュールも予算も、全部塾生主導で行なわれます。色々お楽しみイベントも用意されているようです。

 旅行は不思議と頭がよく働くらしいです。なにか一種の興奮状態が起きるらしい。
 芭蕉なんて、何度も東海道を往復したから、あれだけの俳句が読めたとは当時から言われていたことでした。小説家がどこかのしなびた温泉旅館に泊まって執筆していたということも、そういうことなのでしょう。
 合宿は毎回いい刺激になっているようです。
 


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kaidanyawa at 00:25|PermalinkComments(1)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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